説明

セメントクリンカーの製造方法

【課題】 1300〜1400℃と従来に比べて低い温度で焼成可能であり、モルタル圧縮強度などの強度性も良好で、かつ適度な凝結時間を有するセメントクリンカーの製造方法を提供する。
【解決手段】 焼成後のクリンカーが、ボーグ式により算出されたCAおよびCAFの合計量が22%以上、CS量が60%以上(好ましくは70%以上)、鉄率(I.M.)が1.3以下(好ましくは1.0〜1.3)、かつTiOが0.5wt%以上(好ましくは0.8〜1.5wt%)となるように原料を調整し、これを焼成する。CAおよびCAFの合計量が22%以上であるため低温で焼成でき、かつ鉄率を低くすることにより強度低下を防止できると共に、TiOがフリーライムの値を小さくするため凝結時間が著しく短くなることが防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セメントクリンカーおよびセメント組成物の製造方法に関する。詳しくは従来よりも低温で焼成しても良好な物性を示す組成を有するセメントクリンカーおよびセメント組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セメント産業は、大量生産・大量消費型産業であり、省資源・省エネルギーは、それまでも、そしてこれからも最重要課題であり続けると考えられる。例えば、最も大量に製造されているポルトランドセメントを製造するためには、所定の化学組成に調製された原料を、1450℃〜1550℃もの高温で焼成してクリンカーとする必要があり、この温度を得るためのエネルギーコストは膨大なものとなる。
【0003】
一方、近年の地球環境問題と関連して、廃棄物、副産物等の有効利用は重要な課題となっている。セメント産業、セメント製造設備の特徴を生かし、セメント製造時に原料や燃料として廃棄物を有効利用あるいは処理を行うことは、安全かつ大量処分が可能という観点から有効とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−352515号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
廃棄物、副産物等の中で、都市ごみ焼却灰、高炉水砕スラグ、高炉徐冷スラグ等、特に石炭灰等は、通常のセメントクリンカー組成に比べ、Al含有量が多く、Al含有量が多い廃棄物、副産物等の使用量を増加させた場合、セメントクリンカー成分のうち3CaO・Al(以下、CA)含有量が増加することになる。
【0006】
当該CAは、4CaO・Al・Fe(以下、CAF)と並び間隙相と呼ばれ、その量が多くなるとクリンカーの焼成温度を低くできるという利点があるが、一方で、セメントの強度に対して重要なクリンカーを構成する他の鉱物(3CaO・SiO(CS)、2CaO・SiO(CS))の量に影響を与え、セメント物性に影響が生じる。
【0007】
この問題を解決するため、本研究者等は、1300〜1400℃で焼成しても十分な強度発現性を示すセメントクリンカーとして、CAおよびCAFの合計量が22%以上、CS量が60%以上であり、かつ鉄率(I.M.)が1.3以下であるセメントクリンカーを既に提案している(特願2011−093396)。
【0008】
しかしながら本発明者等の更なる検討の結果、上記組成を有するセメントクリンカーは、フリーライムの値が高くなる傾向があることがわかった。フリーライムの値が高い場合、凝結時間が著しく早くなり、コンクリート等として使用する際の施工性に影響が生じる。特に凝結時間が短くなる現象はCS量が70%以上の場合に顕著であった。
【0009】
そこで本発明は、従来のセメントに比べ、廃棄物使用量を増やすことが可能であり、しかも、製造する際の焼成温度を低減することが可能であり、かつ良好な強さ発現および凝結時間を示すセメントクリンカーの新規の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は上記課題を解決するため鋭意検討を進め、前記組成のクリンカーにおいて、さらにTiOを0.5質量%以上含有させることでフリーライムが少なく、かつ良好な強度を得られることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
即ち本発明は、ボーグ式により算出されたCAおよびCAFの合計量が22%以上、CS量が60%以上であり、かつ鉄率(I.M.)が1.3以下であるセメントクリンカーの製造に際し、原料焼成後のTiO含有量が0.5wt%以上となるように、原料の化学組成を調製することを特徴とするセメントクリンカーの製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来のセメントクリンカーよりも廃棄物使用量を増量することが可能となり、かつ焼成温度を1300〜1450℃程度まで低減することが可能となる。さらに、高温で焼成する従来公知の組成のセメントクリンカーに比べても、遜色のない強度発現性および凝結時間が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明におけるCA、CAFおよびCS量は、ボーグ(Bogue)式によって求められるものである。
【0014】
ボーグ式は、係数・諸比率とならんで利用され、主要化学成分値を用いておよその主要化合物組成を算出する計算式であり、当業者には周知の式であるが、念のため、以下にボーグ式によるクリンカー中の各鉱物量の求め方を記しておく。
【0015】
S量 = (4.07×CaO)−(7.60×SiO2)−(6.72×Al2O3)−(1.43×Fe2O3)
S量 = (2.87×SiO2)−(0.754×C3S)
A量 = (2.65×Al2O3)−(1.69×Fe2O3)
AF量= 3.04×Fe2O3
また鉄率(I.M.)は、水硬率(H.M.)、ケイ酸率(S.M.)、活動係数(A.I.)および石灰飽和度(L.S.D.)とならんで、主要化学成分値を用いて求められ、クリンカー製造管理のための特性値として、係数・諸比率の一つとして利用されており、当業者には周知の係数であるが、念のため、以下に当該鉄率の計算方法を他の係数値と併せて記しておく。
【0016】
水硬率(H.M.) =CaO/(SiO2+Al2O3+Fe2O3
ケイ酸率(S.M.) =SiO2/(Al2O3+Fe2O3
活動係数(A.I.) =SiO2/Al2O3
鉄率(I.M.) =Al2O3/Fe2O3
石灰飽和度(L.S.D.)=CaO/(2.8×SiO2+1.18×Al2O3+0.65×Fe2O3
なお、上記式中の「CaO」「SiO2」「Al2O3」および「Fe2O3」は、それぞれJI R5202「ポルトランドセメントの化学分析法」やJI R5204「セメントの蛍光X線分析法」などに準拠した方法により測定できる。
【0017】
前述の通り、本発明の製造方法で製造されるセメントクリンカーにおいては、CA、CAFの量はその合計が22%以上でなくてはならない。これらの量が21%以下であると強度発現性などの物性の良好なセメントクリンカーを1300〜1400℃の温度で焼成して得ることが困難になる。より好ましい合計量は24%以上である。なお、後述するように高い強度発現性を得るためにはCSが60%以上必要である。よって、CAおよびCAFの合計量は40%が上限となる。好ましくは35%以下、より好ましくは32%以下、さらに好ましくは28%以下、特に好ましくは25%以下である。またこの両成分のうち、CAFは、低温でも十分に焼結させることができ、かつクリンカー中のf−CaO量をより少なくできる点で、単独で15%以上存在することが好ましい。
【0018】
S量は本発明のセメントクリンカーを用いたセメント組成物(以下、単に「セメント」)の強度発現性に対して極めて重要である。この量が60%を下回るとCAおよびCAFの合計量および後述する鉄率を所定の範囲にしても良好な強度発現性を得られない。CS量は62%以上であることが好ましく、63%以上であることがさらに好ましい。特に、CS量が70%以上である場合に、本発明の効果が最も顕著に発揮される。
【0019】
なお上述したCAおよびCAFの合計量は少なくとも22%であるから、CS量の上限は78%となる。
【0020】
本発明のセメントクリンカーにはさらにCSが含まれていてもよい。その量は15%以下であり、3%以上であることが好ましい。長期強度を得るという観点から、より好ましくはCS量との合計量が69%以上、特に好ましくは73%以上となる量である。
【0021】
本発明のセメントクリンカーにおいては鉄率(I.M.)を1.3以下とする。鉄率が1.3を超えると、本発明の製造方法で得られるセメントクリンカーにおける他の要件を満足していても十分な強度発現性(より具体的には、例えばモルタル強さ発現)を得ることができない。さらに鉄率が1.3を超える場合、凝結開始から終結までの時間が長くなりすぎる傾向にあり、この点からも鉄率は1.3以下とする。より好ましい鉄率の範囲は1.0〜1.3であり、特に好ましくは1.10〜1.34である。
【0022】
水硬率及びケイ酸率は特に限定されるものではないが、各種物性のバランスに優れたものとするために、水硬率は好ましくは1.8〜2.2、特に好ましくは1.9〜2.1であり、またケイ酸率は好ましくは1.0〜2.0、特に好ましくは1.1〜1.7である。
【0023】
本発明の製造方法において、最も重要なことは上記組成のセメントクリンカーを生じるように原料を焼成するに際し、焼成後のクリンカー中に0.5wt%以上のTiOが含まれるように、原料の化学組成を調整することである。
【0024】
上記組成のセメントクリンカーを一般的な原料で調製すると、該セメントクリンカーはTiOを最大でも0.3wt%程度までしか含まない。そしてその場合、1400℃以下の比較的低温で焼成するとフリーライム量が多くなる傾向にあり、その結果、凝結時間が短くなるという問題を生じやすい。
【0025】
それに対し、その機構は明らかではないが、TiOが0.5wt%以上となるように加えることにより、低温で焼成してもフリーライムの量が少なくなり、よって適度な凝結時間を得ることが可能となる。このTiO含有の効果は、前述のとおり、CS量が70%以上である場合に特に顕著である。より好ましいTiO含有量は0.8wt%以上である。
【0026】
一方、TiOが多くなりすぎると、流動性(セメントペーストフロー)が悪くなる傾向にあるため、2.0wt%以下が好ましく、1.5wt%以下がより好ましい。
【0027】
本発明のセメントクリンカーを製造する方法は、焼成後の組成が上記範囲に入るように原料の化学組成が調製されるのであれば、他は特に限定されることがなく、公知のセメント原料を、上記各鉱物比率及び係数となるように所定の割合で調製混合し、公知の方法(例えば、SPキルンやNSPキルン等)で焼成することにより容易に得ることができる。
【0028】
当該セメント原料の調製混合方法も公知の方法を適宜採用すればよい。例えば、事前に廃棄物、副産物およびその他の原料の組成を測定し、これら原料中の各成分割合から上記範囲になるように各原料の調合割合を計算し、その割合で原料を調合すればよい。
【0029】
なお、本発明の製造方法で用いる原料は、従来セメントクリンカーの製造において使用される原料と同様なものが特に制限なく使用される。廃棄物、副産物等を利用することも、無論可能である。
【0030】
本発明の製造方法において、廃棄物、副産物等等から一種以上の廃棄物を使用することは、廃棄物、副産物等の有効利用を促進する観点から好ましいことである。使用可能な廃棄物・副産物をより具体的に例示すると、高炉スラグ、製鋼スラグ、非鉄鉱滓、石炭灰、下水汚泥、浄水汚泥、製紙スラッジ、建設発生土、鋳物砂、ばいじん、焼却飛灰、溶融飛灰、塩素バイパスダスト、木屑、廃白土、ボタ、廃タイヤ、貝殻、都市ごみやその焼却灰等が挙げられる(なお、これらの中には、セメント原料になるとともに熱エネルギー源となるものもある)。
【0031】
特に本発明のセメントクリンカーは、CAおよびCAFというアルミニウムをその構成元素とする鉱物を多く含む。そのため、従来のセメントクリンカーに比べて、アルミニウム分の多い廃棄物・副産物をより多く使用して製造できるという利点を有する。
【0032】
また本発明の製造方法においては、製造されるセメントクリンカー中のTiOが比較的多いという特徴があるため、上記廃棄物・副産物のなかでも、高濃度でTi成分を含有している可能性が高い非鉄鉱滓や石炭灰、特にチタン精製過程で生じる中和滓(チタン鉱滓)を原料として相対的に多量に用いることができるという利点も有する。
【0033】
なお、このような廃棄物・副産物由来の原料中に含まれるTi成分は、酸化物(TiO)や複合酸化物、場合によりチタン合金や金属チタンといったクリンカー焼成温度では揮発性のほとんどない形で含まれる。従って、原料中に含まれるTi成分は全量がクリンカー中に移行するとして配合比率を決定するための計算を行えばよい。むろん原料粉砕工程や焼成工程で揮発してクリンカー中に取り込まれないTi成分があることがわかっている場合には、その分を考慮に入れて計算する必要がある。
【0034】
本発明の製造方法で製造されたポルトランドクリンカーは、従来公知のセメントクリンカーと同様、セッコウと共に粉砕または個別に粉砕した後、混合することにより、セメントとすることができる。当該セメントとしては、普通ポルトランドセメント、早強ポルトランドセメント、超早強ポルトランドセメントが挙げられる。またポルトランドセメントとする以外にも、各種混合セメントや、土壌固化材等の固化材の構成成分として使用することも可能である。
【0035】
セッコウを加えてセメントとする場合、使用するセッコウについては、二水セッコウ、半水セッコウ、無水セッコウ等のセメント製造原料として公知のセッコウが特に制限なく使用できる。セッコウの添加量は、ポルトランドセメント中のSO量が1.5〜5.0質量%となるように添加することが好ましく、1.8〜3質量%となるような添加量がより好ましい。上記セメントクリンカーおよびセッコウの粉砕方法については、公知の技術が特に制限なく使用できる。
【0036】
また、当該セメントには、高炉スラグ、シリカ質混合材、フライアッシュ、炭酸カルシウム、石灰石等の混合材や粉砕助剤を適宜添加して混合粉砕するか、粉砕後に混合材と混合してもよい。また塩素バイパスダスト等を混合してもよい。
【0037】
セメントの粉末度は、特に制限されないが、ブレーン比表面積で2800〜4500cm/gに調整されることが好ましい。
【0038】
さらに必要に応じ、粉砕後に高炉スラグ、フライアッシュ等を混合し、高炉スラグセメント、フライアッシュセメント等にすることも可能である。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
廃棄物を含む工業原料を用いて、焼成ベースで、汎用的なセメントクリンカー組成を含む異なる組成のクリンカーが得られるように原料を調整し、1450℃乃至1350℃で90分間焼成し、セメントクリンカーを得た。このセメントクリンカーにSO換算で2±0.2%となるようにセッコウを添加し、Blaine法による比表面積が3200±50cm/gとなるように混合粉砕し、各セメントを製造した。各実施例・比較例における焼成時の焼成温度、および焼成後に得られたクリンカーのボーグ式による鉱物組成、係数値を表1に示す。また、これら実施例・比較例で得たセメントクリンカーを上述の方法でセメントとした後の、モルタル圧縮強さおよび凝結時間の測定結果を表2に示す。
【0041】
なお、各種測定方法は以下の方法による。
(1)原料およびセメントクリンカーの化学組成の測定:JIS R 5204に準拠する蛍光X線分析法により測定した。
(2)モルタル圧縮強さの測定:JIS R 5201に準拠する方法により測定した。
(3)凝結時間:JIS R 5201に準拠する方法により測定した。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
参考例は従来からある標準的な組成のセメントクリンカーを標準的な温度で焼成した結果を示す例である。即ち、各実施例・比較例の結果の良否は、この参考例の結果と基準として論じることになる。
【0045】
実施例1〜4は、本発明に関わるものであり、原料を1350℃と、参考例の組成のクリンカーよりも100℃低温で焼成している。いずれの場合にも、フリーライムの値は参考例と同等かそれ以下の値となっており、凝結時間も参考例と同等となっている。また7日後のモルタル圧縮強さは参考例を超える値を示している。
【0046】
比較例1は、TiOが0.5質量%未満のものであり、フリーライムの値は同じ温度で焼成した実施例や、高温で焼成した参考例と比較して著しく高い値となっている。そのためモルタル圧縮強さは参考例を超えているが、凝結時間は実施例や参考例よりも著しく早くなっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボーグ式により算出されたCAおよびCAFの合計量が22%以上、CS量が60%以上であり、かつ鉄率(I.M.)が1.3以下であるセメントクリンカーの製造に際し、原料焼成後のTiO含有量が0.5wt%以上となるように、原料の化学組成を調製することを特徴とするセメントクリンカーの製造方法。
【請求項2】
セメントクリンカーのCAF量が15%以上である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
セメントクリンカーのCS量が70%以上である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
化学組成が調製された原料の焼成温度が1300〜1400℃である請求項1乃至3記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4記載の方法で、セメントクリンカーを製造し、次いで、該セメントクリンカーに対してセッコウを加えるセメント組成物の製造方法。
【請求項6】
更に、高炉スラグ、シリカ質混合材、フライアッシュ及び石灰石からなる群から選ばれるいずれか1種以上の混合材を加える工程を含む請求項5記載のセメント組成物の製造方法。

【公開番号】特開2012−240856(P2012−240856A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109698(P2011−109698)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】