説明

セルロース分解のためのタンパク質複合体及びその利用

【課題】セルロースの分解に寄与するタンパク質をクラスター化して、これらタンパク質の機能や他のタンパク質との相乗効果を向上させるのに適したタンパク質複合体を提供する。
【解決手段】セルロース分解のために、ビオチン結合部位を複数個有するキャリアと、ビオチン化されており前記キャリアに保持されるセルロースの分解に寄与する1種又は2種以上の複数個のセルロース分解タンパク質と、を備える、複合体を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース分解のためのタンパク質複合体及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースを酵素で分解しようとすると大量のセルラーゼが必要であるとともに、エンドグルカナーゼやセロビオヒドロラーゼなど複数種類のセルラーゼや、さらにセルロースに親和性の高いセルロース結合ドメインなどが作用することで分解されることが知られている。
【0003】
Clostridium thermocellumなどの微生物は、細胞表層においてセルロソームと称されるセルラーゼのクラスター化(集積化)複合体を形成することが知られている。セルロソームでは、セルラーゼを結合できるコヘシン部位を備えるスキャホールディン(Scaffoldin)タンパク質が、酵素の担体として機能している。また、スキャホールディンタンパク質は、セルロース結合ドメイン(Cellulose Biding Domain(CBD))を備えている。
【0004】
scaffoldinのcohesin部位が、酵素に融合されている対応したdockerin部位と特異的に結合し、セルラーゼ・クラスター化複合体、所謂、「cellulosome」を形成する。Scaffoldinやセルラーゼには、CBD(cellulose binding domain)というセルロースと結合する部位が一つ含まれる。
【0005】
このようなスキャホールディンタンパク質を利用して人工的なセルロース複合体を形成しようとする試みがある(非特許文献1)。この非特許文献1には、異種微生物由来の2種類のエンドグルカナーゼをそれぞれ結合可能な2個のコヘシンとCBDとを備える人工的なスキャホールディンタンパク質を作製し、この人工スキャホールディンタンパク質と前記2種類のエンドグルカナーゼとからキメラエンドグルカナーゼ複合体を作製することが開示されている。さらに、このキメラエンドグルカナーゼ複合体を用いてアビセルを分解したことが開示されている(非特許文献1、表1)。また、前記各コヘシンと前記2種類のエンドグルカナーゼをそれぞれ結合したコヘシン−エンドグルカナーゼと結合した2種類の複合体の混合物でアビセルを分解したことも開示されている(非特許文献1、特に、図5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Degradation of cellulose substrates by cellulosome chimeras. Journal of Biological Chemistry 2002, 277, 49621-49630
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、セルロソームのスキャホールディンタンパク質を用いたセルラーゼの複合化には限界があることがわかった。
第1に、上記非特許文献1に記載の技術では、エンドグルカナーゼを複数個集積した効果は必ずしも十分に得られていない。すなわち、キメラエンドグルカナーゼ複合体でアビセルを分解した結果によれば、前記2種のエンドグルカナーゼがそれぞれフリーの状態に比べて1.7倍から3倍の分解活性を示すことがわかった。一方、2種類のコヘシン−エンドグルカナーゼ複合体によるアビセルの分解結果を比較すると、分解活性の向上に寄与したのは、EGに融合したdockerin(ドックリン)とcohesin(コヘシン)の結合によるエンドグルカナーゼ活性向上の効果とスキャホールディンタンパク質のCBDの効果と考えられる。以上のことから、エンドグルカナーゼの集積の効果は低いと考えられる。
【0008】
第2に、ドックリンとコヘシンとの結合は必ずしもセルラーゼの活性に好適な条件下において安定ではない。すなわち、上記複合体におけるエンドグルカナーゼ活性の向上はドックリンとコヘシンとの結合によるエンドグルカナーゼの活性向上に大きく依存している。確かにドックリン−コヘシンの結合は、比較的強い(〜10−10M)ものの、複合体の半減期が37℃では24時間超とされており、一般的なセルラーゼ酵素処理を行う50℃では、複合体が壊れ易くなるとことが容易に推察される。また、ドックリン−コヘシン相互作用はCa2+依存的結合であるために、複合体形成時にCa2+を要求する上に、Ca2+濃度が十分でない場合、壊れ易くなるという不都合があった。
【0009】
第3に、上記のとおり酵素活性がその一部に備えるドックリンとスキャホールディンタンパク質上のコヘシンとの相互作用に依存することによる不都合もある。すなわち、利用可能性のあるセルラーゼの数は膨大である。このため、数あるセルラーゼのそれぞれにドックリン部位を融合した融合タンパク質を大腸菌や酵母等において発現させ、さらにこの融合タンパク質とコヘシンを結合させて、そのエンドグルカナーゼ活性向上を確認するのは現実的ではなかった。
【0010】
そこで、本発明は、セルロースの分解に寄与するタンパク質をクラスター化して、これらタンパク質の機能や他のタンパク質との相乗効果を向上させるのに適したタンパク質複合体を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した課題を解決するために、セルロースの分解に寄与する酵素の集積化に適した担体を探索した。プローブの一部に用いられるストレプトアビジンなどのビオチン結合性タンパク質に対して、ビオチン化したセルラーゼやCBDを結合させることで、セルラーゼ等のタンパク質の機能発現に適したクラスター化複合体が得られるという知見を得て、本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される。
【0012】
本発明によれば、セルロース分解のためのタンパク質複合体であって、ビオチン結合部位を複数個有するキャリアと、ビオチンを介して前記キャリアに保持される、セルロースの分解に寄与する1種又は2種以上の複数個のセルロース分解タンパク質と、を備える、複合体が提供される。本発明の複合体において、前記キャリアは、ストレプトアビジン又は量子ドットを含むことができる。
【0013】
前記セルロース分解タンパク質は1種又は2種以上のセルラーゼを含んでいてもよく、前記セルロース分解タンパク質は1種又は2種以上のセルロース結合ドメインを含んでいてもよい。また、前記セルロース分解タンパク質は、2個以上のセルラーゼ又は2個以上のセルロース結合ドメインを含んでいてもよい。さらに、前記セルラーゼは、エンドグルカナーゼを含んでいてもよい。
【0014】
本発明によれば、本発明のタンパク質複合体を利用してセルロースを分解する工程、を備える、セルロースの分解産物の製造方法が提供される。
【0015】
また、本発明によれば、本発明のタンパク質複合体を利用してセルロースを分解する工程と、前記工程で得られるセルロースの分解産物を含有する炭素源を用いて発酵により有用物質を得る工程と、を備える、有用物質の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】タンパク質複合体の一例を示す模式図である。
【図2】pelB由来シグナルペプチド + SacII部位破壊AnEglA + Bio−tag+His−tag断片の構造を示す図である。
【図3】EcoRI-pelB由来シグナルペプチド + CBDamo + Bio−tag+His−tag断片の構造を示す図である。
【図4】CBEGとBCBDamoとを組み合わせて作製した各種クラスター及びその評価結果を示す図である。
【図5】CBEGamoとBCBDamoとを組み合わせて作製した各種クラスター及びその評価結果を示す図である。
【図6】化学修飾ビオチン化エンドグルカナーゼ(CBEG)濃度と還元糖濃度との相関関係を示す図である。
【図7】QDクラスターのPSCへの集積化の評価結果を示す図である。
【図8】各種QDクラスターによるPSCの分解結果(還元糖濃度)を示す図である。
【図9】各種QDクラスターによるPSCの分解結果(比活性:換算濃度/実濃度)を示す図である。
【図10】C. thermocellum由来のC末端部位特異的ビオチン化CelDの発現ベクターを示す図である。
【図11】C. thermocellum由来のC末端部位特異的ビオチン化CelDを利用したSAクラスターによるPSCの分解結果を示す図である。
【図12】C. thermocellum由来のC末端部位特異的ビオチン化CelDを利用したQDクラスターによるPSCの分解結果を示す図である。
【図13】C. thermocellum由来のC末端部位特異的ビオチン化CBH Aの発現ベクターを示す図である。
【図14】C. thermocellum由来のC末端部位特異的ビオチン化CBH Aを利用したSAクラスターによるPSCの分解結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、セルロースを分解するためのタンパク質複合体及びその利用に関しており、詳細には、タンパク質複合体、セルロースの分解産物の製造方法及び有用物質の製造方法に関する。本発明のタンパク質複合体によれば、セルロースの分解に寄与する1種又は2種以上の複数個のセルロース分解タンパク質がビオチンとビオチン結合性タンパク質との結合(ビオチン−アビジン結合)を介してキャリアに保持されている。このため、セルロースの分解に寄与するセルロース分解タンパク質を複数個容易に集積することができる。また、こうしたセルロース分解タンパク質を近接して複数個保持することができる。これらの結果、効果的にセルロース分解活性を高めることができる。また、本発明のタンパク質複合体におけるキャリアとセルロース分解タンパク質との結合は強固な結合であるため、より安定な酵素複合体となっている。さらに、上記結合は熱的に安定であるために、高温でのプロセスにおいても安定して複合体構造を維持でき、確実に複合化の効果を得ることができる。
【0018】
例えば、セルロース分解タンパク質としてセルロース結合ドメインを複数個備えることで、セルロースに対する本タンパク質複合体の物理的吸着の確率を高めることができ、その結果、拡散律速を緩和することができる。また、セルロース分解タンパク質としてセルラーゼを複数個備えることで、局所的な触媒濃度を高めることができる。
【0019】
本発明のタンパク質複合体によれば、セルロース分解タンパク質を用いることで、複合化する酵素間や酵素−タンパク質間の距離の自由度が高くなっている。すなわち、適当なリンカーを介してビオチンを備える酵素を複合化することにより、酵素間や酵素やタンパク質の距離や立体配置を容易に調整できる。基質となり得るセルロース部位を攻撃に適したセルラーゼ等がクラスター化(集積化)した複合体を提供できる。
【0020】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明のタンパク質複合体の一例を模式図である。
【0021】
(タンパク質複合体)
本発明のタンパク質複合体は、セルロースの分解用である。すなわち、本タンパク質複合体は、セルロースを分解してより低分子のオリゴ糖、セロビオース及びグルコースなどのセルロース分解産物を取得する用途に用いられる。
【0022】
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0023】
(キャリア)
本タンパク質複合体は、ビオチン結合部位を複数個有するキャリアを備えている。キャリアは、ビオチン結合部位を複数個有していればよく、このような結合部位としては、アビジン、ストレプトアビジン、ニュートラアビジン(NeutrAvidin) (http://www.technochemical.com/pierce/avidin/neutravidin.htm)などの各種天然アビジン及びこれらの改変体や相同体などの多量体が挙げられる。多量体は、これらのタンパク質をアミノ酸配列や化学的なリンカー等で複数個結合したものであってもよい。アビジン結合部位を複数個備えるタンパク質あるいはそのような多量体タンパク質を単一のキャリアとして取り扱うことができる。こうしたそれ自体複数個のビオチン結合部位を備えるタンパク質は、当該タンパク質自体をキャリアとして用いることができる。こうしたキャリアによれば、移動性や拡散性が確保され、基質に対するアクセスビリティに優れる複合体を得ることができ、効果的にセルロースを分解できる。
【0024】
キャリアは、基板やビーズ状等の粒子など、各種の三次元形態を備える支持体に複数個のビオチン結合部位を備える形態を採ることができる。支持体にビオチン結合部位を備えるようにする事で、キャリアの分離等に行うことができるようになる。こうした支持体としては、特に限定されるものではないが、ガラス、プラスチック、セラミックス、量子ドット等が挙げられる。支持体としては量子ドットを用いることが好ましい。量子ドットを支持体として用いることで、ビオチン結合部位を多数個備えることができ、多価による効果を増大することができる。例えば、セルロース分解の反応速度を高めることができる。また、蛍光性の量子ドットを用いることでその動態を把握しやすくなる。
【0025】
量子ドットとしては、特に限定しないで合成ないし入手可能な量子ドットを用いることができる。蛍光性の量子ドットとしては、例えば、Cd、Zn、Hg、Cu、Ag、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zr、Mo、Ta、W、Ir、Eu、Sm及びMgからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属原子と、S、Se及びTeからなる群より選ばれる少なくとも1種の原子からなる量子ドットが挙げられる。典型的には、CdSeが挙げられる。量子ドットの平均粒子径は、特に限定するものではないが、1nm以上500nm以下程度、好ましくは3nm以上50nm以下程度とすることができる。
【0026】
ビオチン結合部位を備える量子ドット、すなわち、アビジン等を表面に備える量子ドットは、Qdotストレプトアビジン標識シリーズ(Invitrogen)等として商業的に入手可能であるほか、タンパク質を公知の方法(Biofunctinalization of Nanomaterials Edited by Challa Kumar WILLEY-VCH(2005)中の p1-40, Biofuntionalization og fluorescent Nanoparticles M. J. Murcia and C. A. Naumann等)に準じて量子ドットの表面に結合させて作製することもできる。
【0027】
キャリアは単分子あたり好ましくは3個以上のビオチン結合部位を備える。3個以上セルロース分解タンパク質を集積するとセルロースの分解能力を効果的に高めることができる。より好ましくは、4個あるいはそれ以上である。
【0028】
こうした各種態様のキャリアは、それぞれ単独で用いることもできるし、複数種類を組み合わせて用いることができる。また、各種態様のキャリアは、さらに基板やビーズ等の固相担体に保持させることもできる。固相担体にキャリアを保持させることで、繰り返し利用等に有利になる。
【0029】
(セルロース分解タンパク質)
本タンパク質複合体は、セルロースの分解に寄与する1種又は2種以上の複数個のセルロース分解タンパク質を備えている。セルロース分解タンパク質は、最終的にセルロースの分解に寄与するアミノ酸配列を有するものであればよい。かかるセルロース分解タンパク質としては、直接的にセルロースに作用してセルロースの分解に寄与するアミノ酸配列で構成されるタンパク質が挙げられる。なお、セルロース分解タンパク質は、天然に存在するタンパク質の全体、所望の活性を有するその一部のほか、これらの人工的な改変体であってもよい。セルロース分解タンパク質としては、より具体的には、セルラーゼ、セルロース結合ドメイン(CBD)、エクスパンシン、スウォレニンなどのセルロース緩和タンパク質が挙げられる。
【0030】
セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで分解する一連の酵素群を意味している。セルラーゼとしては、こうした酵素群から選択されるが、好ましくは、エンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.74)、セロビオヒドロラーゼ(EC 3.2.1.91)及びβ−グルコシダーゼ(EC23.2.4.1、EC 3.2.1.21)が挙げられる。なかでも、結晶性セルロースを分解するほか、セルロースを効率的に低分子化するためにエンドグルカナーゼを少なくとも用いることが好ましい。また、セロビオヒドロラーゼも好ましい。なお、セルラーゼは、そのアミノ酸配列の類似性に基づきGHF(Glycoside Hydrolase family)(http://www.cazy.org/fam/acc.gh.html)の13(5,6,7,8,9,10,12,44,45,48,51,61,74)のファミリーに分類されている。異なるファミリーに分類される同種又は異種のセルラーゼを組み合わせてもよい。セルラーゼは、各種セルラーゼから1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。セルラーゼは、セルラーゼとしての活性を有する限り、例えば、その触媒ドメインなどのセルラーゼの一部であってもよい。
【0031】
セルラーゼとしては、特に限定しないが、それ自体活性の高いセルラーゼであることが好ましい。このようなセルラーゼとしては、例えば、ファネロケーテ(Phanerochaete)属菌、Trichoderma reeseiなどのトリコデルマ属(Trichoderma)菌、フザリウム属(Fusarium)菌、トレメテス属(Tremetes)菌、ペニシリウム属(Penicillium)菌、フミコーラ属(Humicola)菌、アクレモニウム属(Acremonium)菌、アスペルギルス属(Aspergillus)菌等の糸状菌の他に、クロストリジウム属(Clostridium)菌、シュードモナス属(Pseudomonas)菌、セルロモナス属(Cellulomonas)菌、ルミノコッカス属(Ruminococcus)菌、バチルス属(Bacillus)菌等の細菌、スルフォロバス属(Sulfolobus)菌等の始原菌、さらにストレプトマイセス属(Streptomyces)菌、サーモアクチノマイセス属(Thermoactinomyces)菌などの放射菌由来のセルラーゼが挙げられる。なお、こうしたセルラーゼは、人工的に改変されていてもよい。
【0032】
本発明の一実施態様においては、セルラーゼとしてAspergillus nigar由来のエンドグルカナーゼA(AnEglA); AJ224451(GenBankアクセッション番号))の成熟ペプチドとして記載されるアミノ酸配列(配列番号1)を用いることができる他、その変異体又は相同体、即ち、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/または挿入されているアミノ酸配列であって、セルロース結合活性を有するアミノ酸配列;又は配列番号1に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列であって、セルロース結合活性を有するアミノ酸配列を使用することもできる。
【0033】
また、本発明の他の一実施態様においては、セルラーゼとして、Clostridium thermocellumのエンドグルカナーゼ(セルラーゼD)(CP000568.1(GenBankアクセッション番号)の成熟ペプチドとして記載されるアミノ酸配列(配列番号24)を用いることができる他、Aspergillus niger由来のエンドグルカナーゼA同様、その変異体や相同体を用いることができる。
【0034】
また、さらに、本発明の他の一実施態様においては、セルラーゼとして、Clostridium thermocellumのセロビオヒドロラーゼ(セロビオヒドロラーゼA)の成熟ペプチドとして記載されるアミノ酸配列(配列番号25)を用いることができる他、Aspergillus niger由来のエンドグルカナーゼA同様、その変異体や相同体を用いることができる。
【0035】
本明細書において「1から数個のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/または挿入されている」とは、例えば1〜20個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個の任意の数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/または挿入されていることを意味する。
【0036】
本明細書において、例えば「配列番号1に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列」とは、配列番号1に記載のアミノ酸配列と60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を意味する。なお、本明細書において「同一性」とは、当業者に公知であって、配列を比較することにより決定される、2以上のタンパク質あるいは2以上のポリヌクレオチドの間の関係である。当該技術分野で「同一性」とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きのそのような配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の配列不変性の程度を意味する。同一性は、例えば、AltschulらによるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool) プログラム(たとえば、Altschul SF, Gish W, Miller W, Myers EW, Lipman DJ., J. Mol. Biol., 215: p403-410 (1990), Altschyl SF, Madden TL, Schaffer AA, Zhang J, Miller W, Lipman DJ., Nucleic Acids Res. 25: p3389-3402 (1997))を利用し決定することができる。BLASTのようなソフトウェアを用いる場合の条件は、特に限定するものではないが、デフォルト値を用いるのが好ましい。同一性は典型的には、BLASTなど配列相同性検索結果においてIdentityと称される。
【0037】
本発明において上記したような配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するセルロース結合ドメインの変異体や相同体を使用する場合には、配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードするDNAを用いる代わりに、上記変異体や相同体をコードするDNAを用いればよい。このような変異体や相同体をコードするDNAは、化学合成、遺伝子工学的手法、突然変異誘発などの当業者に既知の任意の方法で作製することもできる。具体的には、配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードするDNAを利用し、これらDNAに変異を導入することにより所望のDNAを取得することができる。例えば、DNAに対し、変異原となる薬剤と接触作用させる方法、紫外線を照射する方法、遺伝子工学的手法等を用いて行うことができる。遺伝子工学的手法の一つである部位特異的変異誘発法は特定の位置に特定の変異を導入できる手法であることから有用であり、モレキュラークローニング第2版、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー、Nucleic Acids Research, 10, 6487, 1982、Nucleic Acids Research, 12, 9441, 1984、Nucleic Acids Research, 13, 4431, 1985、Nucleic Acids Research, 13, 8749,1985、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409, 1982、Proc. Natl. Acad. Sci.USA, 82, 488, 1985、Gene, 34, 315, 1985、Gene, 102, 67, 1991等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0038】
セルロース結合ドメインは、セルロースに対して結合能を有するアミノ酸配列を意味している。多くのセルラーゼは、セルロース分解活性を有するドメインとセルロースに結合するドメインを有している。これらのセルロース結合ドメインは、そのアミノ酸配列の相同性より、9つのファミリー(ファミリーI 〜IX)に分類されている(Tomme, P. et al., Adv. Microbiol. Physiol., 37, 1-81 (1995) )。本発明では、これらのセルロース結合ドメインの中から、セルロースとの結合の親和性や選択性などを考慮して、使用目的に応じて適当なものを選択して使用することができる。例えば、セルロース結合ドメインは、結晶性セルロースに対して結合性を有するものであってもセルロースに対して結合性を有するものであってよいが、分解しようとするセルロースの種類や同時に用いるセルラーゼの種類によって適宜決定することができる。
【0039】
本発明で使用できるセルロース結合ドメインの具体例としては、Cellulomonas fimi由来のセルラーゼのセルロース結合ドメインが挙げられる。より具体的には、Cellulomonas fimi由来のエンドグルカナーゼCのセルロース結合ドメインが挙げられる。かかるセルロース結合ドメインのアミノ酸配列を配列番号18に記載している。そのほか、Tricoderma reesei等、既に説明したセルラーゼ産生微生物の各種セルラーゼのセルロース結合ドメインを用いることができる。セルロース結合ドメインは、セルロースへのセルラーゼのアクセシビリティを向上させることができる。なお、セルロース結合ドメインとしては、公知のセルロース結合ドメインのほか、これらの上記したような変異体や相同体を1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0040】
セルロース緩和タンパク質は、例えば、セルロース緩和タンパク質であるスウォレニン(swollenin)やエクスパンシン(expansin)が挙げられる。セルロース緩和タンパク質は、セルロースへのセルラーゼのアクセシビリティを向上させることができる。エクスパンシンは植物細胞壁タンパク質の一種であって、イネなどの単子葉植物やサツマイモなどの双子葉植物など広く見出されている。また、スウォレニンは、エクスパンシンと相同性を有するTrichoderma reesei(トリコデルマ・リーゼイ)由来のタンパク質である。セルロース緩和タンパク質としては、公知のエクスパンシン及びスウォレニンのほか、これらの上記したような変異体や相同体を1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0041】
また、セルロース分解タンパク質は、間接的にセルロースの分解に寄与するものであってもよい。これらのタンパク質も、セルロースへのセルラーゼのアクセシビリティを向上させることができる。こうしたセルロース分解タンパク質としては、例えば、セルロースと共存する可能性のあるリグニンに作用することでセルロースの分解に寄与するタンパク質が挙げられる。より具体的には、リグニンペルオキシダーゼ、マンガンペルオキシダーゼ及びラッカーゼなどのリグニン分解酵素が挙げられる。リグニン分解酵素としては、公知のリグニン分解酵素のほか、これらの上記したような変異体や相同体を1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0042】
また、ヘミセルロースを分解するヘミセルラーゼが挙げられる。へミセルロースとは、陸上植物細胞の細胞壁を構成する多糖類のうち、セルロースとペクチン以外のものをいう。ヘミセルロースとしては、キシラン、マンナン、グルコマンナン等が挙げられる。ヘミセルラーゼは、ヘミセルロースを分解する酵素の総称であり、例えば、キシラナーゼ等が挙げられる。こうした酵素は、Trichoderma属やAspergillus属等のセルロース分解性微生物に由来するものであってもよい。ヘミセルラーゼとしては、公知のヘミセルラーゼのほか、これらの上記したような変異体や相同体を1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0043】
本タンパク質複合体は、キャリアに対して保持されたセルロース分解タンパク質を備えている。セルロース分解タンパク質は、キャリアが備える疎水性部位でもあるビオチン結合溝にビオチンがはまることで形成されていると考えられている。かかる特異的結合によりキャリアにセルロース分解タンパク質を保持させるには、ビオチン化したセルロース分解タンパク質をキャリアと接触させればよい。
【0044】
所望のタンパク質をビオチン化する方法及びビオチン化タンパク質とアビジンなどのキャリアとを複合化する方法は当業者においてよく知られている。例えば、適当なビオチン化剤を用いることにより、セルロース分解タンパク質をビオチン化することができる。ビオチン化剤としては、ビオチンを直接あるいは適当なスペーサーを介して結合するものであればよく、特に限定されない。好ましいビオチン化剤は、-NH-(CH2)n-CO- (n=1〜6)などの脂肪族アミド構造あるいはポリアルキレングリコール構造を有するスペーサーを介して結合される。ポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール(PPG)、ポリブチレングリコール(PBG)、(PEG)-(PPG)-(PEG)ブロック共重合体、(PPG)-(PEG)-(PPG)ブロック共重合体、(PEG)-(PBG)-(PEG)ブロック共重合体、(PBG)-(PEG)-(PBG)ブロック共重合体などがあげられ、好ましくは、PEG、PPG、(PEG)-(PPG)-(PEG)ブロック共重合体、(PPG)-(PEG)-(PPG)ブロック共重合体、より好ましくはPEGがあげられる。好ましいPEG構造は、-CHCHO)-(式中、nは2〜500、好ましくは2〜100、より好ましくは2〜50、さらに好ましくは4〜10の整数を示す。)である。
【0045】
本発明のビオチン化剤は、スペーサーとしてポリアルキレングリコール構造を有していてもよい。そして、そのポリアルキレングリコール構造は、エステル、アミドまたはチオエーテル結合を介して、アミド結合を介してビオチン及びセルロース分解タンパク質と結合していることが好ましい。
【0046】
また、ビオチン化剤としては、たとえばX-(CH2)m1-NH-{CO(CH2)nNH}m2-(ビオチニル)(Xはスルホコハク酸イミドオキシカルボニル基、コハク酸イミドオキシカルボニル基、テトラフルオロフェノキシカルボニル、シアノメチルオキシカルボニル、p-ニトロフェニルオキシカルボニル、I, Br, Clなどのアミノ基と反応してアミド(NHCO)またはアミノアルキル基を形成可能な活性エステル残基、ハロゲン原子を表す。m1は2〜6の整数を表し、m2は0〜50、好ましくは1〜10、より好ましくは0〜5、さらに好ましくは0〜3の整数を示す。)が挙げられる。
【0047】
具体的なビオチン化剤としては、典型的には、たとえばPierce製のEZ-Link Sulfo-NHS-Biotin、EZ-Link Sulfo-NHS-LC-Biotin、EZ-Link Sulfo-NHS-LC-LC-Biotin、EZ-Link-NHS-PEO4-Solid Phase Biotinylation Kitなどの各種ビオチン化剤が例示される。
【0048】
セルロース分解タンパク質をビオチン化剤でビオチン化するには、ビオチン化剤とセルロース分解タンパク質とを1℃〜37℃程度で反応させればよい。
【0049】
ビオチン化剤によらないでセルロース分解タンパク質をビオチン化することもできる。例えば、ビオチンリガーゼによる特異的ビオチン化部位を有するタグ(ペプチド)を利用する方法が挙げられる。セルロース分解タンパク質のC末あるいはN末に、特定の配列を有するタグを付加し、そのタグに含まれるリジンをビオチンリガーゼにより、部位特異的にビオチン化する。市販されているこのようなタグとしてはgenecopoeia社Avi-tagTM(LERAPGGLNDIFEAQKIEWHE またはGLNDIFEAQKIEWHE)とInvitrogen社のBioEase TagTM(肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)オキサロ酢酸脱炭酸酵素のαサブユニットのC末端配列の一部である72残基(アミノ酸残基524-595)のペプチド)が公知であるが、これらに限定されるものではない。
【0050】
ビオチン化したセルロース分解タンパク質とキャリアとを接触させることで、キャリアとセルロース分解タンパク質とは強固に結合され、本発明のタンパク質複合体を構成することができる。例えば、キャリアのアビジン結合数(例えば、ストレプトアビジンの場合であれば通常四量体である。このような四量体を一分子とするとき、結合数は4価となる。)に対して十分量のセルロース分解タンパク質を供給する。通常、1℃〜37℃程度、好ましくは、室温近傍でpHや塩濃度を適当な緩衝液(例えば、50mM酢酸緩衝液(pH5.0))の存在下で接触させればよい。
【0051】
セルロース分解タンパク質は、1分子のキャリア(例えば、アビジンは通常4量体等の多価体をとるがこれを1分子とする。)に対して保持させようとする組み合わせ(種類及び個数)でキャリアに供給される。
【0052】
本発明のタンパク質複合体は、セルロース分解タンパク質を複数個備えることが好ましい。「複数個のセルロース分解タンパク質」は、同一種類のセルロース分解タンパク質を複数個としてもよいし、2種類以上のセルロース分解タンパク質をそれぞれ1個又は2個以上としてもよい。本タンパク質複合体によれば、複数個のセルロース分解タンパク質を備えることの相乗効果を得るのに好適である。理論的に必ずしも明らかではないが、本発明者らによれば、本タンパク質複合体によれば、タンパク質を集積した際に、その活性発現を効果的に高めることができると考えられる。
【0053】
複数個のセルロース分解タンパク質には、少なくとも1種類のセルラーゼを含んでいることが好ましい。1種類のセルラーゼが複数個備えられていてもよいし、当該セルラーゼの活性発現に寄与する他のセルロース分解タンパク質が備えられていてもよい。セルラーゼの種類は特に限定されないが、エンドグルカナーゼを用いることが好ましい。
【0054】
2種類以上のセルラーゼを含んでいてもよい。セルロースを効率的に分解するには2種類以上のセルラーゼが好ましいからである。2種類以上のセルラーゼとしては、好ましくは、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ及びβ−グルコシダーゼから選択される。好ましくは、エンドグルカナーゼを含む。
【0055】
複数個のセルロース分解タンパク質には、セルロース結合ドメインを含むことが好ましい。セルロース結合ドメインは、セルラーゼとともに備えられることがより好ましい。セルロース結合ドメインがセルラーゼによるセルロースの分解を飛躍的に高めることができる。セルロース結合ドメインは、必ずしもセルラーゼが由来する生物(微生物)に由来するものでなくてもよい。
【0056】
セルロース結合ドメインは同一種類及び複数種類を備えていてもよく、また1個であっても2個であってもよい。セルラーゼの組み合わせ等によって適宜決定される。
【0057】
例えば、キャリアに保持されるセルロース分解タンパク質の好ましい組み合わせとしては、エンドグルカナーゼなどのセルラーゼとセルロース結合ドメインとの組み合わせが挙げられる。例えば、四量体のキャリアに対しては、その結合部位を充足するようことが好ましく、また、セルラーゼを3個以上又はセルロース結合ドメインを3個以上を付与することでセルロースの分解に対する効果を飛躍的に高めることができる。すなわち、セルロース分解タンパク質の集積効果をより発揮することができる。
【0058】
(セルロースの分解産物の製造方法)
本発明のセルロース分解産物の製造方法は、本発明のタンパク質複合体を用いてセルロース含有材料中のセルロースを分解する工程を備えている。セルロースの分解産物としては、セルロースが低分子化されたものであればよい。より具体的には、最終分解産物であるグルコースのほか、セロオリゴ糖、セロビオース等が挙げられる。後段で説明するように、セルロース分解産物を発酵時の炭素源として用いる場合には、セルロース分解産物は、グルコースを主体とすることが好ましい。
【0059】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。したがって、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロース含有材料としては、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。
【0060】
分解しようとするセルロース含有材料の種類によっては、前処理や追加の酵素が必要な場合もありうる。例えば、リグノセルロース材料を用いる場合、効率な分解のためには、物理的、化学的又は酵素的な前処理が必要な場合もある。
【0061】
(セルロース分解工程)
セルロース分解工程は、セルロース分解タンパク質の機能発現に適した環境下で、セルロース含有材料中のセルロースと本発明のタンパク質複合体を接触させればよい。本タンパク質複合体がセルラーゼを保持しているとき、セルロース分解反応の安定性や操作の簡便性を考慮すると、通常、セルラーゼの至適pHを含むpH範囲に緩衝能を有する緩衝液を用いることが好ましい。一般的なセルラーゼの典型的な好適pHは4〜6程度であるため、例えば、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸−酢酸ナトリウム)、クエン酸−リン酸緩衝液(クエン酸−リン酸二水素ナトリウム)等が挙げられる。こうした緩衝液の濃度やpHを適宜調製して、親水性溶媒相のpHを4以上6以下、より確実には、4.0以上6.0以下となるように設定することが好ましい。
【0062】
セルラーゼによるセルロース分解のための温度や時間は特に限定されない。セルラーゼの種類にもよるが、通常、30℃〜70℃程度、好ましくは35℃〜45℃程度で、pH2以上6以下程度とし、数時間から数十時間程度実施する。
【0063】
セルロース分解工程は、1種類の本タンパク質複合体を用いて行ってもよいし、2種類以上の本タンパク質複合体を用いて行ってもよい。2種類以上の本タンパク質複合体を用いる場合には、同時に複数のタンパク質複合体を用いてもよいし、複数段階に分けて、異なる本タンパク質複合体を用いてもよい。例えば、セルロース分解タンパク質としてエンドグルカナーゼを備えるタンパク質複合体と、同様にセロビオヒドロラーゼを備えるタンパク質複合体と、同様にグルコシダーゼを備えるタンパク質複合体とを、その種類と含有量とにつき適宜設定して、一工程で分解を行ってもよいし、複数工程でセルロースの分解を行ってもよい。
【0064】
本タンパク質複合体を用いてセルロース分解工程を実施することで、より少ないセルラーゼ量でより高いセルロース分解効果を得ることができるようになる。また、本タンパク質複合体は熱的にも安定した状態でセルラーゼ等のセルロース分解タンパク質を結合保持するため回収した酵素を繰り返し利用することも可能である。例えば、本タンパク質複合体のキャリアをキャリアに保持することで繰り返し利用を容易に実現することができる。
【0065】
(有用物質の製造方法)
本発明によれば、本タンパク質複合体を利用してセルロース含有材料中のセルロースを分解する工程と、前記工程で得られるセルロースの分解産物を含有する炭素源を用いて発酵により有用物質を得る工程(以下、単に発酵工程ともいう。)と、を備えることができる。セルロース分解工程は、本発明のセルロース分解産物の製造方法の実施形態を適用することができる。
【0066】
発酵工程で用いる炭素源は、セルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を含んでいる。炭素源は、セルロース分解産物を全炭素源(質量)の一部であれば、効果的であるが、好ましくは、セルロース分解産物を主体とする。
【0067】
発酵工程で、セルロース分解工程を同時に実施することもできる。すなわち、培地中にセルロース含有材料と本タンパク質複合体を投入しておき、生成されるセルロース分解産物を炭素源として利用して発酵工程を行ってもよい。
【0068】
発酵工程で用いる微生物は、特に限定しないで、セルロースの分解産物を資化可能であって生産しようとする有用物質の種類に応じて適宜選択される。セルロース分解産物は、グルコースが主であるが、ヘミセルロース由来のキシラン等を含んでいてもよい。例えば、酵母やカビなどの真菌類や大腸菌等の微生物が挙げられる。微生物は、野生型であってもよいし、遺伝子工学的技術等によって人為的にセルロース分解産物を効率的に資化可能に改変されたり、有用物質を生産可能に改変されたりしたものであってもよい。典型的には、エタノールを生産する酵母などの微生物が挙げられる。また、有機酸を生産する酵母や乳酸菌であってもよい。
【0069】
発酵工程は、用いる微生物の種類や生産しようとする有用物質に応じて実施すればよい。発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。なお、変換工程終了後、培養液から微生物を除去してエタノール等の有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを濃縮する工程を実施してもよい。
【0070】
有用物質としては特に限定しないが、グルコースを利用して微生物が生成可能なものが好ましい。例えば、エタノールなどの低級アルコール、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。
【0071】
この生産方法によれば、セルロースから効率的に分解回収されたセルロース分解産物を用いることで、全体としての製造コストを低減することができる。
【実施例】
【0072】
以下、本発明を実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0073】
(Aspergillus nigar(アスペルギルス・ニガー)由来のエンドグルカナーゼ(EG)をコードするDNA断片を含むコンストラクトの作製)
本実施例では、Aspergillus niger由来のエンドグルカナーゼA(AnEglA); AJ224451(GenBankアクセッション番号))コードするDNA断片を調製し、これを大腸菌発現ベクターに組み込み、コンストラクトを作製した。
最初に、Genbankデータベースの塩基配列情報を元にして、シグナルペプチド部分を除いたDNA(AnEglA;配列番号2)を全合成した。
【0074】
ついで、前記DNAがNdeI-AnEglA-XhoIとなるように、以下のプライマーセットを用いて、PCRを行った。
5’側(30mer):CATATGCAGACGATGTGCTCTCAATATGAC(配列番号3)
3’側(30mer):CTCGAGCTAGTTGACACTGGCGGTCCAGTT(配列番号4)
【0075】
得られたPCR増幅産物(配列番号5)を大腸菌用発現ベクターであるpET23b(メルク社製)のNdeI-XhoI部位に、In-fusion PCR cloning kit(Clontech)を用いて導入し、コンストラクト1とした。
【実施例2】
【0076】
(ビオチン化剤によるビオチン化エンドグルカナーゼの作製)
まず、実施例1で作製したコンストラクト1を大腸菌BL21(DE3)(Merck)のコンピテントセルに形質転換した。LB/Amp(50μg/ml)選択培地上に生えてきたコロニーを、LB/Amp(100μg/ml)液体培地に植菌し30℃で一昼夜前培養した。なお、LB培地組成は、1lあたり bacto-tryptone 10g, yeast extract 5g, NaCl 10gであった。次いで、2×YT/Amp(100μg/ml)液体培地に対して前培養液を1/80量加えて、30℃でOD600=0.6まで培養後、IPTGを終濃度1mMになるように加え、さらに6時間培養した。なお、2×YT 培地組成は、1lあたり bacto-tryptone 16g, yeast extract 10g, NaCl 5gであった。
【0077】
培養後の菌体を遠心で集菌した後、50mM酢酸緩衝液(pH5.0)/500mM NaClに溶解し、菌体の超音波破砕を行った。その後、遠心を行い、上清を孔径0.45μmフィルターでろ過し、ろ液に対して、ゲル濾過クロマトグラフィー(カラムはSuperdex 75 (GE Healthcare))により、精製を行った。精製物を4℃で保存し、化学的ビオチン修飾に用いた。
【0078】
精製したAnEglAの溶液(酢酸緩衝液(pH 5.0)/200mM NaCl) 5 mlを500mlのPBS(pH 7.4)中、室温で3.5 時間透析した。透析膜にはSpectrum社製孔径6000-8000を用いた。その後、Sulfo-NHS-LC-Biotinylation Kit, EZ-Link(PIERCE社製)を用いて、マニュアルに従い、AnEglAのビオチン化を4℃で20時間行った。過剰のビオチンをキット付属のスピンカラムで除去し、「Chemically-biotinylated-AnEglA(CBEG)」とした。
【実施例3】
【0079】
(ビオチンリガーゼによる部位特異的にビオチン化されるエンドグルカナーゼをコードするDNA断片を含むコンストラクトの作製)
本実施例では、大腸菌内でビオチンリガーゼによりビオチン化されるタグを融合したエンドグルカナーゼをコードするDNA保持するコンストラクトを作製した。
【0080】
1. AnEglA断片内部のSacII部位を破壊したAnEglA断片
以下のプライマーセットAを用いて、実施例1で全合成したDNA断片(配列番号2)内部のSacII部位を破壊するため(3’側の下線部分)、当該DNA断片をテンプレートとして、KOD+ DNAポリメラーゼ(東洋紡)を用いて、PCRを行った。同様に、プライマーセットBを用いて、重複部分を含むようにPCRを行った。
【0081】
プライマーセットA
5’側(23mer):ATGCAGACGATGTGCTCTCAATA(配列番号6)
3’側(31mer):CACATTCGCGGCGGTGAAAAGATCATACGCG(配列番号7)
プライマーセットB
5’側(32mer):CTTTTCACCGCCGCGAATGTGGACCATGCCAC(配列番号8)
3’側(22mer):CTAGTTGACACTGGCGGTCCAG(配列番号9)
【0082】
これらのPCR産物をアガロースゲル電気泳動後、GFX PCR DNA and Gel Band Purification Kit(GE Healthcare)を用いて回収し、それぞれ、1μlをテンプレートとして、プライマーセットCを用いて、PCRを行って、PCR産物として、SacII部位を破壊したAnEglA断片(配列番号12)を取得した。
【0083】
プライマーセットC
5’側(23mer):ATGCAGACGATGTGCTCTCAATA(配列番号10)
3’側(22mer):CTAGTTGACACTGGCGGTCCAG(配列番号11)
【0084】
2.pelB由来シグナルペプチド + SacII部位破壊AnEglA + Bio−tag+His−tag断片(図2)の作製
まず、pelB由来シグナルペプチド + SacII部位破壊AnEglA + SacII断片を作製した。1.で作製したDNA断片(配列番号12)をテンプレートとして、以下のプライマーセットを用いてPCRを行い、当該断片を取得した(配列番号15)。なお、5’側プライマーの中にある、開始コドンのATGを下線、シグナルペプチドの最後のアミノ酸Aの部分もまた下線で示す。得られた断片をpBluescriptII(Stratagene)のSacI-SacII部位にクローニングして、コンストラクト2とした。なお、シグナルペプチドの配列はE.carotovora pectate lyase B(AJ224451)のN末端22残基とし、Bio_tagの部分はMolecular Immunology, 37, 2000, 1067-1077参照した。
【0085】
5’側(100mer):GAGCTCCATGGCGATGAAATACCTATTGCCTACGGCAGCCGCTGGATTGTTATTACTCGCGGCCCAGCCGGCGATGGCGCAGACGATGTGCTCTCAATAT(配列番号13)
3’側(26mer):CCGCGGCGTTGACACTGGCGGTCCAG(配列番号14)
【0086】
次に、Bio−tag部位及びHis−tag部位を含むSacII-Bio−tag+His+tag-HindIIIのDNA断片(配列番号16)を全合成し、コンストラクト2のSacII−HindIII にサブクローニングして、コンストラクト3を作製した。当該コンストラクト3において、pelB由来シグナルペプチド + SacII部位破壊AnEglA + Bio−tag+His−tag断片(配列番号17)が得られている。
【0087】
さらに、コンストラクト3をSacI-HindIIIで処理して、pUC18のSacI-HindIII部位にサブクローニングしてコンストラクト4とした。
【実施例4】
【0088】
(C末端部位特異的ビオチン化エンドグルカナーゼの作製)
本実施例では、AnEglA+Bio−tag+His−tagを大腸菌内で部位特異的にビオチン修飾した。コンストラクト4に対してビオチンリガーゼをIPTG誘導できるプラスミドpBirAcmを保持した大腸菌AVB101株コンピテントセル(Avidity社製)に形質転換を行い、LB/Amp(100μg/ml), Chloramphenicol(34mg/ml)寒天培地上で選択した。ビオチン化されたAnEglAの発現は、マニュアルに従いつつ、一部変更して行った。
【0089】
まず、LB/Amp(100μg/ml),Chl(34μg/ml)液体培地3mlにシングルコロニーを植菌し、28℃で一晩前培養した。3mlの前培養液を、250 mlの2×T/Amp(100μg/ml)液体培地に加え、28℃でOD600が0.8まで培養した。さらに、ビオチン、IPTGを各々終濃度 50μM, 1mMとなるように添加し、28℃で一晩培養し、大腸菌内の可溶性画分中にビオチン化したエンドグルカナーゼを産生させた。
【0090】
上記の培養液を遠心して上清を回収し、硫安沈殿を行った。ついで、沈殿物を50mMトリス緩衝液(pH 8.0)/200mM NaCl、5mlに溶解し、500mlの同じトリス緩衝液中、室温で6時間透析を2回繰り返して、硫安を除去した。さらに、Ni Sepharose 6 Fast Flow(GE Healthcare)のトリス緩衝液50%スラリー1mlとBCBDamo溶液4mlを混合し、4℃で1時間反応させた。スラリーをカラムに充填し、50mMトリス緩衝液(pH8.0)/200mM NaCl, 10mMイミダゾール20mlで洗浄した。50mMトリス緩衝液(pH8.0)/200mM NaCl, 100mM イミダゾールで溶出を行い、溶出液中に精製された部位特異的ビオチン化AnEglA(BEGamo)を得た。
【実施例5】
【0091】
(Cellulomonas fimi由来のエンドグルカナーゼCのセルロース結合ドメイン(Family IV CBDN2; CAA40993)をコードするDNA断片を含むコンストラクトの作製)
本実施例では、EcoRI-pelB由来シグナルペプチド + CBDamo + Bio−tag+His−tag断片(図3)を含むコンストラクトを作製した。まず、Cellulomonas fimi由来のエンドグルカナーゼCのFamily IV CBDN2のアミノ酸配列(179-328)(配列番号18)を、大腸菌用コドンに変換した塩基配列を有するDNA断片(配列番号19)を全合成し、CBDamoと称した。
【0092】
(EcoRI-pelB由来シグナルペプチド + CBDamo-SacII-HindIII断片を保持するコンストラクトの作製)
EcoRI-pelB由来シグナルペプチド + CBDamo-SacII-HindIIIとなるように、CBDamo断片をテンプレートとして、以下のプライマーセットを用いて、PCRを行い、PCR産物を得た(配列番号22)。5’側プライマーの中にある、開始コドンのATGを下線、シグナルペプチド最後のアミノ酸Aの部分を大文字及び下線で示した。
【0093】
5’側(100mer):GAATTCATGGCGATGAAATACCTATTGCCTACGGCAGCCGCTGGATTGTTATTACTCGCGGCCCAGCCGGCGATGGCGGACTCCGAGGTCGAGCTCCTGC(配列番号20)
3’側(40mer):AAGCTTGGCCGCGGCCGTCGCCGAGGTGGTGAGCGACACC(配列番号21)
【0094】
得られた増幅DNA断片をEcoRI-HindIII切断し、pUC18のEcoRI-HindIII部位にサブクローニングして、コンストラクト5とした。さらに、コンストラクト5のSacII-HindIII部位に、SacII-Bio−tag+His−tag-HindIII断片(配列番号16)をサブクローニングすることにより、EcoRI-pelB由来シグナルペプチド + CBDamo + Bio−tag+His−tag断片(配列番号23)を有するコンストラクト6を得た。
【実施例6】
【0095】
(C末端部位特異的ビオチン化セルロース結合ドメインの作製)
実施例で得たコンストラクト6でビオチンリガーゼをIPTG誘導できるプラスミドpBirAcmを保持した大腸菌AVB101株コンピテントセル(Avidity)に形質転換を行い、実施例2と同様にして、ビオチン化セルロース結合ドメイン(BCBDamo)を得た。
【実施例7】
【0096】
(エンドグルカナーゼ及びセルロース結合ドメインとのクラスターの作製)
ストレプトアビジンは四量体を形成し、1分子あたり1分子のビオチンと結合する。ストレプトアビジン四量体を1分子の担体とすると、最大4価のタンパク質複合体(クラスター)を作製することができる。本実施例では、ビオチン化剤によりビオチン化したエンドグルカナーゼと部位特異的にC末端側をビオチン化したエンドグルカナーゼを種々の比率で有するクラスターを作製した。
【0097】
まず、2μMストレプトアビジン(Promega)50mM酢酸緩衝溶液(pH5.0)に、図4及び図5に示す各種クラスターが得られるように、合計8μMとなるように各ビオチン化タンパク質(CBEGとBCBDamoとの組み合わせ及びAnEGamoとBCBDamo)を加えて、室温で3時間反応させた。その後、4℃で保存し、酵素活性の測定に用いた。
【実施例8】
【0098】
(エンドグルカナーゼ濃度と活性相関の評価)
実施例7で作製した各種クラスターのエンドグルカナーゼの活性を評価するために、まず、エンドグルカナーゼ濃度とその活性の相関関係を調べた。酵素反応は、基質に、Avicel PH-101(Fluka)のリン酸膨潤セルロース(PSC)を用い、以下の条件で行った。
反応溶液 : 50mM酢酸緩衝液(pH5.0)
PSC初濃度: 0.1%
反応液量 : 200μl
酵素濃度 : 0-4μM
反応温度 : 40℃(ローテーターで撹拌)
反応時間 : 2時間
【0099】
活性の評価は、得られた反応物に対してTZアッセイ(参照文献:Jue CK and Lipke PN (1985) Journal of Biochemical and Biophysical Methods, 11, 109-115)を行って還元糖の濃度を測定することにより行った。すなわち、96wellプレートに酵素反応液(または検量線用グルコース液)5μlとTZアッセイ反応液200μlを加え、プレートを100℃で3分間加熱後、プレートを1分間氷冷した。ウェル内の反応液につき660nmで吸光度測定を行った。なお、TZアッセイ反応液は、以下のようにして作製した。すなわち、0.1M NaOH 300mlに、Tetrazolium blue 0.6g(ナカライテスク)を加え、温浴中でゆっくり攪拌して溶解し、この液に1M酒石酸ナトリウムカリウム300mlを加えて攪拌した後、ろ過し、室温保存した。
【0100】
化学修飾でビオチン化したCBEGの酵素濃度とPSC分解活性の相関を検討した。エンドグルカナーゼ濃度を、0, 0.05, 0.1, 0.2, 0.4, 0.8, 2μMで反応させて、TZアッセイを行った。結果を図6に示す。
【0101】
図6に示すように、酵素濃度(0.05-2μM)の対数と還元糖濃度の間に、明確な相関があることがわかった。
【実施例9】
【0102】
(クラスター化によるセルロース分解活性向上の評価)
本実施例では、実施例7で作製したクラスターについてエンドグルカナーゼ活性を測定し、クラスター化の効果を評価した。評価は、図4及び図5に示した各種の組み合わせ(フリーの(クラスター化していない)混合物(4種類)とクラスター(4種類))について酵素反応及びTZアッセイを行った。図4に示すCBEGとBCBDamoについては、エンドグルカナーゼ濃度を図4に示す濃度に設定した以外は、実施例8に示す条件をそのまま採用して評価を行った。また、図5に示すBEGamoとBCBDamoについては、エンドグルカナーゼ濃度を0.4μMに固定した以外は、実施例8に示す条件をそのまま採用して評価を行った。
【0103】
CBEGとBCBDamoに関して得られた還元糖の測定結果に基づいて、実施例8で得られた相関を利用して、「実際に投入した酵素濃度」と「クラスター化による見かけ酵素濃度」を評価した。結果を併せて図4に示す。
【0104】
図4に示すように、フリー1〜4において、投入した酵素量に対する見かけの酵素量(R値)は、いずれも実際に投入した酵素量を大きく上回るものではなく、実際の酵素量に対する見かけの酵素量の比率(R値)としては、1.35〜1.67であった。これらの結果から、フリーのCBEGについて、フリーのBCBDamoの影響が考えられた。
【0105】
これに対して、クラスター1〜4では、担体を介してEGとCBDamoを1つずつ結合したクラスター1の比率Rは2.7と高く、この結果は、セルロース結合ドメインを持つセルラーゼの方が、持たないものよりもセルロース分解活性が高いというこれまでの知見と一致する。さらに、EGを3つ、CBDamoを1つ持つクラスター4は、そのR値として12.28と最も高い値を示し、12倍量以上のフリーのEGと同等の活性を持つことが判明した。また、見掛け酵素量でクラスター1と比較すると、クラスター4は、13.65倍の活性を有しており、EGの量が3倍あることを考慮しても(3で除しても)、なお4.5倍量の効果を示した。これは、触媒部位が近接する事により、濃度以上の効果が現れたものと考えられ、触媒部位のクラスター化による増加は、EG酵素の活性を高めるのに有効であることが判明した。
【0106】
また、CBDamoを3つ、EGを1つ持つクラスター2のR値は10.7と、10倍量以上のフリーのEGと同等の活性を示した。クラスター1と比較すると、クラスター2は4倍の活性を示しており、セルロース結合ドメインの数のクラスター化による増加は、EG酵素の活性を高めるのに有効であることが判明した。
【0107】
さらに、EGを2つ、CBDを2つ持つクラスター3のR値は7.9と、クラスター4やクラスター2に比べてやや低い値であるものの、それなりの効果を示した。触媒部位とセルロース結合ドメインのクラスター効果は、それぞれ、2つよりも3つのほうが高くなることが判明した。
【0108】
BEGamoとBCBDamoに関して得られた還元糖の測定結果をR値とともに図5に示す。図5中のクラスターのグラフ近傍に付した数値は、それぞれ対応するフリーのBEGamo+BCBDamoの還元糖の測定結果に対するクラスターの還元糖測定結果の割合を示している。図5に示すように、フリーのエンドグルカナーゼに対してフリーのセルロース結合ドメインを共存させることでセルロース分解活性が向上することが観察された。またCBDamoの比率が高いクラスターはより長時間にわたり分解活性を示すことから、クラスター効果により反応が多段階になっていることが考えられた。さらに、図5に示すR値を参照すると、セルロース結合ドメインの比率が大きいクラスターでエンドグルカナーゼのセルロース分解活性が顕著に増大していることがわかった。
【実施例10】
【0109】
本実施例では、エンドグルカナーゼとセルロース結合ドメインとを、量子ドットに集積した複合体(QDクラスター)を作製し、このQDクラスターを利用したセルロースの分解性を評価した。
【0110】
(QDクラスターの作製)
本実施例では、量子ドット(QD)として、Qドットストレプトアビジン標識シリーズ直径15〜20nmの量子ドット(Invitrogen)を用いた。QDに対してエンドグルカナーゼ(化学的ビオチン化エンドグルカナーゼ:CBEG)とセルロース結合ドメイン(ビオチン化セルロース結合ドメイン:BCBD)とが0:4(QDE4)、3:1(QDC31)、2:2(QDC22)及び1:3(QDC13)のモル比となるように供給した。具体的には、CBEGとBCBDを合わせた分子数がQD数の30倍になるようにして供給し、よく混合して、4種類のQDクラスターをそれぞれ作製した。なお、各QDクラスターは、約30サイトを有している。したがって、各QDクラスターを、1モルQDに対して合計約30モルのエンドグルカナーゼとセルロース結合ドメインが集積するように設計した。
【0111】
(QDクラスターのリン酸膨潤セルロース(PSC)への集積化)
作製した4種類のQDクラスター53.3μMを含む緩衝液につき、PSCを1000μg添加し、よく混合した後、6000rpmで30秒で遠心分離した。QDクラスター溶液に代えてQDのみを含有する溶液を対照として同様に試験した。すなわち、各試料につき、遠心分離前後のQDクラスターのQDに由来する蛍光を観察して、QDクラスターのPSCへの集積化を評価した。結果を図7に示す。
【0112】
図7に示すように、CBDを複合化したQDクラスター(QDC31、QDC22、QDC13)については、遠心後、蛍光が容器底部に強く観察され、遠心後には、沈殿したPSCにとともに存在することがわかった。これに対して、CBDを複合化していないQDクラスター(QDE4)及び対照については、遠心後においても溶液全体に蛍光が観察され、PSCとは共に存在しないことがわかった。以上のことから、作製したQDクラスターには、セルロース結合ドメインが集積されていること及びセルロース結合ドメインが集積されたQDクラスターは、PSCに集積することがわかった。
【0113】
(セルロース分解活性)
作製した4種類のQDクラスターをそれぞれエンドグルカナーゼ濃度が0.4μMとなるよう量につき、基質(PSC)の初濃度1mg/mlとして、実施例9と同様にして、PSCの分解活性を評価した。4種類のQDクラスターのそれぞれにつき、同じモル比のフリーの状態のビオチン化エンドグルカナーゼとビオチン化セルロース結合ドメインとの混合物を、対照として同様に評価した。還元糖濃度による測定結果を図8に示す。また、比活性での比較を図9に示す。
【0114】
図8に示すように、エンドグルカナーゼ(native)と比較すると、セルロース結合ドメインを保持したQDクラスターについては、エンドグルカナーゼとの同時集積による相乗効果を確認することができた。また、対照となる各モル比のフリーの混合物では、相乗効果が確認できなかった。また、図9に示すように比活性で比較すると、QDクラスターの集積効果が明らかであった。また、QDC13と実施例9で作製したストレプトアビジンクラスターC13と比較すると、QDC13では、反応速度が大きく2時間以内で反応が飽和している傾向があるのに対し、ストレプトアビジンクラスターC13では、長時間域で活性が延びていた。すなわち、これらのクラスターは反応様式に何らかの相違があると考えられた。
【実施例11】
【0115】
本実施例では、Clostridium thermocellum由来のエンドグルカナーゼを用いたクラスター化複合体のリン酸膨潤セルロースの分解活性を評価した。
【0116】
(1)コンストラクトの作製
Clostridium thermocellum(クロストリジウム・サーモセラム)株ATCC 27405由来のエンド1,4ベータグルカナーゼ (セルラーゼD, CelD); CP000568.1(GeneBankアクセッション番号)をコードするDNA断片を調製し、これを大腸菌発現ベクターに組み込み、コンストラクトを作製した。最初に、GeneBank データベースの塩基配列情報を元にして大腸菌発現に優勢なコドンに変換した塩基配列を作製し、シグナルペプチド部分を除いた塩基配列のN末端にNcoI、C末端にSacII制限酵素サイトを設計したDNA(CelD; 配列番号26)を全合成し、そのDNA断片をpUC57ベクターへクローニングした。次に、図10に示すように、pUC57ベクターから制限酵素NcoI, SacIIで切り出したDNA断片を同じ制限酵素サイトで切り出したpRA2bベクターへライゲーションし、C末端部位特異的ビオチン化CelD(配列番号27)の発現ベクターを作製した。
【0117】
(2)実験結果
(ストレプトアビジンを用いたクラスター化)
C末端部位特異的ビオチン化CelD、実施例6で作製したビオチン化セルロース結合ドメイン(BCBDamo)、ストレプトアビジンを図11に示す比率で混合し、リン酸膨潤セルロース(PSC)の分解活性を評価した。結果を図11に併せて示す。図11に示すように、ストレプトアビジンを核として、CelD:CBDamoを1:3の比率でクラスター化させたSA-D1C3がAnEglAと同様に最も大きい活性を示し、酵素ドメイン1に対してセルロース結合ドメインが3の割合が最も活性を向上させることがCelDについても確認できた。
【0118】
(ストレプトアビジン修飾)QDを核としたクラスター化)
C末端部位特異的ビオチン化CelD、実施例6で作製したビオチン化セルロース結合ドメイン(BCBDamo)、ストレプトアビジン修飾QDを図12に示す比率で混合し、リン酸膨潤セルロース(PSC)の分解活性を評価した。結果を図12に併せて示す。図12に示すように、ストレプトアビジンを核とした場合と同様に、CelD:CBDamoを1:3の比率でクラスター化させたQD-D1C3が最も活性を示した。この結果はAnEglAと同様であり、QDを核としても、酵素ドメイン1に対してセルロース結合ドメインが3の割合が最も活性を向上させることがAnEglA だけでなく広くエンドグルカナーゼについてあてはまることがわかった。
【0119】
一方、CelD:CBDamoを1:3の比率でストレプトアビジンとQDとそれぞれ核とし、クラスター化したSA-D1C3とQD-D1C3を比較してみると、QD-D1C3では使用した酵素ドメイン濃度がSA-D1C3の0.8倍量であるものの、反応開始後24時間後の生成還元糖濃度はSA-D1C3の1.36倍であった。このことから、CelDの場合、QDでクラスター化した方が分解活性が向上することが分かった。
【実施例12】
【0120】
本実施例では、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼを用いたクラスター化複合体のリン酸膨潤セルロースの分解活性を評価した。
【0121】
(1)コンストラクトの作製
Clostridium thermocellum (クロストリジウム・サーモセラム)由来のセルロース1,4ベータ セロビオヒドロラーゼ A(CBHA; X80993.1 (GeneBankアクセッション番号)をコードするDNA断片を調製し、これを大腸菌発現ベクターに組み込み、コンストラクトを作製した。最初に、Genebank データベースの塩基配列情報を元にして大腸菌発現に優勢なコドンに変換した塩基配列を作製し、CBD Family IVとCBD Family IIIを除いた塩基配列のN末端にNcoI、C末端にSacII制限酵素サイトを設計したDNA(CBHA; 配列番号28)を全合成し、そのDNA断片をpUC57ベクターへクローニングした。次に、図13に示すように、pUC57ベクターから制限酵素NcoI, SacIIで切り出したDNA断片を同じ制限酵素サイトで切り出したpRA2bベクターへライゲーションし、C末端部位特異的ビオチン化CBHA(配列番号29)の発現ベクターを作製した。
【0122】
(2)実験結果
(ストレプトアビジンを用いたクラスター化)
C末端部位特異的ビオチン化CBHA、実施例6で作製したビオチン化セルロース結合ドメイン(BCBDamo)、ストレプトアビジンを図14に示す比率で混合し、リン酸膨潤セルロース(PSC)の分解活性を評価した。結果を図14に併せて示す。図14に示すように、ストレプトアビジンを核として、CBHA:CBDamoを1:3の比率でクラスター化させたSA-A1C3がエンドグルカナーゼであるAnEglA、CelDと同様に最も大きい活性を示し、酵素ドメイン1に対してセルロース結合ドメインが3の割合が最も活性を向上させることがセロビオヒドロラーゼについてもあてはまることがわかった。
【配列表フリーテキスト】
【0123】
配列番号3、4、6、7、8、9、10、11、13、14、20、21:プライマー
配列番号5、12、15、16、17、19、22、23、26、27、28、29:改変DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース分解のためのタンパク質複合体であって、
ビオチン結合部位を複数個有するキャリアと、
ビオチンを介して前記キャリアに保持される、セルロースの分解に寄与する複数個のセルロース分解タンパク質と、
を備える、複合体。
【請求項2】
前記セルロース分解タンパク質は1種又は2種以上のセルラーゼを含む、請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
前記セルロース分解タンパク質は1種又は2種以上のセルロース結合ドメインを含む、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項4】
前記セルロース分解タンパク質は、2個以上のセルラーゼ又は2個以上のセルロース結合ドメインを含む、請求項1〜3のいずれかに記載の複合体。
【請求項5】
前記セルラーゼは、エンドグルカナーゼを含む、請求項2〜4のいずれかに記載の複合体。
【請求項6】
前記キャリアは、ストレプトアビジン又は量子ドットを含む、請求項1〜5のいずれかに記載の複合体。
【請求項7】
セルロースの分解産物の製造方法であって、
請求項1〜6のいずれかに記載のタンパク質複合体を利用してセルロースを分解する工程、を備える、方法。
【請求項8】
有用物質の製造方法であって、
請求項1〜6のいずれかに記載のタンパク質複合体を利用してセルロースを分解する工程と、
前記工程で得られるセルロースの分解産物を含有する炭素源を用いて発酵により有用物質を得る工程と、
を備える、方法。
【請求項9】
前記有用物質はエタノールである、請求項8に記載の製造方法。

【図4】
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【図6】
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【図10】
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【図13】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−252789(P2010−252789A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−83962(P2010−83962)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り BMB2008(第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会 合同大会)発行、BMB2008(第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会 合同大会)講演要旨集、平成20年11月20日発行 BMB2008(第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会 合同大会)、第31回日本分子生物学会年会 年会長 長田 重一及び第81回日本生化学会大会 会頭 大隈 良典 主催、平成20年12月12日
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】