説明

トリクロロエテンの完全脱塩素可能な微生物と当該微生物を用いるトリクロロエテンを含有する汚染物の浄化方法

【課題】クロロエテン類を上流から下流まで分解して、最終的にエテンまでの脱塩素化を単独で効率的に行うことが可能な脱塩素細菌、及び、それを含有する微生物群を見出して、これらを用いた汚染土壌等の汚染物の浄化方法を提供すること。
【解決手段】トリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceA及び塩化ビニル分解酵素遺伝子であるBvcAとVcrAを保有し、トリクロロエテンをエテンまで分解する能力を有するデハロココイデス(Dehalococcoides)属細菌、及び、当該細菌を含有する微生物群を提供し、当該細菌又は微生物群をクロロエテン類を含む汚染物に作用させて当該クロロエテン類を脱塩素化する浄化方法を提供することにより、上記の課題を解決し得ることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオレメディエーションに利用可能な微生物と当該微生物を用いる浄化方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
揮発性有機塩素化合物のうち、テトラクロロエテン(PCE)、トリクロロエテン(TCE)等のクロロエテン類(慣用名:クロロエチレン類)は、土壌・地下水汚染を引き起こしている主要な環境汚染物質である。これらの物質で汚染された土壌を浄化する有効な技術としては、微生物を利用する生物学的処理方法、化学酸化剤を用いる化学的処理方法、及び、地下水の汲み上げや土壌の入れ替え等の物理的処理方法が挙げられる。それらの中で、最近、生物学的処理方法である水素徐放材を用いた嫌気的バイオレメディエーション(生物学的環境浄化)が注目されている。
【0003】
この方法は、嫌気的条件において、Dehalococcoides属細菌等の微生物が電子受容体として有機塩素化合物を利用する反応を活用した技術であり、汚染物質であるテトラクロロエテン(PCE)やトリクロロエテン(TCE)の塩素が段階的に水素に置換されて、ジクロロエテン(DCE)異性体、塩化ビニル(VC)を経て、最終的にエテンに変換されることを目的としている。
【0004】
クロロエテンで 汚染された土壌等のバイオレメディエーションに用いられる嫌気性微生物としては、Dehalococcoides属やDesulfitobacterium属の細菌が知られており、下記のような知見が知られている。非特許文献1では、Dehalococcoides ethenogenes 195がテトラクロロエテンをエテンまで脱塩素化できる微生物として同定されたことが記載されている。非特許文献2では、ジクロロエテンとビニルクロライドをエテンに脱塩素化する嫌気性微生物であるDehalococcoides sp. BAV1が初めて単離されたことが記載されている。さらに、非特許文献3および4では、それぞれ、シス1,2ジクロロエテンとビニルクロライドをエテンに脱塩素化する嫌気性微生物であるDehalococcoides sp. VS、トリクロロエテンとジクロロエテンをビニルクロライドまで脱塩素化するDehalococcoides sp. FL2が記載されている。また、非特許文献5では、トリクロロエテンをジクロロエテン、ビニルクロライドを経てエテンまで脱塩素化するDehalococcoides sp. GTが記載されている。
【0005】
一方、Desulfitobacterium属の菌としては、非特許文献6にDesulfitobacterium dehalogenanceが記載されている。さらに、特許文献1、2には、PCEを脱塩素化できるDesulfitobacterium sp. Y51及びDesulfitobacterium sp. KBC-1が記載されている。
【0006】
さらに各揮発性有機塩素化合物の脱塩素化を担う酵素の遺伝子に関して特許文献3、4ではPCE分解酵素遺伝子が、非特許文献7ではTCE分解酵素遺伝子(TceA)が、非特許文献8、9ではVC分解酵素遺伝子(BvcA, VcrA)が記載されている。
【0007】
また、特許文献5には、揮発性有機塩素化合物を除去することを目的とする嫌気的バイオレメディエーションを行っている場所の地下水を検出対象物として、当該対象物中の脱塩素化酵素をコードする遺伝子の種類と量を検出する、バイオレメディエーションの状態のモニタリング方法が開示されている。特許文献6には、培養した微生物を汚染サイトに投入するための製剤技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001-269175号公報
【特許文献2】特開2005-270970号公報
【特許文献3】特開2010-119339号公報
【特許文献4】特開2006-042815号公報
【特許文献5】特開2007−89560号公報
【特許文献6】特開2007-104916号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Appl Environ Microbiol. 1999 Jul;65(7):3108-13.,Reductive dechlorination of chlorinated ethenes and 1, 2-dichloroethane by "Dehalococcoides ethenogenes" 195.,Maymo-Gatell X, Anguish T, Zinder SH.
【非特許文献2】He J, Ritalahti KM, Yang KL, Koenigsberg SS, Loffler FE., Nature. 2003 Jul 3;424(6944):62-5., Detoxification of vinyl chloride to ethene coupled to growth of an anaerobic bacterium.
【非特許文献3】Cupples AM, Spormann AM, McCarty PL., Appl Environ Microbiol. 2003 Feb;69(2):953-9.,Growth of a Dehalococcoides-like microorganism on vinyl chloride and cis-dichloroethene as electron acceptors as determined by competitive PCR.
【非特許文献4】He J, Sung Y, Krajmalnik-Brown R, Ritalahti KM, Loffler FE. Environ Microbiol. 2005 Sep;7(9):1442-50., Isolation and characterization of Dehalococcoides sp. strain FL2, a trichloroethene (TCE)- and 1,2-dichloroethene-respiring anaerobe.
【非特許文献5】Sung Y, Ritalahti KM, Apkarian RP, Loffler FE., Appl Environ Microbiol. 2006 Mar;72(3):1980-7.,Quantitative PCR confirms purity of strain GT, a novel trichloroethene-to-ethene-respiring Dehalococcoides isolate.
【非特許文献6】Utkin I, Woese C, Wiegel J., Isolation and characterization of Desulfitobacterium dehalogenans gen. nov., sp. nov., an anaerobic bacterium which reductively dechlorinates chlorophenolic compounds., Int J Syst Bacteriol. 1994
【非特許文献7】Magnuson JK, Romine MF, Burris DR, Kingsley MT., Appl Environ Microbiol. 2000 Dec;66(12):5141-7., Trichloroethene reductive dehalogenase from Dehalococcoides ethenogenes: sequence of tceA and substrate range characterization.
【非特許文献8】Krajmalnik-Brown R, Holscher T, Thomson IN, Saunders FM, Ritalahti KM, Loffler FE., Genetic identification of a putative vinyl chloride reductase in Dehalococcoides sp. strain BAV1., Appl Environ Microbiol. 2004 Oct;70(10):6347-51.
【非特許文献9】Appl Environ Microbiol. 2004 Aug;70(8):4880-8., Muller JA, Rosner BM, Von Abendroth G, Meshulam-Simon G, McCarty PL, Spormann AM. Molecular identification of the catabolic vinyl chloride reductase from Dehalococcoides sp. strain VS and its environmental distribution.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
テトラクロロエテン(PCE)とトリクロロエテン(TCE)等のクロロエテン類の脱塩素化(以下、上流分解ともいう)はDehalococcoides属細菌を含む数種類の微生物により行われることが知られている。一方、ジクロロエテン(DCE)異性体から塩化ビニル(VC)、さらにはエテンまでの分解(以下、下流分解ともいう)は、一部のDehalococcoides属細菌(Dehalococcoides sp. BAV1株, VS株等)のみが行うことができる。
【0011】
このため、ポリ乳酸を主成分とするHRC(Hydrogen Releasing Compound)等の水素徐放剤を電子供与体として土壌に供給しても、これらの微生物が存在しない場所では浄化が進まないので、全てのクロロエテン類で汚染された土壌に対して有効とはいえない。また、存在したとしても、微生物の量が少ない場合には浄化に時間がかかるという問題もある。さらに、下流分解を行うDehalococcoides属細菌が存在しなければ、有害なDCEやVCを土壌中に蓄積することになる。
【0012】
このような問題を解決するために、Dehalococcoides属細菌等の供与を行うことで分解を促進するバイオオーグメンテーションが試みられている。しかし、Dehalococcoides属細菌を含むクロロエテン類の嫌気的脱塩素化を行う微生物は単離培養が困難であり、利用可能な微生物が限られている。さらに上記のように上流及び下流分解を行う2種類の微生物を投入することが必要となっており、特に下流分解を担う微生物は、培養が困難である。さらに、複数種類の微生物を環境中で安定に生育させることは困難である。Dehalococcoides属細菌の中で唯一Dehalococcoides ethenogenes 195が、PCEからエテンまでの完全分解を行うことが可能であるが、Dehalococcoides ethenogenes 195にはVC分解酵素が認められず、VCは共代謝で分解されるだけなので分解効率が悪く、有毒なVCが蓄積するという問題がある。Dehalococcoides sp. GTはVC分解酵素であるVcrAを保有し、TCEからエテンまでの比較的高い効率で完全脱塩素化を行うことができるが、TCE分解能は比較的弱い。
【0013】
そこで本発明は、クロロエテン類を上流から下流まで分解して、最終的にエテンまでの脱塩素化を単独で効率的に行うことが可能な脱塩素細菌、及び、それを含有する微生物群を見出して、これらを用いた汚染土壌等の汚染物の浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記の課題の解決に向けて、まず、 クロロエテン類により汚染された 様々なサイトから得られた地下水からシス1、2ジクロロエテンをエテンまで脱塩素化できる微生物群の集積培養を行い、その中でトリクロロエテンからエテンまで完全脱塩素化する能力を有する微生物群を得ることができた。
【0015】
16S rRNA 遺伝子等の解析により、この微生物群はDehalococcoides属細菌を主に含むことが判明した。さらに、還元脱塩素化酵素遺伝子を対象とした遺伝子解析を行った結果、 TCE分解酵素遺伝子であるTceA及びVC分解酵素遺伝子であるVcrAとBvcAの両方が存在する新規な Dehalococcoides属細菌 が存在することが明らかになった。
【0016】
すなわち、本発明は、トリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceA及びビニルクロライド分解酵素遺伝子であるBvcAとVcrAを保有し、トリクロロエテンをエテンまで完全に脱塩素化する能力を有するDehalococcoides属細菌(以下、本発明の微生物ともいう)、及び当該微生物を含む微生物群(以下、本発明の微生物群ともいう)を提供する発明である。
【0017】
また、本発明は、本発明の微生物、又は、微生物群を、クロロエテン類を含む汚染物に作用させて当該クロロエテン類を脱塩素化する、浄化方法(以下、本発明の浄化方法ともいう)を提供する発明である。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、単独でトリクロロエテン、ジクロロエテン異性体から塩化ビニルまでをエテンまで脱塩素化することができるDehalococcoides属細菌、及び、当該細菌を含有する微生物群が提供される。さらに、当該Dehalococcoides属細菌、及び、当該細菌を含有する微生物群を用いる、揮発性汚染土壌や汚染地下水の汚染物の浄化方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】トリクロロエテンで汚染された地下水サンプルにシス1,2ジクロロエテンと水素を基質として嫌気的条件で培養を行った場合の、シス1,2ジクロロエテン濃度の経時的変化をモニタリングした結果を示す図面である。
【図2】地下水サンプルの第4世代培養液中の、シス1,2ジクロロエテン、ビニルクロライド及びエテン濃度の経時的変化をモニタリングした結果を示す図面である。
【図3】培養世代毎の、16S rRNA遺伝子、並びに、塩化ビニル分解酵素遺伝子であるBvcA及びVcrAのリアルタイムPCR法による定量の結果を示す図面である。
【図4】地下水サンプルの第4世代培養液から精製したDNAをLife Technologies社の 次世代DNAシークエンサーSOLiD 3で解析を行い、得られたタグ配列を(1)Dehalococcoides ethenogenes 195、(2) Dehalococcoides sp. BAV1、(3) Dehalococcoides sp. CBDB1、 (4) Dehalococcoides sp. VS 、(5) Dehalococcoides sp. GTのゲノム配列とマッチングした結果を示す図面である。
【図5】ゲノム解析から存在が示された微生物のPCR増幅による確認を行った結果を示す図面である。
【図6A】Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides ethenogenes 由来16SrRNAの遺伝子のDNA配列の比較を示した図面である。
【図6B】Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides ethenogenes 由来のTceAの、DNA及びアミノ酸配列(一文字表記)の比較を示した図面である。
【図6C】Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides sp.BAV1由来のBvcAの、DNA及びアミノ酸配列(一文字表記)の比較を示した図面である。
【図6D】Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides sp.VS由来のVcrAの、DNA及びアミノ酸配列(一文字表記)の比較を示した図面である。
【図7】トリクロロエテン脱塩素化能を確認した結果を示す図面である。
【図8】本発明の微生物の電子顕微鏡写真像を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[本発明の微生物]
(1)概略
本発明の微生物は、既存のDehalococcoides属細菌の遺伝子に、遺伝子工学的手法によりトリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceA及びビニルクロライド分解酵素遺伝子であるBvcAまたはVcrA を組み込んで得られる組換え微生物として得ることも可能であるが、
Dehalococcoides属細菌の遺伝子組み換えが困難であるだけでなく、組換え微生物を用いたバイオレメディエーションが社会的に受け入れにくいという問題がある。ゆえに、有機塩素化合物による汚染土壌や汚染地下水等の汚染物におけるサンプリングを行い、所望する上流分解から下流分解までの塩化ビニル分解活性を有する微生物群をサンプリングして、これを継体培養や集積培養を行うことにより得ることが好ましい。そこで、クロロエテンで汚染された地下水から、存在が少ないジクロロエテンと塩化ビニルを分解できる微生物の培養系を構築し、その中から目的とするトリクロロエテンの完全脱塩素化が可能な微生物を得ることとした。トリクロロエテン分解酵素遺伝子である TceA及びビニルクロライド分解酵素遺伝子であるBvcAとVcrA の存在の確認は、遺伝子のPCR増幅とシークエンシング(配列決定)を行うことにより実行することができる。本発明の微生物と微生物群の取得過程の概略は下記の通りである。より具体的な内容については、実施例の欄において後述する。
【0021】
(2)微生物の取得過程
クロロエテン汚染地下水を微生物源として用い、ミネラル基礎培養液に、滅菌した土壌、酢酸、水素、シス1,2ジクロロエテンを添加して、バイアル瓶で嫌気培養を開始した。その後、液量に対して4質量%の継体培養を繰り返し、微生物群(微生物コンソーシア)を構築した。ガスクロマトグラフィー測定の結果、3週間程度で10mg/Lのシス1,2ジクロロエテンをエテンにまで完全に脱塩素化可能な微生物のコンソーシアが得られたことが確認された。
【0022】
16S rRNA遺伝子の解析を行った結果、Dehalococcoides属細菌が当該コンソーシアの大部分を占めていることが確認された。さらに、脱塩素酵素遺伝子の解析から、当該コンソーシアに存在するDehalococcoides属細菌にはトリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceAと共に、ビニルクロライド分解酵素遺伝子であるBvcA及びVcrA が存在していることが明らかになった。また、この微生物コンソーシアのゲノムを次世代DNAシークエンサーにより解析したところ、当該 Dehalococcoides属細菌はDehalococcoides eth enogenes 195と高い相同性があり、トリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceAの保有が認められた。 TceAがDehalococcoidesの16SrRNA遺伝子や BvcA及びVcrAとほぼ同程度存在し、この微生物コンソーシアがシス1,2ジクロロエテンで継体培養されているにも拘わらず、高いトリクロロエテン脱塩素化活性を有することから、本微生物が BvcA及びVcrAの他に TceA遺伝子を保有し、トリクロロエテンをエテンまで完全に脱塩素化する能力を有する、本発明の微生物であることが明らかになった。当該微生物を含む上記微生物群は、受託番号NITE P-1018として独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部特許微生物寄託センターに寄託されている。この微生物群も「Dehalococcoides sp. ATV1」という名称にて寄託されている。
【0023】
[本発明の浄化方法]
本発明の浄化方法は、上述の本発明の微生物又は微生物群(以下、本発明の微生物等ともいう)を、クロロエテン類を含む汚染物に作用させて当該クロロエテン類を脱塩素化することを特徴とする、浄化方法である。
【0024】
ここで「クロロエテン類を含む汚染物」とは、 トリクロロエテン(TCE)、ジクロロエテン(DCE)異性体、及び、塩化ビニル(VC)から選ばれる1種又は2種以上のクロロエテン類を含有する汚染物であり、テトラクロロエテン(PCE)を含む他の種類の汚染物質、例えば、第1種特定有害物質として指定されている四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン、1,3-ジクロロプロペン、ジクロロメタン、1,1,1-トリクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン、ベンゼンを含んでいてもよい。また、第2種特定有害物質として指定されている重金属等、第3種特定有害物質として指定されている農薬等、さらに、油類、ダイオキシン類等が含まれていてもよい。また、汚染物は、通常は汚染された土壌、地下水等が該当するが、必要に応じて他の対象物、例えば、廃棄物や排水処理後の汚泥等も汚染物として例示される。また、土壌や地下水は環境から分離されている状態であっても、非分離の状態、すなわち汚染された土地(地下部分を含む)そのものであってもよい。
【0025】
分離の状態とは、いわゆる「汚染土壌の掘削による汚染物質の除去」を行う場合であり、事前調査により把握した範囲の汚染土壌を掘削し、掘削した汚染土壌以外の清浄な土壌の他、浄化処理を行った当該掘削土壌にて埋め戻す作業である。浄化された掘削土壌は、別の場所に載置する場合もある。いずれにしても、本発明の浄化方法を掘削土壌に適用する場合には、ランドファーミング、バイオパイル、スラリーバイオ等の手法を用いることが可能である。ランドファーミングは、掘削した汚染土壌を敷き広げ、栄養源や水を添加することにより汚染土壌中の微生物の活性を高めて有害物質を分解する方法である。バイオパイルは、掘削した汚染土壌を畝型に成型して、栄養源と水を供給しつつ微生物の活性を高め有害物質を分解する方法である。スラリーバイオは、掘削した汚染土壌に水を加えてスラリー状に調整して、これをスラリーリアクターという反応槽に移し、そこに栄養源を供給して混合することにより微生物を活性化する方法である。
【0026】
ここで栄養源の中には、本発明の微生物等の電子供与体となる物質を含めることが好適である。具体的には、ポリ乳酸を主成分とするHRC(Hydrogen Releasing Compound)(Regenesis社)、アデカジオメイト(ADEKA社)、EDC(エコサイクル社)等の水素徐放剤を挙げることができる。また、酢酸や水素ガスを用いることもできる。
【0027】
非分離の状態とは、汚染土壌を掘削せずに、原位置において浄化する「原位置浄化法(原位置バイオレメディエーション)」を意味するものである。本発明の微生物等は嫌気性細菌であるために、本発明の浄化方法ではこの手法を用いることが好適である。原位置浄化法にて、本発明の浄化方法を行う場合には、本発明の微生物等とHRC等の電子供与体は、浄化領域の上流(地下水の上流を意味する)に設けた1個又は2個以上の井戸から供給することが好適である。このようにすることにより、地下水により本発明の微生物等と電子供与体が、クロロエテン類を脱塩素化しつつ徐々に下流に移行し、結果として汚染全領域におけるクロロエテン類のエテンへの浄化を行うことができる。
【0028】
本発明の微生物は絶対嫌気性であり、高密度培養が困難であるという問題がある。本発明の微生物の培養液をそのまま井戸から汚染サイトに投入することも可能であるが、より効果的にするためには、培養した微生物を濃縮し、嫌気的に土壌や地下水中に投入し、安定に保持することが必要である。これには様々な手法が考えられるが、固定化担体に固定化することが1つの方法として考えられる。一般的に微生物の固定化に用いられているアルギン酸ナトリウムやκ-カラゲナン等を用いることが考えられる。また、マイクロカプセルに微生物を閉じ込める方法も考えられる。さらに、ポリ乳酸等の生分解性プラスチックやポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)等の温度応答性高分子を用いることで、放出を制御することも考えられる。所望の固定化微生物は、固相化担体を浸漬等により本発明の微生物等の培養液と接触させることにより製造することができる。特に、当該固定化微生物がビーズ形態の場合は、原位置浄化法を行う場合において、スラリー状として、これを圧力等により容易に地中に注入することができる。また、微生物の空気との接触容積を減ずることができるので、嫌気性菌である本発明の微生物等を扱う上では好適である。
【0029】
現在、原位置バイオレメディエーションでは、事前に浄化微生物の存在の有無とその分解能力を評価するトリータビリティ試験が行われる。本発明の浄化方法により、トリータビリティ試験で汚染場所に存在する微生物の活性化では浄化が困難であると判断された場所での浄化が可能になる。また、トリータビリティ試験には数ヶ月必要であることから、経済性や時間短縮の観点でトリータビリティ試験を行わずに浄化を開始することも可能になる。現行のクロロエテン類を含む汚染物のバイオレメディエーションによる浄化方法に比べると、飛躍的に簡便になり、かつ、浄化の効率の向上も図ることができる。微生物の生育状況のモニタリングは、例えば、Real-Time PCR法で16S rRNA等を増幅させて、微生物の特定と定量を行うことにより実行することができる。その他、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE法)、細胞内蛍光標識法(FISH法)、キノンプロファイル法、直接活性計測法(DVC法)、CFDA染色法、CTC法等を、単独で又は組み合わせて汚染浄化対象における微生物のモニタリングを行うことができる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施例を開示する。
【0031】
以下の方法により、テトラクロロエテンにより汚染した地下水から本発明の微生物(Dehalococcoides sp. ATV1)を獲得し、その微生物学的特性の評価を行った。
【0032】
1.ミネラル基礎培養液
1L メディウム瓶に900 mLの脱イオン水を入れ、脱気及びオートクレーブ滅菌後、培地の温度を高温で保ったまま、以下の溶液と試薬を添加した。
10 mL 100×Salt stock solution
1 mL Trace element solution A
1 mL Trace element solution B
50 μL レザズリンナトリウム溶液(0.5 %w/v)
1 mM 酢酸カリウム
0.206 g L-Cysteine
2.52 g 炭酸水素ナトリウム
0.048 g 硫化ナトリウム二水和物
【0033】
脱イオン水(脱気、オートクレーブ滅菌済み)で1 Lまでメスアップし、CO2ガスによりpHを 7.0〜7.5に調整した。
【0034】
100×Salt stock solution, Trace element solution A 及び Trace element solution Bは各1L を以下の組成で作製した。
(1) 100×Salt stock solution: 100 g NaCl, 50 g MgCl2・6H2O, 20 g KH2PO4, 30 g NH4Cl, 30 g KCl, 1.5 g CaCl2・2H2O / 1L
(2) Trace element solution A: 10 mL HCl(25 % solution, w/w), 1.5 g FeCl2・4H2O, 0.19 g CoCl2・6H2O, 0.1 g MnCl2・4H2O, 70 mg ZnCl2, 6 mg H3BO3, 36 mg Na2MOO4・2H2O, 24 mg NiCl2・6H2O, 2 mg CuCl2・2H2O / 1L
(3) Trace element solution B: 6 mg Na2SeO3・5H2O, 8 mg Na2WO4・2H2O, 0.5 g NaOH / 1L
【0035】
2.サンプルリング
サンプルは愛知県熱田市の表層から約9mから採取した地下水をサンプルとした。この地下水はトリクロロエテンで汚染されており、水素徐放剤の投入によりDehalococcoides属細菌が増殖し、エテンまでの分解が促進されていることが分かっていた。地下水は空気に触れないように密閉した容器に入れ、4℃で冷却して輸送し、到着後ただちに第1世代の培養に用いた。
【0036】
3.クロロエテン及びエテンの定量
クロロエテン類及びエチレンはヘッドスペースサンプルをFID(炎イオン検出器)ガスクロマトグラフィー(GC-2014、島津製作所)を用いて分析した。サンプリングはガスタイトシリンジ(ハミルトン)で行い、カラムはキャピラリーカラム(DB-624, 長さ:60 m 、内径:0.32 mm、 膜厚:1.80 μm、 J&W 社)を用いた。測定条件は、入口圧: 206.6 kPa、カラム流量: 4.93 ml/min、線速度: 49.3 cm/s、スプリット比: 25.0、全流量: 131.2 ml/min、注入モード: SPLITLESS、制御モード: 線速度、キャリアガス: Heである。注入口および検出器側の温度は、それぞれ200 ℃および250 ℃である。オーブン温度は、最初に35 ℃で15分間保持し、4 ℃/minで75 ℃まで昇温させた後に40 ℃/minで200 ℃まで昇温させた。トリクロロエテン、シス1,2ジクロロエテン、ビニルクロライドおよびエテンの保持時間は、それぞれ10.5分、7.5分、2.8分および2.1分であった。
【0037】
4.第1世代の培養
10gの滅菌した泥を添加したバイアル瓶(容量 : 100 mL, 外径 : 40.5 mm × 高さ : 128 mm)にミネラル基礎培養液を40 mL 分注した。バイアル瓶にアルミホイルをかぶせてオートクレーブ滅菌処理を行った。培地が常温まで下がった後に、レザズリンによる培地の赤色が無色になるまでの約5分間アルゴンガスで気相液層置換を行った。培地が無色になったのを確認した後に、採取した地下水を50 mL 添加し、直ちにテフロン(登録商標)コートブチルゴムセプタム(ジーエルサイエンス)とアルミシール(ジーエルサイエンス)で栓をした。その後、カテラン針(テルモ 22G×70、ガンマ線滅菌済)と注射針(テルモ 18G×11/2、ガンマ線滅菌済)を用いて約5分間アルゴンガスで気相液層置換を行った。5 ml シリンジ (ニプロシリンジGA、ガンマ線滅菌済)を用いてバイアル瓶1本当り1 mL(ヘッドスペース容量の3.3 %)の水素ガスを封入した後、ドラフト内で注射針付シリンジ(テルモ25G×1)を用いて シス1,2ジクロロエテンを10 ppm程度になるように封入した。全てのバイアル瓶は、反転させて25 ℃の暗所で培養を開始し、3日に1回の転倒攪拌を行った。図1はシス1,2ジクロロエテンの濃度変化を示したものであり、34日目にシス1,2ジクロロエテンの濃度はほぼゼロになった。
【0038】
5.第2世代の培養
培養開始37日後、添加したシス1,2ジクロロエテンのほぼ完全な分解が見られたので、継体を行った。10 gの滅菌した泥を加えた100 mL容量バイアル瓶に86.4 mL ミネラル基礎培養液を分注しオートクレーブ滅菌処理後に、第1世代培養液を3.6 mL 添加して、直ちにテフロン(登録商標)コートブチルゴムおよびアルミシールで栓をした。その後、約5分間アルゴンガスで気相液層置換を行い、バイアル瓶1本当り1mL(ヘッドスペース容量の3.3 %)の水素ガスを封入し、ドラフト内でシス1,2ジクロロエテンを 約100 μMになるように封入した。全てのバイアル瓶は、反転させて25 ℃の暗所で培養を開始し、3日に1回の転倒攪拌を行った。
【0039】
6.継体培養
第3世代以降は、600 mL ロット瓶(日電理化硝子株式会社)を用いて以下の条件で培養した。
継体量:最終液量の4%
培地量:バイアル瓶の75%
水素量:ヘッドスペースの5%
滅菌泥量:最終液量の5 weight %
【0040】
図2は第4世代培養液中のシス1,2ジクロロエテン、ビニルクロライド及びエテンの濃度変化を示したものである。シス1,2ジクロロエテンの分解に伴い、ビニルクロライドが生成し、約3週間でほぼ完全にエテンまだ脱塩素化が進んだ。以後の継体では、ほぼ同じ速度で分解が進むことが確認された。
【0041】
7.ゲノムDNAの抽出
第4世代培養微生物群の全ゲノムDNAを、PowerMaxTMSoil DNA Isolation Kit(MO-BIO)を用いて抽出した。地下水または培養液90 mLを20,000 ×g 、60分間遠心して得られた沈殿物を15mL Bead Solutionで懸濁し、Bead Solution Tubeに加えて1分間ボルテックスした。1.2 mL のSolution S1を加え、30秒間ボルテックスして、4 mL Solution IRSを加える。65 ℃のウォーターバス内に入れて10分毎にボルテックスにかけて、最大スピードで30分間振とうさせる。その後、室温で2,500 ×g、3分間遠心させ、上清を注意深く新しいCollection Tube(50 mL)に移す。2mL Solution S2を加え、2回転倒混和させ、氷上に10分間置く。室温で2,500 ×g、4分間遠心させ、上清を注意深く新しいCollection Tube(50 mL)に移す。30mL Solution S3を加え、2回転倒混和させ、Spin filters units in 50 mLに移す。室温で2,500 ×g、2分間遠心させ、スピンフィルターを通過した溶液を捨て、残りをSpin filters units in 50 mLに移す。室温で2,500 ×g、2分間遠心させ、Spin filterを通過した溶液を捨てる。6mL Solution S4を加え、室温で2,500 ×g、3分間遠心させ、Spin filterを通過した溶液を捨てる。室温で2,500 ×g、2分間遠心させ、新しいCollection Tube(50 mL)にSpin filterを移す。Spin filterに30 mL Solution S5を加え、室温で2,500 ×g、3分間遠心させて、ゲノムDNAを抽出した。
【0042】
8.Real-Time PCRによるDehalococcoides属細菌の検出
Real-Time PCRを用いて地下水及び培養液中のシス1,2ジクロロエテンの脱塩素化に関わるDehalococcoides属細菌を定量した。Dehalococcoides属細菌に共通な16S rRNA遺伝子配列、Dehalococcoides sp. BAV1由来ビニルクロライド分解酵素遺伝子BvcA及び Dehalococcoides sp. VS由来ビニルクロライド分解酵素遺伝子VcrAを対象として解析を行った。解析に用いたプライマーとプローブの配列を表1に示す。解析は、StepOneTMReal-Time PCR System (Applied Biosystems)を用いて行った。
【0043】
スタンダードカーブは、1 μLあたり103から107のコピー数の遺伝子を含むサンプルを調製して作成した。
【0044】
Dehalococcoides属細菌由来16S rRNA遺伝子及びBvcA遺伝子の Real-Time PCR条件は、0.3 mM Forward Primer, 0.3 mM Reverse Primer, 0.3 mM Probe, 2×TaqMan(R) Universal PCR Master Mix(Applied Biosystems), 3 μL Sample DNAを、Distilled Water DNAse RNAse Free(Invitrogen)で30 μLに調製して、Real-Time PCRで解析した。
【0045】
VcrA遺伝子のPCR条件は、0.3 mM Forward Primer, 0.3 mM Reverse Primer, 1×Fast SYBR (R) Green Master Mix( Applied Biosystems ), 2 μL Sample DNAを、Distilled Water DNAse RNAse Freeで20 μLに調製して、Real-Time PCRで解析した。
【0046】
【表1】

【0047】
表1中のプライマー及びプローブの塩基配列に対して、上から順番に配列番号1〜8を割り振った。
【0048】
9.Dehalococcoides属細菌の占有率
得られたゲノムDNAの量とDehalococcoides属細菌の16S rRNA遺伝子の定量結果(表2)から、地下水ではDehalococcoides属細菌が微生物全体の約1%程度だったものが第4世代で90%以上に達していることが分かった。
【0049】
【表2】

【0050】
10.還元脱塩素化酵素遺伝子の定量
各世代におけるDehalococcoides属細菌の16S rRNA遺伝子、VcrA、BvcAの遺伝子の定量の結果を図3に示した。コントロールとの配列の違い等から増幅効率のずれがあるが Dehalococcoides属細菌 16S rRNAの増加に伴い、VcrA及びBvcA遺伝子が増加している。ほぼ同じパターンで増加していることから、1種類のDehalococcoides属細菌がVcrA及びBvcA遺伝子を有していることが示唆された。
【0051】
11.ゲノム解析により菌の解析 − 既知Dehalococcoides属細菌ゲノム配列との比較
第4世代目でDehalococcoides属細菌が主に占有していることから、第4世代の培養微生物群をLife Technologies社の次世代DNAシークエンサーSOLiD 3を用いてゲノム解析した。精製したゲノムDNAを、同社の推奨するプロトコールに従って処理し解析を行った。解析ソフトウエアCorona Liteにより、得られた配列情報を既知の Dehalococcoides属細菌ゲノム配列:(1) NC_002936 (Dehalococcoides ethenogenes 195)、(2) NC_009455 (Dehalococcoides sp. BAV1)、(3) NC_007356 (Dehalococcoides sp. CBDB1)、(4) NC_013552 (Dehalococcoides sp. VS)、(5)NC_013890 (Dehalococcoides sp. GT))との比較を行った。その結果を図4に示す。SOLiD 3ではゲノム配列が50塩基のタグ配列として得られる。このタグ配列を既知の配列とマッチングを行い、50塩基のうちミスマッチが3個以内のタグ配列の数(Coverage Depth)をカウントし、グラフにした。培養しているDehalococcoides属細菌のゲノムはDehalococcoides ethenogenes 195株のゲノムと全長にわたって高い相同性を示すことが明らかになった。
【0052】
12.還元脱塩素化酵素遺伝子の解析
さらに、どのような還元脱塩素化酵素遺伝子が含まれるかを明らかにするために、各Dehalococcoides属細菌のゲノムにおける還元脱塩素化酵素遺伝子とのマッチングを解析した。表3〜6は各還元脱塩素化酵素遺伝子の配列にマッチしたタグ配列の数(Coverage)の平均値を示している。Dehalococcoides ethenogenes 195のゲノムに存在する17種類の還元脱塩素化酵素遺伝子の内トリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceAを含む7種類の還元脱塩素化酵素遺伝子が存在することが分かった。他のDehalococcoides属細菌の還元脱塩素化酵素とはほとんど高い相同性は示さなかったが、Dehalococcoides sp. Bav1及び Dehalococcoides sp. VSのビニルクロライド酵素遺伝子であるBvcA及びVcrAとは高い相同性を有する遺伝子が含まれることが確認された。この結果はReal Time PCRの結果と合致している。
【0053】
Real Time PCRの結果から、BvcA及びVcrAを有するDehalococcoides属細菌が培養中の微生物の大部分を占めていることが明らかになっており、BvcA及びVcrAのCoverageの平均値が、存在が確認されたDehalococcoides ethenogenes 195のTceAを含む7種類の還元脱塩素化酵素遺伝子のCoverageの平均値と近いことから、このDehalococcoides属細菌は Dehalococcoides ethenogenes 195株とゲノム配列が極めて高い相同性があり、 TceAの他に BvcA及びVcrAも含むことが示唆された。一方、テトラクロロエテン分解酵素遺伝子であるPceAは存在しなかった。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
【表5】

【0057】
【表6】

【0058】
13.共存する微生物の同定と定量
既知の全ての微生物の16S rRNA遺伝子配列を対象として同様の解析を行った。その結果、表7に示す微生物種の16S rRNA遺伝子の存在が確認された。それらの配列にマッチするタグの数からそれぞれの微生物の存在率を推定した。Dehalococcoides属細菌の存在割合は47.1%と計算された。培養系中の微生物群の主な構成微生物であることが、ゲノム解析データからも証明された。さらに、Dehalococcoides属細菌のCoverage がTceA、BvcA及びVcrAとほぼ同じであることから、1種類のDehalococcoides属細菌がこれらの遺伝子を全て含むことを示している。もし、複数の種のDehalococcoides属細菌が存在し、それらのゲノムにTceA、BvcA及びVcrAが存在すると仮定すると、これらの遺伝子の存在量がDehalococcoides属細菌の16S rRNA遺伝子よりも多くなることになり、矛盾する。また、考えにくいことだが、他の微生物にいずれかの遺伝子が存在すると仮定しても、これらの遺伝子は他のどの種の微生物の16S rRNA遺伝子よりも多いことから、その可能性も否定される。以上のことから、本培養系に存在する微生物群を主に構成するDehalococcoides属細菌は主なものは1種類であり、TceA、BvcA及びVcrAを含むものであるという結論に達した。本菌をDehalococcoides sp. ATB1と命名し、当該微生物を含む上記微生物群を、受託番号NITE P-1018として独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部特許微生物寄託センターに寄託した。この寄託された微生物群の名称は、単独微生物と同じく「Dehalococcoides sp. ATB1」であることは前述した通りである。
【0059】
この方法で計算されたDehalococcoides属細菌の存在割合はReal Time PCRから推定された割合よりも低かったが、これは検量線の作成に用いたDNAと若干配列が異なるために、Real Time PCRの増幅効率が異なったことが原因であると考えられる。
【0060】
【表7】

【0061】
これらの微生物が共存していることを確認するために、継体を続けた培養菌体を対象としてPCRを行った。培養菌から精製したゲノムDNAを鋳型として表8に示すプライマーを用いてPCRを行った。
【0062】
【表8】

【0063】
表8中のプライマーの塩基配列に対して、上から順番に配列番号9〜18を割り振った。
【0064】
増幅した結果を図5に示す。いずれも増幅していることが確認された。
【0065】
14.16S rRNA遺伝子及び還元脱塩素化酵素遺伝子のクローニングと解析
16S rRNA遺伝子及び存在が確認されたTceA、VcrAおよびBvcAをPCRで増幅し、配列の解析を行った。DNA、アミノ酸配列及び既知の遺伝子との相同性を図6に示す。図6(A)は、Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及び Dehalococcoides ethenogenes 由来16SrRNA配列の比較の結果を示している(Dehalococcoides sp. ATV1の16SrRNA配列:配列番号19、Dehalococcoides ethenogenesの16SrRNA配列:配列番号20)。
【0066】
図6Bは、Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides ethenogenes 由来のTceAの、DNA及びアミノ酸配列の比較を示した図面である(Dehalococcoides sp. ATV1のDNA配列とアミノ酸配列:配列番号21、22、Dehalococcoides ethenogenesのDNA配列とアミノ酸配列:配列番号23、24)。
【0067】
図6Cは、Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides sp.BAV1由来のBvcAの、DNA及びアミノ酸配列の比較を示した図面である(Dehalococcoides sp. ATV1のDNA配列とアミノ酸配列:配列番号25、26、Dehalococcoides sp.BAV1のDNA配列とアミノ酸配列:配列番号27、28)。
【0068】
図6Dは、Dehalococcoides sp. ATV1(単独微生物)及びDehalococcoides sp.VS由来のVcrAの、DNA及びアミノ酸配列の比較を示した図面である(Dehalococcoides sp. ATV1のDNA配列とアミノ酸配列:配列番号29、30、Dehalococcoides sp.VSのDNA配列とアミノ酸配列:配列番号31、32)。
【0069】
15.トリクロロエテン分解活性の確認
今回培養することに成功したDehalococcoides sp. ATV1のゲノムにトリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceAが存在することから、本菌がトリクロロエテンをエテンまで分解する活性を有することが示唆された。そこで、とりクロロエテンを電子受容体として培養を行った。その結果、約13日間で10ppbのトリクロロエテンが完全に分解した。この結果は、Dehalococcoides sp. ATV1がトリクロロエテンをエテンまで分解する能力がある菌であることを示している。図7は培養開始時と4日目と13日目のガスクロマトグラフィーによる分析の結果である。13日目にはトリクロロエテンのピークが完全に消失し、エテンのピークが出現している 。
【0070】
16.Dehalococcoides sp. ATB1の電子顕微鏡写真
4代目培養液からサンプルを調整し、Dehalococcoides sp. ATV1を電子顕微鏡で観察し、その電子顕微鏡像を図8に示す。撮影条件は以下の通りである。
【0071】
電子顕微鏡:JEM-1400(最大加速電圧120kV)
測定条件
80kV
1%TPA染色
200メッシュ支持膜グリッド
10000倍
【0072】
観察された形態は既に報告されている他のDehalococcoides属細菌とほぼ同じであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリクロロエテン分解酵素遺伝子であるTceA及び塩化ビニル分解酵素遺伝子であるBvcAとVcrAを保有し、トリクロロエテンをエテンまで分解する能力を有するデハロココイデス(Dehalococcoides)属細菌。
【請求項2】
請求項1に記載のデハロココイデス(Dehalococcoides)属細菌を含有する微生物群。
【請求項3】
Enterobacter属細菌、Azospira属細菌、Actinobacterium属細菌 及びChlorobi属細菌を含有する、請求項2に記載の微生物群。
【請求項4】
NITE P-1018(受託番号)である、請求項2に記載の微生物群。
【請求項5】
請求項1に記載のデハロココイデス(Dehalococcoides)属細菌、又は、当該細菌を含有する請求項2〜4のいずれかに記載の微生物群を、クロロエテン類を含む汚染物に作用させて当該クロロエテン類を脱塩素化する、浄化方法。
【請求項6】
クロロエテン類の脱塩素化の最終産物はエテンである、請求項5に記載の浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図6D】
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【図7】
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【図5】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−157319(P2012−157319A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20655(P2011−20655)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年9月25日 社団法人日本生物工学会発行の「第62回 日本生物工学会大会 講演要旨集」に発表
【出願人】(311000133)PaGE Science株式会社 (1)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】