説明

ピストンロッドの締め付け治具

【課題】ピストンロッドを係止部材に固定する作業を、ピストンロッドに格別の把持部を形成せずに行なう。
【解決手段】ピストンロッド1の雄ねじ部1Aをアイ部材2の螺合穴2Aに螺合する締め付け治具の治具本体10は、ピストンロッドの雄ねじ部1Bに螺合する孔部10Aと、孔部10Aの底面10Dにボールベアリング13を介して回転可能に支持されたディスク12とを備える。ピストンロッド1をアイ部材2に固定する際は、ディスク12とピストンロッド1との間の面圧で治具本体10からピストンロッド1へ回転トルクを伝達する。一方、操作レバーを逆向きに回動すると、この面圧が低下し、ボールベアリング13に回転可能に支持されたディスク12がピストンロッド1と治具本体10とを相対回転させるので、治具はピストンロッド1から容易に取り外される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ピストンロッドの端部をアイ部材などの係止部材に螺合させて締め付けるために用いる締め付け治具に関する。
【背景技術】
【0002】
米国特許庁が1998年4月7日に発行した特許文献1は、ショックアブソーバのピストンロッドとシリンダに固定するアイ部材を開示している。
【0003】
こうしたアイ部材へのピストンロッドの固定は、例えばアイ部材に形成した螺合穴に、ピストンロッドの一端に形成した雄ねじ部を螺合させることで行なわれる。組み立てに際しては、アイ部材を螺合穴が上向きになるように万力などで固定的に保持し、ピストンロッドの雄ねじ部をアイ部材の螺合穴に上方から挿入し、ピストンロッドを回動して雄ねじ部を螺合穴にねじ込み、さらにトルクを加えて締め付ける。
【0004】
この作業を行なうには、ピストンロッドをスパナのような工具で把持して回す操作が必要になる。この操作のために、例えばピストンロッドの外周面の一部を切削加工して、平行な一対の平面部で構成された把持部がピストンロッドに設けられる。ピストンロッドをアイ部材に固定する際は、ピストンロッドの雄ねじ部をアイ部材の螺合穴に螺合させ、ピストンロッドの把持部をスパナで把持して回動する。雄ねじ部は把持部を介して入力される操作レバーの回転トルクに応じて、ピストンロッドを螺合穴に締め付けられる。
【特許文献1】USPat.5,735,373
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この組み立て方法には、しかしながら、次のような問題がある。
【0006】
ショックアブソーバの組み立てにおいては、アイ部材の螺合穴にピストンロッドの雄ねじ部を螺合させた後に、ピストンロッドにシリンダキャップ、ロッドガイド、ピストンなどを装着する。このうちシリンダキャップやロッドガイドはピストンに対して摺動自由に構成されているため、ピストンロッドに装着したこれらの部材は、ピストンロッドの外周に沿って落下する。
【0007】
平行な一対の平面部で構成されたピストンロッドの把持部は、ピストンロッドの他の部位と断面形状が異なり、その境界部には段差が形成される。一方、シリンダキャップにはピストンロッドの外周面に接するダストシールやオイルシール等のシール類が装着されており、シリンダキャップの落下により、シール類がこの段差に接触して損傷する可能性がある。
【0008】
アイ部材の上面にシリンダキャップを受け止めるスペーサを置き、シリンダキャップが把持部の形成位置まで落下しないようにすれば、段差によるダストシールの損傷は防止できる。しかしながら、そのためには専用のスペーサを用意する必要があり、スペーサの設置と除去という作業工程も必要になる。
【0009】
一方、ショックアブソーバの供用時においても、同様の理由から、ダストシールが把持部に達しないようにピストンロッドのシリンダに対する伸縮範囲を限定せざるを得ない。そのため、把持部をアイ部材の近傍に設けたとしても、少なくとも把持部の軸方向長さ相当分は、ピストンロッドの実効ストロークが短くなる。
【0010】
この発明の目的は、したがって、ピストンロッドを係止部材に固定する作業を、ピストンロッドに格別の把持部を形成せずに行なえる治具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明は、両端に雄ねじ部を形成したピストンロッドの一端の雄ねじ部を、係止部材に形成した螺合穴に螺合させることで、ピストンロッドを係止部材に固定する締め付け治具において、ピストンロッドのもう一端の雄ねじ部に螺合する雌ねじ部と底面とを有する孔部と、孔部の底面にボールベアリングを介して回転可能に支持されたディスク、とを有する治具本体と、治具本体を回動操作する部材とを備え、ディスクを、もう一端の雄ねじ部が孔部の雌ねじ部に螺合した状態で、ピストンロッドの端面に軸方向から当接するように構成している。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、ピストンロッドを係止部材に固定する作業を、ピストンロッドに格別の把持部を形成せずに行なえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1を参照すると、ショックアブソーバ用のピストンロッド1は両端に雄ねじ部1Aと1Bを備える。ピストンロッド1の一端の雄ねじ部1Aは、係止部材であるアイ部材2に形成された螺合穴2Aの雌ねじ部に螺合する。アイ部材2には軸7が貫通する。軸7はショックアブソーバの介装対象となるふたつの部材の一方に固定される。
【0014】
図はダブルチューブタイプのショックアブソーバの組み立て途中の状況を示す。ショックアブソーバはアイ部材2に上向きに固定したピストンロッド1にシリンダキャップ3、ロッドガイド4、ピストン5を順次装着して行くことで組み立てられる。ピストン5はピストンロッド1のもう一端の雄ねじ部1Bにナット6を締め付けることでピストンロッド1に固定される。図には示されないが、ショックアブソーバはアウタチューブとアウタチューブ内に同軸的に立設したインナチューブとを備える。ピストン5を固定した後に、アウタチューブの開口端がシリンダキャップ3に、インナチューブの開口端がロッドガイドにそれぞれ固定される。ピストン5はインナチューブに摺動自由に挿入される。シリンダキャップ3はピストンロッド1に摺接するダストシール20を備える。
【0015】
ショックアブソーバの組み立てに際しては、最初にピストンロッド1をアイ部材2に固定する必要がある。具体的には万力などを用いてアイ部材2を螺合穴2Aを上向きにした状態で固定的に保持し、上方からピストンロッド1の雄ねじ部1Aを螺合穴2Aに螺合させ、ピストンロッド1にトルクを加えて締め付ける作業である。
【0016】
この作業は、図2に示すこの発明による締め付け治具を用いて行なわれる。
【0017】
図2を参照すると,締め付け治具の治具本体10は筒状の部材であり、一端に孔部10Aを有し、もう一端に嵌合穴10Bを有する。
【0018】
孔部10Aにはピストンロッド1のもう一端の雄ねじ部1Bを螺合するための雌ねじ部が形成される。孔部10Aは底面10Dを有する。孔部10Aにはディスク12と、ディスク12を回転可能に底面10Dに支持するボールベアリング13とが収装される。
【0019】
ディスク12は軸14を備える。軸14は孔部10Aの底面10Dを貫通し、貫通端にナット11が装着される。ナット11はディスク12の孔部10Aからの落下を阻止して、ディスク12を底面10Dから所定距離に保持する役割を持つ。
【0020】
ボールベアリング13は図2の(A)に示すように、ディスク12と底面10Dの間において円周上に配置された複数のボールからなる。各ボールは軸14の回りの底面10Dとディスク12の裏面とに転動自由に接する。ボールベアリング13は、圧縮力の非作用時にはディスク12と底面10Dに対する相対回転を小さな抵抗のもとで許容する。ナット11からディスク12に至る軸14の長さは、ピストンロッド1のもう一端の雄ねじ部1Bの先端がディスク12に接していない状態では、ボールベアリング13が底面10Dに当接しない長さに設定される。
【0021】
嵌合穴10Bは矩形断面に形成される。締め付け治具は治具本体10を回動操作する回動操作手段として、図示されない操作レバーを備える。操作レバーは嵌合穴10Bに嵌合する矩形断面の突起部を備える。治具本体10には嵌合穴10Bを水平方向に横断するピン孔10Cが形成される。同様のピン孔が操作レバーの突起部の対応位置にも掲載される。
【0022】
以上の構成により、操作レバーの突起部を嵌合穴10Bに挿入し、ピン孔10Cにピンを挿入することで,操作レバーが治具本体10に係止される。操作レバーを治具本体10に係止するこの作業は、ピストンロッド1をアイ部材2に固定する作業に先立って行なわれる。
【0023】
次にこの締め付け治具を用いたピストンロッド1のアイ部材2への固定作業を説明する。
【0024】
まず、治具本体10の孔部10Aにピストンロッド1の雄ねじ部1Bを螺合させ、操作レバーとピストンロッド1を相対回転させて、ピストンロッド1の先端がディスク12に当接するまでもう一端の雄ねじ部1Bを孔部10Aに侵入させる。
【0025】
次に、ピストンロッド1の雄ねじ部1Aを上方からアイ部材2の螺合穴2Aに挿入しつつ操作レバーを介して治具本体10を回動する。
【0026】
この操作により、ピストンロッド1の雄ねじ部1Aがアイ部材2の螺合穴2Aに螺合する。雄ねじ部1Aが侵入限界付近まで螺合穴2Aに侵入すると、雄ねじ部1Aの回動に対して螺合穴2Aが反力を及ぼす。ピストンロッド1には、操作レバーから回転トルクが入力する一方、雄ねじ部1Aの回動に対する螺合穴2Aからの反力も作用し、結果としてもう一端の雄ねじ部1Bと孔部10Aとの間に相対回転トルクが作用する。
【0027】
この相対回転トルクはピストンロッド1に対して、もう一端の雄ねじ部1Bを孔部10Aに侵入させる軸方向力として作用する。その結果、ピストンロッド1の先端とディスク12との間に大きな面圧が発生する。この面圧は治具本体10とピストンロッド1との相対回転を阻止する力として作用する。面圧は操作レバーから入力する回転トルクが大きいほど、また雄ねじ部1Aが螺合穴2Aから受ける反力が大きいほど大きくなる。この面圧の上昇は、治具本体10とピストンロッド1との相対回転を阻止する摩擦力を増大させるので、操作レバーの回転トルクは確実に雄ねじ部1Aに伝達され,十分なトルクで雄ねじ部1Aを螺合穴2Aに締め付けることができる。
【0028】
ピストンロッド1を所定のトルクでアイ部材2の螺合穴2Aに締め付けた後、操作レバーを締め付け作業と逆向きに回動する。ここで、ピストンロッド1は2箇所に螺合部を有する。すなわち、螺合穴2Aに螺合した雄ねじ部1Aと、孔部10Aに螺合した雄ねじ部1Bである。これらの螺合を緩める方向に操作レバーを回動した時に、いずれの螺合部が緩むかは、通常はケースバイケースであって断言できない。
【0029】
しかしながら、この締め付け治具においては、ピストンロッド1の先端とディスク12との間の大きな面圧が、操作レバーの逆向きの回動操作で低下するのに伴い、ボールベアリング13を介して底面10Dに接するディスク12は、ボールベアリング13の複数のボールを転動させつつ、小さな抵抗のもとで回転可能となる。つまり、ピストンロッド1と治具本体10との相対回転が可能となる。
【0030】
この状態で、操作レバーを締め付け方向と逆向きに回動すると、雄ねじ部1Aの螺合穴2Aへの締め付けを緩ませることなく、ピストンロッド1と治具本体10が相対回転して、治具本体10の孔部10Aに対するピストンロッド1の雄ねじ部1Bの締め付けが緩む。引き続き、操作レバーの回動を続けることで、治具本体10をピストンロッド1から取り外すことができる。
【0031】
したがって、この締め付け治具を用いてピストンロッド1をアイ部材2に固定すれば、雄ねじ部1Aを螺合穴2Aに十分なトルクで締め付けることができる一方、治具本体10をピストンロッド1から取り外す際は、操作レバーを逆向きに回動することで、雄ねじ部1Aと螺合穴2Aとの螺合状態に影響を与えずに、治具本体10をピストンロッド1から容易に取り外すことができる。
【0032】
ピストンロッド1をこのようにしてアイ部材2に固定した後、ピストンロッド1のもう一端の雄ねじ部1Bには、図1に示すように、ショックアブソーバの組み立て作業において、ピストン5をピストンロッド1に固定するためのナット6が締め付けられる。つまり、この締め付け治具はナット6を締め付けるためにピストンロッド1に形成されたもう一端の雄ねじ部1Bを利用して、ピストンロッド1にトルクを伝達するので、ピストンロッド1に専用の把持部を設ける必要がない。
【0033】
以上のように、この締め付け治具を用いることにより、ピストンロッドの側面を切削して把持部を設けることなく、ピストンロッド1をアイ部材2に固定することが可能となる。したがって、把持部形成のためのピストンロッド1の切削加工が不要となり、ショックアブソーバの製造コストを削減することができる。また、ピストンロッド1に専用の把持部を形成しないので、把持部の段差がシリンダキャップ3に保持されたダストシール20を損傷することもなく、把持部の形成によるピストンロッド1の有効ストロークの減少も生じない。
【0034】
以上説明した実施例においては、係止部材としてアイ部材2を用いているが,この発明による締め付け治具はピストンロッドを、アイ部材を含むあらゆる係止部材に螺合させる場合に適用可能である。
【0035】
以上説明した実施例では、ショックアブソーバのピストンロッド1のアイ部材2への固定用治具を例にとって説明したが、この発明による締め付け治具はショックアブソーバに限らずピストンロッドを備えたいかなる機器の組み立てにも使用可能である。
【0036】
以上説明した実施例では、操作手段として治具本体に異形嵌合する操作レバーを用いているが、操作手段に関しては様々な設計変更が可能である。例えば治具本体10の外周に、従来のピストンロッドに形成していたような把持部を形成し、この把持部をスパナで保持して治具本体1を回動操作するとも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
この発明に係る締め付け治具は、大きな荷重が作用する鉄道車両用の様々なショックアブソーバの組み立てに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】この発明による締め付け治具を適用するピストンロッドとアイ部材の側面図である。
【図2】締め付け治具本体の縦断面と横断面図である。
【符号の説明】
【0039】
1 ピストンロッド
1A 雄ねじ部
1B 雄ねじ部
2 アイ部材
2A 螺合穴
3 シリンダキャップ
4 ロッドガイド
5 ピストン
6 ナット
7 軸
10 治具本体
10A 孔部
10B 嵌合穴
10C ピン孔
10D 底面
12 ディスク
13 ボールベアリング
14 軸
20 ダストシール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両端に雄ねじ部を形成したピストンロッドの一端の雄ねじ部を、係止部材に形成した螺合穴に螺合させることで、ピストンロッドを係止部材に固定する締め付け治具において:
ピストンロッドのもう一端の雄ねじ部に螺合する雌ねじ部と底面とを有する孔部と、孔部の底面にころがり接触軸受を介して回転可能に接するディスクとを備えた治具本体と;
治具本体を回動操作する手段と;
を備え、
ディスクは、もう一端の雄ねじ部が孔部の雌ねじ部に螺合した状態で、ピストンロッドの端面に軸方向から当接することを特徴とするピストンロッドの締め付け治具。
【請求項2】
係止部材はアイ部材で構成されることを特徴とする請求項1に記載のピストンロッドの締め付け治具。
【請求項3】
ころがり接触軸受はボールベアリングで構成されることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のピストンロッドの締め付け治具。
【請求項4】
ディスクはピストンロッドの端部との当接面と逆方向へ突出する、治具本体に回転自由に係止された軸を備えることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一つに記載のピストンロッドの締め付け治具。
【請求項5】
操作手段は操作レバーで構成され、治具本体は操作レバーに異形嵌合する嵌合穴をさらに備えることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一つに記載のピストンロッドの締め付け治具。
【請求項6】
治具本体は外周に一対の平行な平面部をさらに備え、操作手段は一対の平行な平面部を把持して治具本体を回動する工具で構成されることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一つに記載のピストンロッドの締め付け治具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−222078(P2009−222078A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−64327(P2008−64327)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(000000929)カヤバ工業株式会社 (2,151)
【Fターム(参考)】