説明

プラグゲージ

【課題】焼戻し温度が比較的低い合金工具鋼に対しても硬質被膜をコーティングできるようにして、耐摩耗性に優れた安価なプラグゲージを提供する。
【解決手段】JIS G 4404の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が180℃以下のものを用いて基材20が構成されているとともに、その焼戻し温度以下の処理温度でスパッタリング法により硬質被膜22がコーティングされているため、実用上満足できる耐摩耗性を備えたねじプラグゲージ10が安価に製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプラグゲージに係り、特に、耐摩耗性に優れた安価なプラグゲージに関するものである。
【背景技術】
【0002】
めねじのねじ穴内に嵌合されて寸法を検査するねじプラグゲージが知られている。すなわち、めねじに対応するおねじが設けられたゲージ部を有し、めねじに螺合されることによりめねじの外径や有効径、ピッチなどを検査する通り側および止り側のねじプラグゲージや、めねじの内径に対応する円柱形状のゲージ部を有してめねじの内径を検査する内径用プラグゲージが、JIS等に規定されている。また、ドリル等によって形成された円穴の内径を検査する栓ゲージも知られている。そして、このようなプラグゲージにおいて、表面にTiN、CrNなどの硬質被膜をコーティングすることにより、耐摩耗性を向上させることが、例えば特許文献1などで提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−101434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような硬質被膜のコーティング方法としては、アークイオンプレーティング法が広く用いられているが、処理温度が一般に450〜500℃程度と高いため、基材として高価な高速度工具鋼や超硬合金を使用する必要があり、製造コストが高くなるという問題があった。安価な合金工具鋼を用いることも考えられるが、焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が500℃程度以上のものを採用する必要があり、使用できる鋼種が制約されるため、現状では高速度工具鋼や超硬合金を用いるのが一般的である。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、焼戻し温度が比較的低い合金工具鋼に対しても硬質被膜をコーティングできるようにして、耐摩耗性に優れた安価なプラグゲージを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するために、第1発明は、合金工具鋼にて構成されているプラグゲージにおいて、(a) JIS G 4404の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が180℃以下のものが用いられるとともに、(b) 前記焼戻し温度以下の処理温度でスパッタリング法により硬質被膜がコーティングされていることを特徴とする。
【0007】
第2発明は、第1発明のプラグゲージにおいて、前記硬質被膜の膜厚は0.5〜1.5μmの範囲内であることを特徴とする。
【0008】
第3発明は、第1発明または第2発明のプラグゲージにおいて、前記合金工具鋼は、JIS G 4404の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC58以上のものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
このようなプラグゲージにおいては、焼戻し温度が180℃以下の合金工具鋼を用いてプラグゲージが構成されているとともに、その焼戻し温度以下の処理温度でスパッタリング法により硬質被膜がコーティングされているため、実用上満足できる耐摩耗性を備えたプラグゲージを安価に製造できる。
【0010】
第2発明では、硬質被膜の膜厚が0.5〜1.5μmの範囲内であるため、耐摩耗性を確保しつつ膜厚のばらつきが抑制され、例えばJISメートルねじ2級相当の標準的なプラグゲージの要求寸法精度を満たすことができる。
【0011】
第3発明では、焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC58以上の合金工具鋼が用いられるため、硬質被膜がコーティングされることによって優れた耐摩耗性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施例であるねじプラグゲージを示す図で、(a) は正面図、(b) はゲージ部の拡大断面図である。
【図2】図1のプラグゲージの表面に硬質被膜をコーティングするスパッタリング工程を説明する図である。
【図3】硬質被膜のコーティングに伴うねじプラグゲージの径寸法変化を調べた結果を説明する図である。
【図4】硬質被膜の有無による耐摩耗性の違いを調べた際の試験方法および試験結果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のプラグゲージは、めねじに対応するおねじが設けられたゲージ部を有する通り側或いは止り側のねじプラグゲージに好適に適用されるが、めねじの内径に対応する円柱形状のゲージ部を有する内径用プラグゲージや、ドリル等によって形成された円穴の内径を検査する栓ゲージにも適用され得る。
【0014】
基材を構成する合金工具鋼は、JIS G 4404(2006版)の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち、焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が180℃以下で、且つ焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC58以上のものが好適に用いられ、具体的にはSKS3、SKS31、SKS93、SKS94、SKS95、SKD11、SKD12などが適当である。JIS規格以外であっても、焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が180℃以下の合金工具鋼に相当する鋼種であれば同様に用いることが可能である。
【0015】
硬質被膜は、例えばTiAlN、TiCN、TiCrN、TiNなど、元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属の炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体が好適に用いられる。単一組成の単層であっても良いが、ターゲットや導入反応ガスを切り換えることにより、組成が異なる複数種類の被膜を積層して設けることもできるなど、種々の態様が可能である。硬質被膜の膜厚は、耐摩耗性を確保しつつ膜厚のばらつきを抑制してプラグゲージの要求寸法精度を満たす上で0.5〜1.5μm程度の範囲内が適当であるが、被膜の組成に応じて適宜定められる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例で、めねじ用の限界ゲージである通り側または止り側のねじプラグゲージ10を説明する図であり、(a) は軸心と直角方向から見た正面図で、シャンク12およびゲージ部14を同軸上に一体に備えている。ゲージ部14には、検査すべきめねじに対応するおねじ16が設けられており、めねじに螺合されて通過できるか否かにより、めねじの外径や有効径、ピッチ誤差などを検査できる。
【0017】
図1の(b) はゲージ部14の外周部の拡大断面図で、合金工具鋼にて構成されている基材20の表面には硬質被膜22がコーティングされている。基材20は、JIS G 4404の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち、焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が180℃以下で、且つ焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC58以上のもので、本実施例では焼戻し温度が180℃で焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC60以上と規定されているSKS31が用いられている。硬質被膜22は、元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属の炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体で、本実施例ではTiAlNの単層がスパッタリング法によって形成されている。
【0018】
また、硬質被膜22の膜厚tは0.5〜1.5μmの範囲内で、本実施例では約1.0μmをねらい値として形成されており、その表面寸法すなわち外径や有効径がねじプラグゲージ10に要求される寸法公差の範囲内となるように、硬質被膜22がコーティングされる前の基材20の寸法が定められる。具体的には、外径については、ねらい値よりも2t程度小さい寸法が定められ、有効径については、ねらい値よりも3t程度小さい寸法が定められる。フランクについても面垂直方向に同じ膜厚tで硬質被膜22が形成される場合、計算上はコーティング後の目標有効径よりも4t(=2×t/cos60°)だけ小さくする必要があるが、スパッタリング法では傾斜部分の膜厚が薄くなるため、本実施例では目標有効径よりも3t程度小さい寸法としている。
【0019】
そして、このようなねじプラグゲージ10は、合金工具鋼(実施例ではSKS31)を用いて所定のおねじ16を有する基材20を形成し、所定の焼戻し温度(例えば180℃±10℃の範囲内)で焼入れ焼戻し熱処理を行った後に、その焼戻し温度以下の処理温度でコーティング処理を行って硬質被膜22を設けることにより製造される。図2は、硬質被膜22をスパッタリング法でコーティングするスパッタリング工程を説明する図で、スパッタリング装置30を用いて行われる。このスパッタリング工程では、硬質被膜22を構成しているTiAlのターゲット38に電源40により負の一定のバイアス電圧(例えば−50〜−60V程度)を印加するとともに、バイアス電源34により基材20に負の一定のバイアス電圧(例えば−70V程度)を印加することにより、アルゴンイオンAr+ をターゲット38に衝突させてその構成物質(TiAl)を叩き出す。チャンバー32内には、アルゴンガスの他に窒素ガス(N2 )が所定の流量で導入され、その窒素原子Nがターゲット38から叩き出されたTiAlと結合してTiAlNとなり、基材20の表面に硬質被膜22として付着させられる。基材20は軸心まわりに回転駆動され、おねじ16が設けられたゲージ部14の全周に略均等に硬質被膜22がコーティングされるようになっている。
【0020】
図3は、このような製造方法に従ってM4×0.7およびM10×1.5の2種類のねじプラグゲージ10をそれぞれ2本ずつ製作し、硬質被膜22のコーティング前後の寸法変化を調べた結果を説明する図である。何れの試験品も、硬質被膜22の膜厚tのねらい値は1.0μmで、コーティング前の外径許容差はコーティング後の外径許容差よりも2μm小さく、コーティング前の有効径許容差はコーティング後の有効径許容差よりも3μm小さい。また、「先」、「中」、「元」は、ゲージ部14の軸方向位置で、「先」は先端部、「中」は中央部、「元」はシャンク12側の端部を意味している。そして、それ等の「先」、「中」、「元」に記載の寸法が実測値で、何れの試験品に関しても、外径および有効径共に許容差の範囲内に入っている。
【0021】
「寸法差」は、「コーティング後」の径寸法から「コーティング前」の径寸法を引き算した値で、外径に関してはコーティング前に比べて−1.9μm〜+1.8μmの範囲でばらつくが、JISメートルねじ2級相当の公差は一般的には12μm以上であるため、コーティング前の寸法を適当に設定することにより要求寸法精度を十分に満たすことができる。有効径に関しても、コーティング前の寸法を適当に設定することにより要求寸法精度を十分に満たすことができる。具体的には、コーティング前に比べて+0.1μm〜+1.9μmの範囲でばらつくが、JISメートルねじ2級相当の公差は一般的には8μm以上であるため、要求寸法精度を十分に満たすことができる。
【0022】
また、図4は、合金工具鋼(SKS31)にて構成されているφ12の円柱形状のプラグゲージであって、前記実施例と同様にスパッタリングによりTiAlNの硬質被膜22を1.0μmの膜厚(ねらい値)で形成した本発明品と、その硬質被膜22が無い合金工具鋼のままの比較品を用意し、耐摩耗性試験を行った結果を説明する図である。(a) は試験方法を説明する図で、上記試験品を350rpmで軸心まわりに回転駆動しつつ、軸方向の一部に上方からFC角材(JISの規定によるFC250;ねずみ鋳鉄)に3.0kgの錘を載せて押圧し、FC角材で押圧された部分とそうでない部分の径寸法A、Bの差を摩耗量として測定する。径寸法A、Bは、軸心まわりに45°間隔で測定した4箇所の直径寸法の平均値を用いた。(b) は、1日に8時間(約16.8万回転)試験を行って、1日毎に摩耗量B−Aを調べた結果で、「○」印で示す本発明品は4日経っても摩耗量が略0であったのに対し、「×」印で示す比較品は3日間で摩耗量が5μmを越えた。この結果から、硬質被膜22がコーティングされることにより耐摩耗性が大幅に向上し、合金工具鋼にて構成されている安価なプラグゲージであっても実用上十分に満足できる耐久性が得られるようになる。
【0023】
このように、本実施例のねじプラグゲージ10においては、JISに規定の焼戻し温度が180℃以下の合金工具鋼を用いて基材20が構成されているとともに、その焼戻し温度以下の処理温度でスパッタリング法により硬質被膜22がコーティングされているため、実用上満足できる耐摩耗性を備えたねじプラグゲージ10が安価に製造される。
【0024】
また、本実施例では硬質被膜22の膜厚tが0.5〜1.5μmの範囲内であるため、耐摩耗性を確保しつつ膜厚tのばらつきが抑制され、例えばJISメートルねじ2級相当の標準的なねじプラグゲージの要求寸法精度を十分に満たすことができる。
【0025】
また、本実施例では焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC58以上の合金工具鋼が基材20として用いられるため、硬質被膜22がコーティングされることによって優れた耐摩耗性が得られる。
【0026】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0027】
10:ねじプラグゲージ(プラグゲージ) 20:基材 22:硬質被膜 t:膜厚

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合金工具鋼にて構成されているプラグゲージにおいて、
JIS G 4404の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち焼入れ焼戻し熱処理を行う際の焼戻し温度が180℃以下のものが用いられるとともに、
前記焼戻し温度以下の処理温度でスパッタリング法により硬質被膜がコーティングされている
ことを特徴とするプラグゲージ。
【請求項2】
前記硬質被膜の膜厚は0.5〜1.5μmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1に記載のプラグゲージ。
【請求項3】
前記合金工具鋼は、JIS G 4404の「合金工具鋼鋼材」で規定されている鋼種のうち焼入れ焼戻し熱処理後の硬さがHRC58以上のものである
ことを特徴とする請求項1または2に記載のプラグゲージ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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