説明

ヘントリアコンタノナエンの製造方法とその機能の利用方法

【課題】ヘントリアコンタノナエンを効率よく大量に生産することのできる製造方法、及びその用途を提供する。
【解決手段】ヘントリアコンタノナエンを生産することができる微生物を培養し、得られる菌体からヘントリアコンタノナエンを抽出する工程を含む、ヘントリアコンタノナエンの製造及び利用方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超長鎖多価飽和炭化水素であるへントリアコンタノナエン(C31:9)を合成することのできる耐冷性細菌、または常温性細菌、該細菌を用いたへントリアコンタノナエンの製造方法、ヘントリアコンタノナエンを含有する化粧品やサプリメントなどとしての利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘントリアコンタノナエンは、炭素数31個、二重結合数9個の多価不飽和炭化水素である。ヘントリアコンタノナエンは、1995年にNicholsらによって南極海域から単離された好冷菌に微量に存在していることが報告された(非特許文献1)。また、1998年に、Tamaokaらは、深海に由来する好冷菌にヘントリアコンタノナエンが存在することを報告している(非特許文献2)。
【0003】
ヘントリアコンタノナエン利用方法については従来全く報告がなされていないが、既知の分枝状多価不飽和炭化水素であるスクアレン(2,6,10,15,19,23−ヘキサメチルテトラコサ−2,6,10,14,18,22−ヘキサエン、C3050、410.73g/モル)とは長鎖の多価不飽和炭化水素である点で共通している。スクアレンは抗酸化物質として知られており、従来より化粧品、サプリメント等に含有されている(例えば、特許文献1等)。
【0004】
上述したように、ヘントリアコンタノナエンはスクアレンと同様、多価不飽和炭化水素であるが、ヘントリアコンタノナエンを生産する細菌が、非特許文献1及び非特許文献2の記載から明らかなように、その増殖に低温を要求するもの(好冷菌)であるため、実用レベルでの培養が不可能であること、及びヘントリアコンタノナエンの生理機能が知られていないためであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】 特開2007−008847号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】 Nichols DS,Nichols PD,& McMeekin TA(1995)A new n−C31:9 polyene hydrocarbonfromAntarctic bacteria.FEMS Micribiol Lett 125:281−285.
【非特許文献2】 J.Tamaoka,M.Yanagibayashi,C.Kato,& K.Horikoshi(1998)A polyunsaturated hydrocarbon hentriacontanonaene(C31H46)from a deep−sea bacterium strain DSS12.In Program & Abstracts Eighth International Symposium on Microbial Ecology,p.319.Ed Atlantic Canada Society for Microbial Ecology and International Committee on Microbial Ecology,Halifax,Canada,August 9−14,1998.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、ヘントリアコンタノナエンを大量に生産することは困難であった。そこで、本発明の目的は、ヘントリアコンタノナエンを大量に生産することのできる製造方法、及びその用途を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、常温域で生育可能な微生物がヘントリアコンタノナエンを生産することができることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、シーワネラ(Shewanella)属、モリテラ(Moritella)属、及びコルウエリア(Colwellia)属などに属し、ヘントリアコンタノナエンを生産することができる微生物を提供する。
前記微生物としては、シーワネラ・(Shewanella sp.strain osh08;当該株を単にosh08株ということがある)又はEPAまたはDHAを合成する能力のある類縁菌が挙げられる。
前記微生物としては、15〜40℃の温度で増殖可能な微生物が挙げられる。
前記微生物としては、耐冷性、または常温性を有するシーワネラ属、モリテリア属、コルウェリア属などに属する菌株が挙げられる。
【0010】
また、本発明は、ヘントリアコンタノナエンを生産することができる微生物を培養し、得られる菌体から効率的にヘントリアコンタノナエンを抽出する工程を含む、ヘントリアコンタノナエンの効率的製造方法を提供する。
前記微生物としては、シーワネラ・sp.osh08株(Shewanella sp.strain osh08)又は類縁菌を用いることができる。
前記方法において、培養は、15〜40℃の温度で実施することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヘントリアコンタノナエンを常温にて大量に生産することのできる微生物が提供される。
また、本発明によれば、ヘントリアコンタノナエンを常温にて大量に生産することのできる方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】 osh08株の全FAME画分のEI−MSの結果を示す。保持時間25分以降のガスクロログラム(下段)と、未同定疎水性成分(化合物X:C31:9)のEI−MSによるフラグメントパターン(上段)を示す。PUFAに特徴的なパターンを示している。内部標準物質として21:0を用いている。
【図2】 osh08株に由来する全FAMEの硝酸銀シリカゲル薄層クロマトグラムを示す。左レーンはスクアレンであり、中央レーンはosh08全脂肪酸メチルエステルであり、右レーンはスクアランである。丸く囲った部分のシリカゲルのヘキサン抽出物をGCで分析したところ、図1で示した化合物Xと同じ保持時間を示した。以上の結果から化合物XはFAMEではなく、炭化水素であると結論した。
【図3】 図3A上段は、CI−MSによる化合物Xの分析の結果を示す。m/z=473である[M+54+H]、m/z=459である[M+40+H]、m/z=419である[M+H]のイオンが確認されたことから、この物質のM(分子量)を418と決定した。図3A下段は化合物XのGCプロファイルである。図3B上段は、水素添加処理した化合物XのCI−MSによる分析の結果を示す。m/z=477である[M+40+H]のイオン、m/z=436である[M]イオンが確認され、分子量Mは436であった。図3B下段は水素添加処理した化合物XのGCプロファイルであり、化合物XのGCでの保持時間は水素添加する(飽和形にする)ことによって短くなった。
【図4】 様々な濃度の過酸化水素存在下での大腸菌UM2の増殖に及ぼすC31:9添加の影響。培養は30°Cで行った。大腸菌UM2は0,66mMの過酸化水素存在下では生育できなかったが、50μM、100μMのC31:9を添加することによりその増殖能は回復した。また100μMのスクアレン添加でも大腸菌UM2の増殖能は回復したが、50μMのスクアレンでは生育の回復は見られなかった。このことはC31:9はスクアレンよりも優れた抗酸化活性があることを示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、先ず本発明の微生物について説明する。
本発明における微生物は、シーワネラ(Shewanella)属やモリテラ属、コルウェリア属などに属し、ヘントリアコンタノナエンを生産することのできる微生物である。ここで、ヘントリアコンタノナエンとは、炭素数が31個であり、二重結合数が9個の長鎖多価不飽和炭化水素を意味する。
【0014】
本発明における微生物は、ヘントリアコンタノナエンの生産能を指標として、海水、海砂、海藻、ウニ腸内物等から単離することができる。ヘントリアコンタノナエンの生産能は、微生物細胞そのもの、もしくは細胞からのクロロフォルムなどの有機溶媒を使った抽出物をメタノリシスした産物をガスクロマトグラフィーにより分析し、脂肪酸メチルエステルとともにヘントリアコンタノナエンを検出することによって評価することができる。または、菌体中に含まれるヘントリアコンタノナエンは、菌体からメタノール−ヘキサンなどの有機溶媒を用いてそのヘキサン画分にヘントリアコンタノナエンを抽出した後、ガスクロマトグラフィー等によって検出することができる。
【0015】
本発明者らは、このような手法によって、北海道小樽市の海水、海砂、海藻、ウニ腸内物の海水、海砂、海藻、ウニ腸内物から微生物を単離し、その中の1つがヘントリアコンタノナエンを合成する能力を有することを確認した。この単離株はシーワネラ属に属する新規微生物であり、Zobell寒天培地、同液体培地、3%食塩、LB寒天培地、液体培地などで培養することにより、菌体中にヘントリアコンタノナエンを生産する能力を有することを示すことができる。本発明者らは、この新規微生物をシーワネラ・sp.osh08株(Shewanella sp.strain osh08)と命名した。
【0016】
本発明の微生物である、osh08株は、以下の(a)形態的性質、(b)培養的性質、(c)生理学的性質、(d)その他の性質を有する。下記において、「+」は陽性を、「−」は陰性を示す。なお、osh08株の増殖至適温度は30℃であり、増殖の上限及び下限温度は、それぞれ、40℃及び4℃であった。
【0017】
(a)形態的性質
(培養条件:Zobell寒天培地、30℃)
コロニーの色、ピンク;形態、円形;大きさ、直径1.5mm
運動性: 有
【0018】
(b)培養的性質
肉汁寒天平板培養:色:ピンク;光沢:有;色素産生:有
肉汁液体培養;色:ピンク;色素産生:あり
【0019】
(c)生理学的性質
グラム染色性:陰性;ウレアーゼ:陰性;オキシダーゼ: 陽性;カタラーゼ: 陽性
生育の範囲(pH、温度など): pH5.5〜10.0 温度4℃から40℃
酸素に対する態度(好気性、嫌気性の区別など): 好気性
【0020】
本発明の微生物、osh08株の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、シーワネラ・バルティカ JCM 14937株(Shewanella basaltis JCM 14937、塩基配列登録番号:EU143361)及びシーワネラ・フニエンシス NBRC 100975株(Shewanella hafniensis NBRC 100975、塩基配列登録番号:AB205566)のものとそれぞれと99.8%及び98.4%一致した。このことから、osh08株はシーワネラ・バルティカかシーワネラ・ハフニエンシス又はそれらの類縁菌であると思われるが、種レベルでの同定に至らなかったため、シーワネラ・sp.osh08株(Shewanella sp.strain osh08)と命名した。
上記osh08株は常温(30℃前後の温度、15〜37℃の温度)で活発な増殖が可能であり、好冷菌や耐冷菌でなく、常温性を有しているものである。
【0021】
次に、本発明のヘントリアコンタノナエンの製造方法について説明する。本発明のヘントリアコンタノナエンの製造方法は、ヘントリアコンタノナエンを生産することができる微生物を培養し、得られる菌体からヘントリアコンタノナエンを抽出する工程を含む。
本発明のヘントリアコンタノナエンの製造方法において用いられる微生物としては、上述した微生物を用いることができる。すなわち、シーワネラ・sp.osh08株、又は類縁のシーアネラ属、モリテラ属、コルエリア属などヘントリアコンタノナエンを生産する細菌種を用いることができる。
【0022】
本発明のヘントリアコンタノナエンの製造方法においては、まず、上記微生物を培養する。培養は、上記微生物が増殖することができ、かつ菌体内にヘントリアコンタノナエンを生産することのできる培地及び条件であれば、どのような培地及び条件であってもよいが、例えば、後述する、Zobell寒天培地を用いて培養することができる。また、培養温度は、上記微生物が常温で増殖可能な培地であることから、15〜37℃の温度で培養することができるが、好ましくは30℃付近の温度、例えば、25〜35℃程度の温度で培養を行う。
【0023】
次いで、培養によって得られた菌体からヘントリアコンタノナエンを抽出する。抽出は有機溶媒を用いて実施することができる。用いることのできる有機溶媒としては、例えば、n−ヘキサン、石油エーテル、クロロホルム、ジクロロメタン等が挙げられる。なお、抽出されたヘントリアコンタノナエンは、有機化学の分野において、有機化合物を精製するのに通常に用いられている方法によって精製することができる。精製方法としては、例えば、クロマトグラフィー、再結晶、昇華、二層分配等が挙げられる。
【0024】
上述のようにして得られたヘントリアコンタノナエンは抗酸化作用を有している。ヘントリアコンタノナエンが抗酸化作用を有していることは、後述する実施例において明らかであり、このようなヘントリアコンタノナエンは、例えば、化粧品、食品、サプリメント、医薬品、医薬部外品等に適用可能である。
【0025】
上述したように、本発明の微生物から得られるヘントリアコンタノナエンは抗酸化作用を有しており、例えば、酸化LDLが原因となる疾患、例えば、動脈硬化やこれに関連する疾患(動脈硬化性疾患);活性酸素が原因となる疾患、例えば、癌、炎症、アレルギー性疾患、動脈硬化や虚血性心疾患等の循環器系疾患、肺気腫や喘息等の呼吸器系疾患、胃潰瘍や十二指腸潰瘍等の消化器系疾患、糖尿病、顔面色素以上沈着症等の皮膚疾患の予防又は改善剤の有効成分として有用である。従って、これらの疾患の予防又は改善用の医薬組成物、医薬部外品として、又は食品中に含ませて用いることができる。
【0026】
ヘントリアコンタノナエンを医薬品又は医薬部外品として用いる場合、経口投与形態とすることができる。経口投与形態としては、医薬品の分野において通常に用いられている形態、例えば、固体形態(散剤、顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤)や溶液形態(乳剤、液剤、シロップ剤)として製剤化することができる。
また、ヘントリアコンタノナエンを外用剤として用いることもでき、このような形態としては、例えば、軟膏、クリーム等として用いることができる。なお、前記経口投与形態や外用剤として用いる場合、その製剤化には、医薬品の分野において通常に用いられている賦形剤等を添加することができる。
【0027】
賦形剤としては、固体形態の製剤を製造する場合には、例えば、乳糖、ショ糖、ブドウ糖、コーンスターチ、ゼラチン、澱粉、デキストリン、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、酸化マグネシウム、乾燥水酸化アルミニウム、ステアリン酸マグネシウム、重炭酸ナトリウム、乾燥酵母等を用いることができる。また、溶液形態の製剤を製造する場合には、例えば、水、グリセリン、プロピレングリコール、単シロップ、エタノール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、ソルビトール等を用いることができる。また、各種の安定化剤、甘味剤、防腐剤、着香料、着色剤を用いてもよい。
【0028】
軟膏やクリームとして製造する場合には、外用剤の形態に応じた各種の基剤、例えば精製水、低級アルコール、多価アルコール、油脂、界面活性剤、増粘剤、着色剤、防腐剤、香料等を用いることができる。
ヘントリアコンタノナエンを医薬品又は医薬部外品として用いる場合、その投与量は、1日あたり0.1〜5000mg/体重1kg程度であり、好ましくは1日あたり1〜50mg/体重1kg程度である。この量は、服用するヒトの性別や健康状態、体重、投与方法等を考慮して適宜調整することができる。
【0029】
上記ヘントリアコンタノナエンは、食品に含有させて用いることもできる。ヘントリアコンタノナエンは、そのまま食品に含有させてもよく、又は食品に通常に用いられている賦形剤等を配合し、錠剤、丸剤、顆粒剤、散剤、粉末、カプセル剤、水和剤、乳剤、エキス剤等の剤形に製剤化して用いることもできる。
【0030】
食品に通常に用いられている賦形剤としては、例えば、シロップ、アラビアゴム、ショ糖、乳糖、粉末還元麦芽糖、セルロース、マンニトール、マルチトール、デキストラン、澱粉類、ゼラチン、ソルビット、トラガント、ポリビニルピロリドン等の結合剤;ショ糖脂肪酸エステルグリセリン脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、ポリエチレングリコール等の滑沢剤、ジャガイモ澱粉等の崩壊剤、ラウリル硫酸ナトリウム等の湿潤剤等が挙げられる。また、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定化剤、乳化剤、分散剤、懸濁剤、防腐剤等を添加してもよい。
【0031】
上記食品の摂取量は、ヘントリアコンタノナエンとして、1日あたり0.1〜5000mg/体重1kg程度であり、好ましくは1日あたり1〜50mg/体重1kg程度である。この量は、摂取する者の性別や健康状態、体重、症状等を考慮して適宜調節することができる。
【0032】
なお、本発明が対象とする食品には、上記製剤形態を有するサプリメント[保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品)及び栄養補書食品等の、いわゆる健康食品も含む)に加え、ヘントリアコンタノナエンを飲食物の製造原料の1種として用いて製造される食品、例えば、健康食品、保健機能食品(特定保健用食品や栄養機能食品)も含まれる。
【0033】
食品の種類には特に制限されないが、例えば、乳飲料、乳酸菌飲料、果汁入り清涼飲料、炭酸飲料、果汁飲料、野菜飲料、野菜・果実飲料、アルコール飲料、コーヒー飲料、粉末飲料、スポーツ飲料、サプリメント飲料、紅茶飲料、緑茶、ゼリー入り飲料、ブレンド茶等の飲剤、プリン類、デザート類、冷菓類、ガム類、チョコレート類、ハードキャンディー、ソフトキャンディー、キャラメル類、焼き菓子類等の菓子類、パン類、スープ類、魚肉加工品、畜肉加工品、麺類、ソース類、惣菜等が挙げられる。
【0034】
上記ヘントリアコンタノナエンは化粧品組成物に含有させることができる。このような化粧品組成物には、通常の化粧品に用いられる成分、例えば、精製水、低級アルコール、多価アルコール、油脂類、ロウ類、炭水化物等の基剤、保湿剤、界面活性剤、増粘剤、紫外線吸収剤、美白剤、安定剤、防腐剤、着色剤、香料等の成分を含有させることができる。化粧品組成物の形態に特に制限はなく、例えば、化粧水、クリーム、乳液、ゲル剤、エアゾール、エッセンス、パック、洗浄剤、ファンデーション、打粉、口紅等が挙げられる。化粧品組成物に配合されるヘントリアコンタノナエンの割合は、抗酸化効果を発揮し得る量であって、特に制限されないが、通常は、化粧品組成物の重量に対し、0.005〜10重量%程度である。
【0035】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。なお、本発明の範囲は、かかる実施例に限定されないことはいうまでもない。なお、以下の実施例において%は特に断りのない限り重量%を表す。
実施例1
osh08株の単離、増殖と脂肪酸の分析
試料として、北海道小樽市忍路海岸にて採集した海水、海砂、海藻(緑藻、紅藻、褐藻)、ウニ腸内物を用いた。細菌単離用培地としては、Zobell寒天培地(0.5%ペプトン、0.1%酵母エキス、0.01%リン酸鉄、1.5%寒天、50%海水;以下Z寒天培地)を用いた。海水については、寒天培地上に直接塗布して用い、海砂、海藻及びウニの腸内容物については海水抽出物を試料として用いた。試料をZ寒天培地に塗布し、30℃の温度で一晩培養した。形成された細菌のコロニーを白金耳を用いて新たなZ寒天培地にスプレッドし、コロニーを単離した。この方法を繰り返すことにより、菌株を単離した。なお、各資料から、それぞれ6株以上のコロニーを単離した。
【0036】
上述したZ寒天上に形成されたコロニーから細胞をとり、これを10%塩化アセチル−メタノール溶液に懸濁し、内部標準物質となるヘンエイコサン酸(10μg;以下21:1と略記)及び炭化水素テトラコサン(10μg;以下C24:0と略記)とともに100℃にて1時間反応させメタノリシスした。得られた脂肪酸メチルエステル(FAME)をヘキサンで抽出し、ガスクロマトグラフィー(GC)により分析した。脂肪酸の同定はガスクロマトグラフィ−マススペクトロメトリ(EI−MSまたはCI−MS)よって行った。
【0037】
上記のように実施したGCによる分析により、紅藻由来の試料から得られた1株(osh08株と命名した)に、微量のエイコサペンタエン酸(EPA)と思われるピークを確認した結果(図1下段参照)。GC−MSによる分析の結果この成分はGC分析における保持時間及びマスフラグメントパターン(データー示さず)から、EPAであることが分かった。図1(下段)から明らかなように、EPAのピークよりも更に保持時間が大きいピークが見られ、そのGC−MSによるフラグメントパターン(図1上段)をデータベースにより検索するとEPAメチルエステルだけではなく、DHAメチルエステルのものとも一致した。しかし、DHAメチルエステルの保持時間は約30.6分であることから、この成分(以下、化合物Xという)は炭素数が22以上、二重結合数4個以上の多価不飽和脂肪酸であると予想された。上記培養条件、及び分析条件においてosh08株が含有するEPAは全脂肪酸の0.2−0・4%であり、保持時間が大きな多価不飽和脂肪酸様物質は1.6−1.8%であった。
【0038】
次いで、以下のようにして、化合物Xの同定を行った。
osh08株より調製した全FAMEをシリカゲル薄層クロマトグラフィ(TLC)によって分画した。化合物Xを含む全FAMEのヘキサン溶液をマイクロピペットでスポットし、n−ヘキサン:エーテル:酢酸(90:10:1、体積比)を溶媒として展開した。TLCプレートは窒素ガスを当てて乾燥させた。プリムリン溶液を吹きかけてから再度乾燥させ、紫外線でスポットを確認して鉛筆でマークした。プレート上での移動の比較のためにn−ドデカン、スクアランとスクアレンも同時に分析した。
上述のようにしてプレート上にマークした部分に相当するシリカゲルを掻き取り、メタノール:水:n−ヘキサン(1:1:2、体積比)で抽出し、n−ヘキサン画分を回収した。残りの画分に更にヘキサンを加えて回収した。この操作を更に1回繰り返した。TLC分析の結果を図2に示す。図2に示すように、化合物Xの移動度はFAMEとは異なっており、スクアランとスクアレンとのほぼ中間であったことから、化合物Xは炭化水素であると結論した。化合物Xが乾燥細胞から直接抽出可能であることからも、この結論が支持される。なお、ヘキサン画分を一緒ににまとめ、濃縮後にGCに供した。
【0039】
化合物Xは、不飽和結合を有する炭化水素であることがわかったので、この物質を、メタノリシスを経ないで、凍結乾燥細胞から直接抽出した。すなわち、10mgの乾燥細胞を10mLのメタノールに懸濁し、これに10mLのn−ヘキサンを加えて激しく混和した後、ヘキサン層を回収した。この操作を3回行った。
次いで、上記のようにして得られた化合物Xに対し、二酸化白金触媒下で水素添加処理を行った。少量(3.5μg)の当該化合物を含むメタノール溶液に二酸化白金を5mg加え、40分間水素ガスを通気した。反応後、反応物をヘキサンにより抽出した。化合物X及びその水素添加処理産物をGC−MSにより分析した。分析法はEI−MS法とアセトニトリルをイオン化試薬として用いたCI−MS法である。
【0040】
化合物XをCI−MSにより分析した結果を図3に示す。図3によると、化合物XのGCにおけるピーク(図3下段)は m/z = 473である[M+54+H]の顕著なイオンピークを示した(図3A上段)ことから、その分子量は418であることがわかった。また、水素添加処理した炭化水素のGCにおけるピーク(図3B下段)の場合、m/z = 477である [M+40+H]の顕著なイオンピークを示した(図3B上段)ことから、その分子量は436であり、炭素数31のn−アルカンの分子量と計算上一致した。水素添加により化合物Xの分子量は18マスユニット増加したことになり、これは当該化合物に9個の二重結合が存在することを示唆している。水素添加後の物質をEI−MSで分析すると、分子イオンは認められないが、マスフラグメントパターンは n−アルカンのものと同等であった。以上の結果から、この化合物Xは炭素数31、二重結合数9の炭化水素である、ヘントリアコンタノナエン(C31:9)であることがわかった。
【0041】
実施例2
osh08株の増殖温度
単離株(osh08)については増殖に与える温度の影響を調べた。osh08株を、3%塩化ナトリウムを含むLB培地(1.0%トリプトン、0.5%酵母エキス、3.0%塩化ナトリウム)にて、0、4、15、20、25、30、37、40、42℃各温度にてそれぞれ培養し、時間ごとに増殖量を、7日目まで測定した。osh08株は、4、15、20、25、30、37、40℃で増殖を示した。この中で、増殖の至適温度は30℃であった。0℃、7日間では増殖は観察されなかった。また、42℃、7日間での増殖も認められなかった。これらの性質からosh08は好冷菌ではなく、常温性の細菌であると結論した。Wiegel J(1990)Temperature spans for growth:Hypothesis and discussion.FEMS Microbiol Lett 75:155−169は増殖の最低温度、至適温度、最高温度がそれぞれ5℃以下、15℃以上、20℃以上の微生物は温度耐性常温菌(temperature tolerant mesophile)と定義している。
【0042】
実施例3
osh08株のヘントリアコンタノナエン(31:9)含量に及ぼす培養温度の影響
試験管で3mlのZ培地(1.0%ペプトン、1.0%酵母エキス、50%海水)を用い、osh08株を4,15,20,25,30,37℃の温度でそれぞれ2日間(4℃のみ1週間)培養した。細胞をメタノリシス処理し、ヘキサンを用いてヘントリアコンタノナエン(C31:9)をFAMEと共に抽出してGCに供した。脂肪酸21:0と炭化水素C24:0を内部標準として菌体に含まれる全脂肪酸メチルエステルと炭化水素の合計重量に対するEPAとC31:9の重量比(w/w%)を測定した。各温度で培養した細胞のC31:9の全脂肪酸FAME画分(炭化水素を含む)に対する存在比を表1に示す。C31:9の全脂肪酸FAME画分に対する存在比は、25℃で培養した細胞で最大値3.2%を示した。C31:9の全脂肪酸FAME画分に対する存在比は、30℃で1.7%、4℃で1.1%であり、低温になるほど含有量を増すEPAとは全く異なる温度依存性を示した。
【0043】
【表1】

【0044】
実施例4
ヘントリアコンタノナエンの分布
各種微生物におけるヘントリアコンタノナエンの分布を調べた。本実験において用いた微生物を表2に記載した。表2において海洋性と記載されている微生物においては、3%NaClを含むLB培地を用いて20℃又は15℃で、2日間、それ以外の微生物については、LB培地を用いて20又は30℃で2日間培養を行った。培養を行った細胞について、実施例1及び3に示す方法によりメタノリシスを行い、FAMEをGC、GC−MSにより分析した。表2に、EPA、DHA及びヘントリアコンタノナエンの生産性を示した。表2において、それぞれ検出された場合を+、検出されなかった場合を−として示した。表2に示すようにヘントリアコンタノナエンは、osh08株を含むEPA又はDHA(またはEPAとDHAの両方)を生成する海洋細菌と、EPAを生成する非海洋細菌Shewanella oneidensis MR−1において生産されることが分かった。このことは従来知られているEPA産生菌やDHA産生菌がC31:9の供給源として利用できることが示唆された。
【0045】
【表2】

【0046】
実施例5
osh08株の同定
osh08株から、常法に従いDNAを抽出した。得られたDNAを鋳型とし、二種類のDNA断片、9F:GAGTTTGATCCTGGCTCAG(配列番号:1)、及び1541R:AAGGAGGTGATCCACC(配列番号:2)をプライマーとしてPCRを行い、16SrRNA遺伝子の全長を増幅した。増幅した遺伝子断片をpCR 2.1−TOPO TA Cloning Kit(Invitrogen,USA)を用いてTAクローニングを行い、大腸菌に導入した。形質転換した大腸菌を30℃で18時間培養した後、プラスミドを調製した。調製したプラスミドを鋳型にし、6種のプライマー、M13F:GTTTTCCCAGTCACGAC(配列番号:3)、338F:ACTCCTACGGGAGGCAGCAG(配列番号:4)、800F:GTAGTCCACGCCGTAAACGA(配列番号:5)、518R:ATTACCGCGGCTGCTGG(配列番号:6)、920R:CCCCGTCAATCCTTTGAGT(配列番号:7)及びM13R:CAGGAAACAGCTATGAC(配列番号:8)を用いサイクルシークエンスを行った。
【0047】
サイクルシークエンスの結果1534bpの塩基配列が決定された(登録番号AB447987、[0053]配列表参照)。この配列をBLASTDDBJ(http://www.ddbj.nig.ac.jp/)サーチに供したところ、osh08株の16SrRNA遺伝子の塩基配列はシーワネラ・バルティカ JCM 14937株(Shewanella basaltis JCM 14937、塩基配列登録番号:EU143361)及びシーワネラ・ハフニエンシス NBRC 100975株(Shewanella hafniensis NBRC 100975、塩基配列登録番号:AB205566)のものとそれぞれと99.8%及び98.4%一致した。この結果より、osh08株はShewanella basaltis又はShewanella hafniensis、あるいは、これらの種に極めて近縁のShewanella属の菌での新株あると考えられる。本発明者らは、この菌株をShewanella sp.osh08株と命名した。
【0048】
実施例6
ヘントリアコンタノナエンの抗酸化活性
実施例1により精製したヘントリアコンタノナエンは、GCによる分析の結果、63〜82%の純度であったことから、その純度を高めるため、HPLCによる精製を行った。HPLCの条件は以下の通りである。溶媒(アセトニトリル)で平衡化したカラム(TSKgel ODS−80 Ts、4.6mm×15.0cm、TOSOH)にヘントリアコンタノナエンを含む抽出物を約1.0mg/mLの濃度に溶解し、その300μLを導入した。溶出条件は1.0 mL/minで、検出はA205の吸収により行った。:ヘントリアコンタノナエンは、保持時間15.0分〜17.5分に溶出したので、これを回収し、VLCPUHC(又はPUHC)とした。この操作によりヘントリアコンタノナエン純度は98.8〜100%になった。
【0049】
E.coliUM2(カタラーゼ活性欠損株;エール大学大腸菌ストックセンター)を使ったC31:9の過酸化水素耐性試験は以下の二通りの方法で調べた。
方法1:E.coliUM2をLB培地にて30°Cで18時間培養したものを前培養液とした。各試験管にヘキサンに溶かしたC31:9を終濃度0,10,20,50μMになるように入れて、ヘキサンを窒素ガスに当てて完全に揮発させた後、3mlのLB培地を加え超音波を3分間当てて調製した。ここにUM2の前培養液を60μl植菌して30°Cにて160rpmで培養し、経時的に生育(OD600の吸光値)を吸光度計(model U−1800、日立、東京)で測定した。対照として過酸化水素を添加していない系も同様に測定した。
方法2:96穴マイクロプレート(イワキ、兵庫)を使用した。C31:9を添加しない培養液(OD600=0.01に調整)と50μM、100μMのC31:9を添加した培養液(OD600=0.01に調整)、及び抗酸化活性のある炭化水素の対照として50μM、100μMのスクアレンを添加した培養液(OD600=0.01に調整)を用意し、マイクロプレートの各穴に180μlずつ分注した。C31:9とスクアレン添加する場合は、試験管に各炭化水素を入れてヘキサンを窒素ガスに当てて完全に揮発させた後、培地を加え超音波を3分間当てて前培養液をOD600=0.01になるよう加えて調整した。水または種々の濃度の過酸化水素水溶液20μlを添加し、終濃度0,0.11,0.22,0.33,0.44,0.55,0.66,0.77,0.88,0.99mMとして30°Cで48時間静置培養した。
【0050】
上記抗酸化活性試験の結果
C31:9の抗酸化機能について調べた結果、表Xに示すように、試験管で培養した方法1のC31:9を与えた系では、過酸化水素0.055mMによって抑制された生育が対照株よりも回復しやすいことが確認された。またこのときC31:9の量が0,10,20,50μMと増加するに従って、E.coliUM2の生育も8時間後には1.67,1.73,1.89.2.1(OD600)と段階的に良くなる傾向が見られた。これによりC31:9には抗酸化活性があることが分かった。また過酸化水素非存在下でC31:9を添加しても、生育阻害は認められなかった。過酸化水素0.55mMではC31:9を添加しても生育は確認されず、この系では酸化ストレスがC31:9の抗酸化活性を上回ったためと考えられる。
また方法2を用いた実験でも同様に、C31:9には抗酸化活性があることが示された(図X)。さらにこの実験では、抗酸化活性のある炭化水素として知られるスクアレンをC31:9の対照として用いた。これによると、やはりC31:9やスクアレンを添加した系では生育が回復することが分かる。
ここでC31:9とスクアレンを50μl添加した場合について比較すると、過酸化水素の生育阻害はC31:9添加系で0.77mMまで、スクアレン添加系で0.66mMまでで起こり、このことからC31:9はスクアレンよりも強い抗酸化活性を持つとが示された。スクアレンは強い抗酸化活性を持ち、実用的にも非常に有用な物質として知られているが、この研究によりC31:9はスクアレンを上回る有用性がある可能性を示した。
【0051】
【表3】

【0052】

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シーワネラ(Shewanella)属、モワテラ属、コルウェリア属に属し、ヘントリアコンタノナエンを生産することができる微生物を用いてへントリアコンタノナエンを製造する方法。
【請求項2】
微生物がシーワネラ・sp.osh08株(Shewanella sp.strain osh08)又は類縁菌である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
15〜40℃の温度で増殖可能である、請求項1又は2記載の微生物でヘントリアコンタノナエンを製造する方法。
【請求項4】
ヘントリアコンタノナエンがもつ抗酸化作用を利用してスクアレンなどの代替品とする方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−34678(P2012−34678A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−187624(P2010−187624)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【出願人】(503259406)株式会社ロム (3)
【出願人】(509063786)株式会社プログレッソ (1)
【Fターム(参考)】