説明

ペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメイン結晶

【課題】 創薬において重要であるインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)ペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインの結晶、及び、立体構造情報を提供することを目的とする。
【解決手段】 インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)ペニシリン結合タンパク質(PBP)3のトランスペプチダーゼドメインを調製し、高品質の結晶、及び、その製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線結晶構造解析および阻害剤の設計等に利用するためのペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインの結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
ペニシリン結合タンパク質(PBPと称する)は細菌における細胞壁を構成する構造ユニットであるムレインモノマーを基質として細胞壁ペプチドグリカンを組み立てる一連の酵素群であり、細菌のペプチドグリカンの重合および架橋反応に働く膜結合型のタンパク質である。インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)には数種類のPBPが確認されているが、耐性菌として増加傾向にあるβ−ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性(BLNAR)インフルエンザ菌においては、PBP3における変異がβ−ラクタム薬の感受性低下に大きく関与している(非特許文献1)。また、配列番号2に示されるRd株(ATCC51907)由来PBP3においては、アミノ酸残基番号377のメチオニン、385のセリン、389のロイシン、517のアルギニンおよび526のアスパラギンが各々イソロイシン、スレオニン、フェニルアラニン、ヒスチジンおよびリジンに置換された変異が薬剤耐性に重要であることが示唆されている(非特許文献2)。従って、PBP3の立体構造を結晶構造解析により解明することは、耐性のメカニズムを説明するだけでなく、耐性菌に有効な新薬を創出する上でも非常に重要である。
【0003】
インフルエンザ菌由来PBP3は、細胞内ドメイン、膜貫通領域、N末端ドメインおよびトランスペプチダーゼドメインから構成される膜結合型タンパク質であり、細胞内ドメインおよび膜貫通領域を除去し、膜結合機能を喪失させたPBP3可溶性部分の調製方法が明らかになっているが(非特許文献3)、PBP3可溶性部分からさらにN末端ドメインを除去したトランスペプチダーゼドメインの調製方法は未だ明らかとなっていない。
結晶化に関しては、膜結合部位を除去したPBP3可溶性部分を発現、精製、結晶化した報告があるが、N末端、C末端部位は具体的に言及がなかった。その報告では、結晶の写真を提示した上で、ある方向から結晶にX線を照射した場合には分解能3.5Å程度の回折点が得られたものの、X線を照射する向きによっては回折点の強度が弱かったために、新規な構造を決定するために必要な回折データを収集することは困難であったと口頭で発表していた(非特許文献4)。従って、結晶構造解析によりPBP3の立体構造を決定し、効率的な阻害剤の設計を可能とする高品質のPBP3結晶の創出が望まれている。
【0004】
一般にタンパク質のN末端、C末端やループ領域は構造が揺らいでいる場合があり、その際には複数のコンフォメーションを取り得ることから、タンパク質の揺らいでいる領域の除去やドメインの切り出しは均一のコンフォメーションから構成される高分解能のX線回折能を有する結晶を作製するために有効な手段である(非特許文献5)。インフルエンザ菌PBP3においては、結晶化に最適のトランスペプチダーゼドメインの領域は未だ明らかでなく、PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は報告されていない。本発明者は、PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は、揺らいでいる領域が少ないため高品質となること、及び、PBP3の立体構造を解明することに多いに貢献できると考えた。
【非特許文献1】Antimicrob.Agents Chemother. 45(6)1693−1699(2001)
【非特許文献2】Antimicrob.Agents Chemother. 49(7)2834−2839(2005)
【非特許文献3】Antimicrob.Agents Chemother. 48(5)1630−1639(2004)
【非特許文献4】朴 三用、「ペニシリン結合タンパク質の構造による新抗生物質の開発」、2006年12月13日、横浜市立大学第3回産学連携フォーラム「横浜市立大学・蛋白質構造解析コンソーシアム合同シンポジウム―タンパク質研究から創薬へ―」予稿集
【非特許文献5】BIOベンチャー 3(5)、36−39(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまでインフルエンザ菌PBP3の結晶構造は報告されていない。そのため、創薬において重要であるPBP3の立体構造情報が存在せず効率的な阻害剤の設計が困難である。また、PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶の製造方法は不明である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、結晶化に適したPBP3トランスペプチダーゼドメインを調製し、高品質の結晶を製造することで上記課題を解決する。
【0007】
本発明者はインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)PBP3トランスペプチダーゼドメインを調製する工程において、少なくとも50mM以上の塩化ナトリウムを常に添加することにより、目的タンパク質の収量を向上させる方法を見出した。また、結晶化条件探索の試行錯誤により酒石酸および酒石酸塩(好ましくは酒石酸ナトリウムが挙げられる。)からなる酒石酸緩衝液の存在下で成長するPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶を取得した。この結晶は少なくとも2.0Åの分解能までX線解析が可能である高品質の結晶であり、創薬研究に重要なPBP3トランスペプチダーゼドメインの立体構造を決定した。
すなわち、本発明はX線結晶構造解析および阻害剤の設計等に利用するためのPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶に関する。
本発明によるPBP3の結晶は、具体的には、空間群がP1である。
より具体的には下記の(a)または(b)のいずれかの空間群および格子定数を有する。
(a)空間群がP1であり、格子定数がa=74±7Å、b=82±8Å、c=54±5Å、α=108±11°、β=99±10°、γ=82±8°
(b)空間群がP1であり、格子定数がa=83±8Å、b=108±11Å、c=74±7Å、α=90±9°、β=92±9°、γ=90±9°
【0008】
本発明は以下の発明を含有する。
(1)ヘモフィルス属(Haemophilus)に属する微生物由来であるペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインの結晶。
(2)インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)由来であるペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインの結晶。
(3)配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質から構成される(1)から(2)のいずれか一つに記載の結晶。
(4)配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と少なくとも85%の同一性を有するアミノ酸配列を含んでおり、かつトランスペプチダーゼドメインを有する相同タンパク質から構成される(1)から(2)のいずれか一つに記載の結晶。
(5)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1個もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含んでおり、かつトランスペプチダーゼドメインを有する改変タンパク質から構成される(1)から(2)のいずれか一つに記載の結晶。
(6)空間群がP1である(1)から(5)のいずれか一項に記載の結晶。
(7)空間群がP1であり、格子定数がa=74±7Å、b=82±8Å、c=54±5Å、α=108±11°、β=99±10°、γ=82±8°である(1)から(5)のいずれか一つに記載の結晶。
(8)空間群がP1であり、格子定数がa=83±8Å、b=108±11Å、c=74±7Å、α=90±9°、β=92±9°、γ=90±9°である(1)から(5)のいずれか一つに記載の結晶。
(9)(1)から(8)のいずれか一つに記載の結晶であって、該結晶を構成するタンパク質中の少なくとも1つのメチオニン残基がセレノメチオニンに置換されている結晶。
(10)酒石酸または酒石酸塩の存在下で成長する(1)から(9)のいずれか一つに記載の結晶。
(11)酒石酸塩が酒石酸ナトリウムである(10)に記載の結晶。
(12)(i)少なくとも50mM以上の塩化ナトリウムを常に添加した状態でアフィニティークロマトグラフィーおよびイオン交換クロマトグラフィーを実施し、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)由来であるペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインを調製する工程、並びに
(ii)酒石酸または酒石酸塩の存在下で、ペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインを結晶化する工程
を含む、(1)から(11)のいずれか一つに記載の結晶の製造方法。
(13)少なくとも3.2Åの分解能までX線解析が可能である、(1)から(11)のいずれか一つに記載の結晶。
(14)少なくとも2.7Åの分解能までX線解析が可能である、(1)から(11)のいずれか一つに記載の結晶。
(15)少なくとも2.3Åの分解能までX線解析が可能である、(1)から(11)のいずれか一つに記載の結晶。
(16)少なくとも2.0Åの分解能までX線解析が可能である、(1)から(11)のいずれか一つに記載の結晶。
【発明の効果】
【0009】
本発明のPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は、高分解能での結晶構造解析に利用可能であり、PBP3を阻害する化合物の効率的な設計等に活用できるため、創薬において極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
<PBP3トランスペプチダーゼドメイン>
本発明のPBP3トランスペプチダーゼドメインを構成するタンパク質は、ヘモフィルス属(Haemophilus)に属するインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)由来のタンパク質である。また、本発明において、「トランスペプチダーゼ」とは、細菌細胞壁の一つの成分であるペプチドグリカンの生合成の最終段階に関与し、ペプチドグリカン連鎖を構成しているN−アセチルムラミン酸から伸びるポリペプチド鎖の架橋を触媒する酵素を意味する。
さらに、「トランスペプチダーゼドメイン」とは、上記ポリペプチド鎖を架橋する能力を有し、β−ラクタム薬との結合が可能であるタンパク質、及び、活性残基である配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸残基番号327のセリンに変異を導入し上記ポリペプチド鎖を架橋する能力を失活させたタンパク質の構造単位であり、細胞内ドメイン、膜貫通領域、N末端ドメインを除去したタンパク質である。
本発明における「相同タンパク質」とは、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と少なくとも85%、好ましくは90%、より好ましくは95%、さらに好ましくは98%の相同性を有するアミノ酸配列を含んでおり、かつトランスペプチダーゼドメインからなるタンパク質である。ここで示した相同性の数値は、当業者に公知の相同性検索プログラムであるFASTA(Science,227,1435−1441(1985);Proc.Natl.Acad.Sci.USA,85,2444−2448(1988);http://www.ddbj.nig.ac.jp/top−j.html)においてデフォルト(初期設定)のパラメータを用いて算出される数値を示す。
本発明における「改変タンパク質」とは、配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1個もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含んでおり、かつトランスペプチダーゼドメインからなるタンパク質である。ここで、「置換、欠失、付加もしくは挿入」などの改変に係るアミノ酸の数は、好ましくは1〜40個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜12個である。
【0011】
PBP3は、細胞内ドメイン、膜貫通領域、N末端ドメインおよびトランスペプチダーゼドメインから構成される膜結合型タンパク質である。PBP3可溶性部分とは、細胞内ドメインおよび膜貫通領域を除去し、膜結合機能を喪失させたPBP3である。PBP3可溶性部分は由来となる株およびN末端およびC末端が異なる種々のものが存在可能であるが、インフルエンザ菌においては、好ましくは、配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸残基番号67から610に相当するアミノ酸で構成される。
PBP3トランスペプチダーゼドメインは、PBP3可溶性部分からさらにN末端ドメインを除去したものであり、除去する領域の違いにより種々のものが存在可能である。PBP3トランスペプチダーゼドメインとしては、配列番号2においてアミノ酸番号225〜262のいずれか一つのアミノ酸またはそれに相当するアミノ酸から始まり、アミノ酸番号566〜607のいずれか一つのアミノ酸またはそれに相当するアミノ酸で終わる配列からなるタンパク質が好ましい。また、より好ましくは配列番号2においてアミノ酸番号235、242、249、252のいずれか一つのアミノ酸またはそれに相当するアミノ酸から始まり、アミノ酸番号576、581、586、593、597のいずれか一つのアミノ酸またはそれに相当するアミノ酸で終わる配列からなるタンパク質であり、さらに好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0012】
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの発現>
PBP3トランスペプチダーゼドメインは、それをコードするDNA断片を、宿主細胞内で複製可能でかつ同遺伝子が発現可能な状態で含むDNA分子、特にDNA発現ベクターの形態とし、それによって宿主細胞の形質転換を行い、その形質転換体を培養することによって得られる。このDNA分子は、ベクター分子にPBP3トランスペプチダーゼドメインをコードするDNA断片を組み込むことによって得ることができる。
本発明の好ましい態様によれば、このベクターはプラスミドである。本発明において利用されるベクターは、使用する宿主細胞の種類を勘案して、ウィルス、プラスミド、コスミドベクターなどから適宜選択することができる。例えば宿主細胞が大腸菌の場合はpUC、pBR系のプラスミド、枯草菌の場合はpUB系のプラスミド、酵母の場合はYEp、YRp、YCp系のプラスミドベクターが挙げられる。宿主細胞としては、宿主−ベクター系が確立されているものであれば利用可能であり、好ましくは大腸菌が挙げられる。宿主細胞の形質転換により得られた形質転換体は、適当な条件で培養し、得られた形質転換体の細胞抽出液を慣用の方法に従い回収することができる。ここで、PBP3トランスペプチダーゼドメインに付加的ポリペプチド、例えばグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)またはヒスチジン残基に富むポリペプチド(His−tag)を融合タンパク質として発現することも慣用の技術により可能である。
【0013】
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの精製>
大腸菌で発現させたPBP3トランスペプチダーゼドメインは、慣用のクロマトグラフィーの技術により精製が可能である。His−tagを付加して発現させた場合はニッケルイオンを固定化したアフィニティーカラムにより精製が可能であり、タグを付加しない場合においても、イオン交換カラム、Cibacron Blue等の色素を利用したブルーカラム、ヘパリンカラム、ハイドロキシアパタイトカラム、疎水性相互作用カラムやゲルろ過カラム等を組み合わせることで精製できる。また、少なくとも50mM以上の塩化ナトリウムを常に添加した状態で精製することにより、目的タンパク質の安定性を担保し、収量を向上させることが可能である。
【0014】
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶化>
一般的にタンパク質の結晶化は容易ではない。結晶化できる条件が比較的容易に見出される場合もあるが、通常は種々の結晶化条件をスクリーニングしなければならない。さらに結晶化剤の濃度、pH、塩の種類と濃度、添加剤などの条件を最適化することによって、X線結晶構造解析に供することができる良質の結晶が得られる。また、いかなる条件でも結晶化しない蛋白質も存在すると考えられている。タンパク質の結晶が得られなければX線結晶構造解析を行うことができない。また、X線結晶構造解析に用いるタンパク質の結晶は、結晶であればいかなるものでも解析可能であるわけではない。実際にX線を照射した際に、高分解能の回折強度データが得られることが必要である。
本発明によるPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶を得る方法は、蒸気拡散法(例えば、ハンギングドロップ法、シッティングドロップ法などが挙げられる)、バッチ法、透析法または自由界面拡散法などのいかなる方法を用いてもよく、好ましくは蒸気拡散法が挙げられ、さらに好ましくはシッティングドロップ法が挙げられる。本発明者の得た知見によれば、PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶はクラスター化する傾向にあるため、シーディング法により良質の単結晶を得ることが好ましい。結晶化の温度は4℃〜30℃が一般的であるが、本発明では好ましくは10〜25℃、さらに好ましくは、20℃である。
本発明の好ましい態様によれば、結晶化に用いるタンパク質としては配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が好ましい。また、前記タンパク質中のメチオニン残基がセレノメチオニンに置換されたセレノメチオニン置換体も同様に結晶化に用いられる。結晶化に用いる精製タンパク質の濃度は、4〜20mg/mL程度であることが好ましい。そして、蛋白質溶液に結晶化剤、塩類、緩衝液、添加剤などを適当量加えて、結晶化を行う。本発明のPBP3の結晶化に用いられる結晶化剤としては、硫酸アンモニウムなどの無機塩類、ポリエチレングリコールなどの水溶性高分子、イソプロパノールやエタノールなどの有機溶媒などが挙げられる。好ましくは、、ポリエチレングリコールなどである。
また、緩衝液としては、公知の緩衝液のいずれも用いることができる。好ましくは酒石酸および酒石酸塩からなる酒石酸緩衝液であり、さらに好ましくは、酒石酸および酒石酸ナトリウムからなる酒石酸緩衝液(pH 3.0−6.2)である。
さらに添加剤としては、種々の金属イオン、有機溶媒、還元剤等を用いることができる。セレノメチオニン置換体の場合には未置換体の場合における周辺の条件で結晶を作製できるが、セレン原子の酸化を抑制するためにジチオスレイトール等の還元剤を添加することが好ましい。還元剤を除く結晶化剤の組み合わせとしては、
(1)9−27% ポリエチレングリコール4000、0−0.3M 酢酸マグネシウム、0.1M 酒石酸緩衝液 pH 5.0−6.0、
(2)3−10% ポリエチレングリコール4000、5% 2−プロパノール、0.1M 酒石酸緩衝液 pH 5.0−6.0、
(3)16.75% ポリエチレングリコール400、13.4% ポリエチレングリコール3350、0.1M 塩化マグネシウム、0.1M Tris塩酸緩衝液 pH 8.5、
(4)20% ポリエチレングリコール3350、0.2M 酒石酸カリウム緩衝液 pH 8.5、
(5)0.8M 硫酸アンモニウム、0.1M 酢酸ナトリウム緩衝液pH 4.6、
(6)1M リン酸アンモニウム、0.1M 酒石酸緩衝液 pH 5.6、
(7)15% ポリエチレングリコール3350、0.1M コハク酸緩衝液pH 7.0、
(8)20% ポリエチレングリコール3350、マロン酸ナトリウム緩衝液 pH 7.0
等が挙げられる。とりわけ(1)または(2)の組み合わせが好ましい。
【0015】
<PBP3トランスペプチダーゼドメイン結晶のX線回折強度データの収集>
上記のようにして得られる結晶の外観、単位格子の種類・大きさなどはその結晶に固有のものであり、良質の結晶を用いれば、X線回折実験により高分解能の回折強度データを取得することができる。結晶を、多価アルコールを含有する抗凍結溶液中に浸した後凍結させ、凍結状態でX線回折データを収集し、X線回折像を得た。ここで、多価アルコールとしては、エチレングリコール、スクロース、トレハロース、グリセロールなどが挙げられる。これらの中で特にエチレングリコールが好ましい。抗凍結溶液中の多価アルコールの濃度は、好ましくは10〜35%である。X線を照射して回折強度データを取得するには、いかなるX線発生装置を用いることができるが、好ましくは、(財)高輝度光科学研究センターの大型放射光施設SPring−8や大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構Photon Factoryなどの放射光施設を利用することができる。得られたX線回折強度データを処理することにより、結晶学的パラメータを特定することが可能である。
前記結晶化剤の組み合わせの(1)で得られるPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は、空間群がP1である。また、格子定数はa=74±7Å、b=82±8Å、c=54±5Å、α=108±11°、β=99±10°、γ=82±8°であり、より好ましくはa=74±4Å、b=82±4Å、c=54±3Å、α=108±5°、β=99±5°、γ=82±4°であり、さらに好ましくはa=74±1Å、b=82±1Å、c=54±1Å、α=108±1°、β=99±1°、γ=82±1°である。
また、前記組み合わせ(2)に1mM ジチオスレイトールを添加して得られるPBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の結晶は、空間群がP1である。また、格子定数はa=83±8Å、b=108±11Å、c=74±7Å、α=90±9°、β=92±9°、γ=90±9°であり、より好ましくはa=83±4Å、b=108±5Å、c=74±4Å、α=90±5°、β=92±5°、γ=90±5°であり、さらに好ましくはa=83±1Å、b=108±1Å、c=74±1Å、α=90±1°、β=92±1°、γ=90±1°である。
【0016】
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶構造の決定>
上記のように得られたデータを用いてPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶構造の決定が可能となる。一般に位相決定には、分子置換法、重原子同型置換法、多波長異常分散法(MAD法)、単波長異常分散法(SAD法)などが用いられる。目的蛋白質に対する類縁蛋白質の立体構造が未知あるいは相同性が低い場合には、その立体構造を利用した分子置換法による構造解析が不可能であるため、PBP3結晶構造の決定には、重原子同型置換法、MAD法またはSAD法などが好ましく、より好ましくはセレノメチオニン置換体結晶を用いたMAD法またはSAD法が用いられる。
【0017】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は実施例によって限定されるものではない。また、各種ベクターの作製、蛋白質の発現等は、特に記載のない限り、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,3rd edition(Sambrook and Russell著,Cold Spring Harbor laboratory Press刊(2001))などに記載の公知の手法に従って実施できる。
【実施例】
【0018】
実施例1
<インフルエンザ菌PBP3トランスペプチダーゼドメインをコードする遺伝子の構築>
インフルエンザ菌PBP3トランスペプチダーゼドメインをコードするDNAを単離するため以下のプライマーを設計した。
【0019】
HI−PBP3−252−5:5’−cagccatatggttaccttaagtatcgatgaaaaattgc−3’(配列番号3)
HI−PBP3−581−3:5’−cccctcgagttacggaatagcatttgcacg−3’(配列番号4)
【0020】
インフルエンザ菌Rd株PBP3可溶性部分をコードするDNAを組み込んだプラスミドDNAを鋳型に、前記プライマーを組み合わせて、Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ社製)でポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を添付の説明書に従い実施した。増幅したDNA断片を制限酵素で消化し、この断片を予め制限酵素で切断したベクターpET−21b(+)(Novagen社製)にLigation high(TOYOBO社製)を添付の説明書の方法に従い用い、サブクローニングした。得られた組換えプラスミドを大腸菌COMPETENT high DH5α(TOYOBO社製)に添付の説明書の方法に従い導入し、形質転換体を得た。形質転換体を、100μg/mLのアンピシリンを含むLB agarプレート上にて、37℃で一晩培養し、薬剤耐性コロニーを取得した。取得したコロニーから組換えプラスミドpET−21b(+)_HI_252−581を調製した。
【0021】
実施例2
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの発現>
実施例1記載の組み換えプラスミドpET−21b(+)_HI_252−581を大腸菌B834(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、得られた形質転換体を50μg/mLのアンピシリンを含むSB培地(1.2%(w/v)Bacto Tryptone、2.4%(w/v)Yeast Extract、0.5%(v/v)グリセロール、0.072M リン酸水素二カリウム、0.028M リン酸二水素カリウム)中で600nmにおけるO.D.が0.5−1に達するまで増殖させた。終濃度1mMのイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加し、20℃で一晩誘導後、遠心分離機によって集菌し、菌体をリン酸緩衝食塩水(PBS)に懸濁した後、再度、遠心分離機によって集菌し、−20℃で凍結保存した。菌体を菌体破砕バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 8.5、1mM EDTA、1mM フッ化フェニルメチルスルホニル、1μM ロイペプチン、1μM ペプスタチンA、0.05mg/mL リゾチーム)に懸濁し、氷上で30分インキュベートした。超音波処理を施し、細胞を破砕し、遠心分離とそれに続く0.2μmのフィルターによって超音波処理の残渣を除去し、細胞抽出液を得た。
【0022】
実施例3
<PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の発現>
メチオニンの硫黄原子が重原子であるセレンに置換されたPBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の発現を試みた。実施例1記載の組み換えプラスミドpET−21b(+)_HI_252−581を大腸菌B834(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、得られた形質転換体を50μg/mLのアンピシリンを含むLB培地100mLにて、37℃で一晩培養し、50μg/mLのアンピシリンを含む4.8LのLeMaster培地(組成は下記の表1に示す)に24mL接種し、600nmにおけるO.D.が約0.5に達するまで増殖させた。終濃度1mMのイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加し、20℃で一晩誘導後、遠心分離機によって集菌し、菌体をリン酸緩衝食塩水(PBS)200mLに懸濁した後、再度、遠心分離機によって集菌し、−20℃で凍結保存した。菌体を菌体破砕バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA、200mM 塩化ナトリウム、1mM ジチオスレイトール、1mM フッ化フェニルメチルスルホニル、1μM ロイペプチン、1μM ペプスタチンA、0.1mg/mL リゾチーム)に懸濁し、氷上で30分インキュベートした。超音波処理を施し、細胞を破砕し、遠心分離とそれに続く0.2μmのフィルターによって超音波処理の残渣を除去し、細胞抽出液を得た。
【0023】
【表1】

【0024】
実施例4
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの精製>
(1)陰イオン交換カラムによる精製
以下の精製操作はすべて4℃で行った。実施例2の方法で得られた細胞抽出液を陰イオン交換クロマトグラフィーで精製した。HiTrap Q HP 5mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を2本直列に連結して用いた。平衡化バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 8.5、1mM EDTA)で平衡化した後、流速2.5mL/minでサンプルをアプライし、流速4mL/minで約3カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM Tris塩酸緩衝液 pH 8.5、1mM EDTA溶液中の0−1000mM 塩化ナトリウムの直線勾配(100mL)で溶出し、SDS−PAGEにより主要なフラクションをまとめて回収した。
【0025】
(2)ブルーカラムによる精製
上記(1)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA、200mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、HiTrap Blue HP 5mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて精製した。流速は4mL/minであり、平衡化バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA、200mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA溶液中の200−2000mM 塩化ナトリウムの直線勾配(10カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめた。
【0026】
(3)ヘパリンカラムによる精製
上記(2)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、50mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、HiTrap Heparin HP 5mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて精製した。流速は4mL/minであり、平衡化バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、50mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA溶液中の50−2000mM 塩化ナトリウムの直線勾配(10カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめた。
【0027】
(4)陽イオン交換カラムによる精製
上記(3)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、50mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、MonoS HR10/10(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて精製した。流速は4mL/minであり、平衡化バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、50mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA溶液中の50−440mM 塩化ナトリウムの直線勾配(10カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめ、保持分子量30000以上の限外ろ過膜であるAmicon Ultra−4 30,000 MWCO(ミリポア社製)を用いてタンパク質濃度15mg/mLになるまで濃縮した。大腸菌培養液400mLから1.5mgのPBP3トランスペプチダーゼドメインを精製した。
【0028】
実施例5
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの精製方法の改良>
実施例4(1)陰イオン交換カラムによる精製では、塩化ナトリウムを添加しない条件でサンプルをカラムに吸着させていたが、塩化ナトリウム濃度が低い状態ではPBP3トランスペプチダーゼドメインは沈殿し易い傾向があったため、精製方法の改良を実施した。
【0029】
(1)ブルーカラムによる精製
以下の精製操作はすべて4℃で行った。実施例2において、菌体破砕バッファーを20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、200mM 塩化ナトリウム、1mM EDTA、1mM フッ化フェニルメチルスルホニル、1μM ロイペプチン、1μM ペプスタチンA、0.1mg/mL リゾチームに変更して得られた細胞抽出液をBlue Sepharose 6 Fast Flow 48mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて精製した。流速は2.5mL/minであり、平衡化バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA、200mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、5カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA溶液中の200−2000mM 塩化ナトリウムの直線勾配(10カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめた。
【0030】
(2)ヘパリンカラムによる精製
上記(1)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、150mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、HiTrap Heparin HP 5mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を2本直列に連結し、また、サンプルを8回に分けて精製した。流速は3mL/minであり、平衡化バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、150mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA溶液中の150−570mM 塩化ナトリウムの直線勾配(6カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめた。
【0031】
(3)陽イオン交換カラムによる精製
上記(2)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、150mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、MonoS HR10/10(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて、また、サンプルを8回に分けて精製した。流速は4mL/minであり、平衡化バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、150mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA溶液中の150−350mM 塩化ナトリウムの直線勾配(6.4カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめ、保持分子量30000以上の限外ろ過膜であるAmicon Ultra−15 30,000 MWCO(ミリポア社製)を用いてタンパク質濃度30mg/mLになるまで濃縮した。大腸菌培養液2.4Lから31mgのPBP3トランスペプチダーゼドメインを精製し、実施例4と比較して約3.4倍収量が向上した。
【0032】
実施例6
<PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の精製>
(1)ブルーカラムによる精製
以下の精製操作はすべて4℃で行った。実施例3の方法で得られた細胞抽出液をBlue Sepharose 6 Fast Flow 48mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて精製した。流速は2.5mL/minであり、平衡化バッファー(20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA、1mM ジチオスレイトール、200mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM Tris塩酸緩衝液 pH 7.9、1mM EDTA、1mM ジチオスレイトール溶液中の200−2000mM 塩化ナトリウムの直線勾配(10カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめた。
【0033】
(2)ヘパリンカラムによる精製
上記(1)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、1mM ジチオスレイトール、80mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、HiTrap Heparin HP 5mL(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を2本直列に連結し、また、サンプルを4回に分けて精製した。流速は2.5mL/minであり、平衡化バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、1mM ジチオスレイトール、186mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、1mM ジチオスレイトール溶液中の186−541mM 塩化ナトリウムの直線勾配(6カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめた。
【0034】
(3)陽イオン交換カラムによる精製
上記(2)で精製したサンプルを透析バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、1mM ジチオスレイトール、176mM 塩化ナトリウム)に対して透析した後、MonoS HR10/10(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて、また、サンプルを4回に分けて精製した。流速は4mL/minであり、平衡化バッファー(20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM EDTA、176mM 塩化ナトリウム)で平衡化したカラムにサンプルをアプライし、2カラム容量の平衡化バッファーで洗浄した後、20mM HEPES緩衝液 pH 7.5、1mM ジチオスレイトール、1mM EDTA溶液中の176−368mM 塩化ナトリウムの直線勾配(8カラム容量)で溶出し主要な溶出画分をまとめ、保持分子量10000以上の限外ろ過膜であるAmicon Ultra−15 10,000 MWCO(ミリポア社製)を用いてタンパク質濃度25mg/mLになるまで濃縮した。
【0035】
実施例7
<結晶化>
(1)PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶化
PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は、シッティングドロップ蒸気拡散法により得た。実施例4で精製し、その後5mg/mLに希釈したタンパク質溶液0.5μLを結晶化剤(14% ポリエチレングリコール4000、0.2M 酢酸マグネシウム、0.1M 酒石酸緩衝液 pH 5.5)0.5μLと混合し結晶化ドロップとし、リザーバー溶液として上記結晶化剤100μL分注し密閉した。プレートを20℃の恒温槽内で一晩静置した後、類似の条件で予め作製した結晶からストリークシーディング法によりドロップに種を植えて、更に20℃の恒温槽内に静置して結晶を作製した。得られた結晶の顕微鏡写真の一例を図1に示す。
【0036】
(2)PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の結晶化
PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の結晶は、シッティングドロップ蒸気拡散法により得た。実施例5で精製し、その後5mg/mLに希釈したタンパク質溶液0.5μLを結晶化剤(4% ポリエチレングリコール4000、5% 2−プロパノール、0.1M 酒石酸緩衝液 pH 5.5、1mM ジチオスレイトール)0.5μLと混合し結晶化ドロップとし、リザーバー溶液として上記結晶化剤100μL分注し密閉した。プレートを20℃の恒温槽内で数時間静置した後、類似の条件で予め作製した結晶からストリークシーディング法によりドロップに種を植えて、更に20℃の恒温槽内に静置して結晶を作製した。得られた結晶の顕微鏡写真の一例を図2に示す。
【0037】
実施例8
<X線回折強度データの収集>
(1)PBP3トランスペプチダーゼドメイン結晶のデータ収集
実施例7(1)において得られた結晶を20%エチレングリコール含有の抗凍結剤溶液に移した後、−170℃の窒素ガス気流にて急速凍結した。これを大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構Photon FactoryのビームラインBL−17Aを利用しQuantum 270 CCDカメラ(ADSC社製)を検出装置としてX線回折データを振動法にて測定した。X線の波長は1Å、振動角は1°/フレームであった。次に、回折強度データ処理プログラムCrystalClear(リガク社製)を使用して、回折強度データを分解能2.0Åで処理した。その結果、空間群がP1であり、格子定数がa=73.82Å、b=82.20Å、c=54.30Å、α=107.90°、β=98.84°、γ=82.05°であった。得られたデータのCompletenessは87.1%、Rmergeは7.1%であった。データ収集の結果を下記の表2にまとめた。
【0038】
【表2】

【0039】
(2)PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体結晶の多波長異常分散(MAD)データの収集
実施例7(2)において得られた結晶を30%エチレングリコール含有の抗凍結剤溶液に移した後、−170℃の窒素ガス気流にて急速凍結した。これを大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構Photon FactoryのビームラインBL−17Aを利用しQuantum 270 CCDカメラ(ADSC社製)を検出装置としてX線回折データを振動法にて測定した。このとき、セレンの異常散乱効果を用いて構造解析を行うために、波長は0.97931、0.97874および0.96408Åの3波長、即ち、吸収端のエッジ、ピーク、リモートの3カ所でMADデータを収集した。振動角は1°/フレームであった。次に、回折強度データ処理プログラムCrystalClear(リガク社製)を使用して、回折強度データを分解能2.0Åで処理した。その結果、空間群がP1であり、格子定数がa=82.98Å、b=107.66Å、c=73.69Å、α=90.11°、β=91.82°、γ=89.91°であった。データ収集の結果を下記の表3にまとめた。
【0040】
【表3】

【0041】
(3)PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体結晶の単波長異常分散(SAD)データの収集
実施例7(2)において得られた結晶を35%エチレングリコール含有の抗凍結剤溶液に移した後、−170℃の窒素ガス気流にて急速凍結した。これを大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構Photon FactoryのビームラインBL−17Aを利用しQuantum 270 CCDカメラ(ADSC社製)を検出装置としてX線回折データを振動法にて測定した。このとき、セレンの異常散乱効果を用いて構造解析を行うために、波長は0.97894Å、即ち、吸収端のピークでSADデータを収集した。振動角は1°/フレームであった。次に、回折強度データ処理プログラムCrystalClear(リガク社製)を使用して、回折強度データを分解能2.0Åで処理した。その結果、空間群がP1であり、格子定数がa=83.07Å、b=107.87Å、c=73.79Å、α=90.21°、β=91.85°、γ=89.92°であった。データ収集の結果を下記の表4にまとめた。
【0042】
【表4】

【0043】
実施例9
<PBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶構造決定>
次に、プログラムSOLVE(Terwillinger, T.C. & Berendzen,J. Acta Crystallogr. D 55,849−861(1999))を用いて、実施例8で得たデータを処理し、セレン原子の位置を決定し初期位相を計算した。位相の改良及び初期モデルの構築はプログラムRESOLVE(Terwilliger, T.C. Acta Crystallogr. D56,965−972(2000))を用いた。次に、プログラムCootおよびRefmac5(Collaborative Computational Project Number 4(ccp4))を利用したモデルの構築および修正を繰り返し実施し、PBP3トランスペプチダーゼドメインおよびPBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体の結晶構造を決定した。PBP3トランスペプチダーゼドメイン結晶の非対称単位中にはPBP3トランスペプチダーゼドメインが4分子存在していた。分解能2.25Åの結晶構造において、R因子の値は、0.242であった。さらに、精密化の段階で計算に入れなかった全反射の5%に相当する構造因子から計算されるRfree因子の値は0.289であった。また、PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体結晶の非対称単位中にはPBP3トランスペプチダーゼドメインが8分子存在していた。SADのデータを用いた分解能2.0Åの結晶構造において、R因子の値は、0.226であった。さらに、精密化の段階で計算に入れなかった全反射の5%に相当する構造因子から計算されるRfree因子の値は0.262であった。決定したPBP3トランスペプチダーゼドメインの構造を図3に示す。すなわち、今回製造したPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は高分解能での結晶構造解析に活用できる有用な結晶であった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のPBP3トランスペプチダーゼドメインの結晶は新規な結晶であり、阻害剤の効率的な設計等に有効な結晶構造情報取得に利用できる良質の結晶であるため、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】PBP3トランスペプチダーゼドメイン結晶の顕微鏡写真である。
【図2】PBP3トランスペプチダーゼドメインのセレノメチオニン置換体結晶の顕微鏡写真である。
【図3】決定したPBP3トランスペプチダーゼドメインの構造をリボン図で示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘモフィルス属(Haemophilus)に属する微生物由来であるペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインの結晶。
【請求項2】
インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)由来であるペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインの結晶。
【請求項3】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質から構成される請求項1または2のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項4】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と少なくとも85%の同一性を有するアミノ酸配列を含んでおり、かつトランスペプチダーゼドメインを有する相同タンパク質から構成される請求項1または2のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項5】
配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1個もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含んでおり、かつトランスペプチダーゼドメインを有する改変タンパク質から構成される請求項1または2のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項6】
空間群がP1である請求項1から5のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項7】
空間群がP1であり、格子定数がa=74±7Å、b=82±8Å、c=54±5Å、α=108±11°、β=99±10°、γ=82±8°である請求項1から5のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項8】
空間群がP1であり、格子定数がa=83±8Å、b=108±11Å、c=74±7Å、α=90±9°、β=92±9°、γ=90±9°である請求項1から5のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載の結晶であって、該結晶を構成するタンパク質中の少なくとも1つのメチオニン残基がセレノメチオニンに置換されている結晶。
【請求項10】
酒石酸または酒石酸塩の存在下で成長する請求項1から9のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項11】
酒石酸塩が酒石酸ナトリウムである請求項10に記載の結晶。
【請求項12】
(i)少なくとも50mM以上の塩化ナトリウムを常に添加した状態でアフィニティークロマトグラフィーおよびイオン交換クロマトグラフィーを実施し、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)由来であるペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインを調製する工程、並びに
(ii)酒石酸または酒石酸塩の存在下で、ペニシリン結合タンパク質(PBP)3トランスペプチダーゼドメインを結晶化する工程
を含む、請求項1から11のいずれか一項に記載の結晶の製造方法。
【請求項13】
少なくとも3.2Åの分解能までX線解析が可能である、請求項1から11のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項14】
少なくとも2.7Åの分解能までX線解析が可能である、請求項1から11のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項15】
少なくとも2.3Åの分解能までX線解析が可能である、請求項1から11のいずれか一項に記載の結晶。
【請求項16】
少なくとも2.0Åの分解能までX線解析が可能である、請求項1から11のいずれか一項に記載の結晶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−292776(P2009−292776A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−148701(P2008−148701)
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000006091)明治製菓株式会社 (180)
【Fターム(参考)】