説明

マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体およびその種子ならびに作出方法

【課題】遺伝子導入を行うことなく、また、マメ科植物の生長を妨げることのない、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体およびその種子ならびに作出方法を提供する。
【解決手段】マメ科植物を変異原処理して得られた種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のアブシジン酸を含む培地で発芽させることで、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体を選抜することを特徴とするマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化したマメ科植物変異体の作出方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体およびその種子ならびにその作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイズ、アズキ、インゲン等の約8万種が存在するマメ科植物は、根粒菌が感染することで根に根粒と呼ばれる器官の形成を誘導する。根粒菌は形成された根粒内で空中窒素固定を行い、この窒素固定により作り出されるアンモニア(窒素源)をマメ科植物に供給する。これにより、窒素含量の低い土壌であっても、マメ科植物は根粒菌により作り出された窒素源を利用してタンパク合成などを行い、良好に生育することができる。
【0003】
また、根粒菌には、植物が光合成で作る炭水化物(炭素源)が供給され、根粒菌はこれをエネルギーに変えて生存する。このように、マメ科植物と根粒菌との間には、共生関係が成立しており、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力は、マメ科植物の生長や収量に大きな影響をもたらすため、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化するために、これまでさまざまなアプローチがなされている。
【0004】
マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化するためのアプローチとしては、宿主となるマメ科植物側からのアプローチ、また、根粒菌側からのアプローチの2通りが考えられる。根粒菌側からのアプローチとしては、分子生物学が発展する以前は、自然界からさまざまな根粒菌を単離し、窒素固定能力が高いものをスクリーニングするという手法が主になされていた。それに対して、近年では、バクテリアが持つ遺伝子に注目して、それを根粒菌に導入することによって窒素固定能力を高める取り組みがこれまでに報告されている。
【0005】
例えば、極めて強いカタラーゼ活性を持つVibrio rumoinensis S−1株から原因遺伝子をクローニングし、それをダイズ根粒菌とインゲン根粒菌に導入し、宿主植物に形成された根粒の窒素固定能力を測定した研究がある(特許文献1、参照。)。
【0006】
一方、マメ科植物側からのアプローチとしては、着生する根粒の数を増加させることによって、植物体当たりの窒素固定能力を強化するという方向性が一般的である。根粒数を調節するメカニズムとしては、マメ科植物の地上部の影響を受けるシステミックな制御、また、根で起こるローカルな制御というように少なくとも2つあると考えられている。システミックな制御またローカルな制御が破綻した超根粒着生変異体がそれぞれ知られており、根粒が多く着生することの原因が部分的に理解されつつあるが、いずれの変異体も過剰な根粒着生によって植物体が正常な生長を示さないことがわかっている。
【0007】
一方、本発明者らはこれまでに、植物ホルモンのアブシジン酸(以下、「ABA」と称す。)も根粒数を調節する要因の1つであることを手がかりに、モデル植物としてミヤコグサを用いてさまざまな研究を行っている。
【0008】
例えば、非特許文献1では、生長に全く影響を及ぼさない低濃度のABAでも根粒着生数が抑制されることを報告している。また、非特許文献2では、外来遺伝子を導入して、内生ABA濃度を高めた植物体では、根粒数が減少することを報告している。さらに、ABA合成阻害剤のabamineで内生ABA濃度を低くした植物体では、根粒数が増加することも報告している。
【0009】
【特許文献1】特開2003−33174号公報
【非特許文献1】Akihiro Suzuki, et al, "Plant Cell Physiol." 2004, 45(7) p.914-922
【非特許文献2】Mitsumi Nakatsukasa-Akune, et al, "Mol. Plant-Microbe Interact." 2005, Vol.18, No.10, p.1069-1080
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、これまで、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化するために、マメ科植物側からまたは根粒菌側からのアプローチによる様々な研究がなされているが、マメ科植物側からのアプローチについては、過剰な根粒着生が植物体の正常な生長を妨げてしまうという現象から応用には結びついていないのが実情である。一方、根粒菌に遺伝子を導入する根粒菌側からのアプローチによれば、窒素固定能力を高めることはできるものの、遺伝子導入が行われた食品に対する安全性の問題は依然として残り、また、消費者の反応も良くない。
【0011】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであって、遺伝子導入を行うことなく、また、マメ科植物の生長を妨げることのない、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体およびその種子ならびに作出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、自らが行ってきたこれまでの研究報告を基に、ABA濃度と根粒数に関する種々の鋭意研究をさらに進めた結果、驚くべきことに、内生ABA濃度やABAシグナル伝達系の変異が、根粒数だけでなく、マメ科植物の生長、共生窒素固定能力まで影響をもたらすことを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明のマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体は、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体であって、このマメ科植物変異体の種子は、変異原処理され、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地に静置した際に発芽したものであることを特徴とする。
【0014】
また、本発明のマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化したマメ科植物変異体の作出方法は、マメ科植物を変異原処理して得られた種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地で発芽させることで、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体を選抜することを含むことを特徴とする。
【0015】
変異原処理されたマメ科植物の種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地に静置し、発芽できた変異系統を選抜したところ、それらの中に、有意に根粒数が増加し、マメ科植物が野生型よりも旺盛な生長を示し、共生窒素固定能力が強化されている系統が見出された。
【0016】
これまでの研究においては、根粒数が過剰となるとマメ科植物本体が正常に生長せず、根粒数の過剰はマメ科植物の生長異常をもたらすという認識が一般的であった。しかしながら、本発明のように、マメ科植物を変異原処理して得られた種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地で発芽させる方法によって、野生型のマメ科植物と比較して内生ABA濃度やABAシグナル伝達系に変異を来しているものを選抜すると、詳細なメカニズムは未だ解明されていないが、これらのマメ科植物変異体は、根粒数の増加だけでなく、その生長も野生型より旺盛となり、マメ科植物変異体の1個体当たりの共生窒素固定能力および根粒1つ当たりの共生窒素固定能力も強化されていることがわかった。
【0017】
ここで、変異原処理としては、エチルメタンスルホネートなどの変異誘発剤による化学的処理や、紫外線照射、放射線照射などの物理的処理などを用いることができる。
【0018】
なお、本発明のマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体から得られる種子を用いて栽培する際は、土壌に合成窒素肥料を多量に散布する必要がなく、また、成長したマメ科植物からは、野生型のものよりも多くの収穫が得られると期待される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、以下の効果を奏す。
(1)内生ABA濃度やABAシグナル伝達系の変異体を選抜する、すなわち、マメ科植物を変異原処理して得られた種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地で発芽させることで、遺伝子導入を行うことなく、また、マメ科植物の生長を妨げることのない、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体を作出することができる。
(2)本発明のマメ科植物変異体を用いた食品は、遺伝子導入がなされた食品よりも消費者に広く受け入れられると考えられる。
(3)本発明のマメ科植物変異体から得られる種子を用いれば、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が野生型のものよりも強化されていることから、合成窒素肥料を多量に投入する必要がないので、農地からの窒素化合物の溶出による環境汚染や土壌疲弊といった問題を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本実施の形態におけるマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化したマメ科植物変異体の作出方法は、マメ科植物を変異原処理して得られた種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地で発芽させることにより、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体を選抜することを特徴とする。
【0021】
次に、本実施の形態における作出方法のそれぞれの操作に関してより詳細に説明する。
本実施の形態のマメ科植物としては、ダイズ、アズキ、インゲン等の種々のマメ科植物を用いることができ、以下に説明する各操作における各生育条件は、用いられるマメ科植物によって適宜調製されるものである。また、培地に対する野生型のマメ科植物が発芽不可能なABAの濃度は、それぞれのマメ科植物によって異なるため、各マメ科植物に適切な濃度をそれぞれ調製する。
【0022】
まず、変異原処理したマメ科植物の種子の表面を殺菌する。次に、表面殺菌した種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地に静置し、一定の温度条件の下、一定割合の明暗期を繰り返して発芽させる。そして、発芽後一定期間経ったのちに、胚軸または根またはその両方が伸長している個体を選抜する。そして、選抜した個体を、適度に希釈した液肥を混合させた人工土で栽培して成長させ、種子を採取する。
【0023】
このように、本実施の形態によれば、変異原処理したマメ科植物の種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のABAを含む培地に静置し、一定の条件の下で発芽させることにより、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体を得ることができる。ここで、上記方法で用いる変異原処理した種子とは、詳細には、変異原処理した種子(M1)世代から次世代を得て、M2またはそれ以降の世代のものを言う。これは、M1世代のものを用いると、2倍体の場合、片方の染色体に変異が入っても、もう片方が相補してしまうことから表現型に現れてこないことによるものである。なお、変異原処理は、エチルメタンスルホネートなどの変異誘発剤による化学的処理や、紫外線照射、放射線照射などの物理的処理などを用いることができる。
上記方法で得られたマメ科植物変異体の共生窒素固定能力については、ミヤコグサをモデル植物として試験した結果を実施例に示す。
【実施例】
【0024】
ミヤコグサのスクリーニング
A:種子の表面殺菌
(1)変異原処理したミヤコグサの種子を硫酸で約5分処理して、種皮に傷をつける。
(2)滅菌蒸留水で種子を洗浄する。
(3)有効塩素濃度0.25%の次亜塩素酸ナトリウムと0.01%のtween20を含む溶液中で種子を約30分震とうした後、滅菌蒸留水で種子を洗浄する。
B:種子の選抜
(4)表面殺菌した種子を70microM ABAを含む0.8%寒天上(滅菌済み)に静置し、16時間明期、8時間暗期、25℃の条件で発芽させた。
(5)10日後に、胚軸または根またはその両方が伸長している個体を選抜した。
【0025】
C:根粒着生試験
(6)選抜個体を1000倍希釈したハイポネクスを栄養源として、バーミキュライトとパーライトを混合した人工土(Volume比で5対1に混合)で維持し、数ヶ月後に種子を採取した。
(7)採取した種子について、表面殺菌後、窒素を含まない0.8%寒天上で発芽させ、十分に発芽したもののみを用いて、根粒着生試験を行った。根粒着生試験は、発芽した植物を、0.8%寒天を含む無窒素のB&D培地(図6、参照。)に静置し、根に根粒菌Mesorhizobium loti MAFF303099を接種した。生育条件は、16時間明期、8時間暗期で25℃であった。
【0026】
D:共生窒素固定能力の測定
(8)約1ヶ月後に内生ABA濃度、植物体の成長等を調査するとともに、アセチレン還元法にて共生窒素固定活性を測定した(n≧15)。この結果を図1〜図5に示す。
図1は、根粒菌接種後21日目の野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)の内生ABA濃度を比較したグラフである。図2は、野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)における、植物体1個体当たりの根粒数の経時変化を比較したグラフである。図3は、野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)における、根粒菌接種後35日目の植物体1個体当たりの共生窒素固定活性を比較したグラフである。図4は、図3における根粒1つ当たりの共生窒素固定活性を比較したグラフである。また、図5は、野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No18)における、生長の経時変化を比較したグラフであり、(a)は草丈、(b)は葉の数、(c)は葉の面積、(d)は根の長さ、(e)は植物体1個体当たりの根粒数を示す。
【0027】
図1に示すように、本実施の形態における作出方法で選抜された変異体(変異体No12)では、内生ABA濃度が野生型のものと比較して有意に低下していることがわかる。また、図2に示すように、根粒菌接種後約1ヶ月後の植物体1個体当たりの平均根粒数は、野生型のものと比べて、約1.3倍増加していた。また、この変異体(変異体No12)は、図3および図4に示すように、植物体1個体当たり、また、根粒1つ当たりの共生窒素固定活性が野生型のものと比べて有意に高いことがわかった。
【0028】
さらに、図5に示すように、本実施の形態における作出方法で選抜された変異体(変異体No18)は、草丈、葉の数、葉の面積、根粒数のそれぞれにおいて、野生型のものより生長が旺盛であることがわかった。特に、植物体1個体当たりの根粒数は、野生型のものと比べて約1.7倍に増加していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の作出方法によれば、遺伝子導入を行うことなく、また、マメ科植物の生長を妨げることなく、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体およびその種子を得ることができるので、実用的で安全性の高いマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体およびその種子として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】根粒菌接種後21日目の野生型ミヤコグサ(wild)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)の内生ABA濃度を比較したグラフである。
【図2】野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)における、植物体1個体当たりの根粒数の経時変化を比較したグラフである。
【図3】野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)における、根粒菌接種後35日目の植物体1個体当たりの共生窒素固定活性を比較したグラフである。
【図4】野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No12)における、根粒菌接種後35日目の根粒1つ当たりの共生窒素固定活性を比較したグラフである。
【図5】野生型ミヤコグサ(wild type)と選抜されたミヤコグサ変異体(変異体No18)における、生長の経時変化を比較したグラフであり、(a)は草丈、(b)は葉の数、(c)は葉の面積、(d)は根の長さ、(e)は植物体1個体当たりの根粒数を示す。
【図6】B&D培地の組成を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体であって、
前記マメ科植物変異体の種子は、変異原処理され、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のアブシジン酸を含む培地に静置した際に発芽したものであるマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体。
【請求項2】
請求項1に記載のマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力が強化されたマメ科植物変異体から得られる種子。
【請求項3】
マメ科植物を変異原処理して得られた種子を、野生型のマメ科植物が発芽不可能な濃度のアブシジン酸を含む培地で発芽させることで、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能が強化されたマメ科植物変異体を選抜することを特徴とするマメ科植物と根粒菌との共生窒素固定能力を強化したマメ科植物変異体の作出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−306852(P2007−306852A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−139383(P2006−139383)
【出願日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】