説明

低水和熱セメント組成物

【課題】普通ポルトランドセメントのような「汎用セメント」において、水和熱を増大させることなく、材齢7日及び/又は28日の中長期的なコンクリートの強度発現性を向上できるセメント組成物を提供する。
【解決手段】CS量が45〜65質量%、CA量が8〜12質量%、式(1)で示される遊離石灰率が1.0%以下、および式(2)で示される水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下であるセメント組成物:遊離石灰率(%)=遊離石灰量÷(セメント中のCaO量−0.7×セメント中のSO量−56×セメント中のC量÷12)×100% (1)、水溶性Cr(VI)の生成比率(%)=水溶性Cr(VI)÷全Cr×100% (2)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリートに使用した場合に、水和熱を増大させることなく、優れた強度発現性を有する低水和熱セメント組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポルトランドセメントの水和熱は、一般に、コンクリート構造物の耐久性の面から、平成2年の建設省の指導により、材齢7日は84cal/g以下、材齢28日は96cal/g以下と規定され、その後、国土交通省の土木工事仕様書では、材齢7日は350J/g以下、材齢28日は400J/g以下と規定されている。
【0003】
一般に、セメントの水和熱はセメントが水と反応して水和物を生成する際の発熱であり、生成した水和物の量が多いほど,モルタルあるいはコンクリートの強度が上昇し、同時に水和熱も増大する。言い換えれば、コンクリートの強度を向上しようとすれば、セメントの水和熱も増加するのが一般的な傾向である。
【0004】
一方で、セメントユーザーからは、コンクリートの高耐久性を維持するために低水和熱セメントが望まれるが、同時にコンクリートの強度発現性の更なる向上も求められている。
【0005】
セメントの水和熱を低減する方法としては、中庸熱ポルトランドセメントクリンカーあるいは低熱ポルトランドセメントクリンカーのように主要鉱物組成を制御する方法(例えば、CS量およびCA量の低減)や、セメントに混合材(例えば、高炉スラグ、フライアッシュやポゾラン)を添加する方法もあるが、いずれの方法も水和熱の低減とともに強度発現性も低下する問題点があった(特許文献1及び非特許文献1)。すなわち、特許文献1における発明品は従来から市販されている低発熱型混合セメント組成物よりも、特に材齢28日や91日の圧縮強度が有意に低下しているのが認められる。
【0006】
逆に、強度発現性を向上するには、“粉末度(ブレーン比表面積)を細かくする”、あるいは“CS量を増加する”といった手段が用いられるが、この手段では明らかに水和熱も増大するといった問題点があった。
【0007】
以上のように、普通ポルトランドセメントのような「汎用セメント」において、基本的なキャラクター(主要化学組成、鉱物組成、粉末度、石膏形態・添加量等)を変えずに、水和熱を増大することなく、コンクリートの強度発現性を向上する材料設計が望まれているものの、従来技術ではそのような材料を得ることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭61−097154号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「セメントの常識」2004年版、(社)セメント協会、p.11−17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、普通ポルトランドセメントのような「汎用セメント」において、水和熱を増大させることなく、材齢7日及び/又は28日の中長期的なコンクリートの強度発現性を向上することのできるセメント組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、普通ポルトランドセメントのような「汎用セメント」の水和熱を増大させることなく、材齢でいえば7日及び/又は28日の中長期的なコンクリートの強度発現性を向上するためには、遊離石灰率と水溶性Cr(VI)量の生成比率とを、ともに所定の値以下とすることが効果的であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の低水和熱セメント組成物は、セメント中のCS量が45〜65質量%、CA量が8〜12質量%であり、式(1)で示される遊離石灰率が1.0%以下、および式(2)で示される水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下であるセメント組成物である。
遊離石灰率(%)=遊離石灰量÷(セメント中のCaO量−0.7×セメント中のSO量−56×セメント中のC量÷12)×100% (1)
水溶性Cr(VI)生成比率(%)=水溶性Cr(VI)÷全Cr×100% (2)
【0013】
本発明のセメント組成物中に含まれる上記式(1)中の遊離石灰量は、水酸化カルシウムと生石灰(ライム)との合量であり、遊離石灰のうち60%以上が水酸化カルシウム(Ca(OH))として存在することが好ましい。また、式(2)で示される水溶性Cr(VI)生成比率は3〜10%であることがより好ましい。
【0014】
また、本発明のセメント組成物は、組成物中にZrを120〜240mg/kgの範囲で含有することが好ましい。
【0015】
本発明のセメント組成物は、ポルトランドセメントクリンカーと石膏とを含み、セメント組成物中の含有鉱物量は、CSが45〜65質量%、好ましくは50〜60質量%、CAが8〜12質量%、好ましくは9〜11質量%である。
【0016】
また、本発明のコンクリート組成物は、本発明のセメント組成物をコンクリート1mあたり300〜550kg使用し、水セメント比が25〜60%、好ましくは30〜60%である。
【0017】
なお、本発明のコンクリート組成物は、細骨材として、海砂、山砂、砕砂、石灰石砕砂、スラグ砕砂等を、粗骨材として石灰石等を使用することができる。混和剤は特に限定されるものではないが、リグニンスルホン塩系のAE減水剤やポリカルボン酸系の高性能AE減水剤あるいは高性能減水剤、ナフタレンスルホン酸系の減水剤等を使用することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のセメント組成物は、遊離石灰率を1.0%以下、および水溶性Cr(VI)生成比率を10%以下とすることにより、水和熱を材齢7日で350J/g以下、材齢28日で400J/g以下としたまま、コンクリート材料として使用した場合に、コンクリートの強度発現性を向上でき、高耐久性および高強度の両者を兼ね備えたコンクリートを容易に製造することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】水酸化カルシウム量(CaO換算%)の定量方法
【図2】普通コンクリートでのCa(OH)割合とコンクリート圧縮強度との関係
【図3】普通コンクリートでのZr含有量とコンクリート圧縮強度との関係
【図4】高強度コンクリートでのCa(OH)割合とコンクリート圧縮強度との関係
【図5】高強度コンクリートでのZr含有量とコンクリート圧縮強度との関係
【図6】Zr含有量と水溶性Cr(VI)生成比率との関係
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0021】
本発明のセメント組成物は、ポルトランドセメントクリンカーと石膏とを含むセメント組成物であって、遊離石灰の残存率が1.0%以下、および水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下、好ましくは3〜10%である。
【0022】
ここで、遊離石灰率は式(1)で定義され、水セメント中の全CaO量から石膏由来のCaO量(=0.7xSO量)と石灰石由来のCaO量(=56xセメント中のC量/12)とを差し引いたものである。水溶性Cr(VI)生成比率は式(2)で定義される。
遊離石灰率(%)=遊離石灰量÷(セメント中のCaO量−0.7×セメント中のSO量−56×セメント中のC量÷12)×100% (1)
水溶性Cr(VI)生成比率(%)=水溶性Cr(VI)÷全Cr×100% (2)
【0023】
ここで、遊離石灰量はJCAS I−01:1997「セメント中の遊離酸化カルシウムの定量方法」で定量される遊離酸化カルシウム量であり、水溶性Cr(VI)量はJCAS I−51:1981「セメントおよびセメント原料中の微量成分の定量方法」で定量される。
【0024】
なお、本発明のセメント組成物において、式(2)で定義される水溶性Cr(VI)生成比率は10%以下であり、好ましくは3〜10%である。ここで、式(2)の全Cr量は100mg/kg以下、好ましくは50〜100mg/kg、水溶性Cr(VI)量は20mg/kg以下、好ましくは1〜15mg/kgである。全Cr量がこの範囲を超えると強度発現性に悪影響を及ぼす可能性があり、この範囲を下回ると強度の増進効果が小さくなる可能性がある。また、水溶性Cr(VI)量がこの範囲を超えると、コンクリートから溶出するCr(VI)量が増加し、環境面で悪影響を及ぼす可能性がある。
【0025】
なお、JCAS I−51での分析において、ジフェニルカルバジド添加のタイミングは、硫酸添加後15秒以内であることが好ましい。硫酸添加後1分でジフェニルカルバジドを添加すると、セメント中の還元物質(例えば、硫化物)の影響により、Cr(VI)の一部がCr(III)に還元されるため、強度発現性に影響するCr(VI)の含有量を正確に定量することが難しくなるからである。
【0026】
セメント組成物中の遊離石灰率が1.0%以下、あるいは水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下のいずれか一方が満たされないと、コンクリートとして使用した場合に特に材齢28日の圧縮強度が低下する。これは、遊離石灰あるいは水溶性Cr(VI)の存在がセメント水和物の組織構造を粗にするためと考えられ、中長期的なコンクリート強度を高めるには、遊離石灰率および水溶性Cr(VI)生成比率を、前記範囲に制御することが必要である。
【0027】
また、本発明のセメント組成物中の遊離石灰の存在形態は、Ca(OH)として存在することが好ましく、強度発現性をより向上させるためには、遊離石灰量に対するCa(OH)(CaO換算量)の割合が、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上である。
【0028】
なお、遊離石灰の存在形態がCa(OH)であることが中長期的な強度発現性を向上するのに好ましい理由は明確ではないが、遊離石灰がCaO(生石灰)として存在すると、初期のセメントの反応を著しく促進する反面、これによって長期的には水和物の空隙構造が粗になるのに対して、Ca(OH)はCaOほど反応性が高くないので、適度にセメントの反応性を高め、長期的な水和物の空隙構造にも悪影響を与えない、比較的密な構造になり易いからであると考えている。
【0029】
また、本発明のセメント組成物は、Zrを120〜240mg/kg、より好ましくは130〜190mg/kg、更に好ましくは140〜180mg/kg含有することが好ましい。Zrを適量含むことで、水溶性Cr(VI)の生成を効果的に抑制でき、且つコンクリートの強度発現性も向上することができる。Zr含有量が120mg/kgを下回ると水溶性Cr(VI)生成比率が増加し、240mg/kgを上回るとZrがCAに固溶し、CA量を増加することで流動性の低下および水和熱の増大を引き起こす問題を生じる。
【0030】
本発明のセメント組成物は、セメントクリンカーに石膏を添加しボールミルなどで粉砕して得ることができる。本発明のセメント組成物中の含有鉱物量は、CS量が45〜65質量%、好ましくは50〜60質量%、CA量が8〜12質量%、好ましくは9〜11質量%である。
【0031】
S量が45質量%、CA量が8質量%を下回る領域では、遊離石灰率と水溶性Cr(VI)生成比率が本発明の範囲であったとしても、初期から中期(材齢で3日〜7日)の強度発現性が低下する。
【0032】
また逆にCS量が65質量%を上回ると、Crを固定化し易いCS量が少なくなり過ぎるため、クロム酸カリウム等の生成量が増大し、水溶性Cr(VI)生成比率を10%以下に制御することが困難となる。
【0033】
さらに、CA量が12質量%を上回ると、コンクリート流動性の著しい低下が生じるので好ましくない。
【0034】
ここで、セメント中のCaO、SiO、Al、Fe含有量(質量%)はJIS R 5202:1999「ポルトランドセメントの化学分析方法」に準じて測定される。また、CS量、CS量、CA量及びCAF量は、下記のボーグ式(3)、(4)、(5)及び(6)によって算出された値である。
【0035】
S量(質量%)=4.07×CaO量(質量%)−7.60×SiO量(質量%)−6.72×Al量(質量%)−1.43×Fe量(質量%)−2.85×SO量(質量%) ・・・(3)
S量(質量%)=2.87×SiO量(質量%)−0.754×CS量(質量%) ・・・(4)
A量(質量%)=2.65×Al(質量%)−1.69×Fe(質量%) ・・・(5)
AF量(質量%)=3.04×Fe(質量%) ・・・(6)
【0036】
≪セメントクリンカー製造方法≫
本発明のセメント組成物は以下の方法で製造することができる。
【0037】
セメントクリンカーは、CaO量の調整に用いる石灰石、SiOおよびAl量の調整に用いる粘土、石炭灰、建設発生土、高炉スラグ、下水汚泥等の粘土質原料、SiO量の調整に用いる硅石、およびFe量の調整に用いる鉄精鉱、銅カラミ、転炉滓等の鉄原料を使用し、CaO量、SiO、AlおよびFe量の比率が適正になるように、各種原料の調合割合を変えて、セメントキルンを用いて焼成することで製造される。
【0038】
その際、粘土質原料としては、石炭灰を主として使用することが好ましく、特にZr含有量が400mg/kg以上である石炭灰を100〜250kg/t−クリンカー使用することがより好ましい。セメントクリンカー中のZr含有量は、各種原料から持ち込まれるZr量を試算し、粘土あるいは建設発生土と前記石炭灰との使用比率を変えることで制御することができる。
【0039】
遊離石灰率は、石炭の焚量の増加によってキルン焼点温度を高め、場合によっては原料送入量の低減(クリンカー焼出量の低減)、および下水汚泥のような水分の多い廃棄物使用量の低減によって、キルントルクを高めることができるようにキルン運転状態を安定させることで低減できる。セメントクリンカーの焼成においては、遊離石灰率を測定しながら、石炭の焚量を増加してキルン焼点温度およびキルントルクを出来るだけ高めるか、場合によっては原料送入量(クリンカーの焼出量)の低減と、下水汚泥等の廃棄物から持込まれる水分量の低減とを組合わせて、遊離石灰率が1.0%以下になるように調整する。
【0040】
水溶性Cr(VI)生成比率は、Crと結合してクロム酸塩を生成し易いカリウム含有量の少ない原料を使用することによって、クリンカー中のKO含有量を少なくすることで低減可能である。
【0041】
カリウム量を低減する具体的な手段としては、KO含有量が1.2質量%以下、好ましくは1.0質量%以下の石炭灰等を粘土系原料として使用することが好ましい。また、セメントキルンに付属した塩素バイパス設備を用いて、塩素とともにカリウムを抜き出し、クリンカー中のKO量を低減することも効果的である。その際、高塩素含有廃棄物(廃プラ、都市ゴミ焼却灰等)を使用し、塩素の持込量をクリンカー1kgあたり200〜2000mgとなるように増加することが好ましい。
【0042】
≪セメント組成物の製造方法≫
セメント組成物の製造方法は以下のとおりである。
上記の方法で製造したセメントクリンカーを用いて、石膏等とともにボールミル用いて粉砕し、セメント組成物を製造する。その際、エチレングリコール、ジエチレングリコール、エタノールアミン類、プロパノールアミン類、グリセリン等を粉砕助剤としてセメントに対して0.02〜0.1%程度使用することが好ましい。
【0043】
本発明のセメント組成物は、その他の成分として高炉水砕スラグ、石灰石,フライアッシュから選ばれる1種以上を含んでも良い。
【0044】
また添加する石膏は、天然石膏、排脱石膏、フッ酸石膏、燐酸石膏等が挙げられる。石膏の形態は、二水石膏、半水石膏、無水石膏の何れの形態であっても良いが、セメント粉砕ミルでセメントに散水しない場合は、CaO(生石灰)をCa(OH)に変化させるため、二水石膏を使用することが必要である。
【0045】
セメント組成物を製造する際には、粉砕温度(ミル出口セメント温度)を80〜140℃に制御して、最初に添加した二水石膏のうち、30〜90質量%が脱水して半水石膏となるように粉砕し、二水石膏の脱水によってミル内の水蒸気圧ができるだけ高まるようにする。また、ミル内に散水し、且つ粉砕温度を100〜140℃に高める方法で水蒸気圧を高めても良い。
【0046】
さらに、粉砕したセメント組成物は、セメント組成物の温度が充分に高く二水石膏がセメントサイロ内で徐々に半水石膏となり、半水石膏割合が37〜95質量%以下に留まる温度で保持された時間内、具体的には60〜120℃で粉砕後30分以内にセメントサイロに投入する。その後、サイロ内で、サイロ投入時に残存している二水石膏の10〜40%程度が脱水して半水石膏となるような時間、すなわち、(ミル出口採取時の二水石膏割合−サイロ抜出時の二水石膏割合)÷ミル出口採取時の二水石膏割合×100%が10〜40%となる時間養生する。具体的には養生時間は2時間〜2日程度である。
【0047】
なお、セメント組成物の製造時には、セメントサイロ出口のセメントに含まれる水酸化カルシウム量を測定し、遊離石灰量に対する水酸化カルシウムの比率が60%以上、好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上となるように、ミル粉砕での散水量の増加および粉砕温度の上昇、またはセメントサイロ貯蔵期間の延長等のアクションを組合わせて調整する。
【0048】
以上の操作によって、CaO(生石灰)をより確実にCa(OH)に変化させることが可能となる。また、半水石膏量が過度に存在しないため、偽凝結(こわばり)も生じない。Ca(OH)が所定の範囲となっているかを確認するには、適時、得られたセメント組成物を抜き取り、熱重量分析装置で測定を行い、ミルの粉砕温度、散水量、ミルからサイロへの投入時間、サイロ内の養生時間を調節し制御する。
【0049】
このセメント組成物をコンクリートとして使用すると、水セメント比を25〜60%、単位コンクリートあたりのセメントの使用量を300〜550kgとすることで、セメントの水和によるコンクリート構造体内部での温度上昇による膨張ひびわれを抑制することができるとともに、高強度化が図れ、高耐久性に優れるコンクリートを得ることができる。
【実施例】
【0050】
(1)セメントクリンカー及びセメント組成物の製造
セメントクリンカーの主原料として、石灰石、粘土、石炭灰、硅石、鉄精鉱を使用し、クリンカー中のボーグ式算定のCS量が55〜63質量%、CS量が15〜20質量%、CA量が8.5〜11.5質量%、CAF量が8.5〜11.0質量%となるように成分調整した原料混合物を用いて、実機NSPキルンにてクリンカーをテスト焼成した。
【0051】
また、Zr含有量は石炭灰の使用比率を変えることで調整し、クリンカー中のZr含有量を100〜250mg/kgの範囲で変化させた。石炭灰は、KO含有量が0.7〜1.0質量%、Zr含有量が430〜780mg/kgのものを使用し、使用量は60〜180kg/t−クリンカーの範囲で調整した。なお、石炭灰の使用量は、表1に示すセメント組成物のNo.1〜10が60〜90kg/t−クリンカー、No.11および13〜19が115〜180kg/t−クリンカーである。
【0052】
得られたセメントクリンカーに石膏を添加するとともに、高炉スラグ及び/又は石灰石を合量で5.0質量%以下添加し、粉砕助剤としてジエチレングリコールを0.03%添加してボールミルで混合粉砕することにより、ブレーン比表面積が3050〜3400cm/g、SO量が1.89〜2.07質量%のセメント組成物を製造した。
【0053】
製造したセメント組成物を表1に示す。また、表1のセメント組成物の物理試験結果を表2に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
No.1〜18のセメント組成物は、前記のように焼成したセメントクリンカーのうち遊離石灰率、Zr含有量及び水溶性Cr(VI)生成比率が異なるものを選択して混合し、セメント組成物中の遊離石灰率が0.5〜1.8%、Zr含有量が106〜245mg/kg、水溶性Cr(VI)生成比率が7〜17%の範囲で異なるように試製したものである。
【0057】
なお、セメントクリンカーを粉砕する際は、セメントクリンカーに添加した水の量および粉砕温度(ミル出口セメント温度)を調整し、Ca(OH)の割合を68〜100(CaO換算)%に変化させた(実施例1〜7)。
【0058】
また、No.19(実施例8)は、遊離石灰量が少ないセメント組成物に、CaO(ライム)を多く含む抽気クリンカーを添加し、Ca(OH)の割合を53%と低くしたセメント組成物である。
【0059】
セメントの試験方法は以下のとおりである。
(1)遊離石灰、水酸化カルシウムの測定および石灰石量の測定
本発明における遊離石灰含有量は、水酸化カルシウムと生石灰(ライム)の合量であり、JCAS I−01:1981「遊離カルシウムの分析方法」に準じて測定される遊離酸化カルシウム量に等しいとした。なお、水酸化カルシウムの含有量は、熱重量分析装置(Seiko Instruments Inc.製EXSTRAR6000シリーズTG/DTA6200)を用いて、アルミ製の容器にセメント試料30mgを測りとり、N雰囲気下で昇温速度10℃/分の条件で重量減少量を測定して、350〜450℃付近の重量減少を水酸化カルシウムの脱水(Ca(OH)→CaO+HO)によるものと考え、水酸化カルシウム含有量(質量% CaO換算)として、下記の式にて算出した(図1参照)。
水酸化カルシウム含有量(質量% CaO換算)=
400〜500℃の重量減少量(質量%)÷18(水分子量)×56(CaO分子量)
【0060】
また、石灰石に由来するCaO量は、セメント中にフライアッシュが含まれないことを前提として、炭素・硫黄分析計CS−400(Leco製)を用いて測定したセメント中のC量から、石灰石由来のCaO量=56×(セメント中のC量)÷12として求めた。
【0061】
(2)全Cr量および水溶性Cr(VI)量の測定
全Cr量および水溶性Cr(VI)量は、JCAS I−51:1981「セメントおよびセメント原料中の微量成分の定量方法」に準じて測定した。なお、ジフェニルカルバジドは、硫酸添加後約10秒後に添加した。
【0062】
(3)Zrの定量方法
セメントおよび石炭灰中のZrの定量は以下の手順で行った。
<1>セメント中のZr含有量
検液の作成はJCAS I−52:2000「ICP発光分光分析及び電気加熱式原子吸光分析によるセメント中の微量成分の定量方法」に準じて行い、ICP発光分光分析装置(SIIナノテクノロジー製SPS3000)を用いて検液中のZr含有量を定量し、セメント中の含有量に換算した。
<2>石炭灰中のZr含有量
検液の作成はJCAS I−51:1981「セメント及びセメント原料中の微量成分の定量方法」の3.18項 原子吸光法による鉛の定量と同様の方法で行い、ICP発光分光分析装置(SIIナノテクノロジー製SPS3000)を用いて検液中のZr含有量を定量し、石炭灰中のZr含有量に換算した。
なお、ICP分析の際、内標準はBe(10mg/kg)、Y(5mg/kg)あるいはSr(10mg/kg)のうち、検液中の含有量が最も少ないものを選択して使用した。
【0063】
(4)セメント組成物の水和熱測定方法
ポルトランドセメントの水和熱は、JIS R 5203:1995「セメントの水和熱測定方法(溶解熱方法)」により測定した。
【0064】
(5)セメント組成物のモルタル圧縮強さ測定方法
ポルトランドセメントのモルタル圧縮強さは、JIS R 5201:1998「セメントの物理試験方法」により測定した。
【0065】
(6)コンクリートの性能評価方法
(6−1)コンクリート配合
コンクリート性能評価は、表3に示す普通コンクリートと高強度コンクリートの2つの配合を基本として行った。
【0066】
【表3】


(W/C:水セメント比(質量比)、
s/a:細骨材率(=細骨材÷全骨材(細骨材+粗骨材))(体積比))
【0067】
(6−2)使用した骨材、混和材および水
細骨材:混合砂
・海砂/博多産50%+砕砂/住友石炭鉱業50%。
粗骨材:山口県宮野産2015/50%+1505/50%。
混和剤:高性能AE減水剤 レオビルドSP8SBs(エヌエムビー社製)
AE減水剤 ポゾリスNo.70(ポゾリス製)
水:上水道水
【0068】
(6−3)コンクリートの練り混ぜ
コンクリートの練り混ぜに用いたミキサ、練混ぜ量および手順は以下のとおりである。
ミキサ:強制二軸型ミキサ(公称容積55L)
練混ぜ量:30L/バッチ
練混ぜ時間および手順
a)細骨材およびセメントをミキサに投入後、10秒間空練り。
b)水(混和剤含)を加えて60秒間練混ぜ。
c)粗骨材を加え60秒間練混ぜ後、5分静置後15秒間練混ぜ排出。
【0069】
(6−4)コンクリート性能の評価項目および試験方法
コンクリート性能の評価項目および試験方法は表4のとおりである。
【0070】
【表4】

【0071】
(7)セメント組成物の水和熱測定結果
表2に示すとおり、いずれのセメント組成物の水和熱も材齢7日で350J/g以下および材齢28日で400J/g以下と、水和熱の増大は認められなかった。
【0072】
(8)コンクリート性能評価結果
表2のセメント組成物のコンクリート性能評価結果を、普通コンクリートの場合を表5に、高強度コンクリートの場合を表6に示した。
【0073】
(8−1)普通コンクリート
表5からわかるように、セメント中の遊離石灰率が1.0%以下、且つ水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下を満足するセメント組成物(No.11、13〜19、実施例1〜8)は、前記の2条件のいずれも、あるいはいずれか一方が範囲を外れるセメント組成物(No.1〜10、12、比較例1〜11)に比べて、コンクリートの圧縮強度が高かった。
【0074】
また、図2にはCa(OH)割合とコンクリート圧縮強度との関係について、実施例1〜8(No.11、14〜19)のデータをプロットしたが、Ca(OH)割合が53%と少ない実施例8(No.19)のセメント組成物は、Ca(OH)割合が60%以上の実施例1〜7に比べて圧縮強度がやや低いことがわかる。すなわち、材齢28日強度で43.5N/mm以上とするには、Ca(OH)割合は実施例1〜7のように60%以上とすることが良いことがわかる。
【0075】
さらに、図3には、セメント組成物中のZrとコンクリート圧縮強度との関係を示した。Zr含有量は120mg/kg以上とすることが良いことが示されている。
【0076】
【表5】

【0077】
(8−2)高強度コンクリート
表6からわかるように、セメント中の遊離石灰率が1.0%以下、且つ水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下を満足するセメント組成物(実施例2、4および8)は、前記の2条件のいずれも、あるいはいずれか一方が範囲を外れるセメント組成物(比較例2、4、8、10)に比べて、コンクリートの圧縮強度が高かった。
【0078】
また、図4には高強度コンクリートにおけるCa(OH)割合とコンクリート圧縮強度との関係を示したが、(8−1)で示した普通コンクリートの場合と同様に、Ca(OH)割合が53%と少ない実施例8(No.19)のセメント組成物は、実施例2および4に比べて圧縮強度がやや低かった。すなわち、高強度配合コンクリートにおいて、より確実に材齢28日強度を84N/mm以上に向上させるためには、Ca(OH)割合は実施例1〜7のように60%以上、とすることが良いとわかる。
【0079】
さらに、図5には、セメント組成物中のZrとコンクリート圧縮強度との関係を示したが、コンクリート圧縮強度を確実に向上させるためには、普通コンクリートと同様に、Zr含有量を120mg/kg以上とすることが良いことがわかる。
【0080】
【表6】

【0081】
なお、図6にZr含有量と水溶性Cr(VI)生成比率との関係を示したが、水溶性Cr(VI)を確実に低減するにはZr含有量の最適範囲が存在し、Zr含有量の制御のみで水溶性Cr(VI)を10%以下とし、強度発現性を向上するためには、Zr含有量を120〜240mg/kgとすれば良いことがわかる。
【0082】
Zr含有量の適正化による水溶性Cr(VI)の低減およびコンクリート圧縮強度の増大に関する作用機構は明確ではないが、以下のようなことが考えられる。
Zr含有量と水溶性Cr(VI)量との関係は、図6に示すように、Zr含有量が140〜160mg/kgを頂点とした下に凸の曲線で表され、Zr含有量が120〜240mg/kgの領域で水溶性Cr(VI)の低減効果が認められる。これはZrが適量存在することで、Crが水への溶解速度が遅いカルシウムシリケート相中に固溶されやすくなり、接水直後に溶解するクロム酸カリウム等の水溶性化合物になり難くなるためと思われる。
また、ZrとCrとが併せてカルシウムシリケート相に固溶すると、CSあるいはCSの水和活性が向上し、中長期的な強度発現性が向上すると思われる。
【0083】
以上のように、本発明のセメント組成物を300〜550kg/m使用し、水/セメント比を25〜60%としたコンクリート組成物は材齢28日の強度発現性に優れることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
S量が45〜65質量%、CA量が8〜12質量%、式(1)で示される遊離石灰率が1.0%以下、および式(2)で示される水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下であるセメント組成物:
遊離石灰率(%)=遊離石灰量÷(セメント中のCaO量−0.7×セメント中のSO量−56×セメント中のC量÷12)×100% (1)
水溶性Cr(VI)生成比率(%)=水溶性Cr(VI)÷全Cr×100% (2)。
【請求項2】
式(1)中の遊離石灰量が、水酸化カルシウムと生石灰(ライム)との合量であり、水酸化カルシウム量(CaO換算)が遊離石灰量の60%以上である、請求項1記載のセメント組成物。
【請求項3】
セメント組成物が、Zrを120〜240mg/kgの範囲で含有する、請求項1又は2記載のセメント組成物。
【請求項4】
請求項1〜3記載のセメント組成物と、水と、粗骨材と、細骨材と、減水剤とを含み、セメント組成物が300〜550kg/m、水/セメント比が25〜60%であるコンクリート組成物。
【請求項5】
水130〜200kg/m、粗骨材700〜1200kg/m、細骨材600〜900kg/mである、請求項4記載のコンクリート組成物。
【請求項6】
セメント中のCS量が45〜65質量%、CA量が8〜12質量%、式(2)で示される水溶性Cr(VI)生成比率が10%以下となるように、セメントクリンカー原料を調整する工程と、
式(1)で示される遊離石灰率が1.0%以下となるように、調整したセメントクリンカー原料を焼成してセメントクリンカーを得る工程と、
得られたセメントクリンカーと石膏とを混合・粉砕し、サイロで養生する工程とを含むセメント組成物の製造方法であって、
式(1)中の遊離石灰量の60%以上が水酸化カルシウム(CaO換算)となるように、粉砕時の散水量、粉砕温度および/またはサイロでの養生期間を調整する工程
を含むことを特徴とするセメント組成物の製造方法:
遊離石灰率(%)=遊離石灰量÷(セメント中のCaO量−0.7×セメント中のSO量−56×セメント中のC量÷12)×100% (1)
水溶性Cr(VI)生成比率(%)=水溶性Cr(VI)÷全Cr×100% (2)。
【請求項7】
セメントクリンカーと二水石膏とを、散水しながら粉砕する、請求項6記載のセメント組成物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−286693(P2009−286693A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207731(P2009−207731)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【分割の表示】特願2008−43801(P2008−43801)の分割
【原出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【復代理人】
【識別番号】100125793
【弁理士】
【氏名又は名称】川田 秀美
【Fターム(参考)】