説明

作業車の旋回伝動装置

【課題】旋回時の半クラッチ状態において異音が発生しない旋回伝動装置を提供する。
【解決手段】スライド部材73に設けられ、第一摩擦板74a又は第二摩擦板74bを支軸71に沿って押圧可能な移動押圧部73dと、ミッションケースMC側の部材であり、移動押圧部73dと対向する静止押圧部74dと、が第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bを挟圧するよう構成した湿式多板クラッチ74と、最も移動押圧部73d寄りの摩擦板又は最も静止押圧部74d寄り摩擦板に対して対向配置されて移動押圧部73dの押圧によりスライド部材73のスライド軸芯L1に対して傾動自在であると共に、支軸71を中心として配設された環状の傾動部材43,44を有し、移動押圧部73dと最も移動押圧部73dの側の摩擦板との間、または、静止押圧部74dと最も静止押圧部74dの側の摩擦板との間に介装された自動傾斜修正部40と、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操向操作具の操作に基づき、各別に左右一対の走行装置を駆動可能とする作
業車の旋回伝動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、特許文献1に示されるごとく、ミッションケースに架設された支軸に支持されて、エンジンの駆動力によって回転駆動する駆動ギア(文献では「センタギア」)と、駆動ギアの左右両側において、夫々支軸に相対回転可能に外装されると共に、左右一対の走行装置に夫々連係する左右一対の駆動伝達ギア(文献では「走行伝動ギア」)と各別に常時咬み合いつつ、操向操作具の操作によって支軸に沿って相対移動して駆動ギアと各別に咬み合い可能な左右一対のスライド部材(文献では「小径クラッチギア」)と、を備えた旋回伝動装置があった。この特許文献1に記載の旋回伝動装置は、駆動ギアの左右両側において、スライド部材に対してスライド移動自在に係合された第一摩擦板及びミッションケースの側の部材に対してスライド移動自在に係合された第二摩擦板を複数枚交互に配設して有すると共に、スライド部材と駆動ギアとの咬み合いが外れた後にスライド部材が駆動ギアから離間することによって、スライド部材に設けられると共に第一摩擦板または第二摩擦板を支軸に沿って押圧可能な移動押圧部と、ミッションケースの側の部材であって移動押圧部と対向する静止押圧部(文献では「大径クラッチギア」)と、が第一摩擦板及び第二摩擦板を挟圧するよう構成してある左右一対の湿式多板クラッチ(文献では「旋回補助クラッチ」)を備えている。
【0003】
特許文献1に記載の作業車の旋回伝動装置においては、湿式多板クラッチが「クラッチ入り状態」となると、ミッションケースの側からスライド部材に、センタギアを介した駆動力とは異なる速度の駆動力が伝達されるよう構成してある。即ち、この旋回伝動装置は、操向操作具(文献では「操向操作レバー」)の操作に基づくスライド部材の移動によって、左右の走行装置に駆動回転差を与え、運転者の要望に応じた旋回半径で作業車を旋回させるものである。この装置であると、例えば、旋回方向側の駆動伝達ギアと駆動ギアとの伝動系を断つことにより比較的大きな半径で旋回する「緩旋回」と、旋回方向の側の駆動伝達ギアにブレーキを掛けることにより旋回方向の側の走行装置を中心として旋回する「信地旋回」と、旋回方向側の駆動伝達ギアに進行方向とは逆向きの駆動力を付与することにより略機体中心を中心として旋回する「超信地旋回」と、が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−303637号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
多板クラッチとは、第一摩擦板と第二摩擦板とが隙間が無い状態で接触したときに、第一摩擦板と第二摩擦板とをさらに狭圧し、それらの摩擦力よって両摩擦板が一体回転し、力が伝達されるものである。多板クラッチにおいて、第一摩擦板と第二摩擦板とが離間して不規則に配列した状態が「クラッチ切り状態」であって、第一摩擦板と第二摩擦板とが隙間なく整列して、両摩擦板が完全に一体回動可能な状態(相対回転が停止した状態)が「クラッチ入り状態」である。クラッチ切り状態とクラッチ入り状態との間には、第一摩擦板と第二摩擦板とが隙間なく整列すると共に互いに接触して摩擦力が発生しているものの、未だ両摩擦板が相対回転している「半クラッチ状態」が存在する。例えば、特許文献1に記載の旋回伝動装置では、半クラッチ状態では、第一摩擦板と第二摩擦版とが隙間なく整列しており、移動押圧部と静止押圧部との狭圧によって、両摩擦板の間に発生する摩擦力の大小が決まる。
【0006】
しかし、多数の部品を介している場合、各部品間の加工誤差に基づいてスライド部材が支軸に対して傾き、スライド部材に設けられた移動押圧部も支軸に対して傾くことがある。このように移動押圧部が支軸に対して傾いた状態で半クラッチ状態となると、最も移動押圧部の側の摩擦板と移動押圧部とが片当たりし、異音が発生する虞がある。また、スライド部材が支軸に対して傾いていなくても、移動押圧部の押圧面に凹凸がある場合は、同様に片当たりが生じて、異音が発生する虞がある。
【0007】
また、移動押圧部の押圧力は全ての摩擦板を介して静止押圧部に伝わり、作用反作用の関係に基づき、静止押圧部も移動押圧部の押圧力と同じ力で最も静止押圧部の側の摩擦板を押圧する。したがって、静止押圧部の押圧面に凹凸がある場合も、静止押圧部と最も静止押圧部の側の摩擦板との片当たりによって異音が発生する虞がある。
【0008】
本発明は上記実情に鑑み、旋回時の半クラッチ状態において異音が発生しない作業車の旋回伝動装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る作業車の旋回伝動装置の第一特徴構成は、操向操作具の操作に基づき、各別に駆動可能な左右一対の走行装置を備えた作業車の旋回伝動装置であって、ミッションケースに架設された支軸に支持されて、エンジンの駆動力によって回転駆動する駆動ギアと、前記駆動ギアの左右両側において、夫々前記支軸に相対回転可能に外装されると共に、左右一対の前記走行装置に夫々連係する左右一対の駆動伝達ギアと各別に常時咬み合いつつ、前記操向操作具の操作によって前記支軸に沿って相対移動して前記駆動ギアと各別に咬み合い可能な左右一対のスライド部材と、前記駆動ギアの左右両側において、前記スライド部材に対してスライド移動自在に係合された第一摩擦板及び前記ミッションケースの側の部材に対してスライド移動自在に係合された第二摩擦板を複数枚交互に配設して有すると共に、前記スライド部材と前記駆動ギアとの咬み合いが外れた後に前記スライド部材が前記駆動ギアから離間することによって、前記スライド部材に設けられると共に前記第一摩擦板または前記第二摩擦板を前記支軸に沿って押圧可能な移動押圧部と、前記ミッションケースの側の部材であって前記移動押圧部と対向する静止押圧部と、が前記第一摩擦板及び前記第二摩擦板を挟圧するよう構成してある左右一対の湿式多板クラッチと、最も前記移動押圧部の側の摩擦板または最も前記静止押圧部の側の摩擦板に対して対向配置されて前記移動押圧部の押圧により前記スライド部材のスライド軸芯に対して傾動自在であると共に、前記支軸を中心として配設された環状の傾動部材を有し、前記移動押圧部と最も前記移動押圧部の側の摩擦板との間、または、前記静止押圧部と最も前記静止押圧部の側の摩擦板との間に介装された自動傾斜修正部と、を備えた点にある。
【0010】
本構成であると、移動押圧部と静止押圧部とによる狭圧力は、自動傾斜修正部を介して第一摩擦板及び第二摩擦板のうち少なくとも何れか一方に作用する。また、自動傾斜修正部は傾動部材を有しており、傾動部材は移動押圧部の押圧によりスライド部材に対して傾動自在である。よって、移動押圧部または静止押圧部から自動傾斜修正部に狭圧力が作用すると、傾動部材は最も移動押圧部の側の摩擦板または最も静止押圧部の側の摩擦板に接触した際、最も移動押圧部の側の摩擦板または最も静止押圧部の側の摩擦板に沿うように傾動する。この結果、摩擦板への狭圧力は片当たり状態で作用することがなく、半クラッチ状態となったときに異音が発生することがない。
【0011】
本発明に係る作業車の旋回伝動装置の第二特徴構成は、前記自動傾斜修正部が、前記スライド部材に外嵌された環状のベース部材と、前記スライド部材に外挿され、前記移動押圧部の押圧により、前記ベース部材を介して前記最も移動押圧部の側の摩擦板を押圧する前記傾動部材と、前記ベース部材と前記傾動部材との間に介装された複数のボール部材と、を備え、前記ベース部材のうち前記傾動部材に対向する面、及び、前記傾動部材のうち前記ベース部材に対向する面の少なくとも何れか一方を、前記スライド軸芯上の点を中心とする球形の表面形状に沿うよう形成した点にある。
【0012】
本構成であると、ボール部材の自由回転によって傾動部材はスライド軸芯上の点を中心とする球の表面に沿ってベース部材に対して自在に傾動可能である。したがって、ベース部材、ボール部材、及び傾動部材といった簡易な構成の自動傾斜修正部を備えるだけで、半クラッチ状態となったときの異音の発生を防止できる。また、ベース部材及び傾動部材はスライド部材に外挿するだけで良いので、組付けや分解が容易である。さらに、ベース部材に形成した球面、または、傾動部材に形成した球面は、スライド軸芯上の点を中心とするので、傾動部材の傾動が指向性を有することがなく、傾動部材は何れの方向にも円滑に傾動可能である。よって、移動押圧部の傾き等に追従してベース部材が何れの方向に傾いていようとも、傾動部材は、最も移動押圧部の側の摩擦板または最も静止押圧部の側の摩擦板に沿うように確実に傾動する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】は、本発明に係るコンバインの全体左側面図である。
【図2】は、各部への駆動力の伝動系のギアトレインを示す図である。
【図3】は、操向レバーの操作を伝達する油圧回路図である。
【図4】は、左側のサイドブレーキが半ブレーキ状態のときの旋回伝動装置の縦断正面図である。
【図5】は、(a)はブレーキ切り状態のときの自動傾斜修正部の縦断正面図であり、(b)は半ブレーキ状態のときの自動傾斜修正部の縦断正面図である。
【図6】は、自動傾斜修正部の分解断面図である。
【図7】は、自動傾斜修正部の分解斜視図である。
【図8】は、各部の状態に基づいてサイドブレーキの状態を説明する図である。
【図9】は、第三別実施形態における駆動力の伝動系の縦断正面図である。
【図10】は、第四別実施形態に係る伝動系のギアトレインを示す図である。
【図11】は、第四別実施形態に係る油圧回路図である。
【図12】は、第四別実施形態に係る旋回伝動装置の縦断正面図である。
【図13】は、第四別実施形態に係る左側のサイドブレーキの縦断正面図である。
【図14】は、第四別実施形態に係るサイドブレーキの状態を説明する図である。
【図15】は、第五別実施形態に係る左側のサイドブレーキの縦断正面図である。
【図16】は、第六別実施形態に係るギアトレインを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を自脱型のコンバインの旋回伝動装置に適用した例を図面に基づいて説明する。
【0015】
〔コンバインの全体構成〕
本発明に係るコンバインは、稲、麦などを収穫する自脱型のコンバインであって、図1に示すごとく、機体の骨格である機体フレーム1と、機体を支持する左右一対のクローラ式の走行装置2(特に区別する場合には、左側の走行装置を2L,右側の走行装置を2Rと表記する)と、機体フレーム1の前部に連結された刈取部3と、機体フレーム1の後側に設けた脱穀装置4及びグレンタンク5と、を備えている。脱穀装置4は、フィードチェーン9を機体の左横側に備えている。また、機体フレーム1の前側には、機体右側に運転座席を有する運転部6を備えてある。
【0016】
エンジンE(図2参照)は運転部6の下方に備えられている。また、機体フレーム1の前端部には走行伝動装置7が備えられている。エンジンEから出力された駆動力は、走行伝動装置7によって変速されて走行装置2に伝達される。これにより走行装置2が駆動し、コンバインは走行する。
【0017】
〔エンジン駆動力の伝動系〕
エンジンEの駆動力が走行装置2、刈取部3、脱穀装置4に伝達される伝動系を図2に基づいて説明する。
【0018】
図2に示すごとく、エンジンEの出力軸と脱穀装置4の入力軸とは伝動ベルトで連係されており、エンジンEの駆動力は、脱穀フィードチェーン9(図1参照)や不図示の扱胴や選別装置等に伝達される。
【0019】
続いて、エンジンEの駆動力が走行装置2、刈取部3に伝達される構造について説明する。走行伝動装置7は、走行主変速部としての静油圧式無段変速装置(以下、「HST」と称する)50と走行ミッション部60とを備えている。エンジンEの出力軸とHST50の入力軸53とは伝動ベルトで連係されている。これにより、エンジンEの駆動力はHST50に伝達される。HST50は、変速ケースTCに収容されている。また、HST50は、容量が可変であってアキシャルプランジャ形の油圧ポンプ51と、油圧ポンプ51からの圧油によって駆動されるアキシャルプランジャ形の油圧モータ52と、を備えている。入力軸53は、油圧ポンプ51に連結されており、変速ケースTCに回転自在に支持されている。HST50に伝達されたエンジンEの駆動力は、HST50によって前進駆動力または後進駆動力に変換され、油圧モータ52に連結された出力軸54から出力される。なお、HST50は、前進側においても後進側においても、駆動力を無段階に変速することが可能である。
【0020】
走行ミッション部60は、変速ケースTCの走行機体下方側に隣接配設したミッションケースMCに収容してある。走行ミッション部60は、走行副変速部61、旋回伝動装置62、駆動伝達軸63を備えている。HST50の出力軸54は、変速ケースTCとミッションケースMCとに亘って回転自在に支持されている。ミッションケースMC内において、出力軸54と、刈取部3の側への入力軸及び走行副変速部61の入力軸とが各別にギア連係されている。これにより、HST50から出力された駆動力は、刈取部3と走行副変速部61とに各別に伝達される。
【0021】
走行副変速部61は、HST50から伝達された駆動力を三種類の減速比で減速し、旋回伝動装置62のうち後述するセンタギア72に伝達する。
【0022】
駆動伝達軸63は、旋回伝動装置62の走行機体下方側において、ミッションケースMCに回転自在に支持されている。駆動伝達軸63には、左右一対の駆動伝達ギア64(特に区別する場合には、機体左側の駆動伝達ギアを64L,機体右側の駆動伝達ギアを64Rと称する)が回転自在に支持されている。センタギア72から伝達された駆動力は、旋回伝動装置62を介して左右の駆動伝達ギア64L,64Rに各別に伝達される。
【0023】
左右の走行装置2は、走行装置2を回転駆動させるクローラ駆動輪体21と、クローラ駆動輪体21に連結されると共に、回転自在にミッションケースMCに支持された走行駆動軸22と、走行駆動軸22に装嵌された走行ギア23(特に区別する場合には、左側の走行ギアを23L,右側の走行ギアを23Rと称する)と、を夫々備えている。左側の駆動伝達ギア64Lと左側の走行ギア23Lとは常時咬合しており、左側の駆動伝達ギア64Lから左側の走行ギア23Lに駆動力が伝達されると、左側の走行装置2Lが駆動する。同様に、右側の駆動伝達ギア64Rと右側の走行ギア23Rとは常時咬合しており、右側の駆動伝達ギア64Rから右側の走行ギア23Rに駆動力が伝達されると右側の走行装置2Rが駆動する。
【0024】
〔旋回伝動装置〕
図2乃至図4に基づき、旋回伝動装置62について詳述する。旋回伝動装置62は、運転部6に設けられた「操向操作具」としての操向レバー8(図3参照)が操作されることにより動作する。旋回伝動装置62の作動によって、走行装置2へのエンジンEの駆動力の伝達系の切断と、その伝達系を切断した上での走行装置2へのブレーキとを、左右の走行装置2L,2Rに対して左右各別に行うことができる。即ち、旋回伝動装置62は、左右の走行装置2L,2Rに対して駆動速度差を与えるものである。これにより、コンバインの運転者は旋回時に後述する「緩旋回」及び「信地旋回」を選択して行うことができる。
【0025】
図2及び図4に示すごとく、旋回伝動装置62は、ミッションケースMCに回転自在に支持された支軸71と、支軸71に回転自在に支持された「駆動ギア」としてのセンタギア72と、センタギア72の左右両側において、夫々支軸71に相対回転可能に外装された左右一対の「スライド部材」としてのクラッチギア73と、支軸71上でのクラッチギア73の移動によって左右の走行装置2L,2Rに各別にブレーキをかける左右一対の「湿式多板クラッチ」としてのサイドブレーキ74と、自動傾斜修正部40と、を備えている。
【0026】
支軸71の両端は、図4に示すごとく、ミッションケースMCに装着されたブレーキカバーBCにベアリングRを介して支持されている。左右のブレーキカバーBCは、ミッションケースMCに複数のボルトで着脱自在に装着されている。ブレーキカバーBCは、ベアリング保持部BC1と取付部BC2とを備えている。ベアリング保持部BC1は外側に向けて突出した袋状に形成してあり、ベアリングRはベアリング保持部BC1に内嵌してある。取付部BC2は、ベアリング保持部BC1の外周部を径外方向に向けて延出して形成してあり、取付部BC2に複数のボルト孔を形成し、ボルト締めによってブレーキカバーBCをミッションケースMCへ装着する。
【0027】
上述したように、センタギア72は、走行副変速部61からのエンジンEの駆動力によって回転する。センタギア72の両側面には、ブロック状の凹凸である被係止部72aが周方向に沿って形成されている。
【0028】
左右のクラッチギア73は、センタギア72を中心として左右対称な構成であるため、ここでは、左側のクラッチギア73についてのみ説明する。図4に示すごとく、クラッチギア73は支軸71にスライド移動自在に外装されており、クラッチギア73のスライド軸芯L1は、通常は支軸71の軸芯Lと略一致している。クラッチギア73のセンタギア72の側の端部には、被係止部72aと対応した形状の係止部73aが形成されている。クラッチギア73は、操向レバー8の操作によって支軸71に沿って相対移動可能であって、その相対移動によって被係止部72aと係止部73aとが咬み合ったり(右側のクラッチギア73の状態・図4紙面左)、その咬み合いが外れたりする(左側のクラッチギア73の状態・図4紙面右)。クラッチギア73の外周面には、ギア部73bが形成されており、このギア部73bは左側の駆動伝達ギア64Lと常時咬合している。よって、被係止部72aと係止部73aとが咬合しているときは、クラッチギア73はセンタギア72と一体回転し、エンジンEの駆動力が駆動伝達ギア64に伝達される。一方、被係止部72aと係止部73aとの咬み合いが外れたときは、エンジンEの駆動力は左側の駆動伝達ギア64Lに伝達されない。
【0029】
クラッチギア73は、支軸71に回転自在に外挿される筒形状の部材である。図4に示すごとく、クラッチギア73の内周部を長手方向の途中から拡径し、支軸71との間にスペースを設けてある。スプリング75を、クラッチギア73の内周部のうち拡径した箇所の段差部73cとベアリングRとに亘るよう、このスペースに挿入配設してある。スプリング75は、センタギア72と咬合するようクラッチギア73をセンタギア72の側に付勢する。
【0030】
コンバインは、図3に示すように、操向レバー8の操作をクラッチギア73に伝達する系として、オイルタンク11のオイルを吐出する油圧ポンプ12と、操向レバー8によって切換え操作され、油圧ポンプ12からの圧油の給排を制御する三位置切換式の制御弁13と、制御弁13からの圧油が流入可能なシリンダブロック14と、シリンダブロック14に出退自在に内装された一対のプランジャ15(特に区別する場合には、左側用のプランジャを15L,右側用のプランジャを15Rと称する)と、クラッチギア73の外周面に係止して、プランジャ15R,15Lの出退によって回動して左右のクラッチギア73を各別に操作する操作アーム16(特に区別する場合には、左側用の操作アームを16L,右側用の操作アームを16Rと称する)と、を備えている。なお、シリンダブロック14とプランジャ15との間にスプリング17が配設されており、スプリング17はプランジャ15をシリンダブロック14に引退する側に付勢している。
【0031】
操向レバー8は、左右に揺動操作可能に構成してある。操向レバー8が中立状態Nのとき、プランジャ15に圧油は作用せず、プランジャ15はシリンダブロック14に最大限引退している。このとき、操作アーム16は回動せず、左右のクラッチギア73は夫々センタギア72と咬合したままである。よって、左右の走行装置2L,2Rには、同じ速度の駆動力が伝達され、コンバインは直進する。
【0032】
特に図示はしないが、操向レバー8を中立状態Nから状態L1とすると、左側用のプランジャ15Lが突出し、左側用の操作アーム16Lが回動する。左側用の操作アーム16Lがクラッチギア73を左側に移動させ、クラッチギア73とセンタギア72との咬み合いが外れる。この結果、左側の走行装置2Lへの駆動力伝達が切断され、コンバインは左側へ比較的緩やかな回転軌跡を描いて旋回する、いわゆる「緩旋回」を行う。引き続いて操向レバー8を左側にもう一段揺動操作して状態L2とすると、左側用の操作アーム16Lがクラッチギア73をさらに左側に移動させ、左側の後述するサイドブレーキ74がブレーキ入り状態となる。この結果、左側の走行装置2Lにブレーキがかかって、コンバインは左側の走行装置2Lを中心とした回転軌跡を描いて左側へ旋回する、いわゆる「信地旋回」を行う。
【0033】
操向レバー8を右側へ揺動操作した場合も同様であって、状態R1とするとコンバインは右側へ「緩旋回」し、状態R2とするとコンバインは右側へ「信地旋回」する。
【0034】
〔サイドブレーキ〕
サイドブレーキ74は、操向レバー8の操作に基づいて左右の走行装置2R,2Lに対して各別にブレーキをかける。左側のサイドブレーキ74がブレーキ入り状態となることによって、左側への信地旋回が可能であり、右側のサイドブレーキ74がブレーキ入り状態となることによって、右側への信地旋回が可能である。左右のサイドブレーキ74は左右対称な構成であるため、ここでは左側のサイドブレーキ74の構成についてのみ説明し、右側のサイドブレーキ74の構成については説明しない。なお、サイドブレーキ74を含む旋回伝動装置62は、ミッションケースMC等で囲い込んでオイルバスとしてある。
【0035】
サイドブレーキ74は、図4に示すごとく、クラッチギア73に対してスライド移動自在に係合(一体回転自在)された第一摩擦板74a、及びミッションケースMCに対してスライド移動自在に係合(回転不能)された第二摩擦板74bを複数枚交互に配設して有する。
【0036】
具体的には、ブレーキカバーBCのうちセンタギア72の側面に対向する部分、即ち、取付部BC2に、フランジ部73dの側に突出する「ミッションケースの側の部材」としての複数の突設部74cを立設形成してある。各突設部74cは、軸芯Lを中心とする同一円周上において互いに離間させた状態で、取付部BC2に一体形成してある。クラッチギア73の外周部のうち軸芯Lの方向における中間部分を径外方向に突起させて、「移動押圧部」としてのフランジ部73dを形成してある。フランジ部73dに対向する取付部BC2に、フランジ部73dの側に環状に隆起する静止押圧部74dを一体的に形成してある。なお、静止押圧部74dは、突設部74cよりも内側の位置に形成してある。
【0037】
複数枚の第一摩擦板74aをクラッチギア73の外周部にスプライン嵌合させてある。また、第二摩擦板74bの外周部のうち周方向の数箇所を径外方向に突出させて、その突出部を突設部74c同士の間に差し込むようにして、複数枚の第二摩擦板74bを突設部74cに係合してある。クラッチギア73とセンタギア72との咬み合いが外れた後に、クラッチギア73がセンタギア72から離間する方向に移動することによって、フランジ部73dと静止押圧部74dとが第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bを挟圧し、ブレーキ制動することができる。
【0038】
〔自動傾斜修正部〕
自動傾斜修正部40は、図5に示すごとく、フランジ部73dと最もフランジ部73dに近い摩擦板との間に介装されている。自動傾斜修正部40は、軸芯Lの方向においてフランジ部73dと当接可能であって、フランジ部73dの静止押圧部74dの側への移動によって静止押圧部74dの側へ移動可能である。自動傾斜修正部40は、図6及び図7に示すごとく、環状のベース部材41と、ボール部材42と、環状のアウター部材43と、環状のインナー部材44と、を備えている。
【0039】
アウター部材43は、図6及び図7に示すごとく、クラッチギア73のスライド軸芯L1に沿った筒部43aと、筒部43aを径内方向に断面L字形状に屈曲した屈曲部43bとを備えている。インナー部材44は、スライド軸芯L1に沿った筒部44aと、筒部44aを径外方向に断面L字形状に屈曲した屈曲部44bとを備え、アウター部材43に内挿可能である。屈曲部44bの外周部の七箇所に、ボール部材42を受け入れ可能な切欠部44cを等間隔に凹入形成してある。切欠部44cの径内側は、筒部44aの外周部の一部をR形状に切り込んでいる。径方向における切欠部44cの最大幅は、ボール部材42の直径と略等しいが、スライド軸芯L1の方向における切欠部44cの最大幅は、ボール部材42の直径よりも小さい。筒部44aの外径は屈曲部43bの内径と略等しく、屈曲部44bの外径は筒部43aの内径と略等しい。このように、アウター部材43の内周形状とインナー部材44の外周形状とは対応しており、インナー部材44をアウター部材43に内挿すると、屈曲部43bと屈曲部44bとが当接し、インナー部材44は内挿方向へのそれ以上の移動を拘束される。屈曲部43bと屈曲部44bとが当接しているとき、屈曲部44bはアウター部材43の内周空間からスライド軸芯L1の方向に突出しない。
【0040】
インナー部材44をアウター部材43に内挿すると、アウター部材43の内周面と切欠部44cとでボール部材42を保持可能な窪みが形成される。この窪みにボール部材42を落とし込む。そして、アウター部材43の内周部に形成した環状溝43cに、ストッパリング45を嵌め込むことにより、図5(a)及び(b)に示すごとく、ボール部材42はスライド軸芯L1の方向で多少の移動は可能であるものの窪みからスライド軸芯L1の方向に抜け出さず、かつ、インナー部材44もアウター部材43からスライド軸芯L1の方向に抜け出さない。なお、ボール部材42の少なくとも一部は窪みから突出する。
【0041】
図6及び図7に示すごとく、ベース部材41の内周部には、クラッチギア73の外周部にスライド軸芯L1の方向に沿ってスプライン嵌合可能なよう、径方向の凹凸が形成されている。ベース部材41の外径はアウター部材43の筒部43aの内径よりも小さく、ベース部材41はアウター部材43に入り込み可能である。ベース部材41のアウター部材43に入り込む側の面(以下、「接触面」と称する)41aは、ベース部材41の中心軸上の点、即ち、スライド軸芯L1上の点Oを中心とする球面形状に形成してある。
【0042】
自動傾斜修正部40は、図5に示すごとく、クラッチギア73の端部から、ベース部材41、ボール部材42を組み込んだアウター部材43及びインナー部材44、の順番で外挿してある。インナー部材44の内径はクラッチギア73の外径よりも少し大きく設定してある。また、アウター部材43の外径は突設部74cの内径よりも少し小さく設定してある。このように、アウター部材43及びインナー部材44と、突設部74c及びベース部材41等との間には、アウター部材43及びインナー部材44の傾動を許容するための所定の隙間が形成されている。よって、ボール部材42を組み込んだアウター部材43及びインナー部材44は、スライド軸芯L1に対して傾動が可能であると共に、円周方向においてクラッチギア73に対して相対回転自在である。ただし、突設部74cの内周部にはストッパリング76が配設してあり、ボール部材42を組み込んだアウター部材43及びインナー部材44は、図5(a)に示すごとく、突設部74cから抜け出すことはない。この結果、第二摩擦板74bが突設部74cから抜け出すこともない。ベース部材41は、クラッチギア73にスプライン嵌合し、点Oがスライド軸芯L1(軸芯L)上に位置した状態で、ベース部材41はスライド軸芯L1に沿ってクラッチギア73に対して相対移動自在である。
【0043】
以上の構成により、図5(a)及び(b)に示すごとく、ベース部材41がスライド軸芯L1に沿って移動し、アウター部材43の周内に入り込むと、接触面41aはボール部材42に接触する。ボール部材42は接触面41aに沿って自在に回転可能であるため、アウター部材43及びインナー部材44は接触面41aに沿ってスライド軸芯L1上の点Oを中心として自在に傾動可能である。即ち、アウター部材43及びインナー部材44が、本発明に係る「傾動部材」に相当する。
【0044】
〔ブレーキ動作〕
まず、図8に基づいて、サイドブレーキ74の各状態を説明する。クラッチギア73が、図5(a)に示されるセンタギア72と完全に咬み合っている状態から、操向レバー8の操作に基づいてサイドブレーキ74の側へ徐々に移動すると、クラッチギア73とセンタギア72との咬み合いが外れる。これにより、エンジンEからの駆動力は遮断され、コンバインは緩旋回する。さらにクラッチギア73がサイドブレーキ74の側に移動すると、フランジ部73dがベース部材41に接触し、続いてベース部材41がボール部材42に接触し、さらにはボール部材42がアウター部材43及びインナー部材44に接触する。そして、クラッチギア73の移動に追従して自動傾斜修正部40全体が移動し、アウター部材43及びインナー部材44のうちの少なくともアウター部材43が、最もクラッチギア73の側の摩擦板と接触する。その後は、クラッチギア73の移動によって第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの隙間が詰められていく。第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの隙間が無くなると、クラッチギア73はそれ以上移動できなくなる。この状態までは、第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとは相対回転自在であって、サイドブレーキ74がブレーキ制動していないこの状態が「クラッチ切り状態」としてのブレーキ切り状態である。
【0045】
さらに、クラッチギア73の押圧を続けると、第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bは、静止押圧部74dと、少なくともアウター部材43とによって狭圧される。その狭圧力の高まりに従って、第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bの相対回転は互いの摩擦によって低下し、最終的に相対回転は停止する。即ち、走行装置2に完全にブレーキがかかる。この状態が「クラッチ入り状態」としてのブレーキ入り状態である。ブレーキ入り状態となると、コンバインは左右何れかの方向に信地旋回する。ブレーキ切り状態とブレーキ入り状態との間の状態であって、狭圧力の作用を受けつつも両摩擦板が相対回転している状態が「半クラッチ状態」としての半ブレーキ状態である。
【0046】
〔自動傾斜修正部による傾斜修正動作〕
自動傾斜修正部40は、半ブレーキ状態においてその機能を発揮する。半ブレーキ状態となると、図5(b)に示すごとく第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの間に隙間が無くなるため、クラッチギア73の押圧力がベース部材41に作用すると共に、クラッチギア73の押圧力の反作用であって両摩擦板を介した静止押圧部74dからの押圧力が少なくともアウター部材43に作用する。アウター部材43及びインナー部材44は、ボール部材42の回転によってベース部材41に対して傾動自在であるから、加工誤差等によって押圧時にフランジ部73dがスライド軸芯L1に対して傾き、フランジ部73dと静止押圧部74dとが平行になっていなくとも、接触面41aに対するボール部材42の回転によって、アウター部材43は摩擦板を介して静止押圧部74dの傾斜に沿うこととなる。即ち、アウター部材43は摩擦板に対してほぼ平行に接触する。即ち、アウター部材43の摩擦板に対する接触面積は広く、片当りによる異音は発生しない。自動傾斜修正部40は半ブレーキ状態の間中ずっと機能し、異音は発生しない。なお、ブレーキ入り状態のときは、第一摩擦板74aの回転は絶対的に停止するため、そもそも異音は発生しない。
【0047】
〔第一別実施形態〕
上述の実施形態において、自動傾斜修正部40は、フランジ部73dと最もフランジ部73dに近い摩擦板との間に設けたが、これに限られない。図示はしないが、自動傾斜修正部40は、静止押圧部74dと最も静止押圧部74dに近い摩擦板との間に設けても良い。摩擦板に作用する狭圧力は、クラッチギア73による押圧力と、その押圧力の反作用である静止押圧部74dによる押圧力と、によるものであるため、このように構成しても同様の効果が得られる。
【0048】
〔第二実施形態〕
上述の実施形態において、ベース部材41に接触面41aを形成すると共に、アウター部材43の側にボール部材42を保持したが、これに限らず、ベース部材41の側にボール部材42を保持し、アウター部材43の側に接触面を形成しても良い。
【0049】
〔第三別実施形態〕
上述の実施形態の構成に加えて、サイドブレーキ74の内部のオイルを循環させるオイル循環機構80を設けた例を図面に基づいて説明する。コンバインは、特に左旋回が頻繁に行われるため、摩擦熱によって左側のサイドブレーキ74内のオイル温度は高温になりやすい。そこで、オイル循環機構を備え、左側のサイドブレーキ74内のオイルを循環させ、オイル温度の上昇を抑制する。オイル循環機構の構成以外は、上述の実施形態と同じであるため説明しない。
【0050】
オイル循環機構80は、図9に示すごとく、HST50の油圧ポンプ51に接続され、油圧ポンプ51の回転によって駆動する循環ポンプ81を備えている。ベアリング保持部BC1にオイル導入口82をブレーキカバーBCの外側に向けて立設し、オイル導入口82と循環ポンプ81の吐出口とを供給油路84で接続してある。さらに、ミッションケースMCのうち右側の走行駆動軸22を覆う車軸ケースSCの外周面にオイル排出口83をミッションケースMCの外側に向けて立設し、オイル排出口83と循環ポンプ81の吸入口とを排出油路85で接続してある。
【0051】
循環ポンプ81が駆動すると、支軸71の周辺のオイル、特に、左側サイドブレーキ74の周辺のオイルが循環する。詳しく説明すると、オイルは、循環ポンプ81、供給油路84、オイル導入口82、ベアリングRのインナーレースとアウターレースとの隙間、第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの隙間、駆動伝達軸63とミッションケースMCとの隙間、右側の走行ギア23RとミッションケースMCとの隙間、走行駆動軸22を支持するベアリングRのインナーレースとアウターレースとの隙間、走行駆動軸22とミッションケースMCとの隙間、オイル排出口83、排出油路85、循環ポンプ81、といった経路で循環する。
【0052】
循環ポンプ81は油圧ポンプ51の回転によって駆動するため、コンバイン走行中は循環ポンプ81はずっと駆動する。このため、コンバイン走行中、左側のサイドブレーキ74の周辺におけるオイル温度の過度の上昇が防止される。
【0053】
〔第四別実施形態〕
上述の実施形態では、自動傾斜修正部をベース部材41とボール部材42とアウター部材43とインナー部材44とで構成した例を示したが、その他の構成であっても良い。例えば、自動傾斜修正部を皿バネ31で構成した例を図10乃至図15に基づいて説明する。自動傾斜修正部の構成以外は、上述の実施形態と同じであるため説明しない。
【0054】
(全体構成について)
図10乃至図12に示すごとく、旋回伝動装置62は、ミッションケースMCに回転自在に支持された支軸71と、支軸71に回転自在に支持された「駆動ギア」としてのセンタギア72と、センタギア72の左右両側において、夫々支軸71に相対回転可能に外装された左右一対の「スライド部材」としてのクラッチギア73と、支軸71上でのクラッチギア73の移動によって左右の走行装置2L,2Rに各別にブレーキをかける左右一対の「湿式多板クラッチ」としてのサイドブレーキ74と、「自動傾斜修正部」としての皿バネ31と、スラストカラー32と、を備えている。
【0055】
クラッチギア73の外周部のうちフランジ部73dよりも摩擦板の側に、「移動押圧部」としての環状のバネ収容部材77がスプライン嵌合されている。また、バネ収容部材77は後述する皿バネ31を収容する部材である。バネ収容部材77に対向する取付部BC2に、バネ収容部材77の側に環状に隆起する静止押圧部74dを一体的に形成してある。なお、静止押圧部74dは、突設部74cよりも内側の位置に形成してある。
【0056】
クラッチギア73とセンタギア72との咬み合いが外れた後に、クラッチギア73がセンタギア72から離間する方向に移動することによって、フランジ部73d及び皿バネ31を介してクラッチギア73の押圧力が後述するスラストカラー32に伝わり、スラストカラー32と静止押圧部74dとが第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bを挟圧し、ブレーキ制動することができる。
【0057】
(皿バネ及びスラストカラーについて)
皿バネ31は、環状であって、その外径が中心軸の一方向に向けて拡径(または縮径)している。皿バネ31は、中心軸方向で圧縮可能であり、圧縮量に基づいて弾性力を発揮する。また、皿バネ31は、円周方向で連続しているため、圧縮される際にその円周方向に圧縮力を分散させ、圧縮力が作用する部分付近では広範囲に圧縮変形量が大きく、圧縮力が作用する部分から離れた部分においては圧縮変形量が小さい、という性質を持つ。
【0058】
皿バネ31は、図12及び13に示すごとく、大径側がバネ収容部材77と当接するよう、クラッチギア73にスライド移動可能に外挿されている。バネ収容部材77の摩擦板の側の面をセンタギア72の側に凹入し、凹部77aを形成してある。皿バネ31の大径側の外径は凹部77aの内径はよりも大きく、皿バネ31の大径側は凹部77aに収容自在である。皿バネ31の小径側の内径はクラッチギア73の外径よりも僅かに大きく、皿バネ31はクラッチギア73に対してスライド軸芯L1の方向にスライド自在であるものの、クラッチギア73に対して傾き難い状態である。皿バネ31の厚みは、スライド軸芯L1の方向において、凹部77aの凹入深さよりも大きい。よって、図12の紙面右側に示すごとく、皿バネ31が最も凹部77aに収容され、かつ、皿バネ31が圧縮していない状態において、皿バネ31の小径側は凹部77aから摩擦板の側に突出している。
【0059】
スラストカラー32は、図12及び13に示すごとく、環状の部材であって、皿バネ31と最もバネ収容部材77の側の摩擦板との間に位置するよう、クラッチギア73にスライド移動可能にスプライン嵌合されている。なお、皿バネ31とスラストカラー32との間に環状のスペーサSを設けてあり、皿バネ31の小径側は、このスペーサSに接触可能である。スペーサSは、クラッチギア73にスライド移動可能にスプライン嵌合されている。一般的に皿バネ31の設計は非常に難しいため、スペーサSの厚みを変更することにより、皿バネ31の圧縮タイミングを容易に変更できる。したがって、スペーサSの代わりにスラストカラー32の厚みを変更しても良い。
【0060】
以上の構成により、皿バネ31は、クラッチギア73に対して相対回転しないバネ収容部材77及びスラストカラー32の間に介装されていることとなる。したがって、各部材が互いに相対回転せず、皿バネ31の磨耗による劣化がほとんどない。
【0061】
(ブレーキ動作について)
まず、図14に基づいて、サイドブレーキ74の各状態を説明する。クラッチギア73が、図12に示す右側のサイドブレーキ74の状態、即ち、センタギア72と完全に咬み合っている状態から、操向レバー8の操作に基づいてサイドブレーキ74の側へ徐々に移動すると、クラッチギア73とセンタギア72との咬み合いが外れる。これにより、エンジンEからの駆動力は遮断され、コンバインは緩旋回する。さらにクラッチギア73がサイドブレーキ74の側に移動すると、フランジ部73dがバネ収容部材77に接触し、バネ収容部材77に収容された皿バネ31の小径側によってスラストカラー32が押圧される。そして、クラッチギア73の移動に追従してスラストカラー32が移動し、最もクラッチギア73の側の摩擦板と接触する。その後は、クラッチギア73の移動によって第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの隙間が詰められていく。最終的に、図12に示す左側のサイドブレーキ74の状態のように、第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの隙間が無くなる。この状態までは、第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとには狭圧力が作用せず、第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとは相対回転自在である。このサイドブレーキ74がブレーキ制動していない状態が「クラッチ切り状態」としてのブレーキ切り状態である。また、ブレーキ切り状態の間、皿バネ31は圧縮変形しない。
【0062】
さらに、クラッチギア73の押圧を続けると、クラッチギア73の押圧力により皿バネ31が圧縮変形する。この結果、皿バネ31の圧縮変形に基づく弾性力がスラストカラー32に作用し、第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bはスラストカラー32と静止押圧部74dとによって狭圧される。その狭圧力の高まりに従って、第一摩擦板74a及び第二摩擦板74bの相対回転は互いの摩擦によって低下し、最終的に相対回転は停止する。即ち、走行装置2に完全にブレーキがかかる。この状態が「クラッチ入り状態」としてのブレーキ入り状態である。ブレーキ入り状態となると、コンバインは左右何れかの方向に信地旋回する。ブレーキ切り状態とブレーキ入り状態との間の状態であって、狭圧力の作用を受けつつも両摩擦板が相対回転している状態が「半クラッチ状態」としての半ブレーキ状態である。
【0063】
(皿バネの圧縮変形について)
皿バネ31は、半ブレーキ状態においてその機能を発揮する。半ブレーキ状態(図12に示す左側のサイドブレーキ74の状態)では、第一摩擦板74aと第二摩擦板74bとの間に隙間が無い。よって、皿バネ31はバネ収容部材77とスラストカラー32とによって挟まれて、クラッチギア73の押圧力によって圧縮変形する。皿バネ31は、圧縮されるとその円周方向に圧縮力(クラッチギア73の押圧力)を分散させて圧縮変形する。圧縮力が作用する大径側と凹部77aとの接触部付近での皿バネ31の圧縮変形量は大きく、圧縮力が作用する部分から離れた部分における皿バネ31の圧縮変形量は小さい。よって、フランジ部73d(クラッチギア73)の傾きやフランジ部73dの押圧する面の凹凸によってフランジ部73dの一部分が摩擦板の側に突出していても、その突出部分との接触箇所において皿バネ31が大きく圧縮され、クラッチギア73の傾き等の影響が緩和された状態で押圧力がスラストカラー32に伝わる。即ち、皿バネ31とスラストカラー32とが、全周に亘って均等に接触するようになり、また、少なくともある部分で面接触するようになる。この結果、スラストカラー32が摩擦板に適切な姿勢で接触し、片当たりによる異音は発生しない。
【0064】
このように、皿バネ31の小径側は、スライド軸芯L1に対して傾動自在であり、皿バネ31の小径側が本発明に係る「傾動部材」に相当する。
【0065】
その後、クラッチギア73の押圧力が高まり続けると、押圧力の高まりに従って、皿バネ31は圧縮変形を続ける。最終的に、ブレーキ入り状態となると、図13に示すごとく、皿バネ31は小径部を含めて完全に凹部77aに収容され、バネ収容部材77がスラストカラー32に接触する。しかし、ブレーキ入り状態となった時点で、第一摩擦板74aの回転は絶対的に停止するため、バネ収容部材77がスラストカラー32に接触しても異音は発生しない。このように、皿バネ31は半ブレーキ状態の間中ずっと機能し、異音は発生しない。
【0066】
〔第五別実施形態〕
上述の実施形態において、皿バネ31は、バネ収容部材77と最もバネ収容部材77に近い摩擦板との間に設けたが、これに限られない。例えば、図15に示すごとく、皿バネ31は、静止押圧部74dと最も静止押圧部74dに近い摩擦板との間に設け、同様にスラストカラー32を皿バネ31と最も静止押圧部74dの側の摩擦板との間に設けても良い。摩擦板に作用する狭圧力は、クラッチギア73による押圧力と、その押圧力の反作用である静止押圧部74dによる押圧力と、によるものであるため、このように構成しても同様の効果が得られる。なお、本実施形態においては、スラストカラー32は、突設部74cにスライド移動可能にスプライン嵌合されることとなる。
【0067】
上述の実施形態においても、本実施形態においても、皿バネ31の向きは他部分の形状等によって決定してあるだけで、小径側及び大径側を何れの方向に向けて配置してあっても構わない。さらに、スラストカラー32は設けず、皿バネ31が直接摩擦板と接触する構成であっても構わない。皿バネ31は、一枚で構成する必要はなく、複数枚を使用して弾性力の調整を行っても良い。
【0068】
〔第六別実施形態〕
上述の実施形態において、自動傾斜修正部として皿バネ31を用いた例を示したが、皿バネ31の代わりに、支軸71を中心とする円周上に複数のコイルスプリング33を均等配置して自動傾斜修正部としても良い。この場合は、コイルスプリング33の数が多いほど好適である。コイルスプリング33は、フランジ部73dと最もフランジ部73dに近い摩擦板との間に設けても、図16に示すごとく、静止押圧部74dと最も静止押圧部74dに近い摩擦板との間に設けても良い。
【0069】
〔その他の別実施形態〕
(1)上述の実施形態において、操向操作具として操向レバー8を備えたコンバインを説明したが、操向操作具はステアリングハンドルであっても良い。
【0070】
(2)上述の実施形態においては、サイドブレーキ74は走行装置2にブレーキをかけるものであったが、これに限られるものではない。図示はしないが、エンジン駆動力を別途取り出して、センタギア72を介して走行装置2に伝達される駆動力よりも高速または低速の駆動力に変換するギア変速装置を備え、サイドブレーキ74がブレーキ入り状態となったときに、旋回方向側の走行装置2にギア変速装置からの駆動力が伝達されるよう構成してあっても良い。なお、ギア変速装置が作り出す駆動力は、後退方向への駆動力であっても良い。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係る旋回伝動装置は、コンバインに限らず、湿式多板式のクラッチを有するものであれば、田植機や芝刈機等の農業作業機や、バックホウ等の建設作業機にも適用可能である。
【符号の説明】
【0072】
2 走行装置
8 操向レバー(操向操作具)
31 皿バネ(自動傾斜修正部)
33 コイルスプリング(自動傾斜修正部)
40 自動傾斜修正部
41 ベース部材
41a 接触面(ベース部材に対向する面)
42 ボール部材
43 アウター部材(傾動部材)
44 インナー部材(傾動部材)
62 旋回伝動装置
64 駆動伝達ギア
71 支軸
72 センタギア(駆動ギア)
73 クラッチギア(スライド部材)
73d フランジ部(移動押圧部)
74 サイドブレーキ(湿式多板クラッチ)
74a 第一摩擦板
74b 第二摩擦板
74c 突設部(ミッションケースの側の部材)
74d 静止押圧部
77 バネ収容部材(移動押圧部)
E エンジン
MC ミッションケース
L1 スライド軸芯
O 点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操向操作具の操作に基づき、各別に駆動可能な左右一対の走行装置を備えた作業車の旋回伝動装置であって、
ミッションケースに架設された支軸に支持されて、エンジンの駆動力によって回転駆動する駆動ギアと、
前記駆動ギアの左右両側において、夫々前記支軸に相対回転可能に外装されると共に、左右一対の前記走行装置に夫々連係する左右一対の駆動伝達ギアと各別に常時咬み合いつつ、前記操向操作具の操作によって前記支軸に沿って相対移動して前記駆動ギアと各別に咬み合い可能な左右一対のスライド部材と、
前記駆動ギアの左右両側において、前記スライド部材に対してスライド移動自在に係合された第一摩擦板及び前記ミッションケースの側の部材に対してスライド移動自在に係合された第二摩擦板を複数枚交互に配設して有すると共に、前記スライド部材と前記駆動ギアとの咬み合いが外れた後に前記スライド部材が前記駆動ギアから離間することによって、前記スライド部材に設けられると共に前記第一摩擦板または前記第二摩擦板を前記支軸に沿って押圧可能な移動押圧部と、前記ミッションケースの側の部材であって前記移動押圧部と対向する静止押圧部と、が前記第一摩擦板及び前記第二摩擦板を挟圧するよう構成してある左右一対の湿式多板クラッチと、
最も前記移動押圧部の側の摩擦板または最も前記静止押圧部の側の摩擦板に対して対向配置されて前記移動押圧部の押圧により前記スライド部材のスライド軸芯に対して傾動自在であると共に、前記支軸を中心として配設された環状の傾動部材を有し、前記移動押圧部と最も前記移動押圧部の側の摩擦板との間、または、前記静止押圧部と最も前記静止押圧部の側の摩擦板との間に介装された自動傾斜修正部と、を備えた作業車の旋回伝動装置。
【請求項2】
前記自動傾斜修正部が、
前記スライド部材に外嵌された環状のベース部材と、
前記スライド部材に外挿され、前記移動押圧部の押圧により、前記ベース部材を介して前記最も移動押圧部の側の摩擦板を押圧する前記傾動部材と、
前記ベース部材と前記傾動部材との間に介装された複数のボール部材と、を備え、
前記ベース部材のうち前記傾動部材に対向する面、及び、前記傾動部材のうち前記ベース部材に対向する面の少なくとも何れか一方を、前記スライド軸芯上の点を中心とする球形の表面形状に沿うよう形成してある請求項1に記載の作業車の旋回伝動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−208787(P2011−208787A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−79632(P2010−79632)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】