説明

先端ドーム形状の鉄成分内包ナノスケールカーボンチューブ、それを含む炭素質材料、その製造法、及び該炭素質材料を含む電子放出材料

【課題】 ナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる群から選ばれるカーボンチューブと(b)炭化鉄又は鉄とからなり、カーボンチューブ内空間部の10〜90%に炭化鉄又は鉄が充填されている鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を、酸素濃度の制御を要することなく製造する方法、該方法により得られる鉄−炭素複合体、該鉄−炭素複合体を含む電子放出材料を提供する。
【解決手段】 (1)反応炉において、真空中又は不活性ガス雰囲気中で、鉄錯体とハロゲン化鉄とを予め反応させ、(2)上記反応炉内に、熱分解性炭素源を導入し、該熱分解性炭素源と上記工程(1)で得られた反応生成物とを反応させることにより、鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を製造する。得られる鉄−炭素複合体は特異な先端形状を有し、優れた電子放出材料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化鉄又は鉄をチューブ内空間部に部分的に内包するナノスケールカーボンチューブ、それを含む炭素質材料、及びその製造方法に関する。また、本発明は、該炭素質材料を含む電子放出材料、該電子放出材料の層を備えた電子放出体にも関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化鉄又は鉄をチューブ内空間部の10〜90%の範囲に内包するナノスケールカーボンチューブ(ナノフレークカーボンチューブ又は入れ子状の多層カーボンナノチューブ)、即ち、鉄−炭素複合体を製造する方法が開示されている(特許文献1)。
【0003】
この特許文献1には、該鉄−炭素複合体が、耐久性に優れたグラファイト状の炭素壁で囲まれた空間に金属が内包されているので、特性の劣化を殆ど生じない半永久的な導電体乃至分子導電線、及び、磁性体乃至分子磁石としての機能を備えており、従って、該鉄−炭素複合体は、電子放出材料、鉄徐放性材料、磁気記録材料、摺動材料、導電性フィブリル、磁性材料、磁性流動体、超伝導材料、耐摩耗性材料、半導体材料などとして、極めて有用である旨記載されている。
【0004】
この特許文献1に記載の鉄−炭素複合体の製造方法は、
(i)不活性ガス雰囲気中、圧力を10-5Pa〜200kPaに調整し、反応炉内の酸素濃度を、反応炉容積をA(リットル)とし酸素量をB(Ncc)とした場合の比B/Aが1×10-10〜1×10-1となる濃度に調整して、反応炉内でハロゲン化鉄を600〜900℃まで加熱する工程、及び
(ii)上記反応炉内を不活性ガス雰囲気として圧力を10-5Pa〜200kPaに調整し、熱分解性炭素源を導入して600〜900℃で加熱処理を行う工程
を包含することを特徴とする製造方法(第一製法)である。
【0005】
また、この特許文献1においては、更に、第二製法として、目的物の収量を向上させるために、工程(ii)の加熱処理をフェロセンなどの有機鉄錯体の存在下に行うことも開示されている。より詳しくは、図2に示すように、ガス導入口(図示せず)及びガス吸引口(図示せず)を備えた反応炉1内において、上流側(即ち、ガス導入口に近い位置)に有機鉄錯体を入れた磁製ボート等の仕込み皿8を配置し、下流側(ガス導入口から遠い位置)にハロゲン化鉄を入れた磁製ボート等の仕込み皿5を配置する。次いで、工程(i)として、ハロゲン化鉄を不活性ガス雰囲気中、圧力及び酸素濃度を上記範囲に調整して、加熱装置2を用いて600〜900℃まで加熱する。続いて、工程(ii)として、上記反応炉内を不活性ガス雰囲気とし、圧力を10-5Pa〜200kPaに制御する。一方、有機鉄錯体を別の加熱装置3で有機鉄錯体の昇華温度(フェロセンの場合は200℃)まで加熱して、フェロセン等の有機鉄錯体を気相状態とすると共に、熱分解性炭素源と不活性ガスとの混合ガスを反応炉に導入する。これにより、反応炉内には、気体状の熱分解性炭素源、フェロセン及びハロゲン化鉄が存在するようになる。この系を、加熱処理する。
【0006】
上記第一製法及び第二製法は、鉄−炭素複合体、即ち、炭化鉄又は鉄がチューブ内空間部に部分内包されたナノスケールカーボンチューブ(ナノフレークカーボンチューブ又は入れ子状の多層カーボンナノチューブ)を含む炭素質材料をmgスケールで製造することを可能にしたものであり、工業的に高い価値を有する製造法である。しかし、これらの方法は、いずれも、上記工程(i)において、反応炉内の酸素濃度の制御をする必要があり、酸素量制御のために多くの制御機器を必要とするという点でなお改良の余地がある。
【特許文献1】特開2002−338220(請求項12,段落0089〜0094)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、酸素濃度の制御を要することなく、鉄−炭素複合体、即ち、炭化鉄又は鉄をチューブ内空間部の10〜90%の範囲に内包するナノスケールカーボンチューブ(ナノフレークカーボンチューブ又は入れ子状の多層カーボンナノチューブ)を含む炭素質材料を製造する方法を提供することにある。また、本発明の目的は、かかる方法により製造された炭素質材料を含む電子放出材料及び電子放出体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討した結果、次の知見を得た。
【0009】
(ア)上記特許文献1の第二製法のように鉄錯体とハロゲン化鉄とを別個に加熱して、気体状の熱分解性炭素源、フェロセン及びハロゲン化鉄が存在する系を加熱処理するのではなく、工程(1)として、予め、真空中又は不活性ガス雰囲気で、鉄錯体とハロゲン化鉄とを混合すると、反応が生じる。
【0010】
(イ)この工程(1)の反応の詳細はまだ完全には解明されていないが、配位子脱離や価数変化が進行しているものと思われる。
【0011】
(ウ)次いで、工程(2)として、上記工程(1)で得られた反応生成物に、真空中又は不活性ガス雰囲気で、気体状の熱分解性炭素源を反応させると、所望の炭化鉄又は鉄をチューブ内空間部の10〜90%の範囲に内包するナノスケールカーボンチューブ(ナノフレークカーボンチューブ又は入れ子状の多層カーボンナノチューブ)を、高収量で製造することができる。
【0012】
(エ)上記工程(2)を行った後、冷却速度を特定の範囲に制御することにより、得られる炭素からなるチューブは、フレーク状の黒鉛シートが複数枚(通常は多数)パッチワーク状ないし張り子状に集合して構成されていると思われる、黒鉛シートの集合体からなる炭素製チューブとなる。
【0013】
本明細書において、この炭素製チューブを「ナノフレークカーボンチューブ」という。このナノフレークカーボンチューブは、一枚の黒鉛シートが円筒状に閉じた単層カーボンナノチューブや複数枚の黒鉛シートがそれぞれ円筒状に閉じて同心円筒状ないし入れ子状となっている多層カーボンナノチューブとは全く構造の異なるチューブ状炭素材である。
【0014】
また、本明細書において、このナノフレークカーボンチューブが有する構造を「ナノフレーク構造」と呼ぶものとする。
【0015】
(オ)該ナノフレークカーボンチューブのチューブ内空間部(即ち、ナノフレークカーボンチューブのチューブ壁で囲まれた空間)は、該空間部のかなりの部分、特に該空間部の10〜90%が炭化鉄又は鉄で充填されており、鉄−炭素複合体を形成している。
【0016】
(カ)一方、上記工程(2)の後の工程として、不活性気体中で加熱処理を行い、特定の冷却速度で冷却することにより、得られる炭素からなるチューブは、入れ子構造の多層カーボンナノチューブとなる。該多層カーボンナノチューブのチューブ内空間部は、該空間部のかなりの部分、特に該空間部の10〜90%が炭化鉄又は鉄で充填されており、鉄−炭素複合体を形成している。
【0017】
(キ)さらに、本発明方法により得られる鉄−炭素複合体は、特異な先端構造を有しており、そのために優れた電子放出特性を有している。
【0018】
本発明は、これら知見に基づき更に検討を重ねて完成されたものであって、次の鉄−炭素複合体、炭素質材料、その製造法、該炭素質材料を含む電子放出材料等を提供するものである。
【0019】
項1 (a)ナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる群から選ばれるカーボンチューブと(b)炭化鉄又は鉄とからなり、カーボンチューブ内空間部の10〜90%に炭化鉄又は鉄が内包されている鉄−炭素複合体であって、先端部を側方から透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に、その像が次の形状を有することを特徴とする鉄−炭素複合体:
該鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像及び第二の壁の像の双方から連続しているドーム型蓋体の像で閉じられており、
該ドーム型蓋体は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有する炭素からなる蓋体であり、該蓋体の像を構成しているグラフェンシート像は、ドーム型蓋体の像の表面に沿って円弧状に配列されており、
該ドーム型蓋体の像の内面最頂部から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離(d2)が鉄−炭素複合体の全長の0〜45%である。
【0020】
項2 d2が0nmである項1に記載の鉄−炭素複合体。
【0021】
項3 ドーム部の長さが、カーボンチューブの外径の1/5〜2倍の長さであり、且つ、ドーム部最頂部の曲率半径が、カーボンチューブの外径の1/10〜1倍の長さである項1に記載の鉄-炭素複合体。
【0022】
項4 直線状であり、外径が1〜100nmであり、炭素からなる壁部の厚さが49nm以下であって全長に亘って実質的に均一であり、長さをLとし外径をDとした場合のアスペクト比L/Dが5〜10000である項1〜3のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【0023】
項5 鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁部をX線回折法により測定した場合に、炭素網面間の平均距離(d002)が、0.34nm以下である項1〜4のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【0024】
項6 鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、ナノフレークカーボンチューブである項1〜5のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【0025】
項7 鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、入れ子構造の多層カーボンナノチューブである項1〜5のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【0026】
項8 (a)ナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる群から選ばれるカーボンチューブと(b)炭化鉄又は鉄とからなり、カーボンチューブ内空間部の10〜90%に炭化鉄又は鉄が内包されている鉄−炭素複合体であって、先端部を側方から透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に、その像が次の形状を有する鉄−炭素複合体を含む炭素質材料:
該鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像及び第二の壁の像の双方から連続しているドーム型蓋体で閉じられており、
該ドーム型蓋体は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有する炭素からなる蓋体であり、該蓋体を構成しているグラフェンシート像は、ドーム型蓋体表面に沿って円弧状に配列されており、
該ドーム型蓋体の像の内面から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離(d2)が鉄−炭素複合体の全長の0〜45%である。
【0027】
項9 炭素質材料1mgに対して25mm2以上の照射面積でCuKαのX線を照射する粉末X線回折測定において、カーボンチューブに内包されている鉄または炭化鉄に帰属される40°<2θ<50°のピークの中で最も強い積分強度を示すピークの積分強度をIaとし、カーボンチューブの炭素網面間の平均距離(d002)に帰属される26°<2θ<27°のピークの積分強度をIbとした場合に、Ia/Ibの比Rが、0.35〜5である項8に記載の炭素質材料。
【0028】
項10 鉄−炭素複合体が、直線状であり、外径が1〜100nmであり、炭素からなる壁部の厚さが49nm以下であって全長に亘って実質的に均一であり、長さをLとし外径をDとした場合のアスペクト比L/Dが5〜10000である項8又は9に記載の炭素質材料。
【0029】
項11 鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁部をX線回折法により測定した場合に、炭素網面間の平均距離(d002)が、0.34nm以下である項8〜10のいずれかに記載の炭素質材料。
【0030】
項12 鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、ナノフレークカーボンチューブである項8〜11のいずれかに記載の炭素質材料。
【0031】
項13 鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、入れ子構造の多層カーボンナノチューブである項8〜11のいずれかに記載の炭素質材料。
【0032】
項14 項1に記載の鉄−炭素複合体の製造方法であって、
(1)反応炉において、真空中又は不活性ガス雰囲気中で、鉄錯体とハロゲン化鉄とを予め反応させる工程、
(2)上記反応炉内に、熱分解性炭素源を導入し、該熱分解性炭素源と上記工程(1)で得られた反応生成物とを反応させる工程
を含むことを特徴とする製造法。
【0033】
項15 工程(1)での鉄錯体と塩化鉄との反応を、鉄錯体100重量部に対してハロゲン化鉄を1〜10000重量部使用し、室温〜1500℃、真空〜200KPaにおいて行う項14に記載の製造法。
【0034】
項16 工程(2)での熱分解性炭素源と工程(1)で得られた反応生成物との反応を、温度500〜3000℃、圧力0.1KPa〜200KPaにおいて行う項14又は15に記載の製造法。
【0035】
項17 工程(2)の加熱処理工程後、50〜2000℃/hで500℃まで冷却することによりナノフレークカーボンチューブ とそのチューブ内空間部の10〜90%に充填されている炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を生成させる項14〜16のいずれかに記載の製造方法。
【0036】
項18 工程(2)の加熱処理工程後、
(3)反応炉内を工程(2)の温度を維持したまま不活性気体で置換する工程、
(4)不活性気体で置換された反応炉内を950〜1500℃に昇温する工程、
(5)昇温終点で終点温度を入れ子構造の多層カーボンナノチューブが生成するまで維持する工程、及び
(6)反応炉内を50℃/h以下の速度で冷却する工程
を行うことにより入れ子構造の多層カーボンナノチューブとそのチューブ内空間部の10〜90%に充填されている炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を生成させる項14〜16のいずれかに記載の製造方法。
【0037】
項19 鉄錯体が、フェロセン又は鉄カルボニル錯体である項14〜18のいずれかに記載の製造方法。
【0038】
項20 ハロゲン化鉄が、鉄の塩化物である項14〜18のいずれかに記載の製造方法。
【0039】
項21 鉄の塩化物が、FeCl2、FeCl3、FeCl2・4H2O及びFeCl3・6H2Oからなる群から選ばれる少なくとも1種である項20に記載の製造方法。
【0040】
項22 熱分解性炭素源が、炭素数6〜12の芳香族炭化水素、炭素数1〜10の飽和脂肪族炭化水素及び炭素数2〜5の不飽和脂肪族炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種である項14〜21のいずれかに記載の製造方法。
【0041】
項23 項8〜13のいずれかに記載の炭素質材料を含む電子放出材料。
【0042】
項24 カソード基板及び該カソード基板上に形成された項23に記載の電子放出材料の層を備えた電子放出体。
【発明の効果】
【0043】
本発明によれば、次のような優れた効果が発揮される。
【0044】
(ア)特許文献1の製造法とは異なり、本発明の製造法では、事前に鉄錯体とハロゲン化鉄とを反応させることにより、酸素を導入しなくても所望の鉄−炭素複合体が得られる。従って、酸素を使用しないので、酸素濃度の調整が全く不要であり、単に反応炉内を真空又は不活性ガス雰囲気とするだけでよいので、工業的製造法として一段と有利である。
【0045】
(イ)工程(1)で事前に鉄錯体とハロゲン化鉄とを反応させることにより、得られる目的物の収量が増大する。例えば、後述の比較例1(前記特許文献1の第二製法)の収量240mgに比べて、本発明方法(実施例1)の収量は1100mgであり、大幅な収量向上が達成される。また、後述の比較例2のように、塩化鉄を加熱して気化させ、これにフェロセンのベンゼン溶液をアルゴンガスで気化させた混合ガスを反応させても、収量はある程度増大するが、本発明では更に収量が大きい。従って、本発明の製造法は、この収量増大の観点からも、工業的製造法として有利である。
【0046】
(ウ)本発明製造法により得られる鉄−炭素複合体は、その特異な先端形状に基づき、優れた電子放出特性を有する。本発明で得られる特異な先端形状を有する鉄−炭素複合体の電子放出特性は、前記特許文献1に記載の方法により得られる鉄−炭素複合体に比べても、優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0047】
上記のように、本発明の鉄−炭素複合体を含む炭素質材料の製造法は、
(1)反応炉において、真空中又は不活性ガス雰囲気中で、鉄錯体とハロゲン化鉄とを予め反応させる工程、
(2)上記反応炉内に、熱分解性炭素源を導入し、該熱分解性炭素源と上記工程(1)で得られた反応生成物とを反応させる工程
を含むことを特徴とする。
【0048】
ハロゲン化鉄としては、弗化鉄、塩化鉄、臭化鉄等が例示できるが、これらのうちでも塩化鉄が好ましい。塩化鉄としては、例えば、FeCl2、FeCl3、FeCl2・4H2O及びFeCl3・6H2O等が例示され、これらの少なくとも1種が使用される。これら触媒の形状は特に限定されないが、通常は、粉末状、例えば平均粒子径が1〜100μm程度、特に1〜20μm程度の粉末状で使用するのが好ましい。
【0049】
上記鉄錯体としては、フェロセン、Fe(CO)5等の鉄カルボニル錯体等を例示できるが、これらのうちでも特にフェロセンが好ましい。
【0050】
熱分解性炭素源としては、種々の有機化合物が使用でき、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭素数6〜12の芳香族炭化水素、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ヘキサン等の炭素数1〜10の飽和脂肪族炭化水素、エチレン、プロピレン、アセチレン等の炭素数2〜5の不飽和脂肪族炭化水素などの有機化合物が挙げられる。これらの中でも、ベンゼン、トルエンなどが好ましい。液状の有機化合物は、気化、あるいは霧状に噴霧させて用いる。通常、アルゴン、窒素等の不活性ガスを、バブリングさせて気化、あるいはスプレーさせて噴霧させ、不活性ガスとの混合ガスとして用いる。
【0051】
本発明で使用する反応装置としては、例えば、図1に示すような装置を例示できる。図1の装置においては、反応炉1は石英管、アルミナ管、カーボン管等からなる反応炉であり、加熱装置2を備えている。反応炉1にはガス導入口(図示せず)と真空に吸引するためのガス吸引口(図示せず)が備えられている。
【0052】
工程(1)
本発明の製造方法においては、まず、予めハロゲン化鉄及び鉄錯体を混合する。その方法としては、例えば、磁製ボート、ニッケルボート等の仕込み皿5に薄く広げて敷き詰める等した後、反応炉内に配置し、仕込み皿5内で固体状態で混合する方法、予め混合した後に仕込み皿5内に敷き詰める方法等を例示できる。
【0053】
固体状態のハロゲン化鉄と鉄錯体との混合方法としては、ハロゲン化鉄と鉄錯体とが実質的に均一混合される限り、特に制限はなく、従来公知の方法、例えば、粉体ミリングなどがある。
【0054】
また、上記方法に代えて、例えば、ハロゲン化鉄及び鉄錯体を加熱気化した状態で反応炉内に導入し、気相状態で混合する方法も採用できる。気相状態のハロゲン化鉄と鉄錯体との混合方法としては、ハロゲン化鉄と鉄錯体とが実質的に均一混合される限り、特に制限はなく、従来公知の方法、例えば、旋回流混合法などが例示できる。
【0055】
ハロゲン化鉄と鉄錯体との使用割合は広い範囲から適宜選択することができるが、一般には、鉄錯体100重量部に対してハロゲン化鉄を1〜10000重量部、好ましくは10〜1000重量部、さらに好ましくは50〜150重量部使用することができる。
【0056】
次いで、反応炉1内において、上記ハロゲン化鉄と鉄錯体とを真空中又は不活性ガス雰囲気中で反応させる。両者の反応は、両者を均一混合するだけで室温でも開始するが、一般には、両者を反応させる際の反応温度は、室温〜1500℃、特に700〜1200℃であるのが好ましい。
【0057】
反応を行う際の反応炉内の雰囲気としては、真空(通常10-5Pa〜100Pa)であるか、又は、不活性ガス雰囲気である。不活性ガスとしては、He、Ar、Ne、N2等のガスを例示できる。不活性ガス雰囲気中でハロゲン化鉄と鉄錯体との反応を行う際の反応炉内の圧力は、例えば、10-5Pa〜200kPa程度、特に0.1kPa〜100kPa程度とするのが好ましい。
【0058】
反応時間は、反応温度、昇温速度、圧力等によっても異なるが、一般には、0.1〜10時間、特に10〜60分である。
【0059】
この反応により、反応炉1内には、2価の塩化鉄、3価の塩化鉄、塩化水素、鉄、シクロペンタン、熱分解炭素、微量の水分等が存在することになると推察されるが、詳細は不明である。
【0060】
このように、本発明製造法の工程(1)においては、前記特許文献1のように酸素を導入する必要がなく、酸素濃度を調整する必要がないので、本発明の製造法は、前記特許文献1の製造法に比べて、工業的に一段と有利に実施することができる。
【0061】
工程(2)
次いで、本発明では、工程(2)として、上記反応炉1内に、熱分解性炭素源を導入し、該熱分解性炭素源と上記工程(1)で得られた反応生成物とを反応させる。
【0062】
この工程(2)の加熱処理を行う際の圧力としては、100Pa〜200kPa程度、特に10KPa〜70kPa程度とするのが好ましい。この圧力調整は、He、Ar、Ne、N2等の不活性ガスを反応炉100に導入することにより行う。
【0063】
また、工程(2)の加熱処理時の温度は、通常500〜3000℃であり、特に500〜1500℃、好ましくは700〜1200℃程度である。
【0064】
熱分解性炭素源の導入方法としては、例えば、ベンゼン等の熱分解性炭素源にアルゴンガス等の不活性ガスをバブリングさせることにより、ベンゼン等の熱分解性炭素源を担持させた不活性ガスを調整し、該ガスを反応炉のガス導入口から少量ずつ導入すればよいが、この方法に限らず、他の方法を採用してもよい。ベンゼン等の該熱分解性炭素源を担持させた不活性ガスの供給速度は、広い範囲から選択できるが、一般には、反応炉容積1リットル当たり、0.1〜1000ml/min程度、特に1〜100ml/min程度となるような速度とするのが好ましい。その際に、必要であれば、Ar、Ne、He、窒素等の不活性ガスを希釈ガスとして導入してもよい。
【0065】
ハロゲン化鉄と熱分解性炭素源との量的割合は、広い範囲から適宜選択すればよいが、ハロゲン化鉄100重量部に対し、熱分解性炭素源を1〜10000重量部程度、特に50〜300重量部程度とするのが好ましい。熱分解性炭素源である有機化合物の量的割合が増大する場合には、カーボンチューブの成長が十分に行われて、長寸法のカーボンチューブが得られる。
【0066】
工程(2)の反応時間は、原料の種類、量などにより異なるので、特に限定されないが、通常0.1〜10時間程度、特に0.5〜2時間程度である。
【0067】
上記工程(2)の加熱処理工程後、通常50〜2000℃/h程度、好ましくは70〜1500℃/h程度、より好ましくは100〜1000℃/h程度の速度で500℃まで冷却し、更に室温まで冷却する。500℃から室温までの冷却速度は特に限定されず広い範囲から適宜選択できるが、通常0.1〜10h程度、好ましくは0.5〜2h程度の時間をかけて冷却するのが好ましい。こうして、ナノフレークカーボンチューブとそのチューブ内空間部の10〜90%に充填されている炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体を生成させることができる。
【0068】
一方、工程(2)の加熱処理工程後、(3)反応炉内を工程(2)の温度を維持したまま不活性気体で置換する工程、(4)不活性気体で置換された反応炉内を950〜3000℃程度、好ましくは1200〜3000℃程度に昇温する工程、(5)昇温終点で終点温度を入れ子構造の多層カーボンナノチューブが生成するまで維持する工程、及び(6)反応炉を、50℃/h以下程度、好ましくは5〜40℃/h程度、より好ましくは10〜30℃/h程度の速度で冷却する工程を行うことにより、入れ子構造の多層カーボンナノチューブとそのチューブ内空間部の10〜90%に充填されている炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体を生成させることができる。
【0069】
上記工程(3)で使用する不活性気体としては、Ar、Ne、He、窒素等の不活性ガスが例示できる。また、工程(3)における置換後の炉内の圧力は、特に限定されないが、10-5〜107Pa程度、好ましくは50〜2×105 Pa程度、より好ましくは100〜1.2×105Pa程度である。
【0070】
工程(4)の昇温速度は特に限定されないが、一般には50〜2000℃/h程度、特に70〜1500℃/h程度、より好ましくは100〜1000℃/h程度の昇温速度とすることが好ましい。
【0071】
また、工程(5)の終点温度を維持する時間は、入れ子構造の多層カーボンナノチューブが生成するまでの時間とすればよいが、一般には2〜30時間程度である。
【0072】
工程(6)の冷却時の雰囲気としては、Ar、Ne、He、窒素等の不活性ガス雰囲気であり、圧力条件は特に限定されないが、10-5〜107Pa程度、好ましくは50〜2×105 Pa程度、より好ましくは100〜1.2×105Pa程度である。
【0073】
こうして本発明製造法は、前記特許文献1に記載の製造法に比べて、酸素濃度調整を必要とすることがない点でより簡便な方法であり、鉄−炭素複合体を工業的に有利に製造することができる。
【0074】
得られる鉄−炭素複合体及び該鉄−炭素複合体を含む炭素質材料について述べると、次の通りである。
【0075】
本発明製造法により得られる鉄−炭素複合体
本発明による鉄−炭素複合体は、(a)ナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる群から選ばれるカーボンチューブと(b)炭化鉄又は鉄とからなるものであって、該カーボンチューブ内空間部(即ち、チューブ壁で囲まれた空間)の実質上全てが充填されているのではなく、該空間部の一部、より具体的には10〜90%程度、特に30〜80%程度、好ましくは40〜70%程度が炭化鉄又は鉄により充填されている。
【0076】
更に、本発明による鉄−炭素複合体は、その先端部を側方から透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に、次の先端形状を有している:
該鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像及び第二の壁の像の双方から連続しているドーム型蓋体で閉じられており、
該ドーム型蓋体は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有する炭素からなる蓋体であり、該蓋体を構成しているグラフェンシート像は、ドーム型蓋体表面に沿って円弧状に配列されており、
該ドーム型蓋体の像の内面から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離(d2)が鉄−炭素複合体の全長の0〜45%である。
【0077】
前記のように、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体において、炭素部分は、製造工程(1)及び(2)を行った後、特定の速度で冷却するとナノフレークカーボンチューブとなり、製造工程(1)及び(2)を行った後、不活性気体中で加熱処理を行い、特定の冷却速度で冷却することにより、入れ子構造の多層カーボンナノチューブとなる。
【0078】
<(a-1)ナノフレークカーボンチューブ>
本発明製造法で得られるナノフレークカーボンチューブと炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体は、典型的には円柱状である。
【0079】
図3の(a-1)にそのような円柱状のナノフレークカーボンチューブのTEM像の模式図を示す。図3の(a-1)において、100は、ナノフレークカーボンチューブの長手方向のTEM像を模式的に示しており、200は、ナノフレークカーボンチューブの長手方向にほぼ垂直な断面のTEM像を模式的に示している。
【0080】
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を構成しているナノフレークカーボンチューブは、図3の(a-1)の200から明らかなように、その長手方向に垂直な断面をTEM観察した場合、多数の弧状グラフェンシート像が多層構造のチューブ状に集合しているが、個々のグラフェンシート像は、例えば210、214に示すように、完全に閉じた連続的な環を形成しておらず、途中で途切れた不連続な環を形成している。一部のグラフェンシート像は、211に示すように、分岐している場合もある。不連続点においては、一つの不連続環を構成する複数の弧状TEM像は、図3の(a-1)の222に示すように、層構造が部分的に乱れている場合もあれば、223に示すように隣接するグラフェンシート像との間に間隔が存在している場合もあるが、TEMで観察される多数の弧状グラフェンシート像は、全体として、多層状のチューブ構造を形成している。
【0081】
また、図3の(a-1)の100から明らかなように、ナノフレークカーボンチューブの長手方向(側面)をTEMで観察した場合、多数の略直線状のグラフェンシート像が本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体の長手方向にほぼ並行に多層状に配列しているが、個々のグラフェンシート像110は、鉄−炭素複合体の長手方向全長にわたって連続しておらず、途中で不連続となっている。一部のグラフェンシート像は、図3の(a-1)の111に示すように、分岐している場合もある。また、不連続点においては、層状に配列したTEM像のうち、一つの不連続層のTEM像は、図3の(a-1)の112に示すように、隣接するグラフェンシート像と少なくとも部分的に重なり合っている場合もあれば、113に示すように隣接するグラフェンシート像と少し離れている場合もあるが、多数の略直線状のTEM像が、全体として多層構造を形成している。
【0082】
かかる本発明製造法で得られるナノフレークカーボンチューブの構造は、多層カーボンナノチューブと大きく異なっている。即ち、図3の(a-2)の400に示すように、入れ子構造の多層カーボンナノチューブは、その長手方向に垂直な断面のTEM像が、410に示すように、完全な円形のTEM像となっている同心円状のチューブであり、且つ、図3の(a-2)の300に示すように、その長手方向の全長にわたって連続する直線状グラフェンシート像310等が平行に配列している構造(同心円筒状ないし入れ子状の構造)である。
【0083】
以上より、詳細は未だ完全には解明されていないが、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を構成するナノフレークカーボンチューブは、フレーク状のグラフェンシートが多数パッチワーク状ないし張り子状に重なり合って全体としてチューブを形成しているようにみえる。
【0084】
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を構成しているナノフレークカーボンチューブをTEM観察した場合において、その長手方向に配向している多数の略直線状のグラフェンシート像に関し、個々のグラフェンシート像の長さは、通常、2〜500nm程度、特に10〜100nm程度である。即ち、図3の(a-1)の100に示されるように、110で示される略直線状のグラフェンシートのTEM像が多数集まってナノフレークカーボンチューブの壁部のTEM像を構成しており、個々の略直線状のグラフェンシート像の長さは、通常、2〜500nm程度、特に10〜100nm程度である。
【0085】
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を構成するナノフレークカーボンチューブの壁部の炭素部分は、上記のようにフレーク状のグラフェンシートが多数長手方向に配向して全体としてチューブ状となっているが、X線回折法により測定した場合に、炭素網面間の平均距離(d002)が0.34nm以下の黒鉛質構造を有するものである。
【0086】
また、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体のナノフレークカーボンチューブからなる壁部の厚さは、49nm以下、特に0.1〜20nm程度、好ましくは1〜10nm程度であって、全長に亘って実質的に均一である。
【0087】
<(a-2)入れ子構造の多層カーボンナノチューブ>
前記のように、工程(1)及び(2)を行った後、特定の加熱工程を行うことにより、得られる鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブは、入れ子構造の多層カーボンナノチューブとなる。
【0088】
こうして得られる入れ子構造の多層カーボンナノチューブは、図3の(a-2)の400に示すように、その長手方向に垂直な断面のTEM像が完全な円を構成する同心円状のチューブであり、且つ、その長手方向の全長にわたって連続したグラフェンシート像が平行に配列している構造(同心円筒状ないし入れ子状の構造)である。
【0089】
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を構成する入れ子構造の多層カーボンナノチューブの壁部の炭素部分は、X線回折法により測定した場合に、炭素網面間の平均距離(d002)が0.34nm以下の黒鉛質構造を有するものである。
【0090】
また、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体の入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる壁部の厚さは、49nm以下、特に0.1〜20nm程度、好ましくは1〜10nm程度であって、全長に亘って実質的に均一である。
【0091】
<(b)内包されている炭化鉄又は鉄>
本明細書において、上記カーボンチューブ内空間部の炭化鉄又は鉄による充填率(10〜90%)は、本発明により得られた鉄−炭素複合体を透過型電子顕微鏡で観察し、各カーボンチューブの空間部(即ち、カーボンチューブのチューブ壁で囲まれた空間)の像の面積に対する、炭化鉄又は鉄が充填されている部分の像の面積の割合である。
【0092】
炭化鉄又は鉄の充填形態は、カーボンチューブ内空間部に連続的に充填されている形態、カーボンチューブ内空間部に断続的に充填されている形態等があるが、基本的には断続的に充填されている。
【0093】
また、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体に内包されている炭化鉄又は鉄は、カーボンチューブの長手方向に配向しており、結晶性が高く、炭化鉄又は鉄が充填されている範囲のTEM像の面積に対する、結晶性炭化鉄又は鉄のTEM像の面積の割合(以下「結晶化率」という)は、一般に、90〜100%程度、特に95〜100%程度である。
【0094】
また、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体に炭化鉄又は鉄が内包されていることは、電子顕微鏡、EDX(エネルギー分散型X線検出器)により容易に確認することができる。
【0095】
<鉄−炭素複合体の全体形状>
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体は、湾曲が少なく、直線状であり、壁部の厚さが全長に亘ってほぼ一定の均一厚さを有しているので、全長に亘って均質な形状を有している。その形状は、柱状で、主に円柱状である。
【0096】
本発明による鉄−炭素複合体の外径は、通常、1〜100nm程度、特に1〜50nm程度の範囲にあり、好ましくは1〜30nm程度の範囲にあり、より好ましくは10〜30nm程度の範囲にある。チューブの長さ(L)の外径(D)に対するアスペクト比(L/D)は、5〜10000程度であり、特に10〜1000程度である。
【0097】
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体の形状を表す一つの用語である「直線状」なる語句は、次のように定義される。即ち、透過型電子顕微鏡により本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を200〜2000nm四方の範囲で観察し、像の長さをWとし、該像を直線状に伸ばした時の長さをWoとした場合に、比W/Woが、0.8以上、特に、0.9以上となる形状特性を意味するものとする。
【0098】
鉄−炭素複合体の先端形状
更に、本発明の製造法により得られる鉄−炭素複合体は、その先端形状に特徴を有する。前記のように、本発明による鉄−炭素複合体は、その一端を側方から透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に、次の先端形状を有している。
【0099】
該鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像及び第二の壁の像の双方から連続しているドーム型蓋体で閉じられており、
該ドーム型蓋体は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有する炭素からなる蓋体であり、該蓋体を構成しているグラフェンシート像は、ドーム型蓋体表面に沿って円弧状に配列されており、
該ドーム型蓋体の像の内面から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離(d2)が鉄−炭素複合体の全長の0〜45%である。
【0100】
上記先端形状について、図4及び5を参照して説明する。図4及び5において、同様の部分は同様の符号で示す。また、図4及び5は、鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブがナノフレークカーボンチューブである場合の概略図を示しているが、下記の説明は、該カーボンチューブが多層カーボンナノチューブである場合も同様に当てはまる。
【0101】
上記先端形状は、図4に示すように、本発明の鉄−炭素複合体40を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像42及び第二の壁の像44の双方から連続しているドーム型蓋体の像48で閉じられている。
【0102】
なお、図4においては、ドーム型蓋体として、半球状のもの(TEM像が半円状)が示されているが、これに限らず、ドーム型蓋体としては、ホーン状のもの(TEM像が、先端が弧状となっている台形状のもの、先端が弧状となっている三角形状のもの等)が例示できる。
【0103】
該ドーム型蓋体48は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有しているが、通常は、上記鉄−炭素複合体40を構成するカーボンチューブがナノフレークカーボンチューブである場合はナノフレーク構造を有し、上記カーボンチューブが多層カーボンナノチューブである場合は黒鉛構造を有している。該蓋体を構成している多数のグラフェンシート像48gは、ドーム型蓋体像48の表面に沿って円弧状に配列されている。
【0104】
また、該ドーム型蓋体の厚さは、蓋体の全長に亘って実質上均一であり、本発明の鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の厚さと同程度であり、カーボンチューブの壁の厚さの0.8〜1.2倍程度である。
【0105】
ドーム部の形状については広い範囲の形状が包含されるが、典型的には、ドーム部の長さは、カーボンチューブの外径の1/5〜2倍、特に1〜2倍の長さであり、且つ、ドーム部の曲率半径は、カーボンチューブの外径の1/10〜1倍、特に1/10〜1/5倍の長さである。
【0106】
ここで、ドーム部の長さとは、図4においてd1で示す長さである。d1はドーム部の外側最頂部48pと、ドーム基底部との間の距離である。ドーム基底部とは、壁42が曲がり始めている箇所と壁44が曲がり始めている箇所とを結ぶ線を指し、図4では仮想線PLで示している。
【0107】
該ドーム型蓋体の像48の内側最頂部48iから内包炭化鉄又は鉄の先端46までの距離d2は、鉄−炭素複合体40の全長の0〜45%、特に0〜5%であり、それに相当する空間Sが存在する。
【0108】
図5に示すように、上記d2が鉄−炭素複合体40の全長の0%である場合は、内包炭化鉄又は鉄の先端46とドーム型蓋体の像48の内面とは一致しており、該ドーム型蓋体の像48の内側最頂部48iまで、炭化鉄又は鉄が充填されており、空間Sは存在しない。
【0109】
本発明の上記の各先端形状を有する鉄−炭素複合体は、本発明の製造法により、混合物として得られる。よって、本発明では、該混合物をそのまま電子放出材料として使用することができる。必要であれば、該混合物から、上記の各先端形状のうちの特定の先端形状を有する鉄−炭素複合体のみを分離して使用することもできる。かかる分離は、マニピュレータを内蔵した走査型電子顕微鏡(SEM)内で、マニピュレータを用いて1本ずつ分離することができる。
【0110】
鉄−炭素複合体を含む炭素質材料
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体は、バルク材料としてみた場合、次の性質を有する。即ち、本発明では、上記のようなナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブから選ばれるカーボンチューブのチューブ内空間部の10〜90%の範囲に鉄または炭化鉄が充填されている鉄−炭素複合体は、顕微鏡観察によりかろうじて観察できる程度の微量ではなく、多数の該鉄−炭素複合体を含むバルク材料であって、鉄−炭素複合体を含む炭素質材料、或いは、炭化鉄又は鉄内包炭素質材料ともいうべき材料の形態で大量に得られる。
【0111】
本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料においては、基本的にはほとんど全ての(特に99%又はそれ以上の)カーボンチューブにおいて、その空間部(即ち、カーボンチューブのチューブ壁で囲まれた空間)の10〜90%の範囲に炭化鉄又は鉄が充填されており、空間部が充填されていないカーボンチューブは実質上存在しないのが通常である。但し、場合によっては、炭化鉄又は鉄が充填されていないカーボンチューブも微量混在することがある。
【0112】
また、本発明製造法で得られる炭素質材料においては、上記のようなカーボンチューブ内空間部の10〜90%に鉄または炭化鉄が充填されている鉄−炭素複合体が主要構成成分であるが、鉄−炭素質複合体以外に、スス等が含まれている場合がある。
【0113】
また、従来の顕微鏡観察で微量確認し得るに過ぎなかった材料とは異なり、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料は大量に合成できるので、その重量を容易に1mg以上とすることができる。本発明製法をスケールアップするか又は何度も繰り返すことにより該材料は無限に製造できるので、上限は実質的に存在しない。一般には、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料は、反応炉容積1リットル程度の実験室レベルであっても、1mg〜100g程度、特に10〜1000mg程度の量であれば容易に提供できる。
【0114】
本発明炭素質材料は、該炭素質材料1mgに対して25mm2以上の照射面積で、CuKαのX線を照射した粉末X線回折測定において、内包されている鉄または炭化鉄に帰属される40°<2θ<50°のピークの中で最も強い積分強度を示すピークの積分強度をIaとし、カーボンチューブの炭素網面間の平均距離(d002)に帰属される26°<2θ<27°のピークの積分強度Ibとした場合に、IaのIbに対する比R(=Ia/Ib)が、0.35〜5程度、特に0.5〜4程度であるのが好ましく、より好ましくは1〜3程度である。
【0115】
本明細書において、上記Ia/Ibの比をR値と呼ぶ。このR値は、本発明の鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を、X線回折法において25mm2以上のX線照射面積で観察した場合に、炭素質材料全体の平均値としてピーク強度が観察されるために、TEM分析で測定できる1本の鉄−炭素複合体における内包率ないし充填率ではなく、鉄−炭素複合体の集合物である炭素質材料全体としての、炭化鉄又は鉄充填率ないし内包率の平均値を示すものである。
【0116】
尚、多数の本発明鉄−炭素複合体を含む炭素質材料全体としての平均充填率は、TEMで複数の視野を観察し、各視野で観察される複数の鉄−炭素複合体における炭化鉄又は鉄の平均充填率を測定し、更に複数の視野の平均充填率の平均値を算出することによって求めることができる。かかる方法で測定した場合、本発明製造法で得られる鉄−炭素複合体からなる炭素質材料全体としての炭化鉄又は鉄の平均充填率は、10〜90%程度、特に40〜70%程度である。
【0117】
電子放出材料及び電子放出体
本発明の炭素質材料は、電子放出材料として有用である。本発明の炭素質材料(電子放出材料)の層を電極基板上に形成することにより電子放出体を製造することができる。
【0118】
本発明の電子放出体は、上記本発明の電子放出材料を含有する電子放出材料層を、電極基板の上に形成してなるものである。本発明においては、特に、本発明の鉄−炭素複合体からなる炭素質材料を、印刷、塗布等の手法で電極基板上に形成し、電子放出体として使用するのが好ましい。
【0119】
本発明の電子放出体に使用する電極基板としては、この分野で使用されている各種のものがいずれも使用できる。例えば、シリコン基板等に各種の導電性材料、例えば、白金、金、クロム、インジウム等を常法に従って、スパッタリング法等により蒸着してなる基板を例示できる。該金属蒸着層の厚さは、特に限定されないが、一般には、例えば、0.1〜500μm程度、特に10〜100μm程度とするのがよい。
【0120】
本発明の好ましい実施形態によると、本発明の電子放出体においては、電子放出材料である本発明の鉄−炭素複合体が電極基板面に対して配向している。本発明の鉄−炭素複合体の配向の態様としては、本発明の鉄−炭素複合体がその全長にわたって配向している配向状態、本発明の鉄−炭素複合体(特に長寸法の場合)の長さ方向の途中から一端又は両端が立ち上がって配向している配向状態、これら二つの配向状態が混在している配向状態などがある。
【0121】
配向方向は、電極基板面に対して平行な方向から若干立ち上がった方向、垂直な方向に又は垂直な方向に近い方向、これらの中間の方向等があるが、電極基板面に対して垂直な方向又はほぼ垂直な方向であるのが好ましい。
【0122】
また、電子放出材料を構成する本発明の鉄−炭素複合体の全てが配向していてもよく、またその一部が配向していてもよい。
【0123】
本発明の電子放出体は、上記本発明の電子放出材料を、気相成長、印刷、塗布等の手法で、電極基板上に形成することにより製造される。
【0124】
例えば、本発明の電子放出材料を媒体に分散させた分散液を電極上に塗布乾燥することにより、電子放出体を形成することができる。該媒体としては、有機溶媒、例えば、メタノール、エタノール、プロピルアルコール等の炭素数1〜4の低級アルコール、クロロホルム等の炭素数1〜4のハロゲン化炭化水素等を例示できる。更にこれら有機溶媒にバインダーを含有させた媒体であってもよい。
【0125】
上記媒体に分散させる本発明の電子放出材料の濃度は、広い範囲から選択できるが、一般には分散液全重量に対して、5〜80重量%程度、特に10〜50重量%程度となる量が好ましい。
【0126】
上記分散液を電極基板に塗布する方法としては、各種の塗布方法が採用できるが、例えば、滴下、スプレー、スピンコート等の方法を例示できる。塗布した分散液の乾燥方法も特に限定されず、例えば、空気乾燥、減圧乾燥、加熱乾燥等を採用できる。
【0127】
印刷により電子放出材料層を形成する方法としては、常法により電子放出材料のスラリーをスクリーン印刷する手法等が挙げられる。また、気相成長により電子放出材料層を形成するには、電子放出材料を合成する反応炉に予め電極基板を設置し、気相合成する等の手法が挙げられる。
【0128】
また、本発明の電子放出材料が電極基板上で配向している電子放出体は、例えば、本発明の電子放出材料であって、チューブ内空間部に磁性体を含有しているナノチューブを使用し、上記のようにして形成された電子放出体に対して磁場を印加することにより、あるいは、電子放出材料の分散液を塗布する際に磁場を引加することにより、該磁性金属内包カーボンチューブを基板に対して配向させることもできる。
【0129】
磁場の印加方法としては、種々の方法を採用できる。例えば、電極基板の背面にサマリウムコバルト系永久磁石等の磁石を配置し、その磁力線が例えば電極基板面に対して垂直方向となるようにする等の方法で、磁場を印加すればよい。
【0130】
本発明により得られる電子放出材料及び電子放出体は、常法に従って、電界を印加することにより、電子を放出する性質に優れている。特に、本発明の電子放出材料である本発明の鉄−炭素複合体が電極基板上で配向している電子放出体は、本発明の鉄−炭素複合体を配向していない本発明の電子放出体と比べても、更に優れた電子放出性能を有する。
【0131】
従って、本発明の電子放出材料及び電子放出体を使用することにより、低消費電力の自発光型平面表示装置を実現することができる。例えば、電子源板と、蛍光体が塗布された表示板を備え、該電子源板と表示板との間の空間を真空雰囲気とした平面表示装置において、該電子源板として、本発明の電子放出材料を備えた電子放出体を使用することにより、低消費電力の自発光型平面表示装置を実現することができる。
【0132】
本発明の電子放出材料は、自発光型平面表示装置、薄型壁掛けテレビ等において有利に使用することができる。
【実施例】
【0133】
以下、本発明の製造法を、実施例及び比較例を参照して、詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0134】
実施例1
<工程(1)>
無水FeCl3 0.5g及びフェロセン0.5gをアルゴン雰囲気下で混合し、磁製ボート内に薄く広げて敷き詰めた。この時点で、既に塩化鉄とフェロセンとの反応が開始していた。これをアルゴン雰囲気下で石英管からなる炉内中央に設置し、炉内を圧力50Paまで減圧し、0.5時間を要して減圧のまま昇温して800℃まで加熱することにより、塩化鉄とフェロセンとを反応させた。
【0135】
<工程(2)>
800℃に到達した時点で、アルゴンを導入して圧力を6.7×104Paに制御した。一方、熱分解性炭素源として、ベンゼン槽にアルゴンガスをバブリングさせて揮発したベンゼンとアルゴンの混合ガスを反応炉容積1リットル当たり、50ml/minの流速で炉内に導入した。
【0136】
800℃の反応温度で90分間反応させ、500℃まで20分で降温後、ヒーターを取り外して20分で室温まで空冷することにより、鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を1100mg得た。
【0137】
SEM観察の結果から、得られた鉄−炭素複合体は、外径5〜30nm、長さ0.2〜30μmで直線性の高いものであった。また、炭素からなる壁部の厚さは、2〜10nmであり、全長に亘って実質的に均一であった。また、該壁部は、TEM観察及びX線回折法から炭素網面間の平均距離(d002)が0.34nm以下の黒鉛質構造を有するナノフレークカーボンチューブであることを確認した。
【0138】
また、X線回折、EDXにより、上記で得られた鉄−炭素複合体には炭化鉄が内包されていることを確認した。
【0139】
得られた本発明の炭素質材料を構成する多数の鉄−炭素複合体を電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、ナノフレークカーボンチューブの空間部(即ち、ナノフレークカーボンチューブのチューブ壁で囲まれた空間)への炭化鉄の充填率が10〜80%の範囲の種々の充填率を有する鉄−炭素複合体が混在していた。炭化鉄の平均充填率は40%であった。
【0140】
また、その先端形状をTEMで観察したところ、ドーム型蓋体で閉じられていた。各先端形状を有する炭化鉄部分内包ナノフレークカーボンチューブの割合についてTEMで100視野を観測したところ、ドーム部の内側最頂部から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離d2が鉄−炭素複合体全長の0%(0 nm)のもの(図5に示すタイプ)が50%、ドーム部内側最頂部と内包炭化鉄先端との距離d2が5〜20nmのもの(図4に示すタイプ)が全体の50%であった(d2は鉄−炭素複合体全長の0〜1%)。ともに、ドーム部の長さd1は5〜30nmであり、曲率半径は5〜20nmであった。これらの観察結果を表1に示す。なお、ドーム型蓋体の厚さは、壁とほぼ同一の2〜10nmであった。
【0141】
【表1】

比較例1
特許文献1の実施例3に従って鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を製造した。即ち、図2に示すような装置を用い、次の工程(1)及び(2)を行って本発明の鉄−炭素複合体を得た。
【0142】
<工程(1)>
無水FeCl3(関東化学株式会社製)0.5gを磁製ボート5内に薄く広げて敷き詰める。これを炉内下流側に設置する。また、磁製ボート8に入れたフェロセンを炉内上流側に設置する。
【0143】
炉内を圧力50Paまで減圧する。このとき、真空吸引するラインの反対側から酸素5000ppm含有アルゴンガスを30ml/minの速度で供給する。これにより、反応炉容積をA(リットル)とし、酸素量をB(Ncc)とした場合の比B/Aを、2.5×10-3とした。次いで、反応温度800℃まで減圧のまま昇温する。
【0144】
<工程(2)>
反応温度800℃に到達した時点で、アルゴンを導入し、圧力を6.7×104Paに制御する。一方、炉内上流側に設置した磁製ボート8中のフェロセンを、200℃まで圧力を6.7×104Paに維持して昇温する。
【0145】
また、熱分解性炭素源として、ベンゼン槽にアルゴンガスをバブリングさせて、揮発したベンゼンとアルゴンの混合ガスを、反応炉容積1リットル当たり、30ml/minの流速で炉内に導入し、希釈ガスとして、アルゴンガスを20ml/minの流速で導入する。800℃の反応温度で30分間反応させた。
【0146】
次いで、500℃まで20分で降温後、ヒーターを取り外して20分で室温まで空冷することにより、鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を、反応管内に240mg得た。
【0147】
SEM観察の結果から、得られた鉄−炭素複合体は、直径15〜40nm、長さ2〜3ミクロンで直線性の高いものであった。
【0148】
また、炭素からなる壁部の厚さは、5〜15nmであり、全長に亘って実質的に均一であった。また、該壁部は、TEM観察及びX線回折法から炭素網面間の平均距離(d002)が0.34nm以下の黒鉛質構造を有する多層ナノフレークカーボンチューブであることを確認した。
【0149】
上記で得られた炭素質材料を構成する多数の鉄−炭素複合体を電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、ナノフレークカーボンチューブの空間部(ナノフレークカーボンチューブの炭素壁で囲まれた空間)への炭化鉄又は鉄の充填率が25〜90%の範囲の種々の充填率を有する鉄−炭素複合体が混在していた。
【0150】
TEM観察の結果から、得られた鉄−炭素複合体を含む炭素質材料において、炭化鉄又は鉄のナノフレークカーボンチューブ内空間部への平均充填率(炭素質材料としての平均値)は60%であった。
【0151】
本実施例で得られた鉄−炭素複合体を構成しているナノフレークカーボンチューブの形状は、円筒状であり、その長手方向に垂直な断面のTEM写真において観察されるグラフェンシート像は、閉じた環状ではなく、不連続点を多数有する不連続な環状であった。
【0152】
また、本発明の鉄−炭素複合体を構成しているナノフレークカーボンチューブをTEM観察した場合において、その長手方向に配向している多数の略直線状のグラフェンシート像に関し、個々のグラフェンシート像の長さは、概ね2〜30nmの範囲であった。
【0153】
比較例2
<工程(1)>
無水FeCl3 0.5gを磁製ボート内に薄く広げて敷き詰め、これをアルゴン雰囲気下で石英管からなる炉内中央に設置し、炉内を圧力50Paまで減圧し、0.5時間を要して減圧のまま昇温し、800℃まで加熱した。
【0154】
<工程(2)>
800℃に到達した時点で、アルゴンを導入し、圧力を6.7×104Paに制御した。一方、熱分解性炭素源として、フェロセン2重量%濃度に溶解させたベンゼンにアルゴンガスをバブリングさせて揮発したベンゼンとアルゴンの混合ガスを反応炉容積1リットル当たり、50ml/minの流速で炉内に導入した。
【0155】
800℃の反応温度で90分間反応させ、500℃まで20分で降温後、ヒーターを取り外して20分で室温まで空冷することにより、鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を400mg得た。
【0156】
SEM観察の結果から、得られた鉄−炭素複合体は、外径20〜50nm、長さ5〜30μmで直線性の高いものであった。また、炭素からなる壁部の厚さは、2〜20nmであり、全長に亘って実質的に均一であった。また、該壁部は、TEM観察及びX線回折法から炭素網面間の平均距離(d002)が0.34nm以下の黒鉛質構造を有するナノフレークカーボンチューブであることを確認した。
【0157】
また、X線回折、EDXにより、上記で得られた鉄−炭素複合体には炭化鉄が内包されていることを確認した。
【0158】
得られた炭素質材料を構成する多数の鉄−炭素複合体を電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、ナノフレークカーボンチューブの空間部(即ち、ナノフレークカーボンチューブのチューブ壁で囲まれた空間)への炭化鉄の充填率が10〜80%の範囲の充填率を有する鉄−炭素複合体が混在していた。炭化鉄の平均充填率は30%であった。
【0159】
試験例1
上記実施例及び比較例で得られた鉄−炭素複合体を電子放出材料として用いて、電子放出体を得た。
【0160】
より詳しくは、カソード基板として、2×2cmのシリコン基板に、2μm厚さで白金をスパッタすることによりカソード基板を得た。一方、アノード電極は、直径8mmのSUS製電極を用いた。
【0161】
上記実施例1及び比較例1〜2で得られた炭化鉄又は鉄部分内包カーボンナノチューブ1mgを、エタノール5mlに分散し、カソード基板に滴下乾燥することにより、カソード基板上に、炭化鉄又は鉄部分内包カーボンナノチューブからなる電子放出材料を薄膜状に形成し、さらに、5×5mm角を残して他の炭化鉄又は鉄部分内包カーボンナノチューブからなる電子放出材料部を拭き取ることにより、カソード基板、即ち、本発明の電子放出体を得た。
【0162】
次いで、図6に示すように、上記で得られた電子放出材料18を形成したカソード基板10に対して、上記で得られたアノード電極12を600μmの間隔で平行にした状態で、真空容器16中に設置し、容器内を1×10-6Paにした後、カソード基板10とアノード電極12に電圧を印加することにより、電子放出を確認した。
【0163】
その結果を下記表2に示す。電解閾値は1μA/cm2の電流密度を得る時の電界強度として求めた。
【0164】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0165】
本発明の製造法によれば、酸素濃度の調整を必要とすることなく、鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を工業的に有利に製造できる。
【0166】
また、本発明の製造法により得られる鉄−炭素複合体は、優れた電子放出特性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0167】
【図1】本発明の製造法を行うために使用する製造装置の一例を示す概略図である。
【図2】特許文献1の製造法(第二製法)で使用される反応装置の一例を示す概略図である。
【図3】カーボンチューブのTEM像の模式図を示し、(a-1)は、円柱状のナノフレークカーボンチューブのTEM像の模式図であり、(a-2)は入れ子構造の多層カーボンナノチューブのTEM像の模式図である。
【図4】本発明の鉄−炭素複合体が有する先端形状の一例を示す概略図である。
【図5】本発明の鉄−炭素複合体が有する先端形状の他の例を示す概略図である。
【図6】試験例1で電子放出特性を確認するために使用した測定装置の概略図である。
【符号の説明】
【0168】
1 反応炉
2 加熱装置
3 加熱装置
5 仕込み皿
8 仕込み皿
10 カソード基板
12 アノード電極
16 真空容器
18 電子放出材料
100 ナノフレークカーボンチューブの長手方向のTEM像
110 略直線状のグラフェンシート像
200 ナノフレークカーボンチューブの長手方向にほぼ垂直な断面のTEM像
210 弧状グラフェンシート像
300 入れ子構造の多層カーボンナノチューブの長手方向の全長にわたって連続する直線状グラフェンシート像
400 入れ子構造の多層カーボンナノチューブの長手方向に垂直な断面のTEM像
40 本発明の鉄−炭素複合体の透過型電子顕微鏡(TEM)の像
42 第一の壁のTEM像
44 第二の壁のTEM像
48 ドーム型蓋体のTEM像
48g 多数のグラフェンシート像
48i ドーム型蓋体の内側最頂部
48p ドーム型蓋体の外側最頂部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる群から選ばれるカーボンチューブと(b)炭化鉄又は鉄とからなり、カーボンチューブ内空間部の10〜90%に炭化鉄又は鉄が内包されている鉄−炭素複合体であって、先端部を側方から透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に、その像が次の形状を有することを特徴とする鉄−炭素複合体:
該鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像及び第二の壁の像の双方から連続しているドーム型蓋体の像で閉じられており、
該ドーム型蓋体は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有する炭素からなる蓋体であり、該蓋体の像を構成しているグラフェンシート像は、ドーム型蓋体の像の表面に沿って円弧状に配列されており、
該ドーム型蓋体の像の内面最頂部から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離(d2)が鉄−炭素複合体の全長の0〜45%である。
【請求項2】
d2が0nmである請求項1に記載の鉄−炭素複合体。
【請求項3】
ドーム部の長さが、カーボンチューブの外径の1/5〜2倍の長さであり、且つ、ドーム部最頂部の曲率半径が、カーボンチューブの外径の1/10〜1倍の長さである請求項1に記載の鉄-炭素複合体。
【請求項4】
直線状であり、外径が1〜100nmであり、炭素からなる壁部の厚さが49nm以下であって全長に亘って実質的に均一であり、長さをLとし外径をDとした場合のアスペクト比L/Dが5〜10000である請求項1〜3のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【請求項5】
鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁部をX線回折法により測定した場合に、炭素網面間の平均距離(d002)が、0.34nm以下である請求項1〜4のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【請求項6】
鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、ナノフレークカーボンチューブである請求項1〜5のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【請求項7】
鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、入れ子構造の多層カーボンナノチューブである請求項1〜5のいずれかに記載の鉄−炭素複合体。
【請求項8】
(a)ナノフレークカーボンチューブ及び入れ子構造の多層カーボンナノチューブからなる群から選ばれるカーボンチューブと(b)炭化鉄又は鉄とからなり、カーボンチューブ内空間部の10〜90%に炭化鉄又は鉄が内包されている鉄−炭素複合体であって、先端部を側方から透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に、その像が次の形状を有する鉄−炭素複合体を含む炭素質材料:
該鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁の像において、第一の壁の像及び第二の壁の像の双方から連続しているドーム型蓋体で閉じられており、
該ドーム型蓋体は、ナノフレーク構造又は黒鉛構造を有する炭素からなる蓋体であり、該蓋体を構成しているグラフェンシート像は、ドーム型蓋体表面に沿って円弧状に配列されており、
該ドーム型蓋体の像の内面から内包炭化鉄又は鉄の先端までの距離(d2)が鉄−炭素複合体の全長の0〜45%である。
【請求項9】
炭素質材料1mgに対して25mm2以上の照射面積でCuKαのX線を照射する粉末X線回折測定において、カーボンチューブに内包されている鉄または炭化鉄に帰属される40°<2θ<50°のピークの中で最も強い積分強度を示すピークの積分強度をIaとし、カーボンチューブの炭素網面間の平均距離(d002)に帰属される26°<2θ<27°のピークの積分強度をIbとした場合に、Ia/Ibの比Rが、0.35〜5である請求項8に記載の炭素質材料。
【請求項10】
鉄−炭素複合体が、直線状であり、外径が1〜100nmであり、炭素からなる壁部の厚さが49nm以下であって全長に亘って実質的に均一であり、長さをLとし外径をDとした場合のアスペクト比L/Dが5〜10000である請求項8又は9に記載の炭素質材料。
【請求項11】
鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブの壁部をX線回折法により測定した場合に、炭素網面間の平均距離(d002)が、0.34nm以下である請求項8〜10のいずれかに記載の炭素質材料。
【請求項12】
鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、ナノフレークカーボンチューブである請求項8〜11のいずれかに記載の炭素質材料。
【請求項13】
鉄−炭素複合体を構成するカーボンチューブが、入れ子構造の多層カーボンナノチューブである請求項8〜11のいずれかに記載の炭素質材料。
【請求項14】
請求項1に記載の鉄−炭素複合体の製造方法であって、
(1)反応炉において、真空中又は不活性ガス雰囲気中で、鉄錯体とハロゲン化鉄とを予め反応させる工程、
(2)上記反応炉内に、熱分解性炭素源を導入し、該熱分解性炭素源と上記工程(1)で得られた反応生成物とを反応させる工程
を含むことを特徴とする製造法。
【請求項15】
工程(1)での鉄錯体と塩化鉄との反応を、鉄錯体100重量部に対してハロゲン化鉄を1〜10000重量部使用し、室温〜1500℃、真空〜200KPaにおいて行う請求項14に記載の製造法。
【請求項16】
工程(2)での熱分解性炭素源と工程(1)で得られた反応生成物との反応を、温度500〜3000℃、圧力0.1KPa〜200KPaにおいて行う請求項14又は15に記載の製造法。
【請求項17】
工程(2)の加熱処理工程後、50〜2000℃/hで500℃まで冷却することによりナノフレークカーボンチューブ とそのチューブ内空間部の10〜90%に充填されている炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を生成させる請求項14〜16のいずれかに記載の製造方法。
【請求項18】
工程(2)の加熱処理工程後、
(3)反応炉内を工程(2)の温度を維持したまま不活性気体で置換する工程、
(4)不活性気体で置換された反応炉内を950〜1500℃に昇温する工程、
(5)昇温終点で終点温度を入れ子構造の多層カーボンナノチューブが生成するまで維持する工程、及び
(6)反応炉内を50℃/h以下の速度で冷却する工程
を行うことにより入れ子構造の多層カーボンナノチューブとそのチューブ内空間部の10〜90%に充填されている炭化鉄又は鉄からなる鉄−炭素複合体を含む炭素質材料を生成させる請求項14〜16のいずれかに記載の製造方法。
【請求項19】
鉄錯体が、フェロセン又は鉄カルボニル錯体である請求項14〜18のいずれかに記載の製造方法。
【請求項20】
ハロゲン化鉄が、鉄の塩化物である請求項14〜18のいずれかに記載の製造方法。
【請求項21】
鉄の塩化物が、FeCl2、FeCl3、FeCl2・4H2O及びFeCl3・6H2Oからなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項20に記載の製造方法。
【請求項22】
熱分解性炭素源が、炭素数6〜12の芳香族炭化水素、炭素数1〜10の飽和脂肪族炭化水素及び炭素数2〜5の不飽和脂肪族炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項14〜21のいずれかに記載の製造方法。
【請求項23】
請求項8〜13のいずれかに記載の炭素質材料を含む電子放出材料。
【請求項24】
カソード基板及び該カソード基板上に形成された請求項23に記載の電子放出材料の層を備えた電子放出体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−8425(P2006−8425A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−184146(P2004−184146)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【出願人】(000000284)大阪瓦斯株式会社 (2,453)
【Fターム(参考)】