光共振器
【課題】 本発明は、大きなQ値を実現できる光共振器を提供することを目的とする。
【解決手段】 2次元フォトニック結晶に構成される光共振器において、結晶配位方向の1列の空孔を除去した線欠陥を基本とし、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔を基本幅とした線欠陥導波路を形成し、少なくとも前記線欠陥導波路の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の空孔を結晶格子の格子点から前記線欠陥の中心より離れる方向にシフトさせて配置し、前記両側の空孔の中心の間隔を前記基本幅より大きくして前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入し、モードギャップバリアにより前記線欠陥の長手方向に沿った方向の光閉じ込めを行う。
【解決手段】 2次元フォトニック結晶に構成される光共振器において、結晶配位方向の1列の空孔を除去した線欠陥を基本とし、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔を基本幅とした線欠陥導波路を形成し、少なくとも前記線欠陥導波路の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の空孔を結晶格子の格子点から前記線欠陥の中心より離れる方向にシフトさせて配置し、前記両側の空孔の中心の間隔を前記基本幅より大きくして前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入し、モードギャップバリアにより前記線欠陥の長手方向に沿った方向の光閉じ込めを行う。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器に関し、特に、2次元フォトニック結晶に構成される光共振器に関する。
【背景技術】
【0002】
光を閉じ込める光共振器における光閉じ込めの程度を表す指標として広く受け入れられているのはQ値(Quality factor)であり、以下の式で表される。
【0003】
Q=−ωU/du
ここでωは共鳴モードの周波数、Uは光共振器内に蓄えられている光子の総エネルギー、duは単位時間当たりの光子の外部への漏れによる減衰である。即ち、Q値を高くするには光共振器からの光の漏れを小さくするのが基本である。
【0004】
ここで、光共振器としてSi(シリコン)など光波長領域で屈折率の高い薄膜(以下、スラブと呼ぶ)の上下をより屈折率の低い空気やSiO2などの低屈折材料からなるクラッド層で挟み込んだ構造に、低屈折材料からなる垂直ホール(以下、空孔と呼ぶ)を三角格子または四角格子に配置した2次元フォトニック結晶構造(以下、フォトニック結晶スラブと呼ぶ)において、点状または線状に格子をなす空孔を取り除いた、いわゆる点欠陥光共振器および有限長の線欠陥光共振器構造のみを考慮することにする。
【0005】
この種の光共振器のQ値低下の要因として、加工の際に導入される形状の乱れによるものが実際には大きいが、これによるQ値の低下は本発明の適用の有無にかかわらず発生するものなので、以下では形状の乱れを無視し、設計どおりの理想的な形状が得られている場合を考えることにする。
【0006】
理想的なフォトニック結晶スラブにおいてフォトニックバンドギャップ中に形成された孤立した光共振器の共鳴順位にトラップされた光は、スラブに平行な方向(以下、面内方向と呼ぶ)に関してはフォトニックバンドギャップのため原理的に漏れることがない。面内方向以外の方向(面外方向)に関する光の閉じ込めはスラブと上下クラッドの屈折率差による全反射により与えられている。全反射条件はどのような状況でも満たされるものではなく、スネルの法則で決まる臨界角を超えると全反射は起こらなくなり、光の一部が屈折により面外に放射される。
【0007】
更に、スラブないしクラッドに空孔の格子や回折格子などの周期構造が設けられていると回折による面外放射も発生する。屈折や回折による面外放射が発生し始める臨界点の周波数と波数の関数をライトラインと呼ぶ。
【0008】
図1に典型的なフォトニック結晶スラブにおけるバンド構造とライトラインの関係を示す。同図中、PRGはフォトニックバンドギャップ、破線はライトラインを示す。ライトラインの上側(Γ点側)では面外放射による光の漏れが発生し、下側(M点またはK点側)では漏れが発生しないことになる。光共振器にトラップされた光は不確定性原理により実空間的には局在する反面、波数空間(運動量空間)では全域に広がって存在することになるので実空間における電磁界分布をフーリエ変換し波数空間における分布を求め検討を行う。
【0009】
図1はバルクのスラブ構造のバンド構造を示したものであるが、光共振器の場合について具体的に示したのが図2である。図2(B)に示すような点欠陥光共振器の場合、図2(A)に示すように、実空間分布において電磁界は光共振器の中心付近を最大として、そこから急激に減衰しつつ広がるような分布を示す。電磁界が強い領域は光共振器の中心付近の極小さい範囲に限られ、光は強く局在していることになる。
【0010】
一方、波数空間における分布は実空間のものとは大きく異なる。波数空間においては図2(C),(D)にグレーで示すライトラインの上側の領域(ライトコーンとも呼ばれる)の存在に注意しなければならない。図2(C),(D)において、原点は図1のΓ点にあたり、原点を中心にライトラインの上側の領域が広がっている。図2(B)に示す単純な点欠陥の場合、図2(C)に示すようにライトラインの上側の領域においても、相当の電磁界成分が存在する。即ち、面外放射による光損失とそれによるQ値の低下が大きいことを意味している。
【0011】
Q値を向上させるためにはライトラインの上側に分布する電磁界強度を低減することが必須である。単一点欠陥光共振器では面内方向の全方向がフォトニックバンドギャップ閉じ込めであり、フォトニック結晶の強い周期性のためライトラインの上側にも大きな電磁界成分が分布してしまうのでQ値は高々数千程度に制限される。点欠陥を複数個直列に並べ多点欠陥とすることにより共鳴モードが線欠陥導波路的に変わり、線欠陥に直交する向きのライトラインの影響がほぼ無視できるようになる。
【0012】
これにより、Q値は単一点欠陥に比べ高くなるが、線欠陥方向に残るライトラインの影響のためQ値は高々数万程度に制限される。更なる改良として、多点欠陥の両端およびその延長線上の空孔をシフトさせること(非特許文献1参照)や、空孔の大きさを変えつつシフトさせること(非特許文献2参照)等により、電磁界分布をガウス分布に近づけることでライトライン上側の電磁界強度を低減することが試みられ、Q値は理論値で30万程度、実験値で10万程度にまで向上された。しかしながら点欠陥及びそれを数個連結した数点欠陥光共振器では基本的にフォトニック結晶の周期性の影響が強いために、光共振器におけるこれ以上のQ値の向上は困難と考えられている。
【0013】
ライトラインの上側の電磁界強度を更に低減してQ値を更に向上させるためにはフォトニック結晶の周期性の影響の小さい新たな手法により線欠陥方向の光を閉じ込める必要がある。その新たな手法として最初に提案されたのが、導波モードに差異のあるフォトニック結晶導波路を接続する際にその界面(ヘテロ界面)に発生するモードギャップバリアにより光を閉じ込める手法である。図3を用いてその概念を説明する。
【0014】
図3は、フォトニック結晶スラブにおける代表的な一列抜き線欠陥導波路の基本伝播モードを示してある。縦軸は規格化周波数ωであり、ω=a/λ(ただし、a:格子定数)により光波長λと対応する。図中、伝播モードは周波数ωmg以下(モードギャップ領域)には存在しない。モードギャップ領域において光はエバネッセント波としてしか存在が許されない。
【0015】
次に、ヘテロ界面に発生するモードギャップバリアについて説明する。線欠陥導波路の幅や結晶の格子定数を変えることによりωmgは変化する。導波路幅や格子定数が異なる2つの線欠陥導波路を接合(ヘテロ接合)させると、接合の両側においてωmg(ωmgl、ωmgr)に差(モードギャップバリア)が生じる。図中、接合の左側(ωmgが低い側)の導波路においてはωmgl<ω≦ωmgrの光が伝播可能である。しかし、そのような光は界面の左側から右側へはエバネッセント波として惨み込むだけで、進入することはできない。
【0016】
なお、バリア境界からモードギャップ(フォトニックバンドギャップ)側ではマクスウェル方程式の解が純虚数となり、光はバリア境界から減衰し僅かな距離を定在波として侵入する。ただし進行はしない。これがエバネッセント波であり、モードギャップバリアが十分薄い場合はトンネル効果で光がモードギャップバリアを透過できる。
【0017】
次に、線欠陥導波路におけるダブルヘテロ接合について図4を用いて説明する。モードギャップ周波数ωwの導波路の両側を同じモードギャップ周波数ωb(ωw<ωb)の導波路で挟んだ構造において、ωw≦ω<ωbとなる周波数の光は2つのヘテロ接合に挟まれた領域に閉じ込められる。この原理によりダブルヘテロ接合を利用した光共振器を実現することができる。
【0018】
なお、モードギャップバリアによる光閉じ込めは、フォトニックバンドギャップによる光閉じ込めと物理的には等しい。但し、後者ではバリアをフォトニック結晶で導入するため光共振器端における屈折率変化や結晶の周期性の効果を小さくできないのに対し、前者では特にヘテロ接合における導波路幅や格子定数の差を小さくすることでモードギャップバリアやヘテロ接合における屈折率変化を極めて小さくでき、結晶の周期性の影響を小さくできるため、ライトラインの上側の電磁界成分の強度を最良の点欠陥型光共振器より一桁以上低減でき、理論的に百万を超えるQ値を実現できるようになる。また、非特許文献3に示されているように、光共振器部分において共鳴準位がフオトニックバンドギヤップ外に存在する場合でも、モードギャップバリアによるダブルヘテロ接合を形成することで光共振器を実現可能になる。線欠陥導波路にダブルヘテロ接合を実現する手法としては、次の3つが挙げられる。
【0019】
第1の手法は、導波路幅を変える(非特許文献3,4参照)。
【0020】
第2の手法は、空孔の直径を変える。
【0021】
第3の手法は、格子定数を変える。
【0022】
なお、線欠陥の曲げ、分岐、及び終端において発生するモードギャップバリアにより光共振器が構成されることが非特許文献5に報告されているが、これらは線欠陥に意図的に導入されたダブルヘテロ接合とは言い難い。
【0023】
図5は、第1の手法を用いたモードギャップバリアによる線欠陥ダブルヘテロ接合光共振器の構造を示す(非特許文献3,4参照)。ここでは、線欠陥の幅が0.6Wo(但しWo=a×√3)のZ軸方向に延在する導波路の途中に、最近接の空孔の直径を大きくして線欠陥の幅を0.4WOとした部分を形成している。導波路幅の制御はリソグラフィー技術において再現性良く高精度に実現できるのでデバイス実現上有利な手法である。
【0024】
空孔のサイズを変える第2の手法は、フォトニック結晶の格子配列を変えることなく導波モードの変調を行うことが可能な利点がある。但し、現存するリソグラフィー技術においてはサイズの制御が導波路幅や格子定数の制御に比べ精度面で不利になる問題がある。
【0025】
格子定数を変える第3の手法は第1の手法と同様リソグラフィー技術において制御性、再現性が確保しやすい手法である。格子定数差によるヘテロ接合は当初は波長多重された光の中から単一の波長の光を分波する用途のための高域透過フィルタとして初めて提案された(非特許文献6参照)。後に、ダブルヘテロ接合を用いた光共振器に応用された(非特許文献7参照)。最近、理論値として2000万、実験値として約60万のQ値が報告された(非特許文献8参照)。このQ値は前述のとおり従来型の点欠陥型光共振器では実現不可能な値であり、モードギャップバリアによる光閉じ込めの優位性を明確に示した画期的な報告であるといえる。
【非特許文献1】Y.Akahane,T.Asano,and B.S.Song,and S.Noda,Nature 425,944(2003)
【非特許文献2】Satoshi Mitsugi,Akihiko Shinya,Eiichi Kuramochi,Masaya Notomi,Tai Tshchizawa and Toshifumi Watanabe,”Resonant tunneling wavelength filters with high Q and high transmittance based on photonic crystal slabs”,IEEE Lasers and Electro−Optics Society 2003(LEOS2003),Tuscon,America,Oct.TuE3 2003(p214−215,Vol.1)
【非特許文献3】川畑達郎、フォトニック結晶導波路を用いた波長選択フィルタに関する研究、2002年度東海大学修士論文
【非特許文献4】川畑達郎、納富雅也、新家昭彦、二木聡、倉持栄一、土澤泰、渡辺俊文、モードギャップを利用したスポットサイズ変換機構付フォトニック結晶共鳴トンネル型フィルター、第64回応用物理学会学術講演会、1P−ZM−5(2003) 及びM.Notomi,A.Shinya,S.Mitsugi,E.Kuramochi,and H−Y Ryu,Optics Express 12,1551(2004)
【非特許文献5】K.Inoshita and T.Baba,Electron.Lett.39,844(2003)
【非特許文献6】B.S.Song,T.Asano,and S.Noda,Science 300,1537(2003)
【非特許文献7】浅野卓、宋奉植、赤羽良啓、野田進、2次元フォトニック結晶スラブの微小ダブルヘテロ接合を用いた高Q欠陥光共振器、第64回応用物理学会学術講演会、1P−ZM−11(2003)
【非特許文献8】B.S.Song,S.Noda,T.Asano,and Y.Akahane,Nature Materials,4,207(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
非特許文献3、4に記載された導波路幅変化ダブルヘテロ接合光共振器は、導波モードがフォトニックバンドギヤップ外に出るためフオトニックバンドギヤップ閉じ込めが無効となる状況を解決することを目的としたもので、同文献中のQ値の理論値は最高でも数千程度であり、10万を超える高いQ値の実現可能性やそのために必要な技術については検討も言及もされていない。
【0027】
また、非特許文献3、4において導波路幅を変化する手法として記載されていたのはモードギャップバリア部分において導波路の線欠陥を挟む両側一列の空孔のサイズを拡大する第2の手法のみであった。さらに、同文献に示されているのは短い有限長のバリア部分を挿入した構造であり、短い有限長のバリアによって高いQ値を得られるかどうかについては記載されていない。
【0028】
格子定数を変えることによるダブルヘテロ接合光共振器においては、光共振器を形成する線欠陥導波路から横方向へそれぞれ格子定数の異なる領域と、そのヘテロ界面を結晶全体あるいは周辺の広範囲にわたり設置しなければならない。
【0029】
例えば非特許文献6は、それぞれ格子定数が異なる領域がフォトニック結晶横幅全体にわたって存在している。このような構造では同一フォトニック結晶内に並列して他のデバイスや導波路を集積する場合に、その格子定数が制約を受け、また、ヘテロ界面の存在により性能が制約を受けるという問題がある。
【0030】
並列配置するフォトニック結晶デバイスを制約せずに格子定数の異なるヘテロ界面を導入するためには、例えば図6に示すように、光共振器を構成する線欠陥と平行にヘテロ界面を導入することにより格子定数の異なる領域を限定する必要がある。
【0031】
この場合、導波路に平行なヘテロ界面が光共振器に影響を与えないようにするためには導波路と平行なヘテロ界面との間隔を、特に光共振器のQ値が高ければ高いほど大きく離す必要がある。このため、格子定数差によるダブルヘテロ接合による光共振器では格子定数の異なる領域を横方向に対して光共振器のごく近傍のみに限定することは不可能である。
【0032】
また、平行ヘテロ界面の周辺に広範囲にデバイスを配置できない領域が広がり、集積度を低下させる問題がある。さらに平行ヘテロ界面を横切る光の配線を設けると導波路の性能が制約を受ける問題がある。また特に導波路に沿った縦方向の格子定数を変更する場合、平行ヘテロ界面の導入により格子定数の異なる領域を限定すると、図6に示すような格子の位相ずれによる不整合が発生し、その解決が困難であるという問題があった。
【0033】
本発明は、上記の点に鑑みなされたものであり、大きなQ値を実現できる光共振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明の光共振器は、2次元フォトニック結晶に構成される光共振器において、
結晶配位方向の1列の空孔を除去した線欠陥を基本とし、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔を基本幅とした線欠陥導波路を形成し、
少なくとも前記線欠陥導波路の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の空孔を結晶格子の格子点から前記線欠陥の中心より離れる方向にシフトさせて配置し、前記両側の空孔の中心の間隔を前記基本幅より大きくして前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入し、
前記モードギャップバリアにより前記線欠陥の長手方向に沿った方向の光閉じ込めを行うことにより、大きなQ値を実現できる。
【0035】
前記光共振器において、前記モードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥の長手方向について光共振器の中心に近いほどシフト量が大きくなるように配置され、かつ、前記光共振器の中心を通り前記線欠陥と直交する平面に対し面対称になるように配置される。
【0036】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路の基本幅は、格子定数aを用いると、√3×aの0.5倍以上1.2倍以下である。
【0037】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路の基本幅部分の線欠陥の長さは、格子定数aの5倍以上である。
【0038】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて3列目までである。
【0039】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて1列目の空孔のシフト量が2列目の空孔のシフト量以上で、前記2列目の空孔のシフト量が3列目の空孔のシフト量より大きい。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、大きなQ値を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態について説明する。
【0042】
<実施形態>
図7は、本発明の光共振器の一実施形態のフォトニック結晶構造を示す。同図中、基本構造はSi基板1に円柱状の空孔2が格子定数aの正三角格子配列をなして設けられており、Si基板1の上下及び空孔は例えば空気のフォトニック結晶スラブである。
【0043】
ここに、結晶配位方向と重なるZ軸方向に延在する基本幅W(基本幅Wは線欠陥を挟む最も内側の穴の中心の間隔)の線欠陥導波路3が設けられている。線欠陥導波路3のZ軸方向の中央部で線欠陥導波路3の両側で対向する例えば4個の第1の空孔Aは矢印で示すように線欠陥導波路3から外側に向けてX軸方向に10数nmシフトされ、空孔Aに隣接する例えば10個の第2の空孔Bは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に数nmシフトされている。上記の空孔A,Bのシフトにより、シフトのない基本幅の線欠陥導波路3をモードギャップバリアとするダブルヘテロ接合光共振器4が形成されている。
【0044】
本実施形態では、光閉じ込め層としてのSi基板1と、より屈折率の低い上下の光ガイド層としての空気からなり、少なくとも光閉じ込め層を上下に貫通する断面が例えば円形の空孔2が三角格子または四角格子をなして配置されているフォトニック結晶スラブを利用することにより、光閉じ込め層と光ガイド層の界面における全反射を利用して光を光閉じ込め層に閉じ込めると共に、面内方向にはフォトニックバンドギャップを出現させている。
【0045】
図8は、線欠陥導波路3の基本幅Wを変化させた場合に導波モードがどう変化するかを示したものである。Si基板1の上下及び空孔は空気で充たされ、空孔半径が格子定数aの0.5倍、スラブ厚さが格子定数aの0.485倍の場合について計算したものである。これは、Siフォトニック結晶スラブとして典型的な数値であり、格子定数や穴径などが若干変化しても図8から定性的に大きな違いは生じない。
【0046】
このようなスラブ構造に対するマクスウェル方程式の解はTEモード(水平方向の横方向に電界成分のみを持つモードがTEモードである)とTMモードのいずれかであり、光共振器の閉じ込めモードとして利用するのはフォトニックバンドギャップ内のTEモードのevenモード(垂直方向の磁界振幅が導波路中心に対し偶関数になるモード:横偶モード)である。スラブ構造においてはTMモードにはフォトニックバンドギャップが存在せず光が閉じ込められない。またTEモードでもoddモード(垂直方向の磁界振幅が導波路中心に対し奇関数になるモード:横奇モード)は損失が大きく光共振器のQ値が低くなるので利用できない。導波モードは基本幅Wを狭くすると高周波数側(長波長側)にシフトする。
【0047】
図8中、ハッチング部分はフォトニックバンドギャップ外を示している。実線は横偶モードの下限を示しており、この実線より上側が有効な導波路領域になる。一方、破線で示すライトラインの上側では面外放射のため光を閉じ込められない。このため、光共振器として利用可能な領域は図中の実線と破線の間の領域ということになる。
【0048】
左側の横偶モード(基本幅が√3aの0.8倍以下で有効)では√3aの0.5倍未満になるとライトライン(破線)の制約により光共振器を実現できなくなる。更に、この横偶モードはライトラインの上側でΓ点に向かって減少に転じ、一点鎖線で示す極小値をとる特徴があり、一点鎖線より上側ではバンド内散乱と面外放射によりQ値が低下してしまう。また規格化周波数が0.258以下はフォトニックバンドギャップの外側になるため光閉じ込めが無効になる。このため、左側の横偶モードでは基本幅が√3aの0.75倍を超える領域では共振器を構成できない。
【0049】
一方、右側の横偶モードではライトラインの制約により基本幅が√3aの0.7倍よりも大きい場合に有効になる。こちらはライトラインの上側でも折り返さず単調増加するため、一点鎖線の制限はない。しかし、近くに二点差線で示す横奇モードが存在し、二点差線より上側ではバンド間散乱によりQ値が低下する。
【0050】
従って、図8から、本発明の光共振器で高いQ値が得られる線欠陥導波路3の基本幅Wの範囲は√3aの0.5倍から1.2倍の範囲であることが分かる。
【0051】
このように、直線状の線欠陥導波路3において、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔である基本幅Wを格子定数aの√3倍の0.5倍以上1.2倍以下とし、この線欠陥導波路3上に光共振器4を配置することで、線欠陥導波路3によりフォトニックバンドギャップ内に形成される導波モードを光共振器4の共鳴準位として用いる。また、線欠陥導波路3の基本幅Wを格子定数aの√3倍の0.5倍以上1.2倍以下とすることで、導波モードの帯域をフォトニックバンドギャップ内に設定することを可能にし、また、導波モードが単一モードになる帯域を確保している。共鳴モードがフォトニックバンドギャップ外に存在したり、その位置に別の導波モードが存在したりする場合には、いずれも光の漏れが発生して光共振器のQ値が低下する。
【0052】
本実施形態では、線欠陥導波路3の周囲の空孔を線欠陥導波路3の中心から離れる方向(矢印方向)にシフトさせることで線欠陥導波路3にモードギャップバリアを導入し、線欠陥導波路3の長手方向に沿った方向の光閉じ込めをこのモードギャップバリアにより行う。
【0053】
本実施形態においては、少なくとも光共振器4の中心において欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔が線欠陥導波路の基本幅Wより大きくすることにより、光共振器4付近における線欠陥導波路3の長手方向(Z軸方向)に沿った方向の屈折率の変化を小さくし、かつ、モードギャップバリアを小さくする。これにより、共鳴モードがバリア内に深く侵入し緩やかに減衰するようにすることで、ライトラインの上側領域の電磁界成分を0に近づけて光の漏れを防ぎ、結果的に100万を超える高いQ値を実現することを可能としている。
【0054】
また、本実施形態は、モードギャップバリアとして作用する線欠陥導波路3の長さLを格子定数の5倍以上とすることにより、バリア部分の外側が導波路など共鳴モードの光が伝播可能な構造である場合で、かつ、バリアが小さい場合においてもトンネリングによる光の漏れを十分に抑制し、高いQ値を実現する。
【0055】
線欠陥導波路3の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の第1の空孔A及びそれに隣接する第2の空孔Bを線欠陥の中心から離れる方向にシフトさせ、第1の空孔Aのシフト量を第2の空孔Bのシフト量より大きくすることにより、光共振器4付近における線欠陥導波路3の長手方向に沿った方向の屈折率の変化を緩やかにし、かつ、モードギャップバリアを小さくすることにより、共鳴モードがバリア領域内に深く侵入し緩やかに減衰するようにすることで、ライトラインの上側の領域の電磁界成分を0に近づけ光の漏れを防ぐことで、結果的に極めて高いQ値を実現することを可能にしている。なお、図7における空孔A,B、そして更に別の空孔群を追加し、それらの間にシフト量の差を設ける場合には、空孔A,B及び別の空孔群を光共振器4の中心を通り線欠陥導波路3と直交する平面に対し面対称になるように配置して光共振器4を対称構造にしない限り、電磁界分布が乱れQ値が低下してしまう。
【0056】
また、本実施形態は、光共振器を構成する構造を光共振器のごく近傍のみに限定することで周辺に集積される他のデバイスに与える制約を大幅に低減し、デバイス集積構造のレイアウトの自由度を高める。即ち、モードギャップバリアを発生させるための導波路幅の変化を与えるためにシフトさせる空孔を、線欠陥導波路から数えて3列目までに位置する空孔に限定する(図7では2列目まで)。
【0057】
フォトニック結晶スラブの線欠陥導波路3において、導波モードの光はフォトニックバンドギャップにより強く線欠陥部分に局在している。このため、ヘテロ接合において屈折率の変化が無視できるような小さな導波路幅の変化で実現できる小さなモードギャップバリアは、シフトする空孔を線欠陥導波路3から3列目以内に限定しても問題なく発生させることができる。但し、この場合はシフトした空孔とその外側のシフトしていない空孔の境界で格子不整合、あるいは屈折率変化が大きくなりQ値の低下を招く可能性があり、これを回避するために線欠陥導波路3から1列目、2列目、3列目と離れるにつれ空孔のシフト量が減少するような傾斜シフト構造の採用が有効である。図7の構造では空孔Aと空孔Bの配置が線欠陥導波路3の長手方向だけでなく、横方向に対しても上記傾斜シフト構造を実現するようになされている。
【0058】
これにより、光共振器の構造を光共振器のごく近傍のみに限定することができる。また光共振器にトラップされた光の電磁界のモード体積についても、最小でフォトニック結晶の格子定数程度に小さくすることができる。また、ヘテロ界面の導入にもかかわらずフォトニック結晶構造に位相のずれを発生させないようにすることが可能となる。
【0059】
ここで、フォトニック結晶スラブにおける点欠陥または線欠陥による光共振器において100万を越える高いQ値を実現するための十分条件が、光共振器周辺において屈折率が急激に、かつ、結晶の周期性をもって変化することがないことである。これは、そのような急激な屈折率変化は光共振器境界における電磁界の滑らかな変化を乱しライトライン上側の電磁界分布の増大を招くためである。
【0060】
また、点欠陥に代えて線欠陥で光共振器を構成することで、光の漏れにつながる屈折率変化が問題になる方向を線欠陥導波路3の長手方向に限定できる。しかしながら、線欠陥導波路3の長手方向における光閉じ込めをバンドギャップ閉じ込め、即ちフォトニック結晶バリアにより実現する方法では、前述の屈折率変化を根本的に解決することができないが、本実施形態では連続する線欠陥導波路に小さな幅変化を与えることで屈折率の変化と周期性を無視できる程度に抑えつつモードギャップバリアの高さの大幅な低減により共鳴モードがバリア領域内に深く侵入しかつ緩やかに減衰するようにすることで、フォトニック結晶バリアの場合に対し共振器のQ値を大幅に高めることができる。
【0061】
また、線欠陥導波路3の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の第1の空孔A及びそれに隣接する第2の空孔Bを線欠陥の中心から離れる方向にシフトさせ、第1の空孔Aのシフト量を第2の空孔Bのシフト量より大きくすることで、より有効に光の漏れを低減し、光共振器のQ値を極限的に高くすることが可能になる。
【0062】
100万を超えるQ値を実現可能なフォトニック結晶光共振器は、これまで点欠陥における6重極モードを利用するもの(非特許文献6参照)と、格子定数差によりダブルヘテロ結合を形成したもの(非特許文献5参照)しかなかったが、本実施形態においても理論的に100万を超えるQ値を実現することが可能となる。
【0063】
本実施形態では、光共振器4の中心付近のごく狭い領域に限り線欠陥導波路3の周囲の空孔をシフトさせることにより光共振器を実現している。シフトする空孔の個数は最小でわずか1個でも光共振器を実現可能であり、数個から10数個にすることでより大きなQ値を実現できる。これらの空孔の存在する領域は一辺が格子定数の数倍程度と極めて小さい。これは格子定数差によりダブルヘテロ接合を実現する手法では達成不可能である。
【0064】
本実施形態においては光共振器4の配置によりフォトニック結晶の構造を変える必要がある部分を極めて小さく限定できるので、周辺の導波路や他のフォトニック結晶デバイスに構造的な影響を与えにくい。特に、本実施形態による光共振器4の場合、近接する他の光共振器や導波路との結合動作を図る場合に設計が容易でかつ自由度が高い。
【0065】
これに対し、格子定数差によりダブルヘテロ接合を形成した光共振器4においては、周辺に広範に規定の格子定数の領域を確保しなければならないため、周辺の光共振器や導波路が構造的制約を受けることを回避できない。また、線欠陥導波路の長手方向(Z軸方向)に沿った方向の格子定数を変化させ、かつ、その領域を線欠陥導波路から見て横方向(X軸方向)にも限定した場合には、図6に示すように構造的な位相ずれが発生するが、本実施形態によれば横方向の領域限定を構造的な位相ずれを発生させることなく行える。
【0066】
本実施形態では光共振器4に用いる線欠陥導波路3の基本幅Wを格子定数aの√3倍に対し0.5倍から1.2倍の範囲で変えることができる。線欠陥導波路3の幅を変えることで光共振器4の共鳴準位の波長や光共振器のQ値を幅広く、かつ、高精度に調整することが可能である。このことは光共振器の集積化や他のデバイスとの連係動作を行う際に大変有利である。
【0067】
なお、線欠陥導波路3の基本幅を格子定数の√3倍以外に設定した場合には、線欠陥導波路3を挟んだ両側のフォトニック結晶の構造的な位相がずれるため、線欠陥導波路3の延長線上を跨ぐような導波路を形成する場合には、その特性が制約を受けることになる。
【0068】
しかし、本実施形態では大抵の用途の場合、線欠陥導波路3の延長線上を導波路が跨がないような設計を行うことで機能を損なわずにフォトニック結晶光集積回路を実現することが可能である。更に、線欠陥導波路3の基本幅Wを格子定数の√3倍に設定してもQ値の極めて高い光共振器4を実現できるので、全体が単一の格子定数であって、かつ位相ずれが皆無なフォトニック結晶中に複数の共鳴周波数の異なる光共振器を配置することも可能になる。
【0069】
ところで、光閉じ込め層とより屈折率の低い上下の光ガイド層からなり、少なくとも光閉じ込め層を上下に貫通する任意の断面形状の空孔が三角格子または四角格子をなして配置されている2次元フォトニック結晶構造(格子定数a)において、直線状の線欠陥導波路において欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔が√3×aの0.5倍以上1.2倍以下の任意の基本幅を有する線欠陥導波路上に設けられた光共振器であって、光共振器を取り囲む領域においては単一の形状の標準空孔が各格子点に統一的に配置させていて、線欠陥導波路の長手方向に沿った方向の光閉じ込めが線欠陥導波路の周囲の空孔の断面積を変化させることにより線欠陥導波路に導入されるモードギャップバリアにより行われ、モードギャップバリアを出現させるために断面積が変更される空孔が線欠陥導波路から数えて3列目までのみに存在し、少なくとも光共振器の中心において欠陥に面した両側の空孔の断面積が標準空孔のそれよりも小さくしてした光共振器においても、原理的には本実施形態と同等の効果を得ることが可能である。
【0070】
但し、空孔の直径を変化させることでヘテロ接合を形成する場合、導入するモードギャップバリアの大きさに対する屈折率の変化量が導波路幅や格子定数を変える場合に比べてはるかに大きくなるため、特性設計における制約が厳しくなる。
【0071】
また、電子線露光や光露光など現存するナノリソグラフィーにおいてはナノメートルオーダーで空孔径を制御することは難しい。その点本実施形態の用いる空孔の位置の制御ならば、ナノメートルオーダーでの精度が現存するナノリソグラフィーで得られており、リソグラフィーとの相性の点でも優れていて現実的である。
【実施例1】
【0072】
本発明の第1実施例を図9から図12を用いて説明する。
【0073】
図9は、本発明の光共振器の第1実施例のフォトニック結晶構造を示す。同図中、基本構造は厚さ204nmのSi基板10に半径0.5a(=216nm)の円柱状の空孔11が格子定数a(=432nm)の正三角格子配列をなして設けられており、Si基板10の上下及び空孔は空気(屈折率1)のフォトニック結晶スラブである。なお、三角格子配列の空孔11の結晶配位方向のΓK軸は隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ方向であり、三角格子の3辺がΓK軸に対応する。また、ΓM軸は、隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ直線(ΓK軸)に直交し、最短の空気穴の中心に向かう方向である。
【0074】
ここに、ΓK軸と重なるZ軸方向に延在する基本幅0.9×√3a(=674nm)の線欠陥導波路12が設けられている。線欠陥導波路12のZ軸方向のほぼ中央位置で線欠陥導波路12の両側で対向する4個の第1の空孔Aは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に12nmシフトされ、空孔Aに隣接する10個の第2の空孔Bは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に6nmシフトされている。更に、空孔AとZ軸座標が同一で空孔Bに隣接する4個の第3の空孔Cは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に4nmシフトされている。上記の空孔A,B,Cのシフトにより、シフトのない基本幅(674nm)の線欠陥導波路12をモードギャップバリアとするダブルヘテロ接合光共振器14が形成されている。
【0075】
図9の構造に対し、3次元有限差分時間領域(Finite Differential Time Domain:FDTD)法により実行した電磁界数値シミュレーションにおける光共振器14の中心付近の電磁界(Y軸方向の磁場)分布計算結果を図10に示す。
【0076】
図10(A)は計算モデルのXZ面であり、ここでは線欠陥導波路12から右半分を示している。図10(B)はXZ面における磁界パワー分布を示し、図10(C)はYZ面における磁界パワー分布を示し、図10(D)はXY面における磁界パワー分布を示す。なお、上記磁界パワー分布では強度最大の点の磁界パワーが1となるように規格化している。
【0077】
図10では、電磁界即ち光が光共振器付近に閉じ込められ、本構造が光共振器として作用していることが示されている。共鳴モードのモード体積は0.12[μm3]で、点欠陥光共振器と同程度の値になっている。また、この共鳴モードのQ値は約420万と極めて高い。共鳴モードの波長は1553nmで、この光共振器構造において高Q値のモードはこの一つである。
【0078】
図9に示す構造を実際に電子線リソグラフィーにより試作した。市販の電子線リソグラフィー装置、レジスト、現像液、シリコン・オン・インシュレータ基板、ドライエッチング装置、シリコン酸化膜除去用フッ化水素酸・フッ化アンモニウム等の利用により図9の構造を実現できる。
【0079】
図11に試作した構造の電子顕微鏡像を示す。光共振器の空孔のシフト量は最大でも12nmと小さいことから図11の倍率ではどの空孔がシフトされているか不明瞭であるため、光共振器14を実線で囲んで示し、モードギャップバリアの線欠陥導波路12を破線で囲んで示す。
【0080】
光共振器14を構成する線欠陥導波路12からX軸方向に6列目の空孔位置に光入力用の線欠陥導波路16,18の端部が設けられており、光共振器14と線欠陥導波路16,18それぞれは結合している。
【0081】
試作した試料について波長可変レーザ、光減衰器、光検出器の組み合わせによる測定系を用いて共鳴モードの測定を行った。光共振器14においては二光子吸収による非線形現象や発熱によるピークのシフトや広がりが起こりやすいことから、光減衰器により入力光強度を一50dBm以下とし微弱な光強度において測定を行った。
【0082】
測定された共鳴モードの信号を図12に示す。共鳴ピークの半値全幅は約4pmであり、約40万のQ値に相当する。測定値が理論値よりも一桁小さい原因については今後の解明を待つ必要があるが、40万のQ値は既に従来の単一及び多点欠陥型光共振器では理論的な極限値でも到達できない値であり、本発明の効果は明らかである。
【実施例2】
【0083】
本発明の第2実施例を図13から図16を用いて説明する。
【0084】
図13は、本発明の光共振器の第2実施例のフォトニック結晶構造を示す。同図中、基本構造は厚さ204nmのSi基板20に半径0.5a(=210nm)の円柱状の空孔21が格子定数a(=420nm)の正三角格子配列をなして設けられており、Si基板20の上下及び空孔は空気(屈折率1)のフォトニック結晶スラブである。なお、三角格子配列の空孔21の結晶配位方向のΓK軸は隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ方向であり、三角格子の3辺がΓK軸に対応する。また、ΓM軸は、隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ直線(ΓK軸)に直交し、最短の空気穴の中心に向かう方向である。
【0085】
ここに、ΓK軸と重なるZ軸方向に延在する基本幅1.0×√3a(=728nm)の線欠陥導波路22が設けられている。線欠陥導波路22のZ軸方向のほぼ中央位置で線欠陥導波路22の両側で対向する2個の空孔Aは矢印で示すように線欠陥導波路22から外側に向けてX軸方向に12nmシフトされている。上記の空孔Aのシフトにより、シフトのない基本幅(728nm)の線欠陥導波路22をモードギャップバリアとするダブルヘテロ接合光共振器24が形成されている。本構造では光共振器22を構成するためにシフトされている空孔Aがわずか2個であることが特徴である。
【0086】
図13の構造に対し、3次元FDTD法により実行した電磁界数値シミュレーションにおける光共振器24の中心付近の電磁界(Y軸方向の磁場)分布計算結果を図14に示す。
【0087】
図14(A)は計算モデルのXZ面であり、ここでは線欠陥導波路22から右半分を示している。図14(B)はXZ面における磁界パワー分布を示し、図14(C)はYZ面における磁界パワー分布を示し、図14(D)はXY面における磁界パワー分布を示す。なお、上記磁界パワー分布では強度最大の点の磁界パワーが1となるように規格化している。
【0088】
図14では、電磁界即ち光が光共振器付近に閉じ込められ、本構造が光共振器として作用していることが示されている。共鳴モードのモード体積は0.20[μm3]であり、共鳴モードのQ値は約100万、共鳴モードの波長は1560nmであった。
【0089】
図13に示す構造を実際に電子線リソグラフィーにより試作した。図15に試作した構造の電子顕微鏡像を示す。光共振器24の空孔のシフト量は12nmと小さいことから図15の倍率ではどの空孔がシフトされているか不明瞭であるため、光共振器24を実線で囲んで示し、モードギャップバリアの線欠陥導波路22を破線で囲んで示す。
【0090】
光共振器24を構成する線欠陥導波路22からX軸方向に5列目の空孔位置に光入力用の線欠陥導波路26,28の端部が設けられており、光共振器24と線欠陥導波路26,28それぞれは結合している。
【0091】
試作した試料について測定した共鳴モードの測定結果を図16に示す。共鳴ピークの半値全幅は約13.7pmであり、11万を超えるQ値に相当する。本実施形態においては線欠陥導波路22に対し、僅か2個の空孔Aをシフトさせるだけで高いQ値の光共振器24を実現でき、狭い間隔で高密度に光共振器ベースの光素子を集積する目的において大変有利である。
【0092】
以上のように、本発明において、フォトニック結晶スラブにおいて線欠陥導波路とその周囲の特定の空孔のシフトにより線欠陥導波路幅を変調し、モードギャップバリアダブルヘテロ接合を構成することにより、10万を大きく上回る高いQ値の光共振器が実現された。本発明の実現手法は極めて単純かつ容易であり、僅か数個から十数個の空孔のわずかなシフトにより高Q値の光共振器を実現できる。これにより、周辺のフォトニック結晶の設計やデバイスの性能にほとんど制約を与えることなく高いQ値を持つ光共振器をフォトニック結晶上に集積することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】典型的なフォトニック結晶スラブにおけるバンド構造とライトラインの関係を示す図である。
【図2】光共振器のライトラインを説明するための図である。
【図3】フォトニック結晶スラブにおける代表的な一列抜き線欠陥導波路の基本伝播モードを示す図である。
【図4】線欠陥導波路におけるダブルヘテロ接合の基本伝播モードを示す図である。
【図5】従来のモードギャップバリアによる線欠陥ダブルヘテロ接合光共振器の構造を示す。
【図6】格子定数の異なるヘテロ界面を導入した構成を示す図である。
【図7】本発明の光共振器の一実施形態のフォトニック結晶構造を示す図である。
【図8】線欠陥導波路の基本幅と導波モードの関係を示す図である。
【図9】本発明の光共振器の第1実施例のフォトニック結晶構造を示す図である。
【図10】本発明の第1実施例の電磁界数値シミュレーションにおける光共振器の中心付近の電磁界分布計算結果を示す図である。
【図11】電子線リソグラフィーにより試作した第1実施例の構造の電子顕微鏡像を示す図である。
【図12】図11の構造で測定された共鳴モードの信号を示す図である。
【図13】本発明の光共振器の第2実施例のフォトニック結晶構造を示す図である。
【図14】本発明の第2実施例の電磁界数値シミュレーションにおける光共振器の中心付近の電磁界分布計算結果を示す図である。
【図15】電子線リソグラフィーにより試作した第2実施例の構造の電子顕微鏡像を示す図である。
【図16】図15の構造で測定された共鳴モードの信号を示す図である。
【符号の説明】
【0094】
1,10,20 Si基板
2,11,21 空孔
3,12,16,18,22 線欠陥導波路
4,14,24 光共振器
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器に関し、特に、2次元フォトニック結晶に構成される光共振器に関する。
【背景技術】
【0002】
光を閉じ込める光共振器における光閉じ込めの程度を表す指標として広く受け入れられているのはQ値(Quality factor)であり、以下の式で表される。
【0003】
Q=−ωU/du
ここでωは共鳴モードの周波数、Uは光共振器内に蓄えられている光子の総エネルギー、duは単位時間当たりの光子の外部への漏れによる減衰である。即ち、Q値を高くするには光共振器からの光の漏れを小さくするのが基本である。
【0004】
ここで、光共振器としてSi(シリコン)など光波長領域で屈折率の高い薄膜(以下、スラブと呼ぶ)の上下をより屈折率の低い空気やSiO2などの低屈折材料からなるクラッド層で挟み込んだ構造に、低屈折材料からなる垂直ホール(以下、空孔と呼ぶ)を三角格子または四角格子に配置した2次元フォトニック結晶構造(以下、フォトニック結晶スラブと呼ぶ)において、点状または線状に格子をなす空孔を取り除いた、いわゆる点欠陥光共振器および有限長の線欠陥光共振器構造のみを考慮することにする。
【0005】
この種の光共振器のQ値低下の要因として、加工の際に導入される形状の乱れによるものが実際には大きいが、これによるQ値の低下は本発明の適用の有無にかかわらず発生するものなので、以下では形状の乱れを無視し、設計どおりの理想的な形状が得られている場合を考えることにする。
【0006】
理想的なフォトニック結晶スラブにおいてフォトニックバンドギャップ中に形成された孤立した光共振器の共鳴順位にトラップされた光は、スラブに平行な方向(以下、面内方向と呼ぶ)に関してはフォトニックバンドギャップのため原理的に漏れることがない。面内方向以外の方向(面外方向)に関する光の閉じ込めはスラブと上下クラッドの屈折率差による全反射により与えられている。全反射条件はどのような状況でも満たされるものではなく、スネルの法則で決まる臨界角を超えると全反射は起こらなくなり、光の一部が屈折により面外に放射される。
【0007】
更に、スラブないしクラッドに空孔の格子や回折格子などの周期構造が設けられていると回折による面外放射も発生する。屈折や回折による面外放射が発生し始める臨界点の周波数と波数の関数をライトラインと呼ぶ。
【0008】
図1に典型的なフォトニック結晶スラブにおけるバンド構造とライトラインの関係を示す。同図中、PRGはフォトニックバンドギャップ、破線はライトラインを示す。ライトラインの上側(Γ点側)では面外放射による光の漏れが発生し、下側(M点またはK点側)では漏れが発生しないことになる。光共振器にトラップされた光は不確定性原理により実空間的には局在する反面、波数空間(運動量空間)では全域に広がって存在することになるので実空間における電磁界分布をフーリエ変換し波数空間における分布を求め検討を行う。
【0009】
図1はバルクのスラブ構造のバンド構造を示したものであるが、光共振器の場合について具体的に示したのが図2である。図2(B)に示すような点欠陥光共振器の場合、図2(A)に示すように、実空間分布において電磁界は光共振器の中心付近を最大として、そこから急激に減衰しつつ広がるような分布を示す。電磁界が強い領域は光共振器の中心付近の極小さい範囲に限られ、光は強く局在していることになる。
【0010】
一方、波数空間における分布は実空間のものとは大きく異なる。波数空間においては図2(C),(D)にグレーで示すライトラインの上側の領域(ライトコーンとも呼ばれる)の存在に注意しなければならない。図2(C),(D)において、原点は図1のΓ点にあたり、原点を中心にライトラインの上側の領域が広がっている。図2(B)に示す単純な点欠陥の場合、図2(C)に示すようにライトラインの上側の領域においても、相当の電磁界成分が存在する。即ち、面外放射による光損失とそれによるQ値の低下が大きいことを意味している。
【0011】
Q値を向上させるためにはライトラインの上側に分布する電磁界強度を低減することが必須である。単一点欠陥光共振器では面内方向の全方向がフォトニックバンドギャップ閉じ込めであり、フォトニック結晶の強い周期性のためライトラインの上側にも大きな電磁界成分が分布してしまうのでQ値は高々数千程度に制限される。点欠陥を複数個直列に並べ多点欠陥とすることにより共鳴モードが線欠陥導波路的に変わり、線欠陥に直交する向きのライトラインの影響がほぼ無視できるようになる。
【0012】
これにより、Q値は単一点欠陥に比べ高くなるが、線欠陥方向に残るライトラインの影響のためQ値は高々数万程度に制限される。更なる改良として、多点欠陥の両端およびその延長線上の空孔をシフトさせること(非特許文献1参照)や、空孔の大きさを変えつつシフトさせること(非特許文献2参照)等により、電磁界分布をガウス分布に近づけることでライトライン上側の電磁界強度を低減することが試みられ、Q値は理論値で30万程度、実験値で10万程度にまで向上された。しかしながら点欠陥及びそれを数個連結した数点欠陥光共振器では基本的にフォトニック結晶の周期性の影響が強いために、光共振器におけるこれ以上のQ値の向上は困難と考えられている。
【0013】
ライトラインの上側の電磁界強度を更に低減してQ値を更に向上させるためにはフォトニック結晶の周期性の影響の小さい新たな手法により線欠陥方向の光を閉じ込める必要がある。その新たな手法として最初に提案されたのが、導波モードに差異のあるフォトニック結晶導波路を接続する際にその界面(ヘテロ界面)に発生するモードギャップバリアにより光を閉じ込める手法である。図3を用いてその概念を説明する。
【0014】
図3は、フォトニック結晶スラブにおける代表的な一列抜き線欠陥導波路の基本伝播モードを示してある。縦軸は規格化周波数ωであり、ω=a/λ(ただし、a:格子定数)により光波長λと対応する。図中、伝播モードは周波数ωmg以下(モードギャップ領域)には存在しない。モードギャップ領域において光はエバネッセント波としてしか存在が許されない。
【0015】
次に、ヘテロ界面に発生するモードギャップバリアについて説明する。線欠陥導波路の幅や結晶の格子定数を変えることによりωmgは変化する。導波路幅や格子定数が異なる2つの線欠陥導波路を接合(ヘテロ接合)させると、接合の両側においてωmg(ωmgl、ωmgr)に差(モードギャップバリア)が生じる。図中、接合の左側(ωmgが低い側)の導波路においてはωmgl<ω≦ωmgrの光が伝播可能である。しかし、そのような光は界面の左側から右側へはエバネッセント波として惨み込むだけで、進入することはできない。
【0016】
なお、バリア境界からモードギャップ(フォトニックバンドギャップ)側ではマクスウェル方程式の解が純虚数となり、光はバリア境界から減衰し僅かな距離を定在波として侵入する。ただし進行はしない。これがエバネッセント波であり、モードギャップバリアが十分薄い場合はトンネル効果で光がモードギャップバリアを透過できる。
【0017】
次に、線欠陥導波路におけるダブルヘテロ接合について図4を用いて説明する。モードギャップ周波数ωwの導波路の両側を同じモードギャップ周波数ωb(ωw<ωb)の導波路で挟んだ構造において、ωw≦ω<ωbとなる周波数の光は2つのヘテロ接合に挟まれた領域に閉じ込められる。この原理によりダブルヘテロ接合を利用した光共振器を実現することができる。
【0018】
なお、モードギャップバリアによる光閉じ込めは、フォトニックバンドギャップによる光閉じ込めと物理的には等しい。但し、後者ではバリアをフォトニック結晶で導入するため光共振器端における屈折率変化や結晶の周期性の効果を小さくできないのに対し、前者では特にヘテロ接合における導波路幅や格子定数の差を小さくすることでモードギャップバリアやヘテロ接合における屈折率変化を極めて小さくでき、結晶の周期性の影響を小さくできるため、ライトラインの上側の電磁界成分の強度を最良の点欠陥型光共振器より一桁以上低減でき、理論的に百万を超えるQ値を実現できるようになる。また、非特許文献3に示されているように、光共振器部分において共鳴準位がフオトニックバンドギヤップ外に存在する場合でも、モードギャップバリアによるダブルヘテロ接合を形成することで光共振器を実現可能になる。線欠陥導波路にダブルヘテロ接合を実現する手法としては、次の3つが挙げられる。
【0019】
第1の手法は、導波路幅を変える(非特許文献3,4参照)。
【0020】
第2の手法は、空孔の直径を変える。
【0021】
第3の手法は、格子定数を変える。
【0022】
なお、線欠陥の曲げ、分岐、及び終端において発生するモードギャップバリアにより光共振器が構成されることが非特許文献5に報告されているが、これらは線欠陥に意図的に導入されたダブルヘテロ接合とは言い難い。
【0023】
図5は、第1の手法を用いたモードギャップバリアによる線欠陥ダブルヘテロ接合光共振器の構造を示す(非特許文献3,4参照)。ここでは、線欠陥の幅が0.6Wo(但しWo=a×√3)のZ軸方向に延在する導波路の途中に、最近接の空孔の直径を大きくして線欠陥の幅を0.4WOとした部分を形成している。導波路幅の制御はリソグラフィー技術において再現性良く高精度に実現できるのでデバイス実現上有利な手法である。
【0024】
空孔のサイズを変える第2の手法は、フォトニック結晶の格子配列を変えることなく導波モードの変調を行うことが可能な利点がある。但し、現存するリソグラフィー技術においてはサイズの制御が導波路幅や格子定数の制御に比べ精度面で不利になる問題がある。
【0025】
格子定数を変える第3の手法は第1の手法と同様リソグラフィー技術において制御性、再現性が確保しやすい手法である。格子定数差によるヘテロ接合は当初は波長多重された光の中から単一の波長の光を分波する用途のための高域透過フィルタとして初めて提案された(非特許文献6参照)。後に、ダブルヘテロ接合を用いた光共振器に応用された(非特許文献7参照)。最近、理論値として2000万、実験値として約60万のQ値が報告された(非特許文献8参照)。このQ値は前述のとおり従来型の点欠陥型光共振器では実現不可能な値であり、モードギャップバリアによる光閉じ込めの優位性を明確に示した画期的な報告であるといえる。
【非特許文献1】Y.Akahane,T.Asano,and B.S.Song,and S.Noda,Nature 425,944(2003)
【非特許文献2】Satoshi Mitsugi,Akihiko Shinya,Eiichi Kuramochi,Masaya Notomi,Tai Tshchizawa and Toshifumi Watanabe,”Resonant tunneling wavelength filters with high Q and high transmittance based on photonic crystal slabs”,IEEE Lasers and Electro−Optics Society 2003(LEOS2003),Tuscon,America,Oct.TuE3 2003(p214−215,Vol.1)
【非特許文献3】川畑達郎、フォトニック結晶導波路を用いた波長選択フィルタに関する研究、2002年度東海大学修士論文
【非特許文献4】川畑達郎、納富雅也、新家昭彦、二木聡、倉持栄一、土澤泰、渡辺俊文、モードギャップを利用したスポットサイズ変換機構付フォトニック結晶共鳴トンネル型フィルター、第64回応用物理学会学術講演会、1P−ZM−5(2003) 及びM.Notomi,A.Shinya,S.Mitsugi,E.Kuramochi,and H−Y Ryu,Optics Express 12,1551(2004)
【非特許文献5】K.Inoshita and T.Baba,Electron.Lett.39,844(2003)
【非特許文献6】B.S.Song,T.Asano,and S.Noda,Science 300,1537(2003)
【非特許文献7】浅野卓、宋奉植、赤羽良啓、野田進、2次元フォトニック結晶スラブの微小ダブルヘテロ接合を用いた高Q欠陥光共振器、第64回応用物理学会学術講演会、1P−ZM−11(2003)
【非特許文献8】B.S.Song,S.Noda,T.Asano,and Y.Akahane,Nature Materials,4,207(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
非特許文献3、4に記載された導波路幅変化ダブルヘテロ接合光共振器は、導波モードがフォトニックバンドギヤップ外に出るためフオトニックバンドギヤップ閉じ込めが無効となる状況を解決することを目的としたもので、同文献中のQ値の理論値は最高でも数千程度であり、10万を超える高いQ値の実現可能性やそのために必要な技術については検討も言及もされていない。
【0027】
また、非特許文献3、4において導波路幅を変化する手法として記載されていたのはモードギャップバリア部分において導波路の線欠陥を挟む両側一列の空孔のサイズを拡大する第2の手法のみであった。さらに、同文献に示されているのは短い有限長のバリア部分を挿入した構造であり、短い有限長のバリアによって高いQ値を得られるかどうかについては記載されていない。
【0028】
格子定数を変えることによるダブルヘテロ接合光共振器においては、光共振器を形成する線欠陥導波路から横方向へそれぞれ格子定数の異なる領域と、そのヘテロ界面を結晶全体あるいは周辺の広範囲にわたり設置しなければならない。
【0029】
例えば非特許文献6は、それぞれ格子定数が異なる領域がフォトニック結晶横幅全体にわたって存在している。このような構造では同一フォトニック結晶内に並列して他のデバイスや導波路を集積する場合に、その格子定数が制約を受け、また、ヘテロ界面の存在により性能が制約を受けるという問題がある。
【0030】
並列配置するフォトニック結晶デバイスを制約せずに格子定数の異なるヘテロ界面を導入するためには、例えば図6に示すように、光共振器を構成する線欠陥と平行にヘテロ界面を導入することにより格子定数の異なる領域を限定する必要がある。
【0031】
この場合、導波路に平行なヘテロ界面が光共振器に影響を与えないようにするためには導波路と平行なヘテロ界面との間隔を、特に光共振器のQ値が高ければ高いほど大きく離す必要がある。このため、格子定数差によるダブルヘテロ接合による光共振器では格子定数の異なる領域を横方向に対して光共振器のごく近傍のみに限定することは不可能である。
【0032】
また、平行ヘテロ界面の周辺に広範囲にデバイスを配置できない領域が広がり、集積度を低下させる問題がある。さらに平行ヘテロ界面を横切る光の配線を設けると導波路の性能が制約を受ける問題がある。また特に導波路に沿った縦方向の格子定数を変更する場合、平行ヘテロ界面の導入により格子定数の異なる領域を限定すると、図6に示すような格子の位相ずれによる不整合が発生し、その解決が困難であるという問題があった。
【0033】
本発明は、上記の点に鑑みなされたものであり、大きなQ値を実現できる光共振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明の光共振器は、2次元フォトニック結晶に構成される光共振器において、
結晶配位方向の1列の空孔を除去した線欠陥を基本とし、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔を基本幅とした線欠陥導波路を形成し、
少なくとも前記線欠陥導波路の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の空孔を結晶格子の格子点から前記線欠陥の中心より離れる方向にシフトさせて配置し、前記両側の空孔の中心の間隔を前記基本幅より大きくして前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入し、
前記モードギャップバリアにより前記線欠陥の長手方向に沿った方向の光閉じ込めを行うことにより、大きなQ値を実現できる。
【0035】
前記光共振器において、前記モードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥の長手方向について光共振器の中心に近いほどシフト量が大きくなるように配置され、かつ、前記光共振器の中心を通り前記線欠陥と直交する平面に対し面対称になるように配置される。
【0036】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路の基本幅は、格子定数aを用いると、√3×aの0.5倍以上1.2倍以下である。
【0037】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路の基本幅部分の線欠陥の長さは、格子定数aの5倍以上である。
【0038】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて3列目までである。
【0039】
また、前記光共振器において、前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて1列目の空孔のシフト量が2列目の空孔のシフト量以上で、前記2列目の空孔のシフト量が3列目の空孔のシフト量より大きい。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、大きなQ値を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態について説明する。
【0042】
<実施形態>
図7は、本発明の光共振器の一実施形態のフォトニック結晶構造を示す。同図中、基本構造はSi基板1に円柱状の空孔2が格子定数aの正三角格子配列をなして設けられており、Si基板1の上下及び空孔は例えば空気のフォトニック結晶スラブである。
【0043】
ここに、結晶配位方向と重なるZ軸方向に延在する基本幅W(基本幅Wは線欠陥を挟む最も内側の穴の中心の間隔)の線欠陥導波路3が設けられている。線欠陥導波路3のZ軸方向の中央部で線欠陥導波路3の両側で対向する例えば4個の第1の空孔Aは矢印で示すように線欠陥導波路3から外側に向けてX軸方向に10数nmシフトされ、空孔Aに隣接する例えば10個の第2の空孔Bは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に数nmシフトされている。上記の空孔A,Bのシフトにより、シフトのない基本幅の線欠陥導波路3をモードギャップバリアとするダブルヘテロ接合光共振器4が形成されている。
【0044】
本実施形態では、光閉じ込め層としてのSi基板1と、より屈折率の低い上下の光ガイド層としての空気からなり、少なくとも光閉じ込め層を上下に貫通する断面が例えば円形の空孔2が三角格子または四角格子をなして配置されているフォトニック結晶スラブを利用することにより、光閉じ込め層と光ガイド層の界面における全反射を利用して光を光閉じ込め層に閉じ込めると共に、面内方向にはフォトニックバンドギャップを出現させている。
【0045】
図8は、線欠陥導波路3の基本幅Wを変化させた場合に導波モードがどう変化するかを示したものである。Si基板1の上下及び空孔は空気で充たされ、空孔半径が格子定数aの0.5倍、スラブ厚さが格子定数aの0.485倍の場合について計算したものである。これは、Siフォトニック結晶スラブとして典型的な数値であり、格子定数や穴径などが若干変化しても図8から定性的に大きな違いは生じない。
【0046】
このようなスラブ構造に対するマクスウェル方程式の解はTEモード(水平方向の横方向に電界成分のみを持つモードがTEモードである)とTMモードのいずれかであり、光共振器の閉じ込めモードとして利用するのはフォトニックバンドギャップ内のTEモードのevenモード(垂直方向の磁界振幅が導波路中心に対し偶関数になるモード:横偶モード)である。スラブ構造においてはTMモードにはフォトニックバンドギャップが存在せず光が閉じ込められない。またTEモードでもoddモード(垂直方向の磁界振幅が導波路中心に対し奇関数になるモード:横奇モード)は損失が大きく光共振器のQ値が低くなるので利用できない。導波モードは基本幅Wを狭くすると高周波数側(長波長側)にシフトする。
【0047】
図8中、ハッチング部分はフォトニックバンドギャップ外を示している。実線は横偶モードの下限を示しており、この実線より上側が有効な導波路領域になる。一方、破線で示すライトラインの上側では面外放射のため光を閉じ込められない。このため、光共振器として利用可能な領域は図中の実線と破線の間の領域ということになる。
【0048】
左側の横偶モード(基本幅が√3aの0.8倍以下で有効)では√3aの0.5倍未満になるとライトライン(破線)の制約により光共振器を実現できなくなる。更に、この横偶モードはライトラインの上側でΓ点に向かって減少に転じ、一点鎖線で示す極小値をとる特徴があり、一点鎖線より上側ではバンド内散乱と面外放射によりQ値が低下してしまう。また規格化周波数が0.258以下はフォトニックバンドギャップの外側になるため光閉じ込めが無効になる。このため、左側の横偶モードでは基本幅が√3aの0.75倍を超える領域では共振器を構成できない。
【0049】
一方、右側の横偶モードではライトラインの制約により基本幅が√3aの0.7倍よりも大きい場合に有効になる。こちらはライトラインの上側でも折り返さず単調増加するため、一点鎖線の制限はない。しかし、近くに二点差線で示す横奇モードが存在し、二点差線より上側ではバンド間散乱によりQ値が低下する。
【0050】
従って、図8から、本発明の光共振器で高いQ値が得られる線欠陥導波路3の基本幅Wの範囲は√3aの0.5倍から1.2倍の範囲であることが分かる。
【0051】
このように、直線状の線欠陥導波路3において、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔である基本幅Wを格子定数aの√3倍の0.5倍以上1.2倍以下とし、この線欠陥導波路3上に光共振器4を配置することで、線欠陥導波路3によりフォトニックバンドギャップ内に形成される導波モードを光共振器4の共鳴準位として用いる。また、線欠陥導波路3の基本幅Wを格子定数aの√3倍の0.5倍以上1.2倍以下とすることで、導波モードの帯域をフォトニックバンドギャップ内に設定することを可能にし、また、導波モードが単一モードになる帯域を確保している。共鳴モードがフォトニックバンドギャップ外に存在したり、その位置に別の導波モードが存在したりする場合には、いずれも光の漏れが発生して光共振器のQ値が低下する。
【0052】
本実施形態では、線欠陥導波路3の周囲の空孔を線欠陥導波路3の中心から離れる方向(矢印方向)にシフトさせることで線欠陥導波路3にモードギャップバリアを導入し、線欠陥導波路3の長手方向に沿った方向の光閉じ込めをこのモードギャップバリアにより行う。
【0053】
本実施形態においては、少なくとも光共振器4の中心において欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔が線欠陥導波路の基本幅Wより大きくすることにより、光共振器4付近における線欠陥導波路3の長手方向(Z軸方向)に沿った方向の屈折率の変化を小さくし、かつ、モードギャップバリアを小さくする。これにより、共鳴モードがバリア内に深く侵入し緩やかに減衰するようにすることで、ライトラインの上側領域の電磁界成分を0に近づけて光の漏れを防ぎ、結果的に100万を超える高いQ値を実現することを可能としている。
【0054】
また、本実施形態は、モードギャップバリアとして作用する線欠陥導波路3の長さLを格子定数の5倍以上とすることにより、バリア部分の外側が導波路など共鳴モードの光が伝播可能な構造である場合で、かつ、バリアが小さい場合においてもトンネリングによる光の漏れを十分に抑制し、高いQ値を実現する。
【0055】
線欠陥導波路3の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の第1の空孔A及びそれに隣接する第2の空孔Bを線欠陥の中心から離れる方向にシフトさせ、第1の空孔Aのシフト量を第2の空孔Bのシフト量より大きくすることにより、光共振器4付近における線欠陥導波路3の長手方向に沿った方向の屈折率の変化を緩やかにし、かつ、モードギャップバリアを小さくすることにより、共鳴モードがバリア領域内に深く侵入し緩やかに減衰するようにすることで、ライトラインの上側の領域の電磁界成分を0に近づけ光の漏れを防ぐことで、結果的に極めて高いQ値を実現することを可能にしている。なお、図7における空孔A,B、そして更に別の空孔群を追加し、それらの間にシフト量の差を設ける場合には、空孔A,B及び別の空孔群を光共振器4の中心を通り線欠陥導波路3と直交する平面に対し面対称になるように配置して光共振器4を対称構造にしない限り、電磁界分布が乱れQ値が低下してしまう。
【0056】
また、本実施形態は、光共振器を構成する構造を光共振器のごく近傍のみに限定することで周辺に集積される他のデバイスに与える制約を大幅に低減し、デバイス集積構造のレイアウトの自由度を高める。即ち、モードギャップバリアを発生させるための導波路幅の変化を与えるためにシフトさせる空孔を、線欠陥導波路から数えて3列目までに位置する空孔に限定する(図7では2列目まで)。
【0057】
フォトニック結晶スラブの線欠陥導波路3において、導波モードの光はフォトニックバンドギャップにより強く線欠陥部分に局在している。このため、ヘテロ接合において屈折率の変化が無視できるような小さな導波路幅の変化で実現できる小さなモードギャップバリアは、シフトする空孔を線欠陥導波路3から3列目以内に限定しても問題なく発生させることができる。但し、この場合はシフトした空孔とその外側のシフトしていない空孔の境界で格子不整合、あるいは屈折率変化が大きくなりQ値の低下を招く可能性があり、これを回避するために線欠陥導波路3から1列目、2列目、3列目と離れるにつれ空孔のシフト量が減少するような傾斜シフト構造の採用が有効である。図7の構造では空孔Aと空孔Bの配置が線欠陥導波路3の長手方向だけでなく、横方向に対しても上記傾斜シフト構造を実現するようになされている。
【0058】
これにより、光共振器の構造を光共振器のごく近傍のみに限定することができる。また光共振器にトラップされた光の電磁界のモード体積についても、最小でフォトニック結晶の格子定数程度に小さくすることができる。また、ヘテロ界面の導入にもかかわらずフォトニック結晶構造に位相のずれを発生させないようにすることが可能となる。
【0059】
ここで、フォトニック結晶スラブにおける点欠陥または線欠陥による光共振器において100万を越える高いQ値を実現するための十分条件が、光共振器周辺において屈折率が急激に、かつ、結晶の周期性をもって変化することがないことである。これは、そのような急激な屈折率変化は光共振器境界における電磁界の滑らかな変化を乱しライトライン上側の電磁界分布の増大を招くためである。
【0060】
また、点欠陥に代えて線欠陥で光共振器を構成することで、光の漏れにつながる屈折率変化が問題になる方向を線欠陥導波路3の長手方向に限定できる。しかしながら、線欠陥導波路3の長手方向における光閉じ込めをバンドギャップ閉じ込め、即ちフォトニック結晶バリアにより実現する方法では、前述の屈折率変化を根本的に解決することができないが、本実施形態では連続する線欠陥導波路に小さな幅変化を与えることで屈折率の変化と周期性を無視できる程度に抑えつつモードギャップバリアの高さの大幅な低減により共鳴モードがバリア領域内に深く侵入しかつ緩やかに減衰するようにすることで、フォトニック結晶バリアの場合に対し共振器のQ値を大幅に高めることができる。
【0061】
また、線欠陥導波路3の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の第1の空孔A及びそれに隣接する第2の空孔Bを線欠陥の中心から離れる方向にシフトさせ、第1の空孔Aのシフト量を第2の空孔Bのシフト量より大きくすることで、より有効に光の漏れを低減し、光共振器のQ値を極限的に高くすることが可能になる。
【0062】
100万を超えるQ値を実現可能なフォトニック結晶光共振器は、これまで点欠陥における6重極モードを利用するもの(非特許文献6参照)と、格子定数差によりダブルヘテロ結合を形成したもの(非特許文献5参照)しかなかったが、本実施形態においても理論的に100万を超えるQ値を実現することが可能となる。
【0063】
本実施形態では、光共振器4の中心付近のごく狭い領域に限り線欠陥導波路3の周囲の空孔をシフトさせることにより光共振器を実現している。シフトする空孔の個数は最小でわずか1個でも光共振器を実現可能であり、数個から10数個にすることでより大きなQ値を実現できる。これらの空孔の存在する領域は一辺が格子定数の数倍程度と極めて小さい。これは格子定数差によりダブルヘテロ接合を実現する手法では達成不可能である。
【0064】
本実施形態においては光共振器4の配置によりフォトニック結晶の構造を変える必要がある部分を極めて小さく限定できるので、周辺の導波路や他のフォトニック結晶デバイスに構造的な影響を与えにくい。特に、本実施形態による光共振器4の場合、近接する他の光共振器や導波路との結合動作を図る場合に設計が容易でかつ自由度が高い。
【0065】
これに対し、格子定数差によりダブルヘテロ接合を形成した光共振器4においては、周辺に広範に規定の格子定数の領域を確保しなければならないため、周辺の光共振器や導波路が構造的制約を受けることを回避できない。また、線欠陥導波路の長手方向(Z軸方向)に沿った方向の格子定数を変化させ、かつ、その領域を線欠陥導波路から見て横方向(X軸方向)にも限定した場合には、図6に示すように構造的な位相ずれが発生するが、本実施形態によれば横方向の領域限定を構造的な位相ずれを発生させることなく行える。
【0066】
本実施形態では光共振器4に用いる線欠陥導波路3の基本幅Wを格子定数aの√3倍に対し0.5倍から1.2倍の範囲で変えることができる。線欠陥導波路3の幅を変えることで光共振器4の共鳴準位の波長や光共振器のQ値を幅広く、かつ、高精度に調整することが可能である。このことは光共振器の集積化や他のデバイスとの連係動作を行う際に大変有利である。
【0067】
なお、線欠陥導波路3の基本幅を格子定数の√3倍以外に設定した場合には、線欠陥導波路3を挟んだ両側のフォトニック結晶の構造的な位相がずれるため、線欠陥導波路3の延長線上を跨ぐような導波路を形成する場合には、その特性が制約を受けることになる。
【0068】
しかし、本実施形態では大抵の用途の場合、線欠陥導波路3の延長線上を導波路が跨がないような設計を行うことで機能を損なわずにフォトニック結晶光集積回路を実現することが可能である。更に、線欠陥導波路3の基本幅Wを格子定数の√3倍に設定してもQ値の極めて高い光共振器4を実現できるので、全体が単一の格子定数であって、かつ位相ずれが皆無なフォトニック結晶中に複数の共鳴周波数の異なる光共振器を配置することも可能になる。
【0069】
ところで、光閉じ込め層とより屈折率の低い上下の光ガイド層からなり、少なくとも光閉じ込め層を上下に貫通する任意の断面形状の空孔が三角格子または四角格子をなして配置されている2次元フォトニック結晶構造(格子定数a)において、直線状の線欠陥導波路において欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔が√3×aの0.5倍以上1.2倍以下の任意の基本幅を有する線欠陥導波路上に設けられた光共振器であって、光共振器を取り囲む領域においては単一の形状の標準空孔が各格子点に統一的に配置させていて、線欠陥導波路の長手方向に沿った方向の光閉じ込めが線欠陥導波路の周囲の空孔の断面積を変化させることにより線欠陥導波路に導入されるモードギャップバリアにより行われ、モードギャップバリアを出現させるために断面積が変更される空孔が線欠陥導波路から数えて3列目までのみに存在し、少なくとも光共振器の中心において欠陥に面した両側の空孔の断面積が標準空孔のそれよりも小さくしてした光共振器においても、原理的には本実施形態と同等の効果を得ることが可能である。
【0070】
但し、空孔の直径を変化させることでヘテロ接合を形成する場合、導入するモードギャップバリアの大きさに対する屈折率の変化量が導波路幅や格子定数を変える場合に比べてはるかに大きくなるため、特性設計における制約が厳しくなる。
【0071】
また、電子線露光や光露光など現存するナノリソグラフィーにおいてはナノメートルオーダーで空孔径を制御することは難しい。その点本実施形態の用いる空孔の位置の制御ならば、ナノメートルオーダーでの精度が現存するナノリソグラフィーで得られており、リソグラフィーとの相性の点でも優れていて現実的である。
【実施例1】
【0072】
本発明の第1実施例を図9から図12を用いて説明する。
【0073】
図9は、本発明の光共振器の第1実施例のフォトニック結晶構造を示す。同図中、基本構造は厚さ204nmのSi基板10に半径0.5a(=216nm)の円柱状の空孔11が格子定数a(=432nm)の正三角格子配列をなして設けられており、Si基板10の上下及び空孔は空気(屈折率1)のフォトニック結晶スラブである。なお、三角格子配列の空孔11の結晶配位方向のΓK軸は隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ方向であり、三角格子の3辺がΓK軸に対応する。また、ΓM軸は、隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ直線(ΓK軸)に直交し、最短の空気穴の中心に向かう方向である。
【0074】
ここに、ΓK軸と重なるZ軸方向に延在する基本幅0.9×√3a(=674nm)の線欠陥導波路12が設けられている。線欠陥導波路12のZ軸方向のほぼ中央位置で線欠陥導波路12の両側で対向する4個の第1の空孔Aは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に12nmシフトされ、空孔Aに隣接する10個の第2の空孔Bは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に6nmシフトされている。更に、空孔AとZ軸座標が同一で空孔Bに隣接する4個の第3の空孔Cは矢印で示すように線欠陥導波路12から外側に向けてX軸方向に4nmシフトされている。上記の空孔A,B,Cのシフトにより、シフトのない基本幅(674nm)の線欠陥導波路12をモードギャップバリアとするダブルヘテロ接合光共振器14が形成されている。
【0075】
図9の構造に対し、3次元有限差分時間領域(Finite Differential Time Domain:FDTD)法により実行した電磁界数値シミュレーションにおける光共振器14の中心付近の電磁界(Y軸方向の磁場)分布計算結果を図10に示す。
【0076】
図10(A)は計算モデルのXZ面であり、ここでは線欠陥導波路12から右半分を示している。図10(B)はXZ面における磁界パワー分布を示し、図10(C)はYZ面における磁界パワー分布を示し、図10(D)はXY面における磁界パワー分布を示す。なお、上記磁界パワー分布では強度最大の点の磁界パワーが1となるように規格化している。
【0077】
図10では、電磁界即ち光が光共振器付近に閉じ込められ、本構造が光共振器として作用していることが示されている。共鳴モードのモード体積は0.12[μm3]で、点欠陥光共振器と同程度の値になっている。また、この共鳴モードのQ値は約420万と極めて高い。共鳴モードの波長は1553nmで、この光共振器構造において高Q値のモードはこの一つである。
【0078】
図9に示す構造を実際に電子線リソグラフィーにより試作した。市販の電子線リソグラフィー装置、レジスト、現像液、シリコン・オン・インシュレータ基板、ドライエッチング装置、シリコン酸化膜除去用フッ化水素酸・フッ化アンモニウム等の利用により図9の構造を実現できる。
【0079】
図11に試作した構造の電子顕微鏡像を示す。光共振器の空孔のシフト量は最大でも12nmと小さいことから図11の倍率ではどの空孔がシフトされているか不明瞭であるため、光共振器14を実線で囲んで示し、モードギャップバリアの線欠陥導波路12を破線で囲んで示す。
【0080】
光共振器14を構成する線欠陥導波路12からX軸方向に6列目の空孔位置に光入力用の線欠陥導波路16,18の端部が設けられており、光共振器14と線欠陥導波路16,18それぞれは結合している。
【0081】
試作した試料について波長可変レーザ、光減衰器、光検出器の組み合わせによる測定系を用いて共鳴モードの測定を行った。光共振器14においては二光子吸収による非線形現象や発熱によるピークのシフトや広がりが起こりやすいことから、光減衰器により入力光強度を一50dBm以下とし微弱な光強度において測定を行った。
【0082】
測定された共鳴モードの信号を図12に示す。共鳴ピークの半値全幅は約4pmであり、約40万のQ値に相当する。測定値が理論値よりも一桁小さい原因については今後の解明を待つ必要があるが、40万のQ値は既に従来の単一及び多点欠陥型光共振器では理論的な極限値でも到達できない値であり、本発明の効果は明らかである。
【実施例2】
【0083】
本発明の第2実施例を図13から図16を用いて説明する。
【0084】
図13は、本発明の光共振器の第2実施例のフォトニック結晶構造を示す。同図中、基本構造は厚さ204nmのSi基板20に半径0.5a(=210nm)の円柱状の空孔21が格子定数a(=420nm)の正三角格子配列をなして設けられており、Si基板20の上下及び空孔は空気(屈折率1)のフォトニック結晶スラブである。なお、三角格子配列の空孔21の結晶配位方向のΓK軸は隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ方向であり、三角格子の3辺がΓK軸に対応する。また、ΓM軸は、隣接する2つ空気穴の中心を結ぶ直線(ΓK軸)に直交し、最短の空気穴の中心に向かう方向である。
【0085】
ここに、ΓK軸と重なるZ軸方向に延在する基本幅1.0×√3a(=728nm)の線欠陥導波路22が設けられている。線欠陥導波路22のZ軸方向のほぼ中央位置で線欠陥導波路22の両側で対向する2個の空孔Aは矢印で示すように線欠陥導波路22から外側に向けてX軸方向に12nmシフトされている。上記の空孔Aのシフトにより、シフトのない基本幅(728nm)の線欠陥導波路22をモードギャップバリアとするダブルヘテロ接合光共振器24が形成されている。本構造では光共振器22を構成するためにシフトされている空孔Aがわずか2個であることが特徴である。
【0086】
図13の構造に対し、3次元FDTD法により実行した電磁界数値シミュレーションにおける光共振器24の中心付近の電磁界(Y軸方向の磁場)分布計算結果を図14に示す。
【0087】
図14(A)は計算モデルのXZ面であり、ここでは線欠陥導波路22から右半分を示している。図14(B)はXZ面における磁界パワー分布を示し、図14(C)はYZ面における磁界パワー分布を示し、図14(D)はXY面における磁界パワー分布を示す。なお、上記磁界パワー分布では強度最大の点の磁界パワーが1となるように規格化している。
【0088】
図14では、電磁界即ち光が光共振器付近に閉じ込められ、本構造が光共振器として作用していることが示されている。共鳴モードのモード体積は0.20[μm3]であり、共鳴モードのQ値は約100万、共鳴モードの波長は1560nmであった。
【0089】
図13に示す構造を実際に電子線リソグラフィーにより試作した。図15に試作した構造の電子顕微鏡像を示す。光共振器24の空孔のシフト量は12nmと小さいことから図15の倍率ではどの空孔がシフトされているか不明瞭であるため、光共振器24を実線で囲んで示し、モードギャップバリアの線欠陥導波路22を破線で囲んで示す。
【0090】
光共振器24を構成する線欠陥導波路22からX軸方向に5列目の空孔位置に光入力用の線欠陥導波路26,28の端部が設けられており、光共振器24と線欠陥導波路26,28それぞれは結合している。
【0091】
試作した試料について測定した共鳴モードの測定結果を図16に示す。共鳴ピークの半値全幅は約13.7pmであり、11万を超えるQ値に相当する。本実施形態においては線欠陥導波路22に対し、僅か2個の空孔Aをシフトさせるだけで高いQ値の光共振器24を実現でき、狭い間隔で高密度に光共振器ベースの光素子を集積する目的において大変有利である。
【0092】
以上のように、本発明において、フォトニック結晶スラブにおいて線欠陥導波路とその周囲の特定の空孔のシフトにより線欠陥導波路幅を変調し、モードギャップバリアダブルヘテロ接合を構成することにより、10万を大きく上回る高いQ値の光共振器が実現された。本発明の実現手法は極めて単純かつ容易であり、僅か数個から十数個の空孔のわずかなシフトにより高Q値の光共振器を実現できる。これにより、周辺のフォトニック結晶の設計やデバイスの性能にほとんど制約を与えることなく高いQ値を持つ光共振器をフォトニック結晶上に集積することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】典型的なフォトニック結晶スラブにおけるバンド構造とライトラインの関係を示す図である。
【図2】光共振器のライトラインを説明するための図である。
【図3】フォトニック結晶スラブにおける代表的な一列抜き線欠陥導波路の基本伝播モードを示す図である。
【図4】線欠陥導波路におけるダブルヘテロ接合の基本伝播モードを示す図である。
【図5】従来のモードギャップバリアによる線欠陥ダブルヘテロ接合光共振器の構造を示す。
【図6】格子定数の異なるヘテロ界面を導入した構成を示す図である。
【図7】本発明の光共振器の一実施形態のフォトニック結晶構造を示す図である。
【図8】線欠陥導波路の基本幅と導波モードの関係を示す図である。
【図9】本発明の光共振器の第1実施例のフォトニック結晶構造を示す図である。
【図10】本発明の第1実施例の電磁界数値シミュレーションにおける光共振器の中心付近の電磁界分布計算結果を示す図である。
【図11】電子線リソグラフィーにより試作した第1実施例の構造の電子顕微鏡像を示す図である。
【図12】図11の構造で測定された共鳴モードの信号を示す図である。
【図13】本発明の光共振器の第2実施例のフォトニック結晶構造を示す図である。
【図14】本発明の第2実施例の電磁界数値シミュレーションにおける光共振器の中心付近の電磁界分布計算結果を示す図である。
【図15】電子線リソグラフィーにより試作した第2実施例の構造の電子顕微鏡像を示す図である。
【図16】図15の構造で測定された共鳴モードの信号を示す図である。
【符号の説明】
【0094】
1,10,20 Si基板
2,11,21 空孔
3,12,16,18,22 線欠陥導波路
4,14,24 光共振器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2次元フォトニック結晶に構成される光共振器において、
結晶配位方向の1列の空孔を除去した線欠陥を基本とし、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔を基本幅とした線欠陥導波路を形成し、
少なくとも前記線欠陥導波路の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の空孔を結晶格子の格子点から前記線欠陥の中心より離れる方向にシフトさせて配置し、前記両側の空孔の中心の間隔を前記基本幅より大きくして前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入し、
前記モードギャップバリアにより前記線欠陥の長手方向に沿った方向の光閉じ込めを行うことを特徴とする光共振器。
【請求項2】
請求項1記載の光共振器において、
前記モードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥の長手方向について光共振器の中心に近いほどシフト量が大きくなるように配置され、かつ、前記光共振器の中心を通り前記線欠陥と直交する平面に対し面対称になるように配置されることを特徴とする光共振器。
【請求項3】
請求項1または2記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路の基本幅は、格子定数aを用いると、√3×aの0.5倍以上1.2倍以下であることを特徴とする光共振器。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路の長手方向の基本幅部分の線欠陥の長さは、格子定数aの5倍以上であることを特徴とする光共振器。
【請求項5】
請求項2乃至4のいずれか1項記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて3列目までであることを特徴とする光共振器。
【請求項6】
請求項5記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて1列目の空孔のシフト量が2列目の空孔のシフト量以上で、前記2列目の空孔のシフト量が3列目の空孔のシフト量より大きいことを特徴とする光共振器。
【請求項1】
2次元フォトニック結晶に構成される光共振器において、
結晶配位方向の1列の空孔を除去した線欠陥を基本とし、欠陥に面した両側の空孔の中心の間隔を基本幅とした線欠陥導波路を形成し、
少なくとも前記線欠陥導波路の長手方向の中央部の線欠陥に面した両側の空孔を結晶格子の格子点から前記線欠陥の中心より離れる方向にシフトさせて配置し、前記両側の空孔の中心の間隔を前記基本幅より大きくして前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入し、
前記モードギャップバリアにより前記線欠陥の長手方向に沿った方向の光閉じ込めを行うことを特徴とする光共振器。
【請求項2】
請求項1記載の光共振器において、
前記モードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥の長手方向について光共振器の中心に近いほどシフト量が大きくなるように配置され、かつ、前記光共振器の中心を通り前記線欠陥と直交する平面に対し面対称になるように配置されることを特徴とする光共振器。
【請求項3】
請求項1または2記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路の基本幅は、格子定数aを用いると、√3×aの0.5倍以上1.2倍以下であることを特徴とする光共振器。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路の長手方向の基本幅部分の線欠陥の長さは、格子定数aの5倍以上であることを特徴とする光共振器。
【請求項5】
請求項2乃至4のいずれか1項記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて3列目までであることを特徴とする光共振器。
【請求項6】
請求項5記載の光共振器において、
前記線欠陥導波路にモードギャップバリアを導入するためにシフトする空孔は、前記線欠陥導波路に面した両側の空孔から数えて1列目の空孔のシフト量が2列目の空孔のシフト量以上で、前記2列目の空孔のシフト量が3列目の空孔のシフト量より大きいことを特徴とする光共振器。
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図2】
【図10】
【図14】
【図16】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図2】
【図10】
【図14】
【図16】
【公開番号】特開2007−47604(P2007−47604A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−233676(P2005−233676)
【出願日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】
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