説明

内径溝加工方法及び溝切り工具

【課題】ビビリ振動を抑制して周壁部の内周面に突条部が形成された被加工部材の内周面に内径溝を溝入れ加工する内径溝加工方法及び溝切り工具を提供する。
【解決手段】周壁部102に内歯スプライン103が形成された被加工部材100Cを回転駆動し、各内歯スプライン103を切削してスナップリング溝105、106を溝入れ加工する際に、溝切り工具1が第1前部切刃13及び第2前部23を備え、第1前部切刃13による内歯スプライン103の切削と第2前部切刃23による内歯スプライン103の切削を連続して交互に行う。第1前部切刃13と第2前部切刃23による切削負荷が連続して付与されて溝切り工具1及び被加工部材100Cの振動が抑制されて、加工品質が向上する。第1前部切刃13と第2前部切刃23のチッピングが抑制されて工具寿命が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内径溝加工方法及び溝切り工具に関し、特に円筒状の周壁部の内周面に突条部が形成された被加工部材に内径溝を溝入れ加工する内径溝加工方法及び溝切り工具に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車の自動変速機に使用されるクラッチドラムは、図10に一部破断説明図を示すように円板状の底壁部101と、この底壁部101の外周縁に形成された円筒状の周壁部102とからなり、この周壁部102の内周面に半径方向内向きに突出して軸方向に延びる複数の内歯スプライン103が円周方向に間隔を有して形成される。この内歯スプライン103は周壁部102内に収容されるクラッチ板がクラッチドラム100Aに対して相対的に回転するのを防止するものであり、クラッチ板の外周に内歯スプライン103が嵌入する複数の凹溝が形成される。周壁部102の開口端部側の内周面に第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106が円周方向に形成されて各スナップリング溝105及び106にそれぞれ図示しない環状のスナップリングが装着される。
【0003】
また、図11に一部破断説明図を示し、図10と対応する部分に同一符号を付して詳細な説明を省略するが、第1スナップリング溝105及び第2スナックリング溝106に代えて単一のスナップリング溝107を設けたクラッチドラムもある。
【0004】
この図10に示すクラッチドラム100A及び図11に示すクラッチドラム100Bの成形は、例えば、外周に内歯スプライン成形部を有する円柱状の第1型と、第2型とにより板状材を挟持して回転させながら、板状材にフォーミングローラを押し当てて図12に示すように周壁部102の内周に内歯スプライン103を有する被加工部材100Cを成形する。そして、旋盤等によって被加工部材100Cの内周面に第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106、或いはスナップリング溝107を溝入れ加工してクラッチドラム100A、100Bを成形する。
【0005】
この第1スナップリング溝105、第2スナップリング溝106或いはスナップリング溝107を溝入れ加工する溝切り工具の一例を図13に示す。この溝切り工具50は、ホルダ51の先端に溝入れチップ52がクランプ駒53及びスクリュー54によって固定される。ホルダ51に取り付けられる溝入れチップ52は、固定部52Aとこの固定部52Aから突出する切刃部52Bを有し、切刃部52Bの先端に前部切刃52Cが形成される。
【0006】
そして、旋盤等によって回転駆動される図12に示す被加工部材100Cの内周面に溝入れチップ52により第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を溝入れ加工して図10に示すクラッチドラム100Aを成形し、或いはスナップリング溝107を溝入れ加工して図11に示すクラッチドラム100Bを成形する。
【0007】
この溝切り工具110による溝入れ加工の際、溝入れチップ52の前部切刃52Cによって各内歯スプライン103を断続的に切削することから、溝切り工具50には、図14に模式的に示すように周期的に切削負荷が付与され、切削負荷状態と無負荷状態が断続的に繰り返されて溝切り工具50がビビリ振動する。
【0008】
この溝切り工具50がビビリ振動することで、被加工部材100Cが共振してビビリ振動し、溝入れチップ52によって溝入れされた第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106、スナップリング溝107にビリと称される切削跡が形成されて加工品質が低下する。また、溝切り工具50のビビリ振動により前部切刃52Cがチッピングし、工具寿命が低下する。更に加工中のビビリ振動により加工音が大きくなり作業環境を悪化させるおそれがある。
【0009】
一方、特許文献1にはホルダ内にダンパを組み込み、ダンパの慣性によりビビリ振動を抑制する切削工具が開示されている。また、特許文献2には、バイト刃に超音波振動を付与することで、バイト刃の刃先への衝撃を抑制して工具の欠損を防止することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−136301号公報
【特許文献2】特開2007−300733号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記第1スナップリング溝105、第2スナップリング溝106或いはスナップリング溝107を溝切り工具50によって溝入れ加工する際に発生するビビリ振動を抑制するために、溝入れ加工時の回転速度や送り速度をチューニングし、かつ溝入れ加工の最後の部分で送り速度を小さくしてビリの発生を抑制する方法があるが、ビビリ振動による切刃部52Bのチッピングや工具寿命の低下や、品質低下を十分に阻止することは困難である。
【0012】
また、溝入れ加工時の回転速度や送り速度をチューニングする作業は作業者の経験や熟練に依存することが多く、また、厄介作業で生産性の低下を招く要因となる。
【0013】
一方、特許文献1のようにホルダ内にダンパを組み込み、ダンパの慣性によりビビリ振動を抑制する切削工具や、特許文献2のようにバイト刃に超音波振動を付与することでバイト刃の刃先への衝撃を抑制する方法にあっては、連続する内周面等を切削加工する等の切削負荷が連続する場合にはある程度効果が期待できる。しかし、切削負荷が断続的に付加される切削工具のビビリ振動を抑制することは期待できない。
【0014】
同様の不具合は、クラッチドラムに限らず、円筒状の周壁部の内周面に突出する複数の突条部が形成された被加工部材の内周面に内径溝を溝入れ加工する等切削負荷が断続的に繰り返される場合にも懸念される。
【0015】
従って、かかる点に鑑みなされた本発明の目的は、周壁部の内周面に突条部が円周方向に形成された被加工部材に内径溝を溝入れ加工する際にビビリ振動の発生が抑制できる内径溝加工方法及び溝切り工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1に記載の内径溝加工方法の発明は、円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する突条部が円周方向に複数形成された被加工部材の内周面に、溝切り工具によって前記各突条部を切削して内径溝を溝入れ加工する内径溝加工方法において、前記溝切り工具が前記円周方向に離反した複数の切刃を備え、前記各切刃による突条部の切削が連続して順次行われることを特徴とする。
【0017】
これによると、各突条部を各切刃によって切削して内径溝を溝入れ加工する際に、各切刃による切削負荷が連続して溝切り工具に付与されて、溝切り工具のビビリ振動の発生が抑制されると共に、被加工部材の振動が抑制されて内径溝にビビリ振動による切削跡が形成されることがなく加工品質が向上する。また、切刃のチッピングが抑制されて工具寿命が向上すると共に加工中の振動により加工音が抑制されて作業環境が向上する。
【0018】
請求項2に記載の内径溝加工方法の発明は、円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する歯側面を備えた突条部が円周方向に形成された被加工部材の内周面に、溝切り工具によって前記各突条部を切削して内径溝を溝入れ加工する内径溝加工方法において、前記溝切り工具が前記円周方向に離反した第1切刃及び第2切刃を備え、前記第1切刃による突条部の切削と前記第2切刃による突条部の切削を連続して交互に行うことを特徴とする。
【0019】
これによると、各突条部を第1切刃及び第2切刃によって切削して内径溝を溝入れ加工する際に、第1切刃による突条部の切削と第2切刃による突条部の切削が連続して行われ、第1切刃による断続的な切削負荷及び第2切刃による断続的な切削負荷が交互に連続して溝切り工具に付与されて、溝切り工具のビビリ振動が抑制されると共に被加工部材のビビリ振動が抑制されて内径溝にビビリ振動による切削跡が形成されることがなくなり加工品質の向上が得られる。また、第1切刃及び第2切刃のチッピングが抑制されて工具寿命が向上すると共に、加工音が抑制されて作業環境が向上する。
【0020】
請求項3に記載の発明は、請求項2の内径溝加工方法において、前記第1切刃が突条部の歯側面に接触する切削開始位置において前記第2切刃が他の突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置にあり、前記第1切刃が当該突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置において第2切刃が次に切削すべき突条部の歯側面に接触する切削開始位置に位置することを特徴とする。
【0021】
これによると、第1切刃による突条部の切削の終了と同時に第2切刃による切削が開始され、第2切刃による切削の終了と同時に第1切刃による切削が開始され、第1切刃による切削負荷及び第2切刃による切削負荷が交互に連続して溝切り工具に付与されて、溝切り工具のビビリ振動の発生が抑制されると共に被加工部材の振動が抑制される。
【0022】
請求項4に記載の発明は、請求項2または3に記載の内径溝加工方法において、前記第1切刃と第2切刃が前記軸方向に離反して前記第1切刃が第1内径溝を溝入れ加工し、前記第2切刃が第2内径溝を溝入れ加工することを特徴とする。これにより、請求項2または3に加え、第1切刃により第1内径溝を溝入れ加工し、同時に第2切刃により第2内径溝を溝入れ加工することができる。また、第1内径溝及び第2内径溝の溝入れ加工に伴い発生する切粉が第1内径溝の溝入れ加工や第2内径溝に嵌り込むことが防止できる。
【0023】
請求項5に記載の発明は、請求項2または3に記載の内径溝加工方法において、前記第1切刃と第2切刃は前記軸方向に同一に配置されて第1切刃及び第2切刃によって同一の内径溝を溝入れ加工することを特徴とする。これによると、請求項2または3に加え、第1切刃及び第2切刃により同一の内径溝を溝入れ加工することができる。また、第1切刃及び第2切刃により同一の内径溝を連続的に溝入れ加工することで効率的に溝入れ加工できる。
【0024】
請求項6に記載の溝切り工具の発明は、円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する歯側面を備えた突条部が円周方向に形成された被加工部材の内周面に、前記各突条部を切削して内径溝を溝入れ加工する溝切り工具において、ホルダ及び前記円周方向に離反して前記ホルダに配置された第1切刃及び第2切刃を備え、前記第1切刃による突条部の切削と前記第2切刃による突条部の切削を連続して交互に行うことを特徴とする。
【0025】
これによると、円周方向に離反してホルダに配置された第1切刃及び第2切刃を備え、第1切刃による突条部の切削と第2切刃による突条部の切削を連続して行うことで、第1切刃による断続的な切削負荷及び第2切刃による断続的な切削負荷がホルダに交互に連続して付与されて、溝切り工具のビビリ振動の発生が抑制されると共に、被加工部材のビビリ振動が抑制される。これにより内径溝にビビリ振動による切削跡が形成されることがなく加工品質の向上が得られる。また、溝切り工具及び被加工部材のビビリ振動により第1切刃及び第2切刃のチッピングが抑制され工具寿命が向上する。
【0026】
請求項7に記載の発明は、請求項6に記載の溝切り工具おいて、前記第1切刃が突条部の歯側面に接触する切削開始位置において前記第2切刃が他の突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置にあり、第1切刃が当該突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置において第2前部切刃が次に切削すべき突条部の歯側面に接触する切削開始位置に位置することを特徴とする。
【0027】
これによると、第1切刃による突条部の切削の終了と同時に第2切刃による切削が開始され、第2切刃による切削の終了と同時に第1切刃による切削が開始され、第1切刃による切削負荷及び第2切刃による切削負荷が交互に連続してホルダに付与されて、溝切り工具のビビリ振動の発生が抑制されると共に被加工部材の振動が抑制される。
【0028】
請求項8に記載の発明は、請求項6または7に記載の溝切り工具において、前記第1切刃と第2切刃が前記軸方向に離反して前記第1切刃が第1内径溝を溝入れ加工し、前記第2切刃が第2内径溝を溝入れ加工することを特徴とする。これによると、請求項6または7に加え、第1切刃により第1内径溝を溝入れ加工し、同時に第2切刃により第2内径溝を溝入れ加工することができる。
【0029】
請求項9に記載の発明は、請求項6または7に記載の溝切り工具において、前記第1切刃と第2切刃は前記軸方向同一に配置されて第1切刃及び第2切刃によって同一の内径溝を溝入れ加工することを特徴とする。これによると、請求項6または7に加え、第1切刃及び第2切刃により同一の内径溝を溝入れ加工することができる。また、第1切刃及び第2切刃により同一の内径溝を連続的に溝入れ加工することで効率的に溝入れ加工できる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によると、周壁部の内周面に軸方向に延在する各突条部を各切刃によって切削して内径溝を溝入れ加工する際に、各切刃による突条部の切削を連続して交互に行うことで各切刃による断続的な切削負荷が順次連続して溝切り工具に付与されて溝切り工具のビビリ振動の発生が抑制されると共に、被加工部材の振動が抑制されて加工品質が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】第1実施の形態にかかる溝切り工具の説明図である
【図2】図1のA矢視図である。
【図3】図1のB矢視図である。
【図4】溝切り工具の説明図である。
【図5】溝入れチップの斜視図である。
【図6】溝入れ加工における切削負荷の概要を模式的に示す説明図である。
【図7】第2実施の形態にかかる溝切り工具の説明図である。
【図8】溝切り工具の説明図である。
【図9】溝入れ加工における切削負荷の概要を模式的に示す説明図である。
【図10】クラッチドラムの一部破断説明図である。
【図11】クラッチドラムの一部破断説明図である。
【図12】被加工部材の一部破断説明図である。
【図13】従来の溝切り工具の説明図である。
【図14】溝入れ加工における切削負荷の概要を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明による内径溝加工方法及び溝切り工具の実施の形態をクラッチドラムのスナップリング溝を溝切り加工する場合を例に説明する。
【0033】
(第1実施の形態)
図1乃至図6及び図10、図12を参照して第1実施の形態を説明する。図10はクラッチドラム100Aの斜視図であり、図12は内径溝となる第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を溝切り加工する前の被加工部材100Cの斜視図である。
【0034】
図12に示す被加工部材100Cは、円板状の底壁部101と、この底壁部101の外周縁に形成された円筒状の周壁部102と、周壁部102の内周面に半径方向内向きに突出して周壁部102の軸方向に延びる突条部となる歯側面103a及び103bを有する内歯スプライン103が円周方向に複数等間隔で形成される。
【0035】
この被加工部材100Cを旋盤等により回転しつつ、溝切り工具によって周壁部102の開口端部の内周面に第1内径溝及び第2内径溝となる同一溝幅Wの第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を互いに軸方向に距離aを隔てて溝入れ加工することで、図10に示すようなクラッチドラム100Aが形成される。
【0036】
図1乃至図4は被加工部材100Cに第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を溝入れ加工する溝切り工具の説明図であり、図1は溝切り工具1の要部斜視図、図2は図1のA矢視図、図3は図1のB矢視図である。この溝切り工具1は、図1に要部を示すようにホルダ2の先端に第1溝入れチップ10が固定されると共に、カートリッジ5に保持された第2溝入れチップ20が固定される。
【0037】
これらホルダ2及びカートリッジ5の説明にあたり、予め第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20について図5を参照して説明する。第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20は同様の構成である。第1溝入れチップ10は、略三角形板状で固定部11とこの固定部11から突出する3つの切刃部12を有する。切刃部12は、先端の第1切刃となる切刃、即ち前部切刃13の幅寸法が第1スナップリング溝105の溝幅Wと一致し、前部切刃13の後方に緩やかに湾曲して連続するすくい面14の両側に側部切刃15が形成される。
【0038】
第2溝入れチップ20も同様に、略三角形板状で固定部21及び3つの切刃部22を有し、切刃部22の第2切刃となる切刃、即ち前部切刃23の幅寸法が第2スナップリング溝106の溝幅Wと一致し、前部切刃23の後方に緩やかに湾曲して連続するすくい面24の両側に側部切刃25が形成される。
【0039】
図1乃至図3に示すようにホルダ2の先端に、工具軸Xに対して直交する底面3a及び底面3aと交差する側面3b、3cを有する第1チップ取付部3が凹設される。この底面3aに第1溝入れチップ10の固定部11が当接すると共に側面3b、3cによって第1溝入れチップ10の外周面を拘束して第1溝入れチップ10の切刃部12が第1チップ取付部3から突出した状態に位置決めし、図示しないクランプ駒及びスクリュー等によって固定する。
【0040】
第1チップ取付部3に隣接して工具軸Xと直交する矩形の底面4a及び底面4aと直交する側面4b、4cを有するカートリッジ保持部4が凹設され、このカートリッジ保持部4内に第2溝入れチップ20を保持するカートリッジ5が配置される。
【0041】
カートリッジ5は底面4aに接する矩形の底面5a及び側面4bに接する側面5b及び側面4cに対向する側面5cを有する矩形ブロック状で、頂面5dに工具軸Xに対して直交する底面6a及び底面6aと交差する側面6b、6cを有する第2チップ取付部6が凹設される。この底面6aに第2溝入れチップ20の固定部21が当接すると共に側面6b、6cによって第2溝入れチップ20の外周面を拘束して第2溝入れチップ20の切刃部22が第2チップ取付部6から突出した状態に位置決めされて図示しないクランプ駒及びスクリュー等によって固定される。
【0042】
カートリッジ5の頂面5dから底面5aに長径の貫通孔が穿孔され、この貫通孔を貫通してカートリッジ保持部4の底面4aに締結するロックボルト7によってカートリッジ5が固定される。また、カートリッジ保持部4の側面4cにアジャストボルト8が螺合して設けられ、側面5bがカートリッジ保持部4の側面4bに当接すると共に側面5cがアジャストボルト8の頭部8aに当接することでカートリッジ5が位置決めされる。換言すると、カートリッジ保持部4の側面4cに螺合するアジャストボルト8を締め付け、或いは緩めてアジャスタボルト8の側面4cからの突出量を調整することでカートリッジ5に保持された第2溝入れチップ20の切刃部22の突出量が調整できる。
【0043】
また、図2に示すように第1スナップリング溝105を溝入れ加工する第1溝入れチップ10と第2スナップリング溝106を溝入れ加工する第2溝入れチップ20は、第1スナップリング溝105と第2スナップリング溝106の軸方向の離間距離aと等しく軸方向となる工具軸X方向に間隔aを有して配置される。
【0044】
更に、図3に示すように第1溝入れチップ10の前部切刃13及び第2溝入れチップ20の前部切刃23は、被加工部材100Cの回転中心軸Oから等距離でかつ、図4(a)に示すように第1溝入れチップ10の前部切刃13が被加工部材100Cの内歯スプライン103における回転方向R側の歯側面103aに接触する切削開始位置110aにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃23が他の内歯スプライン103の反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置120bにあり、被加工部材100Cが回転して図4(b)に示すように第1溝入れチップ10の前部切刃13が当該内歯スプライン103の反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置110bにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃23が次に切削すべき隣接する内歯スプライン103における回転方向R側の歯側面103aに接触する切削開始位置120aに位置するように回転方向Rにおける前部切刃13と前部切刃23の離反距離、即ち被加工部材100Cの回転中心Oに対する第1溝入れチップ10の前部切刃13と、第2溝入れチップ20の前部切刃23とがなす角度θが設定される。
【0045】
これにより、第1溝入れチップ10による切削終了と同時に第2溝入れチップ20による切削が開始し、第2溝入れチップ20による切削終了と同時に第1溝入れチップ10による切削が開始し、第1溝入れチップ10による切削と第2溝入れチップ20による切削が交互に連続して行われ、第1溝入れチップ10による断続的な切削抵抗による切削負荷及び第2溝入れチップによる断続的な切削抵抗による切削負荷が交互に連続してホルダ2に付与される。
【0046】
なお、被加工部材100Cに切削加工する第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106の溝深さ等の溝寸法を使用する旋盤等の補正機能によって、調整する場合は、回転中心Oを中心とする第1溝入れチップ10の前部切刃13を半径とする円弧上における第1スナップリング溝105と第2スナップリング溝106との中心位置c、即ち回転中心Oに対する第1溝入れチップ10の前部切刃13と第2溝入れチップ20の前部切刃23とがなす角度のθ/2の位置cに第1溝入れチップ10の前部切刃13及び第2溝入れチップ20の前部切刃23が位置するものとみなして補正を行う。
【0047】
このように構成された溝切り工具1により旋盤等によって回転駆動される図13に示す被加工部材100Cの内周面に第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を溝入れ加工して図10に示すクラッチドラム100Aを成形する。
【0048】
この第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を溝入れ加工する際に、第1スナップリング溝105の溝幅Wと一致した幅の前部切刃13を有する第1溝入れチップ10によって各内歯スプライン103の回転方向R側の歯側面103aに前部切刃13が接触する切削開始位置10aから反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置10bに亘る切削が繰り返され、第1溝入れチップ10による断続的な切削抵抗による切削負荷と無負荷状態がホルダ2に付与される。この第1スナップリング溝105の溝入れ加工に伴いホルダ2に断続的に付与される切削負荷を図6に模式的に太線10Fによって示す。
【0049】
一方、第2スナップリング溝106の溝幅Wと一致した幅の前部切刃23を有する第2溝入れチップ20によって各内歯スプライン103の回転方向R側の歯側面103aに前部切刃23が接触する切削開始位置120aから反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置120bに亘る切削が繰り返され、第2溝入れチップ20による断続的な切削抵抗による切削負荷と無負荷状態がホルダ2に付与される。
【0050】
この第2溝入れチップ20による各内歯スプライン103の切削は、第1溝入れチップ10の前部切刃13が内歯スプライン103の歯側面103bから抜け出す切削終了位置110bにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃3が内歯スプライン105の歯側面103aに接触する切削開始位置120aにおいて切削を開始し、第1溝入れチップ10の前部切刃13が内歯スプライン103の歯側面103aに接触する切削開始位置110aにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃23が歯側面103bから抜け出す切削終了位置120bに達して切削が終了することから、第1溝入れチップ10による切削が行われていない第1溝入れチップ10が無負荷状態において断続的に切削負荷がホルダ2に付与される。この第2溝入れチップ20による第2スナップリング溝105の溝入れ加工に伴いホルダ2に断続的に付与される切削負荷を図6に模式的に細線20Fによって示す。
【0051】
従って、各内歯スプライン103を第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20によって断続的に切削して第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106を溝入れ加工する際に、第1溝入れチップ10による内歯スプライン103の切削終了と同時に第2溝入れチップ20による内歯スプライン103の切削が開始し、第2溝入れチップ20による切削終了と同時に第1溝入れチップ10による切削が開始し、第1溝入れチップ10による切削と第2溝入れチップ20による切削が交互に連続して行われ、第1溝入れチップ10による断続的な切削負荷及び第2溝入れチップ20による断続的な切削負荷が交互に連続してホルダ2に付与されて、第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106に切削加工中に亘ってホルダ2に連続的に切削負荷付与され、溝切り工具1のビビリ振動の発生が抑制されると共に、被加工部材100Cの振動が抑制される。
【0052】
溝切り工具1及び被加工部材100Cの振動が抑制されて第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106にビビリ振動による切削跡が形成されることがなく、加工品質の向上がえられる、また、溝切り工具1の振動により第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20の切刃部12、22のチッピングが抑制され、工具寿命が向上する。
【0053】
更に加工中の振動により加工音が抑制されて作業環境の向上が得られる。
【0054】
また、第1溝入れチップ10による第1スナップリング溝105の溝入れ加工と第2溝入れチップ20による第2スナップリング溝106の溝入れ加工が同時に行われ、第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106の溝に溝入れ加工に伴い発生する切粉が加工された第1スナップリング溝105及び第2スナップリング溝106が嵌り込むことが防止できる。
【0055】
(第2実施の形態)
図7乃至図9及び図11、図12を参照して第2実施の形態を説明する。なお、図7乃至図9において図1乃至図6と対応する部位には図1乃至図6と同一符号を付することで、該部の詳細な説明を省略する。
【0056】
図11はクラッチドラム100Bの斜視図であり、図12は内径溝となるスナップリング溝107を溝切り加工する前の被加工部材100Cの斜視図である。
【0057】
図12に示す被加工部材100Cは、円板状の底壁部101の外周縁に形成された周壁部102の内周面に半径方向内向きに突出して周壁部102の軸方向に延びる突条部となる複数の内歯スプライン103が円周方向に等間隔で形成される。
【0058】
この被加工部材100Cを旋盤等により回転しつつ、溝切り工具によって周壁部102の開口端部の内周面に内径溝となるスナップリング溝107を溝入れ加工することで図11に示すようなクラッチドラム100Bが形成される。
【0059】
図7乃至図9は被加工部材100Cにスナップリング溝107を溝入れ加工する溝切り工具の説明図である。この溝切り工具1は、図7に示すようにホルダ2の先端に第1チップ取付部3が凹設され、第1チップ取付部3に、第1溝入れチップ10の切刃部12が第1チップ取付部3から突出した状態に位置決めされて固定される。第1チップ取付部3にカートリッジ保持部4が凹設され、このカートリッジ保持部4内に第2溝入れチップ20を保持するカートリッジ5が配置される。
【0060】
第1溝入れチップ10と第2溝入れチップ20は、被加工部材100Cの軸方向、工具軸X方向において同一位置で、第1溝入れチップ10の前部切刃13及び第2溝入れチップ20の前部切刃23は、図8(a)に示すように第1溝入れチップ10の前部切刃13が被加工部材100Cの内歯スプライン103における回転方向R側の歯側面105aに接触する切削開始位置110aにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃23が他の内歯スプライン103の反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置120bにあり、被加工部材100Cが回転して図8(b)に示すように第1溝入れチップ10の前部切刃13が当該内歯スプライン103の反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置110bにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃23が次に切削すべき隣接する内歯スプライン103における回転方向R側の歯側面103aに接触する切削開始位置120aに位置するように回転方向Rにおける前部切刃13と前部切刃23の離反距離となるように設定される。
【0061】
これにより、第1溝入れチップ10による切削終了と同時に第2溝入れチップ20による切削が開始し、第2溝入れチップ20による切削終了と同時に第1溝入れチップ10による切削が開始し、第1溝入れチップ10による切削と第2溝入れチップ20による切削が交互に連続して行われ、第1溝入れチップ10による断続的な切削抵抗による切削負荷及び第2溝入れチップによる断続的な切削抵抗による切削負荷が交互に連続してホルダ2に付与される。
【0062】
このように構成された溝切り工具1により旋盤等によって回転駆動される図13に示す被加工部材100Cの内周面にスナップリング溝107を溝入れ加工して図11に示すクラッチドラム100Bを成形する。
【0063】
このスナップリング溝107を溝入れ加工する際に、第1溝入れチップ10の前部切刃13が各内歯スプライン103の回転方向R側の歯側面103aに接触する切削開始位置110aから反回転方向側の歯側面103bから抜け出す切削終了位置110bに亘る切削が繰り返され、第1溝入れチップ10による断続的な切削抵抗による切削負荷がホルダ2に付与される。この第1溝入れチップ10によるスナップリング溝107の溝入れ加工に伴いホルダ2に断続的に付与される切削負荷を図9に模式的に太線10fによって示す。
【0064】
また、第2溝入れチップ20による各内歯スプライン103の切削は、第1溝入れチップ10の前部切刃13が内歯スプライン103の歯側面103bから抜け出す切削終了位置110bにあって第2溝入れチップ20の前部切刃23が内歯スプライン103の歯側面103aに接触する切削開始位置120aにおいて切削を開始し、第1溝入れチップ10の前部切刃13が内歯スプライン103の歯側面103aに接触する切削開始位置110aにおいて第2溝入れチップ20の前部切刃23が歯側面103bから抜け出す切削終了位置26bに達して切削が終了することから、第1溝入れチップ10による切削が行われていない第1溝入れチップ10が無負荷状態において断続的に切削負荷がホルダ2に付与される。この第2溝入れチップ20によるスナップリング溝107の溝入れ加工に伴いホルダ2に断続的に付与される切削負荷を図9に模式的に細線20fによって示す。
【0065】
従って、各内歯スプライン103を第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20によって断続的に切削してスナップリング溝107を溝入れ加工する際に、第1溝入れチップ10による内歯スプライン103の切削終了と同時に第2溝入れチップ20による内歯スプライン103の切削が開始し、第2溝入れチップ20による切削終了と同時に第1溝入れチップ10による切削が開始し、第1溝入れチップ10による切削と第2溝入れチップ20による切削が交互に連続して行われ、第1溝入れチップ10による断続的な切削負荷及び第2溝入れチップによる断続的な切削負荷が交互に連続してホルダ2に付与されて溝切り工具1のビビリ振動の発生が抑制されると共に、被加工部材100Cの振動が抑制される。溝切り工具1及び被加工部材100Cの振動が抑制されてスナップリング溝107にビリによる切削跡が形成されることがなく、加工品質の向上がえられる。
【0066】
更に、溝切り工具1の振動により第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20の切刃部12、22のチッピングが抑制され、工具寿命が向上する。更に加工中の振動により加工音が抑制されて作業環境の向上が得られる。また、第1溝入れチップ10の前部切刃13及び第2溝入れチップ20の前部切刃23により同一のスナップリング溝107を連続的に溝入れ加工することで効率的に溝入れ加工できる。
【0067】
なお、本発明は上記各実施の形態に限定されることなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、上記実施の形態では第1溝入れチップ10及び第2溝入れチップ20による第1前部切刃13及び第2前部切刃23に2つの前部切刃により溝入れ加工したが、他の複数の前部切刃により溝入れ加工することもできる。この場合、回転方向に離反した複数の前部切刃を備え、各前部切刃による内歯スプライン103の切削が連続して交互に行われる。
【0068】
また、上記実施の形態では工具として溝入れチップの例に説明したが溝入れチップに限らす溝入れバイト等の他の工具に適用することができる。更に、クラッチドラムに限らず他の円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する突条部が円周方向に等間隔で形成された部材の内周面に複数の内径溝を溝入れ加工する場合に適用することができる。
【符号の説明】
【0069】
1 溝切り工具
2 ホルダ
3 第1チップ取付部
4 カートリッジ保持部
5 カートリッジ
6 第2チップ取付部
10 第1溝入れチップ
12 切刃部
13 前部切刃(第1切刃)
20 第2溝入れチップ
22 切刃部
23 前部切刃(第2切刃)
100A クラッチドラム
100B クラッチドラム
100C 被加工部材
102 周壁部
103 内歯スプライン(突条部)
103a、103b 歯側面
105 第1スナップリング溝(第1内径溝)
106 第2スナップリング溝(第2内径溝)
107 スナップリング溝(内径溝)
110a 切削開始位置
110b 切削終了位置
120a 切削開始位置
120b 切削終了位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する歯側面を備えた突条部が円周方向に複数形成された被加工部材の内周面に、溝切り工具によって前記各突条部を切削して内径溝を溝入れ加工する内径溝加工方法において、
前記溝切り工具が前記円周方向に離反した複数の前部切刃を備え、
前記各前部切刃による突条部の切削が連続して交互に行われることを特徴とする内径溝加工方法。
【請求項2】
円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する歯側面を備えた突条部が円周方向に形成された被加工部材の内周面に、溝切り工具によって前記各突条部を切削して内径溝を溝入れ加工する内径溝加工方法において、
前記溝切り工具が前記回転方向に離反した第1切刃及び第2切刃を備え、
前記第1切刃による突条部の切削と前記第2切刃による突条部の切削を連続して交互に行うことを特徴とする内径溝加工方法。
【請求項3】
前記第1切刃が突条部の歯側面に接触する切削開始位置において前記第2切刃が他の突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置にあり、前記第1切刃が当該突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置において第2切刃が次に切削すべき突条部における歯側面に接触する切削開始位置に位置することを特徴とする請求項2に記載の内径溝加工方法。
【請求項4】
前記第1切刃と第2切刃が前記軸方向に離反して前記第1切刃が第1内径溝を溝入れ加工し、前記第2切刃が第2内径溝を溝入れ加工することを特徴とする請求項2または3に記載の内径溝加工方法。
【請求項5】
前記第1切刃と第2切刃は前記軸方向に同一に配置されて第1切刃及び第2切刃によって同一の内径溝を溝入れ加工することを特徴とする請求項2または3に記載の内径溝加工方法。
【請求項6】
円筒状の周壁部の内周面に軸方向に延在する歯側面を備えた突条部が円周方向にで形成された被加工部材の内周面に、前記各突条部を切削して内径溝を溝入れ加工する溝切り工具において、
ホルダ及び前記回転方向に離反して前記ホルダに配置された第1切刃及び第2切刃を備え、
前記第1切刃による突条部の切削と前記第2切刃による突条部の切削を連続して交互に行うことを特徴とする溝切り工具。
【請求項7】
前記第1切刃が突条部の歯側面に接触する切削開始位置において前記第2切刃が他の突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置にあり、第1切刃が当該突条部の歯側面から抜け出す切削終了位置において第2切刃が次に切削すべき突条部の歯側面に接触する切削開始位置に位置することを特徴とする請求項6に記載の溝切り工具。
【請求項8】
前記第1切刃と第2切刃が前記軸方向に離反して前記第1切刃が第1内径溝を溝入れ加工し、前記第2切刃が第2内径溝を溝入れ加工することを特徴とする請求項6または7に記載の溝切り工具。
【請求項9】
前記第1切刃と第2切刃は前記軸方向同一に配置されて第1切刃及び第2切刃によって同一の内径溝を溝入れ加工することを特徴とする請求項6または7に記載の溝切り工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−31895(P2013−31895A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168913(P2011−168913)
【出願日】平成23年8月2日(2011.8.2)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】