説明

内燃機関の異常診断装置

【課題】実際の燃焼室内圧力データ等に基づいて、燃焼室構成部品にかかる熱負荷を精度よく定量的に演算することができる内燃機関の異常診断装置を提供する。
【解決手段】燃焼室内の圧力を検出する気筒内圧力センサと、ピストンを作動させるクランク軸の角度を検出するクランク角度センサと、前記燃焼室内に供給される給気温度を検出する給気温度センサと、前記給気の圧力を検出する給気圧力センサと、演算手段と、を備え、前記演算手段は、診断対象とする内燃機関における仕様データ、燃焼ガスの物性、燃焼室内圧力、クランク角度、給気温度、および給気圧力とを記憶する記憶部と、前記記憶部に記憶されたデータに基づいて、燃焼室内の燃焼ガスと燃焼室壁面間の熱流束の大きさを相対的に表す指数を求め、前記指数と、予め求められている基準値とを比較して、内燃機関を構成するシリンダ単位の異常の有無を判定する演算部と、を有することを特徴とする

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の異常診断装置に係り、特に実際の気筒内圧力データ等に基づいて、異常発生前のシリンダコンディションを診断する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の異常診断を行う手法としては、シリンダライナ、ピストン、ピストンリング、排気弁等の燃焼室構成部品の異常摩耗やスカッフィング、クラック、焼損等、いわゆるシリンダコンディションの悪化を検知する方法として、オイルミストデテクターやシリンダライナの温度計測等といった方法がある。しかし、これらの手法はいずれも、異常が発生して初めて検知できるものである。
【0003】
これに対し、気筒内圧力データ(燃焼室内圧力データ)等を基に異常診断を行い、燃焼室構成部品の損傷や劣化、および性能悪化等を起こす危険性を検知するといった異常診断装置も存在する。このような装置では例えば、燃焼室内圧力や燃料噴射量、トルク、および排気ガス温度等のデータについて、各々エンジンについて経験的に許容値を設定し、この許容値を基準として異常発生の有無を診断するというものである。
【0004】
そのような異常診断装置としては、例えば特許文献1〜4に開示されているようなものを挙げることができる。特許文献1に開示されている装置は、気筒内圧力センサに基づいた演算から図示トルクを求め、図示トルクの値から燃料噴射系の異常の有無を診断するものである。
【0005】
特許文献2に開示されている装置は、燃焼室内圧力とクランク角を検出し、検出された燃焼室内圧力と基準圧力との差圧を各クランク角に対応させて算出する。そして、各クランク角における差圧と任意のクランク角における差圧との燃焼室内圧力比を求め、この値に基づいて、ノッキングや失火、消炎、及び燃焼室内圧力の過昇等を診断するというものである。
【0006】
また、特許文献3に開示されている装置は、筒内圧力検出器により検出された基準筒内圧力(燃焼室内圧力)の平均値と、基準筒内圧力との圧力差に基づいて、シリンダ内の燃焼状態の診断を行うというものである。
【0007】
さらに、特許文献4に開示されている装置は、内燃機関の入力あるいは出力を推定もしくは検知して、スロットル開度、燃料噴射パルス幅、燃料噴射時期、点火時期、排気ガス再循環量等の補正を行う補正装置を備え、この補正装置による所定時間毎の補正量を記録して燃費の評価を行う。そして、燃費に基づいて、異常診断手段による異常判定を行うというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−138293号公報
【特許文献2】特開2007−170405号公報
【特許文献3】特開2007−23781号公報
【特許文献4】特開2007−303426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、近年、出力率の上昇や、燃料性状の変化、あるいは部品の経年劣化等により、シリンダコンディションの悪化現象がしばしば発生し、事後対応に追われる例が多い。
【0010】
特にトライボロジーに関する問題では、機械的負荷、熱的負荷、燃料性状、潤滑条件、材料特性、および表面粗度等、影響する因子が複雑多岐に亘るため、原因の特定が難しい。このため、原因の究明と、問題解決のための対策に相当な時間と費用を要する場合がある。
このようなシリンダコンディションの悪化現象の主な原因の1つとしてしばしば挙げられるものに、燃焼ガスによる熱負荷がある。
【0011】
しかし、この熱負荷を診断する従来の異常診断技術は上述したように、燃焼室内圧力や、燃料噴射量、トルク、排気ガス温度等のデータによって異常診断を行うものであり、定量的な診断を行う事ができる指標とは言えず、十分な精度がない。このため、シリンダコンディションの悪化、特にトライボロジーに関する事故損傷等が後を絶たないというのが実状である。
【0012】
もちろん、シリンダコンディションの悪化現象には、熱負荷以外の原因もあり、例えば燃料中に製油時に使用する触媒粒子が残存し、シリンダライナや、ピストンリング、噴射弁等の異常摩耗を起こす例もあるが、これは非常に明快な原因があり、対策も容易であるため、本発明による解決課題の範疇ではない。
【0013】
本発明では、実際の気筒内圧力データ(燃焼室内圧力データ)等に基づいて、燃焼室構成部品にかかる熱負荷を精度よく定量的に演算、診断して、燃焼ガスによる燃焼室構成部品の熱負荷に起因するシリンダコンディションの悪化を未然に防止する内燃機関の異常診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係る内燃機関の異常診断装置は、燃焼室内の圧力を検出する気筒内圧力センサと、ピストンを作動させるクランク軸の角度を検出するクランク角度センサと、前記燃焼室内に供給される給気温度を検出する給気温度センサと、前記給気の圧力を検出する給気圧力センサと、演算手段と、を備え、前記演算手段は、診断対象とする内燃機関における仕様データ、燃焼ガスの物性、前記気筒内圧力センサによって検出された燃焼室内圧力、前記クランク角度センサによって検出されたクランク角度、前記給気温度センサによって検出された給気温度、および前記給気圧力センサによって検出された給気圧力とを記憶する記憶部と、前記記憶部に記憶されたデータに基づいて、燃焼室内の燃焼ガスと燃焼室壁面間の熱流束の大きさを相対的に表す指数を求め、前記指数と、予め求められている基準値とを比較して、内燃機関を構成するシリンダ単位の異常の有無を判定する演算部と、を有することを特徴とする。
【0015】
また、上記のような特徴を有する内燃機関の異常診断装置において前記演算部は、シリンダ単位の異常の有無を判定する第1判定の後、前記第1判定時にシリンダ毎に求めた前記指数の平均値である平均指数と、前記指数とを比較して、内燃機関を構成する各シリンダに関する異常の有無を判定する第2判定を行うようにすると良い。
【0016】
このようにして診断を行うことで、第1判定でシリンダ単位の絶対値診断を行い、第2判定で各シリンダ間のばらつき診断を行うこととなり、内燃機関としての異常検出の精度を向上させることができる。
【0017】
また、上記のような特徴を有する内燃機関の異常診断装置において、前記演算部は、前記指数を、圧力値に基づいて定まる項と、温度に基づいて定まる項により構成される関数により求めるようにすると良い。
【0018】
このような構成とすることにより、実質的に算出が困難な内燃機関における燃焼室と壁面間の熱流束を、圧力値と温度に基づいて定まる関数により相対的に表すことが可能となる。
【0019】
また、上記のような特徴を有する内燃機関の異常診断装置において前記関数は、各シリンダにおける燃焼開始時期のクランク角度における熱流束の大きさを相対的に表す値から、燃焼終了時期における熱流束の大きさを相対的に表す値までの積算値、あるいは、クランク軸が1回転する間の熱流束の大きさを相対的に表す値の積算値を求める関数とすると良い。
このようにして構成される関数を用いることで、計測毎のバラツキが少ない定量的な値を得ることができる。よって、異常診断の精度を向上させることができる。
【0020】
また、上記のような特徴を有する内燃機関の異常診断装置において前記関数は、各シリンダにおける燃焼開始時期のクランク角度における熱流束の大きさを相対的に表す値から、燃焼終了時期における熱流束の大きさを相対的に表す値までの平均値、あるいは、クランク軸が1回転する間の熱流束の大きさを相対的に表す値の平均値を求める関数としても良い。
【0021】
このようにして構成される関数を用いた場合であっても、計測毎のバラツキが少ない定量的な値を得ることができる。よって、異常診断の精度を向上させることができる。
【0022】
また、前記演算部は、前記第1判定において、前記指数と、予め求めておいた基準値との差分を求め、当該差分が予め定められた第1の閾値の範囲内にある場合に正常、前記差分が第1の閾値の範囲内に無い場合に異常と判定するようにすると良い。
このような診断を行うことにより、各シリンダ単位の絶対値診断が可能となる。
【0023】
さらに、前記演算部は、前記第2判定において、前記平均指数と前記各シリンダ毎に求めた前記指数との差分を求め、当該差分が予め定められた第2の閾値の範囲内にある場合に正常、前記差分が第2の閾値の範囲内に無い場合に異常と判定するようにすることが望ましい。
このような診断を行うことにより、絶対値診断では検出漏れが生ずる虞のある各シリンダ間のばらつきに基づく異常を検出することが可能となる。
【発明の効果】
【0024】
上記のような特徴を有する内燃機関の異常診断装置によれば、実際の燃焼室内圧力データ等に基づいて、燃焼室構成部品にかかる熱負荷を精度よく定量的に演算することができる。そして、この熱負荷に係る指数に基づいて異常診断を行うことにより、異常状態の検出を精度良く行うことができる。つまり、燃焼ガスによる燃焼室構成部品の熱負荷に起因するシリンダコンディションの悪化を未然に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施形態に係る内燃機関と、異常診断装置の構成を示すブロック図である。
【図2】演算部による異常診断の流れを説明するためのフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の内燃機関の異常診断装置に係る実施の形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。図1は、本実施形態に係る内燃機関の異常診断装置を備えた内燃機関(2サイクルディーゼルエンジン)の例を示すブロック図である。
【0027】
まず、本実施形態で用いる内燃機関10について説明する。図1は、内燃機関10を構成する動力系の一部であり、実施形態に係る内燃機関10は、複数のシリンダ14を有する。内燃機関は、エンジン本体12と、エンジン本体12によって生み出された動力を駆動系に伝達するクランク軸32とを基本として構成される。
【0028】
エンジン本体12は、シリンダ14とシリンダヘッド18、およびピストン26を基本として構成される。シリンダ14の内面には、詳細を後述するピストン26が摺動するための摺動面が構成されている。また、詳細を後述するシリンダヘッド18によって密閉されたシリンダ14の内面は、動力を発生させるための燃料(混合ガス)を燃焼させる燃焼室16を構成する。また、シリンダ14には、外部空気(以下、給気と称す)を燃焼室16へ送るための給気口14bが設けられている。
【0029】
シリンダヘッド18は、筒状に形成されたシリンダ14における燃焼室16の上部開口部を覆う蓋体である。シリンダヘッド18には、燃料噴射弁20や排気口22が設けられている。燃料噴射弁20は、詳細を後述するピストン26が上死点に到達するタイミングで、燃焼室16内に燃料を噴射する役割を担う。圧縮されて高温となった気体中に噴霧された燃料は、給気との混合ガスとして燃焼し、気体の膨張作用によってピストン26を押し下げ、動力を生じさせる。なお、燃料噴射弁20からの燃料の噴射は、ピストン26が上死点前後数deg程度に到達するクランク角度から、上死点後15〜20deg程度に至るクランク角度までの間、連続して行われる。
【0030】
排気口22は、シリンダ内に生じた燃焼後のガス(排気ガス)を排出するための通路である。排気口22における燃焼室16側開口部には、排気弁24が備えられている。排気弁24は、所定のタイミングで開閉し、燃焼室内の排気ガスを排気口へと流通させる。
【0031】
ピストン26は、シリンダ14における燃焼室16を構成する空間を摺動する。ピストン26および燃焼室16の断面形状は、円形としており、燃焼室16の直径よりもピストン26の直径の方が若干小さい。両者の直径を全く同じにした場合には、摩擦による運動エネルギーの損失が大きくなったり、金属同士の食いつきが生ずる虞があるからである。このため、ピストン26の外周には、ピストンリング28が設けられている。ピストンリング28の外形は、自由状態では燃焼室16の直径よりも大きく形成されており、燃焼室16内では、燃焼室16の壁面に対して付勢することとなる。このため、ピストン26側面からの排気ガスの吹き抜けを抑制することができる。なお、ピストンリング28は図1に示すように、摺動方向に沿って複数(3〜4本)設けられている。
【0032】
クランク軸32は、ピストン26の動力を伝達するロッド30が係合されるクランク状のシャフトであり、ピストン26の摺動によって得られた動力を駆動系に伝達する役割を担う。ピストン26による摺動は、燃焼室16内における往復運動である。これをピストンロッド29、クロスヘッド31、およびロッド30を介してクランク軸32に伝達することで、回転運動へと変換することができる。実施形態に係る内燃機関10は、クランク軸32が1回転する間に給気、圧縮、燃焼、及び排気といったサイクルを完結させる、いわゆる2サイクル機関である。
【0033】
実施形態に係る内燃機関10は、上述したようなシリンダ14を複数備えており、各シリンダ14毎に、ピストンロッド29、クロスヘッド31、およびロッド30を介してピストン26に連結されたクランク軸32のシフト角度が異なっている。このような構成とすることで、動力を効率良く得ることができると共に、ピストン26の運動によって生ずる振動(揺動)なども抑制することができる。
【0034】
次に、本実施形態に係る内燃機関の異常診断装置(以下、単に異常診断装置40と称す)について説明する。本実施形態に係る異常診断装置40は、気筒内圧力センサ42、給気温度センサ44、給気圧力センサ46、クランク角度センサ48、演算手段50、および出力手段56を備える。
【0035】
気筒内圧力センサ42は、燃焼室16内の圧力を検出することができるように設けられたセンサである。具体的には、燃焼室16に設けられた圧力検出用貫通孔14aの外側に備えるようにすれば良い。このような構成とすることで、燃焼室16の圧力をリアルタイムで検出することが可能となる。
【0036】
給気温度センサ44は、燃焼室16を構成するシリンダ14毎に設けられた給気口14bに接続された給気流通路36が収束して接続される給気溜34に設けるセンサである。これにより、燃焼室16内に供給される気体の初期温度の検出をリアルタイムで行うことができる。給気溜34から給気流通路36を分岐させることで、複数の燃焼室16のそれぞれに、共通温度、共通圧力の気体を供給することが可能となる。
給気圧力センサ46も、給気溜34に設けられるセンサであり、燃焼室16内に供給される気体の初期圧力の検出をリアルタイムで行う役割を担う。
【0037】
クランク角度センサ48は、クランク軸32の回転角度を検出するセンサである。クランク軸32の回転角度を検出するセンサとしては、ロータリーエンコーダなどであれば良い。なお、これらの各種センサの内、気筒内圧力センサ42は、内燃機関10を構成するシリンダ14毎に設けられる。また、クランク角度センサ48については、各シリンダ14毎に、上死点、下死点等が、詳細を後述する演算手段50の記憶部52に記憶されている。
【0038】
演算手段50は、少なくとも記憶部52と演算部54とを有する。記憶部52は、診断対象とする内燃機関10(エンジン)の仕様データ、燃焼ガスの物性値、および上述した各種センサ(気筒内圧力センサ42、給気温度センサ44、給気圧力センサ46、クランク角度センサ48)によって検出されたデータ等を記憶する役割を担う。なお、各種センサによって検出されるデータは、クランク角度センサ48によって得られた角度データ(θ)に関連付けて記憶される。
【0039】
内燃機関10の仕様データとは、例えば、燃焼室16のボア直径、ピストン26のストローク、および燃焼室16の最少容積(トップクリアランスボリューム)などであれば良い。このようなデータがあれば、クランク角度毎の燃焼室16の容積を算出することができるからである。
【0040】
燃焼ガスは、空気と燃料の混合気体であるため、空気の物性値と、燃料の物性値をそれぞれ記憶しておけば良い。空気の物性値としては、密度、ガス定数、および比熱等を一般の物性表より引用すれば良い。また、燃料の物性値としては、密度、低位発熱量、炭素/水素比(C/H比)、及び比熱等であれば良く、使用燃料に基づいて予め測定しておけば良い。
【0041】
以下、演算部54の機能と、異常診断の流れについて、図2を参照して説明する。
演算部54は、記憶部52に記憶された各種データを引き出して異常診断を行うための演算を行う役割を担う。異常診断を行うためには、シリンダ14内の燃焼ガスと燃焼室16の壁面間の熱流束q(W/m)を求めることが望ましい。しかし、駆動中の内燃機関における壁面間の熱流束qを求めることは極めて困難である。このため、実測に基づく熱流束qの代替値として、熱流束qの大きさを相対的に表す指数ΣQ(θ)を求め、この指数ΣQ(θ)と、正常運転時に予め算出しておいた指数の平均値(基準値ΣQ(θ):第1基準値)との差異に基づく判定を行えば良い。なお、正常運転時とは、内燃機関10の回転数に応じた出力を得られている状態をいう。船舶用のディーゼルエンジンの場合、回転数(rpm)の3乗に比例した値の出力(kw)を得ることができる。
【0042】
熱流束q(W/m)は、
【数1】

で示すことができる。ただし、αは熱伝達率(W/m・k)、Tは燃焼室内ガス温度(k)、Twallは燃焼室壁面表面温度(k)である。なお、燃焼室壁面は、等熱流束壁であるものとする。また、Twallには実際上、高低の温度分布が存在し、実測することも困難である。このため、仮定値として、機関冷却水温度以上の予め定められた一定温度を与えることができる。ここで、熱伝達率α(W/m・k)は、
【数2】

で示すように、PとTを含む関数で推定することができる(数式2は、Eichelbergの式を用いた場合の例)。ただし、Cmはピストン速度(m/s)、Pは燃焼室内圧力(kPa)である。上記気筒内圧力センサ42では、燃焼室16内の圧力をアナログデータ(電圧または電流等の変化)として得ることができる。このため、得られたアナログデータを、燃焼室内圧力値としてのデジタルデータに変換することで、燃焼室内圧力Pを得ることができる。一方、燃焼室内ガス温度Tは、理想気体の状態方程式である数式3を利用して求めることができる。
【数3】

【0043】
すなわち、燃焼室16のボア直径とピストン26のストローク、およびトップクリアランスボリュームが知られていることより、燃焼室16の容積Vは、求めることができる。なお、Gは給気温度、給気圧力に基づいて計算される燃焼室内の充填空気量と燃焼ガスの合計量、Rは気体定数(ガス定数)である。ここで、燃焼ガスの合計量、ガス定数は、空気と燃料との混合ガスについての値である。
【0044】
このように、理想気体の状態方程式(数式3)を利用して、燃焼室内ガス温度Tを算出することで、数式2に示す熱伝達率αにおけるPとTの項を得ることができる。そして、算出された燃焼室内圧力Pおよび燃焼室内ガス温度T(熱伝達率αにおけるPとTの項)に基づいて、熱流束の大きさを相対的に表す値Q(θ)を求めることができる。ここで、熱流束の大きさを相対的に表す値Q(θ)について、
【数4】

と定めれば、数式1、2との関係において、
【数5】

が成り立つ。ここで、定数Cについては、診断対象とする内燃機関毎に定まる一定の値である。このため、固有(診断対象とする)内燃機関の状態を相対的に診断する場合には、除することができる。よって、圧力値に基づいて定まる項(P)と、温度に基づいて定まる項(T)により構成される関数で表される値Q(θ)について、熱流束の大きさを相対的に表す値とすることができる。
【0045】
したがって、演算部54では、まず、各シリンダ14単位で、P、Tを求めるためのサイクル計算が行われ(S110,S120)、これに基づいて熱流束の大きさを相対的に表す値Q(θ)を求める(S130)。
【0046】
上述のようにして、各クランク角毎のQ(θ)を算出した演算部54は、算出されたQ(θ)を利用して、所定のクランク角度間におけるQ(θ)の積算値であり、熱流束の大きさを相対的に表す指数としてのΣQ(θ)を求める。クランク角度の所定範囲としては、燃焼室へ燃料が噴射され、燃焼が生じた後から排気に至るまでの所定角度であり、例えば本実施形態では、クランク角180°(上死点)から220°までの角度としている。ここで、ΣQ(θ)は、
【数6】

と示すことができる。なお、aは開始クランク角度(例えば180°)、bは終了クランク角度(例えば220°)をそれぞれ示す。このようにして算出可能とする、熱流束の大きさを相対的に示す指数ΣQ(θ)は、実測値として得難い燃焼室壁面表面温度(Twall)については、代替値として、予め定められた一定温度(機関冷却水温度以上の一定温度)と仮定することができる。よって、測定値から容易に求められるデータ(例えばP、T)に基づいて算出することができる。少なくとも、サイクル中において変化する、圧力値に基づいて定まる項(P)と、温度に基づいて定まる項(T)に基づいて指数ΣQ(θ)を求めれば、異常事態の発生を算出数値の変動量として検出することが可能となるからである(S140)。
【0047】
次に、演算部54は、第1診断(絶対値診断)を行う。第1診断では、まず、上記演算によって求めた指数ΣQ(θ)と、予め求めておいた基準値ΣQ(θ)との差分(第1差分)を求める。差分を求めた後、当該差分が、予め定められた閾値(第1診断における閾値)を超えているか否かを判定する。判定は、差分が閾値を超えていた場合には異常、差分が閾値以下であった場合には、正常とされる。これを数式で示すと、数式7に示すようなものとなる。
【数7】

【0048】
このような演算を行うことにより、各シリンダ14単位での診断が終了する。ここで、第1診断における閾値は、基準値ΣQ(θ)の値を基点として、±数%(例えば5%)程度とすれば良く、経験則により定めることができる。
【0049】
このような、シリンダ14単位での絶対値診断を行うことにより、次のような異常状態が発生している場合に、異常因子があるとして検知することが可能となる。まず、船体の汚れにより、船体の摩擦抵抗が大きくなり、全てのシリンダ14においてトルクリッチな状態となっているような場合である。具体的には、回転数の割りには、燃料噴射量が多くなっているというような状態である。
【0050】
次に、過給機の性能が低下し、給気圧力が低下したり、全てのシリンダ14において充填空気量が不足しているような場合である。具体的には、燃料の混合バランスが崩れ、燃焼ガスの温度が上昇しているような状態である。
【0051】
さらに、空気の冷却性能が落ち、給気温度が上昇したり、全てのシリンダ14において充填空気温度が高くなり、これに起因して燃焼ガス温度が上昇しているような状態である(S150)。
【0052】
次に演算部54は、第2診断(各シリンダ間のばらつき診断)を行う。第2診断では、複数存在するシリンダ14それぞれにおいて計算した指数ΣQ(θ)平均値である平均指数ΣQ(θ)を求める。平均指数ΣQ(θ)は、
【数8】

で求めれば良い。なお、nはシリンダ数(シリンダ単位に定められた番号)である。演算部54は、平均指数を求めた後、平均指数とシリンダ毎の指数ΣQ(θ)との差分(第2差分)を求める。差分を求めた後、当該差分が、予め定められた閾値(第2診断における閾値)を超えているか否かを判定する。判定は、差分が閾値を超えていた場合には異常、差分が閾値以下であった場合には、正常とされる。なお、閾値(第2診断における閾値)は、平均指数を基準として±数%(例えば5%)程度として定めれば良い。
【数9】

このような演算を行うことにより、内燃機関全体における各シリンダの異常診断が終了する。
【0053】
このような診断を行うことにより、絶対値診断では異常状態として検知することのできなかった異常状態を検知することが可能となる。具体的には、調整不良による燃料噴射量のばらつきに起因する異常や、燃料噴射ポンプや系外漏れに起因する燃料噴射量のばらつきなどである。その他、排気弁の作動不良等による作動ガス温度や燃焼室内圧力のばらつきなどが生じている場合である。いずれの状態も、絶対値診断においては、基準値内に収まっている可能性があり、内燃機関全体のばらつきとして見た場合に初めて異常と診断することができる場合がある(S160)。
【0054】
各演算を終了した後、診断の結果を出力手段56に出力すると共に、演算部54は、上記演算を再び繰り返す。異常は、時系列的な変化によっても生じる可能性があるからである。なお、出力手段56としては、ディスプレイ等であっても良いし、パトランプのようなものでも、警報機のようなものであっても良い。いずれの出力手段であっても、異常又は正常の判断を行うことが可能だからである(S170)。
【0055】
このような構成の異常診断装置40によれば、排気ガス温度や出力、燃焼室16内圧力(気筒内圧力)によって熱負荷を表現している従来技術に比べ、内燃機関10における構成部材の温度変化の状態を定める熱流束の大きさを相対的に表す指数ΣQ(θ)に基づいて、熱負荷を定量的に示すことで、繰り返しの演算による誤差が少ない。このため、基準値との比較に基づく判定の精度が高く、異常診断を精度良く行うことができる。また、各シリンダ単位の絶対値診断と、各シリンダ間のばらつき診断を行うことで、相互に検知不可な異常状態を補って検知することが可能となることによっても、異常診断の精度を向上することができる。
【0056】
なお、上記実施形態では、シリンダ14内の燃焼ガスと燃焼室壁面間の熱流束の大きさを相対的に表す指数として、所定のクランク角度範囲における熱流束の大きさを相対的に表す値Q(θ)の積算値であるΣQ(θ)を用いて説明した。しかしながら、実施形態に係る演算で採用する指数は、熱流束の大きさを相対的に表すものであれば良いことより、所定のクランク角度範囲における熱流束の大きさを相対的に表す値Q(θ)の平均値であるQ(θ)av.を指数として利用しても良い。このような手法を採った場合であっても、本実施形態に係る異常診断の実施に支障は無いからである。なお、指数としてQ(θ)av.を用いる場合には、基準値等の設定も、Q(θ)av.に倣って定めることはいうまでも無い。
【0057】
また、上記実施形態では、指数ΣQ(θ)や指数Q(θ)av.を求めるためのクランク角度の所定範囲として、燃焼室16へ燃料が噴射され、燃焼が生じた後から排気に至るまでの所定角度と説明した。しかしながら、指数ΣQ(θ)や指数Q(θ)av.を求めるためのクランク角度範囲は、1サイクル、すなわちクランク軸が1回転する間におけるQ(θ)の積算値や平均値であっても良い。クランク角度範囲の幅を増やすことにより、燃焼に寄与しない部分におけるQ(θ)についても演算することとなるが、1サイクル分のデータを含む指数により診断を行うことで、燃焼行程以外の圧縮工程などを含めたサイクル全体における異常診断が可能となる。
【0058】
なお、上記実施形態では、熱流束の大きさを表す値としてのQ(θ)を用いて指数ΣQ(θ)やQ(θ)av.を求めていた。その際Q(θ)は、圧力値に基づいて定まる項(P)と、温度に基づいて定まる項(T)により構成される関数により求まる旨記載した。しかしQ(θ)に関しては、熱流束の大きさを相対的に表す値として示される他の代替式により求めるようにしても良い。例えば、シリンダ直径や平均ピストン速度、シリンダ容積等のエンジン状態を知ることのできる種々のパラメータを含む式である。Q(θ)は、熱流束そのものを示す値では無く、熱流束を代替する値(熱流束の大きさを相対的に表す値)であるため、これを表す演算式を構成するパラメータについても、幅を持たせることができる。
【符号の説明】
【0059】
10………内燃機関、12………エンジン本体、14………シリンダ、14a………圧力検出用貫通孔、14b………給気口、16………燃焼室、18………シリンダヘッド、20………燃料噴射弁、22………排気口、24………排気弁、26………ピストン、28………ピストンリング、29………ピストンロッド、30………ロッド、31………クロスヘッド、32………クランク軸、34………給気溜、36………給気流通路、40………異常診断装置、42………気筒内圧力センサ、44………給気温度センサ、46………給気圧力センサ、48………クランク角度センサ、50………演算手段、52………記憶部、54………演算部、56………出力手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室内の圧力を検出する気筒内圧力センサと、
ピストンを作動させるクランク軸の角度を検出するクランク角度センサと、
前記燃焼室内に供給される給気温度を検出する給気温度センサと、
前記給気の圧力を検出する給気圧力センサと、
演算手段と、を備え、
前記演算手段は、診断対象とする内燃機関における仕様データ、燃焼ガスの物性、前記気筒内圧力センサによって検出された燃焼室内圧力、前記クランク角度センサによって検出されたクランク角度、前記給気温度センサによって検出された給気温度、および前記給気圧力センサによって検出された給気圧力とを記憶する記憶部と、前記記憶部に記憶されたデータに基づいて、燃焼室内の燃焼ガスと燃焼室壁面間の熱流束の大きさを相対的に表す指数を求め、前記指数と、予め求められている基準値とを比較して、内燃機関を構成するシリンダ単位の異常の有無を判定する演算部と、を有することを特徴とする内燃機関の異常診断装置。
【請求項2】
前記演算部は、シリンダ単位の異常の有無を判定する第1判定の後、
前記第1判定時にシリンダ毎に求めた前記指数の平均値である平均指数と、前記指数とを比較して、内燃機関を構成する各シリンダに関する異常の有無を判定する第2判定を行うことを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の異常診断装置。
【請求項3】
前記演算部は、前記指数を、圧力値に基づいて定まる項と、温度に基づいて定まる項により構成される関数により求めることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の内燃機関の異常診断装置。
【請求項4】
前記関数は、各シリンダにおける燃焼開始時期のクランク角度における熱流束の大きさを相対的に表す値から、燃焼終了時期における熱流束の大きさを相対的に表す値までの積算値、あるいは、クランク軸が1回転する間の熱流束の大きさを相対的に表す値の積算値を求める関数であることを特徴とする請求項3に記載の内燃機関の異常診断装置。
【請求項5】
前記関数は、各シリンダにおける燃焼開始時期のクランク角度における熱流束の大きさを相対的に表す値から、燃焼終了時期における熱流束の大きさを相対的に表す値までの平均値、あるいは、クランク軸が1回転する間の熱流束の大きさを相対的に表す値の平均値を求める関数であることを特徴とする請求項3に記載の内燃機関の異常診断装置。
【請求項6】
前記演算部は、前記第1判定において、前記指数と、予め求めておいた基準値との差分を求め、当該差分が予め定められた第1の閾値の範囲内にある場合に正常、前記差分が第1の閾値の範囲内に無い場合に異常と判定することを特徴とする請求項2乃至請求項5のいずれか1項に記載の内燃機関の異常診断装置。
【請求項7】
前記演算部は、前記第2判定において、前記平均指数と前記各シリンダ毎に求めた前記指数との差分を求め、当該差分が予め定められた第2の閾値の範囲内にある場合に正常、前記差分が第2の閾値の範囲内に無い場合に異常と判定することを特徴とする請求項2乃至請求項6のいずれか1項に記載の内燃機関の異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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