説明

創傷治療用医薬組成物

【課題】創傷治療効果を示す組成物の提供
【解決手段】アミノ酸配列がHyp-Glyで表されるジペプチドまたはその薬理学的に許容される誘導体を含む創傷治療のための医薬組成物。この組成物は、線維芽細胞増殖促進作用および線維芽細胞遊走促進作用を有し、経口、皮下または経皮で投与することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷治療用の医薬に関する。特には、本発明は、細胞遊走促進効果および細胞増殖促進効果を有する、ヒドロキシプロリン(Hyp)とグリシン(Gly)のジペプチドまたはその薬理学的に許容される誘導体を含む、創傷治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の損傷に対する治療法は、以前は創傷部の感染を回避するべく、創傷部を洗浄し、消毒し、乾燥させる方法が主流であった。しかし、近年、消毒をせず、乾かさない方法へと治療方法が移行しつつある。これは、創傷部位からの滲出液には細胞成長因子が多く含まれ、これを傷口にとどめることで創傷部位の線維芽細胞の増殖、組織形成を促し、ひいては創傷部の治癒を促進する原理に基づく。
【0003】
皮膚の創傷治癒過程、具体的には、切傷、擦過傷、火傷などの急性創傷および褥瘡などの慢性創傷の治癒過程は、一般的に、凝固止血期、炎症期、増殖期、組織再構築期、成熟期の5つのステップに分類される。増殖期には、創傷部位に線維芽細胞および毛細血管が侵襲し、線維芽細胞増殖やコラーゲン合成が促進され、細胞外基質が合成され、組織再構築期には細胞外基質が蓄積し、コラーゲンなどの生産が高まる。
【0004】
皮膚の創傷治療を促進するために供給される物質として、近年、線維芽細胞増殖因子(非特許文献1)の使用が盛んに行われている。しかし、このような一般的な細胞増殖因子は高分子のタンパク質であり、通常は遺伝子組換えにより生産されるため、製造や取扱に注意を要し、結果として、高額で、重度の創傷にのみ用いられているのが現状である。しかし、例えば高齢者の褥創、慢性的なあかぎれなど、重度ではないものの、治癒しにくい創傷の早期治療の要求は高く、安全且つ安価な、使用に技術を要しない創傷治癒促進物質の供給が求められてきた。
【0005】
ところで、コラーゲンは生体内のタンパクの約25%を占め、主要な細胞外マトリクスとして重要な役割を果たす。特に、血管、皮膚、骨に多く存在し、細胞の足場としてこれらの組織の形成、構築に重要な役割を果たしている。コラーゲンは、その内部に、Pro−Hyp−Gly配列を多く含み、3残基ごとにグリシン残基が配置される特徴的な繰り返し配列により、三重螺旋構造を形成する。この三重螺旋構造が加熱により変性したものが、ゼラチンである。
【0006】
コラーゲンやゼラチンは、食品や化粧品用途に広範に利用されている。近年では特に、コラーゲンを熱変性させたゼラチンを部分加水分解したコラーゲンペプチドの経口摂取により、肌の状態が改善されること、特に冬期の肌の水分減少が抑制されることや、関節の状態が改善されること、骨密度が上昇することなどの報告があり、主に美容用途として健康食品や飲料として用いられている(非特許文献2)。
【0007】
他方で、コラーゲンやゼラチンは、その細胞支持機能に着目して医療用材料としても関心を集めており、例えば、止血剤、人工血管、癒着防止膜、創傷被覆剤、美容整形分野への用途開発が進められている。
【0008】
しかし、それらに求められる機能は、一般的に、該皮膚損傷部を乾燥から守り、新たな組織の進入の足場となる機能であり、積極的な細胞遊走を促す機能とは異なる。
また、コラーゲンは一般にブタ、ウシなどの動物由来であり、感染性物質の混入のリスクが否定できない。
【0009】
1960年代に、ゼラチンを多量に摂取したヒトの尿中にHypを含むペプチドの存在が報告されており、2005年には、岩井らにより、コラーゲンペプチドを摂取した後、ヒトの末梢血液に、Pro−Hyp、Pro−Hyp−Gly、Ala−Hyp、Ala−Hyp−Gly、Ser−Hyp、Ser−Hyp−Gly、Leu−Hyp、Ile−Hyp、Phe−Hypなどのコラーゲンペプチド由来の低分子ペプチドが現れることが発表された(非特許文献3,4)。更には、その後の研究により、Hyp−Glyペプチドもヒト末梢血中に存在することが明らかとなった。
【0010】
コラーゲンは、その加水分解物が、線維芽細胞の遊走を誘導することが知られており(特許文献1)、更には、Pro−Hyp、Pro−Hyp−Glyは、線維芽細胞、血中の好中球および単球に対して化学遊走性を持つことが報告されている(特許文献2)。線維芽細胞は、組織に血小板が生じ血小板由来成長因子などが放出されると損傷部に遊走し、コラーゲンを合成することで傷を修復し、その上を上皮系の細胞が遊走してさらに傷の修復が進む。組織の損傷に伴いコラーゲンの分解が生じ、内因性のPro−Hypなどがこの遊走を促進すると考えられている。しかしながら、Hyp−Glyジペプチドについては、ほとんど研究がなされておらず、線維芽細胞に対して増殖促進効果や遊走促進効果を有するかどうかは全く不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−173445号公報
【特許文献2】特開2005−289819号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】日本再生医療学会雑誌 Vol.4 No.1 p53〜61
【非特許文献2】FOOD STYLE 21 Vol.11 No.4 p22〜24
【非特許文献3】J.Agric.Food Chem,2005, 53, p6531-6536
【非特許文献4】J.Agric.Food Chem,2007, 55, p1532-1535
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、安全性の高い、細胞遊走活性または細胞増殖活性を持つ物質を提供することにより、創傷に対して、皮膚の再生を促して治癒を促進させるための医薬組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、コラーゲンペプチドの分解物の1つである、Hyp−Glyジペプチドに、皮膚の線維芽細胞の増殖および遊走の促進効果があることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
[1]アミノ酸配列がHyp−Glyで表されるジペプチドまたはその薬理学的に許容される誘導体を含有することを特徴とする、創傷治療のための医薬組成物。
[2]経口、皮下または経皮により投与されることを特徴とする、[1]に記載の医薬組成物。
[3]前記ペプチドまたはその誘導体の含有量が0.1〜50重量%である、[1]または[2]に記載の医薬組成物。
[4]前記ペプチドまたはその誘導体の含有量が0.5〜10重量%である、[1]または[2]に記載の医薬組成物。
[5]剤形が、クリーム剤、ゲル剤、軟膏剤、液剤、粉剤、塗布剤、乳剤、噴霧剤、滴剤、散剤、貼付剤またはドレッシング剤である、[1]〜[4]のいずれかに記載の医薬組成物。
[6]さらに、止血活性物質、成長因子、抗感染物質、鎮痛物質および抗炎症物質からなる群より選択される一種類以上を含む、[1]〜[5]のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0016】
Hyp−Glyジペプチドまたはその薬理学的に許容される誘導体は、生体に近い条件下で、皮膚線維芽細胞の遊走促進効果および細胞増殖促進効果を示し、従来のペプチドよりも優れた創傷治療効果を示すことから、それらは創傷治療用の医薬組成物の有効成分として有用である。Hyp−Glyは単純なアミノ酸残基からなり、これまで創傷治療に有効とされてきたPro−Hyp−Glyトリペプチド、Pro−Hypジペプチドに比べ、工業上、安価に合成することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、Hyp−Glyジペプチド、Pro−HypジペプチドまたはPro−Hyp−Glyトリペプチドを含む培地中で、マウス皮膚より1mm以上の距離を遊走した線維芽細胞数を示したものである。なお、*はペプチドを添加しないコントロールと比べて有意差 (p < 0.05)があることを示す。
【図2】図2は、コラーゲンゲル上で、Hyp−Glyジペプチド、Pro−HypジペプチドまたはPro−Hyp−Glyトリペプチドを含む培地中で増殖した線維芽細胞数をCell Counting Kit−8を用いて測定したものである。コントロールはペプチドを添加しない場合を示す。なお、a,b,c は異なる記号間で有意差 (p< 0.05)があることを示す。
【図3】図3は、ICRマウスの背部正中部に全層欠損創を作製し、Hyp−GlyジペプチドまたはPro−Hyp−Glyトリペプチドを滴下し、3日後に創傷の縮小面積を測定したものである。コントロールはペプチドを添加しない場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
Hyp−Glyは、固相ペプチド合成法、液相ペプチド合成法などの、一般的なペプチド合成法によって得られる。また、ブタ、ウシ、馬などの動物由来コラーゲンを、希塩酸、希硫酸などの酸性溶液、もしくは水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液などのアルカリ溶液などで加水分解することによってもHyp−Glyジペプチドを得ることができる。このようにして得られたHyp−Glyジペプチドを含む混合物は、ゲルろ過などの一般的な方法により、Hyp−Glyジペプチドを精製することが望ましい。
【0019】
Hyp−Glyの誘導体としては、Hyp−Glyの修飾によって得られる化合物であって、皮膚線維芽細胞に対する遊走促進効果および細胞増殖促進効果を有し、薬理学的に許容されるものであれば特に制限されないが、例えば、Hyp−Glyのメチルエステル、エチルエステル等が挙げられる。
【0020】
本発明の医薬組成物はHyp−Glyまたはその薬理学的に許容される誘導体を、通常の医薬の調製に使用される担体と組み合わせることによって調製することができる。
ここで、担体としては薬理学的に許容されるものであればよいが、可溶化剤、pH調整剤、賦形剤、保存剤、乳化剤、防腐剤、色素、矯味矯臭剤、増粘剤などが例示される。
【0021】
本発明の医薬組成物の剤形としては、クリーム剤、ゲル剤、軟膏剤、液剤、粉剤、塗布剤、乳剤、噴霧剤、滴剤、散剤、貼付剤、ドレッシング剤などがあり、必要に応じて適当な賦形剤を加えることができる。賦形剤は、一般的に医薬品・医療用機器・医薬部外品等に
用いられるものであれば種類を問わない。例えば、ポリビニルアルコール、グリセロール、キトサン、カルボキシメチルセルロース、コラーゲン、ヒアルロン酸、ポリプロピレングリコールなどが挙げられる。
【0022】
本発明の医薬組成物は、Hyp−Glyジペプチド又はその誘導体に加えて、止血活性物質、成長因子、抗感染物質、鎮痛物質および抗炎症物質を含むものであってもよい。
ここで、止血活性物質としては、プロトロンビン、トロンビン、フィブリノーゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ヘパリナーゼが例示される。
また、成長因子としては、上皮細胞増殖因子(EGF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)が例示される。
また、抗感染物質としては、クロラムフェニコール、マクロライド、キノロン、β−ラクタム、テロラサイクリン、サルファ剤が例示される。
また、鎮痛物質としては、アスピリン、アミノピリン、アセトアミノフェン、エテンザミドが例示される。
また、抗炎症物質としては、オキシベンゾン、トラネキサム酸及びその誘導体、イプシロンアミノカプロン酸、グリチルリチン酸、アズレン、塩酸ジフェンヒドラミン、アミノカプロン酸が例示される。
Hyp−Glyジペプチド又はその誘導体は、医薬組成物中に0.1〜50重量%の割合で含まれることが好ましく、0.5〜10重量%の割合で含まれることがより好ましい。本発明の創傷治療用医薬組成物は、経口、皮下または経皮などの方法により投与することができる。
投与量は創傷の大きさや重傷度などに応じて適宜設定することができる。
【実施例】
【0023】
以下に、本発明を、実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。以下、特段の記載のない%はすべて重量/容量%を示す。
【0024】
実施例1
細胞遊走性試験
5週齢のBALB/cマウス(雄)の腹部の皮膚を、3mmのディスクに切り取って、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)中に採取した。その後、24穴のプラスチックプレートに移し、584μg/mLのL−グルタミン、0.01mg/mLのゲンタマイシン、200nmol/mLの検体(Hyp−Glyジペプチド、Pro−HypジペプチドまたはPro−Hyp−Glyトリペプチド)を含むDMEMを加え、37℃、5容量%炭酸ガス存在下に置いた。その後、マウス皮膚のディスクから1mm以上の距離を遊走した線維芽細胞の数を24時間ごとに顕微鏡により測定した。
結果を図1に示す。図1より、ペプチドを加えないコントロールに比べ、ペプチドを加えたディスクでは細胞遊走促進効果が高いことが分かる。
【0025】
実施例2
細胞増殖試験
BALB/cマウスの腹部の皮膚を6−7mm程の幅に培養皿(直径75mm)に切り採り、584μg/mLのL−グルタミン、0.01mg/mLのゲンタマイシン、10容量%のFBS(ウシ胎児血清)を含む8mLのDMEMを加え、37℃、5容量%炭酸ガス存在下で培養した。培養の間、2日ごとに培地を交換し、2週間後に皮膚を取り除き、線維芽細胞を0.25%トリプシン−EDTA溶液で剥離回収した。これを、584μg/mLのL−グルタミン、0.01mg/mLのゲンタマイシン、10容量%のFBS、および、200nmol/mLの検体(Hyp−Glyジペプチド、Pro−HypジペプチドまたはPro−Hyp−Glyトリペプチド)を含むDMEMを加えて5×104
個/mLとなるように調製し、予め作成しておいたコラーゲンゲル(96穴のプラスチックプレートに、0.5%のコラーゲン溶液を含むDMEM100μLを加えて、37℃、5容量%炭酸ガス存在下で静置して調製)に播種し、37℃、5容量%炭酸ガス存在下で培養した。144時間培養した後、Cell Counting Kit−8(同仁化学)を用いて450nmの吸光度を測定することにより細胞数を計測した。
結果を図2に示す。これより、コラーゲンゲル上で、Hyp−Glyジペプチドは、線維芽細胞の増殖を促進することが分かる。
【0026】
実施例3
マウスを用いた創傷治療効果の評価
皮膚の全層欠損創傷治癒の実験用としてICRマウス雌(8週齢)を予備飼育した。ペントバルビタール麻酔下でマウスの背部を剪毛し、エタノールで清拭後、背部正中部に生検トレバンφ3mmにて全層欠損創を4箇所作製し、面積を測定した。創面に、最終濃度2%の検体(Hyp−GlyジペプチドまたはPro−Hyp−Glyトリペプチド)と7.5%ポリビニルアルコールを含む溶液10μLを滴下投与した後、防水絆創膏(ニチバン
シアテープ)をはり、周りを瞬間接着剤で密閉した。3日の後、マウスを安楽死させ、創傷部の面積を測定した。各ペプチドを用いたときの、創傷の縮小面積を図3に示した。図3より、コントロール(ペプチドなし)やPro−Hyp−Glyトリペプチドに比べ、Hyp−Glyジペプチドは、創傷の縮小に効果を示すことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の医薬組成物は創傷の治療に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸配列がHyp−Glyで表されるジペプチドまたはその薬理学的に許容される誘導体を含有することを特徴とする、創傷治療のための医薬組成物。
【請求項2】
経口、皮下または経皮により投与されることを特徴とする、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記ペプチドまたはその誘導体の含有量が0.1〜50重量%である、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記ペプチドまたはその誘導体の含有量が0.5〜10重量%である、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
剤形が、クリーム剤、ゲル剤、軟膏剤、液剤、粉剤、塗布剤、乳剤、噴霧剤、滴剤、散剤、貼付剤またはドレッシング剤である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
さらに、止血活性物質、成長因子、抗感染物質、鎮痛物質および抗炎症物質からなる群より選択される一種類以上を含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−195714(P2010−195714A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−42671(P2009−42671)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名 日本農芸化学会 2008年度関西支部大会 主催者名 社団法人日本農芸化学会 公開日 平成20年8月28日(要旨集)、平成20年9月13日(学会開催日)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】