回転速度検出装置
【課題】 回転中心と幾何中心とのずれに基づくエンコーダの振れ回り運動に拘らず、このエンコーダを支持固定した回転部材の回転速度を、起動直後から正確に求める。
【解決手段】 回転速度検出用のセンサは、実際の回転速度dd と、振れ回りに基づく変動分dn とが重畳された速度を表す検出信号dを出力する。上記センサの信号から自己生成した信号を参照信号xとする適応フィルタ17により、上記変動分dn をキャンセルする為のキャンセル信号yを算出し、このキャンセル信号を上記検出信号dから差し引く。この結果、ほぼ上記回転速度dd を表す信号eを得られるので、この信号eに基づいて、上記回転部材の回転速度を算出する。上記適応フィルタ17のフィルタ係数に初期値を与える事で、この適応フィルタ17のフィルタ係数が収束するまでに要する時間を短縮し、上記課題を解決する。
【解決手段】 回転速度検出用のセンサは、実際の回転速度dd と、振れ回りに基づく変動分dn とが重畳された速度を表す検出信号dを出力する。上記センサの信号から自己生成した信号を参照信号xとする適応フィルタ17により、上記変動分dn をキャンセルする為のキャンセル信号yを算出し、このキャンセル信号を上記検出信号dから差し引く。この結果、ほぼ上記回転速度dd を表す信号eを得られるので、この信号eに基づいて、上記回転部材の回転速度を算出する。上記適応フィルタ17のフィルタ係数に初期値を与える事で、この適応フィルタ17のフィルタ係数が収束するまでに要する時間を短縮し、上記課題を解決する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明に係る回転速度検出装置は、例えば自動車、鉄道車両、各種搬送車等の移動体の車輪を支持する為の転がり軸受ユニットを構成する回転部材の回転速度、更にはこの転がり軸受ユニットに負荷される荷重(ラジアル荷重とアキシアル荷重との一方又は双方)を測定し、上記移動体の運行の安定性確保を図る為に利用する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車の車輪は懸架装置に対し、複列アンギュラ型の玉軸受ユニット等の転がり軸受ユニットにより回転自在に支持する。又、自動車の走行安定性を確保する為に、例えば非特許文献1に記載されている様な、アンチロックブレーキシステム(ABS)やトラクションコントロールシステム(TCS)、更には、エレクトリックスタビリティコントロールシステム(ESC)等の車両用走行安定化装置が使用されている。この様な各種車両用走行安定化装置を制御する為には、車輪の回転速度、車体に加わる各方向の加速度等の信号が必要になる。そして、より高度の制御を行なう為には、車輪を介して上記転がり軸受ユニットに加わる荷重(ラジアル荷重とアキシアル荷重との一方又は双方)の大きさを知る事が好ましい場合がある。
【0003】
この様な事情に鑑みて、特許文献1には、ラジアル荷重を測定自在な、荷重測定装置付転がり軸受ユニットが記載されている。この従来構造の第1例の場合には、非接触式の変位センサにより、回転しない外輪と、この外輪の内径側で回転するハブとの径方向に関する変位を測定する事により、これら外輪とハブとの間に加わるラジアル荷重を求める様にしている。求めたラジアル荷重は、ABSを適正に制御する他、積載状態の不良を運転者に知らせる為に利用する。
【0004】
又、特許文献2には、転がり軸受ユニットに加わるアキシアル荷重を測定する構造が記載されている。この特許文献2に記載された従来構造の第2例の場合、外輪の外周面に設けた固定側フランジの内側面複数個所で、この固定側フランジをナックルに結合する為のボルトを螺合する為のねじ孔を囲む部分に、それぞれ荷重センサを添設している。上記外輪を上記ナックルに支持固定した状態でこれら各荷重センサは、このナックルの外側面と上記固定側フランジの内側面との間で挟持される。この様な従来構造の第2例の転がり軸受ユニットの荷重測定装置の場合、車輪と上記ナックルとの間に加わるアキシアル荷重は、上記各荷重センサにより測定される。更に、特許文献3には、一部の剛性を低くした外輪相当部材に動的歪みを検出する為のストレンゲージを設け、このストレンゲージが検出する転動体の通過周波数から転動体の公転速度を求め、更に、転がり軸受に加わるアキシアル荷重を測定する方法が記載されている。
【0005】
前述の特許文献1に記載された従来構造の第1例の場合、変位センサにより、外輪とハブとの径方向に関する変位を測定する事で、転がり軸受ユニットに加わる荷重を測定する。但し、この径方向に関する変位量は僅かである為、この荷重を精度良く求める為には、上記変位センサとして、高精度のものを使用する必要がある。高精度の非接触式センサは高価である為、荷重測定装置付転がり軸受ユニット全体としてコストが嵩む事が避けられない。
【0006】
又、特許文献2に記載された従来構造の第2例の場合、ナックルに対し外輪を支持固定する為のボルトと同数だけ、荷重センサを設ける必要がある。この為、荷重センサ自体が高価である事と相まって、転がり軸受ユニットの荷重測定装置全体としてのコストが相当に嵩む事が避けられない。又、特許文献3に記載された方法は、外輪相当部材の一部の剛性を低くする必要があり、この外輪相当部材の耐久性確保が難しくなる可能性がある他、十分な測定精度を得る事が難しいと考えられる。
【0007】
この様な事情に鑑みて本発明者等は先に、複列アンギュラ型玉軸受である転がり軸受ユニットを構成する1対の列の転動体(玉)の公転速度に基づいて、この転がり軸受ユニットに加わるラジアル荷重又はアキシアル荷重を測定する、転がり軸受ユニットの荷重測定装置に関する発明を行なった(第一の先発明=特願2004−7655号)。この先発明の転がり軸受ユニットの荷重測定装置の場合、上記各列の転動体の公転速度を求めるのに、これら各列の転動体を保持した保持器の回転速度を検出する事が、この公転速度を高分解能で求める面から有効である。但し、上記各列の転動体の転動面と、各列の保持器のポケットの内面との間には、これら各転動体の転動を許容すると共に、これら各転動体の転動面へのグリースの付着を許容する為の隙間が存在する為、上記各保持器は、回転に伴って径方向に変位しつつ回転する、振れ回りを生じる可能性がある。そして、この様な振れ回りが発生すると、上記各列の転動体の公転中心と上記各列の保持器の回転中心とがずれ、これら各列の保持器の回転速度、延いては上記各列の転動体の公転速度を正確に測定できなくなる。
【0008】
この様な問題は、転がり軸受ユニットに加わるラジアル荷重又はアキシアル荷重を測定する、転がり軸受ユニットの荷重測定装置で、保持器の回転速度を測定する場合に限らずに生じ得る。即ち、各種回転部材の回転速度を検出する為の回転速度検出装置で、回転速度を検出すべき部材の回転中心とエンコーダの幾何中心とが不一致の場合に、この回転速度の検出精度が悪化する。この様な原因での回転速度検出の精度悪化を防止する為には、エンコーダの径方向反対側2個所位置に配置した1対の回転検出センサの検出信号を足し合わせる事で、上記両中心のずれによる影響をなくす事も考えられる。但し、この場合には回転検出センサが2個必要になって、その分、コスト並びに設置スペースが嵩む原因となる為、採用が難しくなる場合も考えられる。
【0009】
比較的低周波の雑音成分を除去する為の技術として、非特許文献2に記載された、LMSアルゴリズムにより作動する適応フィルタが知られている。又、適応フィルタの概要に関しては、非特許文献3〜5等で、従来から知られている。又、適応フィルタの一種である同期式適応フィルタに関しても、例えば非特許文献6に記載される等により、従来から知られている。更に、同期式LMSアルゴリズムによりエンジンの振動を抑える技術が、非特許文献7に記載される等により、従来から知られている。但し、従来は、上述の様な適応フィルタは、低周波騒音と逆位相の音波を発する事でこの低周波騒音を低減する、所謂アクティブノイズコントロールを中心に使用していた。即ち、従来は上記適応フィルタを、空調機のダクトから室内に出る低周波騒音を低減したり、或は乗用車の室内に入り込む低周波の排気音或は走行音、更にはヘッドホンの外から入り込む低周波の外部騒音を低減する等、低周波騒音の低減にしか使用されていなかった。非特許文献7に記載された技術にしても、エンジンの振動抑制を目的としたものである。言い換えれば、上記非特許文献2に記載される等により従来から知られている適応フィルタの技術を、エンコーダの振れ回り運動に拘らず、このエンコーダを利用した回転速度検出の精度を向上させる事は、全く考えられていなかった。
【0010】
この様な事情に鑑みて本発明者は先に、低コストで構成できて、耐久性や設置スペースに問題を生じる事がなく、しかも回転部材の回転速度を、制御の為に必要とされる精度を確保しつつ測定できる回転速度検出装置を発明した(第二の先発明=特願2004−230955号)。この第二の先発明は、上記適応フィルタの技術を、従来適用されていた音響分野等とは全く異なる、回転速度検出の分野に適用する事により、回転部材の回転速度を、実用上問題となる程の時間的遅れを生じさせる事なく測定できる回転速度検出装置を実現するものである。本発明は、この第二の先発明に改良を加えたものであるから、先ず、この先発明に就いて、図1〜8により説明する。
【0011】
この図1〜8に示した例は、自動車の従動輪(FR車、RR車、MD車の前輪、FF車の後輪)を支持する為の転がり軸受ユニット1に加わる荷重(ラジアル荷重及びアキシアル荷重)を測定する為の転がり軸受ユニットの荷重測定装置に上記第二の先発明を適用した場合に就いて示している。この転がり軸受ユニット1自体は、従来から周知の構造であるから、詳しい説明は省略し、以下、荷重測定装置部分の構造及び作用を中心に説明する。
【0012】
回転輪であると共に内輪相当部材であるハブ2の外周面に形成した複列アンギュラ型の内輪軌道3、3と、静止輪であると共に外輪相当部材である外輪4の内周面に形成した、それぞれが静止側軌道である複列アンギュラ型の外輪軌道5、5との間に、それぞれ転動体(玉)6a、6bを複列(2列)に分けて、各列毎にそれぞれ複数個ずつ、保持器7a、7bにより保持した状態で転動自在に設ける事により、上記外輪4の内径側に上記ハブ2を、回転自在に支持している。この状態で上記各列の転動体6a、6bには、互いに逆方向で、且つ、同じ大きさの接触角αa 、αb (図2参照)が付与されて、背面組み合わせ型の、複列アンギュラ型玉軸受を構成する。上記各列の転動体6a、6bには、使用時に加わるアキシアル荷重によって喪失する事がない程度に十分な予圧を付与している。この様な転がり軸受ユニット1の使用時には、上記外輪4を懸架装置に支持固定し、上記ハブ2の回転側フランジ8に制動用のディスクと車輪のホイールとを支持固定する。
【0013】
上述の様な転がり軸受ユニット1を構成する上記外輪4の軸方向中間部で上記複列の外輪軌道5、5の間部分に取付孔9を、この外輪4を径方向に貫通する状態で形成している。そして、この取付孔9にセンサユニット10を、上記外輪4の径方向外方から内方に挿通し、このセンサユニット10の先端部11を、上記外輪4の内周面から突出させている。この先端部11には、それぞれが回転検出センサである1対の公転速度検出用センサ12a、12bと、1個の回転速度検出用センサ13とを設けている。
【0014】
このうちの各公転速度検出用センサ12a、12bは、上記複列に配置された転動体6a、6bの公転速度を測定する為のもので、上記先端部11のうち、上記ハブ2の軸方向(図1〜2の左右方向)に関する両側面に、それぞれの検出面を配置している。図示の例の場合、上記各公転速度検出用センサ12a、12bは、上記複列に配置された各転動体6a、6bの公転速度を、前記各保持器7a、7bの回転速度として検出する。この為に図示の例の場合には、これら各保持器7a、7bを構成するリム部14、14を、互いに対向する側に配置している。そして、これら各リム部14、14の互いに対向する面に、それぞれが円輪状である公転速度検出用エンコーダ15a、15bを、全周に亙り添着支持している。これら各エンコーダ15a、15bの被検出面の特性は、円周方向に関して交互に且つ等間隔で変化させて、上記各保持器7a、7bの回転速度を上記各公転速度検出用センサ12a、12bにより検出自在としている。この為に、これら各公転速度検出用センサ12a、12bの検出面を、上記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの被検出面である、互いに対向する面に近接対向させている。
【0015】
一方、上記回転速度検出用センサ13は、回転輪である前記ハブ2の回転速度を測定する為のもので、上記先端部11の先端面、即ち、上記外輪4の径方向内端面に、その検出面を配置している。又、上記ハブ2の中間部で前記複列の内輪軌道3、3同士の間に、円筒状の回転速度検出用エンコーダ16を外嵌固定している。上記回転速度検出用センサ13の検出面は、この回転速度検出用エンコーダ16の被検出面である、外周面に対向させている。この回転速度検出用エンコーダ16の被検出面の特性は、円周方向に関して交互に且つ等間隔で変化させて、上記ハブ2の回転速度を上記回転速度検出用センサ13により検出自在としている。
【0016】
図示の例の場合には、上記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bとして、被検出面である軸方向側面にS極とN極とを交互に且つ等間隔で配置した、円輪状の永久磁石を使用している。この様な各公転速度検出用エンコーダ15a、15bは、上記各保持器7a、7bのリム部14、14の側面に、これら各保持器7a、7bと同心に支持固定している。又、何れも回転速度を検出するセンサである、上記各公転速度検出用センサ12a、12b及び上記回転速度検出用センサ13として図示の例の場合には、磁気式の回転検出センサを使用している。
【0017】
図示の例の転がり軸受ユニットの荷重測定装置の場合、上記各センサ12a、12b、13の検出信号は、図示しない演算器に入力する。そして、この演算器が、これら各センサ12a、12b、13から送り込まれる検出信号に基づいて、前記外輪4と前記ハブ2との間に加わるラジアル荷重とアキシアル荷重とのうちの一方又は双方の荷重を算出する。例えば、このラジアル荷重を求める場合に上記演算器は、上記各公転速度検出用センサ12a、12bが検出する各列の転動体6a、6bの公転速度の和を求め、この和と、上記回転速度検出用センサ13が検出する上記ハブ2の回転速度との比に基づいて、上記ラジアル荷重を算出する。又、上記アキシアル荷重は、上記各公転速度検出用センサ12a、12bが検出する各列の転動体6a、6bの公転速度の差を求め、この差と、上記回転速度検出用センサ13が検出する上記ハブ2の回転速度との比に基づいて算出する。この点に就いて、図3を参照しつつ説明する。尚、以下の説明は、アキシアル荷重Fa が加わらない状態での、上記各列の転動体6a、6bの接触角αa 、αb が互いに同じであるとして行なう。
【0018】
図3は、前述の図1に示した車輪支持用の転がり軸受ユニット1を模式化し、荷重の作用状態を示したものである。複列の内輪軌道3、3と複列の外輪軌道5、5との間に複列に配置された転動体6a、6bには予圧F0 、F0 を付与している。又、使用時に上記転がり軸受ユニット1には、車体の重量等により、ラジアル荷重Fr が加わる。更に、旋回走行時に加わる遠心力等により、アキシアル荷重Fa が加わる。これら予圧F0 、F0 、ラジアル荷重Fr 、アキシアル荷重Fa は、何れも上記各転動体6a、6bの接触角α(αa 、αb )に影響を及ぼす。そして、この接触角αa 、αb が変化すると、これら各転動体6a、6bの公転速度nc が変化する。これら各転動体6a、6bのピッチ円直径をDとし、これら各転動体6a、6bの直径をdとし、上記各内輪軌道3、3を設けたハブ2の回転速度をni とし、上記各外輪軌道5、5を設けた外輪4の回転速度をno とすると、上記公転速度nc は、次の(1)式で表される。
nc ={1−(d・cos α/D)・(ni /2)}+{1+(d・cos α/D)・(no /2)} −−− (1)
【0019】
この(1)式から明らかな通り、上記各転動体6a、6bの公転速度nc は、これら各転動体6a、6bの接触角α(αa 、αb )の変化に応じて変化するが、前述した様にこの接触角αa 、αb は、上記ラジアル荷重Fr 及び上記アキシアル荷重Fa に応じて変化する。従って上記公転速度nc は、これらラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa に応じて変化する。図示の例の場合、上記ハブ2が回転し、上記外輪4が回転しない為、具体的には、上記ラジアル荷重Fr に関しては、大きくなる程上記公転速度nc が遅くなる。又、アキシアル荷重に関しては、このアキシアル荷重を支承する列の公転速度が速くなり、このアキシアル荷重を支承しない列の公転速度が遅くなる。従って、この公転速度nc に基づいて、上記ラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa を求められる事になる。
【0020】
但し、上記公転速度nc の変化に結び付く上記接触角αは、上記ラジアル荷重Fr と上記アキシアル荷重Fa とが互いに関連しつつ変化するだけでなく、上記予圧F0 、F0 によっても変化する。又、上記公転速度nc は、上記ハブ2の回転速度ni に比例して変化する。この為、これらラジアル荷重Fr 、アキシアル荷重Fa 、予圧F0 、F0 、ハブ2の回転速度ni を総て関連させて考えなければ、上記公転速度nc を正確に求める事はできない。このうちの予圧F0 、F0 は、運転状態に応じて変化するものではないので、初期設定等によりその影響を排除する事は容易である。これに対して上記ラジアル荷重Fr 、アキシアル荷重Fa 、ハブ2の回転速度ni は、運転状態に応じて絶えず変化するので、初期設定等によりその影響を排除する事はできない。
【0021】
この様な事情に鑑みて前記第一の先発明では、前述した様に、ラジアル荷重を求める場合には、前記各公転速度検出用センサ12a、12bが検出する各列の転動体6a、6bの公転速度の和を求める事により、上記アキシアル荷重Fa の影響を少なくしている。又、アキシアル荷重を求める場合には、上記各列の転動体6a、6bの公転速度の差を求める事により、上記ラジアル荷重Fr の影響を少なくしている。更に、何れの場合でも、上記和又は差と、前記回転速度検出用センサ13が検出する上記ハブ2の回転速度ni との比に基づいて上記ラジアル荷重Fr 又は上記アキシアル荷重Fa を算出する事により、上記ハブ2の回転速度ni の影響を排除している。但し、上記アキシアル荷重Fa を、上記各列の転動体6a、6bの公転速度の比に基づいて算出する場合には、上記ハブ2の回転速度は、必ずしも必要ではない。
【0022】
尚、上記各公転速度検出用センサ12a、12bの信号に基づいて上記ラジアル荷重Fr とアキシアル荷重Fa とのうちの一方又は双方の荷重を算出する方法は、他にも各種存在するが、この様な方法に就いては、前述の特願2004−7655号に詳しく説明されているし、本発明の要旨とも関係しないので、詳しい説明は省略する。
但し、何れの方法により何れの荷重を求めるにしても、上記各公転速度検出用センサ12a、12bの検出信号に基づいて上記各列の転動体6a、6bの公転速度を正確に求められる事が、荷重の測定精度を高める為に重要である。
【0023】
これに対して上記各公転速度検出用センサ12a、12bの検出信号(に基づく、公転速度を表す信号)中には、被検出面の着磁ピッチ(円周方向に隣り合うS極とN極との間のピッチ)の誤差に基づく比較的高周波の変動と、保持器7a、7bの振れ回り運動に伴う、前述した様な比較的低周波の変動とが入り込んでいる。この様な変動を処理(低減)しないと、各列の転動体6a、6bの公転速度を正確に求められず、従って、上記ラジアル荷重Fr や上記アキシアル荷重Fa の測定精度が悪化する。そこで前記第二の先発明の場合には、図4に示す様な適応フィルタにより、上記振れ回り運動に基づく、上記比較的低周波の変動を低減する他、図示しない平均化フィルタ等のローパスフィルタにより、上記着磁ピッチの誤差に基づく、上記比較的高周波の変動を低減する様にしている。
【0024】
先ず、上記2種類の変動が生じる理由に就いて、図5〜6により説明する。前記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)を支持固定した(或は自身がエンコーダとしての機能を有する)保持器7a(7b)のポケットの内面と前記各転動体6a(6b)の転動面との間には、これら各転動体6a(6b)を転動自在に保持する必要上、隙間が存在する。従って、各構成部材の組み付け精度をいくら高めても、転がり軸受ユニット1の運転時に、上記各転動体6a(6b)のピッチ円の中心(上記ハブ2の回転中心)O2 と上記保持器7a(7b)の回転中心O7 とが、図5に誇張して示す様に、δ分だけずれる可能性がある。そして、このずれに基づいて上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)は、上記回転中心O7 の周囲で振れ回り運動を行なう。この振れ回り運動の結果、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の被検出面は、回転方向以外にも移動速度を持つ事になる。そして、この回転方向以外の移動速度、例えば図5の左右方向の移動速度が、回転方向の移動速度に加減される。一方、公転速度検出用センサ12a(12b)は、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の被検出面の移動速度に基づいて上記各転動体6a(6b)の公転速度を検出するので、上記δ分の偏心は、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面にその検出面を対向させた、公転速度検出用センサ12a(12b)の検出信号に影響を及ぼす。
【0025】
この様な公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面に上記公転速度検出用センサ12a(12b)の検出面を対向させると、この公転速度検出用センサ12a(12b)の検出信号(に基づく、公転速度を表す信号)は、図6の鎖線αに示す様に、正弦波的に変化する。即ち、各転動体6a(6b)の公転速度が一定である場合でも、この公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号が表す公転速度は、上記鎖線αで示す様に、正弦波的に変化する。具体的には、図5の左右方向の移動速度が回転方向の移動速度に足される場合には、上記出力信号は、実際の公転速度よりも速い速度に対応する信号となる。反対に、図5の左右方向の移動速度が回転方向の移動速度から差し引かれる場合には、上記出力信号は、実際の公転速度よりも遅い速度に対応する信号となる。図5は偏心量δを実際の場合よりも誇張して描いているが、例えば車両安定の為の制御をより厳密に行なうべく、転がり軸受ユニットに加わるラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa をより正確に求める場合には、上記偏心に伴う誤差を解消する必要がある。
【0026】
又、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面に配列されたS極とN極とのピッチは、本来同じはずであるが、製造時に発生する着磁誤差等により、少しずつではあるが互いに異なる場合がある。そして、この誤差に基づいても、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の検出信号が変動する。この様な着磁ピッチの誤差に基づく変動の周期は、上記振れ回り運動に基づく変動の周期に比べると遥かに短くなる。例えば、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面(被検出面)の特性(S極とN極との繰り返し)が、この被検出面の全周で60回変化する場合、上記着磁ピッチの誤差に基づく変動の周期は、上記振れ回り運動に基づく変動の周期の1/60程度になる。
【0027】
上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)から出力される検出信号(に基づく、公転速度を表す信号)は、上記2種類の変動が足し合わされた(重畳された)、図6に実線βで示す様なものになる。上記ラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa を正確に求める為には、上記2種類の変動を低減する必要がある。そこで、前記第二の先発明の場合には、上記振れ回り運動に伴う、比較的低周波の変動を図4に示した適応フィルタ17により低減し、上記着磁ピッチの誤差に伴う比較的高周波の変動を、図示しない平均化フィルタ等のローパスフィルタにより低減する様にしている。尚、適応アルゴリズムとしては、適応フィルタとして後述するFIRフィルタを使用する、LMS(最小二乗平均)アルゴリズム(二乗平均誤差を最急降下法に基づいて最小にする演算規則)が好ましい。
【0028】
先ず、図4に示した適応フィルタ17による、上記低周波の変動低減に就いて説明する。前記公転速度検出用センサ12a(12b)の検出部が対向する部分での、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の変位速度は、実際の回転速度dd と、前記δ分の偏心に基づく振れ回りによる回転1次成分の見掛け速度の変動分dn とが重畳されたものとなる。従って、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dは、上記実際の回転速度dd と上記変動分dn とを足し合わせた(d=dd +dn )速度を表す信号になる。上記適応フィルタ17によりこの変動分dn を上記出力信号dから差し引けば(減ずれば)、上記実際の回転速度dd を求められる事になる。
【0029】
一方、上記適応フィルタ17を作動させる為には、上記振れ回りに基づく変動分dn と相関性のある参照信号xが必要になる。この参照信号xを入手できれば、上記適応フィルタ17は自己学習によって、実際の信号の流れ「dn →d」の伝達特性と同じ特性を持った、FIR(finite impulse response )方式のフィルタ(インパルス応答時間が有限なフィルタ=インパルス応答が有限時間内に0になるフィルタ)を形成する。そして、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから、上記適応フィルタ17による計算の結果得られる、キャンセル信号y{=後述するy(k)}を差し引けば、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから上記振れ回りによる変動分dn を取り除いた(d−dn )事と等価になる。この様にしてこの変動分dn を取り除く場合に、上記適応フィルタ17は、信号の主ルート(図4の上半部分)を送られる出力信号dに対してフィルタリングするのではなく、副ルート(図4の下半部分)を送られる参照信号xに基づいて上記変動分dn を取り除く為のキャンセル信号yを計算する。そして、上記主ルートである出力信号dから上記キャンセル信号yを引き算するだけであるので、上記出力信号dの応答遅れを招かない。
【0030】
前記第二の先発明の場合、上記参照信号xを、前記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の1回転中での特性変化の回数に基づき、この公転速度検出用エンコーダ15a(15b)に対向した上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号の処理回路、又は、この検出信号に基づいて前記各転動体6a(6b)の公転速度を演算する為の処理回路により、自己生成する。従って、上記参照信号xの生成に要するコストを低減できる。即ち、前記第二の先発明の場合には、アクティブノイズコントロール用として従来から使用されていた適応フィルタとは異なり、別途設けたセンサの検出信号を使用する事なく上記参照信号xを入手して、上記適応フィルタ17により、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の振れ回りに基づく、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dの変動分dn を低減させる。即ち、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の1回転中での特性変化の回数(S極とN極との数)は予め分かっている。従って、この公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の1回転分のパルス数を観察する事で、特に変位センサや回転速度センサ等のセンサを別途設けなくても、上記変動分dn と相関のある上記参照信号xを生成できる。具体的には、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の振れ回りの影響は、回転1次が主成分の波形であり、例えばこの公転速度検出用エンコーダ15a(15b)が、1回転当り60パルスのものであれば、60データで1周期となる様なサイン波、三角波、鋸波、矩形波、パルス波等として自己生成できる。
【0031】
この様な参照信号xの波形は、上記各転動体6a(6b)の公転速度を算出する為の処理回路(CPU)で生成する事もできるし、上記公転速度検出用センサ12a(12b)に付属の電子回路部(IC)で生成する事もできる。何れにしても、得られた上記参照信号xに基づいて算出したキャンセル信号yは、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから差し引いて、前記実際の回転速度dd を表す修正信号e{=後述するe(k)}を求める。この様にして求めた修正信号eは、上記各転動体6a(6b)の公転速度を演算する為の処理回路に送ってこの公転速度を求める為に利用する他、上記適応フィルタ17が自己学習する為の情報としても利用する。
【0032】
尚、上記適応フィルタ17部分で、上記キャンセル信号yを求め、更にこのキャンセル信号yを上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから差し引いて、上記修正信号eを得る為の処理は、次の(2)〜(4)式に基づいて行なう。
【数1】
【数2】
【数3】
【0033】
上記(2)(3)(4)式中、kは時系列でのデータ番号、Nは適応フィルタ17として用いるFIRフィルタのタップ数である。又、wはFIRフィルタのフィルタ係数を表し、wk はk番目のデータ処理をする場合に使用するフィルタ係数を、wk+1 は次のデータ系列(k+1番目)を処理する場合に使用するフィルタ係数を、それぞれ表している。即ち、図示の例の場合、上記FIRフィルタは、上記式(4)により逐次適正にフィルタ係数が更新されていく適応フィルタとなる。
【0034】
尚、上記(4)式中のμは、ステップサイズパラメータと呼ばれる、フィルタ係数を自己適正化させていく場合の更新量を決定する値であり、通常0.01〜0.001程度の値となるが、実際には、適応動作の妥当性を事前に調べて設定するか、次の(5)式を用いて逐次更新する事もできる。
【数4】
尚、この(5)式中のαも、フィルタ係数を自己適正化させていく為の更新量を決定するパラメータとなるが、0<α<1の範囲であれば良く、上記μよりも設定が容易である。又、図示の例の場合には、前記参照信号xを自己生成するので、上記(5)式中の分母の値は既知であり、μの最適値を事前に算出しておく事もできる。計算量削減の観点からは、予め(5)式でこのμを算出しておき、このμを定数として上記(4)式でフィルタ係数を自己適正化させるのが望ましい。
【0035】
上述の様に、前記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから、前記適応フィルタ17が算出したキャンセル信号yを差し引く事で、前記実際の回転速度dd を表す修正信号eを求められる。そして、この様にして求めた修正信号eに基づいて、前記各転動体6a(6b)の公転速度を正確に求められる。尚、実際の場合には、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号d中には、前記ピッチ誤差に基づく、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の振れ回りに基づく変動よりも周期が短い第二の変動が存在する。そこで、この第二の変動を平均化する為の平均化フィルタ等のローパスフィルタを、上記適応フィルタ17の前又は後に設けて、上記第二の変動に拘らず、上記各転動体6a、6bの公転速度を正確に求められる様にする。高周波の変動を抑える為の、平均化フィルタ等のローパスフィルタの構造及び作用に関しては、従来から周知である為、詳しい説明は省略する。
【0036】
適応フィルタ17を使用して、エンコーダの振れ回りに基づく変動を抑える作用に就いてのシミュレーションの1例を、図7に示した。この図7は、100min-1 で定速回転している回転部材の回転速度を、60パルス/1回転のエンコーダで計測する場合に就いて示している。実線イが、回転速度検出用センサの検出結果に、タップ数=15の移動平均処理のみを施した(平均化フィルタのみを設けた)結果(出力信号dに相当)である。この場合には、エンコーダの振れ回りにより、上記回転速度の算出値が、約70〜130min-1 の間を変動している。尚、上記エンコーダの振れ回り量は、実際に生じる値に比べて、相当に大きく設定した。
【0037】
これに対して、破線ロは、上記実線イで示した、移動平均後のデータを適用フィルタを用いて補正した結果(修正信号eに相当)を示している。上記破線ロから明らかな通り、適用フィルタの始動直後は算出値が変動しているものの、短時間経過後にフィルタ係数が自己適応し、算出結果が、ほぼ100min-1 の一定値に収束した。この事から、平均化フィルタと適応フィルタとを併用する事で、ピッチ誤差や、回転中心と幾何中心とのずれが大きい(振れ回り運動をする)エンコーダを使用しても、回転部材の回転速度を正確に求められる事が分かる。
尚、上記図7に示した2本の線イ、ロを求めるに就いては、参照信号xは、速度演算装置の中でパルス数をカウントしながら、60パルスで1周期となる正弦波を自己生成するとした。又、適応フィルタのステップサイズパラメータは、μ=0.002、タップ数N=30とした。
【0038】
又、図8〜11は、前記第二の先発明に関する別の構造を示している。この別構造の場合には、エンコーダの1パルス毎に回転検出センサの検出信号に関して必要とする演算処理の回数を大幅に低減して、計算速度が特に速くない、低コストの演算器(CPU)での処理を可能にする。この為に上記別構造の場合には、同期式LMSアルゴリズムを使用し、計算量を大幅に削減可能にしている。但し、単に同期式LMSアルゴリズムを使用しただけの場合には、エンコーダの振れ回りである回転1次成分を補正(キャンセル)すると同時に、検出対象である回転速度を表すDCレベルまでも補正(キャンセル)してしまう。これでは、回転速度検出装置本来の機能を喪失してしまうので、フィルタ係数の零点をモニターし、上記DCレベルをキャンセルする事を防止する為に、零点補正を実施する。この様な観点で考えた上記別構造に就いて、以下に説明する。
【0039】
前述の図1〜7に示した構造例で適応フィルタを適正化する為に利用する、前述の各式(2)(3)(4)は何れも単純な式ではあるが、実際の適用に際しては計算量が問題となる場合が考えられる。例えば、適応フィルタのタップ数N=60とすると、上記式(2)で掛け算を60回、上記式(3)で引き算を1回、上記式(4)で掛け算を120回と足し算を60回との180回、合計で241回の四則演算を、エンコーダの1パルス毎に実施しなければならない。従って、1個の転がり軸受ユニットに設けた複列の転動体の公転速度を求める為に必要な計算量は、482回/1パルスとなる。この計算量(演算回数)は物理的に処理不可能ではないが、処理速度が速い、比較的高価なCPUを使用する必要がある。例えば、ABS、TCS、ESC等の車両用走行安定化装置の制御の為に自動車用車輪(4個の車輪)の回転速度を検出する場合、上記高価なCPUを4個(若しくは1パルス毎に241回×2×4=1928回の四則演算が可能な程に高速のCPUを)使用する必要があり、上記車両用走行安定化装置のコスト増大の原因となる為、好ましくない。
【0040】
この様な事情に鑑みて上記別構造の場合には、同期式LMSアルゴリズムを使用して計算量を大幅に削減し、低コストのCPUの使用を可能にする事を意図している。但し、上記同期式LMSアルゴリズムにより適応フィルタを動作させた場合、そのままではこの適応フィルタが、上記エンコーダの振れ回り成分だけでなく、回転速度を表すDC成分もキャンセルしてしまう。この様にDC成分をキャンセルする現象は、同期式LMSアルゴリズムを用いた場合に顕著である。そこで上記別構造の場合には、適応フィルタの出力値を零にする機能を持たせる事により、上記回転速度を表すDCレベルを正確に検出できる様にしている。
【0041】
先ず、同期式LMSアルゴリズムの作動原理を説明する。前述の図4に示したブロック図で、適応フィルタ17に入力させる参照信号xは、エンコーダの振れ回り等に代表される、このエンコーダの回転n次(nは正の整数) 成分と相関のある信号であれば良いので、このエンコーダ1回転当り1インパルス信号でも構わない。そこで、上記参照信号xが1インパルス信号であると同時に、上記適応フィルタ17のタップ数Nが、上記エンコーダの1回転あたりのパルス数と等しい場合を想定する。この場合、時系列kの瞬間に計算に使用する参照信号xは、次の(6)式で表される。
【数5】
【0042】
この(6)式で、参照信号xが値1のインパルスとなる位置jは、時系列kが進んでいくのに従って右側に1個ずつずれて行き、一番右側の「N−1」番目までずれると、次の時系列では、新たなインパルス値が一番左の0番目に表れる事になる。即ち、上記参照信号xは、値1のインパルスの位置を0番目からN−1番目まで巡回させただけのデータ列となる。この式(6)を、前述の式(2)(4)に当て嵌めると、次の(7)(8)式を得られる。
【数6】
【数7】
【0043】
同期式でない、通常のLMSアルゴリズムで適応フィルタ17を作動させる場合には、前述した様に、各式(2)(3)(4)に示す計算を繰り返し行なう必要があるのに対して、同期式LMSアルゴリズムで適応フィルタを作動させる場合には、上記(7)(8)式及び式(3)に示す計算を行なうだけで済む。例えば、適応フィルタ17のタップ数Nを60とした場合、通常のLMSアルゴリズムで適応フィルタ17を作動させると、エンコーダ1ピッチ毎の演算の回数の合計は、前述した様に241回になる。これに対して、同期式LMSアルゴリズムで適応フィルタ17を作動させる場合には、上記式(7)はデータ入れ替えのみで演算なし、上記式(3)で引き算1回、上記式(8)で掛け算1回と足し算1回との2回、合計で3回の四則演算を、上記エンコーダの1パルス毎に行なえば良い。即ち、LMSアルゴリズムとして同期式を採用する事で、採用しない場合に比べて、演算の回数を凡そ1/80に削減できる。
【0044】
但し、上記適応フィルタ17を作動させるのに同期式LMSアルゴリズムを採用した場合に、回転速度を表す信号であるDC成分までもがキャンセルされる事を防止する為に、上記適応フィルタ17の零点を補正する必要がある。以下、この零点補正に就いて説明する。この零点補正が必要な現象の具体例として、エンコーダの振れ回りによる速度検出誤差の1例を、図8に示す。この図8に示した線図は、前述の図7の場合と同様に、100min-1 で定速回転している回転部材の回転速度を、60パルス/1回転のエンコーダで計測する場合に就いて示している。実線イが、回転速度検出用センサの検出結果に、タップ数=15の移動平均処理のみを施した(平均化フィルタのみを設けた)結果(図9の出力信号dに相当)である。この場合には、エンコーダの振れ回りにより、上記回転速度の算出値が、約70〜130min-1 の間を変動している。尚、上記図8の場合も、上記エンコーダの振れ回り量は、実際に生じる値に比べて、相当に大きく設定している。
【0045】
この図8に実線イで示す様な回転速度に関する計測データを、前述の図4に示す様な適応フィルタ17を用いて処理し、上記エンコーダの振れ回りに基づく誤差をキャンセルした場合、この適応フィルタ17の設定値によっては、この振れ回りに基づく誤差成分に加えて、検出対象である回転速度のDCレベル(図8に破線ロで示した100min-1 を表す信号)もキャンセルしてしまう可能性がある。この様に、必要とするDCレベルまでキャンセルする現象は、上記適応フィルタを動作させるLMSアルゴリズムとして同期式を採用した場合に顕著である。図8に示した鎖線ハが、その具体例である。
【0046】
上記適応フィルタを動作させるLMSアルゴリズムとして同期式を採用し、特に対策を施さない場合には、上記鎖線ハで示す様に、上記エンコーダの振れ回りに基づく変動成分だけでなく、回転速度を表すDC成分までもがキャンセルされて、出力値が零となる。これは、適応動作によって上記適応フィルタ17のフィルタ係数WがDCレベルを持ってしまい、結果としてこの適応フィルタ17の出力信号yがDCレベルを持ってしまう為に生じる現象である。この問題を解決する為に前記第二の先発明の別構造の場合には、図9に示す様に、上記フィルタ係数Wの平均値から上記DCレベルを算出し、このDCレベルに参照信号xのインパルス値を掛け算したDC信号を計算しておく(インパルス値が1である場合には掛け算不要)。そして、上記適応フィルタ17によって誤差をキャンセルされた信号eに、上述の様にして計算したDC信号を加える事で、正確な回転速度を表すDCレベルを得られる様にしている。
【0047】
次に、上記フィルタ係数Wの平均値から、上記DCレベルを算出する方法に就いて説明する。同期式LMSアルゴリズムにより適応フィルタ17を動作させる事で、公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号から得られる回転速度を表す信号中に含まれる誤差成分をキャンセルし、上記図8の鎖線ハで示す様に出力値が零になる様な場合に於ける、上記適応フィルタ17のフィルタ係数は、図10に示す様に変動する。上記図8に示した例では、この適応フィルタ17のタップ数Nを60としたので、上記図10に示したフィルタ係数Wは、60個の値から構成されている。このフィルタ係数Wの平均値、即ち、求めようとする回転速度を表すDCレベルは、上記60個の値を総て合計してから60で除すれば求められる。但し、この様な計算を行なうと、演算回数が増大して、前記第二の先発明の別構造の目的である、CPUの低廉化を十分に図れなくなる。
【0048】
ところで、誤差キャンセルの対象、即ち、前記エンコーダの振れに基づくうねりは、回転1次を主体とする回転n次成分である。又、上記別構造の場合には、適応フィルタのタップ数Nを、エンコーダ1回転当りのパルス数と等しくしているので、上記フィルタ係数Wは、周期がN(=60)の周期関数となる。上記図10に示した例では、回転1次の周期関数となっている。従って、N/2(=30)なる間隔を設定した任意の2点の平均値は、全体N(=60)点の平均値と等価になる。そこで、この様な2点の平均値を求め、上記回転速度を表すDCレベルとすれば、演算回数も大幅に低減できて、上記CPUの低廉化の面から有利である。もし、2点だけの平均で信頼性に不安が残る場合は、上記2点とは別に、N/2(=30)なる間隔を設定した任意の2点を選択し、合計4点の平均値を演算する。尚、図示はしないが、フィルタ係数Wが回転n次の周期関数の場合も、平均値を求める為の点の数を適宜増やし、その間隔を適切に設定する事で、上記平均値を同様に求められる。
【0049】
上記第二の先発明の別構造により、エンコーダの振れ回りに基づく変動を抑える作用に就いてのシミュレーションの1例を、図11に示した。この図11は、100min-1 で定速回転している回転部材の回転速度を、60パルス/1回転のエンコーダで計測する場合に就いて示している。実線イが、回転速度検出用センサの検出結果に、タップ数=15の移動平均処理のみを施した(平均化フィルタのみを設けた)結果(出力信号dに相当)である。この場合には、エンコーダの振れ回りにより、上記回転速度の算出値が、約70〜130min-1 の間を変動している。鎖線ロは、前述の図9に示した同期式LMSアルゴリズムにより動作する適用フィルタ17を用い、且つ、上述したフィルタ係数WによるDC成分の補正を実施して、公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号から得られる回転速度を表す信号中に含まれる誤差成分をキャンセルした結果である。上記鎖線ロから明らかな通り、上記適応フィルタ17の始動直後はデータが変動しているものの、短時間経過後にフィルタ係数Wが自己適応して、算出結果が、ほぼ100min-1 の一定値に収束した。
【0050】
上述の様な第二の先発明の場合、FIR方式の適応フィルタ(別構造の場合にはFIR方式の同期式LMS適応フィルタ)により、前記各公転速度検出用センサ12a、12bの検出信号を処理する様に構成している為、前記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの振れ回りの影響を除去しつつ、これら各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの回転速度を精度良く、しかも応答後れを最小限に抑えた状態で検出できる。但し、上記FIR方式の適応フィルタ(特に同期式LMS適応フィルタ)の場合には、必ずしもフィルタの特性が安定する迄の収束性が良くない。即ち、前記(2)〜(4)式による演算を開始する際に最初に用いるフィルタ係数wk は、零を代入しておいても、動き始めれば自己適応していくので、起動後、或る程度時間を経過した後は、特に問題を生じない。但し、その場合でも、起動直後には上記適応フィルタのフィルタ係数wk が、正確な測定結果を得る為の値とは大きく異なったものとなる可能性がある。
【0051】
上述の様にフィルタ特性に関する収束性が悪い場合には、上記適応フィルタを備えた回転速度検出装置が起動してからしばらくの間はこの適応フィルタが本来の機能を発揮せず、例えば上記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの回転速度、即ち、前記各転動体6a、6bの公転速度を正確に求められない。この場合に、これら各転動体6a、6bの公転速度により車輪支持用転がり軸受ユニットに加わる荷重を求め、この荷重により車両の走行安定性確保の為の制御を行なっていると、その間、この制御を適切に行なえなくなる。上記フィルタの特性が安定する迄にはあまり長い時間を要する事はないが、例えば車両を急発進させた場合には、発進直後から上記制御を行なう必要がある為、上記フィルタの特性が安定する迄に要する時間は少しでも短い方が好ましい。
【0052】
【特許文献1】特開2001−21577号公報
【特許文献2】特開平3−209016号公報
【特許文献3】特公昭62−3365号公報
【非特許文献1】青山元男、「レッドバッジシリーズ/245/スーパー図解/クルマの最新メカがわかる本」、(株)三推社/(株)講談社、平成13年12月20日、p.148−149
【非特許文献2】浜田晴夫、「アダプティブフィルタの基礎(その2)」、日本音響学会誌、45巻、9号、(社)日本音響学会、1989年、p.731−738
【非特許文献3】中央大学電気電子情報通信工学科趙研究室、「適応フィルタとは」、[online]、[平成15年8月29日検索]、インターネット、<URL:http://www.elect.chuo-u.ac.jp/chao/forB3/dsp/volterra/filter.html >
【非特許文献4】The MathWorks,Inc.、「適応フィルタの概要とアプリケーション」、[online]、[平成15年8月29日検索]、インターネット、<URL:http://www.mathworks.ch/access/helpdesk/jhelp/toolbox/filterdesign/adaptiv2.shtml >
【非特許文献5】The MathWorks,Inc.、「LMSアルゴリズムを使用する適応フィルタの例題」、[online]、[平成15年8月29日検索]、インターネット、<URL:http://www.mathworks.ch/access/helpdesk/jhelp/toolbox/filterdesign/adaptiv9.shtml >
【非特許文献6】浜田晴夫、外3名、「同期式適応フィルタとそのアクティブ騒音・振動制御への応用」、日本音響学会講演論文集、3−5−13、(社)日本音響学会、平成4年3月、p.515〜516
【非特許文献7】佐藤茂樹、外4名、「アクティブマウントの開発」、自動車技術、(社)自動車技術会、Vol.53、No.2、1999年2月、p.62−66
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0053】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、FIR方式の適応フィルタの計算を行なわせる為に必要なフィルタ係数の正しい値を短時間で得られる様にして、検出した回転速度に基づく制御をより適切に行なえる回転速度検出装置を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0054】
本発明の回転速度検出装置は、従来から知られている回転速度検出装置と同様に、エンコーダと、回転検出センサと、演算器とを備える。
このうちのエンコーダは、回転部材に支持固定されてこの回転部材と共に回転するもので、特性を円周方向に関して交互に変化させている。
又、上記回転検出センサは、その検出部を上記エンコーダの被検出面に対向させた状態で設けられている。
又、上記演算器は、上記回転検出センサから送り出される周期的に変化する検出信号に基づいて、上記回転部材の回転速度に関する値を求める。
特に、本発明の回転速度検出装置に於いては、上記演算器は、上記回転部材の回転速度算出に対する誤差となる、上記回転検出センサの検出信号の変動の影響を除去する為のFIR方式の適応フィルタを備える。更に上記演算器は、この適応フィルタのフィルタ係数に初期値を付与する機能を備えている。
【発明の効果】
【0055】
上述の様に構成する本発明の回転速度検出装置は、前述した第二の先発明の場合と同様に、例えば回転部材の回転中心とエンコーダの幾何中心とが不一致の場合にも、この回転部材の回転速度を正確に求められる。即ち、これら両中心同士が互いに不一致で、回転検出センサの検出信号中にこの不一致に基づく変動が生じても、この変動をキャンセル(ノイズの影響を除去)できる。この為、上記回転部材の回転速度に基づく、各種状態を正確に把握して、迅速且つ適正な処置を行なえる。又、フィルタ回路として適応フィルタを使用しているので、上記変動をキャンセルする事に伴う、信号処理の遅れをなくし、上記回転速度を利用した各種制御を迅速に行なえる。
【0056】
更に、本発明の回転速度検出装置の場合には、FIR方式の適応フィルタの計算を行なわせる為に必要なフィルタ係数の正しい値を短時間で得られる為、回転検出センサの出力信号中に含まれる誤差成分を補正する為のフィルタリング計算の収束性が良くなる。
即ち、最終的に収束した後のフィルタ係数を予測できれば、この係数を予め入力しておく事で収束時間を大幅に短縮できる。特に、同期式LMS適応フィルタでは、最終的に収束した後のフィルタ係数は、回転n次成分とDC成分とから構成されている。この場合に、回転n次の変動成分を予測する事はできないが、回転0次のDC成分は、或る程度は予測可能である。
【0057】
例えば、上記適応フィルタにより回転n時の変動成分を除去する為の補正演算を開始する際に、最初にサンプリングした(回転検出センサから取り入れた)検出信号に基づく回転速度に関連するデータ(周期データ或は速度データ)は、上記変動成分の影響(ノイズ)を除けば、このデータ(平均DCレベル)とほぼ等価であると仮定できる。勿論、上記最初にサンプリングした検出信号に基づく回転速度に関連するデータそのものは、上記ノイズを含んでいるので、上記平均DCレベルと厳密には等しくないが、上記適応フィルタの収束性を改善する目的に使用する事を考慮した場合には、上記の様な仮定をする事は特に問題ない。即ち、上記最初にサンプリングしたデータを、総てのフィルタ係数にその初期値として入力すれば、最終的に収束するフィルタ係数と近い値になる(最終的に収束するフィルタ係数との差が上記変動成分だけになる)。
【0058】
上述の様に、最初に入力するフィルタ係数(フィルタ係数の初期値)として、本来の(適切な)フィルタ係数に近い値を採用する事により、上記適応フィルタが起動(フィルタリングを開始)してから短時間の間に、この適応フィルタのフィルタ係数が適正値に収束する。そして、このフィルタ係数が適正値に収束した後は、上記回転検出センサの出力信号中に含まれる誤差成分を除かれた(誤差を補正された)、回転部材の回転速度に関する正確なデータを得られる。この為、例えば、上記回転速度を車両の走行安定性確保の制御の為に利用する場合に、起動直後からこの制御を適切に行なって、自動車の走行安定性向上を図れる。
【0059】
尚、上記最初に入力するフィルタ係数を、最初にサンプリングした単一のデータだけから設定する事もできるが、起動直後にサンプリングする(第1〜k番目の)複数個のデータの平均値を、上記フィルタ係数の初期値として、上記適応フィルタに入力する事もできる。但し、平均すべきデータの個数(kの値)を多くし過ぎると、上記フィルタ係数の初期値を求める為に時間を要し、応答遅れを生じて本発明本来の目的を達成できなくなるので、好ましくない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0060】
本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した様に、演算器として、検出信号の変動の影響を除去する為の補正演算を開始する際に、適応フィルタに最初に入力される回転部材の回転速度に関する値をフィルタ係数の初期値とする機能を備えたものを使用する。
この様にすれば、上記初期値を容易に得られ、しかも、前述した様に、この初期値を、本来の(最終的に収束する)フィルタ係数に近い値にできる。
【0061】
又、上記請求項2に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項3に記載した様に、FIR方式の適応フィルタに加えて、検出信号を処理する為の他のフィルタをこの適応フィルタと直列に設置する。そして、上記適応フィルタは、この他のフィルタの前段に設置する。
前述した第二の先発明の説明から明らかな通り、エンコーダと回転検出センサとにより回転部材の回転速度に関する情報を得ようとする場合に入り込む誤差としては、上記エンコーダの振れ回りに基づくものと、このエンコーダの特性変化に関するピッチ誤差に基づくものとがある。このうち、振れ回りに基づいて比較的低周波でその値を変化させる誤差は、上記適応フィルタにより除去する事が適切であるのに対して、上記ピッチ誤差に基づいて比較的高周波でその値を変化させる誤差は、前述の第二の先発明に関する説明の様に、ローパスフィルタにより除去する事が適切である。又、他の、或いは上記高周波の変動成分を除去する為に、上記ローパルフィルタに加えて、或いはこのローパスフィルタに代えて、ノッチフィルタを設ける事も考えられる。これらのローパスフィルタ或いはノッチフィルタは、その目的からして、上記適応フィルタと直列に設ける必要がある。
【0062】
この様なローパスフィルタやノッチフィルタ等の、上記適応フィルタ以外のフィルタに関しても、適応フィルタ程ではないにしても、特性が安定する(誤差に結び付く変動の影響を正しく除去できる特性となる)までには、或る程度時間を要する。そして、仮に、FIR方式の適応フィルタを、上記ローパスフィルタやノッチフィルタ等の、特性が安定するまでに或る程度の時間を要するフィルタの後に配置すると、上記適応フィルタのフィルタ係数として入力すべき初期値は、この適応フィルタの前段(適応フィルタと回転検出センサとの間)に設置した、上記ローパスフィルタやノッチフィルタ等の特性が安定(収束)してからでないとサンプリングできない。この様に、適応フィルタのフィルタ係数の初期値を設定するまでに時間を要すると、結果的に、適応フィルタのフィルタ係数の収束時間が長くなり、本発明の目的を達成できない。これに対して、請求項3に記載した様に、適応フィルタをローパスフィルタやノッチフィルタ等の他のフィルタよりも前段に配置すれば、起動後直ちに上記適応フィルタのフィルタ係数の初期値を設定できるので、適応フィルタのフィルタ係数の収束時間を短くできる。
【0063】
又、請求項2、3に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項4に記載した様に、FIR方式の適応フィルタとして、同期式LMS適応フィルタを使用する。
フィルタ係数が適正値に収束するまでに時間を要する事は、同期式LMS適応フィルタに限らず、FIR方式の適応フィルタである限り避けられず、本発明を適用する事による作用・効果を期待できる。特に、同期式LMS適応フィルタは、前述した第二の先発明の様に、計算量を少なくして、CPUの低廉化を図れる反面、フィルタ係数の初期値が適正値と異なる場合に、この適正値に収束する時間が長くなる傾向が著しくなる。従って、FIR方式の適応フィルタが同期式LMS適応フィルタである場合に、上記請求項2、3に記載した発明を適用する事の効果が大きい。
【0064】
又、本発明を実施する場合に、例えば請求項5に記載した様に、回転部材を、互いに同心に配置された内輪相当部材と外輪相当部材とを複数個の転動体を介して相対回転自在に組み合わせて成る転がり軸受ユニットを構成する何れかの部材とする。
そして、上記請求項5に記載した発明を実施する場合に、例えば請求項6に記載した様に、何れかの部材の回転速度を、内輪相当部材と外輪相当部材との間に加わる荷重を算出する為に使用する。
更に、上記請求項5、6に記載した発明を実施する場合に、例えば請求項7に記載した様に、上記転がり軸受ユニットを、自動車用の車輪を懸架装置に回転自在に支持する為の、車輪支持用転がり軸受ユニットとする。
この様な構成を採用すれば、前述した第一の先発明に関して説明した様に、車輪に加わる荷重(ラジアル荷重とアキシアル荷重との少なくとも一方)を求めて、自動車の走行安定性確保の為の制御を効果的に行なえる。
【実施例】
【0065】
本発明の特徴は、前述した第二の先発明に改良を加え、適応フィルタのフィルタ係数が収束する(適正値になる)までに要する時間を短くする点にある。図面に表れる構造を含め、その他の部分の構造及び作用に就いては、上記第二の先発明の場合と同様であるから重複する説明を省略し、以下、本発明の効果を確認する為に行なったシミュレーションの結果に就いて説明する。
【0066】
本シミュレーションでは、回転検出センサから送り出される、図12の(A)に示す様な出力信号の変動に基づく誤差成分を、FIR方式の同期式LMS適応フィルタにより除去する場合に、フィルタ係数の初期値がこのフィルタ係数の収束性に及ぼす影響を求めた。上記図12の(A)に示した出力信号は、1回転当り60パルス(エンコーダの被検出面の特性変化の回数が1回転当り60回である)のパルス周期データに、このエンコーダの(回転中心と幾何中心との不一致に基づく)振れ回りによる回転1次のノイズ(回転速度むら)が入った場合を想定している。即ち、上記図12の(A)に示した曲線は、前述の図7、8に実線イで示した曲線に対応(逆数)する曲線である。
【0067】
上述の図12の(A)に示す様な、上記回転検出センサから送り出される出力信号を上記FIR方式の同期式LMS適応フィルタにより処理する場合を想定し、フィルタ係数として初期値を与える場合と与えない(フィルタ係数=0とする)場合とで、このフィルタ係数が収束する状況に就いて求めた。フィルタ係数として初期値を与える場合に、この初期値は、最初に上記回転検出センサから適応フィルタに送り込まれるデータ(データ番号0の値)とした。この様な条件で求めた結果を、図12の(B)に示す。この図12の(B)は、横軸に上記図12の(A)に対応するデータ番号を、縦軸に、上記適応フィルタの出力値(上記図7、8の破線ロにより表される値に対応する値)を、それぞれ表している。
【0068】
この様な図12の(B)中、実線αは、上記フィルタ係数の初期値を与えなかった場合を、破線βは同じく与えた場合を、それぞれ表している。この様な図12の(B)から明らかな通り、上記フィルタ係数の初期値を与えない場合には、上記実線αに示される通り、このフィルタ係数が適正値に収束するまでに要する時間が長くなるだけでなく、収束する過程で、このフィルタ係数の値が、適正値から大きく外れた値となる。この状態では、回転部材の回転速度に関する算出値が実際の回転速度と大きく異なる事になる為、自動車の走行安定性確保の為に適切な制御を行なう事はできない。これに対して、上記フィルタ係数の初期値を与えた場合には、上記破線βから明らかな通り、このフィルタ係数が適正値に収束するまでに要する時間が短くなるだけでなく、収束する過程で、このフィルタ係数の値と適正値とのずれが小さくなる。この状態では、回転部材の回転速度に関する算出値が実際の回転速度に近くなる為、自動車の走行安定性確保の為に適切な制御を或る程度行なえる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の回転速度検出装置は、実施例に示した様な、自動車の車輪を支持する転がり軸受ユニットに加わる荷重を測定する為の転がり軸受ユニットの荷重測定装置に限らず、各種回転機械装置の回転部材の回転速度を検出する為に利用できる。この場合に、エンコーダを支持固定する部材が保持器の様に、回転中心と幾何中心とがずれる可能性のある部材に限らず、回転軸等、回転中心と幾何中心とがずれない回転部材であっても良い。この場合には、当該回転部材へのエンコーダの組み付け精度を特に高くする必要をなくして、組立に要するコストの低減を図れる。又、本発明を実施する場合に使用可能なエンコーダは、回転方向にS極とN極とを交互に配置した、所謂多極磁石エンコーダに限らず、トーンホイール、ギヤ、スリット盤等、回転速度情報を得られる各種構造のエンコーダが含まれる。又、回転検出センサも、着磁検出式のものに限らず、光学式、渦電流式等、各種構造のものを使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】荷重測定用の回転検出装置を組み込んだ転がり軸受ユニットに先発明を適用した状態を示す断面図。
【図2】図1のA部拡大図。
【図3】回転速度に基づいて荷重を測定できる理由を説明する為の、転がり軸受ユニットの模式図。
【図4】保持器の振れ回りに基づく回転速度検出用センサの出力信号の変動を、適応フィルタより低減する為の回路を示すブロック図。
【図5】保持器の振れ回りに基づいて回転速度検出用センサの出力信号が変動する理由を説明する為、保持器及びエンコーダを図1〜2の側方から見た状態で示す模式図。
【図6】保持器の振れ回り及び着磁ピッチの誤差に基づいて、回転速度センサの出力信号から求めた回転速度を表す信号が変動する状態を示す線図。
【図7】適応フィルタにより、回転速度センサの出力信号から求めた回転速度を表す信号の変動を低減する状態を示す線図。
【図8】第二の先発明の別構造の必要性を説明する為に、適応フィルタを同期式LMSアルゴリズムで動作させ、DCレベルに関する補正を行なわない場合に於ける、回転速度を表す信号の変動状況を示す線図。
【図9】第二の先発明の別構造を示す、図4と同様の図。
【図10】DCレベルに関する補正を行なう為にフィルタ係数をサンプリングする状態を示すグラフ。
【図11】第二の先発明の別構造の効果を示す為、適応フィルタを同期式LMSアルゴリズムで動作させ、DCレベルに関する補正を行なった場合に於ける、回転速度を表す信号の変動状況を示す線図。
【図12】本発明の効果を確認する為に行なったシミュレーションの結果を示す線図。
【符号の説明】
【0071】
1 転がり軸受ユニット
2 ハブ
3 内輪軌道
4 外輪
5 外輪軌道
6a、6b 転動体
7a、7b 保持器
8 回転側フランジ
9 取付孔
10 センサユニット
11 先端部
12a、12b 公転速度検出用センサ
13 回転速度検出用センサ
14 リム部
15a、15b 公転速度検出用エンコーダ
16 回転速度検出用エンコーダ
17 適応フィルタ
【技術分野】
【0001】
この発明に係る回転速度検出装置は、例えば自動車、鉄道車両、各種搬送車等の移動体の車輪を支持する為の転がり軸受ユニットを構成する回転部材の回転速度、更にはこの転がり軸受ユニットに負荷される荷重(ラジアル荷重とアキシアル荷重との一方又は双方)を測定し、上記移動体の運行の安定性確保を図る為に利用する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車の車輪は懸架装置に対し、複列アンギュラ型の玉軸受ユニット等の転がり軸受ユニットにより回転自在に支持する。又、自動車の走行安定性を確保する為に、例えば非特許文献1に記載されている様な、アンチロックブレーキシステム(ABS)やトラクションコントロールシステム(TCS)、更には、エレクトリックスタビリティコントロールシステム(ESC)等の車両用走行安定化装置が使用されている。この様な各種車両用走行安定化装置を制御する為には、車輪の回転速度、車体に加わる各方向の加速度等の信号が必要になる。そして、より高度の制御を行なう為には、車輪を介して上記転がり軸受ユニットに加わる荷重(ラジアル荷重とアキシアル荷重との一方又は双方)の大きさを知る事が好ましい場合がある。
【0003】
この様な事情に鑑みて、特許文献1には、ラジアル荷重を測定自在な、荷重測定装置付転がり軸受ユニットが記載されている。この従来構造の第1例の場合には、非接触式の変位センサにより、回転しない外輪と、この外輪の内径側で回転するハブとの径方向に関する変位を測定する事により、これら外輪とハブとの間に加わるラジアル荷重を求める様にしている。求めたラジアル荷重は、ABSを適正に制御する他、積載状態の不良を運転者に知らせる為に利用する。
【0004】
又、特許文献2には、転がり軸受ユニットに加わるアキシアル荷重を測定する構造が記載されている。この特許文献2に記載された従来構造の第2例の場合、外輪の外周面に設けた固定側フランジの内側面複数個所で、この固定側フランジをナックルに結合する為のボルトを螺合する為のねじ孔を囲む部分に、それぞれ荷重センサを添設している。上記外輪を上記ナックルに支持固定した状態でこれら各荷重センサは、このナックルの外側面と上記固定側フランジの内側面との間で挟持される。この様な従来構造の第2例の転がり軸受ユニットの荷重測定装置の場合、車輪と上記ナックルとの間に加わるアキシアル荷重は、上記各荷重センサにより測定される。更に、特許文献3には、一部の剛性を低くした外輪相当部材に動的歪みを検出する為のストレンゲージを設け、このストレンゲージが検出する転動体の通過周波数から転動体の公転速度を求め、更に、転がり軸受に加わるアキシアル荷重を測定する方法が記載されている。
【0005】
前述の特許文献1に記載された従来構造の第1例の場合、変位センサにより、外輪とハブとの径方向に関する変位を測定する事で、転がり軸受ユニットに加わる荷重を測定する。但し、この径方向に関する変位量は僅かである為、この荷重を精度良く求める為には、上記変位センサとして、高精度のものを使用する必要がある。高精度の非接触式センサは高価である為、荷重測定装置付転がり軸受ユニット全体としてコストが嵩む事が避けられない。
【0006】
又、特許文献2に記載された従来構造の第2例の場合、ナックルに対し外輪を支持固定する為のボルトと同数だけ、荷重センサを設ける必要がある。この為、荷重センサ自体が高価である事と相まって、転がり軸受ユニットの荷重測定装置全体としてのコストが相当に嵩む事が避けられない。又、特許文献3に記載された方法は、外輪相当部材の一部の剛性を低くする必要があり、この外輪相当部材の耐久性確保が難しくなる可能性がある他、十分な測定精度を得る事が難しいと考えられる。
【0007】
この様な事情に鑑みて本発明者等は先に、複列アンギュラ型玉軸受である転がり軸受ユニットを構成する1対の列の転動体(玉)の公転速度に基づいて、この転がり軸受ユニットに加わるラジアル荷重又はアキシアル荷重を測定する、転がり軸受ユニットの荷重測定装置に関する発明を行なった(第一の先発明=特願2004−7655号)。この先発明の転がり軸受ユニットの荷重測定装置の場合、上記各列の転動体の公転速度を求めるのに、これら各列の転動体を保持した保持器の回転速度を検出する事が、この公転速度を高分解能で求める面から有効である。但し、上記各列の転動体の転動面と、各列の保持器のポケットの内面との間には、これら各転動体の転動を許容すると共に、これら各転動体の転動面へのグリースの付着を許容する為の隙間が存在する為、上記各保持器は、回転に伴って径方向に変位しつつ回転する、振れ回りを生じる可能性がある。そして、この様な振れ回りが発生すると、上記各列の転動体の公転中心と上記各列の保持器の回転中心とがずれ、これら各列の保持器の回転速度、延いては上記各列の転動体の公転速度を正確に測定できなくなる。
【0008】
この様な問題は、転がり軸受ユニットに加わるラジアル荷重又はアキシアル荷重を測定する、転がり軸受ユニットの荷重測定装置で、保持器の回転速度を測定する場合に限らずに生じ得る。即ち、各種回転部材の回転速度を検出する為の回転速度検出装置で、回転速度を検出すべき部材の回転中心とエンコーダの幾何中心とが不一致の場合に、この回転速度の検出精度が悪化する。この様な原因での回転速度検出の精度悪化を防止する為には、エンコーダの径方向反対側2個所位置に配置した1対の回転検出センサの検出信号を足し合わせる事で、上記両中心のずれによる影響をなくす事も考えられる。但し、この場合には回転検出センサが2個必要になって、その分、コスト並びに設置スペースが嵩む原因となる為、採用が難しくなる場合も考えられる。
【0009】
比較的低周波の雑音成分を除去する為の技術として、非特許文献2に記載された、LMSアルゴリズムにより作動する適応フィルタが知られている。又、適応フィルタの概要に関しては、非特許文献3〜5等で、従来から知られている。又、適応フィルタの一種である同期式適応フィルタに関しても、例えば非特許文献6に記載される等により、従来から知られている。更に、同期式LMSアルゴリズムによりエンジンの振動を抑える技術が、非特許文献7に記載される等により、従来から知られている。但し、従来は、上述の様な適応フィルタは、低周波騒音と逆位相の音波を発する事でこの低周波騒音を低減する、所謂アクティブノイズコントロールを中心に使用していた。即ち、従来は上記適応フィルタを、空調機のダクトから室内に出る低周波騒音を低減したり、或は乗用車の室内に入り込む低周波の排気音或は走行音、更にはヘッドホンの外から入り込む低周波の外部騒音を低減する等、低周波騒音の低減にしか使用されていなかった。非特許文献7に記載された技術にしても、エンジンの振動抑制を目的としたものである。言い換えれば、上記非特許文献2に記載される等により従来から知られている適応フィルタの技術を、エンコーダの振れ回り運動に拘らず、このエンコーダを利用した回転速度検出の精度を向上させる事は、全く考えられていなかった。
【0010】
この様な事情に鑑みて本発明者は先に、低コストで構成できて、耐久性や設置スペースに問題を生じる事がなく、しかも回転部材の回転速度を、制御の為に必要とされる精度を確保しつつ測定できる回転速度検出装置を発明した(第二の先発明=特願2004−230955号)。この第二の先発明は、上記適応フィルタの技術を、従来適用されていた音響分野等とは全く異なる、回転速度検出の分野に適用する事により、回転部材の回転速度を、実用上問題となる程の時間的遅れを生じさせる事なく測定できる回転速度検出装置を実現するものである。本発明は、この第二の先発明に改良を加えたものであるから、先ず、この先発明に就いて、図1〜8により説明する。
【0011】
この図1〜8に示した例は、自動車の従動輪(FR車、RR車、MD車の前輪、FF車の後輪)を支持する為の転がり軸受ユニット1に加わる荷重(ラジアル荷重及びアキシアル荷重)を測定する為の転がり軸受ユニットの荷重測定装置に上記第二の先発明を適用した場合に就いて示している。この転がり軸受ユニット1自体は、従来から周知の構造であるから、詳しい説明は省略し、以下、荷重測定装置部分の構造及び作用を中心に説明する。
【0012】
回転輪であると共に内輪相当部材であるハブ2の外周面に形成した複列アンギュラ型の内輪軌道3、3と、静止輪であると共に外輪相当部材である外輪4の内周面に形成した、それぞれが静止側軌道である複列アンギュラ型の外輪軌道5、5との間に、それぞれ転動体(玉)6a、6bを複列(2列)に分けて、各列毎にそれぞれ複数個ずつ、保持器7a、7bにより保持した状態で転動自在に設ける事により、上記外輪4の内径側に上記ハブ2を、回転自在に支持している。この状態で上記各列の転動体6a、6bには、互いに逆方向で、且つ、同じ大きさの接触角αa 、αb (図2参照)が付与されて、背面組み合わせ型の、複列アンギュラ型玉軸受を構成する。上記各列の転動体6a、6bには、使用時に加わるアキシアル荷重によって喪失する事がない程度に十分な予圧を付与している。この様な転がり軸受ユニット1の使用時には、上記外輪4を懸架装置に支持固定し、上記ハブ2の回転側フランジ8に制動用のディスクと車輪のホイールとを支持固定する。
【0013】
上述の様な転がり軸受ユニット1を構成する上記外輪4の軸方向中間部で上記複列の外輪軌道5、5の間部分に取付孔9を、この外輪4を径方向に貫通する状態で形成している。そして、この取付孔9にセンサユニット10を、上記外輪4の径方向外方から内方に挿通し、このセンサユニット10の先端部11を、上記外輪4の内周面から突出させている。この先端部11には、それぞれが回転検出センサである1対の公転速度検出用センサ12a、12bと、1個の回転速度検出用センサ13とを設けている。
【0014】
このうちの各公転速度検出用センサ12a、12bは、上記複列に配置された転動体6a、6bの公転速度を測定する為のもので、上記先端部11のうち、上記ハブ2の軸方向(図1〜2の左右方向)に関する両側面に、それぞれの検出面を配置している。図示の例の場合、上記各公転速度検出用センサ12a、12bは、上記複列に配置された各転動体6a、6bの公転速度を、前記各保持器7a、7bの回転速度として検出する。この為に図示の例の場合には、これら各保持器7a、7bを構成するリム部14、14を、互いに対向する側に配置している。そして、これら各リム部14、14の互いに対向する面に、それぞれが円輪状である公転速度検出用エンコーダ15a、15bを、全周に亙り添着支持している。これら各エンコーダ15a、15bの被検出面の特性は、円周方向に関して交互に且つ等間隔で変化させて、上記各保持器7a、7bの回転速度を上記各公転速度検出用センサ12a、12bにより検出自在としている。この為に、これら各公転速度検出用センサ12a、12bの検出面を、上記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの被検出面である、互いに対向する面に近接対向させている。
【0015】
一方、上記回転速度検出用センサ13は、回転輪である前記ハブ2の回転速度を測定する為のもので、上記先端部11の先端面、即ち、上記外輪4の径方向内端面に、その検出面を配置している。又、上記ハブ2の中間部で前記複列の内輪軌道3、3同士の間に、円筒状の回転速度検出用エンコーダ16を外嵌固定している。上記回転速度検出用センサ13の検出面は、この回転速度検出用エンコーダ16の被検出面である、外周面に対向させている。この回転速度検出用エンコーダ16の被検出面の特性は、円周方向に関して交互に且つ等間隔で変化させて、上記ハブ2の回転速度を上記回転速度検出用センサ13により検出自在としている。
【0016】
図示の例の場合には、上記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bとして、被検出面である軸方向側面にS極とN極とを交互に且つ等間隔で配置した、円輪状の永久磁石を使用している。この様な各公転速度検出用エンコーダ15a、15bは、上記各保持器7a、7bのリム部14、14の側面に、これら各保持器7a、7bと同心に支持固定している。又、何れも回転速度を検出するセンサである、上記各公転速度検出用センサ12a、12b及び上記回転速度検出用センサ13として図示の例の場合には、磁気式の回転検出センサを使用している。
【0017】
図示の例の転がり軸受ユニットの荷重測定装置の場合、上記各センサ12a、12b、13の検出信号は、図示しない演算器に入力する。そして、この演算器が、これら各センサ12a、12b、13から送り込まれる検出信号に基づいて、前記外輪4と前記ハブ2との間に加わるラジアル荷重とアキシアル荷重とのうちの一方又は双方の荷重を算出する。例えば、このラジアル荷重を求める場合に上記演算器は、上記各公転速度検出用センサ12a、12bが検出する各列の転動体6a、6bの公転速度の和を求め、この和と、上記回転速度検出用センサ13が検出する上記ハブ2の回転速度との比に基づいて、上記ラジアル荷重を算出する。又、上記アキシアル荷重は、上記各公転速度検出用センサ12a、12bが検出する各列の転動体6a、6bの公転速度の差を求め、この差と、上記回転速度検出用センサ13が検出する上記ハブ2の回転速度との比に基づいて算出する。この点に就いて、図3を参照しつつ説明する。尚、以下の説明は、アキシアル荷重Fa が加わらない状態での、上記各列の転動体6a、6bの接触角αa 、αb が互いに同じであるとして行なう。
【0018】
図3は、前述の図1に示した車輪支持用の転がり軸受ユニット1を模式化し、荷重の作用状態を示したものである。複列の内輪軌道3、3と複列の外輪軌道5、5との間に複列に配置された転動体6a、6bには予圧F0 、F0 を付与している。又、使用時に上記転がり軸受ユニット1には、車体の重量等により、ラジアル荷重Fr が加わる。更に、旋回走行時に加わる遠心力等により、アキシアル荷重Fa が加わる。これら予圧F0 、F0 、ラジアル荷重Fr 、アキシアル荷重Fa は、何れも上記各転動体6a、6bの接触角α(αa 、αb )に影響を及ぼす。そして、この接触角αa 、αb が変化すると、これら各転動体6a、6bの公転速度nc が変化する。これら各転動体6a、6bのピッチ円直径をDとし、これら各転動体6a、6bの直径をdとし、上記各内輪軌道3、3を設けたハブ2の回転速度をni とし、上記各外輪軌道5、5を設けた外輪4の回転速度をno とすると、上記公転速度nc は、次の(1)式で表される。
nc ={1−(d・cos α/D)・(ni /2)}+{1+(d・cos α/D)・(no /2)} −−− (1)
【0019】
この(1)式から明らかな通り、上記各転動体6a、6bの公転速度nc は、これら各転動体6a、6bの接触角α(αa 、αb )の変化に応じて変化するが、前述した様にこの接触角αa 、αb は、上記ラジアル荷重Fr 及び上記アキシアル荷重Fa に応じて変化する。従って上記公転速度nc は、これらラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa に応じて変化する。図示の例の場合、上記ハブ2が回転し、上記外輪4が回転しない為、具体的には、上記ラジアル荷重Fr に関しては、大きくなる程上記公転速度nc が遅くなる。又、アキシアル荷重に関しては、このアキシアル荷重を支承する列の公転速度が速くなり、このアキシアル荷重を支承しない列の公転速度が遅くなる。従って、この公転速度nc に基づいて、上記ラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa を求められる事になる。
【0020】
但し、上記公転速度nc の変化に結び付く上記接触角αは、上記ラジアル荷重Fr と上記アキシアル荷重Fa とが互いに関連しつつ変化するだけでなく、上記予圧F0 、F0 によっても変化する。又、上記公転速度nc は、上記ハブ2の回転速度ni に比例して変化する。この為、これらラジアル荷重Fr 、アキシアル荷重Fa 、予圧F0 、F0 、ハブ2の回転速度ni を総て関連させて考えなければ、上記公転速度nc を正確に求める事はできない。このうちの予圧F0 、F0 は、運転状態に応じて変化するものではないので、初期設定等によりその影響を排除する事は容易である。これに対して上記ラジアル荷重Fr 、アキシアル荷重Fa 、ハブ2の回転速度ni は、運転状態に応じて絶えず変化するので、初期設定等によりその影響を排除する事はできない。
【0021】
この様な事情に鑑みて前記第一の先発明では、前述した様に、ラジアル荷重を求める場合には、前記各公転速度検出用センサ12a、12bが検出する各列の転動体6a、6bの公転速度の和を求める事により、上記アキシアル荷重Fa の影響を少なくしている。又、アキシアル荷重を求める場合には、上記各列の転動体6a、6bの公転速度の差を求める事により、上記ラジアル荷重Fr の影響を少なくしている。更に、何れの場合でも、上記和又は差と、前記回転速度検出用センサ13が検出する上記ハブ2の回転速度ni との比に基づいて上記ラジアル荷重Fr 又は上記アキシアル荷重Fa を算出する事により、上記ハブ2の回転速度ni の影響を排除している。但し、上記アキシアル荷重Fa を、上記各列の転動体6a、6bの公転速度の比に基づいて算出する場合には、上記ハブ2の回転速度は、必ずしも必要ではない。
【0022】
尚、上記各公転速度検出用センサ12a、12bの信号に基づいて上記ラジアル荷重Fr とアキシアル荷重Fa とのうちの一方又は双方の荷重を算出する方法は、他にも各種存在するが、この様な方法に就いては、前述の特願2004−7655号に詳しく説明されているし、本発明の要旨とも関係しないので、詳しい説明は省略する。
但し、何れの方法により何れの荷重を求めるにしても、上記各公転速度検出用センサ12a、12bの検出信号に基づいて上記各列の転動体6a、6bの公転速度を正確に求められる事が、荷重の測定精度を高める為に重要である。
【0023】
これに対して上記各公転速度検出用センサ12a、12bの検出信号(に基づく、公転速度を表す信号)中には、被検出面の着磁ピッチ(円周方向に隣り合うS極とN極との間のピッチ)の誤差に基づく比較的高周波の変動と、保持器7a、7bの振れ回り運動に伴う、前述した様な比較的低周波の変動とが入り込んでいる。この様な変動を処理(低減)しないと、各列の転動体6a、6bの公転速度を正確に求められず、従って、上記ラジアル荷重Fr や上記アキシアル荷重Fa の測定精度が悪化する。そこで前記第二の先発明の場合には、図4に示す様な適応フィルタにより、上記振れ回り運動に基づく、上記比較的低周波の変動を低減する他、図示しない平均化フィルタ等のローパスフィルタにより、上記着磁ピッチの誤差に基づく、上記比較的高周波の変動を低減する様にしている。
【0024】
先ず、上記2種類の変動が生じる理由に就いて、図5〜6により説明する。前記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)を支持固定した(或は自身がエンコーダとしての機能を有する)保持器7a(7b)のポケットの内面と前記各転動体6a(6b)の転動面との間には、これら各転動体6a(6b)を転動自在に保持する必要上、隙間が存在する。従って、各構成部材の組み付け精度をいくら高めても、転がり軸受ユニット1の運転時に、上記各転動体6a(6b)のピッチ円の中心(上記ハブ2の回転中心)O2 と上記保持器7a(7b)の回転中心O7 とが、図5に誇張して示す様に、δ分だけずれる可能性がある。そして、このずれに基づいて上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)は、上記回転中心O7 の周囲で振れ回り運動を行なう。この振れ回り運動の結果、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の被検出面は、回転方向以外にも移動速度を持つ事になる。そして、この回転方向以外の移動速度、例えば図5の左右方向の移動速度が、回転方向の移動速度に加減される。一方、公転速度検出用センサ12a(12b)は、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の被検出面の移動速度に基づいて上記各転動体6a(6b)の公転速度を検出するので、上記δ分の偏心は、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面にその検出面を対向させた、公転速度検出用センサ12a(12b)の検出信号に影響を及ぼす。
【0025】
この様な公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面に上記公転速度検出用センサ12a(12b)の検出面を対向させると、この公転速度検出用センサ12a(12b)の検出信号(に基づく、公転速度を表す信号)は、図6の鎖線αに示す様に、正弦波的に変化する。即ち、各転動体6a(6b)の公転速度が一定である場合でも、この公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号が表す公転速度は、上記鎖線αで示す様に、正弦波的に変化する。具体的には、図5の左右方向の移動速度が回転方向の移動速度に足される場合には、上記出力信号は、実際の公転速度よりも速い速度に対応する信号となる。反対に、図5の左右方向の移動速度が回転方向の移動速度から差し引かれる場合には、上記出力信号は、実際の公転速度よりも遅い速度に対応する信号となる。図5は偏心量δを実際の場合よりも誇張して描いているが、例えば車両安定の為の制御をより厳密に行なうべく、転がり軸受ユニットに加わるラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa をより正確に求める場合には、上記偏心に伴う誤差を解消する必要がある。
【0026】
又、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面に配列されたS極とN極とのピッチは、本来同じはずであるが、製造時に発生する着磁誤差等により、少しずつではあるが互いに異なる場合がある。そして、この誤差に基づいても、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の検出信号が変動する。この様な着磁ピッチの誤差に基づく変動の周期は、上記振れ回り運動に基づく変動の周期に比べると遥かに短くなる。例えば、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の側面(被検出面)の特性(S極とN極との繰り返し)が、この被検出面の全周で60回変化する場合、上記着磁ピッチの誤差に基づく変動の周期は、上記振れ回り運動に基づく変動の周期の1/60程度になる。
【0027】
上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)から出力される検出信号(に基づく、公転速度を表す信号)は、上記2種類の変動が足し合わされた(重畳された)、図6に実線βで示す様なものになる。上記ラジアル荷重Fr 及びアキシアル荷重Fa を正確に求める為には、上記2種類の変動を低減する必要がある。そこで、前記第二の先発明の場合には、上記振れ回り運動に伴う、比較的低周波の変動を図4に示した適応フィルタ17により低減し、上記着磁ピッチの誤差に伴う比較的高周波の変動を、図示しない平均化フィルタ等のローパスフィルタにより低減する様にしている。尚、適応アルゴリズムとしては、適応フィルタとして後述するFIRフィルタを使用する、LMS(最小二乗平均)アルゴリズム(二乗平均誤差を最急降下法に基づいて最小にする演算規則)が好ましい。
【0028】
先ず、図4に示した適応フィルタ17による、上記低周波の変動低減に就いて説明する。前記公転速度検出用センサ12a(12b)の検出部が対向する部分での、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の変位速度は、実際の回転速度dd と、前記δ分の偏心に基づく振れ回りによる回転1次成分の見掛け速度の変動分dn とが重畳されたものとなる。従って、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dは、上記実際の回転速度dd と上記変動分dn とを足し合わせた(d=dd +dn )速度を表す信号になる。上記適応フィルタ17によりこの変動分dn を上記出力信号dから差し引けば(減ずれば)、上記実際の回転速度dd を求められる事になる。
【0029】
一方、上記適応フィルタ17を作動させる為には、上記振れ回りに基づく変動分dn と相関性のある参照信号xが必要になる。この参照信号xを入手できれば、上記適応フィルタ17は自己学習によって、実際の信号の流れ「dn →d」の伝達特性と同じ特性を持った、FIR(finite impulse response )方式のフィルタ(インパルス応答時間が有限なフィルタ=インパルス応答が有限時間内に0になるフィルタ)を形成する。そして、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから、上記適応フィルタ17による計算の結果得られる、キャンセル信号y{=後述するy(k)}を差し引けば、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから上記振れ回りによる変動分dn を取り除いた(d−dn )事と等価になる。この様にしてこの変動分dn を取り除く場合に、上記適応フィルタ17は、信号の主ルート(図4の上半部分)を送られる出力信号dに対してフィルタリングするのではなく、副ルート(図4の下半部分)を送られる参照信号xに基づいて上記変動分dn を取り除く為のキャンセル信号yを計算する。そして、上記主ルートである出力信号dから上記キャンセル信号yを引き算するだけであるので、上記出力信号dの応答遅れを招かない。
【0030】
前記第二の先発明の場合、上記参照信号xを、前記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の1回転中での特性変化の回数に基づき、この公転速度検出用エンコーダ15a(15b)に対向した上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号の処理回路、又は、この検出信号に基づいて前記各転動体6a(6b)の公転速度を演算する為の処理回路により、自己生成する。従って、上記参照信号xの生成に要するコストを低減できる。即ち、前記第二の先発明の場合には、アクティブノイズコントロール用として従来から使用されていた適応フィルタとは異なり、別途設けたセンサの検出信号を使用する事なく上記参照信号xを入手して、上記適応フィルタ17により、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の振れ回りに基づく、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dの変動分dn を低減させる。即ち、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の1回転中での特性変化の回数(S極とN極との数)は予め分かっている。従って、この公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の1回転分のパルス数を観察する事で、特に変位センサや回転速度センサ等のセンサを別途設けなくても、上記変動分dn と相関のある上記参照信号xを生成できる。具体的には、上記公転速度検出用エンコーダ15a(15b)の振れ回りの影響は、回転1次が主成分の波形であり、例えばこの公転速度検出用エンコーダ15a(15b)が、1回転当り60パルスのものであれば、60データで1周期となる様なサイン波、三角波、鋸波、矩形波、パルス波等として自己生成できる。
【0031】
この様な参照信号xの波形は、上記各転動体6a(6b)の公転速度を算出する為の処理回路(CPU)で生成する事もできるし、上記公転速度検出用センサ12a(12b)に付属の電子回路部(IC)で生成する事もできる。何れにしても、得られた上記参照信号xに基づいて算出したキャンセル信号yは、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから差し引いて、前記実際の回転速度dd を表す修正信号e{=後述するe(k)}を求める。この様にして求めた修正信号eは、上記各転動体6a(6b)の公転速度を演算する為の処理回路に送ってこの公転速度を求める為に利用する他、上記適応フィルタ17が自己学習する為の情報としても利用する。
【0032】
尚、上記適応フィルタ17部分で、上記キャンセル信号yを求め、更にこのキャンセル信号yを上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから差し引いて、上記修正信号eを得る為の処理は、次の(2)〜(4)式に基づいて行なう。
【数1】
【数2】
【数3】
【0033】
上記(2)(3)(4)式中、kは時系列でのデータ番号、Nは適応フィルタ17として用いるFIRフィルタのタップ数である。又、wはFIRフィルタのフィルタ係数を表し、wk はk番目のデータ処理をする場合に使用するフィルタ係数を、wk+1 は次のデータ系列(k+1番目)を処理する場合に使用するフィルタ係数を、それぞれ表している。即ち、図示の例の場合、上記FIRフィルタは、上記式(4)により逐次適正にフィルタ係数が更新されていく適応フィルタとなる。
【0034】
尚、上記(4)式中のμは、ステップサイズパラメータと呼ばれる、フィルタ係数を自己適正化させていく場合の更新量を決定する値であり、通常0.01〜0.001程度の値となるが、実際には、適応動作の妥当性を事前に調べて設定するか、次の(5)式を用いて逐次更新する事もできる。
【数4】
尚、この(5)式中のαも、フィルタ係数を自己適正化させていく為の更新量を決定するパラメータとなるが、0<α<1の範囲であれば良く、上記μよりも設定が容易である。又、図示の例の場合には、前記参照信号xを自己生成するので、上記(5)式中の分母の値は既知であり、μの最適値を事前に算出しておく事もできる。計算量削減の観点からは、予め(5)式でこのμを算出しておき、このμを定数として上記(4)式でフィルタ係数を自己適正化させるのが望ましい。
【0035】
上述の様に、前記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号dから、前記適応フィルタ17が算出したキャンセル信号yを差し引く事で、前記実際の回転速度dd を表す修正信号eを求められる。そして、この様にして求めた修正信号eに基づいて、前記各転動体6a(6b)の公転速度を正確に求められる。尚、実際の場合には、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号d中には、前記ピッチ誤差に基づく、上記公転速度検出用センサ12a(12b)の振れ回りに基づく変動よりも周期が短い第二の変動が存在する。そこで、この第二の変動を平均化する為の平均化フィルタ等のローパスフィルタを、上記適応フィルタ17の前又は後に設けて、上記第二の変動に拘らず、上記各転動体6a、6bの公転速度を正確に求められる様にする。高周波の変動を抑える為の、平均化フィルタ等のローパスフィルタの構造及び作用に関しては、従来から周知である為、詳しい説明は省略する。
【0036】
適応フィルタ17を使用して、エンコーダの振れ回りに基づく変動を抑える作用に就いてのシミュレーションの1例を、図7に示した。この図7は、100min-1 で定速回転している回転部材の回転速度を、60パルス/1回転のエンコーダで計測する場合に就いて示している。実線イが、回転速度検出用センサの検出結果に、タップ数=15の移動平均処理のみを施した(平均化フィルタのみを設けた)結果(出力信号dに相当)である。この場合には、エンコーダの振れ回りにより、上記回転速度の算出値が、約70〜130min-1 の間を変動している。尚、上記エンコーダの振れ回り量は、実際に生じる値に比べて、相当に大きく設定した。
【0037】
これに対して、破線ロは、上記実線イで示した、移動平均後のデータを適用フィルタを用いて補正した結果(修正信号eに相当)を示している。上記破線ロから明らかな通り、適用フィルタの始動直後は算出値が変動しているものの、短時間経過後にフィルタ係数が自己適応し、算出結果が、ほぼ100min-1 の一定値に収束した。この事から、平均化フィルタと適応フィルタとを併用する事で、ピッチ誤差や、回転中心と幾何中心とのずれが大きい(振れ回り運動をする)エンコーダを使用しても、回転部材の回転速度を正確に求められる事が分かる。
尚、上記図7に示した2本の線イ、ロを求めるに就いては、参照信号xは、速度演算装置の中でパルス数をカウントしながら、60パルスで1周期となる正弦波を自己生成するとした。又、適応フィルタのステップサイズパラメータは、μ=0.002、タップ数N=30とした。
【0038】
又、図8〜11は、前記第二の先発明に関する別の構造を示している。この別構造の場合には、エンコーダの1パルス毎に回転検出センサの検出信号に関して必要とする演算処理の回数を大幅に低減して、計算速度が特に速くない、低コストの演算器(CPU)での処理を可能にする。この為に上記別構造の場合には、同期式LMSアルゴリズムを使用し、計算量を大幅に削減可能にしている。但し、単に同期式LMSアルゴリズムを使用しただけの場合には、エンコーダの振れ回りである回転1次成分を補正(キャンセル)すると同時に、検出対象である回転速度を表すDCレベルまでも補正(キャンセル)してしまう。これでは、回転速度検出装置本来の機能を喪失してしまうので、フィルタ係数の零点をモニターし、上記DCレベルをキャンセルする事を防止する為に、零点補正を実施する。この様な観点で考えた上記別構造に就いて、以下に説明する。
【0039】
前述の図1〜7に示した構造例で適応フィルタを適正化する為に利用する、前述の各式(2)(3)(4)は何れも単純な式ではあるが、実際の適用に際しては計算量が問題となる場合が考えられる。例えば、適応フィルタのタップ数N=60とすると、上記式(2)で掛け算を60回、上記式(3)で引き算を1回、上記式(4)で掛け算を120回と足し算を60回との180回、合計で241回の四則演算を、エンコーダの1パルス毎に実施しなければならない。従って、1個の転がり軸受ユニットに設けた複列の転動体の公転速度を求める為に必要な計算量は、482回/1パルスとなる。この計算量(演算回数)は物理的に処理不可能ではないが、処理速度が速い、比較的高価なCPUを使用する必要がある。例えば、ABS、TCS、ESC等の車両用走行安定化装置の制御の為に自動車用車輪(4個の車輪)の回転速度を検出する場合、上記高価なCPUを4個(若しくは1パルス毎に241回×2×4=1928回の四則演算が可能な程に高速のCPUを)使用する必要があり、上記車両用走行安定化装置のコスト増大の原因となる為、好ましくない。
【0040】
この様な事情に鑑みて上記別構造の場合には、同期式LMSアルゴリズムを使用して計算量を大幅に削減し、低コストのCPUの使用を可能にする事を意図している。但し、上記同期式LMSアルゴリズムにより適応フィルタを動作させた場合、そのままではこの適応フィルタが、上記エンコーダの振れ回り成分だけでなく、回転速度を表すDC成分もキャンセルしてしまう。この様にDC成分をキャンセルする現象は、同期式LMSアルゴリズムを用いた場合に顕著である。そこで上記別構造の場合には、適応フィルタの出力値を零にする機能を持たせる事により、上記回転速度を表すDCレベルを正確に検出できる様にしている。
【0041】
先ず、同期式LMSアルゴリズムの作動原理を説明する。前述の図4に示したブロック図で、適応フィルタ17に入力させる参照信号xは、エンコーダの振れ回り等に代表される、このエンコーダの回転n次(nは正の整数) 成分と相関のある信号であれば良いので、このエンコーダ1回転当り1インパルス信号でも構わない。そこで、上記参照信号xが1インパルス信号であると同時に、上記適応フィルタ17のタップ数Nが、上記エンコーダの1回転あたりのパルス数と等しい場合を想定する。この場合、時系列kの瞬間に計算に使用する参照信号xは、次の(6)式で表される。
【数5】
【0042】
この(6)式で、参照信号xが値1のインパルスとなる位置jは、時系列kが進んでいくのに従って右側に1個ずつずれて行き、一番右側の「N−1」番目までずれると、次の時系列では、新たなインパルス値が一番左の0番目に表れる事になる。即ち、上記参照信号xは、値1のインパルスの位置を0番目からN−1番目まで巡回させただけのデータ列となる。この式(6)を、前述の式(2)(4)に当て嵌めると、次の(7)(8)式を得られる。
【数6】
【数7】
【0043】
同期式でない、通常のLMSアルゴリズムで適応フィルタ17を作動させる場合には、前述した様に、各式(2)(3)(4)に示す計算を繰り返し行なう必要があるのに対して、同期式LMSアルゴリズムで適応フィルタを作動させる場合には、上記(7)(8)式及び式(3)に示す計算を行なうだけで済む。例えば、適応フィルタ17のタップ数Nを60とした場合、通常のLMSアルゴリズムで適応フィルタ17を作動させると、エンコーダ1ピッチ毎の演算の回数の合計は、前述した様に241回になる。これに対して、同期式LMSアルゴリズムで適応フィルタ17を作動させる場合には、上記式(7)はデータ入れ替えのみで演算なし、上記式(3)で引き算1回、上記式(8)で掛け算1回と足し算1回との2回、合計で3回の四則演算を、上記エンコーダの1パルス毎に行なえば良い。即ち、LMSアルゴリズムとして同期式を採用する事で、採用しない場合に比べて、演算の回数を凡そ1/80に削減できる。
【0044】
但し、上記適応フィルタ17を作動させるのに同期式LMSアルゴリズムを採用した場合に、回転速度を表す信号であるDC成分までもがキャンセルされる事を防止する為に、上記適応フィルタ17の零点を補正する必要がある。以下、この零点補正に就いて説明する。この零点補正が必要な現象の具体例として、エンコーダの振れ回りによる速度検出誤差の1例を、図8に示す。この図8に示した線図は、前述の図7の場合と同様に、100min-1 で定速回転している回転部材の回転速度を、60パルス/1回転のエンコーダで計測する場合に就いて示している。実線イが、回転速度検出用センサの検出結果に、タップ数=15の移動平均処理のみを施した(平均化フィルタのみを設けた)結果(図9の出力信号dに相当)である。この場合には、エンコーダの振れ回りにより、上記回転速度の算出値が、約70〜130min-1 の間を変動している。尚、上記図8の場合も、上記エンコーダの振れ回り量は、実際に生じる値に比べて、相当に大きく設定している。
【0045】
この図8に実線イで示す様な回転速度に関する計測データを、前述の図4に示す様な適応フィルタ17を用いて処理し、上記エンコーダの振れ回りに基づく誤差をキャンセルした場合、この適応フィルタ17の設定値によっては、この振れ回りに基づく誤差成分に加えて、検出対象である回転速度のDCレベル(図8に破線ロで示した100min-1 を表す信号)もキャンセルしてしまう可能性がある。この様に、必要とするDCレベルまでキャンセルする現象は、上記適応フィルタを動作させるLMSアルゴリズムとして同期式を採用した場合に顕著である。図8に示した鎖線ハが、その具体例である。
【0046】
上記適応フィルタを動作させるLMSアルゴリズムとして同期式を採用し、特に対策を施さない場合には、上記鎖線ハで示す様に、上記エンコーダの振れ回りに基づく変動成分だけでなく、回転速度を表すDC成分までもがキャンセルされて、出力値が零となる。これは、適応動作によって上記適応フィルタ17のフィルタ係数WがDCレベルを持ってしまい、結果としてこの適応フィルタ17の出力信号yがDCレベルを持ってしまう為に生じる現象である。この問題を解決する為に前記第二の先発明の別構造の場合には、図9に示す様に、上記フィルタ係数Wの平均値から上記DCレベルを算出し、このDCレベルに参照信号xのインパルス値を掛け算したDC信号を計算しておく(インパルス値が1である場合には掛け算不要)。そして、上記適応フィルタ17によって誤差をキャンセルされた信号eに、上述の様にして計算したDC信号を加える事で、正確な回転速度を表すDCレベルを得られる様にしている。
【0047】
次に、上記フィルタ係数Wの平均値から、上記DCレベルを算出する方法に就いて説明する。同期式LMSアルゴリズムにより適応フィルタ17を動作させる事で、公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号から得られる回転速度を表す信号中に含まれる誤差成分をキャンセルし、上記図8の鎖線ハで示す様に出力値が零になる様な場合に於ける、上記適応フィルタ17のフィルタ係数は、図10に示す様に変動する。上記図8に示した例では、この適応フィルタ17のタップ数Nを60としたので、上記図10に示したフィルタ係数Wは、60個の値から構成されている。このフィルタ係数Wの平均値、即ち、求めようとする回転速度を表すDCレベルは、上記60個の値を総て合計してから60で除すれば求められる。但し、この様な計算を行なうと、演算回数が増大して、前記第二の先発明の別構造の目的である、CPUの低廉化を十分に図れなくなる。
【0048】
ところで、誤差キャンセルの対象、即ち、前記エンコーダの振れに基づくうねりは、回転1次を主体とする回転n次成分である。又、上記別構造の場合には、適応フィルタのタップ数Nを、エンコーダ1回転当りのパルス数と等しくしているので、上記フィルタ係数Wは、周期がN(=60)の周期関数となる。上記図10に示した例では、回転1次の周期関数となっている。従って、N/2(=30)なる間隔を設定した任意の2点の平均値は、全体N(=60)点の平均値と等価になる。そこで、この様な2点の平均値を求め、上記回転速度を表すDCレベルとすれば、演算回数も大幅に低減できて、上記CPUの低廉化の面から有利である。もし、2点だけの平均で信頼性に不安が残る場合は、上記2点とは別に、N/2(=30)なる間隔を設定した任意の2点を選択し、合計4点の平均値を演算する。尚、図示はしないが、フィルタ係数Wが回転n次の周期関数の場合も、平均値を求める為の点の数を適宜増やし、その間隔を適切に設定する事で、上記平均値を同様に求められる。
【0049】
上記第二の先発明の別構造により、エンコーダの振れ回りに基づく変動を抑える作用に就いてのシミュレーションの1例を、図11に示した。この図11は、100min-1 で定速回転している回転部材の回転速度を、60パルス/1回転のエンコーダで計測する場合に就いて示している。実線イが、回転速度検出用センサの検出結果に、タップ数=15の移動平均処理のみを施した(平均化フィルタのみを設けた)結果(出力信号dに相当)である。この場合には、エンコーダの振れ回りにより、上記回転速度の算出値が、約70〜130min-1 の間を変動している。鎖線ロは、前述の図9に示した同期式LMSアルゴリズムにより動作する適用フィルタ17を用い、且つ、上述したフィルタ係数WによるDC成分の補正を実施して、公転速度検出用センサ12a(12b)の出力信号から得られる回転速度を表す信号中に含まれる誤差成分をキャンセルした結果である。上記鎖線ロから明らかな通り、上記適応フィルタ17の始動直後はデータが変動しているものの、短時間経過後にフィルタ係数Wが自己適応して、算出結果が、ほぼ100min-1 の一定値に収束した。
【0050】
上述の様な第二の先発明の場合、FIR方式の適応フィルタ(別構造の場合にはFIR方式の同期式LMS適応フィルタ)により、前記各公転速度検出用センサ12a、12bの検出信号を処理する様に構成している為、前記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの振れ回りの影響を除去しつつ、これら各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの回転速度を精度良く、しかも応答後れを最小限に抑えた状態で検出できる。但し、上記FIR方式の適応フィルタ(特に同期式LMS適応フィルタ)の場合には、必ずしもフィルタの特性が安定する迄の収束性が良くない。即ち、前記(2)〜(4)式による演算を開始する際に最初に用いるフィルタ係数wk は、零を代入しておいても、動き始めれば自己適応していくので、起動後、或る程度時間を経過した後は、特に問題を生じない。但し、その場合でも、起動直後には上記適応フィルタのフィルタ係数wk が、正確な測定結果を得る為の値とは大きく異なったものとなる可能性がある。
【0051】
上述の様にフィルタ特性に関する収束性が悪い場合には、上記適応フィルタを備えた回転速度検出装置が起動してからしばらくの間はこの適応フィルタが本来の機能を発揮せず、例えば上記各公転速度検出用エンコーダ15a、15bの回転速度、即ち、前記各転動体6a、6bの公転速度を正確に求められない。この場合に、これら各転動体6a、6bの公転速度により車輪支持用転がり軸受ユニットに加わる荷重を求め、この荷重により車両の走行安定性確保の為の制御を行なっていると、その間、この制御を適切に行なえなくなる。上記フィルタの特性が安定する迄にはあまり長い時間を要する事はないが、例えば車両を急発進させた場合には、発進直後から上記制御を行なう必要がある為、上記フィルタの特性が安定する迄に要する時間は少しでも短い方が好ましい。
【0052】
【特許文献1】特開2001−21577号公報
【特許文献2】特開平3−209016号公報
【特許文献3】特公昭62−3365号公報
【非特許文献1】青山元男、「レッドバッジシリーズ/245/スーパー図解/クルマの最新メカがわかる本」、(株)三推社/(株)講談社、平成13年12月20日、p.148−149
【非特許文献2】浜田晴夫、「アダプティブフィルタの基礎(その2)」、日本音響学会誌、45巻、9号、(社)日本音響学会、1989年、p.731−738
【非特許文献3】中央大学電気電子情報通信工学科趙研究室、「適応フィルタとは」、[online]、[平成15年8月29日検索]、インターネット、<URL:http://www.elect.chuo-u.ac.jp/chao/forB3/dsp/volterra/filter.html >
【非特許文献4】The MathWorks,Inc.、「適応フィルタの概要とアプリケーション」、[online]、[平成15年8月29日検索]、インターネット、<URL:http://www.mathworks.ch/access/helpdesk/jhelp/toolbox/filterdesign/adaptiv2.shtml >
【非特許文献5】The MathWorks,Inc.、「LMSアルゴリズムを使用する適応フィルタの例題」、[online]、[平成15年8月29日検索]、インターネット、<URL:http://www.mathworks.ch/access/helpdesk/jhelp/toolbox/filterdesign/adaptiv9.shtml >
【非特許文献6】浜田晴夫、外3名、「同期式適応フィルタとそのアクティブ騒音・振動制御への応用」、日本音響学会講演論文集、3−5−13、(社)日本音響学会、平成4年3月、p.515〜516
【非特許文献7】佐藤茂樹、外4名、「アクティブマウントの開発」、自動車技術、(社)自動車技術会、Vol.53、No.2、1999年2月、p.62−66
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0053】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、FIR方式の適応フィルタの計算を行なわせる為に必要なフィルタ係数の正しい値を短時間で得られる様にして、検出した回転速度に基づく制御をより適切に行なえる回転速度検出装置を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0054】
本発明の回転速度検出装置は、従来から知られている回転速度検出装置と同様に、エンコーダと、回転検出センサと、演算器とを備える。
このうちのエンコーダは、回転部材に支持固定されてこの回転部材と共に回転するもので、特性を円周方向に関して交互に変化させている。
又、上記回転検出センサは、その検出部を上記エンコーダの被検出面に対向させた状態で設けられている。
又、上記演算器は、上記回転検出センサから送り出される周期的に変化する検出信号に基づいて、上記回転部材の回転速度に関する値を求める。
特に、本発明の回転速度検出装置に於いては、上記演算器は、上記回転部材の回転速度算出に対する誤差となる、上記回転検出センサの検出信号の変動の影響を除去する為のFIR方式の適応フィルタを備える。更に上記演算器は、この適応フィルタのフィルタ係数に初期値を付与する機能を備えている。
【発明の効果】
【0055】
上述の様に構成する本発明の回転速度検出装置は、前述した第二の先発明の場合と同様に、例えば回転部材の回転中心とエンコーダの幾何中心とが不一致の場合にも、この回転部材の回転速度を正確に求められる。即ち、これら両中心同士が互いに不一致で、回転検出センサの検出信号中にこの不一致に基づく変動が生じても、この変動をキャンセル(ノイズの影響を除去)できる。この為、上記回転部材の回転速度に基づく、各種状態を正確に把握して、迅速且つ適正な処置を行なえる。又、フィルタ回路として適応フィルタを使用しているので、上記変動をキャンセルする事に伴う、信号処理の遅れをなくし、上記回転速度を利用した各種制御を迅速に行なえる。
【0056】
更に、本発明の回転速度検出装置の場合には、FIR方式の適応フィルタの計算を行なわせる為に必要なフィルタ係数の正しい値を短時間で得られる為、回転検出センサの出力信号中に含まれる誤差成分を補正する為のフィルタリング計算の収束性が良くなる。
即ち、最終的に収束した後のフィルタ係数を予測できれば、この係数を予め入力しておく事で収束時間を大幅に短縮できる。特に、同期式LMS適応フィルタでは、最終的に収束した後のフィルタ係数は、回転n次成分とDC成分とから構成されている。この場合に、回転n次の変動成分を予測する事はできないが、回転0次のDC成分は、或る程度は予測可能である。
【0057】
例えば、上記適応フィルタにより回転n時の変動成分を除去する為の補正演算を開始する際に、最初にサンプリングした(回転検出センサから取り入れた)検出信号に基づく回転速度に関連するデータ(周期データ或は速度データ)は、上記変動成分の影響(ノイズ)を除けば、このデータ(平均DCレベル)とほぼ等価であると仮定できる。勿論、上記最初にサンプリングした検出信号に基づく回転速度に関連するデータそのものは、上記ノイズを含んでいるので、上記平均DCレベルと厳密には等しくないが、上記適応フィルタの収束性を改善する目的に使用する事を考慮した場合には、上記の様な仮定をする事は特に問題ない。即ち、上記最初にサンプリングしたデータを、総てのフィルタ係数にその初期値として入力すれば、最終的に収束するフィルタ係数と近い値になる(最終的に収束するフィルタ係数との差が上記変動成分だけになる)。
【0058】
上述の様に、最初に入力するフィルタ係数(フィルタ係数の初期値)として、本来の(適切な)フィルタ係数に近い値を採用する事により、上記適応フィルタが起動(フィルタリングを開始)してから短時間の間に、この適応フィルタのフィルタ係数が適正値に収束する。そして、このフィルタ係数が適正値に収束した後は、上記回転検出センサの出力信号中に含まれる誤差成分を除かれた(誤差を補正された)、回転部材の回転速度に関する正確なデータを得られる。この為、例えば、上記回転速度を車両の走行安定性確保の制御の為に利用する場合に、起動直後からこの制御を適切に行なって、自動車の走行安定性向上を図れる。
【0059】
尚、上記最初に入力するフィルタ係数を、最初にサンプリングした単一のデータだけから設定する事もできるが、起動直後にサンプリングする(第1〜k番目の)複数個のデータの平均値を、上記フィルタ係数の初期値として、上記適応フィルタに入力する事もできる。但し、平均すべきデータの個数(kの値)を多くし過ぎると、上記フィルタ係数の初期値を求める為に時間を要し、応答遅れを生じて本発明本来の目的を達成できなくなるので、好ましくない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0060】
本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した様に、演算器として、検出信号の変動の影響を除去する為の補正演算を開始する際に、適応フィルタに最初に入力される回転部材の回転速度に関する値をフィルタ係数の初期値とする機能を備えたものを使用する。
この様にすれば、上記初期値を容易に得られ、しかも、前述した様に、この初期値を、本来の(最終的に収束する)フィルタ係数に近い値にできる。
【0061】
又、上記請求項2に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項3に記載した様に、FIR方式の適応フィルタに加えて、検出信号を処理する為の他のフィルタをこの適応フィルタと直列に設置する。そして、上記適応フィルタは、この他のフィルタの前段に設置する。
前述した第二の先発明の説明から明らかな通り、エンコーダと回転検出センサとにより回転部材の回転速度に関する情報を得ようとする場合に入り込む誤差としては、上記エンコーダの振れ回りに基づくものと、このエンコーダの特性変化に関するピッチ誤差に基づくものとがある。このうち、振れ回りに基づいて比較的低周波でその値を変化させる誤差は、上記適応フィルタにより除去する事が適切であるのに対して、上記ピッチ誤差に基づいて比較的高周波でその値を変化させる誤差は、前述の第二の先発明に関する説明の様に、ローパスフィルタにより除去する事が適切である。又、他の、或いは上記高周波の変動成分を除去する為に、上記ローパルフィルタに加えて、或いはこのローパスフィルタに代えて、ノッチフィルタを設ける事も考えられる。これらのローパスフィルタ或いはノッチフィルタは、その目的からして、上記適応フィルタと直列に設ける必要がある。
【0062】
この様なローパスフィルタやノッチフィルタ等の、上記適応フィルタ以外のフィルタに関しても、適応フィルタ程ではないにしても、特性が安定する(誤差に結び付く変動の影響を正しく除去できる特性となる)までには、或る程度時間を要する。そして、仮に、FIR方式の適応フィルタを、上記ローパスフィルタやノッチフィルタ等の、特性が安定するまでに或る程度の時間を要するフィルタの後に配置すると、上記適応フィルタのフィルタ係数として入力すべき初期値は、この適応フィルタの前段(適応フィルタと回転検出センサとの間)に設置した、上記ローパスフィルタやノッチフィルタ等の特性が安定(収束)してからでないとサンプリングできない。この様に、適応フィルタのフィルタ係数の初期値を設定するまでに時間を要すると、結果的に、適応フィルタのフィルタ係数の収束時間が長くなり、本発明の目的を達成できない。これに対して、請求項3に記載した様に、適応フィルタをローパスフィルタやノッチフィルタ等の他のフィルタよりも前段に配置すれば、起動後直ちに上記適応フィルタのフィルタ係数の初期値を設定できるので、適応フィルタのフィルタ係数の収束時間を短くできる。
【0063】
又、請求項2、3に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項4に記載した様に、FIR方式の適応フィルタとして、同期式LMS適応フィルタを使用する。
フィルタ係数が適正値に収束するまでに時間を要する事は、同期式LMS適応フィルタに限らず、FIR方式の適応フィルタである限り避けられず、本発明を適用する事による作用・効果を期待できる。特に、同期式LMS適応フィルタは、前述した第二の先発明の様に、計算量を少なくして、CPUの低廉化を図れる反面、フィルタ係数の初期値が適正値と異なる場合に、この適正値に収束する時間が長くなる傾向が著しくなる。従って、FIR方式の適応フィルタが同期式LMS適応フィルタである場合に、上記請求項2、3に記載した発明を適用する事の効果が大きい。
【0064】
又、本発明を実施する場合に、例えば請求項5に記載した様に、回転部材を、互いに同心に配置された内輪相当部材と外輪相当部材とを複数個の転動体を介して相対回転自在に組み合わせて成る転がり軸受ユニットを構成する何れかの部材とする。
そして、上記請求項5に記載した発明を実施する場合に、例えば請求項6に記載した様に、何れかの部材の回転速度を、内輪相当部材と外輪相当部材との間に加わる荷重を算出する為に使用する。
更に、上記請求項5、6に記載した発明を実施する場合に、例えば請求項7に記載した様に、上記転がり軸受ユニットを、自動車用の車輪を懸架装置に回転自在に支持する為の、車輪支持用転がり軸受ユニットとする。
この様な構成を採用すれば、前述した第一の先発明に関して説明した様に、車輪に加わる荷重(ラジアル荷重とアキシアル荷重との少なくとも一方)を求めて、自動車の走行安定性確保の為の制御を効果的に行なえる。
【実施例】
【0065】
本発明の特徴は、前述した第二の先発明に改良を加え、適応フィルタのフィルタ係数が収束する(適正値になる)までに要する時間を短くする点にある。図面に表れる構造を含め、その他の部分の構造及び作用に就いては、上記第二の先発明の場合と同様であるから重複する説明を省略し、以下、本発明の効果を確認する為に行なったシミュレーションの結果に就いて説明する。
【0066】
本シミュレーションでは、回転検出センサから送り出される、図12の(A)に示す様な出力信号の変動に基づく誤差成分を、FIR方式の同期式LMS適応フィルタにより除去する場合に、フィルタ係数の初期値がこのフィルタ係数の収束性に及ぼす影響を求めた。上記図12の(A)に示した出力信号は、1回転当り60パルス(エンコーダの被検出面の特性変化の回数が1回転当り60回である)のパルス周期データに、このエンコーダの(回転中心と幾何中心との不一致に基づく)振れ回りによる回転1次のノイズ(回転速度むら)が入った場合を想定している。即ち、上記図12の(A)に示した曲線は、前述の図7、8に実線イで示した曲線に対応(逆数)する曲線である。
【0067】
上述の図12の(A)に示す様な、上記回転検出センサから送り出される出力信号を上記FIR方式の同期式LMS適応フィルタにより処理する場合を想定し、フィルタ係数として初期値を与える場合と与えない(フィルタ係数=0とする)場合とで、このフィルタ係数が収束する状況に就いて求めた。フィルタ係数として初期値を与える場合に、この初期値は、最初に上記回転検出センサから適応フィルタに送り込まれるデータ(データ番号0の値)とした。この様な条件で求めた結果を、図12の(B)に示す。この図12の(B)は、横軸に上記図12の(A)に対応するデータ番号を、縦軸に、上記適応フィルタの出力値(上記図7、8の破線ロにより表される値に対応する値)を、それぞれ表している。
【0068】
この様な図12の(B)中、実線αは、上記フィルタ係数の初期値を与えなかった場合を、破線βは同じく与えた場合を、それぞれ表している。この様な図12の(B)から明らかな通り、上記フィルタ係数の初期値を与えない場合には、上記実線αに示される通り、このフィルタ係数が適正値に収束するまでに要する時間が長くなるだけでなく、収束する過程で、このフィルタ係数の値が、適正値から大きく外れた値となる。この状態では、回転部材の回転速度に関する算出値が実際の回転速度と大きく異なる事になる為、自動車の走行安定性確保の為に適切な制御を行なう事はできない。これに対して、上記フィルタ係数の初期値を与えた場合には、上記破線βから明らかな通り、このフィルタ係数が適正値に収束するまでに要する時間が短くなるだけでなく、収束する過程で、このフィルタ係数の値と適正値とのずれが小さくなる。この状態では、回転部材の回転速度に関する算出値が実際の回転速度に近くなる為、自動車の走行安定性確保の為に適切な制御を或る程度行なえる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の回転速度検出装置は、実施例に示した様な、自動車の車輪を支持する転がり軸受ユニットに加わる荷重を測定する為の転がり軸受ユニットの荷重測定装置に限らず、各種回転機械装置の回転部材の回転速度を検出する為に利用できる。この場合に、エンコーダを支持固定する部材が保持器の様に、回転中心と幾何中心とがずれる可能性のある部材に限らず、回転軸等、回転中心と幾何中心とがずれない回転部材であっても良い。この場合には、当該回転部材へのエンコーダの組み付け精度を特に高くする必要をなくして、組立に要するコストの低減を図れる。又、本発明を実施する場合に使用可能なエンコーダは、回転方向にS極とN極とを交互に配置した、所謂多極磁石エンコーダに限らず、トーンホイール、ギヤ、スリット盤等、回転速度情報を得られる各種構造のエンコーダが含まれる。又、回転検出センサも、着磁検出式のものに限らず、光学式、渦電流式等、各種構造のものを使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】荷重測定用の回転検出装置を組み込んだ転がり軸受ユニットに先発明を適用した状態を示す断面図。
【図2】図1のA部拡大図。
【図3】回転速度に基づいて荷重を測定できる理由を説明する為の、転がり軸受ユニットの模式図。
【図4】保持器の振れ回りに基づく回転速度検出用センサの出力信号の変動を、適応フィルタより低減する為の回路を示すブロック図。
【図5】保持器の振れ回りに基づいて回転速度検出用センサの出力信号が変動する理由を説明する為、保持器及びエンコーダを図1〜2の側方から見た状態で示す模式図。
【図6】保持器の振れ回り及び着磁ピッチの誤差に基づいて、回転速度センサの出力信号から求めた回転速度を表す信号が変動する状態を示す線図。
【図7】適応フィルタにより、回転速度センサの出力信号から求めた回転速度を表す信号の変動を低減する状態を示す線図。
【図8】第二の先発明の別構造の必要性を説明する為に、適応フィルタを同期式LMSアルゴリズムで動作させ、DCレベルに関する補正を行なわない場合に於ける、回転速度を表す信号の変動状況を示す線図。
【図9】第二の先発明の別構造を示す、図4と同様の図。
【図10】DCレベルに関する補正を行なう為にフィルタ係数をサンプリングする状態を示すグラフ。
【図11】第二の先発明の別構造の効果を示す為、適応フィルタを同期式LMSアルゴリズムで動作させ、DCレベルに関する補正を行なった場合に於ける、回転速度を表す信号の変動状況を示す線図。
【図12】本発明の効果を確認する為に行なったシミュレーションの結果を示す線図。
【符号の説明】
【0071】
1 転がり軸受ユニット
2 ハブ
3 内輪軌道
4 外輪
5 外輪軌道
6a、6b 転動体
7a、7b 保持器
8 回転側フランジ
9 取付孔
10 センサユニット
11 先端部
12a、12b 公転速度検出用センサ
13 回転速度検出用センサ
14 リム部
15a、15b 公転速度検出用エンコーダ
16 回転速度検出用エンコーダ
17 適応フィルタ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転部材に支持固定されてこの回転部材と共に回転する、特性を円周方向に関して交互に変化させたエンコーダと、その検出部をこのエンコーダの被検出面に対向させた状態で設けられた回転検出センサと、この回転検出センサから送り出される周期的に変化する検出信号に基づいて、上記回転部材の回転速度に関する値を求める演算器とを備えた回転速度検出装置に於いて、この演算器は、上記回転部材の回転速度算出に対する誤差となる、上記回転検出センサの検出信号の変動の影響を除去する為のFIR方式の適応フィルタを備えると共に、この適応フィルタのフィルタ係数に初期値を付与する機能を備えている事を特徴とする回転速度検出装置。
【請求項2】
演算器は、検出信号の変動の影響を除去する為の補正演算を開始する際に、適応フィルタに最初に入力される回転部材の回転速度に関する値をフィルタ係数の初期値とする機能を備えている、請求項1に記載した回転速度検出装置。
【請求項3】
FIR方式の適応フィルタに加えて、検出信号を処理する為の他のフィルタをこの適応フィルタと直列に設置しており、上記適応フィルタは、この他のフィルタの前段に設置されている、請求項2に記載した回転速度検出装置。
【請求項4】
FIR方式の適応フィルタが、同期式LMS適応フィルタである、請求項2又は請求項3に記載した回転速度検出装置。
【請求項5】
回転部材が、互いに同心に配置された内輪相当部材と外輪相当部材とを複数個の転動体を介して相対回転自在に組み合わせて成る転がり軸受ユニットを構成する何れかの部材である、請求項1〜4の何れか1項に記載した回転速度検出装置。
【請求項6】
何れかの部材の回転速度を、内輪相当部材と外輪相当部材との間に加わる荷重を算出する為に使用する、請求項5に記載した回転速度検出装置。
【請求項7】
転がり軸受ユニットが、自動車用の車輪を懸架装置に回転自在に支持する為の、車輪支持用転がり軸受ユニットである、請求項5〜6の何れか1項に記載した回転速度検出装置。
【請求項1】
回転部材に支持固定されてこの回転部材と共に回転する、特性を円周方向に関して交互に変化させたエンコーダと、その検出部をこのエンコーダの被検出面に対向させた状態で設けられた回転検出センサと、この回転検出センサから送り出される周期的に変化する検出信号に基づいて、上記回転部材の回転速度に関する値を求める演算器とを備えた回転速度検出装置に於いて、この演算器は、上記回転部材の回転速度算出に対する誤差となる、上記回転検出センサの検出信号の変動の影響を除去する為のFIR方式の適応フィルタを備えると共に、この適応フィルタのフィルタ係数に初期値を付与する機能を備えている事を特徴とする回転速度検出装置。
【請求項2】
演算器は、検出信号の変動の影響を除去する為の補正演算を開始する際に、適応フィルタに最初に入力される回転部材の回転速度に関する値をフィルタ係数の初期値とする機能を備えている、請求項1に記載した回転速度検出装置。
【請求項3】
FIR方式の適応フィルタに加えて、検出信号を処理する為の他のフィルタをこの適応フィルタと直列に設置しており、上記適応フィルタは、この他のフィルタの前段に設置されている、請求項2に記載した回転速度検出装置。
【請求項4】
FIR方式の適応フィルタが、同期式LMS適応フィルタである、請求項2又は請求項3に記載した回転速度検出装置。
【請求項5】
回転部材が、互いに同心に配置された内輪相当部材と外輪相当部材とを複数個の転動体を介して相対回転自在に組み合わせて成る転がり軸受ユニットを構成する何れかの部材である、請求項1〜4の何れか1項に記載した回転速度検出装置。
【請求項6】
何れかの部材の回転速度を、内輪相当部材と外輪相当部材との間に加わる荷重を算出する為に使用する、請求項5に記載した回転速度検出装置。
【請求項7】
転がり軸受ユニットが、自動車用の車輪を懸架装置に回転自在に支持する為の、車輪支持用転がり軸受ユニットである、請求項5〜6の何れか1項に記載した回転速度検出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−98068(P2006−98068A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−280928(P2004−280928)
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]