説明

塗膜の耐擦り傷性評価方法

【課題】実際の洗車機試験を行わずに、信頼性の高い評価結果を得ることのできる塗膜の耐擦り傷性評価方法を提供する。
【解決手段】車体の塗装面を構成する塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価する方法であって、前記塗膜のグロス値を測定して塗膜グロスを求めるグロス測定工程と、前記塗膜の弾性を測定して塗膜弾性を求める弾性測定工程と、前記塗膜の破断強度を測定して塗膜破断強度を求める破断強度測定工程と、前記塗膜の表面摩擦力を測定して塗膜摩擦力を求める摩擦力測定工程と、統計手法により求めた計算式に基づいて、前記塗膜グロス、前記塗膜弾性、前記塗膜破断強度及び前記塗膜摩擦力から前記塗膜の洗車後におけるグロス値を算出する算出工程と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塗膜の耐擦り傷性評価方法に関し、詳しくは、自動車等の車体の塗装面を構成する塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の高級化指向に伴い、車体塗装も多種、多様化してきている。車体の塗装色としては、ホワイト系等の淡色と、ブラック、ダークグレイやダークブルー等の濃色とに大別できる。濃色が施された塗装面は、淡色が施された塗装面と比較して、洗車による擦り傷が目立ち易い。そのため、塗装色として特に濃色を選定する場合は、濃色が施された塗装面を構成する塗膜が、洗車に対してどの程度の耐擦り傷性を有しているかを予め評価することが重要となってきている。
【0003】
塗装面を構成する塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価する方法として、従来、塗装面を実際に洗車機にかけて人為的に塗膜表面に擦り傷を形成し、その塗膜の耐擦り傷性を評価する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、耐擦り傷性を定量的に評価する方法としては、光沢測定器を用いて塗膜表面のグロス(光沢)値を測定して、擦り傷による光沢度の減少を調べる方法が一般的である。
【特許文献1】特許第2521581号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、塗装面を洗車機にかける洗車機試験においては、季節によって水温やパネル温度が変わるので、塗膜への負荷状態が変動する。また、洗車機試験に用いる洗車機は、市場の洗車機と比べて洗車強度が非常に強いことから、試験毎にバラツキが出やすい。このため、洗車機試験後に塗膜表面のグロス値を測定しても、その測定結果が塗膜性能そのものに因るものとは必ずしも言えなかった。
【0006】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、実際の洗車機試験を行わずに、信頼性の高い評価結果を得ることのできる塗膜の耐擦り傷性評価方法を提供することを解決すべき技術課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の塗膜の耐擦り傷性評価方法は、車体の塗装面を構成する塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価する方法であって、前記塗膜のグロス値を測定して塗膜グロスを求めるグロス測定工程と、前記塗膜の弾性を測定して塗膜弾性を求める弾性測定工程と、前記塗膜の破断強度を測定して塗膜破断強度を求める破断強度測定工程と、前記塗膜の表面摩擦力を測定して塗膜摩擦力を求める摩擦力測定工程と、統計手法により求めた計算式に基づいて、前記塗膜グロス、前記塗膜弾性、前記塗膜破断強度及び前記塗膜摩擦力から前記塗膜の洗車後におけるグロス値を算出する算出工程と、を備えていることを特徴とするものである。
【0008】
この塗膜の耐擦り傷性評価方法では、車体の塗装面を構成する塗膜について洗車に対する耐擦り傷性を評価すべく、グロス測定工程、弾性測定工程、破断強度測定工程及び摩擦力測定工程の各工程で、塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力という4種の塗膜物性値を測定し、これら4種の塗膜物性値から塗膜の洗車後のグロス値を統計手法により求めた計算式に基づいて算出する。
【0009】
したがって、本発明の塗膜の耐擦り傷性評価方法によれば、バラツキの大きい洗車機試験を実施する必要がなく、信頼性の高い評価結果を得ることが可能となる。
【0010】
前記算出工程で用いる計算式は、好適には、以下のようにして求めることができる。すなわち、塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力を種々変更した複数のサンプル塗膜について洗車試験後のグロス値を測定し、該塗膜グロス、該塗膜弾性、該塗膜破断強度、該塗膜摩擦力及び該洗車試験後のグロス値を変数として、統計手法により前記計算式を求めることが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明者がラボ洗車試験(ISO20566に準じる)にかけた車体の塗装面をSEM(走査型電子顕微鏡写真)観察したところ、幅が1〜3ミクロンで、深さが10〜500nmオーダーのきわめて浅い擦り傷が塗膜表面に付いており、塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価するには、塗膜表面及びその近傍についての考察が重要であることがわかった。
【0012】
そこで、本発明者は、洗車時に塗膜表面に作用する力と塗膜物性との関係について考察した。その結果、洗車時に塗膜に加わった力が塗膜破断強度を上回ったときに、塗膜が破壊されて塗膜表面に擦り傷が付くと考えた。ここに、洗車ブラシが塗膜表面に衝突する際には、塗膜の弾性により吸収されるエネルギーAがあるとともに、継続的な回転運動をする洗車ブラシが塗膜表面をすべることにより逃げる力Bがある。このため、洗車時に洗車ブラシから塗膜に実質的に加わる力fは、洗車ブラシの運動エネルギーFからこれら塗膜弾性により吸収されるエネルギーA及び塗膜表面で逃げる力Bを引いた値、すなわちf=F−A−Bとなり、この塗膜に加わる力fが塗膜破断強度を上回ったときに、塗膜が破壊されて塗膜表面に擦り傷が付くことになる。
【0013】
したがって、塗膜表面及びその近傍における塗膜物性値である塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力により、塗膜表面の洗車に対する耐擦り傷性を評価することができるという結論に達し、本発明の完成に至った。
【0014】
すなわち、本発明の塗膜の耐擦り傷性評価方法は、車体の塗装面を構成する塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価する方法であって、グロス測定工程と、弾性測定工程と、破断強度測定工程と、摩擦力測定工程と、算出工程とを備えている。
【0015】
前記グロス測定工程では、塗膜のグロス値を測定して塗膜グロスを求める。このグロス測定工程で測定するグロス値の種類やその測定方法は特に限定されない。例えば、光沢測定器を用いて20°グロス値を測定して、塗膜グロスとすることができる。
【0016】
前記弾性測定工程では、塗膜の弾性を測定して塗膜弾性を求める。この弾性測定工程で測定する測定値の種類やその測定方法は特に限定されないが、好適には、フィッシャー硬度計を用いて塗膜のフィッシャー硬度を測定することで、塗膜弾性を求めることができる。
【0017】
前記破断強度測定工程では、塗膜の破断強度を測定して塗膜破断強度を求める。この破断強度測定工程で測定する測定値の種類や測定方法は特に限定されないが、好適には、引っ掻き試験機を用いて塗膜に引っ掻き傷が付き始める荷重を測定することで、塗膜破断強度を求めることができる。
【0018】
前記摩擦力測定工程では、塗膜の表面摩擦力を測定して塗膜摩擦力を得る。この摩擦力測定工程で測定する測定値の種類やその測定方法は特に限定されないが、好適には、摩擦係数のわかっている相手材を塗膜上で引っ張ったときの定常的滑りに必要な引っ張り力を測定することで、塗膜摩擦力(表面摩擦係数)を求めることができる。
【0019】
前記グロス測定工程、前記弾性測定工程、前記破断強度測定工程及び前記摩擦力測定工程では、これら各測定工程における測定結果の信頼性を向上させるべく、複数回測定した平均値を測定値とすることが好ましい。
【0020】
前記算出工程では、統計手法により求めた計算式に基づいて、前記塗膜グロス、前記塗膜弾性、前記塗膜破断強度及び前記塗膜摩擦力から塗膜の洗車後におけるグロス値を算出する。この算出工程で利用する統計手法は特に限定されないが、好適には、重回帰分析等の予測型多変量解析方法を利用することができる。
【0021】
前記算出工程では、計算式の信頼性を向上させるべく、計算式を求めるためのサンプル数をできるだけ多くすることが好ましい。
【0022】
ここに、重回帰分析は、例えば以下のようにして行うことができる。すなわち、塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力の4種の塗膜物性値を種々変更した複数種の塗膜をサンプルとして準備し、各サンプル塗膜についてラボ洗車試験(ISO20566に準じる)等の洗車試験を実施した後、グロス値を測定する。そして、塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力の4つを独立変数(説明変数)として、最小二乗法により、洗車後のグロス値の実測値と予測値との差(残差)が最小となるように、独立変数にかけられる重み(偏回帰係数)及び定数項を定めて、従属変数(基準変数)としての洗車後のグロス値(予測値)を予測する重回帰式(計算式)を決定する。
【0023】
このように、本発明の塗膜の耐擦り傷性評価方法では、特定の組み合わせよりなる4種の塗膜物性値を測定して求め、統計手法により求めた計算式に基づいて、これら4種の塗膜物性値の測定結果から塗膜の洗車後のグロス値を算出する。このため、サンプル数を多くすることにより統計手法で求める計算式の信頼性を向上させるとともに、各測定工程における測定精度等を向上させることにより、計算により求める塗膜の洗車後のグロス値の信頼性を向上させることができ、信頼性の高い評価結果を得ることが可能となる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例により、本発明の塗膜の耐擦り傷性評価方法を具体的に説明する。
【0025】
本実施例の塗膜の耐擦り傷性評価方法は、以下に示すとおり、計算式決定工程と、弾性測定工程と、破断強度測定工程と、摩擦力測定工程と、算出工程とを備えている。
【0026】
<計算式決定工程>
この計算式決定工程では、重回帰分析により重回帰式を求めて、算出工程で用いる計算式とする。
【0027】
まず、表1に示されるように、塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度(架橋結合力)及び塗膜摩擦力を種々変化させた、No.1〜40のサンプル塗膜を準備した。
【0028】
【表1】

【0029】
なお、表1中、塗膜グロスの列に記載した値は、サンプル塗膜について光沢測定器を用いて20°グロス値を3回測定した平均値である。また、表1中、塗膜弾性の列に記載した値は、サンプル塗膜について下記弾性測定工程で示す測定方法及び条件で塗膜弾性を10回測定した平均値である。同様に、表1中、塗膜破断強度の列に記載した値は、サンプル塗膜について下記破断強度測定工程で示す測定方法及び条件で塗膜結破断強度を5回測定した平均値である。同様に、表1中、塗膜摩擦力の列に記載した値は、サンプル塗膜について下記摩擦力測定工程で示す測定方法及び条件で塗膜摩擦力を10回測定した平均値である。
【0030】
そして、各サンプルについて、ラボ洗車試験(ISO20566に準じる)を実施した後に、光沢測定器を用いてグロス値を測定した。その結果を表1に示す。なお、表1中、洗車後のグロス値の列に記載した値は、ラボ洗車試験後に20°グロス値を3回測定した平均値である。
【0031】
そして、表1に示される塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力の4つを独立変数(説明変数)として、最小二乗法により、洗車後のグロス値の実測値と計算値との差(残差)が最小となるように、独立変数にかけられる重み(偏回帰係数)及び定数項を定めて、従属変数(基準変数)としての洗車後のグロス値(20°グロス値)を計算する計算式(重回帰式)を決定した。
【0032】
こうして求めた計算式を下記(1)式に示す。
(洗車後のグロス値)=2.8112×(塗膜グロス)+15.3627
×(塗膜弾性)−62.1132×(塗膜摩擦力)−0.2583
×(塗膜破断強度)−38.86137 …(1)
【0033】
この計算式(1)を用いて計算した洗車後のグロス値の計算値を表1に併せて示すとともに、この計算値と洗車後のグロス値の実測値との関係を図1に示す。
【0034】
これらの結果から、塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力を独立変数として得られた、従属変数としての洗車後のグロス値を計算する前記計算式(1)は、実測値との相関が非常に高いものであった。
【0035】
したがって、前記計算式(1)を利用すれば、洗車に対する耐擦り傷性を評価したい評価対象塗膜について、下記グロス測定工程、下記弾性測定工程、下記破断強度測定工程及び下記摩擦力測定工程を実施して、評価対象塗膜の塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜摩擦力及び塗膜破断強度の各物性値を測定することにより、実際に洗車試験を行うことなく、洗車後のグロス値を信頼性高く予測できることが確認できた。
【0036】
以下、グロス測定工程、弾性測定工程、破断強度測定工程及び摩擦力測定工程について、説明する。
【0037】
<グロス測定工程>
洗車に対する塗膜の耐擦り傷性を評価したい評価対象塗膜について、光沢測定器を用いて20°グロス値を3回測定し、その平均値を求めて塗膜グロスとした。
【0038】
その結果、この評価対象塗膜の塗膜グロスは90.9であった。
【0039】
<弾性測定工程>
前記評価対象塗膜について、フィッシャー硬度計(フィッシャースコープH100C)を用いて以下の条件でフィッシャー硬度を測定し、塗膜弾性とした。
測定モード:加重増加+加重減少
測定パラメータ:
(a)0.4〜10mN
(b)押し込み最大深さが2μmになる加重
(c)測定点:25点
(d)加重移行時間:0.5秒
【0040】
そして、得られた反力のヒステリシスカーブから、トータルエネルギー(Wt)を算出した。
【0041】
その結果、この評価対象塗膜の塗膜弾性は5.8であった。
【0042】
<破断強度測定工程>
前記評価対象塗膜について、引っ掻き試験機(トライボギヤ18L型、HEIDON社製)を用いて、以下の条件で引っ掻き試験を行い、評価対象塗膜に引っ掻き傷が付き始める荷重(g)を測定して、塗膜破断強度(架橋結合力)とした。
針:0.05mmR(サファイア製)
速度:300mm/min(速度は300〜600mm/minの範囲)
連続荷重:0〜200g転がり分銅
【0043】
その結果、この評価対象塗膜の塗膜破断強度は149.0gであった。
【0044】
<摩擦力測定工程>
底面に摩擦係数のわかっているフェルト布を貼り付けた500g分銅を前記評価対象塗膜上に置き、テンシロン試験機を用いて引っ張り評価を行い、定常的滑りに必要な引っ張り力(kgf)を測定することで、塗膜摩擦力(表面摩擦係数)を求めた。
【0045】
その結果、この評価対象塗膜の塗膜摩擦力は3.0であった。
【0046】
<算出工程>
そして、前記算出工程で求めた前記計算式(1)に基づいて、前記グロス測定工程、前記弾性測定工程、前記破断強度測定工程及び前記摩擦力測定工程で得られた、前記評価対象塗膜の塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜摩擦力及び塗膜破断強度から、この評価対象塗膜の洗車後のグロス値を算出した。
【0047】
その結果、この評価対象塗膜における洗車後のグロス値(20°グロス値)の計算値は、81.0であった。
【0048】
そして、確認のため、この評価対象塗膜についてラボ洗車試験を実施し、洗車後の20°グロス値を光沢試験器で実際に測った。その結果、洗車後のグロス値(20°グロス値)の実測値は、80.0であった。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】洗車試験後の20°グロス値の実測値と計算値との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体の塗装面を構成する塗膜の洗車に対する耐擦り傷性を評価する方法であって、
前記塗膜のグロス値を測定して塗膜グロスを求めるグロス測定工程と、
前記塗膜の弾性を測定して塗膜弾性を求める弾性測定工程と、
前記塗膜の破断強度を測定して塗膜破断強度を求める破断強度測定工程と、
前記塗膜の表面摩擦力を測定して塗膜摩擦力を求める摩擦力測定工程と、
統計手法により求めた計算式に基づいて、前記塗膜グロス、前記塗膜弾性、前記塗膜破断強度及び前記塗膜摩擦力から前記塗膜の洗車後におけるグロス値を算出する算出工程と、を備えていることを特徴とする塗膜の耐擦り傷性評価方法。
【請求項2】
塗膜グロス、塗膜弾性、塗膜破断強度及び塗膜摩擦力を種々変更した複数のサンプル塗膜について洗車試験後のグロス値を測定し、該塗膜グロス、該塗膜弾性、該塗膜破断強度、該塗膜摩擦力及び該洗車試験後のグロス値を変数として、統計手法により前記計算式を求めることを特徴とする請求項1記載の塗膜の耐擦り傷性評価方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−315790(P2007−315790A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−142800(P2006−142800)
【出願日】平成18年5月23日(2006.5.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】