説明

微生物を用いた脱窒素方法

【構成】 シュードモナス属、バチルス属、エッシェリシア属又はセラチア属に属し、有機窒素化合物を分解する能力を有する微生物を、有機窒素化合物を含有する培地中で、前記有機窒素化合物と接触させることを特徴とする、微生物を用いた脱窒素方法。
【効果】 石油や石炭から有機窒素化合物を除去することができ、常温・常圧下で石油、石炭の精製を可能にすることができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、微生物を利用した脱窒素方法に関する。より詳細には、特定の菌株を用いて、原油等の石油(製品)や、石炭等の有機窒素化合物を含む物質から脱窒素をする方法に関する。
【0002】
【従来の技術】世界における石油需要は、世界的な産業活性化の必要性、発展途上国における消費の増加、石油代替エネルギーの開発の頭打ち、省エネルギーの限界等から、未だ底堅いものがある。特にガソリンや灯油・軽油の需要は堅調で、石油の需要の構造は急速に軽質化の方向に向かっている。かかる軽質石油の需要の増大に伴い、石油精製技術の一層の進歩・発展が望まれている。
【0003】例えば、昨今の環境問題に対応した、より環境への負担が少なくてすむ石油精製技術の確立が望まれている。産業界では「ボイラー燃焼においては、窒素分の少ない良質燃料の選択も必要」という意見も唱えられており、脱窒素の必要性は増大しつつある。また、行政サイドにおいても、NOX 規制と軽質系原油の入手難により軽油・灯油中の窒素分を削減することが望まれている。これら化石燃料中の窒素化合物は燃焼によりNOX となり、その結果として大きな環境問題たる酸性雨の原因の一つとなっていると指摘されている。
【0004】また、現在の蒸留や化学反応を中心とした精製技術は一面においては完成されたものであるが、高温・高圧の操作条件を設定する必要があるエネルギー多消費型プロセスであり、このような操作条件においては、エネルギー負荷や安全性に関して問題がある。そこで、上記のようなエネルギー多消費型プロセスを必要としない、常温・常圧で石油精製が可能な手段の確立が現在待たれている。
【0005】ところで、石油中の窒素化合物含有量は産地により0.01〜0.49%という幅があり、石油中に存在する有機窒素化合物の形態は、難除去性有機窒素化合物、例えば非塩基性窒素化合物(主にピロール環、インドール環を有するもの)や塩基性窒素化合物(主にピリジン環、アクリジン環を有するもの)等多種類におよぶ。特に現行のプロセスにおいて除去が困難なカルバゾール(略号CA)等の芳香族窒素化合物は、石油精製工程上問題となっており、それらの脱窒素方法においても、爆発等の事故が起こる危険性の高い好気的条件下ではなく、そのような危険性が少ない微好気的条件もしくは嫌気的条件下で行うことのできる方法の確立が望まれている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記の常温・常圧で石油の精製が可能な手段の一つとして、バイオテクノロジーを活用した方法の確立、さらに詳細には石油や石炭に含まれる有機窒素化合物を特異的に分解したり、当該化合物を容易に除去できる化合物に変換したりすることが可能な微生物を自然界から分離し、かかる微生物を利用した石油等の脱窒素手段の確立を目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記課題解決のために鋭意検討を重ねた結果、特定の有機窒素化合物を分解する能力を有する微生物を自然界から分離して、当該微生物をバイオ脱窒素法に適用することにより、当該課題を解決することができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】すなわち、本発明はシュードモナス属、バチルス属、エッシェリシア属又はセラチア属に属し、有機窒素化合物を分解する能力を有する微生物を、芳香族類有機窒素化合物を含有する物質と接触させ、前記芳香族類有機窒素化合物を分解することを特徴とする微生物を用いた脱窒素方法、特に前記微生物を、芳香族類有機窒素化合物を含有する物質に接触させる際の条件が、微好気的又は嫌気的条件であることを特徴とする微生物を用いた脱窒素方法を提供するものである。
【0009】以下、本発明について詳細に説明する。本発明の脱窒素方法は、シュードモナス属、バチルス属、エッシェリシア属又はセラチア属に属し、有機窒素化合物を分解する能力を有する微生物を用いたバイオ脱窒素法である。上記有機窒素化合物の中でも、難除去性有機窒素化合物として代表的な化学物質であるカルバゾールが挙げられるが、本発明者は、当該カルバゾールを唯一炭素源とした資化分解する能力を有する細菌を、微好気的条件下で集積培養方法により自然界から新たに単離した。なお、本発明にいう微好気的条件とは、爆発限界以下の酸素分圧条件をいう。
【0010】最初に、新規微好気(嫌気)性脱窒素細菌のスクリーニングについて説明する。日本全国から採取してきた土壌(約250点)を用いて、現行の石油精製プロセスでは除去が困難な有機窒素化合物の代表的な化学物質であるカルバゾール(下記構造式(1)で表される。以下、CAと略す。)
【化1】


を唯一炭素源として、実際の備蓄タンクの条件に近い酸素抑圧条件下で生育する微生物をスクリーニングした。1週間の集積培養の後、培養液の10%を植え継ぎ、さらに集積培養を行った。この操作を4回以上繰り返し、十分に集積された培養液の希釈液を寒天培地に塗布して出現したコロニーを釣菌し、さらに液体培地で集積培養した。この操作を2回以上繰り返し、生育するものを分離した。
【0011】特に、集積培養時にはスクリューキャップ付試験管(50ml)に、スクリーニング培地20mlとともに土壌サンプルとCAを加え、キャップにテフロンテープを巻き、窒素充填した後、30℃にて7日間培養した。また、寒天培地での培養時には、有機窒素化合物CAをエーテルに溶かし、これに植菌した後、当該溶液を培地表面に噴霧する方法(プレートアッセイ法)を採用した。
【0012】なお、有機窒素化合物CAを炭素源としたスクリーニング培地の組成は、以下に示す通りである。
カルバゾール 1.0 gK2 HPO4 2.0 gKH2 PO4 1.0 gNH4 NO3 1.0 gMgCl2 ・6H2 O 0.1 gCaSO4 0.01gFeSO4 ・7H2 O 0.01gMnSO4 ・4H2 O 0.01gZnSO4 0.01g肉エキス 0.03g酵母エキス 0.03gペプトン 0.03gイオン交換水 1000mlpH 7.0以上のスクリーニングの結果、CAを基質として資化分解する8株の微生物を得た。得られた微生物の菌学的性質を表1に記載する。
【0013】
【表1】


上記表1に示すそれぞれの菌学的性質から、バージーズ=マニュアル(第4版)により、表1中の菌株を同定した。その結果、KUKK−1、KUKK−2、KUKK−3及びKUKK−8株はシュードモナス属に属するものと、KUKK−4及びKUKK−5株はバチルス属に属するものと、KUKK−6株はエッシェリシア属に属するものと、KUKK−7株はセラチア属に属するものと同定された。
【0014】これらのカルバゾール分解菌は、以下の通り工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託されている。
Pseudomonas sp. KUKK−1 FERM BP-4708 Pseudomonas sp. KUKK−2 FERM BP-4709 Pseudomonas sp. KUKK−3 FERM BP-4710 Bacillus sp. KUKK−4 FERM BP-4712 Bacillus sp. KUKK−5 FERM BP-4713 Escherichia coli KUKK−6 FERM BP-4714 Serratia sp. KUKK−7 FERM BP-4715 Pseudomonas sp. KUKK−8 FERM BP-4711本発明の脱窒素方法は、上記のような脱窒素細菌を、有機窒素化合物を含む物質と接触させることにより、当該物質を分解して脱窒素することを特徴とする。
【0015】有機窒素化合物を含む物質としては、原油、石炭等が挙げられる。これらの物質はそのまま用いることもできるが、基質としての有機窒素化合物の分解を効率良く行うという観点から、例えば界面活性剤を用いたり、反応系を適宜振とうに付するのが好ましい。これによって、脱窒素細菌と、基質としての有機窒素化合物との接触界面を大きくすることができ、分解を効率良く行うことができる。
【0016】分解反応雰囲気中の空気の存在量は特に限定されないが、好気的条件下では、例えば反応時に空気中の酸素と原油中揮発成分とが混合し、その混合ガスがスパーク等による引火によって爆発する危険性がある。かかる観点から、反応雰囲気を完全な無酸素状態である嫌気的条件にすることが考えられるが、実際に適用するにあたっては、完全な嫌気状態を備えた施設を設置することは多額の資金を要し、かつ運転コストも高くなることから、現実的には相当の無理があると考えられる。これらのことから、僅かに酸素が存在する状態の微好気的条件下、または通性嫌気的条件下で反応を行うのが好ましい。また、反応の際の備蓄タンクの状態を考慮しても、上記微好気的条件下で反応を行うのが好ましい。
【0017】かかる微好気的条件における具体的な酸素量は、爆発限界以下の0.5 %(v/v)程度であるのが好ましい。分解反応の際の温度は、脱窒素細菌が作用しうる温度であれば特に限定されるものではないが、10〜45℃が一般的であり、かつ好ましい。分解反応系の構成成分としては、脱窒素細菌及び有機窒素化合物を含む物質の他に、適切な水分があれば反応可能であるが、脱窒素細菌の反応性の向上を図る目的で、無機体または一般的な易分解性な有機体窒素源や無機塩類等の栄養源を適宜反応系に添加するのが好ましい。
【0018】さらに当該反応は、カラム法によってもバッチ法によっても行うことができる。カラム法で反応を行う場合には、脱窒素細菌を適切な反応カラムに適切な方法で固定化する必要がある。以上のようなバイオ脱窒素反応後は、通常は公知の分離・精製の過程を適用する。例えば、脱窒素後の石油を、現在一般的に使用されている石油精製装置(トッパー)にそのまま付することができる。但し、本発明は、脱窒素反応後これらの分離・精製工程に処することを必須要件とするものではない。
【0019】
【実施例】以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によりその技術的範囲が限定されるものではない。
【0020】(実施例1) CA分解試験難除去性有機窒素化合物であるカルバゾール(CA)を炭素源及び窒素源として含む脱窒素菌用培地を用いて、微好気(嫌気)的条件下で脱窒素菌(シュードモナス属sp. KUKK−1、シュードモナス属sp. KUKK−2、シュードモナス属sp. KUKK−3、バチルス属sp. KUKK−4、バチルス属sp. KUKK−5、エッシェリシア・コリ KUKK−6、セラチア属sp. KUKK−7、シュードモナス属sp. KUKK−8)によるCA分解試験を行った。当該脱窒素菌用培地の組成は以下の通りであった。
【0021】
カルバゾール 1.0 g(or 0.5g)
グリセロール 0.5 gコハク酸ナトリウム 0.5 gK2 HPO4 2.0 gKH2 PO4 1.0 gNH4 NO3 1.0 gMgCl2 ・6H2 O 0.1 gCaSO4 0.01gFeSO4 ・7H2 O 0.01gMnSO4 ・4H2 O 0.01gZnSO4 0.01g肉エキス 0.03g酵母エキス 0.03gペプトン 0.03gイオン交換水 1000mlpH 7.0
【0022】具体的には、脱窒素菌の培養は、上記脱窒素菌用培地で培養した菌体を、上記脱窒素菌用培地からCAを除いた培地で洗浄した後、同液にて懸濁し、上記脱窒素菌用培地30mlとともに当該懸濁液をバイアル瓶(100ml)に入れ、窒素充填した後密閉して、微好気(嫌気)的条件下、30℃にて28日間振とう培養することによって行った。なお、この振とう培養は、CAが固形物であるため、基質と脱窒素細菌との接触を高めるために採用した。
【0023】CAの定量は、培養液を塩酸酸性にして酢酸エチルにて抽出後、上清(CAを含む酢酸エチル溶液)をガスクロマトグラフィー(略号GC)で分析することによって行った。GCの分析条件は以下の通りであった。結果を、各菌株の分離源と合わせて表2に示す。
分離カラム OV−17注入口温度 290℃検出器温度 290℃カラム温度 150〜200℃(5℃/min )
内部標準 ジベンゾフラン
【0024】
【表2】


【0025】また、代表例として、グラム陽性細菌のバチルス属sp. KUKK−5株、及びグラム陰性細菌エッシェリシア・コリ KUKK−6株によるCA分解の経時変化をそれぞれ図1及び図2に示す。以上の結果より、脱窒素細菌の各株において、微好気(嫌気)的条件下において分解速度の差はあるものの、コントロールと比較して添加基質としてのCAを分解・消費していることが確認された。
【0026】
【発明の効果】本発明により、石油や石炭から有機窒素化合物を除去することができ、常温・常圧下で石油、石炭の精製を可能にすることができる。本発明は、石油精製工程の一部として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 バチルス属sp. KUKK−5株によるCA分解の経時変化を示すグラフである。
【図2】 エッシェリシア・コリ KUKK−6株によるCA分解の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 シュードモナス属、バチルス属、エッシェリシア属又はセラチア属に属し、有機窒素化合物を分解する能力を有する微生物を、芳香族類有機窒素化合物を含有する物質と接触させ、前記芳香族類有機窒素化合物を分解することを特徴とする、微生物を用いた脱窒素方法。
【請求項2】 芳香族類有機窒素化合物がカルバゾール化合物類であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】 前記微生物を、芳香族類有機窒素化合物を含有する物質に接触させる際の条件が、微好気的又は嫌気的条件であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項4】 前記微生物が、シュードモナス属細菌KUKK−1もしくはKUKK−2、バチルス属細菌KUKK−4もしくはKUKK−5、エッシェリシア属細菌KUKK−6又はセラチア属細菌KUKK−7であることを特徴とする、請求項1記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平8−34981
【公開日】平成8年(1996)2月6日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−192846
【出願日】平成6年(1994)7月25日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成6年4月3日 社団法人日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会1994年度大会」において文書をもって発表
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【指定代理人】
【氏名又は名称】工業技術院生命工学工業技術研究所長