説明

採便容器

【課題】 臨床検査試料として便検体を定量的に採取し、これを便検体希釈用液に希釈するための採便容器を提供する。
【解決手段】 便検体希釈用液の貯留部を有し一端に滴下部が設けられた容器本体と、一端に薄膜状封止膜が設けられ容器本体に連結する収容部材と、棒状部、棒状部の先端部に形成され縦方向に凹部を有しかつ表面に植毛を施した採便部、及び、把持部を有する採便棒であって、収容部材に挿入することによって、先端が薄膜状封止膜を破砕し、採便部が容器本体の貯留部内に格納される採便棒と、を備える採便容器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床検査試料として便検体を定量的に採取し、これを便検体希釈用液に希釈するための採便容器に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトを含む動物から排泄される糞便は、種々の疾患や病原菌感染の診断等に非常に有用であることから、臨床検査試料として広く用いられている。
上記診断には、定量的に糞便を採取し、適切な液体に希釈させる必要がある。これを簡便で衛生的な手段によって達成し、かつ採便後に衛生的に保存及び輸送を可能にするために種々の採便容器が報告されている(例えば、特許文献1〜6及び非特許文献1を参照)。
【0003】
しかしながら、便には普通便のほか、高繊維質便や水様便など性状がさまざまなものが存在することから、以上の採便容器では、検査対象便の性状によっては採便量が少なく、各種検査に必要とされる採便量を十分に確保できない場合があった。また、検査対象便の性状の相違等に起因して、便検体間で採便量のバラツキも大きかった。
【0004】
特に便検体を用いた各種臨床検査のなかでも、便検体中に含まれる抗原に対する抗原抗体反応を利用した検査の場合には、検査対象便の性状にかかわらず一定量の採便量を確保することが強く求められ、かつ、便検体希釈液の便濃度を一定にすることが必要とされる。以上の採便容器ではそのような要求を満足できなかった。従って、以上の採便容器を用いて、抗体抗原反応を利用した臨床検査に用いる便検体希釈液を簡便に調製することは不可能であった。
【0005】
さらに、以上の採便容器では、採便作業を短時間に行うことも困難であり、操作性の点で問題があった。
【特許文献1】特許第2740489号明細書
【特許文献2】特許第3242498号明細書
【特許文献3】特許第3219313号明細書
【特許文献4】特開平06−207935号公報
【特許文献5】特許第3613876号明細書
【特許文献6】特開2004−317481号公報
【非特許文献1】若杉昌彦、外5名、「便中Helicobacter pylori抗原検出キット『テストメイト ピロリ抗原 EIA』の採便器の開発」、医学と薬学、平成2004年、第52巻、第3号、p.475−480
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記現状に鑑み、検査対象便の性状に関わらず、十分な採便量を確保しかつ採便量のバラツキを低減することができ、しかも、採便に要する時間を短縮することができ操作性に優れた採便容器を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、採便部に縦方向に凹部を設け、かつ、当該採便部の表面に植毛を施すことによって、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、便検体希釈用液の貯留部を有し、一端に滴下部が設けられ、他端に開口端部が設けられた容器本体と、
一端に薄膜状封止膜が設けられ、他端に開口端部が設けられた収容部材であって、上記薄膜状封止膜が設けられた端部において上記容器本体の上記開口端部に連結する収容部材と、
棒状部、上記棒状部の先端部に形成され縦方向に凹部を有しかつ表面に植毛を施した採便部、及び、把持部を有する採便棒であって、上記収容部材の上記開口端部から挿入することによって、先端が上記薄膜状封止膜を破砕し、上記採便部が上記容器本体の上記貯留部内に格納される採便棒と、を備える採便容器である。
【0009】
上記採便容器の好適な態様では、上記収容部材が、上記開口端部近傍の内部に、雌ねじ部を有し、
上記採便棒が、上記棒状部と上記把持部の間に、雄ねじ部を有し、
上記雌ねじ部に上記雄ねじ部を螺合させつつ、上記採便棒を上記収容部材に挿入する。
【0010】
上記採便容器の好適な態様では、さらに、上記容器本体の上記滴下部に着脱可能な蓋部材を有する。
上記採便容器の好適な態様では、上記植毛が、長さ0.2〜0.4mmの短繊維を用いて施されたものである。
【0011】
上記採便容器は、便中に含まれる抗原に対する抗体抗原反応を利用した臨床検査に使用することができる。
上記採便容器は、便検体を用いてヘリコバクター・ピロリ又はエキノコックス属条虫への感染を判定する臨床検査に使用することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の採便容器は、検査対象便の性状に関わらず、十分な採便量を確保しかつ採便量のバラツキを低減することができ、しかも、採便に要する時間を短縮することができるため操作性に優れている。以上によって、採取された便検体を用いた臨床検査、特に便中に含まれる抗原に対する抗体抗原反応を利用した臨床検査の評価精度を向上させることができる。
以下に本発明を詳細に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の採便容器は、容器本体1と、容器本体1に連結する収容部材2と、収容部材2に挿入することによって容器本体1の中空内部(貯留部12)にその採便部31が収容される採便棒3と、を備えるものである。
【0014】
容器本体1は、内部に、便検体希釈用液11の貯留部12を有するものである。容器本体1の一端には、滴下部13が設けられ、他端には開口端部14が設けられている。
【0015】
貯留部12には、採便前においては便検体希釈用液11が貯留されており、採便後には、便検体が希釈された便検体希釈用液11が貯留されるとともに採便棒3の採便部31が格納される。
【0016】
滴下部13は、採便後に便検体が希釈された便検体希釈用液11を貯留部12から、簡便に外部に取り出すためのものである。従って、滴下部13は、液体を容易に(好ましくは、容器本体1に軽く加圧することによって)通液できる空孔を有するものであるが、その孔径は希釈液取り出し時の操作性の観点から適宜決定すればよい。
【0017】
便器体が希釈された便検体希釈用液11に混入した固形物を取り除きつつ当該液を外部に取り出すために、容器本体1は、滴下部13近傍の内部(すなわち、貯留部12内)にフィルタを有することが好ましい。
【0018】
開口端部14は、収容部材2と連結するためのものであり、そのために、開口端部の近傍には、容器本体1の内表面に連結用凹部16又は凸部が設けられていることが好ましい。
【0019】
容器本体1の形態としては特に限定されないが、操作性の観点から、筒状のものが好ましい。容器本体1の材質としても特に限定されないが、採便時又は希釈液取り出し時に操作する者が容器本体1内部を確認できるよう、透明又は半透明の材質が好ましい。また、採便後に滴下部13から希釈液を容易に取り出すことができるよう、軽く手で加圧することによって表面が凹む程度の柔軟性を持った材質が好ましい。具体的には、ポリプロピレン等の合成樹脂が挙げられる。
【0020】
収容部材2は、容器本体1の開口端部14に連結するものであり、収容部材2の内部は、採便棒3を格納することができるよう中空になっている。収容部材2の一端には薄膜状封止膜21が設けられ、他端には開口端部22が設けられている。収容部材2は、薄膜状封止膜21が設けられた端部において容器本体1の開口端部14に連結する。
【0021】
薄膜状封止膜21は、採便前において、容器本体1の貯留部12内に便検体希釈用液11を封止するためのものであるが、その一部又は全体が、採取した便検体を便検体希釈用液11に希釈する際に採便棒3の先端によって破砕される。しかしながら、破砕後においても、採便棒3が存在することによって希釈液は貯留部12内に封止される。
従って、薄膜状封止膜21の厚みは、採便棒を挿入することによりその先端によって破砕することができるような観点から決定すればよい。
【0022】
収容部材2は、容器本体1と連結するよう、連結用凹部16又は凸部とかみ合う形状の連結用凸部24又は凹部が、薄膜状封止膜21を有する端部の外面に設けられていることが好ましい。容器本体1と収容部材2を連結するには、連結用凹部又は凸部ではなく、ねじ機構を利用することもできる。
【0023】
開口端部22は、ここから採便棒3を挿入するためのものである。
開口端部22近傍の収容部材2内部には雌ねじ部23を有していることが好ましい。これに応じた雄ねじ部34を採便棒3の棒状部33と把持部32の間に設けることによって、適切な速度で採便棒3を挿入することができるようになる。
【0024】
収容部材2の形態としては特に限定されないが、操作性の観点から、筒状のものが好ましい。また、容器本体1と収容部材2は連結することによって両者を一体にするものであるから、容器本体1の外径と収容部材2の外径は同一であることが好ましい。
収容部材2の材質としても特に限定されない。容器本体1の材質と同じものでよい。
【0025】
採便棒3は、これによって検査対象の便から便検体を採取するものである。採便棒は、棒状部33、当該棒状部の先端部に形成された採便部31、及び、把持部32を有する。採便棒3の先端、すなわち採便部31の先端は薄膜状封止膜21を破砕することができるよう、尖端状とすることが好ましい。採便棒3は、収容部材2の開口端部22から挿入することによって、採便棒3の先端が薄膜状封止膜21を破砕し、採便部31が容器本体1の貯留部12内に格納される。
【0026】
採便部31は、棒状部33の先端部に設けられており、採便部31には、縦方向、すなわち採便棒3の挿入方向に凹部(溝)35が設けられる。これによって便の掻き取りが容易になる。凹部35を横方向ではなく、縦方向に設けることによって、採便量のバラツキを低減することが可能になる。
【0027】
凹部35の形状は特に限定されないが、採便棒3製造の容易性と掻き取り性能のバランスの観点から、図6に示すように、採便部31の正面断面が十字形になるように形成するのが好ましい。
【0028】
採便部31の最大径(凹部35が設けられていない部分で計測した径)と棒状部33の径は、ほぼ同一とすることが好ましい。これによって、棒状部33に付着した便検体を収容部材2中に取り残すことができ、かつ、容器本体1の貯留部12内から収容部材2中に希釈液が漏出するのを防止することができる。
【0029】
採便部31の最大径及び棒状部33の径としては特に限定されず、必要とする採便量に応じて適宜決定すべきものであるが、例えば、採便量として20mgを想定する場合には、約2〜4mm程度がよい。
【0030】
採便部31の最大径及び棒状部33の径は、先端から把持部32の方向にかけて、一定であるか、又は、連続的に増大することが好ましい。径を増大させることによって、採便棒3挿入作業中及び採便後において、薄膜状封止膜21の破砕箇所を通じて容器本体1の貯留部12内から収容部材2中に希釈液が漏出することを防止できる。また、径の増大を連続的にすることによって、余分な便検体が便検体希釈用液11に混入するのを防止することもできる。径の増大に非連続的な箇所が存在すると、当該箇所に制御不能な量の便検体が付着することがあり、採便量にバラツキの生じる可能性が高くなる。
【0031】
凹部35の深さとしては特に限定されず、必要とする採便量や採便部31の最大径を考慮して適宜決定すべきものであるが、例えば、採便部31の最大径が2〜4mm程度である場合には、0.5〜2mm程度がよい。
採便部31の長さとしても必要とする採便量に応じて適宜決定すべきものであり、特に限定されないが、操作時の容易性を考慮すれば、例えば、0.5〜3cm程度がよい。
【0032】
本発明においては、採便棒として、凹部35を設けた採便部31の表面に植毛36を施してなるものを用いる。これによって、検査対象便の性状に関わらず十分な採便量を確保し、かつ、採便量のバラツキをより低減することができる。
植毛36は、採便部31の一部又は全体に施せばよいが、採便性能の観点から、凹部35を含めた採便部31全体に施すことが好ましい。
【0033】
植毛に用いる繊維の材質としては特に限定されないが、レーヨン、ナイロン、ポリエステル、アクリル、ポリクラール、カーボン等が挙げられる。なかでもナイロンが好ましい。
植毛に用いる繊維の長さとしては特に限定されず、例えば、0.1〜1.0mmが挙げられる。しかしながら、一定量の採便量確保及びそのバラツキの低減といった観点から、0.1〜0.8mmが好ましく、0.15〜0.6mmがより好ましく、0.2〜0.4mmがさらに好ましく、0.25〜0.35mmが特に好ましい。
植毛に用いる繊維の太さとしても特に限定されないが、例えば、0.5〜4デニールが挙げられ、好ましくは1〜3デニールである。
【0034】
上記植毛は、静電気植毛加工を用いることによって簡便かつ均一に行うことができる。静電気植毛加工とは、高圧静電界における静電吸引力を利用し、予め接着剤を塗布した基材に短繊維を垂直に投錨し、その後、接着剤層を乾燥させて、基材表面に短繊維を固定するものである。本発明において、静電気植毛加工は常法によって行うことができる。
【0035】
採便棒3は、採便部31の反対側に、把持部32を有する。採便棒3を使用する者は把持部32を保持することによって採便を行う。把持部32の表面には、保持しやすいよう適切な表面加工を施してもよい。
採便後に採便棒3を図2に示すように容器本体1及び収容部材2に挿入し、これらを一体として取り扱い又は輸送をすることができるよう、把持部32の径は、容器本体1の径及び収容部材2の径とほぼ同一であることが好ましい。
収容部材2の開口端部22は、把持部32によって閉鎖されるようにすることが好ましい。
【0036】
本発明の好適な態様において、採便棒3は、一端に位置する採便部31、棒状部33、収容部材2内部の雌ねじ部23と螺合する雄ねじ部34、及び、他端に位置する把持部32からなる。図5に示すように、採便部31、棒状部33、雄ねじ部34及び把持部32はこの記載順で存在する。
雄ねじ部34の径は、採便部31の最大径及び棒状部33の径よりも大きくすることが好ましく、把持部32の径はさらに大きくすることが好ましい。
【0037】
本発明の採便容器を使用する者は、まず、採便棒3を用いて採便を行うが、その際には、採便部31を中心に便検体を付着させる。本発明では凹部35が縦方向に設けられているので、容易に一定量の便検体を付着させることができる。その後、採便棒3を、採便部31を先頭にして収容部材2の開口端部22に挿入し、次いで、図1に示すように採便棒3を収容部材2内部に進入させ、次いで、収容部材2内部の雌ねじ部23と採便棒3の雄ねじ部34を螺合させながら、収容部材2の薄膜状封止膜21を採便棒3の先端によって破砕する。
【0038】
さらに雌ねじ部23と雄ねじ部34を螺合させながら採便棒3を進行させると、採便部31全体が容器本体1の貯留部12内部に格納されることになる。この間に、採便部31の最大径を超えた部分に付着した便検体余剰分は、収容部材2内に取り残される。
【0039】
さらに採便棒3を進行させ、棒状部33を薄膜状封止膜21の破砕部分に通過させることによって、棒状部33に付着した便検体余剰分についても収容部材2内に取り残されることになる。以上によって、採便部31に付着した一定量の便検体のみが容器本体1の貯留部12内に挿入される。以上の操作によって、簡便に、一定濃度の便検体希釈液を調製することができる。
【0040】
最終的には、棒状部33が薄膜状封止膜21の破砕箇所を完全に封止することによって、容器本体1の貯留部12内部に希釈液を封止した状態で、容器本体1の貯留部12から収容部材2内に希釈液が漏出することなく、衛生的に採便容器を保存、輸送することが可能になる。
【0041】
採便棒3の材質としては特に限定されないが、人間が保持するのに適した硬度を持つものが適しており、例えば、ABS等の合成樹脂が挙げられる。
【0042】
本発明の採便容器は、容器本体1、収容部材2及び採便棒3に加えて、容器本体1の滴下部13を密閉する着脱可能な蓋部材4をさらに備えることが好ましい。これによって、容器本体1の貯留部12に収容された便検体希釈用液11の漏出を防止することができる。
【0043】
容器本体1に対する蓋部材4の装着方法としては、容器本体1の滴下部13を密閉することができるものであれば特に限定されないが、例えば、滴下部13近傍の端部外表面に雄ねじ部17を有し、蓋部材4に雌ねじ部41を有する構造とすることが好ましい。
採便の前後においては蓋部材4を容器本体1に装着した状態で保持し、便検体希釈液を容器本体1から取り出す際に、蓋部材4を容器本体1から分離すればよい。
【0044】
図1は、本発明の採便容器の一実施形態を示す側面断面図(一部側面図)である。ここでは、採便棒3のみを側面図で示し、その他の部材(容器本体1、収容部材2及び蓋部材4)については側面断面図で示した。容器本体1と収容部材2は連結用凹部16と連結用凸部24を介して連結した状態にあり、蓋部材4と容器本体1は雌ねじ部41と雄ねじ部17を介して連結した状態にある。採便棒3については、その先端が薄膜状封止膜21を破砕する前の状態を示している。
【0045】
図2は、図1の採便容器において、採便棒を完全に挿入した状態を示すものである。貯留部12内には、便検体希釈用液11が貯留されている状態を示している。本発明の採便容器は採便後においてはこのような形態をとり、衛生的に保存、輸送される。
【0046】
図3〜5は、それぞれ、図1の採便容器における容器本体1の側面断面図、収容部材2の側面断面図、及び、採便棒3の側面図を示すものである。なお、図5の採便部31は、図6で示すように凹部35が、縦方向、すなわち採便棒3の挿入方向に、4本設けられた場合を示している。ただし、植毛36については簡略化のため図5では記載を省略しているが、凹部35が設けられた採便部31全体に植毛が施されている。
【0047】
図6は、本発明の好適な一実施形態における採便部31の正面断面図であり、ほぼ十字形になるよう凹部35が4本設けられている。凹部35を含めた全体の表面に植毛36が施されている。
図7は、図1の採便容器における蓋部材4の側面断面図である。
【0048】
本発明の採便容器は、各種検査に必要な採便量を十分に確保することができ、かつ、採便量のバラツキを低減することができ、しかも採便に要する時間を短縮することができ操作性に優れているので、便検体を用いた各種検査に用いることができる。採便部31の長さや径、縦方向の凹部35の長さや深さ、便検体希釈用液の容量等を適宜調整することによって、適用する検査の種類に応じた採便量及び便希釈濃度を達成することができる。
【0049】
特に便中に含まれる抗原に対する抗体抗原反応を利用する臨床検査には、便検体希釈液の便濃度が一定である(すなわち、便検体間での採便量のバラツキが少ない)ことが強く求められているので、この点において極めて優れた性能を持っている本発明の採便容器を好適に適用することができる。
【0050】
なかでも、本発明の採便容器は、便検体を用いてヘリコバクター・ピロリ又はエキノコックス属条虫への感染を判定する臨床検査において好適に使用することができるものである。上記検査は、便検体中のヘリコバクター・ピロリ抗原又はエキノコックス属条虫抗原を検出することにより達成できる。
【0051】
ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定する臨床検査に関して具体的には、便中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを抗原として検出する臨床検査を挙げることができる。この検査では、上記カタラーゼを検出するために、抗ヘリコバクター・ピロリモノクローナル抗体、又は、抗ヘリコバクター・ピロリポリクローナル抗体を使用することができる。特に前者は、後者と比較して特異性に優れており、検査感度が良好である。
【0052】
上記検査における抗原の検出方法としては特に限定されないが、例えば、ELISA法(例えば、わかもと製薬株式会社性の「テストメイト ピロリ抗原EIA(登録商標)」)、又は、イムノクロマトグラフィー法(例えば、わかもと製薬株式会社の「テストメイト ラピッド ピロリ抗原(登録商標)」)に基づいたものを挙げることができる。
【0053】
エキノコックス属条虫への感染を判定する臨床検査に関しては、イヌ、キツネ等の動物の便中に存在するエキノコックス属条虫抗原を検出するために、抗エキノコックス属条虫モノクローナル抗体、又は、抗エキノコックス属条虫ポリクローナル抗体を使用することができる。特に前者は、後者と比較して特異性に優れており、良好な検査感度の試薬を作製することができる。当該検査における抗原の検出方法としては特に限定されないが、例えば、ELISA法、又は、イムノクロマトグラフィー法に基づいたものを挙げることができる。
【0054】
以下に、図1で示した本発明の一実施形態における採便棒(図5)及び採便容器(図1)を用いてその性能を評価した試験例を記載する。以下では、採便容器の性能を評価するために、わかもと製薬株式会社製の糞便中ヘリコバクター・ピロリ抗原検出試薬である「テストメイト ピロリ抗原EIA(登録商標)」(以下「TPK」とも表す)、及び、「テストメイト ラピッド ピロリ抗原(登録商標)」(以下「RPK」とも表す)を用いた。
【0055】
試験例1
採便重量の測定
TPK及びRPKで精度よく検査を行うには、便重量10mg以上の採便が必要である。
熟練した検査従事者が、本発明における採便部31に静電気植毛加工を施した図5の採便棒であって植毛に用いた短繊維の長さが異なる3種類のもの(短繊維の長さが0.3mm、0.4mm及び0.6mm、各繊維の径は1.7デニール、各繊維はナイロン製)、並びに、採便部31に植毛を施していないこと以外は同じ採便棒を用いて、71検体から採便を行い、採便重量を測定した。その結果を図8に示し、これに基づいて平均採便重量、標準偏差及び変動係数を算出した結果を表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
非植毛採便棒では平均採便重量が19mgと少なく、しかもバラツキが大きかった。採取しにくい便では採便重量が10mgに満たないものも見られた。
一方、植毛採便棒では3種類とも平均採便重量が増加し、かつバラツキも小さかった。なかでも短繊維の長さが0.3mmの場合は最もバラツキが小さく、かつ最小採便重量も20mgを超えており、採便性能が最も良好であった。
【0058】
試験例2
採便時間の測定
試験例1において採便する際に、採便部31に長さ0.3mmの短繊維で静電気植毛加工を施した図5の採便棒及び非植毛採便棒について、採便に要した時間を測定した。1検体を採便するのに要した時間の平均値を算出した結果を表2に示す。
A:水様便10検体に関して採便に要した時間の平均値
B:高繊維質便10検体に関して採便に要した時間の平均値
C:普通便51検体に関して採便に要した時間の平均値
D:全71検体に関して採便に要した時間の平均値
【0059】
【表2】

【0060】
熟練した検査従事者であっても水様便、高繊維質便、普通便いずれの便性状でも、植毛採便棒を用いた場合には、非植毛採便棒を用いた場合よりも採便時間を約15%短縮できた。採便重量の精度の向上については試験例1に記載した通りである。
【0061】
試験例3
TPK(テストメイト ピロリ抗原EIA)での評価
(1)ヘリコバクター・ピロリ感染陽性者由来の6検体(水様便2検体H116、H1091、普通便4検体H57、H594、H1078、H1124)から、試験例1で用いた3種類の植毛採便棒いずれかを備えた本発明の採便容器、又は、採便部31に植毛を施していない点以外は同じ採便容器を用いて採便し、TPKによって吸光度を測定した。この結果を図9に示す。なお、TPKでは吸光度が0.1以上の場合を陽性と判定する。
【0062】
非植毛採便棒の場合は、吸光度が0.1未満であり陰性と誤判定されたが、3種類の植毛採便棒いずれの場合でも、吸光度が0.1以上あり、すべて陽性と判定できた。
【0063】
(2)ヘリコバクター・ピロリ感染陰性者由来の15検体から、試験例1で用いた3種類の植毛採便棒いずれかを備えた本発明の採便容器、又は、採便部31に植毛を施していない点以外は同じ採便容器を用いて採便し、TPKによって吸光度を測定した。この結果を図10に示す。
【0064】
3種類の植毛採便棒いずれの場合でも、非植毛採便棒の場合と同程度の0.1未満の吸光度を示し、すべて陰性と判定できた。
【0065】
試験例4
RPK(テストメイト ラピッド ピロリ抗原)での評価
ヘリコバクター・ピロリ感染陽性者由来の8検体(水様便2検体H1091、H1104、高繊維質便H1067、普通便5検体H790、H864、H886、H912、H913)から、試験例1で用いた3種類の植毛採便棒いずれかを備えた本発明の採便容器、又は、採便部31に植毛を施していない点以外は同じ採便容器を用いて採便し、RPKで検査を行った。この結果を表3に示す。表3中、+は陽性を、−は陰性を示す。
【0066】
【表3】

【0067】
非植毛採便棒の場合はすべて陰性と誤判定されたにもかかわらず、3種類の植毛採便棒いずれの場合でもすべて陽性と判定できた。
【0068】
試験例5
模擬水様便を用いた評価
検体希釈液により希釈した各種濃度の管理用抗原液を水様便の模擬便に見立て、これから、試験例1で用いた採便部31に長さ0.3mmの短繊維で静電気植毛加工を施した図5の採便棒を備えた採便容器、又は、採便部31に植毛を施していない点以外は同じ採便容器を用いて検体を採取し、TPKによって吸光度を測定した。なお、使用した採便容器は、約20mg採便した検体が1mLの検体希釈液で50倍に希釈されるよう設計したものである。
得られた結果を表4に示す。
【0069】
【表4】

【0070】
表4から、植毛採便棒の場合、非植毛採便棒の場合と比較して、約2倍感度が向上したことが分かる。
特に、抗原濃度が940ng/mLの検体の場合には、非植毛採便棒の場合に吸光度が0.067で陰性と誤判定されたにもかかわらず、植毛採便棒の場合には吸光度が0.137で陽性と判断された。
【0071】
縦方向に凸部を有しかつ表面に植毛を施した採便部を備えた採便棒を用いることにより、TPK及びRPKに求められる最低採便重量10mgの2倍である20mg以上を採便することができるようになり、かつ、採便量のバラツキも非植毛採便棒より抑えることができた。
さらに植毛採便棒では、水様便、高繊維質便、普通便いずれの便性状からも非植毛採便棒よりも短時間で採便することが可能になり、操作性も向上した。
【0072】
以上を反映し、TPK及びRPKでの検査成績(感度)は向上し、非植毛採便棒では陽性と判定できなかった陽性検体が植毛採便棒により陽性と判定できるようになった。一方、植毛採便棒を用いることにより陰性検体が陽性と誤判定されることはなかった。
さらに植毛採便棒によって、最も採便しにくい水様便でもTPKの感度に見合った採便が可能であった。
【0073】
試験例6
イヌ糞便を用いた採便重量の測定
試験例1で用いた長さが0.3mmの短繊維で静電気植毛加工を施した採便棒又は植毛を施していない採便棒を用いて、イヌ糞便22検体から採便を行い、採便重量を測定した。その結果から平均採便重量を算出した結果、及び、そのうちの最小採便重量を表5に示す。
【0074】
【表5】

【0075】
植毛採便棒を使用することによって、非植毛採便棒を使用した場合と比較して、平均採便重量が1.8倍以上増加した。さらに、植毛採便棒を使用することによって、最小採便重量が30mgを超える結果が得られた。
【0076】
試験例7
イヌ糞便を用いたエキノコックス属条虫抗原検出試薬での評価
試験例6で採便したイヌ糞便22検体から、試験例1で用いた採便部31に長さ0.3mmの短繊維で静電気植毛加工を施した図5の採便棒を備えた採便容器、又は、採便部31に植毛を施していない点以外は同じ採便容器を用いて検体を採取し、イムノクロマトグラフィー法に基づいたエキノコックス属条虫抗原検出試薬を用いて検査を行った。なお、使用した採便容器は、約20mg採便した検体が1mLの検体希釈液で50倍に希釈されるよう設計したものである。
得られた結果を表6に示す。表6中、+は陽性を、−は陰性を示す。
【0077】
【表6】

【0078】
植毛採便棒を使用することによって、非植毛採便棒を使用した場合と比較して、感度が向上し、非植毛採便棒では陽性と判定できなかった2検体(これらの検体は従来のELISA法では陽性と判定された)を、陽性と判断することができた。
【0079】
試験例8
模擬水様便を用いたエキノコックス属条虫抗原検出試薬での評価
検体希釈液により希釈した各種濃度の管理用抗原液を水様便の模擬便に見立て、これから、試験例7と同様に検査を行った。
得られた結果を表7に示す。
【0080】
【表7】

【0081】
非植毛採便棒では5ng/mLが検出限界であるのに対して、植毛採便棒では2.5ng/mLが検出限界であった。すなわち、植毛採便棒の場合、非植毛採便棒の場合と比較して、最小測定感度が2倍向上することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の採便容器は、検査対象便の性状に関わらず、十分な採便量を確保しかつ採便量のバラツキを低減することができ、しかも、採便に要する時間を短縮することができ操作性に優れたものである。従って、便検体を用いた各種臨床検査、特に、便中に含まれる抗原に対する抗体抗原反応を利用した検査において、きわめて有用な採便容器である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の採便容器の一実施形態を示す側面断面図(一部側面図)
【図2】図1に示す採便容器において採便棒を完全に挿入した状態を示す側面断面図(一部側面図)
【図3】図1に示す採便容器における容器本体の側面断面図
【図4】図1に示す採便容器における収容部材の側面断面図
【図5】図1に示す採便容器における採便棒の側面図
【図6】図1に示す採便容器における採便棒の採便部の正面断面図
【図7】図1に示す採便容器における蓋部材の側面断面図
【図8】試験例1での採便重量計測結果を示す分布図
【図9】試験例3(1)におけるTPKでの吸光度測定結果を示す分布図
【図10】試験例3(2)におけるTPKでの吸光度測定結果を示す分布図
【符号の説明】
【0084】
1:容器本体
2:収容部材
3:採便棒
4:蓋部材
11:便検体希釈用液
12:貯留部
13:滴下部
14:開口端部
16:連結用凹部
17:雄ねじ部
21:薄膜状封止膜
22:開口端部
23:雌ねじ部
24:連結用凸部
31:採便部
32:把持部
33:棒状部
34:雄ねじ部
35:凹部
36:植毛
41:雌ねじ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
便検体希釈用液の貯留部を有し、一端に滴下部が設けられ、他端に開口端部が設けられた容器本体と、
一端に薄膜状封止膜が設けられ、他端に開口端部が設けられた収容部材であって、前記薄膜状封止膜が設けられた端部において前記容器本体の前記開口端部に連結する収容部材と、
棒状部、前記棒状部の先端部に形成され縦方向に凹部を有しかつ表面に植毛を施した採便部、及び、把持部を有する採便棒であって、前記収容部材の前記開口端部から挿入することによって、先端が前記薄膜状封止膜を破砕し、前記採便部が前記容器本体の前記貯留部内に格納される採便棒と、
を備えることを特徴とする採便容器。
【請求項2】
前記収容部材が、前記開口端部近傍の内部に、雌ねじ部を有し、
前記採便棒が、前記棒状部と前記把持部の間に、雄ねじ部を有し、
前記雌ねじ部に前記雄ねじ部を螺合させつつ、前記採便棒を前記収容部材に挿入する請求項1記載の採便容器。
【請求項3】
さらに、前記容器本体の前記滴下部に着脱可能な蓋部材を有する請求項1又は2記載の採便容器。
【請求項4】
前記植毛が、長さ0.2〜0.4mmの短繊維を用いて施されたものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の採便容器。
【請求項5】
便中に含まれる抗原に対する抗体抗原反応を利用した臨床検査に使用する請求項1〜4のいずれか1項に記載の採便容器。
【請求項6】
便検体を用いてヘリコバクター・ピロリ又はエキノコックス属条虫への感染を判定する臨床検査に使用する請求項1〜5のいずれか1項に記載の採便容器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−40984(P2007−40984A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−175110(P2006−175110)
【出願日】平成18年6月26日(2006.6.26)
【出願人】(000100492)わかもと製薬株式会社 (22)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】