説明

永久磁石モータの制御装置

【課題】本発明は永久磁石モータの制御装置に関し、リラクタンストルクが存在し、誘起電圧波形が矩形波(誘起電圧歪み)である永久磁石モータのトルクリプルを抑制することを目的とする。また、トルクリプルの「リプル成分」と「直流成分」とを所定の関係で任意に制御することが可能で、高精度なトルク制御特性を実現する。
【解決手段】上位から与えられるq軸(トルク軸)の電流指令値に、正弦上の信号を重畳し、該電流指令値に従い、電力変換器の出力電圧を制御する。q軸の電流指令値に加算する重畳信号の演算は、永久磁石モータの回転座標系のd軸およびq軸の誘起電圧係数の脈動成分情報と、d軸およびq軸の電流指令値と、d軸の誘起電圧係数の平均値と、d軸およびq軸のインダクタンス値を用いて、正弦波状の重畳信号を演算し、前述のq軸の電流指令値に加算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は永久磁石モータのトルク制御装置に係り、リラクタンストルクが存在し、誘起電圧波形に誘起電圧歪みがある場合のトルクリプルを抑制し、高精度なトルク制御を実現する永久磁石モータの制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁石モータの誘起電圧波形が矩形波(誘起電圧歪み)である場合のトルクリプル抑制方法としては、〔特許文献1〕公報記載のように、
3相の誘起電圧波形を、d軸の電圧ed、q軸の電圧eqに変換し、q軸の電流指令値Iqrefを(数1)に基づいて(トルクリプルをキャンセルする)演算する。
【0003】
【数1】


ここに、Tref:トルク指令値、ωm:モータの機械角速度である。
【0004】
つまり、磁石モータの誘起電圧波形が矩形波であっても、出力トルクを一定とする様に、脈動波形を含んだq軸の電流指令値Iqrefを演算している。
【0005】
この電流指令値に従いベクトル制御を行えば、トルクリプルを抑制することができる。
【0006】
(数2)に、磁石モータの出力トルク式を示す。
【0007】
【数2】


〔特許文献1〕に記載の方式は、「誘起電圧係数Ked,Keq」が歪んだ非突極型(Ld=Lq)のリラクタンストルクの無い磁石モータに対応する技術であり、突極型(Ld<Lq)の磁石モータにそのまま適用することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−201487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
〔特許文献1〕の公報記載の方法は、誘起電圧波形が矩形波である場合に発生するトルクリプル成分をキャンセルする制御を行っている。出力トルクは、(数2)における(Ked・Iq−Keq・Id)成分を零に制御する方式であり、(Ld−Lq)Id・Iq成分がある場合を考慮していない。
【0010】
これに対して、本発明の目的は、突極型(Ld<Lq)の磁石モータにおけるトルクリプルの「リプル成分」と「直流成分」とを、所定の関係で任意に制御できる磁石モータの制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を達成するために、本発明は永久磁石モータを駆動する電力変換器と、該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、前記永久磁石モータの誘起電圧係数とインダクタンスの情報を用いて正弦波状の重畳信号を演算し、前記重畳信号を電流指令値に加算して前記電力変換器の出力電圧を制御すること、前記永久磁石モータの直流トルク成分と脈動トルク成分の値を任意に制御することを特徴とするものである。
【0012】
また、上記課題を達成するために、本発明は永久磁石モータを駆動する電力変換器と、該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、前記永久磁石モータのd軸およびq軸の誘起電圧係数の脈動成分とd軸およびq軸のインダクタンスおよびd軸およびq軸の電流指令値を用いて、正弦波状の重畳信号を演算し、該重畳信号を前記q軸の電流指令値に加算して前記電力変換器の出力電圧を制御すること、前記永久磁石モータの直流トルク成分と脈動トルク成分の値を任意に制御することを特徴とするものである。
【0013】
また、本発明は永久磁石モータの制御装置において、前記正弦波状の重畳信号の演算は、回転座標系のd軸あるいはq軸の少なくとも一方の誘起電圧係数の脈動成分と他方軸の電流指令値とd軸の誘起電圧係数の平均値とd軸およびq軸のインダクタンス値とd軸の電流指令値を用いて行うことを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明は永久磁石モータの制御装置において、q軸の電流指令値に加算する重畳信号は、下記の演算式により、任意のnを設定して行うことを特徴とするものである。
【0015】


更に、本発明は1つの永久磁石モータの制御装置において、脈動成分はモータ位置により変化する信号であることを特徴とするものである。
【0016】
また、上記課題を達成するために、本発明は永久磁石モータを駆動する電力変換器と、該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、前記永久磁石モータの固定子座標系の誘起電圧係数とインダクタンス値の情報を用いて、正弦波状の重畳信号を演算し、該重畳信号を固定子座標系の3相の電流指令値に加算して、前記電力変換器の出力電圧を制御すること、前記永久磁石モータの直流トルク成分と、脈動トルク成分の値を制御することを特徴とするものである。
【0017】
また、上記課題を達成するために、本発明は永久磁石モータの制御装置において、永久磁石モータを駆動する電力変換器と、該電力変換器の出力を制御し、前記永久磁石モータを駆動する前記電力変換器の電圧,電流情報を用いて、永久磁石モータの出力トルクを推定し、上位から与えられるトルク指令値との偏差信号を用いて演算した正弦波状の重畳信号を、q軸の電流指令値に加算し、前記電力変換器の出力電圧を制御すること、前記永久磁石モータ直流トルク成分と、脈動トルク成分の値を任意に制御することを特徴とするものである。
【0018】
更に、本発明は永久磁石モータの制御装置において、前記永久磁石モータの出力トルク推定方法は、前記電力変換器の有効電力情報から、銅損成分と過渡成分を減算することを特徴とするものである。
【0019】
更に、本発明は永久磁石モータの制御装置において、前記永久磁石モータの出力トルク推定は、下記の演算式により行うことを特徴とするものである。
【0020】


更に、本発明は永久磁石モータの制御装置において、q軸の電流指令値に加算する正弦波状の重畳信号の演算は、前記永久磁石モータの推定した出力トルクと、上位から与えるトルク指令値とのトルク偏差を演算して、位置検出値の電気角一周期間の「トルク推定値に含まれる1番大きな各周波数成分を用いて、正弦(sin)信号と余弦(cos)信号を作成し、余弦(cos)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて比例積分演算を行い、その演算値に、再び余弦(cos)信号を乗算した演算結果と、正弦(sin)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて比例積分演算を行い、再び正弦(sin)信号を乗算した演算結果との、加算値を2倍した値で、上位から与えられるq軸の電流指令値に加算することを特徴とするものである。
【0021】
更に、本発明は永久磁石モータの制御装置において、トルク推定値に含まれる複数個の角周波数成分を設定し、複数個の正弦(sin)信号と余弦(cos)信号を作成し、複数個の余弦(cos)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて、それぞれ比例積分演算を行い、各々の演算値に、再び複数個の余弦(cos)信号を乗算した演算結果と、複数個の正弦(sin)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて、それぞれ比例積分演算を行い、再び複数の正弦(sin)信号を乗算したそれぞれの演算結果との加算値を2倍した値で、上位から与えられるq軸の電流指令値に加算することを特徴とするものである。
【0022】
更に、本発明は永久磁石モータの制御装置において、トルクリプルの抑制方法として、前述に記載されたいずれか1つのトルクリプルの抑制方法を用いて行うことを特徴とするものである。
【0023】
更に、本発明は前述の永久磁石モータの制御装置の特徴を有する電動パワーステアリング制御装置。
【0024】
更に、本発明は前述の永久磁石モータの制御装置において、トルクリプルの脈動周波数は、12次調波成分で、トルクリプルの1/2の大きさの直流トルク分が増加することを特徴とするものである。
【0025】
更に、本発明は前述の永久磁石モータの制御装置において、d軸の電流値の大きさを任意に設定することにより、「12次調波成分の脈動トルク成分」と「トルク指令値よりも増加する直流トルク成分」は、下記式のような関係にあることを特徴とするものである。
【0026】

【発明の効果】
【0027】
本発明は永久磁石モータの制御装置において、リラクタンストルクが存在する磁石モータのトルクリプルを抑制する。また、トルクリプルの「リプル成分」と「直流成分」とを所定の関係で任意に制御することが可能で、高精度なトルク制御特性を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の一実施例を示す永久磁石モータの制御装置の構成図。
【図2】電流制御演算部の構成図。
【図3】磁石モータの誘起電圧波形が正弦波の場合のトルク特性。
【図4】磁石モータの誘起電圧波形が歪んでいる場合のトルク特性。
【図5】本発明の特徴である誘起電圧係数設定部の構成図。
【図6】位置信号と誘起電圧係数の情報信号との関係図。
【図7】本発明の特徴であるトルクリプル抑制制御演算部の構成図。
【図8】誘起電圧波形が歪んでいる磁石モータを正弦波駆動した場合のトルク制御特性。
【図9】本発明を用いた場合のトルク制御特性。
【図10】本発明の他の実施例。
【図11】本発明の他の実施例。
【図12】本発明の特徴であるモータトルク推定演算部の構成図。
【図13】本発明のトルクリプル抑制演算部の構成図。
【図14】本発明を用いた場合のトルク制御特性。
【図15】本発明を電動パワーステアリングに適用した一実施例。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を用いて本発明の実施例を詳細に説明する。
【0030】
<第1の実施例>
図1は、本発明の一実施例である永久磁石モータの制御装置の構成例を示す。
【0031】
磁石モータ101は、永久磁石の磁束による磁束トルク成分と電機子巻線のインダクタンスによるリラクタンストルク成分を合成したトルクを出力する。
【0032】
電力変換器102は、3相交流の電圧指令値vu*,vv*,vw*に比例した電圧を出力し、磁石モータ101の出力電圧と回転数を可変する。
【0033】
直流電源103は、電力変換器102に直流電圧を供給する。
【0034】
電流検出部104は、磁石モータ101に流れる3相の交流電流iu,iv,iwを検出し、電流検出値iuc,ivc,iwcを出力する。
【0035】
位置検出器105は、モータの位置θを検出できるレゾルバやエンコーダであり、位置検出値θdcを出力する。
【0036】
座標変換部106は、前記3相の交流電流の検出値iuc,ivc,iwcと位置検出値θdcを用いて、d軸およびq軸の電流検出値Idc,Iqcを演算し出力する。
【0037】
電流指令変換部107は、トルク指令値τ*から、d軸およびq軸の電流指令値Id*,Iq0*を演算し出力する。
【0038】
誘起電圧係数設定108は、位置検出値θdcを入力して、誘起電圧係数の情報信号


を出力する。
【0039】
トルクリプル抑制演算部109は、演算式に基づいて、q軸の脈動電流指令値ΔIq*を出力する。
【0040】
電流制御演算部110は、電流指令変換部107の出力であるd軸およびq軸の電流指令値(Id*,Iq0*)に、トルクリプル抑制演算部109の電流補正指令値ΔIq*を加算した新しい電流指令値(Id*,Iq*)に、d軸およびq軸の電流検出値Idc,Iqcが追従するように比例・積分演算を行い、d軸およびq軸の電圧指令値Vdc*,Vqc*を出力する。
【0041】
座標変換部111は、d軸およびq軸の電圧指令値Vdc*,Vqc*と位置検出値θdcを用いて、3相交流の電圧指令値vu*,vv*,vw*を出力する。
【0042】
最初に、ベクトル制御方式の電圧制御と位相制御の基本動作について説明する。
【0043】
電圧制御の基本動作については、図2に電流制御演算部の構成を示す。
【0044】
図2において、d軸の電流指令値Id*と電流検出値Idcは、d軸の電流制御演算部110aに、q軸の電流指令値Iq*と電流検出値Iqcは、q軸の電流制御演算部110bに入力される。ここでは、(数3)に従い、電流指令値Id*、Iq*に、d軸およびq軸の電流検出値Idc,Iqcが追従するように、比例・積分演算を行い、d軸およびq軸の電圧指令値Vdc*,Vqc*を出力する。
【0045】
【数3】


一方、位相制御では、レゾルバ、エンコーダ、磁極位置検出器などの図1の位置検出器105において、モータの位置θを検出し、位置検出値θdcを得る。座標変換部106,111では、この位置検出値θdcを用いて、(数4)や(数5)に示す座標変換を行う。
【0046】
【数4】

【0047】
【数5】


以上が、電圧制御と位相制御の基本動作である。
【0048】
次に、本発明の特徴である誘起電圧係数設定部108,トルクリプル抑制演算部109を設けない場合の制御特性について述べる。
【0049】
図1の制御装置において、永久磁石モータ101の誘起電圧波形euv(u相−v相の線間電圧)が、磁石モータ101のトルク特性に及ぼす影響を図3,図4に示す。
【0050】
図3は、正弦波状の誘起電圧を制御駆動した出力トルク特性である。
【0051】
誘起電圧波形euvと出力トルクτの関係を示している。
【0052】
出力トルクτは指令値τ*100%に一致しており、トルクリプルは無く安定に制御されている。
【0053】
一方、図4は、誘起電圧波形(u相−v相の線間電圧)が矩形波状の特性である。
【0054】
ここでは、各相(u相,v相,w相)の誘起電圧波形に5次調波成分が10%含まれている例を示している。この場合、トルク指令値τ*100%に対して、トルクリプルΔτは6次調波成分で20%も発生している様子がわかる。
【0055】
ここからは、本発明の特徴となる誘起電圧係数設定部108、トルクリプル抑制演算部109についての構成について説明を行う。
【0056】
図5を用いて、誘起電圧設定部108の構成を説明する。
【0057】
誘起電圧設定部108では、位置検出値θdcが参照テーブル8aに入力されて、位置検出値θdcに応じた誘起電圧係数の情報信号


が出力される。
【0058】
図6に、この時の「位置検出信号θdcと誘起電圧係数の情報信号との関係」を示す。
【0059】
位置検出信号θdcが変化すると、参照テーブルでは、3段目に図示している誘起電圧係数の情報信号


を出力する。
【0060】
2段目に示す誘起電圧波形euvは、参考のために載せている。
【0061】
ここで、誘起電圧係数の情報信号は、固定座標系の3相交流の誘起電圧係数Ke(誘起電圧値をモータの電気角速度ωで除算した値)を、回転座標系のd軸の成分値Kedおよびq軸の成分値Keqに分解したものである。
【0062】
ここに、


である。
【0063】
同様に、図7を用いて、トルクリプル抑制演算部109の構成を説明する。
【0064】
トルクリプル抑制演算部109に入力された信号


とd軸およびq軸の電流指令値Id*,Iq0*を用いて、(数6)に基づき、q軸の脈動電流指令値ΔIq*が演算される。
【0065】
【数6】


(数6)において、nは無限大が理想的ではあるが、実際は、n=2,3程度でも十分な効果を得ることができる。
【0066】
また、d軸の電流指令値Id*の大きさを調整することにより、トルクリプルの「リプル成分」と「直流成分」とを、所定の関係で任意に制御することが可能となる。
【0067】
ここからは、本発明の特徴となるトルクリプル抑制演算部109についての原理説明を行う。
【0068】
d軸およびq軸上の出力トルク式は(数2)になる。
【0069】
また、d軸およびq軸の誘起電圧係数Ked、Keqは、(数7)の様に示すことができる。
【0070】
【数7】


d軸およびq軸の電流Id,Iqにおいて、脈動成分をΔId,ΔIq、直流成分を


とすると、
【0071】
【数8】


(数7),(数8)を、出力トルク式である(数2)式に代入すると、
【0072】
【数9】


ここで、磁石モータ1の交流電流(iu,iv,iw)を正弦波状に制御した場合を考えると、Iq=Id*(ΔId=0),Iq=Iq*(ΔIq=0)で、理想的な電流制御が行えれば、
【0073】
【数10】


また、脈動成分ΔKed,ΔKeqを(数11)のように定義する。
【0074】
【数11】


(数11)を、(数10)に代入して、(数12)を得る。
【0075】
【数12】


図8に、このときのトルク制御特性を示す。
【0076】
d軸およびq軸の電流Id,Iqは一定値であるが、ΔKed,ΔKeqが原因で、6次調波成分のトルク脈動が20%弱発生していることがわかる。
【0077】
トルクリプル抑制演算部109において、q軸の脈動電流指令値ΔIq*を(数13)に示す様に演算する。
【0078】
【数13】


ここに、nは1以上の整数である。
【0079】
ここでは、一例として、3次の項までを考慮してみると、(数14)を得る。
【0080】
【数14】


(数14)を、数(9)のΔIqに代入して、電流制御演算部10の作用により、


と制御することで、出力トルクτmは数(15)となる。
【0081】
【数15】


ここで、(数15)を近似すると、(数16)を得る。
【0082】
【数16】


また、(数11)において、3相交流の誘起電圧波形に含まれる7次高調波成分が略零の場合は、


となる。そこで、式を整理すると(数17)を得る。
【0083】
【数17】


つまり、d軸の電流Idの大きさを任意に設定することにより「12次調波の脈動トルク成分の波高値(p−p)の1/2の大きさ」の分だけ(数19)に示す「直流トルク成分」を増加することができる。
【0084】
【数18】

【0085】
【数19】


(数20)の関係でd軸の電流Idを設定すれば、(数19)の直流トルク成分


を増加することができる。
【0086】
【数20】


このトルクリプル抑制補償を行った場合の特性を図9に示す。
【0087】
本抑制補償により、図8の特性(抑制補償なし)と比べて、6次調波成分を大幅に低減し、12次調波成分の脈動トルク成分Δτの1/2の大きさの分だけ「直流トルク成分」を増加することができる。
【0088】
つまり、d軸の電流Idの大きさを変更することにより、トルクリプルの「リプル成分」と「直流成分」とを、任意に制御することができる。
【0089】
<第2の実施例>
図10は、本発明の他の実施例を示す。
【0090】
第1の実施例では、回転座標系のd軸およびq軸上で電流制御演算を行ったが、本実施例では、固定座標系の3相交流(u,v,w)での電流制御演算を行っている。
【0091】
図において、特に言及しない限りは、個々の構成要素は、図1のものと同一物である。
【0092】
座標変換部111aには、トルクリプル演算部109の出力であるq軸の脈動電流指令値ΔIq*と電流指令変換部107の出力であるq軸の電流指令値Iq0*との加算値であるIq*とd軸の電流指令値Id*が入力され、(数21)に示す演算により、相交流の電流指令値(iu*,iv*,iw*)が出力される。
【0093】
【数21】


電流制御演算部10aには、3相交流の電流指令値(iu*,iv*,iw*)と3相交流の電流検出値(iuc,ivc,iwc)が入力され、(数22)に示す演算により、3相交流の電圧指令値(vu*,vv*,vw*)が出力される。
【0094】
【数22】


このような3相交流の電流制御演算を行った場合でも、インバータの出力電圧を制御することで、N次調波成分のトルクリプルを抑制することができる。
【0095】
本実施例では、q軸の電流指令値Iq0*とq軸の脈動電流指令値ΔIq*を加算した後に3相交流への座標変換を行っているが、(数23)に示す演算により、脈動の電流指令値ΔIq*を3相交流へ座標変換し、脈動の交流電流指令値(Δiu*,Δiv*,Δiw*)を求めて、
【0096】
【数23】


(数23)に示す3相交流の脈動電流指令値(Δiu*,Δiv*,Δiw*)と、d軸およびq軸の電流指令値Id*,Iq0*から3相交流へ座標変換した3相交流の電流指令値(iu0*,iv0*,iw0*)を加算する方法を取ってもよい。
【0097】
【数24】


<第3の実施例>
図11は、本発明の他の実施例を示す。
【0098】
第1の実施例では、トルクリプル推定演算部113に、数式演算を用いた方式を採用したが、本実施例では、フィードバック補償によりトルクリプル抑制演算を行っている。
【0099】
図において、特に言及しない限りは、個々の構成要素は、図1のものと同一物である。
【0100】
次に本発明の特徴である、モータトルク推定演算部112,トルクリプル抑制演算部113について説明する。
【0101】
モータトルク推定演算部112には、電流制御演算部110の出力値であるVdc*,Vqc*と座標変換部106の出力値であるIdc,Iqcが入力され、磁石モータ101のトルク推定値τ^を出力する。
【0102】
トルクリプル抑制演算部113には、トルク指令値τ*とモータトルク推定演算部112の出力値であるτ^が入力され、q軸の脈動電流指令値ΔIq*を出力する。
【0103】
ここで、図12を用いて、モータトルク推定演算部112の構成を説明する。
【0104】
モータトルク推定演算部112では、磁石モータ101の有効電力P(Vdc*・Idc+Vqc*・Iqc)を用いて、(数25)により、磁石モータ101のトルク推定値τ^を演算する。
【0105】
【数25】


ここで、モータの角速度演算値ωは、位置検出値θdcを用いて、(数26)に示す微分演算により求めている。
【0106】
【数26】


次に、図13を用いて、トルクリプル抑制演算部113の構成を説明する。
【0107】
トルクリプル抑制演算部113には、余弦信号発生部132と正弦信号発生部133に、位置検出値θdcと定数Nの131が入力される。
【0108】
余弦信号発生部132と正弦信号発生部133の出力信号(cos[Nθdc],sin[Nθdc])は、トルク指令値τ*とトルク推定値τ^の偏差であるΔτripが乗算され、比例ゲインである定数Kd134,135が乗じられる。前記の余弦信号発生部132と正弦信号発生部133の出力信号は再び、定数Kd134,135の出力信号が乗じられ、それらの乗算結果を加算して、2倍した値をq軸の脈動電流指令値ΔIq*として出力する。
【0109】
ここで、本発明の特徴であるトルクリプル抑制演算部113についての原理説明を行う。
【0110】
トルクリプル抑制演算部113では、余弦信号発生部132と正弦信号発生部133において、位置検出値θdcとトルクリプルの脈動周波数次数N(電気周波数の一周期分に含まる1番大きな高調波成分の次数)が入力され、それらの乗算値(Nθdc)の余弦信号と正弦信号が演算される。
【0111】
さらに、トルク指令値τ*とトルク推定値τ^の偏差であるΔτrip(τ*−τ^)を演算する。
【0112】
トルクリプル成分Δτ^ripを、(数27)と定義すると、
【0113】
【数27】

【0114】
余弦信号発生部132と正弦信号発生部133の出力信号のそれぞれに、Δτ^ripを乗じた演算結果を、Δτ^a1,Δτ^b1とすると、
【0115】
【数28】


信号Δτ^a1,Δτ^b1に、134,135の比例ゲインKを乗じる。
【0116】
(数28)の演算を行った結果を、Δτ^a2,Δτ^b2とすると、
【0117】
【数29】


次に、信号Δτ^a2,Δτ^b2を用いて、(数30)により、q軸の脈動電流指令値ΔIq*を演算する。
【0118】
【数30】


この演算値ΔIq*をq軸の電流指令値Iq*に加算してインバータの出力電圧を制御することで、N次高調波成分のトルクリプルを抑制することができる。
【0119】
図14に、本発明(N=6を設定)を用いた場合の制御特性を示す。
【0120】
図9の特性と遜色ない制御特性となっていることがわかる。
【0121】
本実施例では、信号Δτ^ripと余弦および正弦信号発生部132,133との乗算値を直接、比例ゲインである定数134,135に乗じているが、定数134、135を乗じる以前にノイズ成分を除去するローパスフィルタを挿入してもよい。
【0122】
また、比例ゲインである定数134,135(比例演算)の代わりに、積分演算を行ってもよい。
【0123】
さらに、トルクリプル抑制演算部109を複数個用意してよい。複数個用意することで、より高精度なトルク制御が可能となる。
【0124】
<第4の実施例>
図15は、本発明の他の実施例を示す。
【0125】
本実施例は、実施例1を電動パワーステアリング装置に適用したものである。
【0126】
特に言及しない限りは、個々の構成要素は実施例1と同様であり説明を省略する。
【0127】
この電動パワーステアリング装置は、ステアリングホイール101,ステアリングシャフト102,トルクセンサ103,磁石モータ1とステアリングシャフト102を接続する減速機構104、実施例1から実施例3までの、電力変換器102,座標変換部106〜座標変換部11を含むECU,ラックピニオン機構106,タイロッドなどの連結機構107,転舵輪108を備えている。
【0128】
ECU105は、トルクセンサ103より得られたトルク指令値と出力トルクを一致させるように、3相の電圧指令値を制御する。磁石モータ101は、減速機構104を介して、ステアリングシャフト102にアシスト力が作用し、運転者による転舵をアシストするものである。
【0129】
また、実施例1から実施例3のように、安価な誘起電圧が歪んでいる磁石モータを電動パワーステアリング装置に用いた場合でも、高精度なトルク制御を実現することが可能である。
【0130】
本制御を適用すると、モータの低速領域では、トルクリプルの「リプル成分」抑制に、高速領域では「直流成分」確保に重点を置く設定にすることが可能となる。
【0131】
本発明を用いることにより、運転者がステアリングホイール101をゆっくり転舵した場合には、滑らかな操舵フィーリングを得ることができる。
【0132】
また、磁石モータが高速領域においては、「直流トルク成分」を確保することにより、磁石モータを高出力化することができ、モータを小型化することが可能となる。
【0133】
尚、ここまでは、第1から第4の実施例において、電流指令値Id*,Iq*と電流検出値Idc,Iqcから、電圧指令値Vdc*,Vqc*を作成し、ベクトル制御を行ったが、電流指令値Id*,Iq*と電流検出値Idc,Iqcから、電圧補正値ΔVd,ΔVqを作成し、この電圧補正値と、電流指令値Id*,Iq*,速度演算値ω,磁石モータ1の定数を用いて、(数31)に従い電圧指令値Vdc*′,Vqc*′を演算するベクトル制御方式にも適用することはできる。
【0134】
【数31】


また、電流指令値Id*,Iq*と電流検出値Idc,Iqcから、第2の電流指令値Id**,Iq**を作成し、この第2の電流指令値を用いてベクトル制御演算方式にも用いることができる。
【0135】
【数32】


さらに、(数31),(数32)において、誘起電圧係数Ke*の代わりに、(数33),(数34)のような演算を行うと、電流制御演算部の負担を減らすことができ、電流指令値への追従性が良くなることは明らかである。
【0136】
【数33】


また、電流指令値Id*,Iq*と電流検出値Idc,Iqcから、第2の電流指令値Id**,Iq**を作成し、この第2の電流指令値を用いてベクトル制御演算方式にも用いることができる。
【0137】
【数34】


第1から第4の実施例では、電流検出器4で直接検出した交流電流iu〜iwを適用したが、電力変換器2の過電流検出用に取り付けているワンシャント抵抗に流れる直流電流から、iu^〜iw^を再現して適用することもできる。
【0138】
さらに、第1から第4の実施例では、磁石モータ1の位置情報を検出できるエンコーダ,レゾルバ,磁極位置センサなどで検出した位置θdcを使用したが、位置センサレス方式にも適用することはできる。
【0139】
電圧指令値Vdc*,Vqc*と電流検出値Idc,Iqcおよびモータ定数に基づいて、位相指令値とモータ位相値の偏差である位相誤差Δθcを(数35)により演算し、
【0140】
【数35】


この信号Δθcを「ゼロ」にするように、周波数推定値ω´を制御する。
【0141】
このような位置センサレス制御方式にも適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明の永久磁石モータの制御装置は、産業用の一般的な永久磁石モータに適用することが可能である。
【符号の説明】
【0143】
101 磁石モータ
102 電力変換器
103 直流電源
104 電流検出器
105 位置検出器
106 座標変換部
107 電流指令変換部
108 誘起電圧係数設定部
109,113 トルクリプル抑制演算部
110 電流制御演算部
110a 電流制御演算部
111 座標変換部
111a 座標変換部
112 モータトルク推定演算部
d* d軸の電流指令値
q0*,Iq* q軸の電流指令値
dc d軸の電流検出値
qc q軸の電流検出値
ΔIq* q軸の脈動電流指令値
dc* d軸の電圧指令値
qc* q軸の電圧指令値
ed d軸の誘起電圧係数
eq q軸の誘起電圧係数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石モータを駆動する電力変換器と、
該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、
前記永久磁石モータの誘起電圧係数とインダクタンスの情報を用いて正弦波状の重畳信号を演算し、
前記重畳信号を電流指令値に加算して前記電力変換器の出力電圧を制御すること、
前記永久磁石モータの直流トルク成分と脈動トルク成分の値を任意に制御することを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項2】
永久磁石モータを駆動する電力変換器と、
該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、
前記永久磁石モータのd軸およびq軸の誘起電圧係数の脈動成分とd軸およびq軸のインダクタンスおよびd軸およびq軸の電流指令値を用いて、正弦波状の重畳信号を演算し、該重畳信号を前記q軸の電流指令値に加算して前記電力変換器の出力電圧を制御すること、
前記永久磁石モータの直流トルク成分と脈動トルク成分の値を任意に制御すること
を特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項3】
請求項2の永久磁石モータの制御装置において、
前記正弦波状の重畳信号の演算は、回転座標系のd軸あるいはq軸の少なくとも一方の誘起電圧係数の脈動成分と他方軸の電流指令値とd軸の誘起電圧係数の平均値とd軸およびq軸のインダクタンス値とd軸の電流指令値を用いて行うこと
を特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項4】
請求項2の永久磁石モータの制御装置において、
q軸の電流指令値に加算する重畳信号は、
下記の演算式により、任意のnを設定して行うことを特徴とする永久磁石モータの制御装置。

【請求項5】
請求項2から請求項4のうちの1つの請求項の永久磁石モータの制御装置において、
「脈動成分」はモータ位置により変化する信号であることを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項6】
永久磁石モータを駆動する電力変換器と、
該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、
前記永久磁石モータの固定子座標系の誘起電圧係数とインダクタンス値の情報を用いて、正弦波状の重畳信号を演算し、
該重畳信号を固定子座標系の3相の電流指令値に加算して、前記電力変換器の出力電圧を制御すること、
前記永久磁石モータの直流トルク成分と、脈動トルク成分の値を制御すること
を特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項7】
永久磁石モータを駆動する電力変換器と、
該電力変換器の出力を制御する永久磁石モータの制御装置において、
前記永久磁石モータを駆動する前記電力変換器の電圧,電流情報を用いて、永久磁石モータの出力トルクを推定し、上位から与えられるトルク指令値との偏差信号を用いて演算した正弦波状の重畳信号を、q軸の電流指令値に加算し、
前記電力変換器の出力電圧を制御すること、
前記永久磁石モータ直流トルク成分と、脈動トルク成分の値を任意に制御すること
を特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項8】
請求項7の永久磁石モータの制御装置において、
前記永久磁石モータの出力トルク推定方法は、前記電力変換器の有効電力情報から、銅損成分と過渡成分を減算することを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項9】
請求項7の永久磁石モータの制御装置において、
前記永久磁石モータの出力トルク推定は、下記の演算式により行うこと
を特徴とする永久磁石モータの制御装置。

【請求項10】
請求項7の永久磁石モータの制御装置において、
q軸の電流指令値に加算する正弦波状の重畳信号の演算は、
前記永久磁石モータの推定した出力トルクと、上位から与えるトルク指令値とのトルク偏差を演算して、
位置検出値の電気角一周期間のトルク推定値に含まれる1番大きな各周波数成分を用いて、正弦(sin)信号と余弦(cos)信号を作成し、
余弦(cos)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて比例積分演算を行い、その演算値に、再び余弦(cos)信号を乗算した演算結果と、
正弦(sin)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて比例積分演算を行い、再び正弦(sin)信号を乗算した演算結果との、
加算値を2倍した値で、上位から与えられるq軸の電流指令値に加算することを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項11】
請求項7の永久磁石モータの制御装置において、
トルク推定値に含まれる複数個の角周波数成分を設定し、複数個の正弦(sin)信号と余弦(cos)信号を作成し、複数個の余弦(cos)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて、それぞれ比例積分演算を行い、各々の演算値に、再び複数個の余弦(cos)信号を乗算した演算結果と、
複数個の正弦(sin)信号とトルク偏差(あるいはトルク推定値)を用いて、それぞれ比例積分演算を行い、再び複数の正弦(sin)信号を乗算したそれぞれの演算結果との加算値を2倍した値で、上位から与えられるq軸の電流指令値に加算することを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項12】
請求項1の永久磁石モータの制御装置において、
トルクリプルの抑制方法として、請求項2から請求項11のいずれか1つのトルクリプルの抑制方法を用いて行うことを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項13】
請求項1から請求項11のいずれかに記載の永久磁石モータの制御装置を備えた電動パワーステアリング制御装置。
【請求項14】
請求項1から請求項4のうちの1つの請求項、又は請求項6の永久磁石モータの制御装置において、
トルクリプルの脈動周波数は、12次調波成分で、トルクリプルの1/2の大きさの直流トルク分が増加することを特徴とする永久磁石モータの制御装置。
【請求項15】
請求項1から請求項4のうちの1つの請求項、請求項6又は請求項7の永久磁石モータのベクトル制御装置において、
d軸の電流値の大きさを任意に設定することにより、「12次調波成分の脈動トルク成分」と「トルク指令値よりも増加する直流トルク成分」は、下記式のような関係にあることを特徴とする永久磁石モータの制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−211815(P2011−211815A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76564(P2010−76564)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000001340)国産電機株式会社 (191)
【Fターム(参考)】