説明

深穴加工用ドリル

【課題】所定の切りくず排出性能を確保しつつ心厚を大きくして折損強度を向上させるとともに、加工開始当初から安定した穴明け加工を行うことができるようにする。
【解決手段】シンニングを施す際に形成されるギャッシュ34の底部36に0.03D〜0.05Dの範囲内の半径Rの丸みが設けられているため、切りくずがカールし易くなって切りくず排出性能が向上し、心厚W1を0.30D〜0.40Dの範囲内まで大きくすることにより、切りくず詰まりを抑制しつつ折損強度を高くすることができる。また、一対のランドには第2マージン角度αが35°〜45°の範囲内となる位置に第2マージン56が設けられているため、穴明け加工の開始後速やかにその第2のマージン56によるサポート作用が得られるようになってドリル姿勢が安定する。これにより、溝長Lが長い深穴加工用ドリル10においても実用上満足できる工具寿命が得られるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はドリルに係り、特に、溝長がドリル径の10倍以上の深穴加工用ドリルの改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
(a) 所定のねじれ角で外周面に設けられた複数の切りくず排出溝と、(b) その切りくず排出溝が工具先端に開口する部分に設けられた複数のドリル刃と、(c) そのドリル刃のうち軸心Oに近い内端部に研削砥石によりシンニングが施されることによって形成されたシンニング刃と、(d) 前記ドリル刃の外端部から連続して前記切りくず排出溝の開口縁に設けられたマージンと、を有し、(e) 前記切りくず排出溝が設けられた溝長Lがドリル径Dの10倍以上の深穴加工用ドリルが知られている(特許文献1参照)。また、特許文献2には、上記マージンの他に、ランドの周方向の中間位置に第2のマージンを設け、ドリルの姿勢を安定化させる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−122288号公報
【特許文献2】特開2008−194774号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような従来の深穴加工用ドリルにおいて、高速加工等のために折損強度を高める上で心厚を大きくすると、切りくず詰まりが生じ易くなり、却って折損し易くなるなど、必ずしも十分に満足できる耐久性が得られず、未だ改善の余地があった。また、第2のマージンを有する特許文献2に記載の深穴加工用ドリルにおいても、第2のマージンが加工穴に達するまでの加工開始当初のドリル姿勢が不安定で、振動等を生じる可能性があった。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、所定の切りくず排出性能を確保しつつ心厚を大きくして折損強度を向上させるとともに、加工開始当初から安定した穴明け加工を行うことができるようにして、全体としてドリルの耐久性を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するために、第1発明は、(a) 所定のねじれ角で外周面に設けられた複数の切りくず排出溝と、(b) その切りくず排出溝が工具先端に開口する部分に設けられた複数のドリル刃と、(c) そのドリル刃のうち軸心Oに近い内端部に研削砥石によりシンニングが施されることによって形成されたシンニング刃と、(d) 前記ドリル刃の外端部から連続して前記切りくず排出溝の開口縁に設けられたマージンと、を有し、(e) 前記切りくず排出溝が設けられた溝長Lがドリル径Dの10倍以上の深穴加工用ドリルにおいて、(f) 前記シンニングが施されることにより前記シンニング刃の軸心O側の端部に形成されるギャッシュの底部には、0.03D〜0.05Dの範囲内の半径Rの丸みが設けられているとともに、(g) 前記複数の切りくず排出溝の間の複数のランドの周方向の中間位置であって、リーディングエッジから軸心Oまわりの角度αが35°〜45°の範囲内となる位置には、第2のマージンがその切りくず排出溝と平行に設けられており、(h) 工具先端部のウェブ厚さである心厚W1が0.30D〜0.40Dの範囲内であることを特徴とする。
【0007】
第2発明は、第1発明の深穴加工用ドリルにおいて、前記ドリル刃の外端部から、前記研削砥石によってシンニングが施されることにより前記ギャッシュの底部を挟んで前記シンニング刃と反対側に形成される研削面の稜線の外端部までの、軸心Oまわりの角度βが65°以上であることを特徴とする。
【0008】
第3発明は、第1発明または第2発明の深穴加工用ドリルにおいて、前記ギャッシュの底部が軸心Oと直角な方向から軸心O方向へ傾斜する傾斜角度γは55°〜65°の範囲内であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
このような深穴加工用ドリルによれば、シンニングが施されることによって形成されるギャッシュの底部に0.03D〜0.05Dの範囲内の半径Rの丸みが設けられているため、切りくずがカールし易くなって切りくず排出性能が向上し、シンニング面(すくい面)の摩耗が抑制されるとともにスラスト荷重が低減される一方、心厚W1を0.30D〜0.40Dの範囲内まで大きくしても切りくず詰まりを生じることが抑制され、折損強度を高くすることができる。また、複数のランドの周方向の中間位置であってリーディングエッジからの角度αが35°〜45°の範囲内となる位置、すなわちリーディングエッジに比較的近い位置には、第2のマージンが設けられているため、穴明け加工の開始後速やかにその第2のマージンによるサポート作用が得られるようになってドリル姿勢が安定し、振動等が抑制されて優れた加工精度(加工穴の倒れなど)が得られるとともに加工負荷が安定する。このように加工負荷が安定することから、上記のように折損強度が高くなることと相まって耐久性が向上し、溝長Lが長い深穴加工用ドリルにおいても実用上満足できる工具寿命が得られるようになる。
【0010】
第2発明では、ドリル刃の外端部からギャッシュの底部を挟んでシンニング刃と反対側に形成される研削面の稜線の外端部までの角度βが65°以上であるため、それだけギャッシュの開き角が小さくなり、前記半径Rのギャッシュの底部の丸みによって切りくずが適切にカールさせられる。これにより、切りくずが一層良好に排出されるようになってスラスト荷重が低減される。
【0011】
第3発明では、ギャッシュの底部が軸心Oと直角な方向から軸心O方向へ傾斜する傾斜角度γが55°〜65°の範囲内であるため、その傾斜角度γが大き過ぎてドリル自身の強度が低下したり切りくずがカールし難くなったりすることを回避しつつ、その傾斜に沿って切りくずが良好に切りくず排出溝内へ排出される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施例である深穴加工用ドリルを示す図で、(a) は正面図、(b) は切りくず排出溝を直溝で示した縦断面図、(c) は工具先端部分の拡大図、(d) はドリルを先端側から見た先端面図、(e) は(d) の先端面図の軸心O付近の拡大図である。
【図2】図1の深穴加工用ドリルのギャッシュ部分を示す断面図で、研削砥石を用いてシンニングを施す際の加工方法を併せて説明する図である。
【図3】図1の深穴加工用ドリルの性能をCAE解析で評価するためにギャッシュ部分を簡略化した3Dモデルを示す図である。
【図4】ギャッシュ部分の最適チップルーム形状を選定するためにL9列直交配列実験を行う際の因子およびわりつけ表を示す図である。
【図5】図4の各因子について水準毎にスラスト荷重の平均を求めた効果グラフを示す図である。
【図6】図1の深穴加工用ドリルの先端部分を、第2のマージンがランドのヒール部分に設けられた従来のダブルマージンドリルと比較して示した図である。
【図7】加工負荷に関する性能試験を行う際に用いた試験品の仕様および試験条件を説明する図である。
【図8】図7の性能試験で主軸負荷を測定した結果を示す図である。
【図9】加工精度(偏心量)に関する性能試験を説明する図で、(a) は試験品の仕様、(b) は試験条件、(c) は試験結果を示した図である。
【図10】耐久性に関する性能試験を説明する図で、(a) は試験品の仕様、(b) は試験条件、(c) は試験結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の深穴加工用ドリルは、ドリル直径Dが例えば2mm〜12mm程度の小径のドリルに好適に適用されるが、12mmより大径のドリルにも適用され得る。溝長Lは10D以上で、例えば10D、15D、20D、30D等のロングドリルに適用される。
【0014】
ドリルを構成している工具材料としては超硬合金やサーメット、立方晶窒化ほう素(CBN)焼結体等の超硬質工具材料が好適に用いられるが、高速度工具鋼等の他の工具材料を採用することもできる。必要に応じてTiAlNやTiCN、ダイヤモンドなどの硬質皮膜をコーティングすることが望ましい。
【0015】
本発明は、2枚刃のドリルに好適に適用されるが、3枚刃以上のドリルにも適用され得る。また、軸心を縦通したりランドに沿ってねじれたりして先端の逃げ面に開口するオイルホールを設け、穴明け加工時に必要に応じて潤滑油剤や冷却エアーなどを供給できるようにすることが望ましい。
【0016】
本発明は、例えば40HRC或いは35HRC程度以下の比較的低硬度の被削材に対して穴明け加工を行う深穴加工用ドリルに好適に適用され、切りくず排出溝は例えば20°〜40°程度の比較的大きなねじれ角で設けられるが、40HRC以上の高硬度材に対して穴明け加工を行う深穴加工用ドリルに適用したり、ねじれ角が20°以下の切りくず排出溝を設けたりすることもできる。
【0017】
外周面に切りくず排出溝が設けられた溝部の外径は略一定(ドリル径D)であっても良いが、シャンク側へ向かうに従って徐々に小径となる所定のバックテーパを設けたり、先端側の一部分、例えば5D〜10D程度の範囲だけドリル径Dと略同じで、それよりもシャンク側の部分はドリル径Dよりも僅かに小径の段付き形状としたりしても良い。
【0018】
切りくず排出溝の溝底径であるウェブ厚さは、溝部の全長に亘って一定すなわち心厚W1と同じであっても良いが、先端側の一部(例えば3D〜7D程度の範囲)または全域に徐々に小径となるバックテーパを設けたり、逆に徐々に大径となる逆テーパを設けたりすることも可能である。
【0019】
シンニングは、例えば軸心O側の端部に研削砥石を回転させながら切り込み、その状態で研削砥石とドリルとを相対移動させてS字形状等のシンニング刃を形成するように施されるが、逆に軸心Oに接近させる方向へ相対移動させながらシンニング刃を形成することも可能である。何れの場合も、そのシンニングが施された部分の軸心O側の端部には、断面V字形状のギャッシュが形成され、そのギャッシュの底部に0.03D〜0.05Dの範囲内の半径Rの丸みが設けられるようにする。半径Rが0.03Dよりも小さいと、切りくずの流れが悪くなって詰まり易くなる一方、0.05Dよりも大きいと切りくずが適切にカールし難くなる。
【0020】
第2のマージンは、リーディングエッジからの角度αが35°〜45°の範囲内となるように設けられるが、この角度αは、リーディングエッジから第2のマージンの前端、すなわちリーディングエッジ側の角部までの角度である。この角度αが35°より小さいと、ドリル姿勢を安定させる効果が十分に得られない一方、角度αが45°よりも大きくなると、ドリル先端からの離間寸法が大きくなって加工開始当初のドリル姿勢が不安定になる。
【0021】
心厚W1は0.30D〜0.40Dの範囲内で、0.30Dよりも小さいと十分な折損強度が得られない一方、0.40Dよりも大きくなると、切りくずの流れが悪くなって切りくず詰まりが生じ易くなる。
【0022】
ドリル刃の外端部から、ギャッシュの底部を挟んでシンニング刃と反対側に形成される研削面の稜線の外端部までの角度βは、65°よりも小さいとスラスト荷重が大きくなるため、65°以上が望ましい。スラスト荷重が大きくなるのは、角度βが小さくなると、ギャッシュの開き角が大きくなって切りくずがカールし難くなり、切りくずの排出性が悪くなるためと考えられる。角度βの上限は、研削砥石の形状およびシンニング刃の形状によって制限されるが、ギャッシュの開き角が小さくなり過ぎると、切りくずの流れが悪くなるため、例えばβ=75°程度以下が適当である。シンニングを施すための研削砥石は、外周角部が略直角の円筒形状の砥石が好適に用いられるが、必要に応じて外周角部が鋭角とされたカップ形状(円錐形状)の砥石を採用することもできる。
【0023】
ギャッシュの底部が軸心Oと直角な方向から軸心O方向へ傾斜する傾斜角度γは55°〜65°の範囲内が望ましい。傾斜角度γが65°を超えると、ドリル自身の強度が低下するとともに、切りくずがカールし難くなる一方、傾斜角度γが55°より小さいと、切りくず排出溝への切りくずの流れが悪くなる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例である深穴加工用ドリル10を示す図で、(a) は軸心Oと直角な方向から見た正面図、(b) は軸心Oを含む縦断面図、(c) は工具先端部分の拡大図、(d) は先端側から見た先端面図、(e) は(d) の先端面図の軸心O付近の拡大図である。この深穴加工用ドリル10は、超硬質工具材料である超硬合金にて一体に構成されている2枚刃のツイストドリルで、主軸に把持されて回転駆動されるシャンク12と溝部14とを軸方向に同心に備えており、溝部14には一対の切りくず排出溝18が軸心Oに対して対称的に溝部14の全長に亘って設けられているとともに、その切りくず排出溝18が工具先端側に開口する部分にはそれぞれドリル刃16が軸心Oに対して対称的に設けられている。切りくず排出溝18は、切りくずをシャンク12側へ排出するように約30°のねじれ角で右まわりにねじれたねじれ溝であるが、図1の(b) では、切りくず排出溝18の底部によって形成されるウェブ20の厚さ(径寸法)Wを明確に示すため、切りくず排出溝18が軸心Oと平行な直溝で示されている。すなわち、図1の(b) のウェブ20の形状は、切りくず排出溝18の溝底の回転軌跡形状に相当する。切りくず排出溝18が設けられた溝部14の長さ寸法、すなわち溝長Lは、ドリル刃16の直径であるドリル径Dの10倍以上で、本実施例では20倍であり、ドリル径D=8mm、溝長L=160mmである。なお、図1は各部の寸法の比率や角度を正確に図示したものではない。
【0025】
溝部14は、ドリル径Dと略同じ径寸法の先端側の大径部14aと、ドリル径Dよりも僅かに小径の小径部14bとから構成されている。大径部14aの軸方向長さL1は約8Dすなわち64mmで、小径部14b側へ向かうに従って径寸法が僅かに小さくなるようにバックテーパが設けられている一方、小径部14bは、その全長に亘って略一定の径寸法(本実施例では約7.7mm)で設けられている。また、大径部14aのうち、ドリル刃16を含む先端側の所定の範囲には、TiAlN等の硬質皮膜がコーティングされている。
【0026】
前記ウェブ20は、ウェブ厚さWがシャンク12側へ向かうに従って小さくなるバックテーパが設けられたドリル先端側のバックテーパ部20aと、ウェブ厚さWがバックテーパ部20aにおける最小厚さと同じ一定の寸法W2でそのバックテーパ部20aに連続してシャンク12側へ向かって設けられた平行部20bとを備えている。バックテーパ部20aの軸方向長さL2は、ドリル径Dに対して3D〜7Dの範囲内で、本実施例では約5D(=40mm)であり、ドリル先端のウェブ厚さである心厚W1は0.30D〜0.40Dの範囲内で、本実施例では約0.35D(=2.8mm)である。平行部20bのウェブ厚さW2は、0.25D〜0.35Dの範囲内で、本実施例では約0.3D(=2.4mm)である。
【0027】
前記ドリル刃16のうち軸心Oに近い内端部には、シンニングが施されることによりS字形状のシンニング刃30が形成されている。このシンニングは、例えば図2に示すように円筒形状の研削砥石32を軸心まわりに回転駆動して、軸心Oの近傍の所定位置に切り込ませ、その状態で形成すべきシンニング刃30の形状に沿って深穴加工用ドリル10を研削砥石32に対して相対移動させることによって行われ、そのシンニングの開始位置、すなわちシンニング刃30のうち軸心Oに近い側の端部には、断面が略V字形状を成すギャッシュ34が形成される。図2は、そのギャッシュ34の底部36の長手方向(ギャッシュ切込方向)に対して直角な断面で、この底部36にはドリル径Dに対して0.03D〜0.05Dの範囲内の半径R(本実施例ではR=0.04D=0.32mm)の丸みが設けられている。図2のギャッシュ34の一方の壁面38は、シンニング刃30のすくい面として機能するシンニング面で、他方の壁面40は、研削砥石32の外周面42によってドリル刃16の逃げ面(底刃3番面)46の一部が研削加工されたギャッシュ面である。このギャッシュ面40は、請求項2に記載の研削面に相当する。なお、ドリル刃16と逃げ面(底刃3番面)46との間には、逃げ面(底刃2番面)44が設けられている。
【0028】
上記ギャッシュ34に関し、図1の(c) に示すギャッシュ切込角γは55°〜65°の範囲内で、本実施例では約60°である。図1(c) は、図1(d) の状態の深穴加工用ドリル10を左側から見た正面図で、ドリル刃16とシンニング刃30との境界Aと、ドリル刃16の外周側の凸部の頂点Bとを結ぶ直線に対して直角方向から見た図であり、ギャッシュ切込角γは、この図1(c) の状態においてギャッシュ34の底部36が軸心Oと直角な方向から軸心O方向へ傾斜する傾斜角度である。また、ギャッシュ34の底部36は、研削砥石32の外周面42の端部によって研削加工された部分で、厳密にはその研削砥石32の外周形状(本実施例ではφ125×幅14)に対応する円弧形状を成していて傾斜角度も僅かに変化しているが、ギャッシュ切込角γは、その切込開始点すなわちドリル先端側における傾斜角度である。
【0029】
また、図1の(d) に示すシンニング開始角βは65°以上で、本実施例では約70°である。このシンニング開始角βは、ドリル刃16の外端部(図1(d) におけるリーディングエッジ50と同じ)から、前記ギャッシュ面40と逃げ面(底刃3番面)46との間の稜線52の外端部までの、軸心Oまわりの角度である。
【0030】
一方、前記ドリル刃16の外端部に連続する前記切りくず排出溝18の開口縁には、ドリル径Dと略同じ径寸法で第1マージン54が設けられているとともに、一対の切りくず排出溝18の間に位置する一対のランドの周方向の中間位置には、同じくドリル径Dと略同じ径寸法で第2マージン56が切りくず排出溝18と平行に設けられている。これ等の第1マージン54および第2マージン56は、前記溝部14の大径部14aに設けられているとともに、第1マージン54の周方向の前端角部に相当するリーディングエッジ50から第2マージン56の周方向の前端角部までの軸心Oまわりの第2マージン角度αは、35°〜45°の範囲内で、本実施例ではα=40°である。大径部14aのマージン54、56以外の外周面(二番取り面)の径寸法は、約7.8mmで、マージン54、56の高さ寸法は約0.1mmである。第1マージン54は通常のマージンで、第2マージン56は第2のマージンに相当する。
【0031】
上記一対のランドには、それぞれ切りくず排出溝18に沿って螺旋状にねじれたオイルホール24が設けられ、一端はドリル先端の逃げ面(底刃3番面)46に開口しているとともに、他端はシャンク12を縦通して端面に開口しており、穴明け加工時に必要に応じて潤滑油剤や冷却エアーなどを供給できるようになっている。
【0032】
ここで、前記ギャッシュ34の底部36に半径Rの丸みを設けた本実施例の深穴加工用ドリル10に関し、図3に示すようにギャッシュ34部分を簡略化した3Dモデル60を用いてCAE(Computer Aided Engineering)解析を行った。深穴加工用ドリル10は回転切削であるが、直線切削にて近似的に切りくず排出性能の評価を実施したところ、底部36に半径Rの丸み(R=0.32mm)を追加した方が、半径R=0mmの場合に比較して、シンニング面38と切りくずとの接触面積が小さくなる。このことから、シンニング面38の摩耗の抑制が期待できる。
【0033】
また、ギャッシュ34部分の最適チップルーム形状を選定するためにL9列直交配列実験を実施した。図4の(a) は3種類の因子と水準で、(b) はわりつけ表である。そして、スラスト荷重を評価値としてCAE解析を行い、各因子について水準毎にスラスト荷重の平均を求めたところ、図5に示す効果グラフが得られた。この結果から、ギャッシュ切込角γについては60°前後が適当で、ギャッシュ34の底部38の丸み半径Rについては0.3mm(ドリル径Dに対して0.0375D)前後が適当で、シンニング開始角βについては65°以上が適当であることが分かった。
【0034】
上記ギャッシュ切込角γが小さ過ぎるとシンニング刃30によって生成された切りくずの流れが悪くなり、切りくず詰まりによってスラスト荷重が大きくなるものと考えられる。反対にギャッシュ切込角γが大き過ぎると、切りくずがカールできなくなって排出性能が悪くなり、切りくず詰まりによってスラスト荷重が大きくなるものと考えられる。底丸み半径Rが小さ過ぎると、切りくずの流れが悪くなって詰まり易くなり、スラスト荷重が大きくなるものと考えられる。反対に底丸み半径Rが大き過ぎると、切りくずがカールできなくなって排出性能が悪くなり、切りくず詰まりによってスラスト荷重が大きくなるものと考えられる。また、シンニング開始角βが小さいと、ギャッシュ34の開き角θ(図3参照)が大きくなるため、底丸み半径Rが小さくても切りくずがうまくカールできなくなり、切りくずの排出性能が悪くなって切りくず詰まりによりスラスト荷重が大きくなるものと考えられる。
【0035】
図6は、第2マージン角度α=40°の位置に第2マージン56が設けられた本実施例の深穴加工用ドリル10(図6の(a) )と、その深穴加工用ドリル10において第2マージン56の位置のみを変更し、ランドのヒール部分に第2マージン72が設けられた比較品ドリル70(図6の(b) )とについて、ドリル肩部から第2マージン56または72までの後退量H1、H2を比較して示す図である。本実施例の深穴加工用ドリル10の後退量H1は小さく、穴明け加工の開始後、第1マージン54に続いて速やかに第2マージン56が加工穴内に挿入されてサポート作用が得られるようになり、加工開始当初から4点支持により安定した穴明け加工を実現できる。これに対し、比較品ドリル70の後退量H2は比較的大きいため、第2マージン72が加工穴内に挿入されてサポート作用が得られるようになるまでの時間が長く、その間のドリル姿勢が不安定で振動等を生じる可能性がある。なお、上記第2マージン角度αが小さ過ぎると、4点支持によるサポート作用が適切に得られず、ドリル姿勢が不安定になるため、第2マージン角度αは35°〜45°の範囲内が適当である。
【0036】
図7および図8は、図7の(a) の試験工具仕様に示すように心厚W1、ギャッシュ切込角γ、底丸み半径R、第2マージン角度αが異なる3種類の試験品(従来品、比較品、本発明品)を用意し、図7の(b) に示す試験条件で穴明け加工を行って主軸負荷(モータ電圧)を調べた場合で、図8に示す結果が得られた。試験工具の基本諸元(図7(a) 以外の諸元)は、前記実施例の深穴加工用ドリル10と同じで、ドリル径D=8mm、溝長L=160mm(20D)、2枚刃、シンニング開始角β=70°である。また、従来品はシングルマージンで、第2マージン56を備えていない。図7(b) の被削材の欄の「SCM440」は、JISの規定によるクロムモリブデン鋼鋼材である。
【0037】
図8は、49穴目〜70穴目の穴明け加工時の主軸負荷の波形である。本発明品によれば、主軸負荷が約0.7Vで、0.8V程度の従来品や比較品に比べて小さいとともに、1.0Vを超えるような負荷波形の突発的な上昇も見られず、比較的安定していることが分かる。比較品は、ランドの中間位置に第2マージン56が設けられたダブルマージンドリルであるが、第2マージン角度αが25°と小さいため、4点支持によるサポート作用が十分に得られず、シングルマージンの従来品と殆ど差がなかった。
【0038】
図9は、(a) の試験工具仕様に示す2種類の試験品(比較品、本発明品)を用意し、(b) に示す試験条件で穴明け加工を行って加工精度、すなわち貫通穴の両端の開口部の偏心量を調べた場合で、(c) に示す結果が得られた。試験工具の基本諸元(図9(a) 以外の諸元)は、前記実施例の深穴加工用ドリル10と同じで、ドリル径D=8mm、溝長L=160mm(20D)、2枚刃である。また、比較品は、ランドのヒール部分に第2マージンが設けられた通常のダブルマージンドリルである。
【0039】
図9の(c) は、比較品および本発明品を用いてそれぞれ3穴加工した場合に、その3穴の偏心量をそれぞれ調べた結果である。比較品の偏心量は約0.155mmであるのに対し、本発明品は約0.12mmであり、150mmの貫通穴を加工する場合で約0.035mm改善された。
【0040】
図10は、(a) の試験工具仕様に示す4種類の試験品(従来品、比較品1、比較品2、本発明品)を用意し、(b) に示す試験条件で穴明け加工を行って耐久性、すなわち折損までの加工穴数を調べた場合で、(c) に示す結果が得られた。試験工具の基本諸元(図10(a) 以外の諸元)は、前記実施例の深穴加工用ドリル10と同じで、ドリル径D=8mm、溝長L=160mm(20D)、2枚刃、シンニング開始角β=70°である。また、従来品はシングルマージンで、第2マージン56を備えていない。
【0041】
図10の(c) の試験結果から明らかなように、本発明品によれば200穴加工しても折損することなく、更に継続して穴明け加工を行うことが可能であった。これに対し、心厚W1が0.41Dと大きい比較品2は、切りくず詰まりによって10穴で折損した。また、心厚W2が0.28Dと小さい比較品1は、従来品に比較して加工穴数が多くなるものの、本発明品に比べて半分程度の110穴で折損した。この結果から、心厚W1は0.30D〜0.40Dの範囲内が適当と考えられる。
【0042】
このように、本実施例の深穴加工用ドリル10によれば、シンニングが施されることによって形成されるギャッシュ34の底部36に0.03D〜0.05Dの範囲内の半径Rの丸みが設けられているため、シンニング刃30によって生成される切りくずがカールし易くなって切りくず排出性能が向上する。これにより、シンニング面(すくい面)38の摩耗が抑制されるとともにスラスト荷重が低減される一方、心厚W1を0.30D〜0.40Dの範囲内まで大きくしても切りくず詰まりを生じることが抑制され、折損強度が高くなって耐久性が向上する。
【0043】
また、一対のランドの周方向の中間位置であってリーディングエッジ50からの第2マージン角度αが35°〜45°の範囲内となる位置、すなわちリーディングエッジ50に比較的近い位置には、第2マージン56が設けられているため、穴明け加工の開始後速やかにその第2のマージン56によるサポート作用が得られるようになってドリル姿勢が安定し、振動等が抑制されて優れた加工精度(加工穴の倒れなど)が得られるとともに加工負荷が安定する。このように加工負荷が安定することから、上記のように折損強度が高くなることと相まって耐久性が向上し、溝長Lが長い深穴加工用ドリル10においても実用上満足できる工具寿命が得られるようになる。
【0044】
また、本実施例では、ドリル刃16の外端部から、シンニングを施す際に形成される稜線52の外端部までのシンニング開始角βが65°以上であるため、それだけギャッシュ34の開き角θが小さくなり、ギャッシュ34の底部36の半径Rの丸みによって切りくずが適切にカールさせられる。これにより、切りくずが一層良好に排出されるようになってスラスト荷重が低減される。
【0045】
また、本実施例では、ギャッシュ34の底部36が軸心Oと直角な方向から軸心O方向へ傾斜する傾斜角度であるギャッシュ切込角γが55°〜65°の範囲内であるため、そのギャッシュ切込角γが大き過ぎてドリル自身の強度が低下したり切りくずがカールし難くなったりすることを回避しつつ、その傾斜に沿って切りくずが良好に切りくず排出溝18内へ排出される。
【0046】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0047】
10:深穴加工用ドリル 16:ドリル刃 18:切りくず排出溝 30:シンニング刃 32:研削砥石 34:ギャッシュ 36:底部 40:ギャッシュ面(研削面) 50:リーディングエッジ 52:稜線 54:第1マージン(マージン) 56:第2マージン(第2のマージン) D:ドリル径 O:軸心 L:溝長 R:底丸み半径 α:第2マージン角度 β:シンニング開始角 γ:ギャッシュ切込角(傾斜角度) W1:心厚

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のねじれ角で外周面に設けられた複数の切りくず排出溝と、
該切りくず排出溝が工具先端に開口する部分に設けられた複数のドリル刃と、
該ドリル刃のうち軸心Oに近い内端部に研削砥石によりシンニングが施されることによって形成されたシンニング刃と、
前記ドリル刃の外端部から連続して前記切りくず排出溝の開口縁に設けられたマージンと、
を有し、前記切りくず排出溝が設けられた溝長Lがドリル径Dの10倍以上の深穴加工用ドリルにおいて、
前記シンニングが施されることにより前記シンニング刃の軸心O側の端部に形成されるギャッシュの底部には、0.03D〜0.05Dの範囲内の半径Rの丸みが設けられているとともに、
前記複数の切りくず排出溝の間の複数のランドの周方向の中間位置であって、リーディングエッジから軸心Oまわりの角度αが35°〜45°の範囲内となる位置には、第2のマージンが該切りくず排出溝と平行に設けられており、
工具先端部のウェブ厚さである心厚W1が0.30D〜0.40Dの範囲内である
ことを特徴とする深穴加工用ドリル。
【請求項2】
前記ドリル刃の外端部から、前記研削砥石によってシンニングが施されることにより前記ギャッシュの底部を挟んで前記シンニング刃と反対側に形成される研削面の稜線の外端部までの、軸心Oまわりの角度βが65°以上である
ことを特徴とする請求項1に記載の深穴加工用ドリル。
【請求項3】
前記ギャッシュの底部が軸心Oと直角な方向から軸心O方向へ傾斜する傾斜角度γは55°〜65°の範囲内である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の深穴加工用ドリル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−11481(P2012−11481A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−148645(P2010−148645)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】