説明

牛の飼育方法

【課題】肉色を良好なものとすると共にドリップ量を低減させることで、牛の肉質を改善することを課題とする。
【解決手段】牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を、牛の出荷前5日以上30日以下の期間にわたって断続的に給与することを特徴とする牛の飼育方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛の肉質を改善するための牛の飼育方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食肉を得るために飼育される肥育牛は、通常、牧場などで一定期間飼育された後、と畜場へ出荷される。出荷後は、と畜場で食肉処理され、取引の対象である枝肉になる。枝肉の評価は、規定された基準(格付)によって行われる。格付の評価項目としては、脂肪交雑(いわゆる霜降りの度合い)、肉色、肉の締まり、などがある。消費者の間では、特に脂肪交雑が重要視される傾向にあるが、取引業者の間では、脂肪交雑と共に肉色も重要な評価要素となっている。このように考えられるのは、いくら脂肪交雑が良くても肉色が悪ければ、視覚的な要因によって格付が落ちてしまうからである。一般に、肉色は鮮紅色を呈しているものほど旨みがあり良質の肉である、と言われている。逆に、黒ずんで暗い色のものは、不良の肉である、と言われている。
【0003】
ところで、と畜後に好ましい肉色を発現させるためには筋肉中に十分なグリコーゲンが必要とされる。これは、筋肉中のグリコーゲンが不足すると、と畜後の乳酸の生成が不十分となり肉色が悪くなるからである。グリコーゲンが不足するのは、牛の食欲が出荷前に極端に低下する、出荷の際に体力を使い過ぎてグリコーゲンが消耗されてしまう、環境の変化によるストレスでグリコーゲンが消耗されてしまう、などの要因が考えられる。
【0004】
一方、実際に肉を口にする消費者の立場を考えると、上記の格付による評価に加えて、と畜後のドリップ量(肉汁量)も重要な要素となっている。一般に、ドリップ量が少ない肉は良質な肉である、と言われている。つまり、ドリップ量が少ないほど新鮮さが保たれやすく、消費者により良質な肉を供給しやすくなる。
【0005】
【特許文献1】特開平06−169726号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の肉色の悪化を防止する方法としては、ブドウ糖などの体内でグリコーゲンに変換される成分を出荷前に余分に給与しておく方法が考えられる。これにより、と畜前の牛の筋肉中に十分なグリコーゲンが蓄積されるので、肉色は良好なものになりやすい。しかし、このような方法では、ドリップ量の低減という効果がさほど期待できないという問題が指摘されていた。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、肉色を良好なものとすると共にドリップ量を低減させることで、牛の肉質を改善することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果この課題を解決できることを見い出した。その具体的手段は以下の通りである。
(1)牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を、牛の出荷前5日以上30日以下の期間にわたって断続的に給与することを特徴とする牛の飼育方法。
(2)上記(1)に記載の牛の飼育方法であって、
前記飼料は、牛1頭当り、マルトースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料であることを特徴とする牛の飼育方法。
(3)上記(1)または(2)に記載の牛の飼育方法であって、
前記飼料を、牛の出荷前14日以上16日以下の期間にわたって毎日給与することを特徴とする牛の飼育方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、肉色を良好なものとすると共にドリップ量を低減させることで、牛の肉質を改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
まず、本発明で用いられる飼料について説明する。
本発明は、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を用いる。トレハロースは、通常の餌用の飼料にはじめから配合させておいてもよいし、補助的に給与する飼料に混ぜてもよい。一般に、餌用の飼料を配合飼料と言い、補助的に給与する飼料を混合飼料と言う。
【0011】
次に、本発明で用いられる飼料の具体的な配合例について説明する。
例えば、毎日朝夕2回に分けて牛1頭当り、1日合計4kgの配合飼料を給与する場合、飼料の合計4kgの中に100g以上のトレハロースが含有されていればよい。例えば、朝の給与量2kg中にトレハロース50g、夕方の給与量2kg中にトレハロース50g含有させておけば、牛1頭当り、1日合計100gのトレハロースを給与することになる。言い換えれば、トレハロースを含有する飼料として、トレハロースを重量比で2.5%含有する配合飼料(50g/2kg)を1日に2回給与することになる。
【0012】
また、同じく、毎日朝夕2回に分けて牛1頭あたり、1日合計4kgの配合飼料を給与するように設定した場合、朝の給与量2kg中にのみトレハロース100gを含有させておけば、牛1頭当り、1日合計100gのトレハロースを給与することができる。言い換えれば、トレハロースを含有する飼料として、トレハロースを重量比で5%含有する配合飼料(100g/2kg)を1日に1回給与することになる。
以上のように、牛の1日の給与回数を適宜設定すれば、飼料中のトレハロース重量比を決定することが可能である。上記の例から考えると、トレハロースを含有する飼料として、トレハロースを重量比で2.5%以上5%以下含有する配合飼料を適宜調製することが可能である。
【0013】
一方、補助的に給与する混合飼料を用いる場合、例えば、牛1頭当り、朝夕給与する配合飼料にはトレハロースを全く加えないで、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された混合飼料を別途所定の設定時間に給与すればよい。このような場合でも、牛の1日の給与回数を適宜設定すれば、飼料中のトレハロース重量比を決定することが可能である。
【0014】
次に、本発明で用いられる飼料を給与する期間について説明する。
本発明は、前記飼料を牛の出荷前5日以上30日以下の期間にわたって断続的に給与することを特徴としている。このため、牛の筋肉にグリコーゲンが蓄積されやすくなり、と畜後に肉色が良好なものとなる。また、トレハロースを牛に給与することでと畜後の肉は保水性に優れたものになる。これにより、と畜後のドリップ量を低減させることが可能となる。
【0015】
また、牛の出荷前5日以上30日以下の期間としたのは、あまりに長期間トレハロースを給与し続けると栄養バランスが崩れるし、短期間にトレハロースを給与しても牛の筋肉にグリコーゲンが十分に蓄積されないからである。したがって、この期間は、牛の成長具合や重量等を考慮して適宜設定することが可能である。ここで牛の出荷前5日以上30日以下の期間とは、牛をと畜場へ輸送する日(出荷日)から逆算した期間である。例えば、出荷日が平成17年6月17日であれば、出荷前15日の期間は、平成17年6月2日から6月16日の15日の期間ということになる。
【0016】
また、断続的に給与するとは、絶え間なく毎日給与する場合であってもよいし、基本的には毎日給与するが1日程度の切れ間があってもよいという意味である。例えば、牛の出荷前12日の期間に飼料を給与する場合には、出荷1日前と出荷5日前にはトレハロースを全く摂取させずに、これ以外の日に牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を給与するというような方法でもよい、という意味である。
【0017】
本発明に係る飼育方法において、前記飼料は、牛1頭当り、マルトースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料であることが好ましい。なぜなら、トレハロースとマルトースを併用することで、牛の筋肉中にグリコーゲンがより蓄積されやすくなるからである。
例えば、毎日朝夕2回に分けて牛1頭当り、1日合計4kgの配合飼料を給与するように設定した場合、朝の給与量2kg中にトレハロース50gとマルトース50g、夕方の給与量2kg中にトレハロース50gとマルトース50gを含有させておけば、牛1頭当り、1日100gのトレハロースと100gのマルトースを給与することになる。
【0018】
本発明に係る飼育方法において、前記飼料を、牛の出荷前14日以上16日以下の期間にわたって毎日給与することが好ましい。なぜなら、毎日規則的に飼料を給与することで、牛の筋肉中にグリコーゲンが確実に蓄積しやくなるからである。したがって、例えば、牛1頭当り、トレハロースの摂取量とマルトースの摂取量がそれぞれ1日100g以上となるように配合された飼料を15日間毎日給与することが特に好ましい。
【実施例】
【0019】
本発明の具体的な実施例について、以下に説明する。本実施例では、と畜後の枝肉を比較する枝肉比較試験及びと畜後のドリップ量を比較するドリップ量比較試験を実施した。
まず、適正に飼育された肥育牛35頭を準備し、後述の対照区1〜3及び試験区1〜4の7つの飼育場で各5頭ずつ飼育した。なお、準備した肥育牛は、交雑種去勢牛、雑種雌、和牛雌であり、これらの種の牛を各区分に満遍なく配分した。
【0020】
各飼育場では、出荷前15日の期間、毎日、一般的な肉牛用配合飼料(トレハロースまたはマルトースが積極的に配合されていないもの)を牛1頭につき朝夕2kgずつ、合計4kg給与した。そして、この配合飼料を給与した直後に下記区分に記載の混合飼料を給与した(対照区1を除く)。
各飼育場における給与条件及び混合飼料の具体的内容は、以下(1)〜(7)の通りである。
【0021】
(1)対照区1
混合飼料は給与せず、出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料だけを給与した。
(2)対照区2
出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料を給与した直後にトレハロース5gを含有させた混合飼料を給与した。すなわち、この飼育場では、肥育牛は朝夕トレハロース5gずつ摂取することになるので、出荷前15日の期間にわたって毎日、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日10gとなるように配合された飼料を給与したことになる。
(3)対照区3
出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料を給与した直後にトレハロース5g及びマルトース5gを含有させた混合飼料を給与した。すなわち、この飼育場では、肥育牛は朝夕トレハロース及びマルトースを5gずつ摂取することになるので、出荷前15日の期間にわたって毎日、牛1頭当り、トレハロース及びマルトースの摂取量が1日10gとなるように配合された飼料を給与したことになる。
(4)試験区1
出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料を給与した直後にトレハロースを50g含有させた混合飼料を給与した。すなわち、この飼育場では、肥育牛は朝夕トレハロースを50gずつ摂取することになるので、出荷前15日の期間にわたって毎日、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100gとなるように配合された飼料を給与したことになる。
(5)試験区2
出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料を給与した直後にトレハロース500gを含有させた混合飼料を給与した。すなわち、この飼育場では、肥育牛は朝夕トレハロースを500gずつ摂取することになるので、出荷前15日の期間にわたって毎日、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日1000gとなるように配合された飼料を給与したことになる。
(6)試験区3
出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料を給与した直後にトレハロース50g及びマルトース50g含有させた混合飼料を給与した。すなわち、この飼育場では、肥育牛は朝夕トレハロース及びマルトースを50gずつ摂取することになるので、出荷前15日の期間にわたって毎日、牛1頭当り、トレハロース及びマルトースの摂取量が1日100gとなるように配合された飼料を給与したことになる。
(7)試験区4
出荷前15日の期間、毎日、上記肉牛用配合飼料を給与した直後にトレハロース500g及びマルトース500gを含有させた混合飼料を給与した。すなわち、この飼育場では、肥育牛は朝夕トレハロース及びマルトースを500gずつ摂取することになるので、出荷前15日の期間にわたって毎日、牛1頭当り、トレハロース及びマルトースの摂取量が1日1000gとなるように配合された飼料を給与したことになる。
【0022】
[枝肉比較試験]
各飼育場の肥育牛を出荷し、出荷日のうちにと畜して枝肉とした。そして、と畜した日(出荷日と同じ)から3日後に各区分の肉質を社団法人日本食肉格付協会の基準により評価(格付)を行った。具体的には、牛肉色基準(BCS:ビーフ・カラー・スタンダード)、牛脂肪交雑基準(BMS:ビーフ・マーブリング・スタンダード)、及び肉の締まりの各項目から評価を行った。
これらの試験結果を以下の表1に示す。なお、表1の各数値は、各区分における5頭の平均値を示している。
【0023】
【表1】

【0024】
まず、牛肉色基準(BCS)の試験結果について説明する。
牛肉色基準は、評価人の目視により判定され、規定のBCSNo.により格付けを行う。BCSNo.は肉眼で見た肉色とその肉色に対応する1〜7の数値によって判定される。BCSNo.の数値が3〜4であると肉色が良いという評価になる。この中でも特にBCSNo.が3に近い数値であると最も良い肉色であるという評価になる。BCSNo.が3に近い数値では、肉色は鮮紅色を呈している。
今回の試験では、表2に示すように、各試験区は対照区よりも良好な値が得られている。このことから、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を、出荷前15日の期間にわたって毎日給与することで肉色が良好なものになることが確認された。
また、表2に示すように、試験区3(3.6)及び試験区4(3.4)は、試験区1(4.2)及び試験区2(4.0)に比べ良好な値を示している。このことから、肉色をより良いものとするためには、トレハロースとマルトースを併用することが好ましいことが確認された。上記試験区3及び試験区4の肉色は、鮮紅色を呈していた。
【0025】
次に、牛脂肪交雑基準(BMS)の試験結果について説明する。
牛脂肪交雑基準は、評価人の目視により判定され、規定のBMSNo.により格付を行う。BMSNo.は脂肪交雑の状態とその状態に対応する1〜12の数値によって判定される。BMSNo.の数値が高いほどいわゆる霜降りの度合いが多く、良質な肉であることを示す。表1に示すように、試験区2(4.0)及び試験区4(4.6)は、他の区分に比べて霜降りの度合いが多いことが確認された。
【0026】
次に、肉の締まりの試験結果について説明する。
肉の締まりは、評価人の目視により判定され、規定の数値により格付を行う。肉の締まりは、見た目の締まりとその見た目に対応する1〜5の数値によって判定される。この数値が高いほど肉としての締まりが良く保水性(見た目の保水性)が高いことを示す。表1に示すように、肉の締まりについては、各区分において顕著な差は見られなかった。
【0027】
[ドリップ量比較試験]
出荷日にと畜した枝肉の一部(リブロース)を採取し、時間の経過によるドリップ量(g)についての比較試験を行った。この試験では、上記の対照区1、対照区2、試験区1、及び試験区2の枝肉を用いた。詳細には、各区分の枝肉からリブロース約200gを採取し、試験開始日(と畜日、0日目)から数えて2日目と11日目にドリップ量の測定を行った。2日目のドリップ量は、0日目のリブロースの重量から2日目のリブロースの重量を差し引くことによって算出した。11日目のドリップ量は、2日目のリブロースの重量から11日目のリブロースの重量を差し引くことによって算出した。そして、2日目のドリップ量と11日目のドリップ量の合計を各区分について算出した。また、あわせて2日目及び11日目におけるリブロースの重量に対するドリップ量の割合(%)も算出した。
これらの試験結果を以下の表2に示す。なお、表2の各数値は、各区分における5頭の平均値を示している。
【0028】
【表2】

【0029】
表2に示すように、ドリップ量合計では、試験区の値(試験区1は17.31g、試験区2は16.08g)は、対照区の値(対照区1は、20.10g、対照区2は20.13g)を大きく下回った。このことから、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を、牛の出荷前15日の期間にわたって毎日給与することでドリップ量を低減できることが確認された。
また、表2に示すように、2日目ドリップ量割合を見ると対照区(対照区1は3.20、対照区2は3.31)と試験区(試験区1は3.30、試験区2は2.96)にさほど差は見られないが、11日目ドリップ量割合を見ると、対照区(対照区1は9.57、対照区2は9.68)と試験区(試験区1は8.32、試験区2は8.12)に顕著な差が現れている。このことから、牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を、牛の出荷前15日の期間にわたって毎日給与することで肉の食べ頃だと考えられると畜3日後から10日後にかけて肉の保水力が優れたものになることが示唆された。これにより、肉の食べ頃の時期に消費者はおいしい肉を堪能することができる。
【0030】
以上説明した実施例の結果からもわかるように、本発明によれば、肉色を良好なものとすると共にドリップ量を低減させることで、牛の肉質を改善することが可能である点が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛1頭当り、トレハロースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料を、牛の出荷前5日以上30日以下の期間にわたって断続的に給与することを特徴とする牛の飼育方法。
【請求項2】
請求項1に記載された牛の飼育方法であって、
前記飼料は、牛1頭当り、マルトースの摂取量が1日100g以上となるように配合された飼料であることを特徴とする牛の飼育方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された牛の飼育方法であって、
前記飼料を、牛の出荷前14日以上16日以下の期間にわたって毎日給与することを特徴とする牛の飼育方法。