説明

生体標本の作製方法

【課題】脱水後乾燥しても、試料の形態や形状の変化することがなく、試料をより生体に近い状態で観察することが可能な生体標本の作製方法を提供すること。
【解決手段】検体から採取した組織又は細胞をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類を用いて脱水する。従来のアルコールやアセトンと異なり、乾燥後、試料がゆがんだり収縮して形態や形状が変化したりすることがないので、より信頼性の高い病理診断が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の組織又は細胞からなり、病理診断のために顕微鏡観察に用いられる生体標本の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡やレーザ走査顕微鏡等による生体標本の観察は、病理診断において重要な検査方法である。光学顕微鏡観察用の生体標本は、通常、検体からの組織又は細胞の採取、固定、脱水、置換、包埋、薄切り、染色の手順により作製されている。固定は、組織又は細胞を生きている状態の構造と物性とそのまま維持させる目的で行うものであり、固定剤としてホルムアルデヒドやグルタールアルデヒド等を用いる。脱水は、脱水剤としてアルコールやアセトン等を用い組織内の水分を脱水剤で置換する。置換では、包埋に先立って脱水剤に親和性の高い置換剤を用いて組織内を置換する。包埋はパラフィン等の包埋剤を組織内に滲透させた後、包埋剤を硬化させることにより行う。包埋された組織は、ミクロトームにより2〜10μm程度に薄切りされ、得られた薄切片は、スライドガラス上に固定され、必要に応じて包埋剤を除去した後、対比染色される。そして封入剤を用いカバーガラスをかけて封入して生体標本としている。
【0003】
また、病理診断は、生体標本の形態観察のみならず、免疫組織化学染色法やin-situ hybridization法により標的物質を可視化する解析方法によっても行われている(例えば、特許文献1)。免疫組織化学染色法は、組織上の特定の抗原を、その抗原を特異的に認識する抗体によって検出する方法であり、特定の抗原を認識させる抗体を組織と反応させ、反応した抗体の有無から抗原の存在を判断するが、組織と反応させる抗体を蛍光色素で標識し、組織上の抗原の分布を解析する方法である。抗原に対する特異的抗体である一次抗体に蛍光色素を直接結合させて可視化する直接法と、一次抗体に対する抗体である二次抗体を用いて可視化する間接法が含まれる。また、in-situ hybridization法は、目標遺伝子とハイブリダイズするオルゴヌクレオチドプローブやDNAプローブを用いて、組織又は細胞中に目標遺伝子が存在するか否かを判別する方法である。プローブにも蛍光色素を用いている。
【特許文献1】特開2003−130866号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、脱水剤にアルコールやアセトンを用いて試料を脱水すると、乾燥後、試料がゆがんだり収縮して形態や形状が変化したりするため、正確な観察が困難であるという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、脱水後乾燥しても、試料の形態や形状変化が少なく、試料をより生体に近い状態で観察することが可能な生体標本の作製方法を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、本発明の生体標本の製造方法は、検体から採取し固定した組織又は細胞からなる試料をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類を用いて脱水することを特徴とする。
【0007】
本発明においては、上記試料を脱水後、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、包埋剤により包埋して包埋体とし、その包埋体を薄切りして切片とし、その切片を支持基材上に固定し、その切片を染色することにより生体標本を作製することができる。
【0008】
また、本発明においては、蛍光タンパク質が発現した組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、その固定した試料内部を脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、乾燥を行って生体標本を作製することもできる。
【0009】
また、本発明においては、検体から採取された組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、その固定した試料を一次抗体と反応させ、蛍光色素で標識した二次抗体と反応させ、その試料内部を脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、乾燥を行って生体標本を作製することもできる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、検体から採取し固定した組織又は細胞をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類を用いて脱水する。エーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類を用いると従来のアルコールやアセトンを用いた場合と異なり、乾燥後、試料がゆがんだり収縮して形態や形状が変化したりすることがないので、より信頼性の高い病理診断が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の生体標本の作製方法は、従来、顕微鏡観察用に用いられているいずれの作製方法も適用することができ、例えば、検体の薄切片を用いる包埋法や凍結法に適用することができる。
【0012】
本発明が対象とする組織又は細胞には、ヒトを含む哺乳動物から採取した生体試料及び実験動物から採取した生体試料を用いることができる。組織としては、例えば、脳、肺、胃、肝臓、腎臓、膀胱、脾臓、小腸や大腸等の組織、皮膚組織、神経組織、血管組織、筋肉組織そして軟骨組織等を挙げることができる。また、細胞としては、それらの組織を構成する細胞(例えば、脳細胞、肝細胞、上皮細胞、内皮細胞、神経細胞、筋肉細胞、軟骨細胞等)、血球系細胞、体腔液中の細胞等を挙げることができる。
【0013】
本発明では、固定した試料の脱水に、脱水剤としてエーテルアルコール類又はグルシジルエーテル類を用いる。従来は、アセトン、メタノールそしてエタノール等を用いていたが、これらの溶媒を用いると蛍光色素が溶解して観察が困難となったり、乾燥する場合に切片がゆがんだり収縮する問題があった。しかし、エーテルアルコール類又はグルシジルエーテル類を用いることにより、蛍光色素が溶解することもなく、かつ乾燥時に切片が収縮することも防止できる。エーテルアルコール類には、ブトキシプロパノール、ブトキシエタノール、プロポキシプロパノール、プロポキシエタノール、エトキシプロパノール、エトキシエタノール、メトキシプロパノール、メトキシエタノール、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル等を挙げることができる。特に限定されないが、好ましくはメトキシプロパノール又はエトキシプロパノールである。グルシジルエーテル類には、ブチルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、ベンジルグリシジルエーテル、グリシジルアセテート、グリシジルプロピオネート、グリシジル2-エチルヘキサノエート、グリシジルネオデカノエート等を挙げることができるが、ブチルグリシジルエーテル、グリシジルアセテート、グリシジルプロピオネートが好ましい。
【0014】
本発明では、脱水の順序は試料の固定の後であれば特に限定されない。例えば、固定後、脱水した試料を包埋法や凍結法により薄片化した後、あるいは乾燥した後、組織染色、免疫組織化学染色又はin-situ hybridization法に供することができる。あるいは、免疫組織化学染色又はin-situ hybridizationを行った後で、試料の脱水を行うこともできる。組織染色は、PAS染色、ギムザ染色、トルイジンブルー染色等のパラフィン包埋の可能な染色であれば特に限定されない。また、免疫組織化学染色は、免疫抗体法と酵素抗体法のいずれも用いることができる。また、脱水は必要に応じて複数回行うこともできる。
【0015】
また、包埋法に用いる包埋剤には、パラフィン、セロイジン、カーボワックス、ゼラチン、アルブミン、アガロース、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、(メタ)アクリル樹脂等を用いることができる。
【0016】
また、免疫組織化学染色やin-situ hybridizationに用いる蛍光色素は、特定の生体分子と結合させて、あるいは組織や細胞に取り込ませることによって使用する。ここで、蛍光色素が結合する生体分子は、組織や細胞に存在する分子種を意味し、生体の構造を構築するためのもの、エネルギーの生産・変換に関与するもの、そして生体情報をつかさどるものが含まれる。具体的には、核酸、タンパク質、糖類、脂質、ぺプチド類、ヌクレオチド、代謝中間体や代謝酵素系、ホルモン、そして神経伝達物質等が含まれる。
【0017】
蛍光色素は生体分子を標識可能であれば特に限定されない。例を挙げれば、AngioSense、Superhance、Genhance、ProSense、MMPSense、fluorescein誘導体、rohdamine誘導体、Cy-dye、Alexa fluore、Texas red、HiLyte fluore、Oyster、DyLight、NBD-Chloride、DAPI、TOTO、YOYO、POPO、BOBO、SyTOX、PicoGreen、Flogen、ATTO、ACMA、Acridine、ABQなどである。また、本発明者が、特許出願2006−206395号で提案している、生体標本用の蛍光色素を用いることもできる。すなわち、その蛍光色素は、共役系を有し、1種以上のヘテロ原子、セレン原子又はボロン原子を含むアゾール誘導体からなる発色部を有し、そのアゾール誘導体は、以下の一般式(1)、(2)又は(3)のいずれか1種である。
【0018】
【化1】

【0019】
ここで、式中、R1、R2、R3、R4は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アルキルエステル基、リン酸エステル基、硫酸エステル基、ニトリル基、ヒドロキシル基、シアノ基、スルホニル基、芳香族炭化水素基、複素環基などの置換基を有してもよい芳香族炭化水素基又は炭化水素基又は複素環基を示し、Xは置換基を有していてもよい窒素原子又は硫黄原子又は酸素原子又はセレン原子、ボロン原子を示し、R'は芳香環を含んでも良いアルキル基又はアルケニル基等の脂肪族炭化水素基あるいは芳香族炭化水素基、An-は、Cl-、Br-、I-等のハロゲン化物イオン、CF3SO3-、BF4-、PF6-を示す。
【0020】
また、上記のR2とR3に、チオフェン誘導体、フラン誘導体、ピロール誘導体、イミダゾール誘導体、オキサゾール誘導体、チアゾール誘導体、ピラゾール誘導体及びピリジン誘導体からなる群から選択された1種を用いることができる。
【0021】
また、上記のR2とR3に、スルホニル基を有するアリール基を用いることができる。
【0022】
また、本発明に用いる蛍光色素は、生体分子と結合する結合部を有し、その結合部に、カルボン酸基、イソシアネート基、イソチオシアネート基、エポキシ基、ハロゲン化アルキル基、トリアジン基、カルボジイミド基そして活性エステル化したカルボニル基から選択されたいずれか1種の反応性基を用いることができる。
【0023】
本発明者は、上記の蛍光色素を用いて多重標識した生体標本に1種の励起光を照射して同時励起させ、発生した蛍光を、該励起光を吸収する1種のフィルターのみを透過させることにより、複数の蛍光を同時に観察することが可能となることを見出している。これにより、短時間での観察が可能となり、かつ複数の励起光源と複数の蛍光分離のために複数のフィルターを設ける必要がないので、観察に用いる顕微鏡装置をより簡単な構成とすることができ、顕微鏡装置の低コスト化も可能となる。
【0024】
また、本発明によれば、上記の蛍光色素を用いると、蛍光色素の褪色や脱色がないという効果を有する。従来のアルコールやアセトンで脱水した場合、上記の蛍光色素を用いても褪色や脱色を抑制することは困難であった。
【0025】
また、生体標本に用いる支持基材には、ガラス製支持基材、樹脂製支持基材、半導体製支持基材、そして金属製支持基材を用いることができる。ガラス製支持基材には、スライドガラスを用いることができる、また、樹脂製支持基材には、透明又は半透明な樹脂を用いることができ、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート等からなる支持体を挙げることができる。また、半導体製支持基材には、シリコンウェハー、金属製支持基材には、銅、金、ニッケル、モリブデン等からなるグリッドメッシュを挙げることができる。光学顕微鏡観察には、ガラス製支持基材又は樹脂製支持基材を用いることができるが、スライドガラスが好ましい。また、電子顕微鏡観察には、樹脂製支持基材半導体製支持基材、そして金属製支持基材のいずれも用いることができる。
【0026】
以下、本発明の作製方法をより具体的に説明する。本発明の一の作製方法は、検体から採取した組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、固定した試料内部をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類からなる脱水剤により脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、包埋剤により包埋して包埋体とし、その包埋体を薄切りして切片とし、その切片を支持基材上に固定し、その切片を染色することにより生体標本を作製する。なお、置換剤による置換は省略することもできる。
【0027】
包埋剤にパラフィンを用いる場合、例えば、以下の方法により生体標本を作製することができる。
検体からの採取は、固定液の滲透を良くするために、薄くかつ小さく、例えば、厚さ1mm、大きさ1mm3程度に細切りして行う。固定は、組織や細胞を生体に近い状態に保存するために行うもので、ホルムアルデヒドやグルタールアルデヒド等の還元剤を用いて行う。次に、組織中の水分を除くために脱水剤を用いて脱水する。次に、パラフィンで包埋するに先立って、パラフィンと脱水剤との親和性を有する置換剤、例えばキシレンを用い、組織内を置換する。次に、パラフィンを組織内に滲透させて固めてパラフィン包埋体を作製する。そのパラフィン包埋体をミクロトームにより薄切りして厚さ2〜10μm程度の切片とする。その切片をスライドガラス上に載せ、温水に浸け切片のしわをとって支持基材上に固定する。次に、脱パラフィン処理を行って、切片からパラフィンを除去する。次に、蛍光色素を用いて切片を標識する。さらに、マイアーヘマトキシリン液等を用い対比染色を行う。その後、脱水剤による脱水、キシレン等による透徹を行い、非水溶性封入剤を滴下しカバーガラスを載せて封入し、顕微鏡観察に供する。この生体標本は、顕微鏡観察後は、凍結保存する。
【0028】
包埋剤に樹脂を用いる場合、パラフィンに代えて樹脂を用いる以外は、上記の作製方法と同様にして行うことができる。なお、レーザ走査顕微鏡や共焦点レーザ顕微鏡を用いて立体観察を行う場合には、包埋樹脂を除去しない状態の生体標本を用いることもできる。この場合、生体標本の別の態様として、蛍光色素により標識された組織又は細胞が包埋剤により包埋されてなる薄切片がスライドガラスからなる支持基材上に固定された状態で、封入剤とともに封入部材であるカバーガラスにより封入された生体標本を用いることができる。
【0029】
また、凍結法は、例えば、以下の方法により作製することができる。すなわち、必要に応じて水溶性封入剤であるOCTコンパウンドを用いて組織を凍結させ、クライオスタットで薄切りして切片を得る。ついでスライドガラスに融解付着させて乾燥させる。次いで、蛍光色素で標識する。さらに、対比染色を行った後、脱水、キシレン等による透徹を行い、非水溶性封入剤を滴下しカバーガラスを載せて封入し、顕微鏡観察に供する。
【0030】
また、本発明の別の作製方法として、検体から採取され蛍光タンパク質が発現した組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、その固定した試料内部をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類からなる脱水剤により脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、乾燥を行って生体標本を作製する。なお、置換剤による置換は省略することもできる。乾燥は標本作製に使用される方法であれば特に限定されないが、臨界点乾燥法を用いることが好ましい。
【0031】
例えば、蛍光タンパク質が発現した細胞としてGFP陽性細胞を含む組織を用いる場合には、以下の手順で生体標本を作製することができる。
試料を試料籠に入れた状態で、2%パラフォルムアルデヒド+0.1%グルタールアルデヒド+0.02%サポニンによる灌流固定を行う。その後、試料をナイフで分割する、あるいは凍結割断する。次いで、脱水剤濃度を段階的に高くして脱水を行う。例えば、30-50-75-85-95-100%を各8分行う。次いで、臨界点乾燥を行って生体標本とする。
この生体標本の観察は、オスミウムプラズマコーターにてオスミウムコーティングを行い、実体蛍光顕微鏡やハイブリッドSEMを用いて観察することができる。
【0032】
また、本発明の別の作製方法として、免疫組織染色用の作製方法を挙げることができる。すなわち、検体から採取された組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、その固定した試料を一次抗体と反応させ、その後蛍光色素で標識した二次抗体と反応させ、その試料内部をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類からなる脱水剤により脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、乾燥を行って生体標本を作製する。なお、置換剤による置換は省略することもできる。乾燥は標本作製に使用される方法であれば特に限定されないが、臨界点乾燥法を用いることが好ましい。
【0033】
例えば、以下の手順で生体標本を作製することができる。
試料を試料籠に入れた状態で、2%パラフォルムアルデヒド+0.1%グルタールアルデヒドによる灌流固定を行う。試料をナイフで分割する、あるいは凍結割断する。試料を十分に洗浄する。例えば、PBSで液交換しながら3日間ほどかけて余分の固定剤を除去する。次いで、一次抗体と反応させる。例えば、4℃で1日反応させる。次いで、試料を洗浄する。例えば、PBSによる液交換、15-30分程度を3回程度行う。次いで、蛍光色素で標識した二次抗体と反応させる。例えば、4℃で2〜3日行う。次いで、試料を洗浄する。次いで、脱水剤濃度を段階的に高くして脱水を行う。例えば、30-50-75-85-95-100%を各8分行う。次いで、臨界点乾燥を行って生体標本とする。
この生体標本の観察は、オスミウムプラズマコーターにてオスミウムコーティングを行い、実体蛍光顕微鏡やハイブリッドSEMを用いて観察することができる。
【0034】
さらに、本発明を用いて作製した生体標本は、従来の生体標本にはない新たな効果を有する。すなわち、従来、蛍光観察を行うと生体標本自身からの蛍光(自発蛍光)が観測されるため、蛍光色素の蛍光が不明確となり、あるいは確認できないという問題があった。それに対し、本発明によれば、自発蛍光を消失させ、蛍光色素のみからの蛍光を明確に確認することができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例により限定されるものではない。
合成例1.
(1, 2, 5,-オキサジアゾロ-[3, 4-c]ピリジンの活性エステル体の合成)
以下、合成スキームを示す。

【化2】

スキーム1.
【0036】
(合成手順)
(1)ジケトン誘導体(2)の合成
500mL三口フラスコに4-メトキシアセトフェノン(1)37.5 g (0.25 mol)、亜硝酸ナトリウム0.15 gを酢酸100 mLに溶解した。水浴中、HNO3 100 mLを酢酸100 mLに溶解したものを2時間かけて滴下した。その後、室温で2日間撹拌した。反応混合物を500mLの水にゆっくりと入れ、沈殿を生成させた。沈殿物は濾過し、クロロホルムに溶解した。クロロホルム相を飽和重曹水で洗浄し、10% NaCl 水溶液で2回洗浄した。MgSO4で脱水した後、減圧下、クロロホルムを留去し、オキサジアゾール-N-オキサイド(2)を34.5 g (収率78%)で得た。
【0037】
(2)ジケトン誘導体(3)の合成
500mL三口フラスコにオキサジアゾール-N-オキサイド(2)17.7 g (0.05 mol)をアセトニトリル400 mLに溶解した。それにZn 12.0 g、AcOH 7 mL、Ac2O 20mLを添加した。水浴中で反応温度が30℃を超えないように冷却した。12時間撹拌して反応終点とした。反応混合物を濾過し、不溶分を除去した。アセトニトリルを減圧下留去して残渣を得た。残渣をクロロホルムで再結晶し、オキサジアゾール-N-オキサイド(3)を10.2 g (収率60%)で得た。
【0038】
(3)オキサジアゾロピリジンエチルエステル(4)の合成
500mL三口フラスコでオキサジアゾール-N-オキサイド(3)15.6 g (0.046 mol)をブタノール300 mLに溶解した。そこへグリシンエチルエステル塩酸塩 32.0 g (0.23 mol)を添加した。24時間加熱還流を行った。ブタノールを減圧下留去し、残渣を得た。残渣を200mLのクロロホルムに溶解し、10% HCl、飽和NaHCO3、10%NaClで洗浄した。MgSO4で乾燥し、溶媒を留去した。得られた残渣をクロロホルムで再結晶し、オキサジアゾロピリジンエチルエステル(4)を13.0 g (収率 70%)で得た。
【0039】
(4)オキサジアゾロピリジンエチルエステル(4)の加水分解
500mL三口フラスコでオキサジアゾロピリジンエチルエステル(4)3.0 g (0.007 mol)を200 mLのエタノールに溶解した。そこへKOH 0.62 g (0.01 mol)を添加した。5時間加熱環流を行った後、反応混合物を200 mLの水へ添加した。この水溶液に濃塩酸を滴下してpH 1に調整したところ沈殿が生じた。沈殿物を濾過し、クロロホルムに溶解した。クロロホルム相を10% NaHCO3水溶液、水で洗浄した。クロロホルムを留去して残渣を得た。残渣を水-エタノール (1:1)で再結晶し、2.1 g (収率 81%)のオキサジアゾロピリジンカルボン酸(5)を得た。
【0040】
(5)活性エステル体(6)の合成
50 mL 三口フラスコでオキサジアゾロピリジンカルボン酸(5)1.0 g (0.0026 mol)とN-ヒドロキシスクシンイミド0.30 g (0.0026 mol)をDMF 20mLに溶解した。これにN, N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド 0.54 g (0.0026 mol)を30分かけて滴下した。滴下後、室温で30時間撹拌した。減圧下、DMFを留去した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム)で単離精製し、オキサジアゾロピリジン活性エステル体(6)を0.76 g (収率62%)得た。
【0041】
実施例1.
(GFPを発現させた標本の検討)
試料には、GFP陽性幹細胞を移植したマウスの腎臓を用いた。すなわち、全身が緑色に光る岡部マウスの骨髄から幹細胞を取り出し、RI照射によって自らの骨髄細胞が機能しなくなったマウスに移植した。移植されたマウスでは、GFP陽性の骨髄細胞が全身で分化し、各臓器でGFPを持った細胞が発現した。マウスには、予めローダミン−デキストランを投与した。
【0042】
摘出した腎臓を試料籠に入れた状態で、2%パラフォルム+3.75%アクロレインによる灌流固定、4%パラフォルムによる後固定、phosphate buffered saline(PBS)による洗浄、そしてエトキシプロパノールによる脱水を行った。次いで、試料籠に入れた状態で、試料を直接臨界点乾燥装置(CPD)により乾燥した。その試料をオスミウムプラズマコーターにより厚さ3nm程度のオスミウムコーティングを行った。
【0043】
作製した生体標本に紫外線の励起光を照射し、蛍光実体顕微鏡下(オリンパス社製)で観察した。
【0044】
比較例1.
脱水剤にアセトンを用い、アセトンによる脱水後、酢酸イソアミルによる段階的な置換(50-100%を各1分)を行った以外は、実施例1と同様の方法により生体標本を作製した。
【0045】
実施例2.
(免疫組織化学染色した標本の検討)
免疫組織化学染色法で作製され、スライドガラスに封入された嗅球切片のプレパラートを試料に用いた。一次抗体には、1系統にnestin・OMPを用い、2系統目には、GFAPを用いた。染色用二次抗体には、nestin-TexasRed、OMP-FITC(フルオレセインイソチアシネート)、そしてGFAP-TexasRedを用いた。プレパラートのカバーガラスを外し、ガラス切りで切片を切り出した。PBSによる洗浄、そしてエトキシプロパノールによる脱水を行った。次いで、試料籠に入れた状態で、試料を直接CPDにより乾燥した。その試料をオスミウムプラズマコーターにより厚さ3nm程度のオスミウムコーティングを行った。
【0046】
作製した生体標本に紫外線の励起光を照射し、蛍光顕微鏡下(オリンパス製)で観察した。
【0047】
比較例2.
脱水剤にアセトンを用い、アセトンによる脱水後、酢酸イソアミルによる段階的な置換(50-100%を各1分)を行った以外は、実施例2と同様の方法により生体標本を作製した。
【0048】
(結果)
図1の(a)と(c)に実施例1の結果、図1の(b)と(d)に比較例1の結果を示す。(c) と(d) は、それぞれ(a) と(b)を拡大したものである。(b)と(d)に示すように、脱水剤にアセトンを用いた場合、乾燥すると切片は収縮し、画像も暗いものであった。暗い画像は蛍光色素のローダミンの溶出によるものである。これに対し、エトキプロパノールを用いると、(a)と(c)に示すように試料は乾燥によっても収縮することはなかった。また、蛍光色素による高輝度の蛍光が認められた。
【0049】
図2の(a)、 (b)に実施例2の結果、(c)に比較例2の結果を示す。(a)、 (b)は嗅球切片の部位を変えて観察した画像である。実施例2では、乾燥後も、切片は収縮せず、封入されたままの状態と同様の画像の観察が可能であった。一方、脱水剤にアセトンを用いた比較例2の場合、脱水、乾燥により切片が収縮し、蛍光は観測されなかった。アセトンに蛍光色素が溶解して流出したと考えられる。
【0050】
実施例3.
(多重標識標本観察の検討)
GFP抗体を活性エステル体(6)(オレンジ)およびその誘導体2種(グリーン及びイエロー)を用いて標識し、3種を混合し切片を浸して標識した。蛍光色素に、活性エステル体(6)(オレンジ)と、その誘導体2種(グリーン及びイエロー)を用い、それぞれDMSO溶液を調製した。用いた3種の蛍光色素は、グリーンは励起波長が383nmで蛍光波長が520nm、イエローは励起波長が415nmで蛍光波長が535nm、オレンジは励起波長が460nmで蛍光波長が594nmである。
【0051】
(結果)
図3はその結果を示す蛍光電子顕微鏡写真である。(a)は、蛍光電子顕微鏡による観察画像、(b)は通常の電子顕微鏡画像、(c)は蛍光観察による画像である。これにより、1種の励起波長(473nm)を用い、かつ検出側に1種のフィルター(515nm)を用いることにより、3種の蛍光を同時観察することができた。標本を多重標識した場合であっても、1種の励起波長を用い、かつ検出側に1種のフィルターを用いることにより、3種の蛍光を同時観察することができると可能と考えられる。また、1週間冷蔵保存しても、蛍光の褪色や脱色は認められなかった。
なお、比較のため、脱水剤にアセトンを用いて生体標本を作製したが、脱水、乾燥により切片が収縮した。また、1週間冷蔵保存後、蛍光の褪色が認められた。
【0052】
実施例4.
(蛍光顕微鏡による薄切片の観察)
マウスに蛍光色素として活性エステル体(6)を溶解したDMSO溶液0.5 mLを筋肉注射し、3日間放置後、灌流固定前にそのDMSO溶液0.9 mLを血管より注入した。その後、摘出したリンパ節をグルタール+パラフォルム灌流固定し、エトキシプロパノールで脱水し、減圧乾燥し、テクノビット包埋し、ミクロトームにより薄切りして切片を得た。その切片をスライドガラスに固定後、封入剤を用いカバーガラスで封入して生体標本を得た。なお、脱水、乾燥後に切片の収縮は認められなかった。
【0053】
(結果)
作製した生体標本に紫外線の励起光を照射し、蛍光顕微鏡下(オリンパス製)で観察した。さらに、この生体標本を1週間冷蔵保存した後、再度蛍光実体顕微鏡下で観察した。図4に、標本作製直後の観察像を示す。矢印で示した、蛍光色素を取り込んだマクロファージが集積された部分からは蛍光色素による高輝度のオレンジの蛍光が認められた。1週間冷蔵保存した後も、蛍光色素による高輝度のオレンジの蛍光が認められた。また、比較のため脱水剤にアセトンを用いて切片を作製したが、脱水、乾燥により切片が収縮した。また、1週間冷蔵保存した後、蛍光の褪色が認められた。
【0054】
実施例5.
(自発蛍光抑制の検討)
4%パラフォルムによる後固定を行ったビオチン標識抗マウス抗体(1: 400; Jackson Lab)を、 PBSTBF(室温, 90分)と0.1M PBで洗浄(5分X3回)した。活性エステル体(6)で標識したstreptavidinを、10m M HEPES, 0.15M NaCl (pH7.3)中に室温で90分保持した。その後、エトキシプロパノールを用いて脱水を行った。次いで、試料籠に入れた状態で、試料をCPDにより乾燥した。その試料をオスミウムプラズマコーターにより厚さ3nm程度のオスミウムコーティングを行った。一方、比較のため、グリセリン:PBS(3:1)で封入した生体標本も作製した。
【0055】
(結果)
図5の(a)にグリセリン:PBSで封入した生体標本の結果、(b)エトキシプロパノールを用いて脱水した生体標本の結果を示す。(a)では自発蛍光が観測されたが、エトキシプロパノールを用いて脱水した(b)では自発蛍光が消失し、染色されたアストロサイトのみが蛍光観察できた。
【0056】
以上、説明したように、本発明によれば、脱水剤にエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類を用いることにより、生体標本の変形・収縮を抑制し、さらに蛍光色素を用いる場合には蛍光色素の流出を防止することができるので、信頼性の高い病理診断が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施例1及び比較例1におけるマウスの腎臓の蛍光実体顕微鏡写真である。(a)と(c)は実施例1の結果、(b)と(d)は比較例1の結果を示す。
【図2】実施例2と比較例2における嗅球切片の蛍光顕微鏡写真である。(a)および (b)は嗅球切片の部位を変えて観察した実施例2の結果で、(c)は脱水剤にアセトンを使用した比較例2の結果である。
【図3】実施例3における多重染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(a)は、蛍光電子顕微鏡による観察画像、(b)は通常の電子顕微鏡画像、(c)は蛍光観察による画像である。
【図4】実施例4におけるマウスリンパ節の蛍光顕微鏡写真である。
【図5】実施例5におけるラット脊髄のアストロサイトの蛍光顕微鏡画像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体から採取し固定した組織又は細胞からなる試料をエーテルアルコール類又はグリシジルエーテル類からなる脱水剤を用いて脱水する生体標本の作製方法。
【請求項2】
上記試料を脱水後、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、包埋剤により包埋して包埋体とし、その包埋体を薄切りして切片とし、その切片を支持基材上に固定し、その切片を染色することにより生体標本を作製する請求項1記載の作製方法。
【請求項3】
蛍光タンパク質が発現した組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、その固定した試料内部を脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、乾燥を行って生体標本を作製する、請求項1記載の作製方法。
【請求項4】
検体から採取された組織又は細胞からなる試料を固定剤を用いて固定し、その固定した試料を一次抗体と反応させ、蛍光色素で標識した二次抗体と反応させ、その試料内部を脱水し、置換剤を用いて試料内部の脱水剤を置換し、乾燥を行って生体標本を作製する、請求項1記載の作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−286694(P2008−286694A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−133009(P2007−133009)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(503474098)
【Fターム(参考)】