説明

磁気エンコーダおよびそれを備えた車輪用軸受装置

【課題】 製作が容易でコンパクトに構成できる磁気エンコーダおよびそれを備えた車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】 この磁気エンコーダ9は、円周方向に交互に磁極N,Sを形成した環状の多極磁石10と、この多極磁石10を支持する環状の芯金11とを有する。芯金11は、円筒状部11aおよびこの円筒状部11aの一端から径方向に延びる立板部11bを有する形状である。多極磁石10は、芯金11の前記立板部11bにおける前記円筒状部11aの突出側の面に沿って位置させる。多極磁石10は、芯金11のない単体の状態で着磁を行うことにより全周が着磁されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車輪用軸受装置の回転検出、例えばアンチロックブレーキシステムに用いられる磁気エンコーダ、およびそれを備えた車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば自動車のアンチロックブレーキシステムにおける車輪回転検出のための磁気エンコーダとして、図10(A),(B)に示すように、環状のスリンガ21で多極磁石20を支持したものが知られている。このような構成の磁気エンコーダ19の一例として、磁性体粉の混入された弾性部材を多極磁石の素材として用いたものが提案されている(特許文献1)。この場合、前記弾性部材をスリンガ21に加硫接着した後で、その弾性部材に周方向に向けて交互に磁極を着磁することにより多極磁石20が形成される。
【0003】
また、別の例として、磁性体粉の混合された混合粉を焼結させてなる焼結体を多極磁石の素材として用いたものも提案されている(特許文献2)。この場合、前記焼結体をスリンガに加締めなどで固定した後で、その焼結体に磁極を着磁することにより多極磁石が形成される。
これらの従来例における前記弾性部材や焼結体への着磁方法としては、一発着磁法とインデックス着磁法が用いられる。また、これらの従来例における前記磁性体粉としては、フェライト粉やサマリウム系磁性粉・ネオジウム系磁性粉の混合粉が用いられる。
【特許文献1】特許2816783号公報
【特許文献2】特開2004−084925号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図10のような磁気エンコーダ19において、一発着磁により着磁して多極磁石20を形成する場合、図11に示すように、スリンガ21に加硫接着された多極磁石素材(弾性部材)20Aを、リング状の着磁ヨーク12の表面に周方向に並べて分散形成された着磁面14に重ねた状態で行う。このとき、各着磁面14を囲むように巻き付けられたコイルに電流を流すことによって磁界を発生させる。これにより、多極磁石素材20Aが着磁されて図10(A)のような多極磁石20が形成される。
【0005】
この場合、スリンガ21は、円筒状部21aと、この円筒状部21aの一端から径方向に延びる立板部21bを有する形状とされ、立板部21bにおける円筒状部21aの突出側とは反対側の面に沿って多極磁石素材20Aを位置させた構成であるため、上記した一発着磁においてスリンガ21の円筒状部21aが妨げになることはない。しかし、このような構成の磁気エンコーダ19では、円筒状部21aの幅寸法に多極磁石20の幅寸法分を加えたものが全体の幅寸法となるので、幅寸法が長くなるという問題点が有る。
【0006】
この問題点を解決するために、例えば図10(B)に鎖線で示すように、円筒状部21aaを逆向きとした場合、つまり立板部21bにおける円筒状部21aaの突出側の面に沿って多極磁石20を位置させた場合には、磁気エンコーダ19の幅寸法を多極磁石20の幅寸法分だけ短くできる。しかし、この場合には、図11に示すように、一発着磁においてスリンガ21の円筒状部21aaが妨げとなって、着磁ヨーク12の着磁面14に多極磁石素材20Aが接触せず着磁を行えない。また、円筒状部21aaの位置を着磁ヨーク12の内径端外まで逃がすことで、着磁面14に多極磁石素材20Aを接触させようとすると、多極磁石素材20Aの一部が着磁面14から外れてしまう。これを回避するため多極磁石素材20Aの長さを短くして多極磁石素材20Aの全体が着磁面14内に収まるようにすると、必要位置で所定の磁気特性を得られない恐れがある。
【0007】
これらの課題を克服するために、インデックス着磁によって多極磁石素材20Aを着磁することも可能である。この場合には、スリンガ21の形状に左右されることなく、多極磁石素材20Aを着磁できる。しかし、インデックス着磁の場合は、磁性体の種類によって以下のような不具合が発生する恐れがある。
(1)磁性体としてフェライトを用いた場合、着磁は可能であるが、磁束密度を向上させるために多極磁石20の肉厚を増やす必要があり、設置部周辺のスペースによっては設置が困難になる場合がある。
(2)磁性体としてサマリウム・ネオジウム等の希土類系金属を用いた場合、希土類系金属は保磁力が高いという性質を持っていることから、磁化させるのに非常に強い磁界を発生させる必要があるが、インデックス着磁では必要量の磁界を発生させることは不可能であり、着磁を行うことができない。
【0008】
この発明の目的は、製作が容易でコンパクトに構成できる磁気エンコーダおよびそれを備えた車輪用軸受装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の磁気エンコーダは、円周方向に交互に磁極を形成した環状の多極磁石と、この多極磁石を支持する環状の芯金とを有する磁気エンコーダにおいて、前記芯金が、円筒状部およびこの円筒状部の一端から径方向に延びる立板部を有する形状であり、前記多極磁石は前記芯金の前記立板部における前記円筒状部の突出側の面に沿って位置させたものである。
この構成によると、芯金円筒状部の幅寸法範囲内に多極磁石の幅寸法部分が重なることとなって全体の幅寸法が短くなり、磁気エンコーダをコンパクトに製作できる。
【0010】
この発明において、前記多極磁石は、前記芯金のない単体の状態で着磁を行うことにより全周が着磁されたものであっても良い。この構成の場合、芯金の形状に左右されることなく、一発着磁により多極磁石を形成できるので、磁気エンコーダを容易に製作できる。
【0011】
この発明において、前記多極磁石は、全周を同時に着磁する一発着磁により着磁されたものであっても良い。この構成の場合、インデックス着磁によらないので、フェライト,サマリウム系,ネオジウム系など、どのような種類の磁性体を含んだ多極磁石素材でも着磁が可能であり、磁気エンコーダの設計の自由度が高い。
【0012】
この発明の車輪用軸受装置は、前記発明の磁気エンコーダを備えたものである。
この構成による車輪用軸受装置では、磁気エンコーダが幅寸法の短いコンパクトな構成ものとなるため、磁気エンコーダの取付のために軸受の軸方向長さを長くすることが不要となる。
【0013】
この発明の他の車輪用軸受装置は、複列の転走面を内周面に形成した外方部材と、この外方部材の転走面と対向する転走面を形成した内方部材と、これら内外の部材の各列の転走面間に介在させた複列の転動体とを備え、車体に対して車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置であって、前記内方部材のインボード側の端部の外周に、この発明の上記いずれかの構成の磁気エンコーダを取付けたものである。磁気エンコーダは、前記多極磁石がインボード側に向くように、前記芯金の前記円筒状部で嵌合させる。
この構成によると、磁気エンコーダは、幅寸法がコンパクトながら、内方部材の外周に嵌合させる円筒状部の幅寸法は短くならないので、十分な取付け強度を確保できる。このため、磁気エンコーダの嵌合幅を確保しながら、内方部材の軸方向寸方を短く設計でき、車輪用軸受装置の軽量化を図ることも可能となる。
また、多極磁石がインボード側に向くように内方部材に磁気エンコーダを固定することで、内外の部材間の端部環状空間におけるインボード側の軸方向長さを長くすることなく、多極磁石を上記端部環状空間の中央寄りに配置することができるので、この多極磁石に対面する磁気センサを上記端部環状空間内に進入するように配置し、回転検出装置をコンパクトに構成することができる。
【発明の効果】
【0014】
この発明の磁気エンコーダは、円周方向に交互に磁極を形成した環状の多極磁石と、この多極磁石を支持する環状の芯金とを有する磁気エンコーダにおいて、前記芯金が、円筒状部およびこの円筒状部の一端から径方向に延びる立板部を有する形状であり、多極磁石は芯金の前記立板部における前記円筒状部の突出側の面に沿って位置させたため、製作が容易で、幅寸法をコンパクトに構成できる。
この発明の車輪用軸受装置は、上記発明の上記エンコーダを備えたため、軸方向長さを長くすることなく磁気エンコーダをコンパクトに取付けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
この発明の一実施形態を図1ないし図9と共に説明する。図1は、この実施形態の磁気エンコーダ9を備えた車輪用軸受装置の一例を示す断面図である。なお、この明細書において、車両に取付けた状態で車両の車幅方向外側寄りとなる側をアウトボード側と言い、車両の中央寄りとなる側をインボード側と呼ぶ。図1では、左側がアウトボード側、右側がインボード側となる。
この車輪用軸受装置は、内方部材1および外方部材2と、これら内外の部材1,2間に収容される複数の転動体3と、内外の部材1,2間の端部環状空間におけるアウトボード側端を密閉するシール装置8と、インボード側端に配置される磁気エンコーダ9とを備える。内方部材1および外方部材2は、転動体3の転走面1a,2aを有しており、各転走面1a,2aは溝状に形成されている。転動体3は、ボールまたはころからなり、この例ではボールが用いられている。転動体3は各列毎に保持器6で保持されている。
【0016】
この車輪用軸受装置は、複列の転がり軸受、詳しくは複列のアンギュラ玉軸受とされていて、その内方部材1は、ハブ輪4とその軸部外周に嵌合する内輪5とでなり、各転動体列の転走面1a,1aがハブ輪4および内輪5の各外周にそれぞれ形成されている。
【0017】
ハブ輪4には、駆動輪用の場合、図示しない等速ジョイントの一端が連結され、ハブ輪4のフランジ部4aに車輪(図示せず)がボルト7で取付けられる。等速ジョイントは、その他端が駆動軸に連結される。外方部材2は、その外周のフランジ部2bを介して懸架装置におけるナックル等からなるハウジング(図示せず)に取付けられる。
【0018】
図3および図4は、磁気エンコーダ9の一部破断斜視図および断面図を示す。この磁気エンコーダ9は、円周方向に交互に磁極を形成した環状の多極磁石10と、この多極磁石10を支持する環状の芯金11とを有する。芯金11は、円筒状部11aと、この円筒状部11aの一端から径方向に延びる立板部11bを有する形状であり、前記多極磁石10は前記芯金11の立板部11bにおける前記円筒状部11aの突出側の面に沿って位置させてある。立板部11bの先端は多極磁石10の配置面側に向けて延びる加締部11baとされ、この加締部11baで多極磁石10を加締めることにより、多極磁石10が芯金11に固定されている。
【0019】
この磁気エンコーダ9は、図2に拡大して示すように、車輪用回転装置における回転側の部材である内方部材1のインボード側端の外周に前記芯金11の円筒状部11aを圧入嵌合させることにより、その多極磁石10がインボード側に向くように固定される。この磁気エンコーダ9と対向して、磁気センサ15が外方部材1等に取付けられる。磁気センサ15は、車輪と共に回転する内方部材1の回転により生じる磁気エンコーダ9の磁気変化を検出することで、車輪の回転を検出する。
【0020】
多極磁石10の素材10A(図7)は、例えば磁性体粉の混入された焼結体からなり、芯金11に固定する前の単体の状態で、一発着磁により磁極を形成して多極磁石10とされる。この一発着磁には、図5に平面図で示す着磁ヨーク12が用いられる。この着磁ヨーク12は、環状の基台13の表面に短冊状の複数の着磁面14を周方向に並べると共に、図6に拡大して示すように、各着磁面14の周囲に上下に重なるコイル15A,15Bを巻いて構成される。この着磁ヨーク12の着磁面14が並ぶ周域(着磁可能範囲)に、図7のように多極磁石素材10Aを重ねて配置し、前記コイル15A,15Bに電流を流して磁界を発生させる。これにより、多極磁石素材10Aの周方向に交互に並ぶ磁極N,Sを着磁させて多極磁石10が形成される。このように、芯金11に取付けられる前の単体の多極磁石素材10Aを、着磁ヨーク12を用いた一発着磁で着磁して多極磁石10を形成するので、芯金11の形状に左右されることなく、一発着磁により多極磁石10を容易に形成できる。
【0021】
なお、この磁気エンコーダ9において、多極磁石素材10Aを芯金11に取付けた状態で上記一発着磁を行う場合は、図8のように、芯金11の円筒状部11aを着磁ヨーク12の表面から内径端側に逃がす。これにより、多極磁石素材10Aを着磁ヨーク12の表面に接触させる。しかし、この場合、多極磁石素材10Aの一部が着磁面14から外れた着磁不可範囲に重なるため、多極磁石素材10Aに着磁不能部分が生じて完全に着磁できない。この一発着磁において、多極磁石素材10Aを完全に着磁させるには、図9のように、多極磁石素材10Aの径方向寸法を短くして、着磁ヨーク12の表面の着磁可能範囲(着磁面14が並ぶ周域)内に多極磁石素材10Aが収まるようにすれば良い。ただし、この場合は磁気エンコーダ9における必要位置で所定の磁気特性が得られなくなる恐れがある。
【0022】
このように、この実施形態の磁気エンコーダ9では、環状の多極磁石10を支持する環状の芯金11を、円筒状部11aと、この円筒状部11aの一端から径方向に延びる立板部11bを有する形状とし、芯金11の立板部11bにおける円筒状部11aの突出側の面に沿って多極磁石10を位置させた構造としているので、円筒状部11aの幅寸法範囲内に多極磁石10の幅寸法部分が重なることになり、磁気エンコーダ9をコンパクトに製作できる。
【0023】
図2のように、この磁気エンコーダ9を車輪用軸受装置の内方部材1のインボード側の端部に固定した状態で、磁気エンコーダ9は幅寸方がコンパクトながら、内方部材1の外周に嵌合させる円筒状部11aの幅寸法は短くならないので、十分な取付け強度を確保できる。そのため、磁気エンコーダ9の取付けのために内方部材1の軸方向寸法を長くすることが不要で、車輪用軸受装置のコンパクト化,軽量化にもつながる。
また、多極磁石10がインボード側に向くように内方部材1に固定することで、内外の部材1,2間の端部環状空間におけるインボード側の軸方向長さを長くすることなく、多極磁石10を上記端部環状空間の中央寄りに配置することができる。そのため、この多極磁石10に対面する磁気センサ15を上記端部環状空間内に進入した位置に配置して回転検出装置をコンパクトに構成することができる。
【0024】
また、この磁気エンコーダ9では、多極磁石素材10Aの単体を一発着磁により着磁して多極磁石10を形成するようにしているので、多極磁石10を支持する芯金11が上記形状でありながら、一発着磁により容易に多極磁石10を形成することができる。一発着磁により多極磁石10を形成するので、フェライト,サマリウム系,ネオジウム系のいずれの磁性体を含んだ多極磁石素材10Aを用いても容易に着磁して多極磁石10を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明の一実施形態にかかる磁気エンコーダを備えた車輪用軸受装置の断面図である。
【図2】同車輪用軸受装置の部分拡大断面図である。
【図3】磁気エンコーダの部分破断斜視図である。
【図4】同磁気エンコーダの断面図である。
【図5】同磁気エンコーダにおける多極磁石の一発着磁に用いられる着磁ヨークの概略構成を示す平面図である。
【図6】同着磁ヨークの部分拡大平面図である。
【図7】多極磁石素材単体を一発着磁する処理例の説明図である。
【図8】芯金に支持した多極磁石素材を一発着磁する処理例の説明図である。
【図9】芯金に支持した多極磁石素材を一発着磁する他の処理例の説明図である。
【図10】(A)は従来の磁気エンコーダの部分破断斜視図、(B)は同磁気エンコーダの断面図である。
【図11】従来の磁気エンコーダの多極磁石素材を一発着磁する処理例の説明図である。
【符号の説明】
【0026】
1…内方部材
1a…転走面
2…外方部材
2a…転走面
3…転動体
9…磁気エンコーダ
10…多極磁石
10A…多極磁石素材
11…芯金
11a…円筒状部
11b…立板部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円周方向に交互に磁極を形成した環状の多極磁石と、この多極磁石を支持する環状の芯金とを有する磁気エンコーダにおいて、前記芯金が、円筒状部およびこの円筒状部の一端から径方向に延びる立板部を有する形状であり、前記多極磁石は前記芯金の前記立板部における前記円筒状部の突出側の面に沿って位置させた磁気エンコーダ。
【請求項2】
請求項1において、前記多極磁石は、前記芯金のない単体の状態で着磁を行うことにより全周が着磁されたものである磁気エンコーダ。
【請求項3】
請求項2において、前記多極磁石は、全周を同時に着磁する一発着磁により着磁されたものである磁気エンコーダ。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の磁気エンコーダを備えた車輪用軸受装置。
【請求項5】
複列の転走面を内周面に形成した外方部材と、この外方部材の転走面と対向する転走面を形成した内方部材と、これら内外の部材の各列の転走面間に介在させた複列の転動体とを備え、車体に対して車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置であって、
前記内方部材のインボード側の端部の外周に、請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の磁気エンコーダを、前記多極磁石がインボード側に向くように前記芯金の前記円筒状部で嵌合させたことを特徴とする車輪用軸受装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−58258(P2006−58258A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−243133(P2004−243133)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】