説明

耐摩耗性と仕上げ面精度に優れた表面被覆ブローチ

【課題】高速ブローチ加工条件においても硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性と切屑排出性を発揮する表面被覆ドリルを提供する。
【解決手段】ブローチ基体の上に直接または中間層を介して、最表面に粒径制御層として(Ti1−xAl)N{x=0〜0.6}の成分系からなる層厚0.2〜5μmの硬質被覆層が存在する表面被覆ブローチにおいて、前記ブローチを構成する先端切れ刃の膜断面の結晶粒径状を観察したとき、結晶粒が幅10〜100nm、高さ0.2〜1.8μmの柱状晶からなり、かつ、ブローチの先端切れ刃から後端に向けて、前記粒径制御層を構成する結晶粒の平均アスペクト比が、1〜100の範囲で先端切れ刃における結晶粒の平均アスペクト比の3分の1まで漸次減少する領域がブローチの長さ方向に工具切れ刃部の2分の1以上の長さに亘り存在するように硬質皮膜を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属のブローチ加工において、歯の欠損などを生じやすい高硬度材の高速ブローチ加工において、長期間に亘り高い耐摩耗性と高い切屑排出性、高い仕上げ面精度を維持する、長い工具寿命を実現する表面被覆ブローチを提供する。
【背景技術】
【0002】
このようなブローチとしては、軸線を中心として該軸線回りにブローチ回転方向に回転される概略円柱状のブローチ本体の先端側が切刃部とされ、この切刃部の外周に一対の切屑排出溝が、軸線に関して互いに対称となるように、該切刃部の先端面、すなわちブローチ本体の先端逃げ面から後端側に向かうに従い軸線回りにブローチ回転方向の後方側に捩れる螺旋状に形成され、これらの切屑排出溝の内周面のうちブローチ回転方向を向く部分の先端側の前記先端逃げ面との交差稜線部に切刃が形成された、いわゆる2枚刃のソリッドブローチが知られている。従って、このようなソリッドブローチでは、前記切屑排出溝内周面のブローチ回転方向を向く部分の先端側がこの切刃のすくい面となり、切刃によって生成された切屑は、このすくい面から切屑排出溝の内周面を摺接しつつ、該切屑排出溝の捩れによって後端側に送り出されて排出されることとなる。そして、さらにこのようなブローチでは、ブローチ本体の耐摩耗性の向上のために種々の方法が採用されている。
【0003】
例えば、特許文献1においては、一般式(M,Al)(C,N)(Mは、4,5,6族元素、Siおよび希土類元素から選ばれる少なくとも1種の金属元素を示す。)で表される被覆層を2層積層し、前記被覆層のうち、基体表面に被覆された第1被覆層は、層厚が0.1〜1μmで平均結晶径が0.01〜0.1μmの粒状結晶にて構成され、前記被覆層のうち、第1被覆層の表面に被覆された第2被覆層は、層厚が0.5〜5μmで前記基体に対して垂直な方向に成長した柱状結晶からなり、該柱状結晶の前記基体に対して平行な方向の平均結晶幅が0.05〜0.3μmであり、かつ、前記第2被覆層の平均結晶幅が前記第1被覆層の平均結晶径より大きい表面被覆工具が開示されている。
【0004】
また、特許文献2においては、炭化タングステン基超合金で構成されたブローチ本体の表面に下部層としてTiとAlとSiの複合酸化膜からなると共に、1〜3μmの平均層厚を有する硬質被覆層、上部層としてWとTiと窒素を含有し、残りが炭素と不可避不純物からなる組成を有すると共に、炭素系非晶質体の素地に、結晶質炭窒化チタン系化合物の微粒が分散分布した組織を示し、かつ1〜3μmの平均層厚を有する潤滑性非晶質炭素系被膜を蒸着してなる表面被覆超硬合金製ブローチが開示されている。
【0005】
また、特許文献3においては、イオンプレーティング法において硬質被覆層を被覆してなる、ハイス、超硬合金、サーメット等の超硬質合金を基体とする被覆硬質工具において、前記硬質被覆層の少なくとも一部は、(TiAl1−x)N(0.2≦x≦0.5)の第一の層と、(TiAl1−x)O1−y(0.5≦x≦0.7、0.01≦y≦0.5)の第二の層とを交互に積層させ、かつ該第二の層はその接する第一の層と結晶の連続性を有することを特徴とする被覆硬質工具が開示されている。
【0006】
また、特許文献4においては、ブローチの最終仕上げ刃1と隣接する少なくとも1枚以上の仕上げ刃2の刃先1、2にダイヤモンド等のコーテイング被膜3を形成し、コーテイング被膜で形成された刃先に逃げ面5と、すくい面4と逃げ面との間に所定寸法に機械加工されたストレートランド6を設けたブローチが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2007/111301号パンフレット
【特許文献2】特開2006−116643号公報
【特許文献3】特開平11−320214公報
【特許文献4】特開平11−138330公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年のブローチ加工装置のFA化はめざましく、加えてブローチ加工に対する省力化、省エネ化、低コスト化さらに効率化の要求も強く、これに伴い、高速などより高効率のブローチ加工が要求される傾向にあるが、特許文献1、特許文献2、特許文献3に例示されている従来表面被覆工具や従来表面被覆ブローチにおいては、各種の鋼や鋳鉄を通常条件下でブローチ加工した場合に特段の問題は生じないが、耐摩耗性が必要とされるとともに高い仕上げ面精度が必要となる、高速ブローチ加工に用いた場合には、表面皮膜のすべり特性が十分でなく、チッピング剥離や切り屑のつまりが原因で、比較的短時間で使用寿命に至る、あるいは摩耗の進行による早期の仕上げ面精度の低下が避けられないのが現状である。また、特許文献4に例示されている従来表面被覆ブローチでは、高い仕上げ面精度を維持できるものの、その製造方法は、蒸着形成した立方晶窒化ほう素やダイヤモンドからなる著しく硬い表面被覆層を機械研磨により除去してストレートランド部を形成する工程からなり、所望の工具を製造するために多大な苦労を要することから、決して効率的であるとは言えない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、高送り・乾式の深穴用ブローチ加工に用いられた場合にも優れた耐摩耗性と切屑排出性を示し表面被覆ブローチの長寿命化を図るべく、ブローチ表面を、例えば、(Ti1−xAl)N{x=0〜0.6}の成分系からなる硬質被覆層で構成するとともに、該硬質被膜層の結晶粒組織に着目し鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0010】
(a)硬質被覆層として、例えば(Ti1−xAl)N{x=0〜0.6}の成分系からなる層の形成を、例えば、図1の概略説明図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置にブローチ基体を装着し、例えば、
工具基体温度:400〜440℃、
蒸発源1:金属Ti
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:9〜14kW、
蒸発源2:金属Al
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:7〜10kW、
反応ガス流量:窒素(N)ガス 75〜100sccm
放電ガス:アルゴン(Ar)ガス 45〜60sccm、
ブローチ基体に印加する直流バイアス電圧:+4〜+10V、
という特定の条件下で、かつ、成膜速度がブローチ基体の先端からの距離に沿って漸次増加するように調整された成膜条件で反応性蒸着形成した場合、この結果形成された硬質被覆層を備えた表面被覆ブローチは、従来の表面被覆ブローチに比して、高速・乾式の深穴加工において、すぐれた耐摩耗性および切屑排出性を示すことを見出した。
【0011】
(b)前記硬質被覆層の断面組織を透過型電子顕微鏡で観察したところ、図2の断面斜視図に示すように、層厚方向の縦断面においては、ブローチ先端部で、ブローチ基体表面に対して直立方向に成長した柱状晶の結晶粒が形成され、また、結晶粒の平均アスペクト比が、ブローチ先端から後方に向けて、1〜100の範囲で先端切れ刃における平均アスペクト比の3分の1まで漸次減少する領域が切れ刃部全体の2分の1の長さまで存在することを確認した。
【0012】
(c)そして、表面被覆ブローチの硬質被覆層を、前記結晶粒組織を持つ硬質被覆層(以下、粒径制御層)で構成すると以下のような効果を発揮する。すなわち、工具先端部における切れ刃逃げ面は高熱・高負荷がかかるため、高アスペクト比の柱状晶の皮膜にて構成し高い耐摩耗性を実現するとともに、後端部の切れ刃は長期間に亘り仕上げ面を維持する目的で、低アスペクト比の粒状晶にて構成し、かつ、先端部切れ刃から後方切れ刃にかけて、熱および機械的負荷の漸次減少に対応してアスペクト比が漸次減少する様な構造を実現することで、所望の仕上げ面精度を維持したまま優れた耐摩耗性を長期に亘り発揮する。
【0013】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 超硬合金焼結体あるいはサーメットあるいは高速度鋼からなるブローチ基体の上に、直接または中間層を介して、最表面に粒径制御層として(Ti1−xAl)N{x=0〜0.6}の成分系からなる層厚0.2〜5μmの硬質被覆層が存在する表面被覆ブローチにおいて、
前記ブローチを構成する切れ刃のうち、先端の切れ刃の硬質被覆層断面の結晶粒径状を観察したとき、前記粒径制御層を構成する結晶粒が幅10〜100nm、高さ0.2〜1.8μmの柱状晶からなり、かつ、前記ブローチを構成する切れ刃のうち、ブローチの先端切れ刃から後端に向けて、皮膜断面の結晶粒径状を観察した際の前記粒径制御層を構成する結晶粒の平均アスペクト比が、1〜100の範囲で先端切れ刃における結晶粒の平均アスペクト比の3分の1まで漸次減少する領域がブローチの長さ方向に工具切れ刃部の2分の1以上の長さに亘り存在することを特徴とする、優れた耐摩耗性と高い仕上げ面精度を長期間に亘り発揮する表面被覆ブローチ。
(2)前記粒径制御層の層厚が、最もブローチ先端に近い位置から後方にかけて、0.2〜5.0μmの範囲で漸次増加することを特徴とする(1)に記載の表面被覆ブローチ。(3)前記中間層が、Tiの窒化物または炭化物、炭窒化物、または、TiとAlからなる複合窒化物、TiとAlとSiからなる複合窒化物、CrとAlからなる複合窒化物のうち、いずれかの単層または前記硬質膜群から選ばれる複数の層構造からなる積層構造を有し、層厚5μm以下であることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆ブローチ。」
に特徴を有するものである。
【0014】
本発明について、以下に説明する。
【0015】
本発明の表面被覆ブローチの硬質被覆層の最表面を構成する粒径制御層において、ブローチ先端部の逃げ面の被膜断面の結晶粒形状を観察した時、粒径制御層を構成する結晶粒が幅10〜100nm、高さ0.2〜1.8μmの柱状晶とする。ここで、幅が10nm以下では強度維持が困難であり、100nm以上では粗大になり欠損の原因となるため、幅は10〜100nmと定めた。また、高さが0.2μm以下では耐摩耗性が足りず、1.8μm以上では残留応力による欠損が生じやすくなり、十分な工具性能を発揮できないため、高さは0.2〜1.8μmと定めた。また、組成(Ti1−xAl)NのうちAlの含有割合であるxの値が0.6を超えると、NaCl型結晶から六方晶組織へと変化するために所望の特異な構造を具備することが出来ず、結果として十分な耐摩耗性を維持することが難しいため、xの値をx=0〜0.6と定めた。また、前記切れ刃のアスペクト比の漸次減少する領域が2分の1未満では低アスペクト比の結晶粒構造が持つ高い切屑排出性が維持されず、所望の工具性能を具備することが出来ないため、2分の1以上と定めた。また、前記切れ刃の粒径制御層のアスペクト比の漸次減少する割合、すなわち、前記漸次減少する領域で最も後端に位置する切れ刃の粒径制御層のアスペクト比を先端切れ刃で測定した粒径制御層のアスペクト比で除した値が、0.3を下回らない場合では後端部で所望の切屑排出性やすべり特性を得ることが出来ず、所望の工具性能を具備することが出来ないため、0.3を下回るものと定めた。
そして、本発明者らは、粒径制御層を蒸着形成するための数多くの試験を行った結果、圧力勾配型プラズマガンを用いて、Arプラズマを原料が入ったハースに照射して蒸発させ、基板上に皮膜を物理蒸着させる反応性蒸着法を用いて、ブローチ基体上での成膜速度がブローチ基体の先端からの距離に沿って漸次増加するように調整された成膜条件で反応性蒸着を行うと、ブローチを構成する切れ刃のうち、ブローチ基体の先端から後端にかけて、被膜断面の結晶粒形状を観察した際、図2に示す通り、ブローチ先端部では、粒径制御層が、幅10〜100nm、高さが層厚相当となる高アスペクト比の柱状晶によって構成される一方で、例えば、ブローチを構成する切れ刃のうち、ブローチ後端の位置においては、粒径制御層が、幅10〜100nm、高さが層厚以下の縦長の柱状から粒状の結晶粒によって構成されており、かつ、そのアスペクト比がブローチ先端からブローチ後端に向かって、1〜100の範囲で、先端切れ刃における平均アスペクト比の3分の1まで漸次減少する領域が工具切れ刃全体の長さLの2分の1以上に亘り存在することを見出した。
【0016】
なお、ここでいう「アスペクト比」とは、個々の結晶粒の測定された最大径を示す線分である長辺の値を、長辺に対して垂直方向の最小径を示す短辺の値で除した値であり、「平均アスペクト比」とは、皮膜の断面観察において、高さが粒径制御層の膜厚に等しく、かつ、幅が5μmであるの面積領域内に存在する結晶粒のアスペクト比の算術平均値を指す。
また、結晶粒の「幅」とは粒径制御層を断面から観察した際に、ブローチ基材と略平行に、最表面から0.1μmの深さに引いた長さ10μmの線分が結晶粒界によって区分される、線分の両端を除いた各区分のそれぞれの長さの平均値を指す。
また、結晶粒の「高さ」とは結晶粒層を断面から観察した際に、ブローチ基材と略平行な線分に対して垂直に、0.1μmの間隔で引いた10本の、長さ膜厚相当の線分が結晶粒界によって区分される、各線分の両端を除いた区分のそれぞれの長さの平均値を指す。
また、「結晶粒のアスペクト比がブローチ先端から後端に向かって、1〜100の範囲で漸次減少する」とは、特定位置を中心として幅1mmの領域の中の任意の点において前記内容により定義された数値が、特定位置からブローチ先端方向へ少なくとも5mmを超えて離れた位置を中心として幅1mmの領域の中の任意の点において同様に定義された数値よりも小さいことを指す。すなわち、前記条件を満たすならば、例えば、前記幅1mmの領域中で複数個所測定した際の結晶粒のアスペクト比が漸次減少していなくとも、本発明の範囲を何ら外れるものではない。
また、ブローチ先端から後端にかかる粒径制御層の結晶粒アスペクト比の変化傾向を測定する際、先端切れ刃および後端切れ刃を含む、少なくとも5点以上の測定点、望ましくは、先端切れ刃および後端切れ刃を含む、等間隔に分布した10点以上の測定点を定める必要がある。
【発明の効果】
【0017】
本発明の表面被覆ブローチは、超硬合金焼結体あるいは立方晶窒化硼素焼結体あるいはサーメットあるいは高速度鋼からなるブローチ基体の上に直接または中間層を介して、最表面に最表面に粒径制御層として(Ti1−xAl)N{x=0〜0.6}からなる層厚0.2〜5μmの硬質層が存在する表面被覆ブローチであって、前記ブローチ先端部の逃げ面の被膜断面の結晶粒形状を観察した時、粒径制御層を構成する結晶粒が幅10〜100nm、高さ0.2〜1.8μmの柱状晶からなり、かつ、前記ブローチの切屑排出溝のうち、先端からブローチ基体の長さに沿ってブローチ後端までの領域において、被膜断面の結晶粒形状を観察した際、粒径制御層を構成する結晶粒の平均アスペクト比が、ブローチ先端から後端に向けて工具切れ刃部全体の2分の1以上の長さ領域に亘って、1〜100の範囲で3分の1以下に漸次減少していることから、優れた耐摩耗性と切屑排出性が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の表面被覆ブローチの硬質被覆層(粒径制御層)を蒸着形成するための圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置の概略図を示す。
【図2】本発明の表面被覆ブローチの硬質被覆層(粒径制御層)の断面斜視図を示す。
【図3】本発明の表面被覆ブローチの先端切れ刃からの位置と粒径制御層の結晶粒アスペクト比との関係を示すグラフ。
【図4】本発明の表面被覆ブローチの先端切れ刃からの位置と粒径制御層の結晶粒アスペクト比との関係を示すグラフ。
【図5】本発明の表面被覆ブローチの先端切れ刃からの位置と粒径制御層の結晶粒アスペクト比を先端切れ刃のアスペクト比で除した値との関係を示すグラフ。
【図6】比較例の表面被覆ブローチの先端切れ刃からの位置と粒径制御層の結晶粒アスペクト比との関係を示すグラフ。
【図7】本発明の表面被覆ブローチの先端切れ刃からの位置と粒径制御層の結晶粒アスペクト比を先端切れ刃のアスペクト比で除した値との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
つぎに、本発明の表面被覆ブローチを実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0020】
原料粉末として、平均粒径0.8μmのWC粉末、同2.3μmのCr粉末、同1.5μmのVC粉末および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、直径:50mm×長さ:1000mmの超硬ブローチ本体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部最大径:40mm×切刃部長さ:600mm×全長:800mmの寸法および図2に示される形状を有し、かつ21歯のスプライン形状を有する荒刃25刃、仕上げ刃25刃、を持つWC基超硬合金製のブローチ基体D−1〜D−4をそれぞれ製造した。
【0021】
ついで、これらのブローチ基体D−1〜D−4の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に装着し、
工具基体温度:400〜440℃、
蒸発源1:金属Ti
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:9〜14kW、
蒸発源2:金属Al
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:7〜10kW、
反応ガス流量:窒素(N)ガス 75〜100sccm、
放電ガス:アルゴン(Ar)ガス 45〜60sccm、
ブローチ基体に印加する直流バイアス電圧:+4〜+10V、
という特定の条件(表2)下、ブローチ基体上での成膜速度がブローチ基体の先端からの距離に沿って漸次増加するように調整する目的で、ブローチ基体を、例えば、図1に示すように、ブローチ基体の先端部を水平から上方に向け、かつ、ハース載置平面の鉛直方向の軸に対して、表2に示される角度を保ったまま自転させると同時に、該鉛直方向の軸を回転中心軸として公転させながら反応性蒸着をして、表3に示される組成および組織を有する粒径制御層を形成した本発明表面被覆ブローチ1〜12をそれぞれ製造した。
【0022】
また、比較の目的で、前記ブローチ基体D−1〜D−4の表面に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示される圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置にブローチ基体の全域に亘って均一な硬質被覆層が形成する目的で、ブローチ基体を、ハース載置平面と平行を保ったまま自転させる(図示せず)と同時に、該鉛直方向の軸を回転中心軸として公転させながら反応性蒸着をして、ブローチ基体D−1〜D−4の表面に、表4に示される均一な組成および組織を有する従来層を形成した比較表面被覆ブローチ1〜12をそれぞれ製造した。
【0023】
つぎに、前記本発明表面被覆ブローチ1〜12および比較表面被覆ブローチ1〜12について、
被削材:外径80mm 中心穴径40mm、厚さ40mm、JIS S45Cの貫通孔あき材
引き抜き速度: 10m/min.、
寿命判断条件: 切れ刃の欠損または逃げ面摩耗幅が0.15mmを超えるまで
の条件での炭素鋼の高速内歯車穴加工試験(通常の引き抜き速度は7m/min.)
を行い、工具寿命に至るまでの加工数を測定した。この測定結果を表3、4にそれぞれ示した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
この結果得られた本発明表面被覆ブローチ1〜12の硬質被覆層を構成する粒径制御層、さらに、比較表面被覆ブローチ1〜12の硬質被覆層を構成する従来層の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0029】
また、前記の硬質被覆層の平均層厚を走査型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0030】
つぎに、前記本発明表面被覆ブローチ1〜12および比較表面被覆ブローチ1〜12について、工具切れ刃部の全長を等間隔に10区分に分割した際のそれぞれの分割点から、最も近い切れ刃の表面の一部の縦断面を集束イオンビーム加工により取り出した後、透過型電子顕微鏡で断面方向から膜組織を観察し、縦の長さがブローチ表面を構成する粒径制御層の層厚に等しく、横の長さが5μmである長方形の面積領域に含まれる結晶粒の形状を観察し、それぞれの分割点近傍での結晶粒の平均アスペクト比を算出することにより前記粒径制御層の結晶粒形状を測定した結果と、前記粒径制御層の結晶粒アスペクト比を先端切れ刃における結晶粒アスペクト比で除した値を、本発明表面被覆ブローチ1〜12については表5、図3、図4、図5に、比較表面被覆ブローチ1〜12ついては、図6、図7にそれぞれ示す。
本発明表面被覆ブローチ1および2については表5、図3、図4および図5の変化グラフに示すとおり、本発明表面被覆ブローチ3〜12については図3、図4および図5の変化グラフに示すとおり、前記ブローチを構成する切れ刃のうち、ブローチの先端切れ刃から後端に向けて、皮膜断面の結晶粒径状を観察した際の前記粒径制御層を構成する結晶粒の平均アスペクト比が、1〜100の範囲で、先端切れ刃における結晶粒の平均アスペクト比の3分の1まで漸次減少する領域がブローチの長さ方向に工具切れ刃部の全長の2分の1以上の長さに亘り存在しており、優れた耐摩耗性と切屑排出性が実現できていることが分かる。
【0031】
【表5】

【0032】
一方、前記比較表面被覆ブローチ1〜12については、図6および図7の変化グラフに示すとおり、硬質被覆層を構成する結晶粒の平均アスペクト比が均一であり、漸次減少する領域が存在していないことから、切屑排出性が十分でないために、チッピング、欠損、剥離の発生等により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
前述のように、本発明の表面被覆ブローチは、硬質被覆層(粒径制御層)を構成する結晶粒の平均アスペクト比が、ブローチ先端から後方に向けて、工具切れ刃部全体の2分の1以上の長さ領域に亘って、1〜100の範囲で3分の1以下に漸次減少していることから、優れた切屑排出性を備えており、そして、この優れた切屑排出性は、高速・乾式の深穴用ブローチ加工条件においても、長期間にわたり高い耐摩耗性を維持するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金焼結体あるいはサーメットあるいは高速度鋼からなるブローチ基体の上に、直接または中間層を介して、
最表面に粒径制御層として(Ti1−xAl)N{x=0〜0.6}の成分系からなる層厚0.2〜5μmの硬質被覆層が存在する表面被覆ブローチにおいて、
前記ブローチを構成する切れ刃のうち、先端の切れ刃の硬質被覆層断面の結晶粒径状を観察したとき、前記粒径制御層を構成する結晶粒が幅10〜100nm、高さ0.2〜1.8μmの柱状晶からなり、かつ、前記ブローチを構成する切れ刃のうち、ブローチの先端切れ刃から後端に向けて、皮膜断面の結晶粒径状を観察した際の前記粒径制御層を構成する結晶粒の平均アスペクト比が、1〜100の範囲で先端切れ刃における結晶粒の平均アスペクト比の3分の1まで漸次減少する領域がブローチの長さ方向に工具切れ刃部の全長の2分の1以上の長さに亘り存在することを特徴とする、優れた耐摩耗性と高い仕上げ面精度を長期間に亘り発揮する表面被覆ブローチ。
【請求項2】
前記粒径制御層の層厚が、最もブローチ先端に近い位置から後方にかけて、0.2〜5.0μmの範囲で漸次増加することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆ブローチ。
【請求項3】
前記中間層が、Tiの窒化物または炭化物、炭窒化物、または、TiとAlからなる複合窒化物、TiとAlとSiからなる複合窒化物、CrとAlからなる複合窒化物のうち、いずれかの単層または前記硬質膜群から選ばれる複数の層構造からなる積層構造を有し、層厚5μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面被覆ブローチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−76210(P2012−76210A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−226352(P2010−226352)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】