説明

薄力粉適性の高い小麦とその作出方法

【課題】薄力粉適性の高い小麦系統とその系統を効率的に作出する方法を提供すること。
【解決手段】以下の条件を満たす薄力粉適性の高い小麦系統とその作出法。
高分子量グルテニンサブユニット(HMWGS)(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、または低分子量グルテニンサブユニット(LMWGS)(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法。高分子量グルテニンサブユニット(HMWGS)(5+10)及び(17+18)並びに低分子量グルテニンサブユニット(LMWGS)( Glu-B3g)の少なくとも1つを有さない小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄力小麦粉の原料となる種子を産する薄力小麦系統の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄力小麦はアメリカ合衆国等の代表的小麦銘柄の一つであり、その小麦粉は非常に弱い生地物性を有する。薄力小麦粉は、各種洋菓子、和菓子等に利用され、日本国内でもうどん用の中力小麦粉以上に消費されている。しかしながら、現在の日本においては薄力専用小麦品種が育成されておらず、ほぼ全量が外国から輸入されている状況である。ところが近年、ポストハーベストの問題や国内自給率向上などの観点から、国内産小麦粉を利用して各種洋菓子、和菓子等を製造する機運が高まっており薄力粉特性の高い国産小麦粉の需要が拡大している。その需要に応えるために、現状ではうどん用の中力小麦として育成された小麦から製粉時の分級等によって薄力粉特性の比較的高い小麦粉を調製することが行われているが品質、生産量に限界があり、薄力粉専用の国産小麦品種の育成が必須である。しかしながら、これまで国内では薄力小麦品種の作出は殆ど行われておらず、小麦、小麦粉特性についても殆ど知見が無い。このため、世代の進んだ系統での生産物(収穫した種子を製粉して得た小麦粉)の品質検定やビスケット、クッキー、スポンジケーキ等の最終製品の評価を拠り所にして漠然とした選抜を行っているに過ぎず、その作出法は非常に非効率的であった。
【0003】
一方、小麦種子中のタンパク組成と品質との相関については、近年基礎研究の成果が着実に蓄積され、小麦粉中のグルテンの結合を弱めて生地を軟化させる高分子量、低分子量グルテニンサブユニットが明らかにされてきている(非特許文献1、2)。また、小麦粉のデンプン特性に重要な影響を及ぼすアミロース含量については、Wx遺伝子の遺伝子型によってその含量がほぼ決定されることが明らかになっている(非特許文献3)。しかしながら、現状では小麦粉のタンパク質特性やデンプンのアミロース含量等の小麦粉特性と薄力粉特性の関係は殆ど判っていないのが現状である。
【非特許文献1】Takata et al., Breeding Science 50, 303-308 (2000)
【非特許文献2】Maruyama-Funatsuki et al., Plant Breeding 123:355-360 (2004)
【非特許文献3】Miura et al., Euphytica 123:353-359 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明が解決しようとする課題は、小麦系統の薄力粉特性とタンパク質特性やデンプンのアミロース含量等の特性との関係を明確にし、それを基に薄力粉特性の良好な小麦系統の遺伝子的な要件を求め、さらに薄力粉特性の良好な小麦系統の遺伝子的な要件を満たす薄力粉特性の良好な小麦系統を、効率的に作出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つSKCS装置による小麦粒硬度が42以下である特性を示す小麦系統が高い薄力粉適性を示すことを見出し、さらにこれらの特性をDNAマーカー、電気泳動法等の手法を用いて効率的に評価することによって、品質良好な薄力小麦系統を効率的に作出することができることを見出して本発明を完成した。
【0006】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
[1]
高分子量グルテニンサブユニット(以下、HMWGSと表記する)(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、または低分子量グルテニンサブユニット(以下、LMWGSと表記する)(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法。
[2]
前記薄力小麦系統が、高分子量グルテニンサブユニット(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つ低分子量グルテニンサブユニット(Glu-B3h)を有することを特徴とする[1]に記載の作出法。
[3]
前記薄力小麦系統は、以下の(a)〜(d)の工程を得て得られる、[2]に記載の作出法。
(a)HMWGS(2+12)及び(4+12)を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配親とする小麦系統から小麦種子を採取する工程
(b)小麦種子タンパク質の高分子量グルテニンをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離し、低分子量グルテニンを二次元ゲル電気泳動法で分離する工程
(c)各ゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦種子を、採取した小麦系統から選抜する工程
(d)選抜した小麦系統を自殖、または他の(a)に示した交配親の条件を満たす小麦品種または系統と交配することによって、その後代においてHMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦系統を得る工程
[4]
前記薄力小麦系統から、Wx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aの遺伝子が発現するタンパク質の全てを持っている小麦系統をさらに選択する工程を含む[1]〜[3]のいずれかに記載の作出法。
[5]
前記薄力小麦系統は、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下であることを特徴とする高い薄力粉適性を示す、[1]〜[4]のいずれかに記載の作出法。
[6]
高分子量グルテニンサブユニット(以下、HMWGSと表記する)(5+10)及び(17+18)並びに低分子量グルテニンサブユニット(以下、LMWGSと表記する) Glu-B3gの少なくとも1つを有さない小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法。
[7]
前記薄力小麦系統は、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない、[6]に記載の作出法。
[8]
前記薄力小麦系統は、以下の(a)〜(d)の工程を得て得られる、[7]に記載の作出法。
(a)HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つを有しない小麦品種または系統を交配親とする小麦系統から、小麦種子を採取する工程
(b)小麦種子タンパク質のHMWGSをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離し、LMWGSを二次元ゲル電気泳動法で分離する工程
(c)各ゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つを有しない小麦種子を、採取した小麦系統を選抜する工程
(d)選抜した小麦系統を自殖、または他の(a)に示した交配親の条件を満たす小麦品種または系統と交配することによって、その後代においてHMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない薄力小麦系統を得る工程
[9]
前記薄力小麦系統から、Wx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aの遺伝子が発現するタンパク質の全てを持っている小麦系統をさらに選択する工程を含む[6]〜[8]のいずれかに記載の作出法。
[10]
前記薄力小麦系統は、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下である高い薄力粉適性を示す、[6]〜[9]のいずれかに記載の作出法
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、薄力粉特性の良好な小麦品種の候補系統を迅速にかつ確実に作出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
[定義]
本明細書において、「高分子量グルテニン」とは、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動によるみかけの分子量が80〜130kDのグルテニンであり、「低分子量グルテニン」とは、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動によるみかけの分子量が10〜70kDのグルテニンである(Bietz and Wall, Cereal Chem, 49, 416-430, 1972)。
【0009】
また、「高分子量グルテニンサブユニット(HMWGS)」とは、上記の「高分子量グルテニン」の集団を構成する個々のバンドをいい、その番号付けは移動度の小さいもの(みかけの分子量の大きいもの)から順番に行われている(Payne and Lawrence, Cereal Res. Comm., 11, 29-35, 1983)。本発明のHMWGSの「5+10」、「2+12」、「4+12」は、Glu-D1座によってコードされている7種の対立遺伝子の産物である、5+10、2+12、3+12、4+12、2+10、2.2+12、2+11のうちの「5+10」、「2+12」、「4+12」に相当するものである。また、HMWGSの「17+18」は、Glu-B1座によってコードされ5種の対立遺伝子の産物である17+18、7+9、6+8、7+8、20のうちの「17+18」に相当するものである。
【0010】
更に、本発明の「低分子量グルテニンサブユニット(LMWGS)」のGlu-B3gとGlu-B3h遺伝子由来のLMWGSは、共に池田らの分類によれば(池田ら:平成16年度作物研究成果情報、p122-123 (2005))Glu-B3座によってコードされている8種の対立遺伝子であるそれぞれGlu-B3b、Glu-B3b*、Glu-B3d、Glu-B3g、Glu-B3h、Glu-B3i、Glu-B3i*、Glu-B3j遺伝子のうちで、LMWGSの内の前者(Glu-B3g)はGlu-B3g由来のLMWGSに相当し、後者はGlu-B3h遺伝子由来のLMWGSに相当する。
【0011】
本発明者らは、薄力粉適性の高い小麦系統の特性について検討し、その結果、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク含量(タンパク質含量)が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上さらに好ましくは28%以上で、全粒分のSDSセディメンテーション値(SDSS値)が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下である小麦系統が、薄力粉適性の高い小麦系統であることを見出した。さらに、上記薄力粉適性の高い小麦系統は、本発明の第1の作出法及び第2の作出法により作出できることを見出した。
【0012】
[第1の作出法]
本発明の第1の作出法は、高分子量グルテニンサブユニット(HMWGS)(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、または低分子量グルテニンサブユニット(LMWGS)Glu-B3hを有する小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法である。
【0013】
第1の作出法においては、薄力小麦系統は、高分子量グルテニンサブユニット(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つ低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3hを有することが、上記薄力粉適性の高い小麦系統であることから好ましい。
【0014】
HMWGS(2+12)及びHMWGS(4+12)は、小麦粉の品質に対して同等の機能を有する高分子量グルテニンサブユニットである(Takata et al., Breeding Science 50, 303-308(2000), Nishio et al., Crop Science 47, 1451-1458(2007)。
【0015】
前記高分子量グルテニンサブユニット(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つ低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3hを有する薄力小麦系統は、以下の(a)〜(d)の工程を得て得られる。
(a)HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配親とする小麦系統から小麦種子を採取する工程
(b)小麦種子タンパク質の高分子量グルテニンをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離し、低分子量グルテニンを二次元ゲル電気泳動法で分離する工程
(c)各ゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦種子を、採取した小麦系統から選抜する工程
(d)選抜した小麦系統を自殖、または他の(a)に示した交配親の条件を満たす小麦品種または系統と交配することによって、その後代においてHMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦系統を得る工程
【0016】
工程(a)
工程(a)では、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有するかの少なくとも一方を満たす小麦品種または系統を交配親(片親)とする小麦系統から小麦種子を採取する。
【0017】
HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統としては、例えば、「ホロシリコムギ」、「ハルユタカ」、北農研育成系統「芽系0757」、等が挙げられる。
【0018】
また、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方のみを持つ小麦品種または系統としては、例えば、「チホクコムギ」「ホクシン」、「きたもえ」、「北見81号」、北農研育成系統「勝系34号」、「勝系92号」、「勝系93号」等が挙げられ、LMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統としては、例えば、「春よ恋」、「ハルユタカ」、「はるひので」、「Neepawa」、「Eltan」、北農研育成系統「芽系0761」等が挙げられる。
【0019】
ここで、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を用いる場合、交配相手としては任意の小麦品種または系統を用いることができる。また、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を持つか、或いはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を用いる場合、例えばHMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方のみを持つ小麦品種または系統である場合は、交配相手としては、LMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を用いればよく、LMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統の場合、交配相手としてHMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方のみを持つ小麦品種または系統を用いればよい。
【0020】
また、この交配により得られた小麦種子を採取する小麦系統は、代表的にはF1世代の系統であるが、小麦の薄力粉特性以外の形質を確認する上でF2〜F10まで進めた系統であってもよい。
【0021】
次に、電気泳動に供するために小麦種子からタンパク質を抽出する。小麦種子の前処理は必要なくそのまま用いてもよいが、抽出効率を高める上で均一に粉砕されていることが好ましい。小麦種子からのタンパク質抽出は、例えばSinghら(J Cereal Sci, 14, 203-208, 1991)とMelasら(Cereal Chem, 71, 234-237, 1994)の方法を改変して行うことができ、後記実施例に詳細に記載する。
【0022】
工程(b)
工程(b)では、上記のようにして得られた小麦種子タンパク質の高分子量グルテニンをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により分離し、低分子量グルテニンを一次元目に等電点ゲル電気泳動法、二次元目にSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法を用いる二次元ゲル電気泳動法によって分離する。
【0023】
高分子量グルテニンのSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分離は、例えば、Leammli(Nature, 227, 680-685, 1970)に記載の方法、低分子量グルテニンの二次元ゲル電気泳動法による分離は、Gorgら(Electrophoresis, 9, 531-546, 1988)に記載の方法を参照して行うことができ、ゲル濃度、試料適用量、電圧、通電時間等の泳動条件は、適宜選択・調整すればよい。例えば、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動では、高分子量グルテニン、低分子量グルテニンの分離とも、ゲル濃度を10〜15%とすればよい。また、等電点ゲル電気泳動では、グルテニンの分離能を上げる上で、pH範囲が6〜11の等電点ゲルを用いることが好ましい。
【0024】
上記各電気泳動後におけるゲル上のグルテニンの分離パターン(バンド状またはスポット状)の可視化手段は、銀染色法、蛍光染色法、クマシーブリリアントブルー染色法(CBB)のいずれであってもよいが、感度の点からクマシーブリリアントブルー染色法が好ましい。
【0025】
工程(c)
工程(c)では、(b)の各電気泳動後におけるゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有することが認められるものを特定し、このパターンを呈した小麦種子を採取した小麦系統を選抜する。
【0026】
工程(d)
最後に、工程(d)では、工程(c)で選抜した小麦系統を自殖、または、他の小麦品種または系統との交配によって、その後代において薄力小麦品種の候補系統を得る。
【0027】
具体的にいうと、工程(c)において、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦種子である場合は、それを採取した小麦系統を自殖させればよい。また、工程(c)において、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有することのいずれか一方、例えばHMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方のみを有することが認められる小麦種子である場合は、それを採取した小麦系統と、LMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配すればよく、LMWGS(Glu-B3h)のみを有することが認められる小麦種子の場合、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有する小麦品種または系統と交配すればよい。
【0028】
本発明の作出法は、前記薄力小麦系統から、Wx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aの遺伝子が発現するタンパク質の全てを持っている小麦系統をさらに選択する工程を含むことが好ましい。
【0029】
確実に小麦粉中のアミロース含量が26%以上の系統を作出するためには、小麦のアミロースの合成に関与するWx遺伝子であるWx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aのすべてが野生型であることが好ましく、このWx遺伝子の遺伝子型は、PCRマーカーを用いる方法 (Saito et al., Theor. Appl. Genet., 108, 1205-1211(2004), Nakamura et al., Genome 45, 1150-1156(2002)) 等によって簡便に検出できる。
【0030】
本発明の作出法により得られる薄力小麦系統は、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下である高い薄力粉適性を示すことが好ましい。
【0031】
ここでの標準栽培法としては、秋まき小麦育種試験成績書記載の標準施肥による奨励品種決定試験の条件での栽培法のことである。また、タンパク含量は、小麦粉の水分含量14%換算の値であり、測定法は近赤外分光法によって測定された値と定義する。近赤外分光法による測定方法は以下の通りである。タンパク含量の測定は小麦粉10gに近赤外分析光分析装置インフラマチック8120(ペルテン社製、ドイツ)用いて800〜2500nmの近赤外線を照射し、サンプルに吸収された波長強度とタンパク含量の検量線の回帰分析によって計算した値と定義する。(Osborne et al., J. Sci. Food Agric. 34: 1011-1017 (1983))
【0032】
小麦粉中のアミロース含量は、オートアナライザーシステムII(ブランルーベ株式会社製、ドイツ)を用いて小田らの方法(Oda et. al. Japan.J.Breed.42:151-154(1992)) によって測定された値(小麦粉100mgのヨウ素呈色度がポテトアミロースαmgのヨウ素呈色度と一致した場合、見かけのアミロース含量をα%と定める)と定義する。SDSS値の測定は、コーヒーミルで粉砕した全粒粉0.7gを用い高田らの方法(Takata et al., Breeding Science, 49, 221-223(1999))によって測定された値と定義する。具体的測定法の概略は以下の通りである。全粒粉0.7gをSDSと乳酸を含有する溶液16mlの入った20ml容の栓付きシリンダーに入れ混合し24時間放置する。放置後シリンダーを上下に10回転倒させる。その20分後に沈殿物の体積を測定する。SKCS装置(Single Kernel Characterization System, 単一穀粒分析装置)による硬度測定は以下のようにして測定された値と定義する。SKCS装置では内部が真空の円筒によって小麦種子を一粒ずつ吸い上げ、徐々に狭くなる刻目付きロールの隙間で一粒ずつ穀粒を潰してロールの間隙に発生する抗力を測定する。各系統50粒について測定したこの抗力の平均値が小麦粒硬度である(Martin et al. Trans. ASAE 36: 1399-1404.(1993))。
【0033】
小麦の特性が上記の条件を外れると十分な薄力粉特性を示さなくなる。具体的には、型抜き後の生地の形状に比べて焼成後のビスケット、クッキーが極端に縮んだり、焼成後のスポンジケーキが収縮して上面が陥没する等の悪影響が表れる。これらの影響の詳細については、後記する実施例のクッキー、スポンジケーキ、ビスケット試験の結果等に記載されており、上記の小麦品質条件を示す小麦の薄力粉特性が高いことは明らかである。また、この品質条件を満たす小麦系統の選抜は、上記の標準栽培法で栽培された小麦サンプルを用い、上記した方法でタンパク質含量、アミロース含量、SDSS値、小麦粒硬度を測定することによって簡単に行うことができる。
【0034】
[第2の作出法]
本発明の第2の作出法は、高分子量グルテニンサブユニット(HMWGS)(5+10)及び(17+18)並びに低分子量グルテニンサブユニット(LMWGS)( Glu-B3g)の少なくとも1つを有さない小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法である。
【0035】
第2の作出法において、前記薄力小麦系統は、 HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない小麦系統であることが、上記薄力粉適性の高い小麦系統であることから好ましい。
【0036】
HMWGS(5+10)及びHMWGS(17+18)は、小麦粉の品質に対して同等の機能を有する高分子量グルテニンサブユニットである(Takata et al., Breeding Science 50, 303-308(2000))。
【0037】
さらに、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない小麦系統は、以下の(a)〜(d)の工程を得て得られる。
(a)HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つを有しない小麦品種または系統を交配親とする小麦系統から、小麦種子を採取する工程
(b)小麦種子タンパク質のHMWGSをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離し、LMWGSを二次元ゲル電気泳動法で分離する工程
(c)各ゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つを有しない小麦種子を、採取した小麦系統を選抜する工程
(d)選抜した小麦系統を自殖、または他の(a)に示した交配親の条件を満たす小麦品種または系統と交配することによって、その後代においてHMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない薄力小麦系統を得る工程
【0038】
工程(a)
工程(a)では、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも一つを有する小麦品種または系統を交配親(片親)とする小麦系統から小麦種子を採取する。
【0039】
HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない小麦品種または系統としては、例えば、「ホロシリコムギ」、「シラネコムギ」、「農林61号」、「チクゴイズミ」、「ニシノカオリ」、北海道農業研究センター(北農研)育成系統「芽系0757号」等が挙げられる。
また、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方のみを有しない小麦品種または系統としては、例えば、「チホクコムギ」「ホクシン」、「きたもえ」、「北見81号」、北農研育成系統「勝系34号」、「勝系92号」、「勝系93号」等が挙げられ、LMWGS(Glu-B3g)のみを有しない小麦品種または系統としては、例えば、「キタノカオリ」、「春よ恋」、「ハルユタカ」、北農研育成系統「勝系32号」、「芽系0761」等が挙げられる。
【0040】
ここで、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない小麦品種または系統を用いる場合、交配相手としては任意の小麦品種または系統を用いることができる。また、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)のいずれかを有しない小麦品種または系統を用いる場合、例えばHMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方のみを有しない小麦品種または系統である場合は、交配相手としては、LMWGS(Glu-B3g)を有しない小麦品種または系統を用いればよい。
【0041】
また、この交配により得られた小麦種子を採取する小麦系統は、代表的にはF1世代の系統であるが、小麦の薄力粉特性以外の形質を確認する上でF2〜F10まで進めた系統であってもよい。
【0042】
次に、電気泳動に供するために小麦種子からタンパク質を抽出する。小麦種子の前処理は必要なくそのまま用いてもよいが、抽出効率を高める上で均一に粉砕されていることが好ましい。小麦種子からのタンパク質抽出は、例えばSinghら(J Cereal Sci, 14, 203-208, 1991)とMelasら(Cereal Chem, 71, 234-237, 1994)の方法を改変して行うことができ、後記実施例に詳細に記載する。
【0043】
工程(b)では、上記のようにして得られた小麦種子タンパク質の高分子量グルテニンをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により分離し、低分子量グルテニンを一次元目に等電点ゲル電気泳動法、二次元目にSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法を用いる二次元ゲル電気泳動法によって分離する。
【0044】
高分子量グルテニンのSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分離は、例えば、Leammli(Nature, 227, 680-685, 1970)に記載の方法、低分子量グルテニンの二次元ゲル電気泳動法による分離は、Gorgら(Electrophoresis, 9, 531-546, 1988)に記載の方法を参照して行うことができ、ゲル濃度、試料適用量、電圧、通電時間等の泳動条件は、適宜選択・調整すればよい。例えば、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動では、高分子量グルテニン、低分子量グルテニンの分離とも、ゲル濃度を10〜15%とすればよい。また、等電点ゲル電気泳動では、グルテニンの分離能を上げる上で、pH範囲が6〜11の等電点ゲルを用いることが好ましい。
【0045】
上記各電気泳動後におけるゲル上のグルテニンの分離パターン(バンド状またはスポット状)の可視化手段は、銀染色法、蛍光染色法、クマシーブリリアントブルー染色法(CBB)のいずれであってもよいが、感度の点からクマシーブリリアントブルー染色法が好ましい。
【0046】
工程(c)では、(b)の各電気泳動後におけるゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つが認められないものを特定し、このパターンを呈した小麦種子を採取した小麦系統を選抜する。
【0047】
最後に、工程(d)では、工程(c)で選抜した小麦系統を自殖、または、他の小麦品種または系統との交配によって、その後代において薄力小麦品種の候補系統を得る。
【0048】
具体的にいうと、工程(c)において、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)の全てが認められない小麦種子である場合は、それを採取した小麦系統を自殖させればよい。また、工程(c)において、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)のいずれか一つ、例えばHMWGS(5+10)及び(17+18)のいずれかのみが認められない小麦種子である場合は、それを採取した小麦系統と、LMWGS(Glu-B3g)を有しない小麦品種または系統を交配すればよく、LMWGS(Glu-B3g)のみ認められない小麦種子の場合、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方を有しない小麦品種または系統と交配すればよい。
【0049】
本発明の作出法は、前記薄力小麦系統から、Wx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aの遺伝子が発現するタンパク質の全てを持っている小麦系統をさらに選択する工程を含むことが好ましい。
【0050】
確実に小麦粉中のアミロース含量が26%以上の系統を作出するためには、小麦のアミロースの合成に関与するWx遺伝子であるWx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aのすべてが野生型であることが好ましく、このWx遺伝子の遺伝子型は、PCRマーカーを用いる方法 (Saito et al., Theor. Appl. Genet., 108, 1205-1211(2004), Nakamura et al., Genome 45, 1150-1156(2002)) 等によって簡便に検出できる。
【0051】
本発明の作出法により得られる薄力小麦系統は、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下であることを特徴とする高い薄力粉適性を示すことが好ましい。
【0052】
本発明においては、上記第1の作出法または第2の作出法によって、高い薄力粉適性を示す薄力小麦系統が得られるが、より好ましくは、小麦系統の小麦粉生地の物性に大きく影響するグルテニンタンパク質サブユニット構成としては、高分子量グルテニンサブユニット(HMWGS)(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つ低分子量グルテニンサブユニット(LMWGS)(Glu-B3h)を有すること、さらには、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しないことがより好ましい。従って、第1の作出法及び第2の作出法の両方を実施して、上記高い薄力粉適性を示す薄力小麦系統を得ることがより好ましい。
【実施例】
【0053】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を何ら限定するものでない。
【0054】
[例1]
北海道内で栽培した秋まき小麦品種「ホクシン」の種子をテンパリング後、ビューラー・テストミル(Buhler社製, ドイツ)を用いて製粉を行い一定量の小麦粉を得た。得られた小麦粉についてクッキー試験とスポンジケーキ試験を行った。
【0055】
クッキー試験は以下のFinneyらの方法(Finney, et al., Cereal Chem. 27: 42 (1950), AACC Method 10-51 (1962))に従って以下のように行った。クッキー1個あたりの配合は小麦粉32g、砂糖19.2g、ショートニング9.6g、炭酸水素ナトリウム0.32g、脱脂粉乳0.98g、乳化剤(ケリーバイオサイエンス社、マイベロール)0.07g、8.5%炭酸水素ナトリウム水溶液 4ml、5.4%塩化アンモニウムと2.1%塩化ナトリウム混合水溶液 4mlである。ミキサー(ホバート社製、N-50型)を用いてクッキー20個分のショートニング,乳化剤,炭酸水素ナトリウム,脱脂粉乳,砂糖を加えたボールを低速30秒、中速2.5分、高速4分でミキシングしてクリーム生地を作製した。クリーム生地30gに対して炭酸水素ナトリウム水溶液および塩化アンモニウム・塩化ナトリウム混合水溶液を4mlずつ加えてピン型ミキサー(ナショナルマニファクチュアリング社、35gタイプ)を用いて3分間撹拌した。撹拌後のクリーム生地に小麦粉を32g加えて25秒間ミキシングを行い、クッキーシートを用いてクリーム生地を6mmの厚さに圧延し、直径60mmのクッキー型でくり抜いて成形した。成形したクッキー生地をナショナルマニファクチュアリング社回転式オーブンで200℃、10分間焼成した。ノギスを用いて焼成後のクッキーを45度ずつ回転して4方向の直径を測定し、2枚のクッキーの平均値をクッキー直径を測定した。
【0056】
スポンジケーキ試験は長尾と大坪らの方法(Nagao et al., Cereal Chem 53 988-997 (1976),Ohtsubo et al., 1978 Cereal Foods World 23: 375 (1978))に従って以下のように行った。ケーキ1個あたりの配合は小麦粉100g、砂糖100g、卵100g、蒸留水40mlである。まず最初にウオーターバスの温度を55℃に、オーブン温度を190℃に設定した。ミキサー(ホバート社製、N-50型)に卵を割り入れ低速で2分間撹拌した。ステンレスボールに500gの砂糖を計り、500gの溶き卵と混合し、ウオーターバス上で撹拌しながら温度が41〜42℃になるまで湯煎した。温度が到達したらホイッパーを取り付けた縦型ミキサー(関東混合機工業社製、CS-20型)にセットした。タイマーを6分にセットし、最初の30秒間を低速で行って途中で高速に切り替えた。タイマーが残り3分になったら、100mlの55℃の蒸留水を加え、残り2分になったら再度100mlの55℃の蒸留水を加え、残り30秒で低速に切り替えた。泡立ての間、ボールの外側からヒートガンを使って生地温が30℃を保つように暖めた。生地の比重は24.0〜25.0の間になるように調整した。240gの生地をボールに計り、小麦粉サンプル100gを生地の上にふりかけて、木べらで10回のストローク毎にボールを45度回転する動作を4回繰り返し小麦粉と生地を合わせた。次に10回の速いストロークごとにボールを45度回転させて大きい気包をつぶした。スクレーパーを使ってボール内のすべてのスポンジケーキ生地をケーキ型に移し、オーブンで35分間焼成した。焼成直後にスポンジケーキ型を30cmの高さから木のまな板の上に水平に落としてケーキの収縮を防いだ。薄紙をつまんでスポンジケーキを型から取り出して、ラックの上で数時間冷やした。十分に冷えたらナイロン袋に入れて室温で保存し、翌日に重量と容積を測定した。スポンジケーキの容積はレーザー体積計(アステックス社製、SELNAC-VM150)で測定し、対照標準として各試験毎に日清製粉社製薄力小麦粉「バイオレット」を用い、「バイオレット」の体積を100とした体積比を計算した。
【0057】
第1表に北海道内で栽培した秋まき小麦品種「ホクシン」のクッキーおよびスポンジケーキの評価結果を示す。試験例1、2の「ホクシン」は、良好な薄力粉特性を示す小麦の特性であるタンパク10%以下、アミロース含量26%以上、SDSS値8.5以下、SKCS硬度42以下のすべてを満たしており、良好なクッキーおよびスポンジケーキ適性を示した。これに対し、試験例3、4の「ホクシン」は、良好な薄力粉特性を示す小麦の特性であるタンパク10%以下、アミロース含量26%以上、SDSS値8.5以下、SKCS硬度42以下の基準を満たしておらず、試験例1,2および市販粉を用いた比較例1と比べて明らかに劣っていた。
【0058】
【表1】

注)網がけは本発明の選抜基準に当てはまらない分析値および遺伝子型
1) 小麦粉水分含量14%換算の小麦粉タンパク含量
2) 小麦粉中のアミロース含量(アミロース含量は26%以上を基準とし、それ以下のサンプルを網がけした)
3) SDSセディメンテーション値
4) SKCS装置による小麦原粒の硬度
5) クッキーの直径が大きい方が適性(薄力粉適性)が優れると評価される。
6) クッキーの割れ・外観・食味・食感の評価は、◎非常に良好、○良好、△やや劣る、×劣るの4段階で評価された。
7) スポンジケーキの体積が大きい方が適性(薄力粉適性)が優れると評価される。
8) スポンジケーキの外観・形状・食味・食感の評価は、◎非常に良好、○良好、△やや劣る、×劣るの4段階で評価された。
【0059】
以上の結果から、上記の小麦特性のうち4つすべての基準値を満たす小麦系統の小麦粉の薄力粉特性が非常に良好であることが判る。
【0060】
[実施例2]
「北見81号」を母本、「Eltan」を父本として、以下に示す一般的方法によって交配後F1種子を得た。まず、「北見81号」が開花する2〜3日前におしべをピンセットで取り去り(除雄)、パーチメント袋(硫酸紙)をかぶせ、2〜3日後に袋をはずし、この小麦のめしべに他方の小麦の花粉を毛筆用の筆でふりかけた。他からの花粉の飛来を避けるために再び袋をかぶせた。その約40日後に雑種個体(F1個体)を得た。次に、得られた雑種個体(F1個体)を、他からの花粉の飛来を避けるための開花2〜3日前にパーチメント袋(硫酸紙)をかぶせるようにして自家受粉させてF2種子を得た。
【0061】
上記F2種子を栽培し、以下に示す一般的なトウモロコシ法を用いハプロイド系統を作成し、その後コルヒチン処理により半数体倍加系統(DH)を得た。トウモロコシ法は以下の様にして行った。雑種第一代(2n=42)の小麦の切り穂にトウモロコシ品種「ワセホマレ」の花粉を交配し、切り穂に培養液(3%シュクロース、0.075% 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、0.4%マレイン酸)を吸収させて胚を成長させた。受粉後14日目の未熟種子を穂から取り外し、70%エタノール水溶液で1分間、さらに5%次亜塩素酸水溶液で20分間滅菌処理し、その後滅菌水で5回洗浄した。クリーンベンチ内で実体顕微鏡下で未熟種子を切開して内部の幼胚を取り出し、9cmシャーレのMS培地上に移植した。未熟胚を移植したシャーレを20℃、光レベル3、8時間日長に設定した人工気象器(三洋電機社製 MLR-350)で約1ヶ月培養して発芽させた。幼胚が発芽して得られた半数体植物(n=21)を園芸用培土(北海三共社製、三共園芸培土)で満たした長さ65cm、幅15cm、深さ20cmのプランターに移植し、20℃に設定した温室で1ヶ月間栽培した。半数体植物が生長して4〜5葉期になったところでプランターから植物を掘り出した。植物体を水で洗浄後、地上部と地下部をそれぞれ各5cmの長さで切断し、0.1%コルヒチン水溶液中に5時間浸積処理して染色体の倍加処理を行った。その後流水で一晩洗浄してからプランターに植え戻し、4℃、8時間日長に設定した人工気象器で60日間春化処理を行った。その後20℃に設定した温室に植物を移動し、出穂した穂から遺伝的に固定したDH系統(2n=42)の種子を得た (Suenaga et al., Plant Cell Rep. 8:263-266 (1989))。
【0062】
更に、以下に示す方法でDH系統の高分子量グルテニンサブユニット、LMWGS組成を決定した。なお、交配親の「北見81号」と「Eltan」の高分子量グルテニンサブユニット、LMWGS組成については交配前に同様の方法によって決定し、両交配親を用いることによって、薄力粉適性の高い高分子、LMWGS組成を持った系統を作出できることを予め確認した。
【0063】
(1)小麦種子タンパクの抽出
グルテニン組成決定のための小麦種子タンパクの抽出は、Singhら(J Cereal Sci, 14, 203-208, 1991)とMelasら(Cereal Chem, 71, 234-237, 1994)の方法を改変して行った。まず、各系統の種子を粉砕し、粉120mg当り1.5 mlの割合で抽出バッファーSA [50%(v/v) 1−プロパノール、 0.08 M トリス塩酸塩(Tris-HCl, pH 8.0)]を加え、60℃で30分間振とうした。アルブミン、グロブリン、グリアジン画分を除去するため、遠心分離(18000×g、20℃)の後、上清を廃棄した。さらに、この抽出操作を2回繰り返して得た沈殿を60 mMのジチオスレイトール(DTT)を含むSA中で、65℃で1時間インキュベートした。上清に1.4%(v/v)ビニルピリジンを含むSAを等量加え、65℃で30分インキュベートした。これに4倍の容量のアセトンを加え、グルテニン画分を沈殿させ、遠心分離の後、沈殿を65℃で乾燥させた。この沈殿を、8M尿素、2%トリトンX-100(w/v)、20mM DTT、2% IPG buffer (pH6-11、w/v;アマシャムファルマシアバイオテク社製)からなる400μlのlysis bufferに溶解し、後の電気泳動に用いた。
【0064】
(2)高分子量グルテニンの分離
高分子量グルテニンは、Leammli(Nature, 227, 680-685,1970)の方法に従い、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離した。12.5%のSDS-ポリアクリルアミドスラブゲル(13.5×11cm)を作製し、1レーンあたり、(1)のグルテニン溶液7.5μlをサンプルとして用いた。泳動は室温で、25mAの定電流条件で行った。0.25%のクマシーブリリアントブルー(CBB、w/v)を用い、一晩染色してタンパクの検出を行った。
【0065】
(3)低分子量グルテニンの分離
低分子量グルテニンは、Gorgら(Electrophoresis, 9, 531-546, 1988)の方法に基づき、二次元ゲル電気泳動を用いた次の操作方法によって、分離・同定した。まず、(1)のグルテニン溶液50μlを含む250μlのlysisバッファー中で乾燥ゲル(Immobiline dry strip, pH 6-11、13cm長;アマシャムファルマシアバイオテク社製)を膨潤させ、試料をゲル中へ添加した。一次元目の等電点ゲル電気泳動は、Multiphor II (アマシャムファルマシアバイオテク製)を用いて、300Vで1分行った後、1.5時間の間に徐々に電圧を3500Vまで上昇させ、その後さらに3500Vで4時間行った。このゲルを6M尿素、30%グリセロール、2%SDS、0.00625% BPB、0.5% DTT、50 mMトリス(pH 6.8)を含む溶液中で10分平衡化し、二次元目の電気泳動に供試した。二次元目については、(2)と同様の条件で、Ruby 600(アマシャムファルマシアバイオテク製)を用いSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行ったが、濃縮ゲルは用いず、上述した平衡化したゲルを、分離用スラブゲル(16×15cm)の上に直接載せ、0.5%アガロースを含む0.125Mトリス(pH 6.8)で固定した。これを泳動バッファーの温度を20℃に保ちながら、30mAで15分通電した後、6mAで15時間泳動を行った。二次元目の泳動の終わったゲルは0.25% CBBで一晩染色し、タンパクを検出した。なお、高分子、LMWGS組成の同定については、船附らの方法(船附稚子:北海道農業研究センター研究報告, 第183号(別刷), (2005))によって行った。
【0066】
得られたDHの種子を温室で栽培して種子を増殖した後、上記した標準栽培法により栽培して一定量の種子を得た。得られた種子を用いて上記した方法によりタンパク質含量、アミロース含量、SDSS値、SKCS硬度を測定した。また、上記した方法により、個々の系統の3つのWxタンパク質の有無を評価した。更に、一定量の種子をテンパリング後、ビューラー・テストミル(Buhler社製, ドイツ)を用いて製粉を行い一定量の小麦粉を得た。
【0067】
更に、上記のDHと母本品種の小麦粉について、クッキー試験と以下の方法によるビスケット試験を行い個々の系統の薄力粉適性を評価した。クッキー試験は実施例1と同様に行った。
【0068】
ビスケット試験は以下のようにして行った。1個あたりの配合は小麦粉30g、ベーキングパウダー0.9g、メープルシロップ18g、オリーブオイル6gである。まず、泡立て器でメープルシロップとオリーブオイルを2分間撹拌し乳化させた。小麦粉とベーキングパウダーを混合して篩にかけ、乳化させたメープルシロップとオリーブオイルと混合した。ピン型ミキサー(ナショナルマニファクチュアリング社、35gタイプ)で25秒間撹拌した。ビスケット生地を厚さ3mmのシートに圧延し、直径60mmのクッキー型で生地をくり抜いて成形した。焼成は200℃のオーブンで9分間行った。ノギスを用いて焼成後のビスケットを45度ずつ回転して4方向の直径を測定し、2枚のビスケットの平均値をビスケット直径を定義した。
【0069】
第2表に上記の方法によって10系統のDHについての評価結果を示す。これより、試験例1〜5の小麦系統サンプルの小麦は、良好な薄力粉特性を示す小麦の特性であるタンパク質含量10%以下、薄力小麦に好ましいアミロース含量28%以上、SDSS値8.5以下、且つSKCS値が42以下の値を示し、Wx遺伝子も全てが野生型を示した。また、クッキー、ビスケット試験結果も非常に良好であり比較例3の市販の薄力小麦粉と同等の適性を示し、薄力粉適性が非常に良好であることが判る。これに対し、試験例6〜10のDH系統の小麦粉では、薄力小麦特性評価の4つの基準の内1つ以上がその条件を満たしておらず、クッキーおよびビスケット評価は比較例1,2の親品種「北見81号」、「Eltan」および比較例3の市販粉と比べて明らかに劣っていた。以上の結果から、上記の小麦特性の4つの基準値を満たす小麦系統の小麦粉の薄力粉特性が非常に良好であることが判る。これより、標準法によって栽培された小麦系統について、上記の4つの基準値に基づいて選抜を行い、さらにWx遺伝子をPCRマーカーを用いてチェックを行い野生型を選抜することによって、確実に薄力粉適性の高い系統を作出できることが判る。
【0070】
また、試験例1〜5の小麦系統はグルテニンサブユニット構成においても、高分子量グルテニンサブユニット(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つ低分子量グルテニンサブユニット(Glu-B3h)を有するものであり、かつHMWGS(5+10、17+18)とLMWGS(Glu-B3g)の両方を持たず、クッキーおよびビスケット試験結果は比較例1、2の親品種や比較例3の市販薄力小麦粉と同等かそれ以上で、薄力粉適性が非常に良好であることが判る。これに対し、試験例6〜10の小麦系統では、グルテニンサブユニット構成として、薄力小麦に適さないHMWGSの5+10とLMWGS(Glu-B3g)を少なくとも1つ持っていた。その結果、クッキーおよびビスケット試験においてこれらの系統の小麦粉は比較例1〜3と比べ劣る評価であった。以上の結果から、HMWGSの2+12を有し、LMWGS(Glu-B3h)を有し、さらにWx遺伝子が野生型である小麦系統は、上記の薄力小麦特性に関する4つの基準値を満たし、薄力粉特性が非常に良好であることが判る。
【0071】
【表2】

注)網がけは本発明の選抜基準に当てはまらない分析値および遺伝子型
1) 小麦粉水分含量14%換算の小麦粉タンパク含量
2) 小麦粉中のアミロース含量(アミロース含量は薄力粉に好ましい28%以上を基準とし、それ以下のサンプルを網がけした)
3) SDSセディメンテーション値
4) SKCS装置による小麦原粒の硬度
5) WT:Wx遺伝子3種類の全てを有する野生型、欠:Wx-B1遺伝子を欠失している欠失型
6) 2+12:高分子量グルテニンサブユニット「2+12」を持つ、5+10:高分子量グルテニンサブユニット「5+10」を持つ
7) g:低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3gを持つ、h:低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3hを持つ
8) クッキー・ビスケットの直径が大きい方が適性(薄力粉適性)が優れると評価される。
9) クッキー・ビスケットの割れ、外観の評価は、◎非常に良好、〇良好、△やや劣る、×劣るの4段階で評価された。
【0072】
以上より、HMWGSとLMWGSの遺伝子型について選抜すること、さらに必要により、Wx遺伝子について選抜することよって、値等標準法によって栽培された小麦系統について、4つの基準値を満たす、非常に高い精度で薄力粉適性の高い系統を作出できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、薄力粉適性の高い小麦系統を用いる食品関連分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子量グルテニンサブユニット(以下、HMWGSと表記する)(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、または低分子量グルテニンサブユニット(以下、LMWGSと表記する)(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法。
【請求項2】
前記薄力小麦系統が、高分子量グルテニンサブユニット(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つ低分子量グルテニンサブユニット(Glu-B3h)を有することを特徴とする請求項1に記載の作出法。
【請求項3】
前記薄力小麦系統は、以下の(a)〜(d)の工程を得て得られる、請求項2に記載の作出法。
(a)HMWGS(2+12)及び(4+12)を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦品種または系統を交配親とする小麦系統から小麦種子を採取する工程
(b)小麦種子タンパク質の高分子量グルテニンをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離し、低分子量グルテニンを二次元ゲル電気泳動法で分離する工程
(c)各ゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有するか、またはLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦種子を、採取した小麦系統から選抜する工程
(d)選抜した小麦系統を自殖、または他の(a)に示した交配親の条件を満たす小麦品種または系統と交配することによって、その後代においてHMWGS(2+12)及び(4+12)の少なくとも一方を有し、且つLMWGS(Glu-B3h)を有する小麦系統を得る工程
【請求項4】
前記薄力小麦系統から、Wx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aの遺伝子が発現するタンパク質の全てを持っている小麦系統をさらに選択する工程を含む請求項1〜3のいずれかに記載の作出法。
【請求項5】
前記薄力小麦系統は、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下であることを特徴とする高い薄力粉適性を示す、請求項1〜4のいずれかに記載の作出法。
【請求項6】
高分子量グルテニンサブユニット(以下、HMWGSと表記する)(5+10)及び(17+18)並びに低分子量グルテニンサブユニット(以下、LMWGSと表記する) Glu-B3gの少なくとも1つを有さない小麦品種または系統を交配親として用いて育成することで薄力小麦系統を得ることを含む、薄力小麦系統の作出法。
【請求項7】
前記薄力小麦系統は、HMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない、請求項6に記載の作出法。
【請求項8】
前記薄力小麦系統は、以下の(a)〜(d)の工程を得て得られる、請求項7に記載の作出法。
(a)HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つを有しない小麦品種または系統を交配親とする小麦系統から、小麦種子を採取する工程
(b)小麦種子タンパク質のHMWGSをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分離し、LMWGSを二次元ゲル電気泳動法で分離する工程
(c)各ゲル上のグルテニンの分離パターンにおいて、HMWGS(5+10)及び(17+18)並びにLMWGS(Glu-B3g)の少なくとも1つを有しない小麦種子を、採取した小麦系統を選抜する工程
(d)選抜した小麦系統を自殖、または他の(a)に示した交配親の条件を満たす小麦品種または系統と交配することによって、その後代においてHMWGS(5+10)及び(17+18)の少なくとも一方並びにLMWGS(Glu-B3g)を有しない薄力小麦系統を得る工程
【請求項9】
前記薄力小麦系統から、Wx-A1a、Wx-B1a、Wx-D1aの遺伝子が発現するタンパク質の全てを持っている小麦系統をさらに選択する工程を含む請求項6〜8のいずれかに記載の作出法。
【請求項10】
前記薄力小麦系統は、標準栽培法によって得られた小麦において、その小麦のタンパク質含量が10%以下であり、小麦粉中のアミロース含量が26%以上、全粒分のSDSセディメンテーション値が8.5以下であり、且つ、SKCS装置による小麦粒硬度が42以下である高い薄力粉適性を示す、請求項6〜9のいずれかに記載の作出法。

【公開番号】特開2010−98984(P2010−98984A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−272116(P2008−272116)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】