説明

表面プラズモン励起増強蛍光分光法を用いた前立腺特異抗原の定量方法

【課題】本発明は、定量性はあるものの煩雑な工程を要するカラム等を用いずに、前立腺癌に特異的な糖鎖を有するPSAの血中含有量の測定を、診断用途に耐え得る感度と迅速性とを併せ持って定量する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】表面プラズモン励起増強蛍光分光法〔SPFS〕を用いてβ−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原〔PSA〕を定量する方法であって、β−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、該残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチンを捕捉分子として用いることを特徴とする、該残基を糖鎖の末端に有するPSAを定量する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン励起増強蛍光分光法〔SPFS;Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy〕を用いて、特定の前立腺特異抗原〔PSA;Prostate Specific Antigen〕を定量する方法に関する。さらに詳細には、本発明は、SPFSを用いて、特定の残基を糖鎖の末端に有するPSAに対する親和性が高いレクチンを捕捉分子として用いる、特定のPSAを定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の生命機能を担う主役であるタンパク質が、細胞社会の中において秩序正しく機能を発揮するためには、糖鎖修飾をはじめとする翻訳後修飾が極めて重要な役割を担っている。生体内の殆どのタンパク質は糖鎖による修飾を受けており、タンパク質に付加した糖鎖がウイルスの感染、原虫の寄生、感染、毒素の結合、ホルモンの結合、受精、発生分化、タンパク質の安定性、がん細胞転移、アポトーシスなど、生命現象の様々な場で重要な役割を果たしていることが近年次々と明らかになってきた。
【0003】
糖鎖機能の解析のためには、まずその糖鎖の構造解析が欠かせない。今後も糖鎖構造解析法の重要性は増すことが予想される。しかし糖鎖の構造解析は多大な時間と労力、経験を要することから、従来の手法に基づき完全な構造決定を目指すのではなく、より簡便に、高速、高感度、かつ高精度に多彩な糖鎖構造の特徴を抽出し、相互識別できるシステム開発が期待されていた。
【0004】
糖鎖と糖鎖に相互作用を示すレクチン等のタンパク質間の結合は抗原抗体反応の一般的な解離定数(Kd=10-8以下)等に比べて、一般的に弱い相互作用であることが知られており、これらの解離定数(Kd)は10-6 Mかそれ以上であることが多い。また糖鎖と糖鎖に相互作用を示すタンパク質間の相互作用は比較的速い解離−会合反応から成り立っていることが知られており、結果的に一般的なタンパク質間相互作用や相補的ヌクレオチド断片間の相互作用に比べ、洗浄操作などにより解離側に平衡が傾きやすい。例えば、レクチンを糖タンパク質固定化カラム等にて精製を行う際にも、レクチンの結合が弱い場合は洗浄操作中にレクチンがカラム外に流出してしまう現象がしばしば観察される。
【0005】
特許文献1には、レクチンと糖鎖の相互作用を利用するマイクロアレイ分析であって、エバネッセント励起方式(マイクロアレイスキャナー装置)により蛍光を検出する糖鎖解析手法が記載されている。エバネッセント光(局在場光)は、励起光をガラス内部で全反射させた際に界面からの高さ200〜300nm(励起波長の半分程度)の範囲にしみ出す微弱光であり、上記範囲よりも遠い位置にある、ブラウン運動をしている(捕捉されていない)プローブ等を標識する蛍光物質をほとんど励起することなく、レクチンと糖鎖の相互作用により上記範囲内に捕捉されたプローブ等を標識する蛍光物質を選択的に観察することができる。そのためのより具体的な態様としては、図7(特許文献1の図9)のAおよびBのように、スライドグラス上にレクチンを固定化し、これに蛍光標識糖鎖プローブまたは蛍光標識糖タンパク質を結合させる態様や、同図のEのように、スライドグラス上に抗体を固定化し、これに糖タンパク質を結合させた後、蛍光標識レクチンを結合させる態様(サンドイッチアッセイ)などが記載されている。
【0006】
しかしながら、エバネッセント波(局在場光)で励起できる蛍光量は微弱であり、大量の標識糖鎖が基板上のレクチンに結合しないと蛍光シグナルとして認識されないという問題がある。特に、疾患の診断に重要とされる糖鎖は血中に微量しか存在しないことから、疾患の診断という側面では、エバネッセント波を用いる測定方法では検出感度が充分ではなく正確な診断を行うには困難な場合がある。また、特許文献1の技術は、複数のレクチンを固定化するマイクロアレイ形式で反応を進めることから、定量性が充分に発揮できないという問題も残存している。
【0007】
一方、特許文献2には、前立腺癌患者のPSA〔前立腺特異抗原〕の多くがβ−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有しているという発見に基づき、キカラスウリレクチン-II〔TJA-II〕等のレクチンを固定化したカラムによって血液からそのような特定の糖鎖を有するPSAを分離精製した後、当該PSA量を分析する方法、および、この分析方法を用いた前立腺癌と前立腺肥大症との鑑別方法が開示されている。しかしながら、この分析方法は煩雑な工程を含み、臨床現場での適用は実質的に不可能とも言える。また一般的に、レクチンカラムや電気泳動による分離は、反応条件(例えばpH等)によって、アナライトの変性やレクチンの活性低下が生じ易いと言われている。従って、特許文献2に開示された分析方法は、再現性に問題がある虞がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2005/064333号
【特許文献2】国際公開第2010/090264号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、解離速度定数の大きいレクチンを用いた糖鎖の相互作用の解析には、BIACOREをはじめとした流路を利用した、ノンラベルの(蛍光標識を用いない)手法である表面プラズモン共鳴〔SPR〕が利用されてきた。しかしながら、解析に必要なアナライト濃度が高濃度のものが必要であることから、血中の微量糖鎖の定量測定には解析能力が不足していた。
【0010】
また、特許文献1に記載の、局在場光を利用した糖鎖解析手法は、流路を利用する形式ではなくマイクロアレイ形式であって、定量性がないために複数糖鎖のプロファイル解析に利用は止まるものである。このうち、レクチンを固定化した態様(AおよびB)は、レクチンに由来する非特異的反応に関する問題もある。すなわち、レクチン固相した基板に生体成分(血液、体液等)をアプライすると、レクチンと特異的に結合する糖鎖を有する糖脂質や糖タンパクが集積してくる。本来の目的は、単一の糖脂質、糖タンパクを基板に集積させることであるが、レクチンを基板に固相すると、このような問題が発生し、感度や定量性に著しく欠ける測定系になる場合がある。
【0011】
一方、レクチンを固定化せずに蛍光標識レクチンとして用いる態様(E)は、一般記載として例示されてはいるが、実施例において実際にこの態様を用いた測定は行われておらず、測定能力の検証や実用性の裏付けは行われていない。
【0012】
すなわち、感度と非特異的反応の問題を解決し、血中の微量糖鎖の定量測定を可能とする技術はこれまで存在しなかったと言える。
そこで、本発明は、特許文献2に記載されているような、定量性はあるものの煩雑な工程を要するカラム等を用いずに、前立腺癌に特異的な糖鎖を有する前立腺特異抗原〔PSA〕の血中含有量の測定を、診断用途に耐え得る感度と迅速性とを併せ持って定量する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、表面プラズモン励起増強蛍光分光法〔SPFS〕を用いてβ−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原〔PSA〕を定量する方法であって、β−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原〔PSA〕との親和性が、該残基を糖鎖の末端に有さない前立腺特異抗原〔PSA〕との親和性より高いレクチンを捕捉分子として使用することを特徴とする、該残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原〔PSA〕を定量する方法である。
【0014】
上記レクチンは、蛍光色素により標識されたレクチンであることが好ましい。
上記レクチンは、キカラスウリレクチン−II〔TJA−II〕および/またはノダフジレクチン〔WFA〕であることが好ましい。
【0015】
本発明の定量方法は、上記レクチンを二次捕捉分子として使用するサンドイッチアッセイに用いることが好ましい。
上記表面プラズモン励起増強蛍光分光法による蛍光量の測定を行いながら、上記レクチンと上記前立腺特異抗原との反応を実施することが好ましい。
【0016】
上記サンドイッチアッセイで使用する固相一次抗体は、上記前立腺特異抗原のタンパク質部分に結合し得る抗体であって、3次元構造を有する固相化層に固定化された抗体であってもよい。
【0017】
上記サンドイッチアッセイで使用する固相一次抗体に、上記前立腺特異抗原を定量するための検体を接触させることなく蛍光色素により標識された上記レクチンを接触させて、上記表面プラズモン励起増強蛍光分光法による蛍光量を測定することにより、リファレンスデータを算出し、該リファレンスデータとの差分により上記前立腺特異抗原を定量することが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、前立腺癌に特異的な糖鎖を有するPSAの血中含有量の測定が、診断用途に耐え得る感度と迅速性とを併せ持ち、煩雑な工程を必要としない定量方法を提供することができる。本発明の定量方法を臨床現場に用いることで、現実的には初めて前立腺癌のより正確な診断が可能となる。
【0019】
本発明の定量方法を、例えばサンドイッチアッセイ(すなわち、固相一次捕捉分子−アナライト−二次捕捉分子のサンドイッチを構成し、通常二次捕捉分子に標識された蛍光色素等によってアナライトを検出することができるアッセイである。)に用いる場合、検出するための分子(二次捕捉分子)として特定のレクチンを固相ではなく、標識レクチンとして使用することで、レクチンの非特異的反応を懸念することなく、血中での微量糖鎖の認識が可能となる。また、SPFSにおける一般的な洗浄後の蛍光測定では、捕捉したアナライトの解離に伴うシグナル低下、迅速診断が困難となる等の問題が生じているが、本発明はリアルタイム計測(経時的な計測)が可能であり、さらに、蛍光シグナルのリファレンスデータを取得することで、高感度・高精度かつ迅速に処理できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本実施例1で得られた結果を示す。
【図2】図2は、本実施例2で得られた結果を示す。
【図3】図3は、本実施例3で得られた結果を示す。
【図4】図4は、本実施例4で得られた結果を示す。
【図5】図5は、本発明の定量方法において、SPFSを用いたサンドイッチアッセイの一態様を模式的に示した図であり、固相一次抗体と、該抗体とタンパク質部分とが結合したPSAと、該PSAの糖鎖部分に結合した蛍光標識レクチン(二次捕捉分子)とを含み(1)、一方、固相一次抗体と蛍光標識レクチンとを用いるリファレンスデータを得るためのサンドイッチアッセイを(2)に示す。
【図6】図6は、SPFSを用いたサンドイッチアッセイにおいて、本発明で用いるセンサーチップに固定化された一次捕捉分子である一次抗体(リガンド)が、好ましくは3次元構造を有する固相化層の中および外面に固定化された抗体である該センサーチップの横断面の模式図を示す。
【図7】図7は、特許文献1の図9のA〜Eを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る特定のPSAのみを定量する方法;該定量方法に用いることが好ましい、サンドイッチアッセイに好適なセンサーチップ;および該定量方法に用い得るSPFS用装置について具体的に説明する。
【0022】
<定量方法>
本発明に係る、下記の残基を糖鎖の末端に有するPSAを定量する方法は、SPFSを用いてβ−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有するPSAを定量する方法であって、β−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、該残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチンを捕捉分子として使用することを特徴とする。
【0023】
このようなレクチンとしては、これら残基と結合し得るレクチンであれば何れのものも用いることができるが、特に、キカラスウリレクチン−II〔TJA−II〕および/またはノダフジレクチン〔WFA〕を用いることが好ましい。また、このようなレクチンを蛍光色素により標識されたレクチンとして用いることが好ましい。
【0024】
本発明の定量方法は、例えば、このようなレクチンを二次捕捉分子として用いるサンドイッチアッセイや競合アッセイ、免疫沈降アッセイなどに用いることが好ましい。
本発明において、「β−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有するPSA」を「特定の糖鎖を有するPSA」または単に「特定アナライト」ともいい、「これら残基を糖鎖の末端に有さないPSA」を「特定の糖鎖を有さないPSA」または単に「非特定アナライト」ともいい、さらに、これらPSAをまとめて単に「アナライト」ともいう。また「蛍光色素により標識されたレクチン」を単に「蛍光標識レクチン」や「蛍光標識されたレクチン」とも記載する。
【0025】
本発明の定量方法を流路内かつサンドイッチアッセイとして実施し、上記レクチンとして蛍光標識レクチンを用いる場合、本発明は、アナライトと蛍光標識レクチンとの反応後にこの蛍光標識レクチンを洗浄することなく、アナライトと蛍光標識レクチンとの反応途中〜反応直後であってもSPFSにより蛍光量(蛍光強度)を測定することができる。すなわち、本発明は、アナライトと蛍光標識レクチンとの反応を、SPFSによる蛍光量の測定と同時に実施することができる。これは、レクチンの解離速度定数が大きいため非特異的吸着が抑制され、そして蛍光を検出する際、SPFSによる増強電場が界面からの高さ200〜300nm(励起波長の半分程度)の範囲にしか及ばず、ブラウン運動をしている蛍光標識レクチンの蛍光色素をほとんど励起することなく、結合反応に預かる蛍光標識レクチンを選択的に観察することができるからである。
【0026】
本発明において、SPFSを用いたサンドイッチアッセイを実施する際に、透明支持体と、透明支持体の一方の表面に形成された金属薄膜と、該金属薄膜の、透明支持体とは接していないもう一方の表面に形成された自己組織化単分子膜〔SAM〕と、該SAMの、該金属薄膜とは接していないもう一方の表面に固定化されたリガンド(固定化された一次捕捉分子、好ましくは固相一次抗体)とを含むセンサーチップを用いることが好ましい。さらに好ましくは、図6に示すように、透明支持体と上記金属薄膜と上記SAMと上記リガンドとに加えて3次元構造を有する固相化層とを含むセンサーチップを用いることであって、該固相化層は該SAMの該金属薄膜とは接していないもう一方の表面に形成され、該リガンド(一次捕捉分子、好ましくは一次抗体)は該固相化層(好ましくは、該固相化層の中および外面)に固定化されている。
【0027】
本発明の定量方法をサンドイッチアッセイに適用した場合、このようなセンサーチップを用いるのが好ましく、
工程(i)として、アナライトを含有する検体をセンサーチップに接触させた後、リガンドに結合した該アナライト以外の検体に含有される成分を洗浄し;
工程(ii)として、蛍光色素が標識されたレクチンを、工程(i)を経て得られたセンサーチップに接触させ;
工程(iii)として、SPFSに基づき、透明支持体の、上記金属薄膜を形成していないもう一方の表面からレーザ光を照射し、励起された蛍光色素から発光された蛍光量を測定し、その結果から検体中に含有される特定アナライト量を算出する、上記工程(i)〜(iii)を含むことが好ましい。
【0028】
この場合、本発明の定量方法は、上記工程(i)〜(iii)を実施して得られたデータから、上記工程(i)を実施せずに、工程(ii)および(iii)を実施(すなわち、サンドイッチアッセイで用いる固相一次抗体に、上記前立腺特異抗原を定量するための検体を接触させることなく上記蛍光色素により標識されたレクチンを接触させて、上記表面プラズモン励起増強蛍光分光法による蛍光量を測定)して得られたリファレンスデータを差分することがより好ましい。
【0029】
(捕捉分子)
本発明において、捕捉分子とは、サンドイッチアッセイ(一次捕捉分子であっても二次捕捉分子であってもよく、蛍光色素に標識されていても、されていなくてもよい。)に限らず、SPFSを使用するあらゆるアッセイにおいて、特定アナライトを捕捉するために用いる分子を意味する。
【0030】
このような捕捉分子として、本発明においては、当該捕捉分子あるいは一次捕捉分子と二次捕捉分子とを用いるサンドイッチアッセイ等にあっては、少なくともいずれか一方の捕捉分子は、β−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、これら残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチン、好ましくは蛍光標識されたレクチンであり、また好ましくはキカラスウリレクチン−II〔TJA−II〕および/またはノダフジレクチン〔WFA〕であり、より好ましくは蛍光標識されたキカラスウリレクチン−II〔TJA−II〕および/またはノダフジレクチン〔WFA〕であり、さらに好ましくはこのようなレクチンの解離速度定数〔kd〕が1.0×10-6 〜1.0×10-4(S-1)である。
【0031】
前立腺癌患者由来のβ−N−アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAのうち、当該糖鎖の非還元末端に結合したβ−N−アセチルガラクトサミン残基(GalNAcβ1→R)の一部がシアル酸で置換されているものもある。フコースα(1,2)ガラクトース残基(Fucα1→2Galβ1→R)を糖鎖の末端に有するPSAは、当該糖鎖の末端が、α-フコースがガラクトースに1,2結合した構造を有する。様々な前立腺癌患者のPSAのうち、β−N−アセチルガラクトサミン残基を末端に有する糖鎖およびフコースα(1,2)ガラクトース残基を末端に有する糖鎖をそれぞれ単独で発現したPSAや、両糖鎖を同時に発現し、かつ、いずれかが優位に発現したPSAも存在する可能性がある。
【0032】
TJA-IIは、キカラスウリの塊根から抽出・精製されるレクチンであって、非還元状態の当該レクチン(S−S結合した二量体)の電気泳動による分子量は64kDaであり、還元状態の場合は32kDaおよび29kDaを示す。TJA-IIはβ−N−アセチルガラクトサミン残基およびフコースα(1,2)ガラクトース残基の両方の残基に強い親和性を示す。
【0033】
WFAは、ノダフジの種子から抽出・精製されるレクチンであって、β−N−アセチルガラクトサミン残基(GalNAcβ1→)を非還元末端に有するGalNAcβ1→4Gal残基およびGalNAcβ1→4GlcNAc残基にも強い親和性を示す。
【0034】
(蛍光色素)
レクチンを標識する蛍光色素とは、本発明において、所定の励起光を照射する、または電界効果を利用して励起することによって蛍光を発光する物質の総称であり、該「蛍光」は、燐光など各種の発光も含む。
【0035】
本発明で用いてもよい蛍光色素は、金属薄膜による吸光に起因する消光を受けない限りにおいて、その種類に特に制限はなく、公知の蛍光色素のいずれであってもよい。一般に、単色比色計〔monochromometer〕よりむしろフィルタを備えた蛍光計の使用をも可能にし、かつ検出の効率を高める大きなストークス・シフトを有する蛍光色素が好ましい。
【0036】
このような蛍光色素としては、例えば、フルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(Integrated DNA Technologies社製),ポリハロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株)製),ヘキサクロロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株)製),クマリン・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株)製),ローダミン・ファミリーの蛍光色素(GEヘルスケア バイオサイエンス(株)製),シアニン・ファミリーの蛍光色素,インドカルボシアニン・ファミリーの蛍光色素,オキサジン・ファミリーの蛍光色素,チアジン・ファミリーの蛍光色素,スクアライン・ファミリーの蛍光色素,キレート化ランタニド・ファミリーの蛍光色素,BODIPY(登録商標)・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株)製),ナフタレンスルホン酸・ファミリーの蛍光色素,ピレン・ファミリーの蛍光色素,トリフェニルメタン・ファミリーの蛍光色素,Alexa Fluor(登録商標)色素シリーズ(インビトロジェン(株)製)などが挙げられ、さらに米国特許番号第6,406,297号、同第6,221,604号、同第5,994,063号、同第5,808,044号、同第5,880,287号、同第5,556,959号および同第5,135,717号に記載の蛍光色素も本発明で用いることができる。
【0037】
これらファミリーに含まれる代表的な蛍光色素の吸収波長(nm)および発光波長(nm)を表1に示す。
【0038】
【表1】

また、蛍光色素は、上記有機蛍光色素に限られない。例えばEu,Tb等の希土類錯体系の蛍光色素も、本願発明に用いられる蛍光色素となりうる。希土類錯体は、一般的に励起波長(310〜340nm程度)と発光波長(Eu錯体で615nm付近、Tb錯体で545nm付近)との波長差が大きく、蛍光寿命が数百マイクロ秒以上と長い特徴がある。市販されている希土類錯体系の蛍光色素の一例としては、ATBTA−Eu3+ が挙げられる。
【0039】
本発明においては、後述する蛍光測定を行う際に、金属薄膜に含まれる金属による吸光の少ない波長領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることが望ましい。例えば、金属薄膜として金を用いる場合には、金薄膜による吸光による影響を最小限に抑えるため、最大蛍光波長が600nm以上である蛍光色素を使用することが望ましい。したがって、この場合には、Cy5,Alexa Fluor(登録商標)647等近赤外領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることが特に望ましい。このような近赤外領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることは、血液中の血球成分由来の鉄による吸光の影響を最小限に抑えることができる点で、検体として血液を用いる場合においても有用である。一方、金属薄膜として銀を用いる場合には、最大蛍光波長が400nm以上である蛍光色素を使用することが望ましい。
【0040】
これら蛍光色素は一種単独でも二種以上併用してもよい。
蛍光色素により標識されたレクチンの作製方法としては、例えば、まず蛍光色素にカルボキシル基を付与し、該カルボキシル基を、水溶性カルボジイミド〔WSC〕(例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩〔EDC〕など)とN−ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕とにより活性エステル化し、次いで活性エステル化したカルボキシル基とレクチンが有するアミノ基とを水溶性カルボジイミドを用いて脱水反応させ固定化させる方法;イソチオシアネートおよびアミノ基をそれぞれ有するレクチンおよび蛍光色素を反応させ固定化する方法;スルホニルハライドおよびアミノ基をそれぞれ有するレクチンおよび蛍光色素を反応させ固定化する方法;ヨードアセトアミドおよびチオール基をそれぞれ有するレクチンおよび蛍光色素を反応させ固定化する方法;ビオチン化された蛍光色素とストレプトアビジン化されたレクチン(あるいは、ストレプトアビジン化された蛍光色素とビオチン化されたレクチン)とを反応させ固定化する方法などが挙げられる。
【0041】
(検体)
検体としては、例えば、血液(血清・血漿),尿,鼻孔液,唾液,便,体腔液(髄液,腹水,胸水等)などが挙げられ、所望の溶媒、緩衝液等に適宜希釈して用いてもよい。これら検体のうち、血液,血清,血漿,尿,鼻孔液および唾液が好ましい。
【0042】
(接触)
接触は、流路中に循環する送液に検体が含まれ、センサーチップのリガンドが固定化されている片面のみが該送液中に浸漬されている状態において、センサーチップと検体とを接触させる態様が好ましい。
【0043】
このように、センサーチップの金属薄膜上に流路が形成され、金属薄膜上に固定化されたリガンドに検体等が接触する態様であることが好ましいが、流路を設けない態様であってもよく、また、流路を設けた場合であっても循環送液する態様に限らず、往復送液や一方向のみに送液する態様であってもよい。
【0044】
(流路)
センサーチップに流路を形成する方法としては、センサーチップの金属薄膜が形成されている表面に、流路高さ0.5mmを有するポリジメチルシロキサン〔PDMS〕製シートを該センサーチップの金属薄膜が形成されている部位を囲むようにして圧着し、次に、該ポリジメチルシロキサン〔PDMS〕製シートとセンサーチップとをビス等の閉め具により固定することにより形成することが好ましい。
【0045】
また、センサーチップに流路を形成する方法としては、プラスチックの一体成形品)にセンサ基板を形成、または別途作製したセンサ基板を固定し、金属薄膜表面にSAM(或いは誘電体からなるスペーサ層),固相化層およびリガンドの固定化を行った後、流路天板に相当するプラスチックの一体成形品により蓋をすることで製造することもできる。
【0046】
(送液)
循環送液させる際の温度および時間としては、検体の種類などにより異なり、特に限定されるものではないが、通常20〜40℃×1〜60分間、好ましくは37℃×5〜15分間である。
【0047】
このように本発明の定量方法を流路内で実施する場合、その送液の流速は100μL/分以上10,000μL/分以下であることが好ましい。また、上記流路に供する検体溶液の量は、5μL以上1,000μL以下であることが好ましい。送液の流速および検体溶液量がそれぞれ上記範囲内であると、レクチンの非特異的反応を軽減でき、かつ、レクチンの抗原糖鎖との特異的な結合を確保するという観点から好適である。
【0048】
<センサーチップ>
上述したように、本発明の定量方法をサンドイッチアッセイに用いる際にセンサーチップを用いることが好ましく、透明支持体と金属薄膜とSAMと、好ましくは固相化層と、リガンド(上記一次抗体が好ましい。)とを含んでなる。
【0049】
(透明支持体)
本発明において、センサーチップの構造を支持する基板として透明支持体が用いられる。本発明において、センサ基板として透明支持体を用いるのは、後述する金属薄膜への光照射をこの透明支持体を通じて行うからである。
【0050】
本発明で用いられる透明支持体について、本発明の目的が達せられる限り、材質に特に制限はない。例えば、この透明支持体はガラス製であってもよく、また、ポリカーボネート〔PC〕,シクロオレフィンポリマー〔COP〕などのプラスチック製であってもよい。
【0051】
また、d線(588nm)における屈折率〔nd〕が好ましくは1.40〜2.20であり、厚さが好ましくは0.01〜10mm、より好ましくは0.5〜5mmであれば、大きさ(縦×横)は特に限定されない。
【0052】
なお、ガラス製の透明支持体は、市販品として、ショット日本(株)製の「BK7」(屈折率〔nd〕1.52)および「LaSFN9」(屈折率〔nd〕1.85),(株)住田光学ガラス製の「K−PSFn3」(屈折率〔nd〕1.84),「K−LaSFn17」(屈折率〔nd〕1.88)および「K−LaSFn22」(屈折率〔nd〕1.90),ならびに(株)オハラ製の「S−LAL10」(屈折率〔nd〕1.72)などが、光学的特性と洗浄性との観点から好ましい。
【0053】
透明支持体は、その表面に金属薄膜を形成する前に、その表面を酸および/またはプラズマにより洗浄することが好ましい。酸による洗浄処理としては、0.001〜1Nの塩酸中に、1〜3時間浸漬することが好ましい。プラズマによる洗浄処理としては、例えば、プラズマドライクリーナー(ヤマト科学(株)製の「PDC200」)中に、0.1〜30分間浸漬させる方法が挙げられる。
【0054】
(金属薄膜)
本発明に係るセンサーチップでは、上記透明支持体の一方の表面に金属薄膜を形成する。この金属薄膜は、光源からの照射光により表面プラズモン励起を生じ、電場を発生させ、蛍光色素の発光をもたらす役割を有する。
【0055】
上記透明支持体の一方の表面に形成された金属薄膜としては、金,銀,アルミニウム,銅および白金からなる群から選ばれる少なくとも1種の金属からなることが好ましく、金からなることがより好ましい。これらの金属は、その合金の形態であってもよい。このような金属種は、酸化に対して安定であり、かつ表面プラズモンによる電場増強が大きくなることから好適である。
【0056】
なお、透明支持体としてガラス製基板を用いる場合には、ガラスと上記金属薄膜とをより強固に接着するため、あらかじめクロム,ニッケルクロム合金またはチタンの薄膜を形成することが好ましい。
【0057】
透明支持体上に薄膜を形成する方法としては、例えば、スパッタリング法,蒸着法(抵抗加熱蒸着法,電子線蒸着法等),電解メッキ,無電解メッキ法などが挙げられる。薄膜形成条件の調整が容易なことから、スパッタリング法または蒸着法によりクロムの薄膜および/または金属薄膜を形成することが好ましい。
【0058】
金属薄膜の厚さとしては、金:5〜500nm,銀:5〜500nm,アルミニウム:5〜500nm,銅:5〜500nm,白金:5〜500nm,およびそれらの合金:5〜500nmが好ましく、クロムの薄膜の厚さとしては、1〜20nmが好ましい。
【0059】
電場増強効果の観点から、金:20〜70nm,銀:20〜70nm,アルミニウム:10〜50nm,銅:20〜70nm,白金:20〜70nmおよびそれらの合金:10〜70nmがより好ましく、クロムの薄膜の厚さとしては、1〜3nmがより好ましい。
金属薄膜の厚さが上記範囲内であると、表面プラズモンが発生し易いので好適である。なお、金属薄膜の大きさ(縦×横)は特に限定されない。
【0060】
(SAM)
SAM〔Self-Assembled Monolayer;自己組織化単分子膜〕は、リガンド、好ましくは固相化層を固定化する足場として、またセンサーチップをサンドイッチアッセイに用いた際に蛍光分子の金属消光を防止する目的で、上記金属薄膜の、上記透明支持体とは接していないもう一方の表面に形成される。
【0061】
SAMが含む単分子としては、通常、炭素原子数4〜20程度のカルボキシアルカンチオール(例えば、(株)同仁化学研究所、シグマ アルドリッチ ジャパン(株)などから入手可能)、特に好ましくは10-カルボキシ-1-デカンチオールが用いられる。炭素原子数4〜20のカルボキシアルカンチオールは、それを用いて形成されたSAMの光学的な影響が少ない、すなわち透明性が高く、屈折率が低く、膜厚が薄いなどの性質を有していることから好適である。
【0062】
このようなSAMの形成方法としては、特に限定されず、従来公知の方法を用いることができる。具体例として、金属薄膜がその表面に形成された透明支持体の該薄膜表面にマスク材からなる層が形成されたものを、10-カルボキシ-1-デカンチオール((株)同仁化学研究所製)を含むエタノール溶液に浸漬する方法などが挙げられる。このように、10-カルボキシ-1-デカンチオールが有するチオール基が、金属と結合し固定化され、金薄薄膜の表面上で自己組織化し、SAMを形成する。
【0063】
また、SAMを形成する代わりに「誘電体からなるスペーサ層」を形成してもよい。このような「誘電体からなるスペーサ層」の形成に用いられる誘電体としては、光学的に透明な各種無機物、天然または合成ポリマーを用いることもできる。その中で、化学的安定性、製造安定性および光学的透明性に優れていることから、二酸化ケイ素〔SiO2〕,二酸化チタン〔TiO2〕または酸化アルミニウム〔Al23〕を含むことが好ましい。
【0064】
誘電体からなるスペーサ層の厚さは、通常10nm〜1mmであり、共鳴角安定性の観点からは、好ましくは30nm以下、より好ましくは10〜20nmである。一方、電場増強の観点から、好ましくは200nm〜1mmであり、さらに電場増強の効果の安定性から、400nm〜1,600nmがより好ましい。
【0065】
誘電体からなるスペーサ層の形成方法は特に限定されず、従来公知の方法を用いることができるが、例えば、スパッタリング法,電子線蒸着法,熱蒸着法,ポリシラザン等の材料を用いた化学反応による形成方法,またはスピンコータによる塗布などが挙げられる。
【0066】
(固相化層)
固相化層は、上記SAMの、上記金属薄膜とは接していないもう一方の表面に形成されていてもよい、3次元構造を有するものであることが好ましい。
【0067】
この「3次元構造」とは、後述するリガンドの固定化を、「センサ基板」表面(およびその近傍)の2次元に限定することなく、該基板表面から遊離した3次元空間にまで広げられる固相化層の構造をいう。
【0068】
このような固相化層は、グルコース,カルボキシメチル化グルコース,ならびにビニルエステル類,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,オレフィン類,スチレン類,クロトン酸エステル類,イタコン酸ジエステル類,マレイン酸ジエステル類,フマル酸ジエステル類,アリル化合物類,ビニルエーテル類およびビニルケトン類それぞれに包含される単量体からなる群より選択される少なくとも1種の単量体から構成される高分子を含むことが好ましく、デキストランおよびデキストラン誘導体などの親水性高分子ならびにビニルエステル類,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,オレフィン類,スチレン類,クロトン酸エステル類,イタコン酸ジエステル類,マレイン酸ジエステル類,フマル酸ジエステル類,アリル化合物類,ビニルエーテル類およびビニルケトン類それぞれに包含される疎水性単量体から構成される疎水性高分子を含むことがより好ましく、カルボキシメチルデキストラン〔CMD〕などのデキストランが生体親和性、非特異的な吸着反応の抑制性、高い親水性の観点から特に好適である。
【0069】
CMDの分子量は、1kDa以上5,000kDa以下が好ましく、4kDa以上1,000kDaがより好ましい。
固相化層(例えば、デキストランまたはデキストラン誘導体からなるもの)は、その密度として2ng/mm2未満を有することが好ましい。固相化層の密度は、用いる高分子の種類に応じて適宜調整することができる。上記高分子が上記SAMに、このような密度の範囲内で固相化されていると、センサーチップをアッセイ法に用いた場合に、アッセイのシグナルが安定化し、かつ増加するため好適である。
【0070】
固相化層の平均膜厚は、3nm以上80nm以下であることが好ましい。この膜厚は原子間力顕微鏡〔AFM〕などを用いて測定することができる。固相化層の平均膜厚がこのような範囲内であると、センサーチップをアッセイ法に用いた場合に、アッセイのシグナルが安定化し、かつ増加するため好適である。
【0071】
固相化層に含まれる高分子として、カルボキシメチルデキストラン〔CMD〕を用いた場合の、SAM表面に固定化する方法を具体的に説明する。
すなわち、好ましくは分子量1kDa以上5,000kDa以下であり、上述したようなカルボキシメチルデキストランを0.01mg/mL以上100mg/mL以下と、N−ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕を0.01mM以上300mM以下と、水溶性カルボジイミド〔WSC〕を0.01mM以上500mM以下とを含むMES緩衝生理食塩水〔MES〕に、透明支持体と金属薄膜とSAMとがこの順序で積層された基板を0.2時間以上3.0時間以下浸漬し、SAMにカルボキシメチルデキストランを固定化することができる。
【0072】
固相化層の密度は、反応点数(SAMの官能基数),反応溶液のイオン強度およびpH,ならびにカルボキシメチルデキストラン分子のカルボキシル基数に対するWSC濃度によって調整することができる。また固相化層の平均膜厚は、カルボキシメチルデキストランの分子量および反応時間によって調整することができる。
【0073】
(リガンド)
本発明において、リガンド(一次捕捉分子)は、センサーチップをサンドイッチアッセイに用いた際に、検体中のアナライトを固定(捕捉)させる目的で用いられるものである。このようなリガンドは、上記金属薄膜またはSAMに固定化されていてもよいが、上記固相化層の中および外面に固定化、すなわち固相化層の3次元構造の中に分散して固定化されることが好ましい。
【0074】
本発明において、リガンドとは、検体中に含有されるアナライトを特異的に認識し(または、認識され)結合し得る分子または分子断片をいう。このような「分子」または「分子断片」としては、例えば、核酸(一本鎖であっても二本鎖であってもよいDNA,RNA,ポリヌクレオチド,オリゴヌクレオチド,PNA(ペプチド核酸)等,またはヌクレオシド,ヌクレオチドおよびそれらの修飾分子),タンパク質(ポリペプチド,オリゴペプチド等),アミノ酸(修飾アミノ酸も含む。),糖質(オリゴ糖,多糖類,糖鎖等),脂質,またはこれらの修飾分子,複合体などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0075】
「タンパク質」としては、例えば、抗体などが挙げられ、具体的には、抗αフェトプロテイン〔AFP〕モノクローナル抗体((株)日本医学臨床検査研究所などから入手可能),抗ガン胎児性抗原〔CEA〕モノクローナル抗体,抗CA19−9モノクローナル抗体,抗PSAモノクローナル抗体などが挙げられる。
【0076】
なお、本発明において、「抗体」という用語は、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体,遺伝子組換えにより得られる抗体,および抗体断片を包含する。
このリガンドの固定化方法としては、例えば、カルボキシメチルデキストラン〔CMD〕などの反応性官能基を有する高分子が有するカルボキシル基を、水溶性カルボジイミド〔WSC〕(例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩〔EDC〕など)とN−ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕とにより活性エステル化し、このように活性エステル化したカルボキシル基と、リガンドが有するアミノ基とを水溶性カルボジイミドを用いて脱水反応させ固定化させる方法;上記SAMが有するカルボキシル基を、上述のようにしてリガンドが有するアミノ基と脱水反応させ固定化させる方法などが挙げられる。
【0077】
なお、検体等がセンサーチップに非特異的に吸着することを防止するため、上記リガンドを固定化させた後に、センサーチップの表面を牛血清アルブミン〔BSA〕等のブロッキング剤により処理することが好ましい。
【0078】
上記固相化層に固定化されたリガンドの密度は、1フェムトmol/cm2以上1ナノmol/cm2以下が好ましく、10フェムトmol/cm2以上100ピコmol/cm2以下がより好ましい。リガンドの密度が上記範囲内であると、信号強度が大きくなるため好適である。
【0079】
<SPFS用装置>
本発明に用いることができるSPFS用装置は、その一方の表面に一次抗体を固定化したセンサーチップを装填可能な装置であって、PSAが該一次抗体に結合し、さらに蛍光色素により標識されたレクチンが、該PSAのうちβ−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有するPSAに結合することを可能とする構成を含んでなることが好ましい。
【0080】
このような装置としては、上記センサーチップを装填可能とした構成以外に、例えば、レーザ光の光源,各種光学フィルタ,プリズム,カットフィルタ,集光レンズ,表面プラズモン励起増強蛍光〔SPFS〕検出部なども含むものとし、検体液,洗浄液または標識抗体液などを取り扱う際に、上記センサーチップと組み合った送液系を有することが好ましい。送液系としては、例えば、送液ポンプと連結したマイクロ流路デバイスなどでもよい。検出部に使用するセンサとしては、イメージセンサを用いることが好ましく、CCDイメージセンサやフォトマル等を用いることができる。
【0081】
また、表面プラズモン共鳴〔SPR〕検出部、すなわちSPR専用の受光センサとしてのフォトダイオード,SPRおよびSPFSの最適角度を調製するための角度可変部(サーボモータで全反射減衰〔ATR〕条件を求めるためにフォトダイオードと光源とを同期して、45〜85°の角度変更を可能とする。分解能は0.01°以上が好ましい。),SPFS検出部に入力された情報を処理するためのコンピュータなども含んでもよい。
【0082】
なお、光源,光学フィルタ,カットフィルタ,集光レンズおよびSPFS検出部は、上記の態様以外にも従来公知の種々の態様を用いることができる。
送液するためのポンプとしては、例えば、送液が微量な場合に好適なマイクロポンプ,循環送液には適用できないが送り精度が高く脈動が少ないシリンジポンプ,微量送液には不向きな場合があるが簡易で取り扱い性に優れるがチューブポンプなどが挙げられる。送液手段としては上記のポンプに限定されることなく、目的や用途に応じて種々の手段を適宜選択して用いることができる。
【実施例】
【0083】
次に、本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
[実施例1](SPFSを用いたTJA−IIレクチンによるPSA糖鎖の検出)
(1-1)TJA−IIレクチンの蛍光標識化
TJA−IIレクチン〔Trichosanthes japonica Lectin〕(生化学工業(株))を、Alexa Fluor(商標名)647 タンパク質ラベリングキット(インビトロゲン社)を用いて蛍光標識化した。手順は該キットに添付のプロトコールに従った。未反応レクチンや未反応蛍光等を除去するため、限外濾過膜(日本ミリポア(株)製)を用いて反応物を精製し、Alexa Fluor 647標識TJA−II溶液を得た。得られた蛍光標識化TJA−IIレクチンの溶液はタンパク定量後、4℃で保存した。
【0084】
(1-2)LNCaP培養上清の調製
β−N−アセチルガラクトサミン残基が発現したPSAを産生するLNCaP(Human prostate adenocarcinoma cell line)を培養し、上清を回収し、遠心分離後にPSA濃度をELISAにて測定し、−80℃で保存した。
【0085】
(1-3)センサーチップの作製
厚さ1mmのガラス製の透明平面基板「S−LAL10」((株)オハラ製、屈折率〔nd〕=1.72)を、プラズマドライクリーナー「PDC200」(ヤマト科学(株)製)でプラズマ洗浄した。プラズマ洗浄された該基板の片面に、まずクロム薄膜をスパッタリング法により形成し、さらにその表面に金薄膜をスパッタリング法により形成した。このクロム薄膜の厚さは1〜3nm、金薄膜の厚さは44〜52nmであった。
【0086】
次いで、このようにして得られた基板を25mg/mLに調整した10-カルボキシ-1-デカンチオールのエタノール溶液10mLに24時間浸漬し、金薄膜の表面にSAMを形成した。この基板をエタノール溶液から取り出し、エタノールおよびイソプロパノールで順次洗浄した後、エアガンを用いて乾燥させた。SAMの表面に、2mm×14mmの穴を有する厚さ0.5mmのシート状のシリコンゴムスペーサを設けることで基板上に流路を形成させ、流路の外側から基板を覆うように厚さ2mmのポリメチルメタクリレート板を乗せ圧着し、ビスで流路と該ポリメチルメタクリレート板とを固定した。
【0087】
そして、流路に超純水を10分間、その後PBSを20分間、定流量ポンプにより、室温、流速500μL/minで循環させた。続いて、N−ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕を50mMと、水溶性カルボジイミド〔WSC〕を100mMとを含むPBSを5mL送液し、20分間循環送液させた後に、抗PSAモノクローナル抗体(クローンNo.79;2.5mg/mL;(株)ミクリ免疫研究所株式会社製)溶液2.5mLを30分間循環送液することで、SAM上に一次抗体を固相化した。最後に重量1%牛血清アルブミン〔BSA〕を含むPBS緩衝生理食塩水にて、30分間循環送液することで非特異吸着防止処理を行うことで、センサーチップを作製した。
【0088】
(1-4)測定
抗原添加工程:送液をPBSに代え、LNCaP培養上清を段階希釈し、PSA濃度が0.1, 0.5, 1, 5, 10ng/mLとなる溶液を0.5mLずつ添加し、それぞれ25分間循環させた。
【0089】
洗浄工程:Tween20を0.05重量%含むTBSを送液として10分間循環させることによって洗浄した。ここでブランクの蛍光を、光源としてレーザ光源を用いて、波長635nmのレーザ光を、光学フィルタ(シグマ光機(株))によりフォトン量を調節し、プリズム((株)オハラ製の「S−LAL10」(屈折率〔n〕=1.72))を通して、センサーチップの金属薄膜に照射し、カットフィルタとして蛍光成分以外の波長をカットするカットフィルタ、対物レンズ(20倍)を用いてCCDイメージセンサ(テキサスインスツルメント(株)製)により検出した。
【0090】
検出工程:上記抗原添加工程にて、PSA濃度が順に高くなるように各溶液の循環毎に上記洗浄工程を行った後、上記(1-1)で用意した蛍光標識化レクチン(1ng/mL)含むPBSを5mL添加し、20分間循環させ、その後、Tween20を0.05重量%含むTBS溶液へと送液を切り替えて20分後にCCDイメージセンサ(テキサスインスツルメント(株)製)によりシグナルを取得した。本測定の結果を図1に示す。
【0091】
上記の実施例により、糖との親和性の低いレクチンを標識化レクチンとして用い、しかも洗浄操作を施すことで結合の弱いレクチンが糖から解離し得るような状態においても、SPFSによる測定ではレクチン(TJA−IIレクチン)と糖との結合に基づくシグナルを明瞭に観察できることが示された。
【0092】
[実施例2](SPFSを用いたWFAレクチンによるPSA糖鎖の検出)
(2-1)WFAレクチンの蛍光標識化
WFA〔Wisteria floribunda Agglutinin〕(Vector社)を、Alexa Fluor(商標名) 647 タンパク質ラベリングキット(インビトロゲン社)を用いて蛍光標識化した。手順は該キットに添付のプロトコールに従った。未反応レクチンや未反応蛍光等を除去するため、限外濾過膜(日本ミリポア(株)製)を用いて反応物を精製し、Alexa Fluor 647標識WFA溶液を得た。得られた蛍光標識化レクチンの溶液はタンパク定量後、4℃で保存した。
【0093】
(2-2)WFAレクチンでの測定
上記(2-1)で得られたWFAレクチンを用いて、実施例1の(1-2),(1-3),(1-4)と同様の方法にて、シグナルを取得した。なお、抗原の添加量は、LNCaP培養上清を段階希釈してPSA濃度が0.1, 0.5, 2, 10, 50ng/mLとなる溶液を0.5mLずつ添加して順次測定した。測定の結果を図2に示す。
【0094】
この実施例2により、TJA−II(実施例1)以外に蛍光標識化レクチンとしてWFAレクチン(実施例2)を用いた場合も、SPFSによる測定ではレクチン−糖の結合に基づくシグナルを明瞭に観察できることが示された。
【0095】
[実施例3](SPFSを用いたリアルタイム測定)
実施例1(1-4)において、蛍光標識化レクチン添加後から、同時に検出を実施すること以外は実施例1と同様にしてシグナルを取得した。すなわち、まず抗原としてLNCaP培養上清をPSA濃度が0.5ng/mLとなるように希釈した溶液を添加し、洗浄後に蛍光標識化レクチン(1ng/mL)含むPBSを5mL添加し、150秒間循環させ、送液直後から蛍光強度の測定を行い送液時間とCCDにて検出されるシグナルをプロットした。次に、蛍光標識化レクチン溶液からTween20を0.05重量%含むTBS溶液へと送液を切り替え、切り替え直後から20分間(ただし、図3のグラフ中、切り替え直後から150秒間のみのシグナルを示す。)、蛍光標識化レクチンの抗原からの解離反応をCCDにて蛍光シグナルを測定することで観察した。上記の一連のシグナルをブロットした結果を図3に示す。
【0096】
この実施例3により、レクチン−糖の結合反応、および、その後の洗浄による解離反応がSPFSを用いた測定により明瞭に観察でき、洗浄後の測定によるシグナルではなく、シグナル量の高い洗浄前のシグナルを取得することで、より高感度に微量の糖の測定が可能であることが示された。
【0097】
[実施例4](リファレンスの正確な取得を経たSPFS測定)
実施例3において、LNCaP培養上清の代わりにPBSを0.5mLずつ添加し、25分間循環させ、その後に、蛍光標識化レクチン(1ng/mL)を含むPBSを5mL添加し、150秒間循環させ、送液直後から蛍光強度の測定を行い送液時間とCCDにて検出されるシグナルをプロットした。さらに、蛍光標識化レクチン溶液からTween20を0.05重量%含むTBS溶液へと送液を切り替え、切り替え直後から20分間、蛍光標識化レクチンの抗原からの解離反応をCCDにて蛍光シグナルを測定することでリファレンスデータを取得した。取得したリファレンスデータを用いて、LNCaP培養上清を添加した場合のデータ(実施例3)を規格化した結果を図4に示す。
【0098】
この実施例4により、実施例3と同様にシグナル量の高い洗浄前の測定が高精度かつ高感度に微量の糖のシグナル測定が可能であるとともに、レファレンスデータとの差分により定量することでより正確なシグナルが取得可能であることが示された。
【0099】
以上のようなリファレンスデータを取得する際には、例えば、センサーチップに少なくとも2つの流路を形成し、2つの流路のそれぞれに同様の固相化された一次抗体を設けて、一方の流路には検体を送液することなく、他方の流路には検体を送液し、その後それぞれの流路に同時に標識されたレクチンを送液するよう構成することにより、一方の流路側でリファレンスデータとなる蛍光量を測定し、他方の流路側で抗原の結合に起因した蛍光を含む蛍光量を測定する形態であることが好ましい。
【0100】
なお、以上に説明した実施例においては何れも流路を用いて本発明の定量方法を実施した。このように流路を用いることにより、アッセイシグナルとアッセイブランクとの分離が可能となり、結合した微量の糖鎖の認識力を高めることができる。さらに、一連の工程を迅速・簡便に行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面プラズモン励起増強蛍光分光法を用いてβ−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原を定量する方法であって、β−N−アセチルガラクトサミン残基および/またはフコースα(1,2)ガラクトース残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原との親和性が、該残基を糖鎖の末端に有さない前立腺特異抗原との親和性より高いレクチンを捕捉分子として使用することを特徴とする、該残基を糖鎖の末端に有する前立腺特異抗原を定量する方法。
【請求項2】
上記レクチンが、蛍光色素により標識されたレクチンである請求項1に記載の定量方法。
【請求項3】
上記レクチンが、キカラスウリレクチン−II〔TJA−II〕および/またはノダフジレクチン〔WFA〕である請求項1または2に記載の定量方法。
【請求項4】
上記レクチンを二次捕捉分子として使用するサンドイッチアッセイに用いる請求項1〜3のいずれかに記載の定量方法。
【請求項5】
上記表面プラズモン励起増強蛍光分光法による蛍光量の測定を行いながら、上記レクチンと上記前立腺特異抗原との反応を実施する請求項4に記載の定量方法。
【請求項6】
上記サンドイッチアッセイで使用する固相一次抗体が、前立腺特異抗原のタンパク質部分に結合し得る抗体であって、3次元構造を有する固相化層に固定化された抗体である請求項4または5に記載の定量方法。
【請求項7】
上記サンドイッチアッセイで使用する固相一次抗体に、上記前立腺特異抗原を定量するための検体を接触させることなく蛍光色素により標識された上記レクチンを接触させて、上記表面プラズモン励起増強蛍光分光法による蛍光量を測定することにより、リファレンスデータを算出し、該リファレンスデータとの差分により上記前立腺特異抗原を定量する請求項4〜6のいずれか一項に記載の定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−76666(P2013−76666A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−217566(P2011−217566)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】