説明

被加工物の加工方法

【課題】除去レートを正確に把握し、高い形状精度を要求される光学素子や光学素子成形用金型の加工に対応できる加工方法を提供する。
【解決手段】ツールであるイオンビーム1を、ダミーワーク2上で走査させ、このときの滞留時間を走査位置に対する一次関数で変化させ、実際に形成された単位除去形状3から、連続的に変化する滞留時間に対する除去レートを把握する。ツールの滞留時間を走査位置に対して一次関数で変化させているため、走査速度が速い場合から遅い場合まで連続して、実際の除去形状に基づく除去レートを取得することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被加工物より小さいツールを用いて光学素子や光学素子成形用金型等を加工する加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学素子や光学素子成形用金型の形状を高精度に仕上げる加工方法として、被加工物より小さい研磨パッドやイオンビームなどのツールを被加工物上に走査させて加工を行う形状修正加工方法がある。この加工方法では、まず加工前の被加工物の形状を測定し、目標形状からの誤差量を把握しておく。この誤差量は、被加工物の形状を目標形状に近づけるための目標除去形状となる。さらに、ツールの単位時間あたりのスポット加工痕である単位除去形状を、予備加工等により把握しておく。単位除去形状は、ツールの被加工物に対する除去プロファイルを規定する。同時に単位除去形状は、ツールの滞留時間と、被加工物に形成される除去形状の深さもしくは体積の関係を表す除去レートを規定する。
【0003】
そして、目標除去形状と単位除去形状から、被加工物を目標形状に近づけるためのツールの滞留時間分布を計算する。この滞留時間分布に従って、ツールの走査速度を制御しながら走査させることで、被加工物を目標形状に近づける(特許文献1参照)。
【0004】
滞留時間分布は、形状修正加工の精度を決定する主要因の一つである。したがって、滞留時間分布の計算に用いられる除去レートの精度が、直接、形状修正加工の精度を左右する要因となる。
【0005】
従来の加工方法では、ツールの滞留時間と、被加工物に形成される除去形状の深さもしくは体積の関係を表す除去レートは、単位除去形状でのみ規定される。単位除去形状は、単位時間あたりのスポット加工痕であり、単位時間ただ一点で除去レートを定義していることになる。これは、任意の時間だけ加工したときのスポット加工痕の深さが、単位時間あたりのスポット加工痕である単位除去形状を基準として、その加工時間に比例することが前提となっている。言い換えると、ツールの滞留時間と、被加工物に形成される除去形状の深さもしくは体積が比例関係にあることが前提である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−337638号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、実際の加工におけるツールの滞留時間と、被加工物に形成される除去形状の深さもしくは体積は、必ずしも比例関係にあるとは限らない。例えば、被加工物の極表層に加工変質層のように他とは特性が異なる層が形成されていた場合、この層を除去するときの除去レートは他とは異なる。また、滞留時間が長いほど加工点の温度が上昇し、かつ加工点の温度によって除去レートが変化する特性を持つ場合には、走査速度の遅い場所での除去レートは、早い場所でのそれよりも大きくなる。このようにツールの滞留時間と、被加工物に形成される除去形状の深さもしくは体積が比例関係にない場合、すなわち除去レートを一次関数で与えることができない場合、除去レートを単位除去形状でのみ規定する方法では精度が不十分であった。特に高い形状精度を要求される光学素子や光学素子成形用金型の加工においては、これが原因で形状精度が目標に達しないという課題があった。
【0008】
本発明は、ツールの滞留時間と、実際に被加工物に形成される除去形状の深さもしくは体積との関係を正確に把握し、高精度な形状修正加工を安定して行うことを可能とする加工方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の被加工物の加工方法は、被加工物より小さいツールを走査させて目標形状に加工する被加工物の加工方法において、ダミーワーク上で前記ツールを走査させ、走査位置に対する一次関数となるように前記ツールの滞留時間を連続的に変化させながら前記ダミーワークを加工する工程と、前記ダミーワークに加工された除去形状の深さ又は体積の変化を測定することで、前記ツールの滞留時間の連続的な変化に対応する除去レートを求める工程と、を有し、前記目標形状及び前記除去レートに基づいて、前記ツールの走査速度を制御しながら前記被加工物を加工することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
ダミーワークを用いてツールの滞留時間を一次関数で連続的に変化させることで、走査速度が速い場合から遅い場合まで、すなわち滞留時間が短い場合から長い場合まで、連続して除去レートを取得することができる。除去レートが滞留時間に対して非線形であっても、除去形状の変化をダミーワークを用いて実測することで、除去レートを正確に把握し、高精度な形状修正加工を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】イオンビーム加工による単位除去形状を説明する図である。
【図2】従来例による除去深さと滞留時間の関係を説明する図である。
【図3】実施例1によるライン加工と除去形状を示す図である。
【図4】実施例1による除去深さと滞留時間の関係を説明する図である。
【図5】実施例2によるラスター加工と除去形状を示す図である。
【図6】実施例2による除去深さと滞留時間の関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1及び図2は、従来の形状修正加工で行われている除去レートの把握方法を説明するものである。図1(a)に示すように、イオンビーム1は、除去レートを把握するためのダミーワーク2上のある一点に対しイオンビーム1が単位時間だけ照射され、(b)に示すように、単位除去形状3が形成される。
【0013】
図2(a)は、ダミーワーク上に形成された単位除去形状3の断面形状を拡大し、模式的に表したものである。この単位除去形状3を、別途形状測定機等を用いて測定することで、除去された深さ又は体積を把握することができる。図2(b)は、単位除去形状3の深さを測定した結果を用いて描かれた、滞留時間の変化に対する除去深さの関係を表すグラフである。単位除去形状加工結果4は、イオンビーム1をダミーワーク2に照射した滞留時間5と、単位除去形状3を測定して得られた除去深さ6から一意にプロットされる。従来の除去レート把握方法では、滞留時間と、除去形状の深さ又は体積が比例関係にあることが前提となっている。すなわち滞留時間と除去深さの関係は、単位除去形状加工結果4を通り、切片が0となる直線で示される。図2(b)、(c)に実線で示す除去レート直線7がこれにあたる。
【0014】
ところが実際には、滞留時間と除去形状の深さもしくは体積が、必ずしも比例関係にあるとは限らない。例えば、被加工物の極表層に加工変質層のように他とは特性が異なる層が形成されていた場合、この層を除去するときの除去レートは変化する。また、滞留時間が長いほど加工点の温度が上昇し、かつ加工点の温度によって除去レートが変化する特性を持つ場合には、走査速度の遅い場所での除去レートは、早い場所でのそれよりも大きくなる。
【0015】
図2(c)に破線で示すように、実際に被加工物を加工したときの除去レート曲線8においては、滞留時間と除去深さ又は除去体積の間に比例関係がない。すなわち、除去レート直線7と、実際の除去レート曲線8には差異がある。従来の形状修正加工においては、除去レート直線7を用いて滞留時間分布を計算していたが、実際に除去される深さ(体積)は、除去レート曲線8に従うため、従来の方法で計算された滞留時間分布には、除去レート直線7との差異に起因する誤差が含まれる。本発明は、ツールの滞留時間の連続的な変化に対する実際の除去レート曲線8を求めることで、形状修正加工の高精度化に対応するものである。
【0016】
なお、被加工物より小さいツールは、イオンビームに限らず、研磨パッドや磁性流体、EEM工具(EEM:Elastic Emission Machining)、噴射された液体、エッチング用プラズマ、レーザービームなどでもよい。
【実施例1】
【0017】
図3及び図4は、実施例1による加工方法に係るものである。
【0018】
まず、図3(a)に示すように、ツールであるイオンビーム1を、ダミーワーク2に対して、滞留時間9を走査位置に対する一次関数で連続的に変化させながらライン10に沿って走査させ、滞留時間に対する除去形状を求める。本実施例において、ツールとしてイオンビーム1を用いた。しかし、もちろんイオンビームに限らず、研磨パッドや磁性流体、EEM工具(EEM:Elastic Emission Machining)、噴射された液体、エッチング用プラズマ、レーザービームなどを用いてもよい。
【0019】
ダミーワーク2は、本加工で加工される被加工物と同じ材料を用いる。例えば石英ガラスや低熱膨張ガラスなどの光学素子材料や、超硬やセラミックスなどの光学素子成形用金型材量、シリコンや炭化珪素などの半導体材料などを用いることができる。ツールを被加工物に対して走査させる方法は、公知の技術を用いればよく、例えば、少なくとも一軸方向に移動可能なテーブル上にダミーワーク2を保持し、前記ツールに対して移動させる。もちろんツールの方を被加工物に対して移動させてもよいし、ツールおよび被加工物をそれぞれ移動させてもよい。好ましくは、本加工で使用する加工装置を用いて加工することが最適であり、それによってより高精度に滞留時間に対する除去形状を得る事ができる。本実施例においては、例えば、滞留時間9を、最小値0.02秒/mmから最大値20秒/mmまで、ライン10の走査位置に対する一次関数となるように連続的に変化させながら加工を行う。
【0020】
滞留時間9の最小値は、移動可能なテーブルに許容された最高移動速度により決定する。テーブルの移動速度が速ければ速いほど、滞留時間は小さくなっていき、テーブルの移動速度が最大のときに、滞留時間が最小になるからである。例えば、移動可能なテーブルに許容された最高移動速度が50mm/秒である場合、滞留時間9の最小値はこの逆数の0.02秒/mmで与えられる。テーブルはこれ以上速い速度では移動できないため、滞留時間もこれより小さい値は取り得ない。
【0021】
また、滞留時間9の最大値は、形状仕上げの対象となる光学素子や光学素子成形用金型で想定される最大の除去深さを参考にして決定する。所望の除去深さが大きくなれば大きくなるほど、滞留時間は大きく(長く)なっていき、最大の除去深さを要する箇所で滞留時間が最大(最長)になるからである。なお、この時点で正確な除去レートは把握できていないため、想定される最大の除去深さが分かっても、それに正確に対応する滞留時間は分からない。しかしこの加工では、狙いの深さとさほど大きな差異の無い加工形状が形成されれば良く、過去の事例等よりおおよその滞留時間を設定しておけば十分である。例えば、形状仕上げで想定される最大の除去深さが100nmであり、過去の事例等より予想されるおおよその除去レートが、深さ5nm/秒である場合、滞留時間9の最大値は100/5=20秒/mm程度に設定する。滞留時間の最大値が過度に大きくなると、形成される加工形状が深くなり過ぎてしまい、形状計測の精度が劣化する恐れがあるため、このように実際の加工で想定される最大の除去深さを参考に滞留時間の最大値を決定する必要がある。
【0022】
以上より、滞留時間9を、最小値から最大値まで、ライン10の走査位置に対する一次関数となるように連続的に変化させながら加工を行う。
【0023】
図3(b)は、ライン加工が終了した後のダミーワーク2を模式的に表したもので、ダミーワーク2の表面(ダミーワーク上)には、ライン加工による除去形状であるライン加工形状13が形成される。
【0024】
図4(a)は、ライン加工形状13の、イオンビーム1を走査させた方向の断面形状をライン幅の中心で取り、拡大して模式的に表したものである。このライン加工形状13を、別途形状測定機等を用いて測定することで、除去された深さ又は体積の変化を連続して把握することができる。
【0025】
計測方法は、公知の技術を用いればよい。通常、形状計測は縦横とも均等な格子状のサンプリングピッチを持つ離散的な配列データとして取り込まれる。この段階で高い空間周波数についてはフィルタリング除去される。
【0026】
形状計測の結果算出されたライン加工形状13の断面形状に対して、多項式f(x)で近似曲線を求める。
【0027】
図4(b)は、イオンビーム1のライン走査時の滞留時間9と、ライン加工形状13の深さを測定した結果を用いて描かれた、滞留時間と除去深さの関係を表す除去レート曲線17を示す。このように、滞留時間と除去形状の深さもしくは体積の間に比例関係がない場合であっても、滞留時間の変化に対する実際の除去レート曲線17を正確に把握することができる。
【0028】
除去レート曲線17は、ライン加工形状13の断面形状を多項式近似したf(x)の位置xを滞留時間tに変換したF(t)で表すことができる。
【0029】
除去レート曲線17を用いて、被加工物を目標形状に形状修正加工するための滞留時間分布を計算する。
【0030】
まず、加工前の被加工物の形状を形状測定機で計測し、目標形状との差異を算出したもの、すなわち目標除去形状E(x、y)を把握する。そしてこのE(x、y)を単位除去形状t(x、y)で従来どおりデコンボリューション演算し、仮の滞留時間分布D1(x、y)を算出する。ここで、単位除去形状t(x、y)は、従来どおり単位時間ただ一点で除去レートを定義しているもので良い。デコンボリューション演算については文献「精密工学会誌:62(1996)408」に詳しく記載されている。次に、得られた仮の滞留時間分布D1(x、y)に対し除去レート曲線F(t)を乗算し、各所での真の除去レートR1(x、y)を算出する。そして、単位除去形状t(x、y)を各所での真の除去レートR1(x、y)に合致するよう深さ方向にスケーリングした真の単位除去形状t1(x、y)を求める。さらに、この真の単位除去形状t1(x、y)をそれぞれの加工位置ごとに仮の滞留時間分布D1(x、y)に対してコンボリューション演算し、予想除去形状C1(x、y)を算出する。
【0031】
予想除去形状C1(x、y)は、仮の滞留時間分布D1(x、y)で加工を行った場合に実際に除去される形状である。ここで、仮の滞留時間分布D1(x、y)は単位時間ただ一点で除去レートを定義して計算しているため、当然予想除去形状C1(x、y)と目標除去形状E(x、y)には大きな差異がある。
【0032】
そこで、目標除去形状E(x、y)と予想除去形状C1(x、y)の差を取り、誤差形状E1(x、y)を把握する。そして、この誤差形状E1(x、y)に対して、同様にデコンボリューション演算、除去レート曲線F(t)の乗算、真の単位除去形状の算出、コンボリューション演算のサイクルを回す。すなわち、第二の仮の滞留時間分布D2(x、y)と、第二の誤差形状E2(x、y)を算出する。
【0033】
以下、同様の手順で計算していき、第n番目の誤差形状En(x、y)が所定の誤差よりも小さくなったところで計算を終了する。ここで所定の誤差とは被加工物に要求される形状精度で決定される。例えば被加工物に要求される形状精度が0.1nmRMSである場合、計算を終了する誤差はその1/10の0.01nmRMS程度が望ましい。
【0034】
最後に、算出した全ての仮の滞留時間分布D1(x、y)、D2(x、y)、、、Dn(x、y)を合算し、除去レート曲線F(t)が加味された真の滞留時間分布D(x、y)を算出する。
【0035】
以上のように算出された真の滞留時間分布D(x、y)を用いて移動可能なテーブルの動作をNC制御し、被加工物の形状修正加工を行う。真の滞留時間分布D(x、y)は除去レート曲線F(t)が加味されており、従来の形状修正加工よりも高精度な加工が実現できる。
【0036】
このように、より現実の除去レートに即した、高精度な滞留時間分布を算出し、イオンビーム1の走査速度を制御することで、形状修正加工の加工精度を高めることができる。
【0037】
ライン10は直線状に示したが、除去された深さ(体積)の変化を連続して把握することができれば、曲線や矩形線など任意の線でもよいし、一定のエリアを加工する形態でもよい。
【実施例2】
【0038】
図5及び図6は、実施例2に係るものである。
【0039】
まず、図5(a)に示すように、イオンビーム1を、ダミーワーク2に対して、滞留時間9を走査位置に対する一次関数で連続的に変化させながらラスター走査軌跡20に沿って走査させ、滞留時間に対する除去形状を求める。本実施例において、ツールとしてイオンビーム1を用いた。しかし、もちろんイオンビームに限らず、研磨パッドや磁性流体、EEM工具(EEM:Elastic Emission Machining)、噴射された液体、エッチング用プラズマ、レーザービームなどを用いてもよい。
【0040】
ダミーワーク2は、本加工で加工される被加工物と同じ材料を用いる。例えば石英ガラスや低熱膨張ガラスなどの光学素子材料や、超硬やセラミックスなどの光学素子成形用金型材量、シリコンや炭化珪素などの半導体材料などを用いることができる。
【0041】
ツールを被加工物に対して走査させる方法は、公知の技術を用いればよく、例えば、少なくとも二軸方向に移動可能なテーブル上に被加工物を保持し、前記ツールに対して移動させる。もちろんツールの方を被加工物に対して移動させてもよいし、ツールおよび被加工物をそれぞれ移動させてもよい。好ましくは、本加工で使用する加工装置を用いて加工することが最適であり、それによってより高精度に滞留時間に対する除去形状を得る事ができる。
【0042】
ラスター走査軌跡20のラスターピッチ(隣り合う走査線と走査線の距離)は、本加工でのラスターピッチと合致させるのが良い。より本加工に近い状態での除去レート曲線が取得できるためである。
【0043】
本実施例においては、滞留時間9を、例えば、最小値0.02秒/mmから最大値5秒/mmまで、ラスター走査軌跡20の走査位置に対する一次関数となるように連続的に変化させながら加工を行う。
【0044】
滞留時間9の最小値は、移動可能なテーブルに許容された最高移動速度により決定する。テーブルの移動速度が速ければ速いほど、滞留時間は小さくなっていき、テーブルの移動速度が最大のときに、滞留時間が最小になるからである。例えば、移動可能なテーブルに許容された最高移動速度が50mm/秒である場合、滞留時間9の最小値はこの逆数の0.02秒/mmで与えられる。テーブルはこれ以上速い速度では移動できないため、滞留時間もこれより小さい値は取り得ない。
【0045】
また、滞留時間9の最大値は、形状仕上げの対象となる光学素子や光学素子成形用金型で想定される最大の除去深さを参考にして決定する。所望の除去深さが大きくなれば大きくなるほど、滞留時間は大きくなっていき、最大の除去深さを要する箇所で滞留時間が最大になるからである。なお、この時点で正確な除去レートは把握できていないため、想定される最大の除去深さが分かっても、それに正確に対応する滞留時間は分からない。しかしこの加工では、狙いの深さとさほど大きな差異の無い加工形状が形成されれば良く、過去の事例等よりおおよその滞留時間を設定しておけば十分である。例えば、形状仕上げで想定される最大の除去深さが100nm、過去の事例等より予想されるおおよその除去レートが、深さ5nm/秒程度に設定する。また、ラスター走査の重ね合わせによりイオンビーム1が被加工物上の一点を通過する回数が4回である場合、滞留時間9の最大値は100/5/4=5秒/mm程度に設定する。滞留時間の最大値が過度に大きくなると、形成される加工形状が深くなり過ぎてしまい、形状計測の精度が劣化する恐れがあるため、このように実際の加工で想定される最大の除去深さを参考に滞留時間の最大値を決定する必要がある。
【0046】
このように、滞留時間9を、最小値から最大値まで、ラスター走査軌跡20の走査位置に対する一次関数となるように連続的に変化させながら加工を行う。
【0047】
図5(b)は、ラスター加工が終了した後のダミーワーク2を模式的に表したもので、ダミーワーク2の表面(ダミーワーク上)には、ラスター走査による除去形状であるラスター加工形状23が形成される。
【0048】
図6(a)は、ラスター加工形状23の、イオンビーム1を走査させた方向の断面形状をラスター幅の中心で取り、拡大して模式的に表したものである。このラスター加工形状23を、別途形状測定機等を用いて測定することで、除去された深さ又は体積の変化を連続して把握することができる。
【0049】
計測方法は、公知の技術を用いればよい。通常、形状計測は縦横とも均等な格子状のサンプリングピッチを持つ離散的な配列データとして取り込まれる。この段階で高い空間周波数についてはフィルタリング除去される。
【0050】
形状計測の結果算出されたラスター加工形状23の断面形状に対して、多項式f(x)で近似曲線を求める。
【0051】
図6(b)は、イオンビーム1のラスター走査時の滞留時間9と、ラスター加工形状23の深さを測定した結果を用いて描かれた、滞留時間と除去深さの関係を表す除去レート曲線27を示す。このように、滞留時間と除去形状の深さもしくは体積の間に比例関係がない場合であっても、滞留時間の変化に対する実際の除去レート曲線27を正確に把握することができる。
【0052】
除去レート曲線27は、ラスター加工形状23の断面形状を多項式近似したf(x)の位置xを滞留時間tに変換したF(t)で表すことができる。
【0053】
除去レート曲線27を用いて、被加工物を目標形状に形状修正加工するための滞留時間分布を計算する。
【0054】
まず、加工前の被加工物の形状を形状測定機で計測し、目標形状との差異を算出したもの、すなわち目標除去形状E(x、y)を把握する。そしてこのE(x、y)を単位除去形状t(x、y)で従来どおりデコンボリューション演算し、仮の滞留時間分布D1(x、y)を算出する。ここで、単位除去形状t(x、y)は、従来どおり単位時間ただ一点で除去レートを定義しているもので良い。デコンボリューション演算については文献「精密工学会誌:62(1996)408」に詳しく記載されている。次に、得られた仮の滞留時間分布D1(x、y)に対し除去レート曲線F(t)を乗算し、各所での真の除去レートR1(x、y)を算出する。そして、単位除去形状t(x、y)を各所での真の除去レートR1(x、y)に合致するよう深さ方向にスケーリングした真の単位除去形状t1(x、y)を求める。さらに、この真の単位除去形状t1(x、y)をそれぞれの加工位置ごとに仮の滞留時間分布D1(x、y)に対してコンボリューション演算し、予想除去形状C1(x、y)を算出する。
【0055】
予想除去形状C1(x、y)は、仮の滞留時間分布D1(x、y)で加工を行った場合に実際に除去される形状である。ここで、仮の滞留時間分布D1(x、y)は単位時間ただ一点で除去レートを定義して計算しているため、当然予想除去形状C1(x、y)と目標除去形状E(x、y)には大きな差異がある。
【0056】
そこで、目標除去形状E(x、y)と予想除去形状C1(x、y)の差を取り、誤差形状E1(x、y)を把握する。そして、この誤差形状E1(x、y)に対して、同様にデコンボリューション演算、除去レート曲線F(t)の乗算、真の単位除去形状の算出、コンボリューション演算のサイクルを回す。すなわち、第二の仮の滞留時間分布D2(x、y)と、第二の誤差形状E2(x、y)を算出する。
【0057】
以下、同様の手順で計算していき、第n番目の誤差形状En(x、y)が所定の誤差よりも小さくなったところで計算を終了する。ここで所定の誤差とは被加工物に要求される形状精度で決定される。例えば被加工物に要求される形状精度が0.1nmRMSである場合、計算を終了する誤差はその1/10の0.01nmRMS程度が望ましい。
【0058】
最後に、算出した全ての仮の滞留時間分布D1(x、y)、D2(x、y)、、、Dn(x、y)を合算し、除去レート曲線F(t)が加味された真の滞留時間分布D(x、y)を算出する。
【0059】
以上のように算出された真の滞留時間分布D(x、y)を用いて移動可能なテーブルの動作をNC制御し、被加工物の形状修正加工を行う。真の滞留時間分布D(x、y)は除去レート曲線F(t)が加味されており、従来の形状修正加工よりも高精度な加工が実現できる。
【0060】
このように、より現実の除去レートに即した、高精度な滞留時間分布を算出し、イオンビーム1の走査速度を制御することで、形状修正加工の加工精度を高めることができる。
特に形状修正加工と除去レート把握方法の走査形態がラスター走査で一致するため、形状修正加工の加工精度をさらに高めることが可能となる。
【符号の説明】
【0061】
1 イオンビーム
2 ダミーワーク
3 単位除去形状
13 ライン加工形状
23 ラスター加工形状

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工物より小さいツールを走査させて目標形状に加工する被加工物の加工方法において、
ダミーワーク上で前記ツールを走査させ、走査位置に対する一次関数となるように前記ツールの滞留時間を連続的に変化させながら前記ダミーワークを加工する工程と、
前記ダミーワークに加工された除去形状の深さ又は体積の変化を測定することで、前記ツールの滞留時間の連続的な変化に対応する除去レートを求める工程と、を有し、
前記目標形状及び前記除去レートに基づいて、前記ツールの走査速度を制御しながら前記被加工物を加工することを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項2】
前記ツールの走査形態がラスター走査であることを特徴とする請求項1に記載の被加工物の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−31388(P2011−31388A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−150933(P2010−150933)
【出願日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「極端紫外線露光システムの基盤技術開発/EUV露光装置用非球面加工技術およびコンタミネーション制御技術の研究開発(継続研究)」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】