説明

記憶B細胞の培養方法

【課題】本発明は、記憶B細胞をインビトロで生存維持することができるような培養方法を提供することを課題とする。また、本発明は、培養液中の記憶B細胞をモニターする方法を提供することを課題とし、さらには記憶B細胞の生存を増強する化合物のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【解決手段】培養系にBAFFを存在させることによって、記憶B細胞を一定の割合で一定時間生存維持させることができる。これにより、記憶B細胞の培養系を用いて、記憶B細胞の生存を増強する化合物のスクリーニングを行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、記憶B細胞をインビトロで培養する方法に関する。また、本発明の培養方法を用いて、記憶B細胞をモニターする方法に関し、さらには記憶B細胞の生存を増強する化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の免疫機構は一度ウイルスや細菌などの抗原に刺激されると、二度目に同じ抗原で刺激を受けたとき、より早くまた強く反応し、その抗原を速やかに除去しようとする。記憶B細胞はそのような作用に関与しており、二度目の抗原の刺激によって速やかに抗体産生細胞に変化して大量に抗体を分泌し、抗原を除去する。
【0003】
記憶B細胞はおおよそ次のような過程を経て形成される。すなわち、先ず骨髄でB細胞が産生される。B細胞は骨髄の多能性造血幹細胞に由来し、プロB細胞からプレB細胞、未熟B細胞に分化する。未熟B細胞は骨髄又は脾臓においてさらに分化を経て成熟B細胞を形成する。未熟B細胞および成熟B細胞の内、その細胞表面に発現しているB細胞受容体を介して自己抗原に反応するものが除去され、自己反応性を示さない成熟B細胞がナイーブ細胞として骨髄から血流を通って末梢リンパ組織に移動する。末梢リンパ組織に移動した成熟B細胞が抗原や病原体等に感作されて増殖・活性化を行い二次濾胞を形成したものを、胚中心様B細胞ともいう。胚中心様B細胞がリンパ組織で抗原やT細胞や濾胞樹状細胞等の免疫細胞と接触すると、該B細胞は増殖して大量の抗体を産生する形質細胞又は記憶B細胞へと分化する。記憶B細胞には、IgGクラスの抗原受容体とCD38が強発現していることが報告されている(非特許文献1)。この記憶B細胞は生体内では長期間生存し、二度目の抗原刺激に対して、より早く、より強く、抗原親和性の高いIgGクラスの抗体産生を行い免疫防御機能を果たしているが、その詳細な作用機構についてはまだ解明されていない部分がある。
【0004】
BAFF(B cell activating factor belonging to the tumor necrosis factor family)は、B細胞の分化、生存、増殖に関与しているサイトカインであり、血清中には可溶型BAFFとして存在する(非特許文献2)。BAFFは、未熟B細胞から成熟B細胞に分化する過程におけるT1(transitional type 1)B細胞からT2(transitional type 2)B細胞への移行段階において重要な役割を果たしている(非特許文献3)。インビトロでの培養により胚中心様B細胞を得る方法として、培養液中にCD40LとBAFFを発現するフィーダー細胞(40LB)及びIL−4を存在させて脾臓B細胞を培養する方法が知られている(非特許文献4:2007年11月24日、第37回日本免疫学会総会抄録集「Toward the establishment of germinal center-like B cell culture system」)。また、胚中心様B細胞と記憶B細胞の形成に、ホスホリパーゼC(phospholipase C:PLC)が要求されることが報告されている(非特許文献5)。
【0005】
上述のように胚中心様B細胞の培養方法については報告されており、記憶B細胞の細胞表面にIgGクラスの抗原受容体とCD38が強発現していること等から記憶B細胞を選別することは可能であるものの、記憶B細胞をインビトロで生存維持することができるような培養方法はまだ報告されていない。このため、記憶B細胞の免疫防御機能についての分子レベルでの解明に係る実験アプローチの方法が限定されているのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Immunity, 14, 181-192(2001)
【非特許文献2】J. Exp. Med., 189(11), 1747-1756(1999)
【非特許文献3】J. Exp. Med., 198(4), 581-589 (2003)
【非特許文献4】第37回日本免疫学会総会抄録集2-B-W19-12-O/P(2007年11月24日)
【非特許文献5】Hikida, M. et al., PLC-γ2 is essential for formation and maintenance of memory B cells, J. Exp. Med., Published March 9 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、記憶B細胞をインビトロで生存維持することができるような培養方法を提供することを課題とする。また、本発明は、培養液中の記憶B細胞をモニターする方法を提供することを課題とし、さらには記憶B細胞の生存を増強する化合物のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、本発明の課題を解決すべく、インビトロでの記憶B細胞の培養条件について鋭意検討したところ、培養系にBAFF(B cell activating factor belonging to the TNF family)を存在させることによって、記憶B細胞を一定の割合で一定時間生存維持させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.BAFF存在下に、記憶B細胞を培養液中で培養する記憶B細胞の培養方法。
2.BAFFが、可溶性BAFF、および/または膜結合型BAFFを発現している細胞として培養液中に存在している前項1に記載の培養方法。
3.培養液中に存在する可溶性BAFFの濃度が、0.1〜5μg/mlである前項2に記載の培養方法。
4.培養液中に存在する膜結合型BAFFを発現している細胞の濃度が、5×10〜5×10個/mlである前項2に記載の培養方法。
5.膜結合型BAFFを発現している細胞を培養容器に導入して培養し、該細胞を培養容器の基底に付着させ、基底に付着していない余剰の細胞があるときはそれを洗浄除去した後に、記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を導入して培養する前項2又は4に記載の記憶B細胞の培養方法。
6.記憶B細胞が、IgG陽性CD38強陽性B細胞である前項1〜5のいずれか1に記載の培養方法。
7.記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を、BAFF存在下に培養液中で培養し、経時的に培養液中の記憶B細胞をモニターする方法。
8.以下の工程を含む前項7に記載の記憶B細胞をモニターする方法:
1)前項1〜6のいずれか1に記載の培養方法により、IgG陽性B細胞を培養する工程;
2)前記培養したIgG陽性B細胞について、経時的にIgG陽性CD38強陽性B細胞を計測し、全細胞中のIgG陽性CD38強陽性B細胞の割合を求める工程。
9.記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を、BAFF存在下に培養液中で培養し、前記培養液に被検物質を添加して、前記記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞と被検物質を接触させ、その後培養液中の記憶B細胞の割合を測定し、当該細胞数を増加させる物質を選択する工程を含む、記憶B細胞の生存を増強する物質のスクリーニング方法。
10.記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞の培養方法が、前項1〜6のいずれか1に記載の培養方法により培養する前項9に記載のスクリーニング方法。
11.以下の工程を含む前項9に記載のスクリーニング方法:
1)膜結合型BAFFを発現している付着性細胞を培養容器に導入して当該細胞を培養容器の基底に付着させる工程;
2)基底に付着していない余剰の当該細胞があるときはそれを洗浄除去する工程;
3)記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を前記培養容器に導入する工程;
4)培養容器中の前記3)の培養液に被検物質を添加する工程;
5)所定時間培養後の培養液中の記憶B細胞の細胞数を測定し、被検物質の添加前に比べて被検物質の添加後に当該細胞の細胞数を増加させる物質を選択する工程。
12.記憶B細胞が、IgG1陽性CD38強陽性B細胞である前項9〜10のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の記憶B細胞の培養方法により、インビトロで記憶B細胞を一定の割合で一定時間生存維持することができる。その結果、インビトロで記憶B細胞をモニターすることができるので、従来不可能であった実験的アプローチによる記憶B細胞の機能解析が可能となる。また、本発明の培養方法を用いて記憶B細胞の生存維持に必要な細胞内因子をスクリーニングすることができる。さらには、記憶B細胞の生存を増強する化合物のスクリーニングを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】可溶性BAFF(sBAFF)を含む(●)或いは含まない(○)培養液で、それぞれIgG1陽性記憶B細胞を培養したときの場合の細胞数の経時的変化を示す図である。(実施例1)
【図2】膜結合型BAFF(mBAFF)を発現しているNIH3T3細胞(●)、NIH3T3細胞のみ(○)或いはNIH3T3細胞とIL−4を含む培養液(■)で、それぞれIgG1陽性記憶B細胞を培養したときの場合の細胞数の経時的変化を示す図である。(実施例2)
【図3】IL−4を含む(■)或いは含まない(□)培養液で、それぞれIgG1陽性記憶B細胞を培養したときの場合の細胞数の経時的変化を示す図である。(比較例1)
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、記憶B細胞をインビトロで培養する方法に関する。また、本発明の培養方法を用いて、記憶B細胞をモニターする方法に関し、さらには記憶B細胞の生存を増強する化合物のスクリーニング方法に関する。
【0013】
本発明において、培養に用いる記憶B細胞は、自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を用いて取得することができる。本発明における記憶B細胞の由来種は、本発明の方法により培養可能であればよく、特に限定されないが、例えば哺乳動物由来が挙げられ、哺乳動物としては、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オラウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることができる。
【0014】
本発明の方法に供される記憶B細胞は、IgGクラスの抗原受容体とCD38を強発現していることから、細胞の表現型マーカー分子(抗原)であるIgG1クラスの抗原受容体とCD38強陽性の細胞を選別して取得することで、記憶B細胞を得ることができる。本発明の記憶B細胞は、IgGクラスの抗原受容体以外にもIgAやIgEクラスの抗原受容体を発現しているが、上記記憶B細胞の各種において、IgGクラスの抗原受容体が共通して発現している。例えば、マウスではIgG1、2a、2b、3が、またヒトではIgG1〜4の抗原受容体が発現しているので、本発明においてはIgGクラスの抗原受容体、特にIgG1を指標とするのが好ましい。具体的には、例えば、実験的に免疫したマウスの脾臓から調製した脾臓細胞を用いて浮遊細胞を取得し、IgM陽性B細胞、T細胞、マクロファージ等を除去してIgG1陽性B細胞を含む細胞集団を取得する。次に、CD38をマーカー分子(抗原)としてこのIgG1陽性B細胞におけるマーカー分子の発現の有無や強弱を確認することで、記憶B細胞を選別することができる。当該マーカー分子の確認は、自体公知の方法によることができ、例えば当該マーカー分子に対する特異的抗体等を用いたFACS(フローサイトメトリー)解析等により行うことができる。IgG1陽性B細胞には、IgG1陽性CD38マイナス乃至dull(弱陽性)のB細胞と、それらのいずれにも該当しないB細胞が含まれる。この方法により解析すると、IgG1陽性B細胞におけるCD38強陽性記憶B細胞は約30〜50%含まれる。
【0015】
本明細書において、細胞の表現型をマーカー分子発現の有無や強弱で表す場合、特に断りのない限り、当該マーカー分子に対する抗体による特異的結合の有無や強弱で細胞の表現型が表記される。マーカー分子の発現の有無や強弱による細胞の表現型の決定は、例えばFACS解析等により行うことができる。マーカー分子の発現が「陽性」とは、該マーカー分子が細胞表面上(或いは細胞内)に発現しており、当該マーカー分子に対する抗体による特異的結合が確認できることをいう。このうち「強陽性」とは、対照である他の細胞(又は細胞集団)と比べて、マーカー分子の発現量が相対的に高い、マーカー分子の発現量の高い細胞集団が相対的に多い、マーカー分子を発現している細胞集団の割合が相対的に多いこと等をいう。一方、「弱陽性」とは、比較対照である他の細胞(又は細胞集団)と比べて、マーカー分子の発現量が相対的に低い、マーカー分子の発現量の低い細胞集団が相対的に多い、マーカー分子を発現している細胞集団の割合が相対的に少ないこと等をいう。
例えば、CD38弱陽性はCD38陰性のものに対して1〜10倍程度の発現を示すものをいい、CD38強陽性はCD38弱陽性のものに対して10倍程度の発現を示すものをいう。
【0016】
本発明の記憶B細胞の培養方法は、BAFFを含む培養液中で培養することを特徴とする。基本培地としては、例えばRPMI−1640培地、MEM培地、Ham's F2培地、AIM−V培地、X−VIVO培地、ダルベッコ変法 イーグルMEM 培地などを使用することができ、特に、RPMI−1640培地、MEM培地が好適である。また、前記基本培地に、自体公知の添加物、例えばウシ胎児血清(FCS)、2−メルカプトエタノールピルビン酸ナトリウムなどを添加するのが好ましい。
【0017】
上記培養液に添加しうるBAFFは、可溶性BAFFであってもよく、膜結合型BAFFを発現している細胞であってもよい。添加するBAFFが可溶性BAFFの場合は、添加しうるBAFFの濃度は、0.1〜5μg/mlであり、好ましくは1〜3μg/mlである。また、膜結合型BAFFを発現している細胞の場合は、5×10〜5×10個/mlであり、好ましくは約5×10個/mlである。また、膜結合型BAFFを発現している細胞は、記憶B細胞をインビトロで培養するためのフィーダー細胞として利用することができる。フィーダー細胞として利用する場合は、例えば、培養容器に、該膜結合型BAFFを発現している細胞を含む溶液を加え、培養容器の基底を被覆させた後、基底に付着していない細胞を洗浄除去し、その後通常の培養液で記憶B細胞を培養することができる。培養容器の基底を被覆しない程度の細胞を加え、基底を当該細胞が被覆する程度前まで培養することもできる。その場合は、特に洗浄除去の操作は必要とはしないが、操作の上からは上記の方法が好ましい。フィーダー細胞、即ち膜結合型BAFFを発現している細胞と共に記憶B細胞を培養することも、本明細書においてBAFF存在下に記憶B細胞を培養液中で培養することと解釈する。
【0018】
本発明において、可溶性BAFFは市販のものを利用することができ、例えば遺伝子組換法により調製されたものであってもよい。遺伝子組換法により調製された市販の可溶性BAFFとして、例えばPeproTech EC社販売のものを使用することができる。また、膜結合型BAFFを発現する細胞は、例えば遺伝子組換の手法を用いて調製することができる。具体的には、膜結合型BAFFをコードする遺伝子を発現ベクターに組込み、得られた発現ベクターを宿主細胞に導入してトランスフェクトし、形質転換体を培養することで、目的の膜結合型BAFF発現細胞を調製することができる。
【0019】
ここで、膜結合型BAFFは、例えば非特許文献2のFig 1Aに記載されたアミノ酸配列からなる野生型マウスBAFF(遺伝子配列:GenBank Accession No.NM_033622. 1Tnfsf13b)を、アミノ酸配列で126番目のアルギニン(R)がセリン(S)となるように、公知の方法に準じて遺伝子の塩基置換を行なうことで容易に作製することができる。上記マウスの126番目のアルギニンは、ヒトでは133番目のアミノ酸に該当する。上記塩基変換して作製した遺伝子から、遺伝子組換の手法により、膜結合型BAFF発現細胞を調製することができる。
【0020】
発現ベクターは、膜結合型BAFFを発現可能なベクターであれば公知のものを使用することができ、特に制限されないが、例えばpCAGGS(Gene 108, 193-199 (1991))、pcDNA1.1、pcDNA3.1誘導体(インビトロジェン社)pQCXIP、pMSCV(クロンテック社)などの公知の発現ベクターを使用することができる。宿主細胞としては、好ましくは付着性細胞を用いることができ、例えばNIH3T3(繊維芽細胞)、L(線維芽細胞)、C127(腸管上皮細胞 )、ST2(骨髄由来間葉系幹細胞)等のマウス由来細胞、ラット由来細胞、BHK(腎細胞)、CHO(卵巣細胞)等のハムスター由来細胞、COS1(腎細胞)、COS3(腎細胞)、COS7(腎細胞)、CV1(腎細胞)、Vero(腎細胞)等のサル由来細胞、HeLa(子宮頚癌細胞)、293(胎児腎細胞)等のヒト由来細胞などを使用することができ、より好適にはNIH3T3を使用することができる。
【0021】
宿主細胞へ発現ベクターを導入して形質転換体を作製する方法は、自体公知の方法を適用することができ、特に限定されない。具体的には、例えばリン酸カルシウム法、レトロウイルス法、LT−1(Panvera社製)を用いる方法、遺伝子導入用リピッド(LipofectamineTM, Lipofectin(R), Gibco-BRL社製, Fugene Roche Diagnostics社製)を用いる方法などが挙げられる。また、形質転換体を培養する方法は、宿主となる細胞に応じて、適宜選択することができる。
【0022】
上述の培養液を用いて培養する際の記憶B細胞を含む細胞の数は、10〜10個/mlとなるように調整され、好ましくは約10個/mlとなるように調整される。培養は、37±0.5℃で、5%CO、湿度100%雰囲気下で行なうことができる。
【0023】
本発明は、記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を、BAFFを含む培養液で培養し、経時的に培養液中の記憶B細胞をモニターする方法にも及ぶ。ここで、モニターとは、培養液中の記憶B細胞の量的または質的変化を経時的に測定または観察することをいう。例えば、特定の物質による記憶B細胞に対する作用効果を調べるために、当該物質で記憶B細胞を処理した後、本発明に従いながら、経時的に記憶B細胞の細胞数を測定して記憶B細胞の増殖に対する経時的影響を見たり、CD38以外に記憶B細胞に発現していることが報告されてる表現型、例えば、マウスの場合のCD80やヒトの場合のCD27などの表現型の経時的な変化を測定することによって記憶B細胞の活性化機構を調べたり、或いは、培養条件による記憶B細胞の増殖に対する影響を調べることなどが挙げられる。そのほか、FACSにより記憶B細胞の大きさ、生死、細胞分裂の変化をモニターすることもできる。
【0024】
具体的には、以下の工程により、モニターすることができる。
1)上述に記載の培養方法により、IgG陽性B細胞を培養する工程;
2)前記培養したIgG陽性B細胞について、経時的にIgG陽性CD38強陽性B細胞を計測し、全細胞中のIgG陽性CD38強陽性B細胞の割合を求める工程。
特定の物質による記憶B細胞の量的または質的変化をモニターする場合は、上記1)工程において培養液中に当該物質を存在させるか、或いは、当該物質で記憶B細胞を予め処理しておけばよい。
【0025】
上記において、例えば、IgG1陽性CD38強陽性B細胞の割合は、CD38をマーカー分子(抗原)とし、このIgG1陽性B細胞におけるマーカー分子の発現の有無を確認することにより求めることができる。マーカー分子の確認は、例えば当該マーカー分子に対する特異的抗体等を用いたFACS解析等により行うことができる。この方法により解析すると、通常IgG1陽性B細胞におけるCD38強陽性の記憶B細胞は、約30〜50%含まれる。このようにして記憶B細胞の割合を求めることで、従来不可能であった実験的アプローチによる記憶B細胞の機能解析が可能となる。具体的には、例えば、記憶B細胞の生存維持に必要な細胞内因子の探索をすることができる。
【0026】
本発明は、さらに記憶B細胞の生存を増強しうる物質のスクリーニング方法にも及ぶ。具体的には、記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞をBAFFを含む培養液中で培養し、前記培養液に被検物質を添加して、前記記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞と被検物質を接触させ、その後培養液中の記憶B細胞の割合を測定し、当該細胞数を増加させる被検物質を選択する工程を含む方法による。
【0027】
膜結合型BAFFを発現している付着性細胞を用いて記憶B細胞を培養し、上記スクリーニングを行なう場合は、以下の工程を含む方法によることができる。
1)膜結合型BAFFを発現している付着性細胞を培養容器に導入(播種)して当該細胞を培養容器の基底に付着させる工程;
2)基底に付着していない余剰の当該細胞があるときはそれを洗浄除去する工程;
3)記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を前記培養容器に導入(播種)する工程;
4)培養容器中の前記3)の培養液に被検物質を添加する工程;
5)所定時間培養後の培養液中の記憶B細胞の細胞数を測定し、被検物質の添加前に比べて被検物質の添加後に当該細胞の細胞数を増加させる物質を選択する工程。
【0028】
上記において、培養容器は記憶B細胞を培養可能な容器であればよく、特に限定されないが、例えばマルチプレート培養容器を用いることができ、具体的には6〜96ウェルの培養容器を用いることができる。各ウェルごとに被検物質を加えて培養し、記憶B細胞の細胞数を測定することで、記憶B細胞の生存を増強する物質をスクリーニングすることができる。この方法は、記憶B細胞の生存を増強する刺激を与える物質という新規なコンセプトの免疫賦活化作用を有する薬剤を見出すためのスクリーニング用ツールとして有効である。ここで、被検物質としては、タンパク質、ペプチド、遺伝子、高分子化合物、低分子化合物等の何れであってもよい。また、これらの物質は天然物由来であってもよいし、遺伝子組換により作製されたもの、あるいは合成されたものであってもよい。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の理解を深めるために実施例を示して本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0030】
(実施例1)可溶性BAFF存在下での培養
1)免疫したマウスからIgG1陽性B細胞を取得する方法
非特許文献5に記載の方法に従い、C57BL/6JマウスをNP-CGG(Chicken Gamma Globulin)で免疫した。ここで、NP-CGGはT細胞依存性抗原である。当該免疫したマウスの脾臓を摘出し、基本培地RPMI1640(インビトロジェン社製)に懸濁して脾臓細胞の浮遊細胞液を調製した。FACSにより、該浮遊細胞液からIgG1陽性B細胞を取得した。FACSはFACSAriaTMII(BecktonDickinson社製)を用い、細胞表面にIgM、IgD、Thy1.2、CD3、Gr−1、F4/80、CD5、Ter119、Dx5、NK1.1及びAA4.1を発現している細胞を、それぞれ対応する市販の標識化抗体(e-bioscience社製)を用いてゲートし、これらで標識されなかった部分の細胞部分を非特許文献5に記載の手法に従い、標識化抗CD38抗体(Alexa647で標識)、抗IgG1抗体(Pacific Blueで標識:BD Pharmingen社製)及びハプテンNIP−BSA−PE(公知の方法に従い、(4−ヒドロキシ−5−ヨード−3−ニトロフェニル)アセチル基を牛血清アルブミンに結合し、さらに、フィコエリスリンで標識したハプテン)を用いて染色し、これらが陽性の細胞を選別し、IgG1陽性B細胞を取得した。得られた当該細胞中のIgG1陽性CD38強陽性細胞の割合は約30%であった。
なお、抗CD38抗体は、Yamashita Y, Miyakae K, Kikuchi Y et al., Immunology 85(2):248-255, 1995記載の方法に従って調製した。
【0031】
2)取得したIgG1陽性B細胞の培養
基本培地RPMI1640(インビトロジェン社製)にFCS(10v/v%)、2−メルカプトエタノール(5μM)及びピルビン酸ナトリウム(2mM)を加えたものを培養液とし、さらに2μg/mlの可溶性ヒト型BAFF(Peprotech社製)を加えた。可溶性ヒト型BAFFを加えていない培養液を対照とした。上記各培養液に上記1)で取得したIgG1陽性B細胞を、細胞数が10個/mlとなるように加え、それを培養容器(24ウェルのマルチプレート)に1ml/ウェル播種した。その後、温度37℃、CO濃度5%、湿度100%雰囲気下で培養した。
【0032】
3)結果
図1に示されているように、IgG1陽性CD38強陽性細胞は、可溶性BAFF(sBAFF)を存在させた場合、不存在下の場合に比べて、培養開始1日後および2日後においてもそれぞれ約3倍生存維持できることが分かった。
【0033】
(実施例2)膜結合型BAFF発現細胞存在下での培養
1)IgG1陽性B細胞は、上記実施例1の1)の記載に準じて取得した。
【0034】
2)取得したIgG1陽性B細胞の培養
i)膜結合型BAFF発現細胞の作製
膜結合型BAFFは、非特許文献2のFig 1Aに記載されたアミノ酸配列からなる野生型マウスBAFF(遺伝子配列:GenBank Accession No.NM_033622. 1Tnfsf13b)を、文献Yoshimasa et al., Science, 240, p784-787 (1988)のFig.3 と同様にして、アミノ酸配列で126番目のアルギニン(R)がセリン(S)となるように、「G→T」の塩基置換を行い、膜結合型BAFFに改変して作製した。上記マウスの126番目のアルギニンは、ヒトでは133番目のアミノ酸に該当するので、得られた改変体をR133SmBAFFとよぶ。
【0035】
得られた膜結合型BAFF遺伝子を、MSCVレトロウイルス発現ベクターであるpMSCVpuro(クローンテック社製)のマルチクローニングサイトに組み込んだ。その際、膜結合型BAFF遺伝子の下流にCITE及びeGFPを挿入した。EcoPack2TMパッケージング細胞株(NIH3T3細胞、BD Biosciences社製)に、得られた発現ベクターをトランスフェクトし、当該細胞株を培養した。培養上清中のレトロウイルスを取得し、NIH3T3細胞に感染させて3〜4日培養し、eGFP陽性の細胞をソーティングして、目的の膜結合型BAFF発現細胞を調製した。また、トランスフェクトしていないNIH3T3細胞を対照とした。
【0036】
ii)基本培地RPMI1640(インビトロジェン社製)にFCS(10v/v%)、2−メルカプトエタノール(5μM)及びピルビン酸ナトリウム(2mM)を加えたものを培養液とした。さらに上記で調製した膜結合型BAFFを発現しているNIH3T3細胞を5×10個/mlとなるように加え、培養容器(24ウェルのマルチプレート)に1ml/ウェル播種し、温度37℃、CO濃度5%、湿度100%雰囲気下で2日間培養した。その後、培養容器の基底および基壁に付着していない細胞を上記培養液で洗浄除去した。次に、上記1)で取得したIgG1陽性B細胞を細胞数が10個/mlとなるように培養液に加え、それを各ウェルに1ml/ウェル播種した。その後、温度37℃、CO濃度5%、湿度100%雰囲気下で培養した。
対照として、トランスフェクトしていないNIH3T3細胞(10個/ml)のみを培養液中に存在させた場合、およびトランスフェクトしていないNIH3T3細胞(10個/ml)とIL−4(10ng/ml)を培養液中に存在させた場合について同様にしてIgG1陽性B細胞を培養した。
【0037】
3)結果
図2に示されているように、IgG1陽性CD38強陽性細胞は、膜結合型BAFFを発現しているNIH3T3細胞を存在させた場合、NIH3T3細胞のみを存在させた場合やNIH3T3細胞とIL−4を存在させた場合に比べて、培養開始1日後において約2倍、2日後において約3倍も生存維持できることが分かった。
【0038】
(比較例1)IL−4存在下での培養
1)IgG1陽性B細胞は、上記実施例1の1)の記載に準じて取得した。
【0039】
2)基本培地RPMI1640(インビトロジェン社製)にFCS(10v/v%)、2−メルカプトエタノール(5μM)及びピルビン酸ナトリウム(2mM)を加えたものを培養液とし、さらにIL−4を10ng/ml加えた。IL−4を加えていない培養液を対照とした。上記各培養液に上記1)で取得したIgG1陽性B細胞を、細胞数が10個/mlとなるように加え、それを培養容器(24ウェルのマルチプレート)に1ml/ウェルずつ播種した。その後、温度37℃、CO濃度5%、湿度100%雰囲気下で培養した。
【0040】
3)結果
図3に示されているように、一般にB細胞の増殖に関与していることが知られているIL−4を培養液中に存在させても、IgG1陽性CD38強陽性B細胞の生存維持をすることができないことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
以上詳述したように、本発明の記憶B細胞の培養方法により、インビトロで記憶B細胞を培養することができる。これによりインビトロで記憶B細胞をモニターすることが可能となり、従来で不可能であった記憶B細胞の機能解析のための実験的アプローチが可能となる。また、本発明の培養方法により、インビトロで記憶B細胞を一定の割合で一定時間生存維持することができるので、記憶B細胞の生存維持に必要な細胞内因子のスクリーニングを行なうことができる。さらには、記憶B細胞の生存を増強する化合物もスクリーニング可能であることから、記憶B細胞の生存を増強する刺激を与える化合物という、新規なコンセプトの免疫賦活作用を持った薬剤を見いだすためのスクリーニングのツールとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
BAFF(B cell activating factor Belonging to the TNF family)存在下に、記憶B細胞を培養液中で培養する記憶B細胞の培養方法。
【請求項2】
BAFFが、可溶性BAFF、および/または膜結合型BAFFを発現している細胞として培養液中に存在している請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
培養液中に存在する可溶性BAFFの濃度が、0.1〜5μg/mlである請求項2に記載の培養方法。
【請求項4】
培養液中に存在する膜結合型BAFFを発現している細胞の濃度が、5×10〜5×10個/mlである請求項2に記載の培養方法。
【請求項5】
膜結合型BAFFを発現している細胞を培養容器に導入して培養し、該細胞を培養容器の基底に付着させ、基底に付着していない余剰の細胞があるときはそれを洗浄除去した後に、記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を導入して培養する請求項2又は4に記載の記憶B細胞の培養方法。
【請求項6】
記憶B細胞が、IgG陽性CD38強陽性B細胞である請求項1〜5のいずれか1に記載の培養方法。
【請求項7】
記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を、BAFF存在下に培養液中で培養し、経時的に培養液中の記憶B細胞をモニターする方法。
【請求項8】
以下の工程を含む請求項7に記載の記憶B細胞をモニターする方法:
1)請求項1〜6のいずれか1に記載の培養方法により、IgG陽性B細胞を培養する工程;
2)前記培養したIgG陽性B細胞について、経時的にIgG陽性CD38強陽性B細胞を計測し、全細胞中のIgG陽性CD38強陽性B細胞の割合を求める工程。
【請求項9】
記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を、BAFF存在下に培養液中で培養し、前記培養液に被検物質を添加して、前記記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞と被検物質を接触させ、その後培養液中の記憶B細胞の割合を測定し、当該細胞数を増加させる物質を選択する工程を含む、記憶B細胞の生存を増強する物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞の培養方法が、請求項1〜6のいずれか1に記載の培養方法により培養する請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
以下の工程を含む請求項9に記載のスクリーニング方法:
1)膜結合型BAFFを発現している付着性細胞を培養容器に導入して当該細胞を培養容器の基底に付着させる工程;
2)基底に付着していない余剰の当該細胞があるときはそれを洗浄除去する工程;
3)記憶B細胞を含むIgG陽性B細胞を前記培養容器に導入する工程;
4)培養容器中の前記3)の培養液に被検物質を添加する工程;
5)所定時間培養後の培養液中の記憶B細胞の細胞数を測定し、被検物質の添加前に比べて被検物質の添加後に当該細胞の細胞数を増加させる物質を選択する工程。
【請求項12】
記憶B細胞が、IgG1陽性CD38強陽性B細胞である請求項9〜10のいずれか1に記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−263825(P2010−263825A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117242(P2009−117242)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】