説明

赤外線透過フィルター及びその製造方法

【課題】 赤外線透過フィルターの可視光に対する遮断特性、赤外線に対する透過特性及び耐久性を向上させるとともに低価格化を図る。
【解決手段】 透光性基板の片面又は両面に異なる成膜材料からなる第1及び第2の膜が交互に積層された可視光遮断赤外線透過フィルターにおいて、第1及び第2の膜の界面における化学組成の変化が連続的となる構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光を透過せず赤外線を透過するフィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
可視光を透過せず赤外線を透過するフィルターとしてはガラス中に金属をドープして黒色にした色ガラスフィルターと、ガラス基板に高屈折率膜と低屈折率膜を交互に積層したもの等が知られている。このうち、高屈折率膜にシリコン(Si)、低屈折率膜に二酸化珪素(SiO)を用いた多層膜があるが、熱による経時変化を引き起こすため、中間屈折率を持つ金属酸化膜を用い自然酸化膜の形成を防止する方法がとられている(例えば、特許文献1及び2)。
【特許文献1】特開2001−242318号公報
【特許文献2】特許第3381150号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来の発明では成膜材料を少なくとも3種類は用意しなければならなく、坩堝数の少ない装置では作製が困難であり、かつ成膜コストも増大してしまう。
【0004】
また、異種酸化物同士の境界ができるので、境界の部分で剥離(境界剥離)しやすく、耐久性において不利なものとなっていた。本発明は、上述のような発明者の知見に基づきなされたもので、可視光の遮断特性、赤外線の透過特性及び耐久性を向上させ、低価格化を図ることを技術的課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の側面は、透光性基板の片面又は両面に異なる成膜材料からなる第1及び第2の膜が交互に積層された可視光遮断赤外線透過フィルターであって、第1及び第2の膜の界面における化学組成の変化が連続的である赤外線透過フィルターである。また、第1又は第2の膜の少なくとも一方が酸化膜である構成とした。さらに、第1及び第2の膜がシリコン及びシリコン酸化膜からなる構成とした。ここで、化学組成の変化を原子濃度の変化で規定した。
【0006】
また、上記第1の側面において、交互に積層される第1及び第2の膜からなる多層膜の深さ方向に対する酸素原子濃度の変化が、反復される第1及び第2の区間からなり、第2の区間は、酸素原子濃度が第2の膜の酸素原子濃度と一致する区間として規定され、第1の区間は第2の区間以外の区間として規定され、第1の区間において、酸素原子濃度が0より大きい最小値を有し、第1の区間と第2の区間との境界から最小値を与える深さまでの厚さが10nm以上となる構成とした。
【0007】
本発明の第2の側面は、可視光遮断赤外線透過フィルターの製造方法であって、 透光性基板の片面又は両面にシリコン(Si)と二酸化珪素(SiO)を交互に積層する工程、及び積層する工程の後に成膜された基板を230℃以上で加熱する工程からなる製造方法である。さらに、加熱温度を280℃としたものである。また、加熱する工程を大気中雰囲気で行なうようにした。
さらに本発明の第3の側面は、上記第2の側面による方法を用いて製造した可視光遮断赤外線透過フィルターである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、可視光の透過率を平均0.01%以下とし赤外線(950nm〜1300nm)の透過率を平均80%以上としたフィルターが膜厚2.5μm以下で作製することができ、酸素組成比を連続的かつ周期的に変化した膜構造とすることで境界がない状態になり、内部応力を緩和させることができるため境界剥離を防止でき、耐熱性に優れクラックの発生がなく、かつ予め大気中で加熱し組成を変化させているため経時変化による自然酸化膜の形成を阻止することにより劣化を防止した低価格の赤外線透過フィルターを提供することができる。
さらに、膜設計を適正化することにより、透過する赤外線の帯域を広げ、800nm〜2500nmとすることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
実施例1.
図1は本発明に係るフィルターの断面図を示し、図2は本発明に係るフィルターを最外層から基板側へ深さ方向にXPS(X線光電子分光法)を用い分析した結果であり、深さ(膜厚)に対する原子濃度の変化を示したものである。図2が示すように明らかに酸素組成比が連続的かつ周期的に変化した構造となっている。なお、ここでは原子濃度は酸素組成比にほぼ単調に相関している。
【0010】
もっとも、本実施例においては、最も好適な例として各膜の界面の酸素組成比が連続的になるようにしているが、原子濃度が連続的になるようにすれば他の原子組成比が連続的であってもよいし、原子濃度に限らず化学組成を表わす何らかの指標が連続的であればよい。また、説明の便宜のため、基板に形成された膜の片面側についてのみに言及しているが、成膜面は基板の片面であっても両面であってもよい。
【0011】
成膜方法としては周知の真空蒸着法を用い、シリコン膜の成膜条件は、成膜物質にSiを用い、基板温度を230℃、成膜速度4Å/s、真空中、到達真空度7×10−4Pa、シリコン酸化膜の成膜条件は、成膜物質に二酸化珪素(SiO)を用い、基板温度を230℃、成膜速度10Å/s、真空中、到達真空度7×10−4Paであり、表1に示す構成で成膜を行なう。
【表1】

【0012】
成膜後、電気炉にて温度280℃、大気中雰囲気、1時間加熱をし、大気中雰囲気で自然冷却をする。なお、実施例においては、成膜後の加熱温度を280℃としたが、この温度を成膜中と同様に230℃で加熱してもよい。即ち、成膜後に所定の温度で加熱することが必要であり、好ましくは230℃以上、最適には280℃であるという主旨である。
なお、本実施例では24層の積層膜としたが、層数は適宜変更可能である。また、成膜物質は赤外線透過フィルターに適したものであれば上記に示したもの以外(例えば、Si(x、yは自然数)のようなシリコン酸化物)を用いてもよい。
【0013】
こうして実際に形成されたフィルターの分光透過率を示すものが図3であり、可視光の透過率が平均0.01%以下で赤外線(950nm〜1300nm)の透過率を平均80%以上とした赤外線透過フィルターが得られた。
【0014】
また、加熱処理によってシリコン酸化膜中の酸素原子がシリコン膜側に移動し、シリコン層、即ち、吸収層が薄くなることから吸収端が短波長側に移動する。これにより、赤外線透過帯域がシフトし、例えば、図4に示すように短波長端が移動して短波長側の透過率が上がることになる。
【0015】
ここで、組成変化の連続性について、図5を用いてより詳細に説明する。図5(a)は図2における酸素原子濃度の線のみを抜き出し、第24層から基板までの深さについてその濃度を示したものである。但し、一般にXPS分析では、深さが深くなるにつれて測定誤差が大きくなるので、主に上位層(番号の大きい層)に着目して説明する。なお、説明の便宜のため、図5(a)の一部を拡大して模擬的に示す図5(b)及び(c)と併せて説明する。
【0016】
図5(b)において、破線L0はSi膜とSiO膜とを加熱処理を用いずに積層した場合の酸素原子濃度を示す線であり、実線L1は本発明による酸素原子濃度を示す線である。即ち、両膜を積層しただけではL0のような段階的な(不連続な)濃度変化となるが、加熱処理によりL0におけるx軸に垂直な部分に傾きが生じ、L1のような線が形成される。また、加熱処理時にSi膜に酸素原子が侵入するため、L1の最小値は0%にはならない。
【0017】
図5(c)に示すように、線L1は区間D1及びD2からなり、これらは反復して繰り返される。区間D1は連続的変化領域を含む区間であり、区間D2は連続的変化領域を含まない区間である。また、言い換えると、区間D2は酸素原子濃度がSiOの酸素原子濃度にほぼ一致する区間であり、区間D1はD2以外の区間と定義することもできる。
ここで、L1の形状には2通りの形状が存在し得る。その一方は、図5(c)における第m層のように、区間D1に非変化領域(平坦な領域:d2)が存在するものであり、他方は第n層のように、結果的に区間D1の非変化領域が存在しなくなるものである。
【0018】
本発明によると、第m層においては、区間D1とD2との境界からL1の最小値に達するまでその酸素原子濃度が略線形に連続的に変化し、厚みd1及びd3が生ずる。また、第n層においては、非変化領域d2が事実上なくなっている。
また、フィルターを形成する全ての区間D1を非変化領域d2が存在する第m層タイプとしてもよいし、逆に全ての区間D1を非変化領域が存在しない第n層タイプとしてもよく、また、両者を適宜組み合わせてもよい。
【0019】
表2は、表1の第24層から第16層における設計膜厚に対する各部の厚さを示すものである。ここで、設計膜厚とは加熱処理前の膜厚である。なお、表2における非変化領域の厚みは図5(c)におけるd2に相当し、変化領域の厚みはd1又はd3に相当する。従って、例えば、第21層及び第19層のように非変化領域の厚みが0でないものは図5(c)における第m層タイプのものであり、第23層及び第17層のように非変化領域の厚みが0nmのものは第n層タイプのものである。表2から分かるように、区間D1とD2との境界から最小値を与える深さまでの厚さd1及びd3を10nm以上とするのが好ましい。
【表2】

【0020】
実施例2.
他の赤外線透過フィルターの作製例を示す。本実施例では、膜設計を工夫してより広帯域の赤外線を透過するフィルターを作製するものである。表3に広帯域赤外線透過フィルターの設計膜厚を示す。この膜厚設計に従って形成された層を実施例1と同様に加熱処理してフィルターを作製する。
【表3】

【0021】
本実施例においては、図4に示すような特性を有する赤外線透過フィルターに対して、赤外域の透過帯の長波長側(1300〜1500nm)の落ち込みを減らす(小さくする)ように膜設計の最適化を行ない、900nm〜2500nmの広範囲で高い透過率を有する図6に示す特性の赤外線透過フィルターを得た。(なお、図4においても、同図には示されていないが、1500〜2500nmに高い透過率を有する部分がある。)
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、暗視カメラ用投光器、ハロゲンヒーター等の用途に用いて好適である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係るフィルターの断面を示す図。
【図2】本発明に係るフィルターの組成比を説明する図。
【図3】本発明に係るフィルターの分光透過率を示す図。
【図4】本発明に係るフィルターの分光透過率を説明する図。
【図5】本発明に係るフィルターの組成比を説明する図。
【図6】本発明に係るフィルターの分光透過率を示す図。
【符号の説明】
【0024】
1……透光性基板
2……シリコン膜
3……シリコン酸化膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透光性基板の片面又は両面に異なる成膜材料からなる第1及び第2の膜が交互に積層された可視光遮断赤外線透過フィルターであって、
該第1及び該第2の膜はそれぞれシリコン及びシリコン酸化物からなり、
該第1及び第2の膜の界面における化学組成の変化が連続的であることを特徴とする赤外線透過フィルター。
【請求項2】
請求項1記載の赤外線透過フィルターであって、
前記化学組成の変化はシリコン又は酸素の原子濃度の変化で規定されることを特徴とする赤外線透過フィルター。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の赤外線透過フィルターであって、
前記化学組成の変化は酸素組成比の変化で規定されることを特徴とする赤外線透過フィルター。
【請求項4】
請求項1又は2記載の赤外線透過フィルターであって、
該交互に積層される第1及び第2の膜からなる多層膜の深さ方向に対する酸素原子濃度の変化が、反復される第1及び第2の区間からなり、
該第2の区間は、酸素原子濃度が該第2の膜の酸素原子濃度と一致する区間として規定され、該第1の区間は該第2の区間以外の区間として規定され、
該第1の区間において、酸素原子濃度が0より大きい最小値を有し、
該第1の区間と該第2の区間との境界から該最小値を与える深さまでの厚さが10nm以上であることを特徴とする赤外線透過フィルター。
【請求項5】
可視光遮断赤外線透過フィルターの製造方法であって、
透光性基板の片面又は両面にシリコン(Si)と二酸化珪素(SiO)を交互に積層する工程、及び
前記積層する工程の後に成膜された基板を230℃以上で加熱する工程
からなる製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の製造方法であって、
前記加熱する工程において、さらに、加熱温度を280℃以上とした製造方法。
【請求項7】
請求項5又は請求項6記載の製造方法において、
前記加熱する工程を大気中雰囲気で行なうことを特徴とする製造方法。
【請求項8】
請求項5から請求項7いずれか一項に記載の製造方法によって製造された可視光遮断赤外線透過フィルター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−119612(P2006−119612A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−266243(P2005−266243)
【出願日】平成17年9月14日(2005.9.14)
【出願人】(000000192)岩崎電気株式会社 (533)
【Fターム(参考)】