説明

赤果肉リンゴ及びその育種方法

【課題】甘味が強く、酸味が弱い赤果肉リンゴ及びその育種方法を提供すること。
【解決手段】赤果肉・赤果皮かつS遺伝子座近傍に赤果肉形質原因遺伝子を有するリンゴ。また、赤果肉・黄果皮かつ糖度12oBrix以上を有するリンゴ。また、上記のリンゴを、ピンクパール由来の赤果肉形質原因遺伝子と自家・交雑不和合性に関わるS遺伝子の連鎖を利用して育種する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤果肉リンゴ及びその育種方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リンゴの着色はアントシアニンの蓄積によるもので、温度・紫外線・成熟の3つのファクターが関わっている。アントシアニンはフラボノイドの一種の二次代謝産物であり、リンゴの果皮においては、cyanidin 3-O-galactosideの形で存在しているものが多い。アントシアニンは、植物の光ストレスに対する防御や、動物との相互作用において重要な役割を果たす。また、身体にとっても有益で、リンゴ果皮は強い抗酸化作用を示し、高濃度にアントシアニンを蓄積させたトマトでは、ガンを持つマウスの寿命を延ばしたと言われている。このように、リンゴは機能性食品としても価値のある果実である。日本では、生食では皮を剥いて食べることが主流であることから、アントシアニンが蓄積した果肉の赤いリンゴを新しく創出することで、生食でより多くの機能成分を摂取することが可能となる。また、加工品としても、ケーキ・タルト・パイなどの材料やリンゴ100%の赤いジャム・ジュース等に利用することが出来る。
【0003】
赤果肉・黄果皮リンゴとして、1944年にAlbert F. Etter氏により、‘Surprise’の偶発実生としてカリフォルニアで選抜された、との記載のあるリンゴ品種‘ピンクパール’が知られている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】The Brooks and Olmo Register of Fruit & Nut Varieties, third edition, ASHS press, 1997 (ISBN 0-9615027-4-6), pp. 74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
‘ピンクパール’の食味の指標である糖度と酸度の値を、生食用として市場に最も出回っている‘ふじ’、加工用として人気の高い‘紅玉’の値と比較すると、‘ピンクパール’は糖度が低く酸度が高い。‘ピンクパール’の食味評価は「評価1」であり、食用に適さない。なお、食味の評価は、1が非常にまずい、2がまずい、3が普通、4がうまい、5が非常にうまいに相当する。評価形質は、甘味が大きなウエートを占め、他に酸味(あまり強酸でない)、肉質(適度である)、香り(異臭がない)、果汁(多い)がわずかに加わる。
【0006】
本発明は以上の点に鑑みなされたものであり、甘味が強く、酸味が弱い新規赤果肉リンゴ及びその育種方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、鋭意研究の結果、
(1)赤果肉・赤果皮かつS遺伝子座近傍に赤果肉形質原因遺伝子を有するリンゴ
(2)赤果肉・黄果皮かつ糖度12oBrix以上を有するリンゴ
(3)ピンクパール由来の赤果肉形質原因遺伝子と自家・交雑不和合性に関わるS遺伝子の連鎖を利用して、前記(1)又は(2)記載のリンゴを育種する方法
を発明した。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】JPP35の断面と表面を表す写真である。
【図2】‘ピンクパール’× JPP35により得られた赤果肉リンゴである「No. 25」(上段)及び「No. 27」(下段)を表す写真である。
【図3】リンゴ野生種、栽培種、系統のMdMYB10プロモーター領域のPCR解析結果を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.赤果肉・赤果皮かつS遺伝子座近傍に赤果肉形質原因遺伝子を有するリンゴを育種する方法
次のようにして、赤果肉・赤果皮かつS遺伝子座近傍に赤果肉形質原因遺伝子を有するリンゴ(以下、新規リンゴAとする)を育種した。
【0010】
まず、‘紅玉’を胚珠親とし、‘ピンクパール’を花粉親として交配し、後代交雑個体群(F1集団)を得た。ここで、‘ピンクパール’は、1944年にAlbert F. Etter氏により、'Surprise'の偶発実生としてカリフォルニアで選抜された、との記載のあるリンゴ品種で、The Brooks and Olmo Register of Fruit & Nut Varieties, third edition, ASHS press, 1997 (ISBN 0-9615027-4-6), pp. 74に掲載されている。
【0011】
上記のように得られた後代交雑個体群(F1集団)より、赤果肉であること、及び果肉のテクスチャーが良いことを基準として、個体を選抜した(以下、この選抜された個体を「JPP35」とする)。このJPP35の断面と表面を図1に示す。「JPP35」は、赤果肉・赤果皮の新奇赤果肉リンゴであるが、糖度は「ピンクパール」より上昇したものの、酸度が高く食味評価は2以下であった(表1参照)。
【0012】
【表1】

【0013】
そこで、この「JPP35」を中間母本とし、さらに甘味を向上させるとともに酸味を低下させるため、もしくは赤果肉形質をより安定させるため、‘シナノスイート’、‘王林’、及び‘ピンクパール’のいずれかを胚珠親とし、それぞれを、花粉親「JPP35」と交配した。そして、‘シナノスイート’×「JPP35」より得られたF1集団から、赤果肉であること、果肉のテクスチャーが良いこと、高糖度であること、及び生理障害(斑点性の果面障害や裂果)が少ないことを基準として、新規赤果肉・赤果皮リンゴ(以下、「No. 38」とする)を選抜した。「No. 38」は、糖度がやや上昇するとともに酸度が低下しており、3から4の食味評価を得た(上記表1参照)。この「No. 38」が、新規リンゴAに該当する。「No. 38」は、後述する方法により、S遺伝子座近傍に赤果肉形質原因遺伝子を有することが確かめられている。
【0014】
2.赤果肉・黄果皮かつ糖度12oBrix以上を有するリンゴを育種する方法
次のようにして、赤果肉・黄果皮かつ糖度12oBrix以上を有するリンゴ(以下、新規リンゴBとする)を育種した。
【0015】
‘王林’を胚珠親とし、花粉親「JPP35」と交配して得られたF1集団から、赤果肉であること、低酸であること、果肉のテクスチャーが良いこと、高糖度であること、及び生理障害(斑点性の果面障害や裂果)が少ないことを基準として、2種の個体(以下、「No.31」、「N0.96」とする)を選抜した。「No.31」、「N0.96」は、いずれも、赤果肉・黄果皮であり、食味評価が4であった。また、「No.31」、「N0.96」の糖度は、いずれも、12以上であり、‘ピンクパール’よりはるかに食味が向上していることが示された。この「No.31」、「N0.96」が新規リンゴBに該当する。
【0016】
なお、果実の糖度測定は以下に述べる方法に従って行った。品種・系統毎に果実5個体を収穫し、陽光面(日光の当る側)と陰光面(陽光面の反対側)から、それぞれ1cm程度縦に切れ目を入れて果実片を取り出す(10gから15g程度、果実当たり20gから30g程度)。10果実片をまとめて果汁搾り器(イトージュウーサー(ITO Co., Ltd., Itabashi, Tokyo, Japan))にて押しつぶして果汁を搾り、約1mlの果汁液の糖度をデジタル糖度計PR-10alpha (Brix 0〜45o; ATAGO Co., Ltd., Itabashi, Tokyo, Japan)を用いて計測した。
【0017】
3.S遺伝子群と赤果肉形質との関係についての新たな知見
上述した新奇赤果肉個体(新規リンゴA、B)を作出する過程において、交配により得られたF1集団の赤果肉と白果肉の分離比から、赤果肉形質原因遺伝子が17番染色体上に座乗する自家・交雑不和合性に関わるS遺伝子群と連鎖していることを新たに見出した。
【0018】
交配では、‘ピンクパール’の赤果肉形質は、すでに明らかにされている果皮色形質と同様、単一の優性遺伝子によって支配されていると仮定した。リンゴ品種は、同形花配偶体型自家・交雑不和合性を有していることから、ほとんどの遺伝子座がヘテロ接合型であると考えられる。したがって‘紅玉’、‘ひめかみ’、‘恵’、‘きざし’の白果肉リンゴを胚珠親とし‘ピンクパール’を花粉親として交配すると、F1集団における赤果肉と白果肉の分離比は1 : 1となることが期待される。しかしながら、上記交配の内、‘きざし’x‘ピンクパール’では、赤果肉個体が全く出現せず、分離実測比が0 : 1と大きく期待比とずれていた(表2)。
【0019】
【表2】

【0020】
この段階では、その原因を偶発的に‘ピンクパール’以外の花粉が交配に利用されたことによると考え、赤果肉リンゴの出現した‘紅玉’בピンクパール’より、JPP35を新奇赤果肉・赤果皮リンゴとして選抜した。
【0021】
このJPP35を中間母本とし、‘ピンクパール’、‘シナノスイート’、‘王林’を胚珠親に用いてJPP35と交配した。‘ピンクパール’x JPP35では両品種・系統ともに赤果肉形質を有していることから、F1集団における赤果肉と白果肉の分離期待比は3 : 1であり、‘シナノスイート’× JPP35と‘王林’× JPP35では、‘シナノスイート’と‘王林’は白果肉、JPP35は赤果肉であることから、F1集団における赤果肉と白果肉の分離期待比は1 : 1である。驚いたことに、‘ピンクパール’× JPP35では分離実測比が1 : 1、‘シナノスイート’× JPP35と‘王林’x JPP35では1 : 0に近くなり、期待分離比と大きくずれていた(表3)。
【0022】
【表3】

【0023】
この原因として、前述の、偶発的に異なった花粉が用いられたとの説明では無理があることから、自家・交雑不和合性に関わるS遺伝子との関連を考えた。
自家不和合性は、S遺伝子座に座乗するS複対立遺伝子群によって制御される植物の自他認識反応であり、リンゴは同形花配偶体型自家不和合性を示す。同形花配偶体型自家不和合性では雌しべと雄しべ(花粉)のS遺伝子の間に共通のものがあるとき不和合となる。例えば、雌しべのS遺伝子型がS1S2であるとき、自身の花粉S1、S2はともに花粉管の伸長が阻害され自家不和合となる。これに対し、他からの花粉S3は受精にいたる。また、自身の花粉S1およびS2は、S3S7のような異なるS遺伝子型を有する他品種の雌しべ上では受精にいたる。つまり、‘ふじ’(S1S9)の雌しべに‘ふじ’の花粉(S1もしくはS9)が受粉しても受精に至らず結実しないが、‘つがる’(S3S7)のような遺伝的に異なる品種由来の花粉(S3もしくはS7)が受粉する他家受粉では受精に至り結実する。ただし、他家受粉でも同じS遺伝子型を有する栽培種同士、例えば、‘ふじ’(S1S9)と‘アルプス乙女’(S1S9)は交雑不和合となり、共通の遺伝子が1つ存在している場合は不完全和合となる。すなわち、‘ふじ’(S1S9)に‘紅玉’(S7S9)を交雑した場合‘紅玉’のS7花粉は受精に至るが、S9花粉は受精に至らない。
【0024】
S遺伝子と赤果肉形質との関連について、‘ピンクパール’と‘ピンクパール’に由来するJPP35のS3対立遺伝子の近傍に赤果肉原因遺伝子が連鎖していると仮定すると、全ての分離実測比の値が分離期待比の値とほぼ一致することを発見した(上記表2、表3)。すなわち、‘きざし’(S2S3)בピンクパール’(S3Sx)は、胚珠親にS3があったため、赤果肉形質は遺伝せず、‘紅玉’(S7S9)、‘ひめかみ’(S7S9)、‘恵’(S2S9)は胚珠親のS遺伝子型が‘ピンクパール’(S3Sx)と重複していないため、メンデル遺伝の法則に則って赤果肉形質が遺伝したと考えられた。また、‘紅玉’(S7S9)בピンクパール’(S3Sx)から選抜されたJPP35のS遺伝子型はS3S7であり、‘ピンクパール’由来のS3 対立遺伝子を持っている。JPP35を‘ピンクパール’に戻し交雑した場合、JPP35のS3は遺伝しないため、‘ピンクパール’(S3Sx)× JPP35(S3S7)の赤果肉と白果肉は1:1に分離すると考えられた。一方、‘シナノスイート’(S1S7) × JPP35(S3S7)、‘王林’(S2S7)× JPP35(S3S7)では、胚珠親と花粉親でS7が一致しているため、すべてのF1集団にJPP35のS3が遺伝することになり、理論上完全連鎖していれば全て赤果肉形質を示すと考えられた。
【0025】
そこで、開発してきたS遺伝子型同定法(表4(MdMYB10遺伝子、S遺伝子解析に使用したプライマー配列とPCR反応条件))を用いて交配に用いた品種、系統のS遺伝子型の確認ならびに同定を行った(表5)。
【0026】
【表4】

【0027】
【表5】

【0028】
‘ピンクパール’× JPP35のF1 集団32個体、‘シナノスイート’× JPP35のF1 集団70個体、‘王林’× JPP35のF1 集団59個体のS遺伝子型解析を行ったところ、‘ピンクパール’(S3Sx)× JPP35(S3S7)は、赤果肉形質を示した13個体の内、12個体がS3S7、1個体がS7Sxであり、白果肉を示した19個体は全てS7Sxであった(上記表5)。また、‘シナノスイート’(S1S7)× JPP35(S3S7)は赤果肉形質を示した67個体の内、30個体がS1S3、37個体がS3S7であり、白果肉の3個体はS3S7であった(第5表)。さらに、‘王林’(S2S1)× JPP35(S3S7)は赤果肉形質を示した51個体の内、28個体がS2S3、23個体がS3S7であり、白果肉を示した8個体の内、6個体がS2S3、2個体がS3S7であった(上記表5)。
【0029】
以上の結果をまとめると、赤果肉形質を示した131個体中、S3を有していたのは130個体となった。また、S3を有していながら白果肉形質を示したものが11個体となった(上記表5)。したがって、S3を有する赤果肉個体の割合は130/142x100=94.3%であり、‘ピンクパール’に由来するS3-RNase遺伝子が、赤果肉形質原因遺伝子と強く連鎖していることが示唆された。すなわち、本発見によりS3-RNaseのもつ交雑不和合性を利用することにより、交配親の組み合わせにより赤果肉個体が94.3%を占めるF1集団を産み出せる画期的な育種法を提供できることが示された。今のところ、JPP35(S3S7)と、S7を有しS3を有しない‘シナノスイート’(S1S7)、‘王林’(S2S7)、‘紅玉’(S7S9)、‘あかね’(S7S24)、‘ひめかみ’(S7S9)、‘いわかみ’(S1S7)、‘きおう’(S1S7),‘さんさ’(S5S7)、‘千秋’(S1S7)、‘シナノドルチェ’(S2S7)等の品種との交配、「No. 38」個体(S1S3)と、S1を有しS3を有しない‘ふじ’(S1S9)、‘祝’(S1S20)、‘いわかみ’(S1S7)、‘きおう’(S1S7)、‘国光’(S1S2)、‘涼夏の季節’(S1S9)、‘千秋’(S1S7)、‘シナノスイート’(S1S7)等の品種との交配により、ほぼ赤果肉個体のみのF1集団を産み出すことができる。また、赤果肉形質に連鎖した‘ピンクパール’S3遺伝子座上にあるS3-RNase遺伝子のイントロン配列と‘つがる’、‘ゴールデンデリシャス’、‘シナノゴールド’、‘シナノレッド’を始め100種以上の栽培種に存在する赤果肉形質と連鎖しないS3-RNase遺伝子のイントロン配列の間に塩基多型のあることを新たに見出した。この多型を利用して、F1集団の実生段階で確実に赤果肉形質に連鎖したピンクパール由来のS3を特定できる。
【0030】
S遺伝子型を同定した中で、‘ピンクパール’× JPP35「No. 25」個体は、S3を有していないにも関わらず、赤果肉形質を示した(図2)。「No. 25」では、S3近傍にあると考えられる赤果肉形質原因遺伝子とS3-RNase遺伝子との間で組換えが起きたと考えられる。すなわち、「No. 25」:のS遺伝子型がS7Sxであることから、組換えによりS7もしくはSx近傍に赤果肉形質原因遺伝子が存在していると考えられる。我々は、未知であった‘ピンクパール’由来のSx対立遺伝子が、S11であることを新たに見出した(未発表データ)。「No. 25」個体を交配親に用いれば、より広範な栽培種を、前述のほぼ赤果肉のみのF1集団を産み出せる育種法に活用できる。例えば、S11に赤果肉原因遺伝子が連鎖していれば、‘つがる’(S3S7)× No. 25 (S7S11)のF1集団のS遺伝子型はS3S11、S7S11のいずれかとなり、全てS11を有していることからほとんど赤果肉形質のみを示すと考えられる(‘つがる’(S3S7)בJPP35' (S3S7)は交雑不和合となりF1集団が得られず、‘つがる’(S3S7)× No. 38(S1S3)は、ほぼ白果肉のみのF1集団となる)。さらに、‘ピンクパール’(S3S11)× No. 25 (S7S11)のF1集団中のS3S7個体、JPP35 (S3S7) × 「No.25 」(S7S11)のF1集団中のS3S11個体のいずれかは、赤果肉形質の原因遺伝子をホモに持つ個体となる。ヘテロに持つ個体よりもホモ個体は赤果肉形質がより強くかつ安定であることが期待される。またホモ個体を交配親に用いれば、交雑不和合性を示さない全ての栽培種との交配によりほぼ赤果肉形質のみのF1集団を得ることができる。
【0031】
これまでに、果肉色原因遺伝子としてMdMYB10遺伝子が赤果肉、赤葉のリンゴアントシアニンの蓄積を調節しているという報告がなされている。MdMYB10遺伝子はそのプロモーター領域に6つの23塩基対(bp)の繰り返し単位が存在しているR6 プロモータータイプのMdMYB10と、1つしか存在していないR1 プロモータータイプのMdMYB10の2つの対立遺伝子が存在すると報告されており、R6プロモータータイプの対立遺伝子を持つ個体は、赤果肉、赤葉の形質を示す。さらに、MdMYB10タンパク質は自身のプロモーター領域に存在する23bpの繰り返し単位に結合し、自己発現を促すことが示唆されており、繰り返し単位の数が多いほどMdMYB10遺伝子発現も高くなることが示されている。そこで、Espleyら(2009)の方法に従い、プライマーとしてMdMYB10M_fwとMdMYB10M_rv(上記表4)、TaqポリメラーゼとしてGo Taq(Promega,USA)を使用し、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を94 ℃30秒、55 ℃30秒、72 ℃30秒、30サイクルの条件にて行い、得られたPCR産物を4%ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した。なお、PCR産物の内、増幅断片長496 bpがR6プロモータータイプ、394 bpがR1プロモータータイプの存在を意味する。
解析の結果、赤果肉形質の‘ピンクパール’、JPP35からは394 bpの増幅断片しか得られず、これらにはMdMYB10のR6プロモータータイプの対立遺伝子が存在しないことが判明した(図3参照)。なお、図3は、リンゴ野生種、栽培種、系統のMdMYB10プロモーター領域のPCR解析結果を表す説明図である。図3において、496塩基対 (bp) のDNA断片はR6 プロモータータイプ、394塩基対 (bp) のDNA断片はR1 プロモータータイプを示す。
496 bpの増幅断片が検出された‘トミーコ’、‘メイポール’、‘マカミッククラブ’は、いずれも赤果肉、赤葉の形質を示し、ピンクパール’、JPP35は赤果肉、緑葉であることから、MdMYB10のR6プロモータータイプ対立遺伝子は、赤果肉、赤葉形質の品種のみに存在すると考えられた。なお、Espley ら(2009)も、赤果肉、赤葉形質を持つものはMdMYB10のR6プロモータータイプ対立遺伝子を、白果肉、緑葉形質を持つものは、R1プロモータータイプ対立遺伝子を持つことを報告している。図3に示した‘トミーコ’、‘メイポール’、‘マカミッククラブ’は赤果皮、赤果肉、赤葉形質、‘ふじ’、‘つがる’、‘シナノスイート’、M.sieversii、‘紅玉’は赤果皮、白果肉、緑葉形質、‘ピンクパール’は黄果皮、赤果肉、緑葉形質、JPP35は赤果皮、赤果肉、緑葉形質である。‘ピンクパール’、JPP35が赤果肉形質であるにも関わらずR6プロモータータイプのMdMYB10対立遺伝子を有していなかったことから、これらの品種では、新奇遺伝子等によりR6プロモータータイプによるものとは異なる分子機構により赤果肉色を呈しているものと思われる。また、MdMYB10は9番染色体上に位置しており、‘ピンクパール’、JPP35の赤果肉原因遺伝子とは染色体上の位置が異なっていることからもこのことは支持される。すなわち、‘ピンクパール’、JPP35の赤果肉形質原因遺伝子は、17番染色体上に位置するS遺伝子座近傍に位置しており、これまでに唯一報告されている赤果肉(赤葉)原因遺伝子のMdMYB10とは異なる位置にある。
果肉色(葉色)を調節すると言われているMdMYB10遺伝子の位置する9番染色体上には、果皮色を調節すると言われているMdMYB1遺伝子も存在している。両者は塩基配列レベルで98%一致しており、推定アミノ酸配列レベルでわずか3アミノ酸しか異なっていない。さらに、MdMYB1は、そのプロモーター領域にMdMYB10遺伝子の持つ23 bpの繰り返し単位を一つ持っている。そのため、両者が対立遺伝子の関係にあるのか、異なる独立した2つの遺伝子の関係にあるのか不明である。
【0032】
‘ピンクパール’、JPP35の果皮色原因遺伝子が赤果肉原因遺伝子の存在する17番染色体上に存在するのか、すなわち、果皮色も果肉色同様17番染色体上のS3対立遺伝子と連鎖しているのか調べた。‘王林’(黄果皮白果肉)× JPP35(赤果皮赤果肉)のF1集団では、赤果皮:黄果皮=1:1に分離しており(表6)、赤果肉:白果肉=1:0の分離比(上記表4)と大きく異なっていた。
【0033】
【表6】

【0034】
また、赤果皮形質を示した30個体の内、S2S3が15個体、S3S7が15個体であり、黄果皮形質を示した29個体の内、S2S3が18個体、S3S7が11個体であった(上記表4)。一方、‘ピンクパール’(黄果皮赤果肉)× JPP35(赤果皮赤果肉)のF1集団では赤果皮:黄果皮=1:1に分離しており(上記表6)、赤果肉:白果肉=1:1の分離比(上記表4)と同じであった。しかしながら、S3対立遺伝子との連鎖について見てみると、赤果皮形質を示した17個体の内、S3S7が7個体、S7Sxが8個体であり、黄果皮形質を示した13個体の内、S3S7が5個体、S7Sxが8個体であった(上記表4)。以上の結果から、果皮色は果肉色と異なり、17番染色体上のS3対立遺伝子と連鎖していないことが判明した。
これまで、果皮アントシアニンの蓄積を促す遺伝子として、MdMYB1-1が‘Cripps Red’から、MdMYBAが‘つがる’から単離されている。MdMYB1-1とMdMYBAは同一の遺伝子であると考えられており、MdMYB1 (MdMYBA)の対立遺伝子として1-1〜1-3までが報告されている。MdMYB1-1対立遺伝子の存在する個体は赤果皮の形質を示し、1-2〜1-3のホモもしくはヘテロ接合体であると黄果皮の形質を示すことが報告されている(Takosら2006)。そこで、Takosら(2006)の方法に従い、プライマーとしてMdMYB1_fwとMdMYB1_rv(上記表4)、TaqポリメラーゼとしてGo Taq(Promega)を使用し、PCRを94 ℃30秒、55 ℃30秒、72 ℃30秒、30サイクルの条件下にて行った。得られたPCR産物は制限酵素Bst EII(Promega)にて切断処理後、4%ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した。なお、PCR産物の内、増幅断片長263 bpがMdMYB1-1、291 bpがMdMYB1-1以外のMdMYB1の存在を意味する。
【0035】
MdMYB1-1対立遺伝子をR、MdMYB1-1以外の対立遺伝子をrと記すと、‘ピンクパール’(rr)× JPP35(Rr)のF1集団では、赤果皮19個体の内、Rrが17個体、rrが2個体であった。また、黄果皮12個体全てrrであった。‘シナノスイート’(RR)× JPP35(Rr)のF1集団では、全て赤果皮であり、RRが37個体、Rrが32個体であった。‘王林’(rr)× JPP35(Rr)では、赤果皮30個体の内、Rrが27個体、rrが3個体であり、黄果皮29個体の内、rrが26個体、Rrが3個体であった(表7)。
【0036】
【表7】

【0037】
これらの結果から、‘ピンクパール’× JPP35のF1集団31個体、‘王林’× JPP35のF1集団59個体中MdMYB1-1対立遺伝子を有すると思われる個体の94.9%が赤果皮の形質を示し、持っていないと思われる個体の88.4%が黄果皮の形質を示すと考えられた。以上の結果から、‘ピンクパール’、JPP35を交配親とするF1集団にもMdMYB1 DNAマーカーの適用が可能であり、結実以前の実生の段階で果皮色を特定し早期選抜できることが示された。
【0038】
最後に、MdMYB1とMdMYB10の関係を調べるために、‘トミーコ’、メイポール’、‘王林’、‘紅玉’、‘ウィチャック’、‘ふじ’、‘ピンクパール’、JPP35、‘ピンクパール’× JPP35のF1集団由来4個体「No. 25 」(赤果皮、赤果肉)、「No. 27」(赤果皮、赤果肉)、「No. 29」(黄果皮、白果肉)、「No. 67」(黄果皮、赤果肉)のMdMYB翻訳開始点の178 bp上流から約2000 bp(プロモーター領域と5'UTR)の塩基配列を決定した。方法は以下の通りである。リンゴの幼葉から抽出した全 DNAを鋳型として、プライマーにMdMYB_fw(Forward:5'-GGTTCATGTATAACAGTATCAGTTCG-3')とMdMYB10M_rv(第4表)を用い、TaqポリメラーゼとしてEx Taq HS(TaKaRa,Japan)を使用し、PCRを 94 ℃10秒、60 ℃30秒、72 ℃2分30秒の条件にて30サイクル行った。PCR産物を1% 低融点アガロースゲル電気泳動に供した後、2000 bp付近のバンドを切り出し、フェノールクロロホルム法によりDNAを抽出した。得られたDNA断片をDNA Ligation Kit〈Mighty Mix〉(TaKaRa)を用いてpT7Blue T-Vector(TaKaRa)に導入した後、大腸菌DH5α(TaKaRa)株に形質転換した。抗生物質アンピシリンを加えたLB plateに形質転換した大腸菌を塗布して37℃、16時間培養し、得られた白色コロニーに対してコロニーダイレクトPCRを行い導入されたDNA断片長を確認した。2000 bp付近にDNA導入が確認出来た菌懸濁液をLB培地で増殖させ、High Pure Plasmid Isolation Kit(Roche Applied Science,Germany)を用いてDNAを精製した。塩基配列の決定は、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)を用い、ABI3130ジェネティックアナライザ(Applied Biosystem)により行った。各塩基配列の比較は、DNASIS Pro(HITACHI,Japan)を用いて1対1Smith-Waterman検索によって行った。なお、実験に用いたプライマーは、データベース上の配列を基に設計し、MdMYB10、MdMYB1-1〜1-3のいずれも増幅させることが出来るプライマーである。
塩基配列を決定したところ、‘トミーコ’、‘紅玉’に一種類の配列が、‘王林’、‘ウィチャック’、‘ピンクパール’、JPP35に2種類の配列が、‘ふじ’に3種類の配列が見られた。公表されていない種類の配列をMdMYB10(P), 10(PP)(‘ピンクパール’由来)、MdMYB1-4, 1-6(‘ふじ’由来)、MdMYB1-5(‘メイポール’由来)と名付けた。なお、‘ふじ’の新規MdMYB1-4, 1-6、‘メイポール’の新規1-5、 JPP35の新規10(P)、‘ピンクパール’の新規10(PP)、‘トミーコ’の新規10(R6)についてはDNAデータベース登録を行った。それぞれの塩基配列は非常に類似していた(93.7〜99.6%一致)が、多型により見分けることが可能であった(表8)。
【0039】
【表8】

【0040】
表9に決定した塩基配列を基にした品種ごとの遺伝子型を示した。
【0041】
【表9】

【0042】
‘ふじ’以外の全ての品種が1種類もしくは2種類の塩基配列に収束したことから、MdMYB1とMdMYB10は別の遺伝子ではなくアリル(対立遺伝子)の可能性が高いと考えられた。‘ピンクパール’、JPP35およびその後代(No. 25, 29, 67)にはMdMYB10 R6プロモータータイプ対立遺伝子は存在せず、赤果肉形質がMdMYB10 R6プロモータータイプ対立遺伝子によらないことが再確認された。JPP35にはMdMYB10のR6タイプともR1タイプとも構造の異なる遺伝子(MdMYB10(P)と命名)が存在していたが、10(P)は白果肉後代である「No. 29」にも見られたため、MdMYB10(P)は赤果肉形質の原因遺伝子ではないことが示唆された。JPP35の赤果肉形質はS遺伝子座近傍にあるMYBとは全く異なる未知の遺伝子によって制御されているのかもしれない。一方、‘メイポール’は赤果皮の原因遺伝子であるMdMYB1-1を持っていないにも関わらず赤果皮であることからMdMYB10 R6プロモータータイプの対立遺伝子の存在は、従来言われていた赤果肉と赤葉に加えて赤果肉、赤葉、赤果皮形質を示すことが示唆された。すなわち、形質と関連付けると、MdMYB1-1もしくはMdMYB10 R6プロモータータイプ対立遺伝子の存在する品種は赤果皮形質を示し、どちらもなければ黄果皮形質を示し、MdMYB10 R6プロモータータイプ対立遺伝子が存在すると赤果肉、赤葉形、赤果皮形質を示すことが示唆された。
【0043】
尚、本発明は前記実施形態になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤果肉・赤果皮かつS遺伝子座近傍に赤果肉形質原因遺伝子を有するリンゴ。
【請求項2】
赤果肉・黄果皮かつ糖度12oBrix以上を有するリンゴ。
【請求項3】
ピンクパール由来の赤果肉形質原因遺伝子と自家・交雑不和合性に関わるS遺伝子の連鎖を利用して、請求項1又は2記載のリンゴを育種する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−44935(P2012−44935A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−191005(P2010−191005)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年4月1日 インターネットアドレス「http://hortsci.ashspublications.org/content/vol145/issue4/」「http://hortsci.ashspublications.org/cgi/content/abstract/45/4/534」に発表
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】