説明

遊泳動物用人工ひれ

【課題】遊泳動物の失われたひれ部分を再現するのに用いる人工ひれにおいて、該人工ひれ装着動物の様々な行動に伴ってひれ部分に加わる負荷に、十分に耐え得る柔軟な補強構造を提供する。
【解決手段】遊泳動物のひれに模倣した形状を有する可撓性の人工ひれのひれ本体2の内部に、ひれ本体2と相似形の繊維による補強層5,5a,5bを設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚、イルカおよびアザラシ等の遊泳動物が、病気や事故によりひれを損失した場合などに、該ひれの残存部に装着して失われたひれを再現する、人工ひれに関するものである。
【背景技術】
【0002】
イルカやアザラシ等の水中を遊泳する動物は、水中を自在に泳ぐための、ひれを備えているが、体から突出している器官であることから衝突事故を起こして欠損しやすく、また病気によっても失われることがある。ひれが失われると、そのひれのある部位にもよるが、遊泳に支障を来たすことが多い。遊泳動物の本来の泳ぎが阻害されると、該動物の体調に悪影響を与えたり、さらには食物の取得が困難になることもある。
【0003】
ここに、人に飼育されている遊泳動物、例えば水族館で飼育されているイルカについて、病気によって失われた尾ひれを人工尾ひれによって再現し、本来の泳ぎを取り戻し健康体に復帰した事例があり、この人工尾ひれに関する提案が、特許文献1に記載されている。
【0004】
すなわち、特許文献1に記載された人工尾ひれは、イルカの尾ひれに模倣した形状の弾性材による尾ひれ本体に、イルカの尾ひれの残存部に装着するための装着手段を有するものであり、例えば、強化ガラス繊維やカーボンファイバー、或いは金属の強化材にて、尾ひれ本体を補強することによって、イルカが健全な泳ぎを取り戻すに必要な推進力が得られる人工尾ひれを実現している。
【特許文献1】特願2006−212163号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記した人工尾ひれによってイルカは健全な泳ぎを取り戻すに到ったが、例えば、イルカ類の行動として頻繁に見られるジャンプや急速潜行など、強い推進力を得るために人工尾ひれに大きな負荷が加わった場合に、しばしば人工尾ひれ内部の強化材が破壊する事態が生じていた。
【0006】
一方、金属製の強化材は、十分な剛性を有するが、強化ガラス繊維やカーボンファイバーに対して比重が重いことから、イルカの負担が大きくなる可能性があり、また塑性変形のおそれもあった。
【0007】
そこで、本発明は、遊泳動物の失われたひれ部分を再現するのに用いる人工ひれにおいて、該人工ひれ装着動物の様々な行動に伴ってひれ部分に加わる負荷に、十分に耐え得る柔軟な補強構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、剛性が高くかつ柔軟な人口ひれを実現するための方途を鋭意検討したところ、繊維による補強が所期した特性の向上に有効であることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は、次のとおりである。
(1)遊泳動物のひれに模倣した形状を有する可撓性の人工ひれにおいて、繊維による補強層を有することを特徴とする遊泳動物用人工ひれ。
【0010】
(2)前記遊泳動物のひれ残存部を収容する装着部を有する前記(1)に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【0011】
(3)前記補強層は、人工ひれ装着時に遊泳動物の正中線に沿う向きに延びる縦糸および該縦糸を横切る向きに延びる横糸を補強材とする前記(1)または(2)に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【0012】
(4)前記補強層が織布である前記(1)、(2)または(3)に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【0013】
(5)前記横糸は前記縦糸よりも高い剛性を有する前記(3)または(4)に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【0014】
(6)前記横糸がモノフィラメントによる化学繊維であり、前記縦糸がマルチフィラメントによる化学繊維である前記(3)ないし(5)のいずれかに記載の遊泳動物用人工ひれ。
【0015】
(7)前記補強層が複数層からなる前記(1)ないし(6)のいずれかに記載の遊泳動物用人工ひれ。
【0016】
(8)前記補強層は繊維のゴム引き布からなる前記(1)ないし(7)のいずれかに記載の遊泳動物用人工ひれ。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、可撓性を有するひれ本体を、繊維による補強層にて強化して高い剛性と柔軟性とを付与したため、人工ひれを装着した動物の様々な行動に伴って該ひれ部分に加わる負荷に対して、十分に耐え得る補強構造となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の人工ひれについて、イルカの尾ひれの場合を例にして、図面を参照して詳しく説明する。
図1は、尾ひれを損傷したイルカDに、人工ひれ1を装着した状態を示す斜視図であり、人工ひれ1は、図2に示すように、尾ひれに模倣した形状を有する可撓性の、例えばゴム製のひれ本体2に、イルカDのひれ残存部dを収容して、ひれ残存部dに人工ひれ1装着するための装着部3を設けてなる。該装着部3は、イルカDのひれ残存部dの形状に従って、ひれ本体2の内部に形成された収容部分を有し、切れ込み30を境に拡げた開口部分からひれ残存部dを挿入し、ひれ残存部dを装着部3内に収容する。なお、装着部3の内壁にはスポンジシートなどを貼り付けておき、ひれ残存部dの保護を図ることが好ましい。
【0019】
さらに、イルカDのひれ残存部dに装着された、ひれ本体2には、イルカDの尾ひれ根元側から、ひれ本体2の装着部3周りを覆って、ひれ本体2の装着を確実にするためのカウリング4を固定することが好ましい。
すなわち、カウリング4は、図2に示すように、例えばカーボンファイバーと芳香族ポリエステル繊維の複合強化エポキシ樹脂製のジャケットであり、図において背面側に設けた切り欠き40を境に開口部41を拡大して、該切り欠き40側からひれ本体2に被せて取り付ける。かように取り付けたカウリング4は、ひれ本体2の装着部3を挟み込むことになり、さらに、図においてカウリング4の表面側から背面側に2本のボルト42を通して、それぞれをカウリング4に埋設したナット43に締結し、カウリング4がひれ本体2の装着部3を挟み込んだ状態でカウリング4をひれ本体2に固定する。
【0020】
上述したように、イルカの尾ひれの残存部に装着された人工ひれには、イルカの遊泳中に様々な入力があり、とりわけジャンプ行動のように大きな負荷が加わった場合に、しばしば人工尾ひれ内部の強化材が破壊する事態が生じていた。そこで、本発明の人工ひれにおいては、繊維による補強層にて高剛性を付与する。
すなわち、繊維、例えば化学繊維を補強材としてひれ本体内に埋設することによって、補強層の塑性変形を抑制しつつ柔軟かつ高剛性のひれとすることができる。また、繊維はゴムとの接着性に優れる点、補強層を起点とした剥離を回避するのにも有効である。
【0021】
具体的には、図3に示すように、ひれ本体2の内部に、ひれ本体と相似形状の補強層5を設ける。なお、ひれ本体2の装着部3においては、図の背面部分に補強層5を設け、装着部3の切れ込み30周辺は補強層5を設けずに開口の拡大を容易にしておくことが好ましい。
【0022】
ここで、補強層5は、図示例で大小の補強層5aおよび5bの積層構造になり、各補強層は、図4に示すように、イルカの正中線Sに沿う向きに延びる縦糸6aおよび該縦糸6aを横切る向きに延びる横糸6bを補強材とすることが好ましい。
例えば、イルカの尾ひれを典型例とする、ひれは、遊泳動物の正中線Sの向きと、該向きを横切る向きとで剛性差があるのが一般的であり、この剛性差によって正中線Sの向きに強い推進力を得ている。従って、人工ひれにおいても、剛性差を設けるために、補強材となる糸を、正中線Sに沿う向き(縦糸6a)とこの向きを横切る向き(横糸6b)とに配列することが好ましい。
【0023】
そして、横糸6bの剛性を縦糸6aの剛性よりも高くすることによって、遊泳動物のひれに近い剛性差を付与する。すなわち、正中線Sに沿う向きは柔軟にし、かつ正中線Sを横切る向き、中でも直交する方向の剛性を高めると、ひれの推進力は高まるのである。
【0024】
具体的には、縦糸6aと横糸6bとの剛性の差は、曲げ剛性で5〜20倍であることが望ましい。すなわち、曲げ剛性差が5〜20倍の範囲にあれば、正中線Sに沿う向きに対しての柔軟性を維持する事より、水流抵抗を減少させる事が出来、直交する方向に対しては、十分な推進力を得る曲げ剛性を同時に得る事が出来る。
【0025】
以上の補強層5には、縦糸と横糸とで織られた織布、中でも、いわゆる帆布を適用することが、剛性差を容易に設けることができるために好ましい。すなわち、織布を作製する際に、例えば縦糸と横糸の種類を変えれば、縦および横方向で剛性の異なる織布が容易に得られる。
【0026】
ここに、縦糸および横糸には化学繊維フィラメントを用い、横糸はモノフィラメントおよび縦糸はマルチフィラメントとすることによって、剛性差を付与することが可能である。材質並びに径が同じであれば、モノフィラメントはマルチフィラメントに比べ高剛性となる。
なお、マルチフィラメントには、500〜2200dtexの線密度の糸が推奨される。
【0027】
ちなみに、材質としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)およびナイロンが適当であり、マルチフィラメントには、さらにレーヨンやビニロンを用いることもできる。
【0028】
また、縦糸と横糸との材質および構造が同じ場合は、縦糸と横糸との径を変化させることによっても、上記した剛性差を付与することが可能である。さらには、縦糸と横糸との打ち込み数を変化させることによっても、上記した剛性差を付与することが可能である。
【0029】
図示した補強層は2層構造を示したが、勿論、一層で構成することも可能である。しかし、ひれの形状を維持するためには、複数層、具体的には2〜6層の補強層を用いることが好ましい。なぜなら、1層では十分な剛性を得る事が出来ない場合があり、一方、6層を超えると尾ひれの厚さが過大となりすぎる。
【0030】
なお、図には、縦糸と横糸との織布を示したが、補強層を2層以上とし、各補強層を縦糸または横糸のみにし、縦糸の補強層と横糸の補強層とを重ねた積層構造とすることも可能である。
【0031】
さらに、補強層は縦糸と横糸とのゴム引き布を用いて、このゴム引き布の複数枚を重ねて成形することによって、層間での糸相互の擦れを防止でき、耐久性上好ましい。
【実施例】
【0032】
図1および2に示した形状に従って、下記の仕様の人工ひれAおよびBを作製した。

[人工ひれA(発明例)]
・ひれ本体材質
天然ゴム:60質量部、EPDM(JSR株式会社製「EP33」):40質量部
・補強層5a
縦糸:66ナイロン1880dtex、打込数48本/50mm
横糸:PET0.5mmφモノフィラメント、打込数53本/50mm
・補強層5b
縦糸:66ナイロン1880dtex、打込数48本/50mm
横糸:PET0.5mmφモノフィラメント、打込数53本/50mm
・カウリング
材質:カーボンファイバーと芳香族ポリエステル繊維の複合強化エポキシ樹脂製
[人工ひれB(従来例)]
・ひれ本体材質
天然ゴム:60質量部、EPDM(JSR株式会社製「EP33」):40質量部
・補強層
カーボンファイバーとガラス繊維にて補強されたエポキシ樹脂製
・カウリング
材質:カーボンファイバーと芳香族ポリエステル繊維の複合強化エポキシ樹脂製
【0033】
上記した人工ひれAおよびBを、尾ひれを損失したイルカの残存する尾ひれ根元に装着し、それぞれ6箇月の期間にわたって、遊泳状態を調査したところ、人工ひれAを装着した場合は健常なイルカの遊泳に近い状態で6箇月の使用でも破壊しなかった。一方、人工ひれBを装着した場合は1箇月の期間で補強層が破壊されて、使用不能になった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の人工ひれをイルカに装着した状態を示す斜視図である。
【図2】本発明の人工ひれの構成を示す斜視図である。
【図3】本発明の人工ひれにおける補強層を示す斜視図である。
【図4】補強層の詳細を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
1 人工ひれ
2 ひれ本体
3 装着部
30 切れ込み
4 カウリング
40 切り欠き
41 開口部
42 ボルト
43 ナット
5 補強層
5a、5b 補強層
6a 縦糸
6b 横糸
D イルカ
d ひれ残存部
S 正中線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊泳動物のひれに模倣した形状を有する可撓性の人工ひれにおいて、繊維による補強層を有することを特徴とする遊泳動物用人工ひれ。
【請求項2】
前記遊泳動物のひれ残存部を収容する装着部を有する請求項1に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【請求項3】
前記補強層は、人工ひれ装着時に遊泳動物の正中線に沿う向きに延びる縦糸および該縦糸を横切る向きに延びる横糸を補強材とする請求項1または2に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【請求項4】
前記補強層が織布である請求項1、2または3に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【請求項5】
前記横糸は前記縦糸よりも高い剛性を有する請求項3または4に記載の遊泳動物用人工ひれ。
【請求項6】
前記横糸がモノフィラメントによる化学繊維であり、前記縦糸がマルチフィラメントによる化学繊維である請求項3ないし5のいずれかに記載の遊泳動物用人工ひれ。
【請求項7】
前記補強層が複数層からなる請求項1ないし6のいずれかに記載の遊泳動物用人工ひれ。
【請求項8】
前記補強層は繊維のゴム引き布からなる請求項1ないし7のいずれかに記載の遊泳動物用人工ひれ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−295764(P2008−295764A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−145424(P2007−145424)
【出願日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【出願人】(502028441)財団法人 海洋博覧会記念公園管理財団 (8)
【Fターム(参考)】