説明

酢酸発酵用種菌膜の製造方法、食酢の製造方法

【課題】酢酸発酵に用いる種菌膜を必要な時に安定的に供給できるとともに、接種後の菌膜形成速度が速いため雑菌の繁殖を抑制できる酢酸発酵用種菌膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明の酢酸発酵用種菌膜の製造方法では、コロニー状態の酢酸菌から採取された表面発酵に適した酢酸菌を種菌発酵前液に接種する。次に、種菌作製容器内で種菌発酵前液に通気をすることなく攪拌培養を行う。そして、攪拌培養の後に30時間以上静置して、液表面に酢酸菌の菌膜を生成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酢酸発酵用種菌膜の製造方法、及びその方法によって得た菌膜を使用して表面発酵を行う食酢の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食酢の発酵法には、酢酸菌の種菌膜を液表面に生やす表面発酵法と、酢酸菌を添加して通気攪拌を行うことにより酢酸菌を液全体で培養する深部発酵法とがある。一般的に表面発酵法においては、酢酸発酵槽内の食酢発酵原料液に酢酸菌を接種した後、一定期間置いて液表面に酢酸菌膜を生成させることによって、槽内の原料液を酢酸発酵させている。
【0003】
ここで、液表面に酢酸菌膜を生成する段階において、酢酸発酵に好ましくない酢酸菌(Acetobacter.xylinum)や産膜酵母などの雑菌が混入・繁殖すると、発酵後の食酢の風味が損なわれるおそれがある。このような事態を避けるには、酢酸菌を接種した後、24hr以内に液表面全面に当該酢酸菌の菌膜を形成させてしまうことが望ましい。24hr以内に液表面全面に菌膜を形成させるためには大量の種菌膜が必要になるが、現状では種菌膜を大量に常時安定的に供給することは容易ではなく、種菌膜の維持管理に多大な労力がはらわれている。それゆえ、種菌膜接種量を少なくでき、必要な時に表面発酵に適した酢酸菌を安定供給できる方法が望まれていた。
【0004】
このような事情の下、種菌膜を安定供給させる方法として、種菌膜を凍結乾燥しておき、それを必要な時に表面発酵を行う発酵槽の液面に散布するという方法が、従来提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特公平5−2305号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来方法には、種菌膜を長期保存できるというメリットがある反面、表面発酵を行う発酵槽の液表面全面に菌膜を形成させるのに、2〜4日間という長期間を要するというデメリットがある。従って、その間に雑菌が繁殖するおそれがあり、風味のよい食酢が得にくくなるという問題があった。
【0006】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その第1の目的は、酢酸発酵に用いる種菌膜を必要な時に安定的に供給できるとともに、接種後の菌膜形成速度が速いため雑菌の繁殖を抑制できる酢酸発酵用種菌膜の製造方法を提供することにある。
【0007】
また、本発明の第2の目的は、風味がよくて高品質な食酢を効率よく得ることができる食酢の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題に鑑みて本願発明者らが鋭意検討を重ねた結果、コロニー状態にて酢酸菌を保管し、必要になった時点で前記保管状態の酢酸菌をある条件下にて培養すると、表面発酵に適した酢酸菌が菌膜を形成できることを見出した。また、作製した酢酸発酵用種菌膜を食酢発酵原料液に従来よりも少量接種することによって、24hr以内に液表面全面に菌膜形成できることも見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
なお、本発明者らは、上記課題を解決する方法として、酢酸菌をプレート培養してコロニー状態で保存しておき、必要な時にキャビテーターなど用いた深部発酵法で培養した菌体を、酢酸発酵用の食酢発酵原料液に混合して表面発酵を開始する方法についても検討を行った。しかしこの方法の場合、深部発酵工程を経ると酢酸菌の性質が変化するため、菌膜を形成させるのに2〜4日間要してしまい、酢酸発酵に好ましくない酢酸菌や産膜酵母などの雑菌が繁殖するという欠点があることがわかった。そこで、この方法を断念し、さらに鋭意検討を重ねた結果として、下記の発明を完成させたものである。
【0010】
即ち、請求項1に記載の発明は、コロニー状態の酢酸菌から採取された表面発酵に適した酢酸菌を種菌発酵前液に接種し、種菌作製容器内で前記種菌発酵前液に通気をすることなく攪拌培養を行った後、30時間以上静置して、液表面に菌膜を生成させることを特徴とする酢酸発酵用種菌膜の製造方法をその要旨とする。
【0011】
請求項2に記載の発明は、コロニー状態の酢酸菌から採取された表面発酵に適した酢酸菌を種菌発酵前液に接種し、種菌作製容器内で前記種菌発酵前液に通気をすることなく攪拌培養を行って、分光光度計にて波長660nmで測定した時の液の濁度(OD660nm)を0.02以上にした後、30時間以上静置して、液表面に菌膜を生成させることを特徴とする酢酸発酵用種菌膜の製造方法をその要旨とする。
【0012】
請求項3に記載の発明は、表面発酵法により食酢を製造する方法において、請求項1または2に記載の製造方法によって作製された酢酸発酵用種菌膜を酢酸発酵槽内の食酢発酵原料液の表面積当り2.5%〜5%接種することにより、酢酸発酵を行うことを特徴とする食酢の製造方法をその要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
以上詳述したように、請求項1,2に記載の発明によると、酢酸発酵に用いる種菌膜を必要な時に安定的に供給できるとともに、接種後の菌膜形成速度が速くて24hr以内に液表面全面に菌膜の形成が可能なため雑菌の繁殖を抑制できる酢酸発酵用種菌膜の製造方法を提供することができる。なお、この製造方法は、多品種少量生産化、地震、雑菌汚染などによる通常の発酵菌膜弱化等といった緊急時における対応策としての有用性がある。
【0014】
また、請求項3に記載の発明によると、上記の優れた製造方法を経て作製された酢酸発酵用種菌膜を用いると、目的とする酢酸菌の増殖が圧倒的優勢となり雑菌等の繁殖が確実に抑制されるため、余計な臭いや味が付与されず、風味がよくて高品質な食酢を効率よく得ることが可能な食酢の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明においては、種菌膜そのものを水に懸濁したものを種菌発酵前液に接種せずに、コロニー状態の酢酸菌から釣菌した酢酸菌を種菌発酵前液に接種する。これは、種菌膜には雑菌が一部含まれていることもあり、また酢酸発酵に好ましくない酢酸菌(Acetobacter.xylinum)が含まれているとその増殖が優勢になるので、種菌膜そのものを水に懸濁したものを接種すると酢酸発酵に好ましくない雑菌の割合が増えて香味に悪影響を及ぼすためである。
また、酢酸菌はコロニー状態で接種してもよいが、それに限らずコロニー状態の酢酸菌から釣菌した酢酸菌培養物の状態で接種するようにしてもよい。なお、種菌発酵前液に酢酸菌を接種する場合、大きさや形の異なったコロニーを選ばないようにすることが必要である。
【0016】
ここで言う種菌発酵前液とは、コロニー状態から釣菌した酢酸菌を接種する液体培地のことを指す。例えば、酒粕抽出液にアルコール、種酢及び水を加え、酒粕濃度4.4%、酸度2.8%、アルコール分2.8%とし、加熱殺菌後30℃にした液の使用などが好適である。この場合、発酵桶で酢酸発酵を行う液と同じ組成の液体を、種菌発酵前液として使用してもよい。
【0017】
本発明では、コロニー状態の酢酸菌から釣菌した酢酸菌を種菌発酵前液に接種した後、通気をすることなく種菌発酵前液を攪拌培養する。通気攪拌を行うと酢酸菌の増殖は速くなって種菌発酵前液のOD660nmが高くなるが、この液を30時間以上静置した場合には菌膜が形成しなくなる。この理由としては、表面発酵法による培養と振とう培養とで呼吸系が変わることが知られており、このことが菌膜形成能にも影響しているのではないかと推測される。本発明において「通気をすることなく」とは、種菌発酵前液に対し培養中に強制的に空気や酸素を吹き込まないことを意味する。何らかの理由により短時間空気が液中に混入したとしても、実質的に酢酸菌の呼吸系に影響を与えない程度であれば構わない。
【0018】
ここでOD660nmとは、分光光度計にて波長660nmで測定した時の濁度を言う。これは菌数を表す指標として一般的に用いられ、菌数多くなるほどOD660nmの値が高くなる。
【0019】
種菌発酵前液に接種した後の攪拌条件としては特に限定されないが、攪拌力が弱すぎると菌の増殖が遅くなり、また攪拌力が強すぎると液表面の空気が液中に混入してしまい通気攪拌に近くなって菌膜が形成しにくくなる。従って、液表面が泡立たない程度の回転数で攪拌培養することが好ましい。攪拌条件としての回転数は攪拌翼の形状や種菌作製容器の形状・大きさ、液の性状(粘度等)によって変わる。
【0020】
種菌発酵前液を攪拌培養して得られた種菌を食酢発酵原料液に添加する際には、一旦静置して種菌膜を形成させることが重要となる。静置していない種菌発酵液をそのまま添加した場合には、表面発酵において24hr以内に菌膜が形成されず、雑菌が繁殖してしまう可能性があるからである。
【0021】
また、静置する時間は少なくとも30時間以上に設定し、これにより液面に菌膜を生成させることが好ましい。さらに、種菌膜を効率よく確実に生成させるためには、種菌発酵液のOD660nmが高いほうが好ましく、例えば0.02〜0.06、好ましくは0.02〜0.04になるまで培養してから静置することが好ましい。なお、この範囲は対数増殖期にあたる。
【0022】
本発明の製造方法で得られた種菌膜を使用して食酢を製造する際には、菌膜の接種量が酢酸発酵槽内の食酢発酵原料液の表面積当り2.5%〜5%という少ない量で済むのが特徴的である。従来法と比べると種菌膜の伸びがよく、種菌膜接種量が1/2〜1/4になる。
【0023】
また、本発明の製造方法では、液表面に浮かんだ菌膜を採取してそれを食酢発酵原料液に接種してもよいが、菌膜を含んだ種菌発酵液そのものを食酢発酵原料液に接種してもよい。なお、本製法によって作製した種菌膜を用いて酢酸発酵を行う場合の食酢発酵原料液は特に限定されず、米酢やリンゴ酢など食酢の表面発酵を行える原料なら何でも用いることもできる。
【実施例1】
【0024】
以下に、実施例等を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
(試験例1)
【0025】
表面発酵中の酢酸菌の菌膜をスパチュラで3cm×3cmすくい取って30mLの滅菌水に懸濁し、約30秒間ホモジナイズ後に滅菌水で1000倍〜10000倍に希釈して、グルコース3%、酵母エキス1%、ポリペプトン0.1%、グリセロール1%、酢酸0.5%、エタノール3%からなる寒天培地にて30℃で3日間プレート培養した。次に、酒粕抽出液にアルコール、種酢及び水を加え、酒粕濃度4.4%、酸度2.8%、アルコール分2.8%とし、加熱殺菌後30℃にした液を種菌発酵前液とした。この種菌発酵前液を、φ13cm、高さ20cmのジャー発酵槽に1.5L入れ、上記のようにして得られたコロニー3個を無菌的に採取して種菌発酵前液に接種し、攪拌翼による攪拌条件(回転数)を変えて30℃で66hr培養を行った後、培養液をカップに入れて30℃,66hrまで静置した。この結果を表1に示す。攪拌条件は50rpm、150rpm及び300rpmの3種類に設定した。攪拌を行う上記3つの試験区では、通気を行わないこととした。一方、攪拌を行わない代わりに連続的にバブリングして通気を行う試験区を設定した。
【表1】

【0026】
表1に示すように、連続的にバブリングした試験区においては、OD660nmの増加率が他の試験区に比べて大きかった。しかし、42hr静置後に観察したところ、菌膜形成が認められなかった。
【0027】
これに対して、通気なしで攪拌した試験区においては、いずれも菌膜形成が認められた。特に、回転数150rpm、300rpmの場合には、42hr静置後に液表面の全面に菌膜が形成されていた。一方、これらよりも攪拌力を弱くした50rpm(OD660nm=0.014)の場合には、菌膜がまだらにしか形成されていなかった。
【0028】
従って、回転数150rpm試験区及び回転数300rpm試験区において好結果が得られたのは、静置開始時点での液のOD660nmが0.02以上であったため、種菌膜を効率よく確実に生成するのに十分な量の酢酸菌が含まれていたからであると推測された。
(実施例1)
【0029】
酒粕抽出液にアルコール、種酢及び水を加え、酒粕濃度4.4%、酸度2.8%、アルコール分2.8%とし、加熱殺菌後30℃にした液を種菌発酵前液とした。この種菌発酵前液を、φ20cm、高さ38cmのジャー発酵槽に8L入れ、試験例1と同様にして得られたコロニー10個を無菌的に採取して種菌発酵前液に接種し、30℃、通気なしで攪拌培養を行った。なお、種菌発酵前液が十分に動くが液表面が泡立たない程度の回転となるように、回転数を200rpmに設定した。
【0030】
攪拌培養を開始後72hr経過後のOD660nmは0.023であり、この時点で攪拌培養を中止し、この液体培養液を35cm×50cmのプラスティック容器に移し、30℃恒温室内で48hr静置して酢酸菌膜が形成されることを確認した。得られた種菌膜を前記種菌発酵前液と同じ組成の加熱殺菌液(約35℃)の入った木桶(320cm×120cm×60cm)に接種した。接種量は液表面積当たり2.5%とした。
【0031】
その結果、23hr経過後には桶全面に菌膜が形成されることが確認できた。図1のグラフにおける黒丸は、本実施例1の条件で作製した菌膜を用いた場合の粕酢における酢酸発酵時の酸度変化を示している。同グラフにおける白丸は、従来の表面発酵法の菌膜を接種した比較例の場合の酸度変化を示している。その結果、本実施例1と比較例とで酸度変化は同等であった。
【0032】
また、本実施例1の粕酢及び比較例の粕酢について、従来周知の手法(1・2点法)により香味の比較を行った。その結果を表2に示す。これによると両者に有意差は認められなかった。
【表2】

【0033】
以上の結果を総合すると、「無通気攪拌培養後の所定時間以上の静置」により菌膜を作製し、これを使用して表面発酵を行う本実施例1によれば、風味がよくて高品質な粕酢を効率よく製造できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】酢酸発酵時の酸度変化を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コロニー状態の酢酸菌から採取された表面発酵に適した酢酸菌を種菌発酵前液に接種し、種菌作製容器内で前記種菌発酵前液に通気をすることなく攪拌培養を行った後、30時間以上静置して、液表面に菌膜を生成させることを特徴とする酢酸発酵用種菌膜の製造方法。
【請求項2】
コロニー状態の酢酸菌から採取された表面発酵に適した酢酸菌を種菌発酵前液に接種し、種菌作製容器内で前記種菌発酵前液に通気をすることなく攪拌培養を行って、分光光度計にて波長660nmで測定した時の液の濁度(OD660nm)を0.02以上にした後、30時間以上静置して、液表面に菌膜を生成させることを特徴とする酢酸発酵用種菌膜の製造方法。
【請求項3】
表面発酵法により食酢を製造する方法において、請求項1または2に記載の製造方法によって作製された酢酸発酵用種菌膜を酢酸発酵槽内の食酢発酵原料液の表面積当り2.5%〜5%接種することにより、酢酸発酵を行うことを特徴とする食酢の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−271821(P2008−271821A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−117933(P2007−117933)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(398065531)株式会社ミツカングループ本社 (157)
【出願人】(301058333)株式会社ミツカンサンミ (13)
【Fターム(参考)】