説明

酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法、酸化モリブデンを含有する薄膜の形成用原料及びモリブデンアミド化合物

【課題】CVD法による酸化モリブデンを含有する薄膜の製造においてプレカーサの輸送性に優れ、基板への供給量の制御が容易かつ安定供給が可能であり、量産性良く良質な酸化モリブデンを含有する薄膜を製造できる方法を提供すること。
【解決手段】下記一般式(I)で表される化合物を含有してなる薄膜形成用原料を気化させて得たモリブデンアミド化合物を含有する蒸気を基体上に導入し、さらに酸化性ガスを導入することで分解及び/又は化学反応させて基体上に薄膜を形成する、酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法。式中、R1、R2は炭素数1〜4の直鎖又は分岐状アルキル基を表し、R3はt−ブチル基又はt−アミル基を表し、yは0又は2を表し、xはyが0のときに4であり、yが2のときに2であり、複数存在するR1、R2はそれぞれ同一でもよく、異なっても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の配位子を持つモリブデンアミド化合物を気化させた蒸気を用いた酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法、該製造方法により製造された酸化モリブデンを含有する薄膜、該製造方法に用いる酸化モリブデンを含有する薄膜の形成用原料及びt―アミルイミド基を配位子として有する新規なモリブデンアミド化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化モリブデンを含有する薄膜は、有機発光ダイオード、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイパネル、電界放出ディスプレイ、薄膜ソーラーセル、低抵抗オーミックならびに他の電子デバイス及び半導体デバイスに使用することができ、主にバリア膜等の電子部品の部材として用いられている。
【0003】
上記の薄膜の製造法としては、火焔堆積法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、塗布熱分解法やゾルゲル法等のMOD法、化学気相成長法等が挙げられるが、組成制御性、段差被覆性に優れること、量産化に適すること、ハイブリッド集積が可能である等多くの長所を有しているので、ALD(Atomic Layer Deposition)法を含む化学気相成長(以下、単にCVDと記載することもある)法が最適な製造プロセスである。
【0004】
酸化モリブデンを含有する薄膜製造用の化学気相成長法用原料として、モリブデンカルボニル[Mo(CO)6]、モリブデンアセチルアセトネート、モリブデンクロライド(MoCl3又はMoCl5)、モリブデンフルオライド(MoF6)、MoO2(2,2,6,6−テトラメチルヘプタン−3,5−ジオン)2の如き有機モリブデン化合物、及びモリブデンオキシクロライド(MoO2Cl2又はMoOCl4)が特許文献1に報告されている。また、非特許文献1には、ALDによる窒化モリブデン薄膜形成用原料としてモリブデンアミドイミド化合物が報告されている。
【0005】
薄膜形成用原料を気化させて得た蒸気を基体に導入し、さらに酸化性ガスを導入することでこれを分解及び/又は化学反応させて基体上に薄膜を形成する酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法において、本発明のモリブデンアミド化合物を用いた薄膜の製造方法についての報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−119045号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chem. Vap. Deposition 2008, 14, 71-77
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
CVD法による酸化モリブデンを含有する薄膜の製造において、これまでに提案されたモリブデン化合物は必ずしも十分な特性を有しているとは言えなかった。CVD法等の化合物を気化させて薄膜を形成する原料に適する化合物(プレカーサ)に求められる性質は、融点が低いこと、融点と沸点との間に、酸化モリブデンを含有する薄膜製造中に液体状態を安定的に保てる程度の温度差があり安定的に液体の状態で輸送が可能であること、蒸気圧が大きく気化させやすいことである。従来のモリブデン源として用いられていた化合物は固体若しくは融点と沸点の温度差が小さく、CVD法におけるプレカーサ輸送性の悪さや蒸気圧の低さといった問題点があった。また、フッ素原子を含有するモリブデン化合物をCVD法による酸化モリブデンを含有する薄膜製造用のモリブデン源として用いると、薄膜製造時に反応副生成物としてフッ化水素が生じることがあり、これがデバイスを腐食させるという問題点があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、検討を重ねた結果、特定のモリブデンアミド化合物をプレカーサに用いたCVD法による酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法が上記課題を解決し得ることを知見し、本発明に到達した。
【0010】
本発明は、下記一般式(I)で表される化合物を含有してなる薄膜形成用原料を気化させて得たモリブデンアミド化合物を含有する蒸気を基体上に導入し、さらに酸化性ガスを導入することで分解及び/又は化学反応させて基体上に薄膜を形成する、酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法を提供するものである。
【0011】
【化1】

【0012】
また、本発明は、上記薄膜の製造方法に使用する上記一般式(I)で表される化合物を含有してなる、酸化モリブデンを含有する薄膜の形成用原料を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、下記一般式(II)で表される新規化合物を提供するものである。
【0014】
【化2】

【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、本発明に係るモリブデンアミド化合物が常温又はわずかな加温により液体になる低融点の化合物であり、融点と沸点との間に大きな温度差があり、高い蒸気圧を持つため、CVD法による酸化モリブデンを含有する薄膜の製造においてプレカーサの輸送性に優れ、基板への供給量の制御が容易かつ安定供給が可能であり、量産性良く良質な酸化モリブデンを含有する薄膜を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法に用いられる化学気相成長用装置の一例を示す概要図である。
【図2】図2は、本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法に用いられる化学気相成長用装置の別の例を示す概要図である。
【図3】図3は、本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法に用いられる化学気相成長用装置のさらに別の例を示す概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法をその好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0018】
本発明に係るモリブデンアミド化合物を表す上記一般式(I)において、R1、R2で表される炭素数1〜4の直鎖若しくは分岐状アルキル基としてはメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、s−ブチル、t−ブチル、イソブチルが挙げられ、R3はt−ブチル又はt−アミルが挙げられ、yは0又は2を表し、xはyが0のときに4であり、yが2のときに2であり、複数存在するR1、R2はそれぞれ同一でもよく、異なっても良い。このような基を有する配位子化合物であるモリブデンアミド化合物の具体例として、下記に示す化合物No.1〜81が挙げられる。ただし、本発明は以下の例示化合物により何ら限定されるものではない。
【0019】
【化3】

【0020】
【化4】

【0021】
【化5】

【0022】
【化6】

【0023】
【化7】

【0024】
【化8】

【0025】
【化9】

【0026】
【化10】

【0027】
【化11】

【0028】
本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法に用いられるモリブデンアミド化合物において、上記一般式(I)のR1〜R3は、化合物が液体であり蒸気圧が大きいものが好ましく、具体的にはx及びyが2であるときはR1、R2はメチル基若しくはエチル基が好ましく、R3はt−ブチル基若しくはt−アミル基である。R3がt−ブチル基の化合物は蒸気圧が大きく、特に好ましい。xが4、yが0の時は、R1、R2はメチル基若しくはエチル基が好ましい。
【0029】
本発明の薄膜形成用原料とは、上記説明のモリブデンアミド化合物を、酸化モリブデンを含有する薄膜製造用のプレカーサとしたものであり、プロセスによって形態が異なる。本発明に係るモリブデンアミド化合物は、その物性から化学気相成長法用原料として特に有用である。
【0030】
本発明の薄膜形成用原料が化学気相成長法用原料である場合、その形態は使用される化学気相成長法の輸送供給方法等の手法により適宜選択されるものである。
【0031】
上記の輸送供給方法としては、化学気相成長用原料を原料容器中で加熱及び/又は減圧することにより気化させ、必要に応じて用いられるアルゴン、窒素、ヘリウム等のキャリアガスと共に堆積反応部へと導入する気体輸送法、化学気相成長用原料を液体又は溶液の状態で気化室まで輸送し、気化室で加熱及び/又は減圧することにより気化させて、堆積反応部へと導入する液体輸送法がある。気体輸送法の場合は、上記一般式(I)で表されるモリブデンアミド化合物そのものが化学気相成長用原料となり、液体輸送法の場合は、上記一般式(I)で表されるモリブデンアミド化合物そのもの又は該化合物を有機溶剤に溶かした溶液が化学気相成長用原料となる。
【0032】
また、多成分系の化学気相成長法においては、化学気相成長用原料を各成分独立で気化、供給する方法(以下、シングルソース法と記載することもある)と、多成分原料を予め所望の組成で混合した混合原料を気化、供給する方法(以下、カクテルソース法と記載することもある)がある。カクテルソース法の場合、本発明に係るモリブデンアミド化合物と他のプレカーサとの混合物或いは混合溶液が化学気相成長用原料である。
【0033】
上記の化学気相成長用原料に使用する有機溶剤としては、特に制限を受けることはなく周知一般の有機溶剤を用いることが出来る。該有機溶剤としては、例えば、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸メトキシエチル等の酢酸エステル類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル等のエーテルアルコール類;テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、ジブチルエーテル、ジオキサン等のエーテル類;メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン、エチルブチルケトン、ジプロピルケトン、ジイソブチルケトン、メチルアミルケトン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン等のケトン類;ヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、トルエン、キシレン等の炭化水素類;1−シアノプロパン、1−シアノブタン、1−シアノヘキサン、シアノシクロヘキサン、シアノベンゼン、1,3−ジシアノプロパン、1,4−ジシアノブタン、1,6−ジシアノヘキサン、1,4−ジシアノシクロヘキサン、1,4−ジシアノベンゼン等のシアノ基を有する炭化水素類;ピリジン、ルチジンが挙げられ、これらは、溶質の溶解性、使用温度と沸点、引火点の関係等により、単独又は二種類以上混合溶媒として用いられる。これらの有機溶剤を使用する場合、該有機溶剤中における本発明に係るモリブデンアミド化合物及び他のプレカーサの合計量が0.01〜2.0モル/リットル、特に0.05〜1.0モル/リットルとなるようにするのが好ましい。
【0034】
また、多成分系の化学気相成長用原料の場合において、本発明に係るモリブデンアミド化合物と共に用いられる他のプレカーサとしては、特に制限を受けず、化学気相成長用原料に用いられている周知一般のプレカーサを用いることができる。
【0035】
上記の他のプレカーサとしては、アルコール化合物、グリコール化合物、β−ジケトン化合物、シクロペンタジエン化合物、有機アミン化合物等の一種類又は二種類以上の有機配位化合物と珪素や金属との化合物が挙げられる。また、プレカーサの金属種としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、チタニウム、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、モリブデン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、イリジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、亜鉛、アルミニウム、ガリウム、インジウム、ゲルマニウム、スズ、鉛、アンチモン、ビスマス、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウムが挙げられる。
【0036】
上記の有機配位子として用いられるアルコール化合物としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、2−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、アミルアルコール、イソアミルアルコール、t−アミルアルコール等のアルキルアルコール類;2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、2−ブトキシエタノール、2−(2−メトキシエトキシ)エタノール、2−メトキシ−1−メチルエタノール、2−メトキシ−1,1−ジメチルエタノール、2−エトキシ−1,1−ジメチルエタノール、2−イソプロポキシ−1,1−ジメチルエタノール、2−ブトキシ−1,1−ジメチルエタノール、2−(2−メトキシエトキシ)−1,1−ジメチルエタノール、2−プロポキシ−1,1−ジエチルエタノール、2−s−ブトキシ−1,1−ジエチルエタノール、3−メトキシ−1,1−ジメチルプロパノール等のエーテルアルコール類が挙げられる。
【0037】
上記の有機配位子として用いられるグリコール化合物としては、1,2−エタンジオール、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、2,4−ヘキサンジオール、2,2−ジメチル−1,3−プロパンジオール、2,2−ジエチル−1,3−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール、2,4−ブタンジオール、2,2−ジエチル−1,3−ブタンジオール、2−エチル−2−ブチル−1,3−プロパンジオール、2,4−ペンタンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、2−メチル−2,4−ペンタンジオール、2,4−ヘキサンジオール、2,4−ジメチル−2,4−ペンタンジオールが挙げられる。
【0038】
上記の有機配位子として用いられるβ−ジケトン化合物としては、アセチルアセトン、ヘキサン−2,4−ジオン、5−メチルヘキサン−2,4−ジオン、ヘプタン−2,4−ジオン、2−メチルヘプタン−3,5−ジオン、5−メチルヘプタン−2,4−ジオン、6−メチルヘプタン−2,4−ジオン、2,2−ジメチルヘプタン−3,5−ジオン、2,6−ジメチルヘプタン−3,5−ジオン、2,2,6−トリメチルヘプタン−3,5−ジオン、2,2,6,6−テトラメチルヘプタン−3,5−ジオン、オクタン−2,4−ジオン、2,2,6−トリメチルオクタン−3,5−ジオン、2,6−ジメチルオクタン−3,5−ジオン、2,9−ジメチルノナン−4,6−ジオン2−メチル−6−エチルデカン−3,5−ジオン、2,2−ジメチル−6−エチルデカン−3,5−ジオン等のアルキル置換β−ジケトン類;1,1,1−トリフルオロペンタン−2,4−ジオン、1,1,1−トリフルオロ−5,5−ジメチルヘキサン−2,4−ジオン、1,1,1,5,5,5−ヘキサフルオロペンタン−2,4−ジオン、1,3−ジパーフルオロヘキシルプロパン−1,3−ジオン等のフッ素置換アルキルβ−ジケトン類;1,1,5,5−テトラメチル−1−メトキシヘキサン−2,4−ジオン、2,2,6,6−テトラメチル−1−メトキシヘプタン−3,5−ジオン、2,2,6,6−テトラメチル−1−(2−メトキシエトキシ)ヘプタン−3,5−ジオン等のエーテル置換β−ジケトン類が挙げられる。
【0039】
上記の有機配位子として用いられるシクロペンタジエン化合物としては、シクロペンタジエン、メチルシクロペンタジエン、エチルシクロペンタジエン、プロピルシクロペンタジエン、イソプロピルシクロペンタジエン、ブチルシクロペンタジエン、s−ブチルシクロペンタジエン、イソブチルシクロペンタジエン、t−ブチルシクロペンタジエン、ジメチルシクロペンタジエン、テトラメチルシクロペンタジエン等が挙げられ、有機配位子として用いられる有機アミン化合物としては、る。メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ブチルアミン、s−ブチルアミン、t−ブチルアミン、イソブチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジイソプロピルアミン、エチルメチルアミン、プロピルメチルアミン、イソプロピルメチルアミン等が挙げられる。
【0040】
上記の他のプレカーサは、シングルソース法の場合は、熱及び/又は酸化分解の挙動が類似している化合物が好ましく、カクテルソース法の場合は、熱及び/又は酸化分解の挙動が類似していることに加え、混合時に化学反応による変質を起こさないものが好ましい。
【0041】
本発明の化学気相成長用原料には、これを構成する成分以外の不純物金属元素分、不純物塩素等の不純物ハロゲン分、及び不純物有機分が極力含まれないようにする。不純物金属元素分は、元素毎では100ppb以下が好ましく、10ppb以下がより好ましく、総量では、1ppm以下が好ましく、100ppb以下がより好ましい。特に、LSIのゲート絶縁膜、ゲート膜、バリア層として用いる場合は、得られる薄膜の電気的特性に影響のあるアルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、及び、同族元素(クロム、又はタングステン)の含有量を少なくすることが必要である。不純物ハロゲン分は、100ppm以下が好ましく、10ppm以下がより好ましく、1ppm以下がさらに好ましい。不純物有機分は、総量で500ppm以下が好ましく、50ppm以下がより好ましく、10ppm以下がさらに好ましい。また、水分は、化学気相成長用原料中でのパーティクル発生や、薄膜形成中におけるパーティクル発生の原因となるので、金属化合物、有機溶剤、及び、求核性試薬については、それぞれの水分の低減のために、使用の際にあらかじめできる限り水分を取り除いた方がよい。金属化合物、有機溶剤及び求核性試薬それぞれの水分量は、10ppm以下が好ましく、1ppm以下がさらに好ましい。
【0042】
また、本発明の化学気相成長用原料は、形成される薄膜のパーティクル汚染を低減又は防止するために、パーティクルが極力含まれないようにするのが好ましい。具体的には、液相での光散乱式液中粒子検出器によるパーティクル測定において、0.3μmより大きい粒子の数が液相1ml中に100個以下であることが好ましく、0.2μmより大きい粒子の数が液相1ml中に1000個以下であることがより好ましく、0.2μmより大きい粒子の数が液相1ml中に100個以下であることが更に好ましい。
【0043】
本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法は、上記一般式(I)で表される化合物を気化させて得たモリブデンアミド化合物を含有するガスと、必要に応じて用いられる他のプレカーサを気化させたガスと酸化性ガスを基板上に導入し、次いで、モリブデンアミド化合物、必要に応じて用いられる他のプレカーサを基板上で分解及び/又は反応させて所望の薄膜を基板上に成長、堆積させる化学気相成長用法によるものである。原料の輸送供給方法、堆積方法、製造条件、製造装置等については、特に制限を受けるものではなく、周知一般の条件、方法を用いることができる。
【0044】
本発明の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法に用いられる酸化性ガスには、酸素、一重項酸素、オゾン、二酸化炭素、一酸化窒素、二酸化窒素、水、過酸化水素、ギ酸、酢酸、無水酢酸等が挙げられ、これらは1種類又は2種類以上使用することができる。膜中の残留カーボンを一層低減する事ができるので、上記酸化性ガスとしては、オゾン、酸素又は水を含有するものを使用するのが好ましい。
【0045】
また、上記の輸送供給方法としては、前記に記載の気体輸送法、液体輸送法、シングルソース法、カクテルソース法等が挙げられる。
【0046】
また、上記の堆積方法としては、モリブデンアミド化合物(及び他のプレカーサガス)と反応性ガスを熱のみにより反応させ薄膜を堆積させる熱CVD法,熱とプラズマを使用するプラズマCVD法、熱と光を使用する光CVD法、熱、光及びプラズマを使用する光プラズマCVD法、CVD法の堆積反応を素過程に分け、分子レベルで段階的に堆積を行うALD法が挙げられる。
【0047】
また、上記の製造条件としては、反応温度(基板温度)、反応圧力、堆積速度等が挙げられる。反応温度については、本発明に係るモリブデンアミド化合物が充分に反応する温度である100℃以上が好ましく100〜300℃がより好ましい。また、反応圧力は、熱CVD法、光CVD法、プラズマCVD法の場合、0.01〜300Paが好ましい。また、堆積速度は、原料の供給条件(気化温度、気化圧力)、反応温度、反応圧力によりコントロールすることが出来る。堆積速度は、大きいと得られる薄膜の特性が悪化する場合があり、小さいと生産性に問題を生じる場合があるので、0.2〜40.0nm/分が好ましく、4.0〜25.0nm/分がより好ましい。また、ALD法の場合は、所望の膜厚が得られるようにサイクルの回数でコントロールされる。
【0048】
例えば、酸化モリブデン薄膜をALD法により形成する場合は、前記で説明した原料導入工程の次に、堆積反応部に導入したモリブデンアミド化合物により、基体上に前駆体薄膜を成膜させる(前駆体薄膜成膜工程)。このときに、基体を加熱するか、堆積反応部を加熱して、熱を加えてもよい。この工程で成膜される前駆体薄膜は、モリブデンアミド薄膜、又は、モリブデンアミド化合物の一部が分解及び/又は反応して生成した薄膜であり、目的の酸化モリブデン薄膜とは異なる組成を有する。本工程が行われる温度は、室温〜500℃が好ましく、100〜300℃がより好ましい。
【0049】
次に、堆積反応部から、未反応のモリブデンアミド化合物ガスや副生したガスを排気する(排気工程)。未反応のモリブデンアミド化合物ガスや副生したガスは、堆積反応部から完全に排気されるのが理想的であるが、必ずしも完全に排気される必要はない。排気方法としては、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスにより系内をパージする方法、系内を減圧することで排気する方法、これらを組み合わせた方法等が挙げられる。減圧する場合の減圧度は、0.01〜300Paが好ましく、0.1〜100Paがより好ましい。
【0050】
次に、堆積反応部に酸化性ガスを導入し、該酸化性ガス、又は酸化性ガス及び熱の作用により、先の前駆体薄膜成膜工程で得た前駆体薄膜から酸化モリブデン薄膜を形成する(酸化モリブデン薄膜形成工程)。本工程において熱を作用させる場合の温度は、室温〜500℃が好ましく、100〜300℃がより好ましい。本発明に係るモリブデンアミド化合物は、酸化性ガスとの反応性が良好であり、酸化モリブデン薄膜を得ることができる。
【0051】
上記の原料導入工程、前駆体薄膜成膜工程、排気工程、及び、酸化モリブデン薄膜形成工程からなる一連の操作による薄膜堆積を1サイクルとし、このサイクルを必要な膜厚の薄膜が得られるまで複数回繰り返してもよい。この場合、1サイクル行った後、上記排気工程と同様にして、堆積反応部から未反応のモリブデンアミド化合物ガス及び酸化性ガス、さらに副成したガスを排気した後、次の1サイクルを行うことが好ましい。
【0052】
また、酸化モリブデン薄膜のALD法による形成においては、プラズマ、光、電圧等のエネルギーを印加してもよい。これらのエネルギーを印加する時期は、特には限定されず、例えば、原料導入工程におけるモリブデンアミド化合物ガス導入時、酸化モリブデン薄膜成膜工程又は酸化モリブデン薄膜形成工程における加温時、排気工程における系内の排気時、酸化モリブデン薄膜形成工程における酸化性ガス導入時でもよく、上記の各工程の間でもよい。
【0053】
本発明の薄膜の製造方法においては、薄膜堆積の後に、より良好な膜質を得るために不活性雰囲気下、酸化性ガス若しくは還元性ガス雰囲気下でアニール処理を行ってもよく、段差埋め込みが必要な場合には、リフロー工程を設けてもよい。この場合の温度は、400〜1200℃、特に500〜800℃が好ましい。
【0054】
本発明の薄膜の製造方法に用いられる装置としては、周知な化学気相成長法用装置を用いることができる。具体的な装置の例としては図1のような非シャワーヘッドタイプの装置や、図2のようなプレカーサをバブリング供給で行うことのできる装置や、図3のように気化室を有する装置が挙げられる。また、図1、図2,図3のような枚葉式装置に限らず、バッチ炉を用いた多数枚同時処理可能な装置を用いることもできる。
【0055】
本発明の化学気相成長用原料を使用して形成製造される酸化モリブデンを含有する薄膜としては、例えば二酸化モリブデン、三酸化モリブデン、モリブデン−ナトリウム系複合酸化物、モリブデン−カルシウム系複合酸化物、モリブデン−ビスマス系複合酸化物、モリブデン−ニオブ系複合酸化物、モリブデン−亜鉛系複合酸化物、モリブデン−ケイ素系複合酸化物、モリブデン−セリウム系複合酸化物が挙げられ、これらの用途としては電極、バリア膜のような電子部品部材の他に、触媒、触媒用原料、金属用原料、金属表面処理剤、セラミックス添加剤、焼結金属添加剤、難燃剤、減煙剤、不凍液用原料、無機顔料用発色剤、塩基性染料媒染剤、防錆剤原料、農業用微量肥料、窯業用副原料が挙げられる。
【0056】
本発明に係るモリブデンアミド化合物は、その製造方法により特に制限されることはなく、周知の反応を応用して製造される。製造方法としては、該当するアミド化合物を用いた周知一般の金属アミド化合物の合成方法を応用すればよい。例えば、モリブデンのナトリウム酸塩、アミン及びトリメチルクロロシランを1,2−ジメトキシエタン中で反応させる方法で反応性中間体を得てから、これをジアルキルアミンと反応させる方法が挙げられる。
【0057】
上記の反応性中間体としては、下記一般式(III)で表されるモリブデンのイミド化合物が挙げられる。
【0058】
【化12】

【0059】
上記モリブデンアミド化合物の合成例において、上記一般式(III)で表される化合物の中で、R6がt−アミル基である反応性中間体にジアルキルアミンを反応させることで得られる下記一般式(II)で表される本発明のモリブデンアミド化合物は、構造中にフッ素を代表とするハロゲン原子を持たない上に、高い蒸気圧を持つ液体若しくはわずかな加温により液体になる低融点の化合物であるため、化学気相成長法による酸化モリブデンを含有する薄膜の製造において、反応副生成物によるデバイスの腐食が無く、気化性、プレカーサの輸送性に優れることから化学気相成長用法原料として有用である。
【0060】
【化13】

【実施例】
【0061】
以下、製造実施例、評価例、実施例をもって本発明を更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例等によって何ら制限を受けるものではない。
【0062】
[製造実施例1]
化合物No.37の製造
乾燥アルゴンガス雰囲気下で、500mL反応フラスコにモリブデン酸ナトリウム0.12モル、1,2−ジメトキシエタン2.52モル、t−アミルアミン0.252モル、トリエチルアミン0.48モル、トリメチルクロロシラン0.96モルを仕込み、系内の温度を80〜82℃にコントロールして12時間攪拌を行った。反応液を0.2μmのフィルターで固形分をろ過した後、溶媒を減圧留去により濃縮することで深緑色スラリー状の反応性中間体を収率95%で得た。引き続き、反応フラスコに反応性中間体0.114モルと脱水処理を行ったトルエン1.12モルを加えて溶解した後、溶液を−20℃にドライアイス―イソプロパノールにより冷却し、ジメチルアミンガス0.48モルを吹き込み、続いて1.6mol/Lノルマルブチルリチウムのヘキサン溶液140mLを滴下して反応させた。反応溶液を徐々に室温へ戻し、引き続き2時間撹拌して反応させた。反応液を0.2μmのフィルターにより固形物をろ過後、溶媒を減圧留去により濃縮し、これからさらに減圧蒸留により195Pa、塔頂温度103〜104℃のフラクションを分取し、目的物である化合物No.37を得た。この精製による回収率は60%であった。得られた橙黄色液体について、以下の分析を行った。
【0063】
(分析値)
(1)元素分析(金属分析:ICP−AES、塩素分析:TOX)
モリブデン;26.89質量%(理論値27.07%)、Na;1ppm未満、Cl;5ppm未満
(2)1H−NMR(溶媒:重ベンゼン)(ケミカルシフト:多重度:H数)
(1.06:t:3)(1.35:s:6)(1.62:q:2)(3.46:s:6)
(3)TG−DTA
(Ar100ml/min、10℃/min昇温、サンプル量8.836mg)
50質量%減少温度190℃
【0064】
[製造実施例2]
化合物No.38の製造
乾燥アルゴンガス雰囲気下で、500mL反応フラスコにモリブデン酸ナトリウム0.12モル、1,2−ジメトキシエタン2.52モル、t−アミルアミン0.252モル、トリエチルアミン0.48モル、トリメチルクロロシラン0.96モルを仕込み、系内の温度を80〜82℃にコントロールして12時間攪拌を行った。反応液を0.2μmのフィルターで固形分をろ過した後、溶媒を減圧留去により濃縮することで深緑色スラリー状の反応性中間体を収率95%で得た。引き続き、反応フラスコに反応性中間体0.114モルと脱水処理を行ったトルエン1.12モルを加えて溶解した後、溶液を−20℃にドライアイス―イソプロパノールにより冷却し、エチルメチルアミン0.48モルを滴下、続いて1.6mol/Lノルマルブチルリチウムのヘキサン溶液140mLを滴下して反応させた。反応溶液を徐々に室温へ戻し、引き続き2時間撹拌して反応させた。反応液を0.2μmのフィルターにより固形物をろ過後、溶媒を減圧留去により濃縮し、これからさらに減圧蒸留により40Pa、塔頂温度98〜101℃のフラクションを分取し、目的物である化合物No.38を得た。この精製よる回収率は60%であった。得られた黄色液体について、以下の分析を行った。
【0065】
(分析値)
(1)元素分析(金属分析:ICP−AES、塩素分析:TOX)
モリブデン;25.31質量%(理論値25.09%)、Na;1ppm未満、Cl;5ppm未満
(2)1H−NMR(溶媒:重ベンゼン)(ケミカルシフト:多重度:H数)
(1.02:t:2)(1.30:s:9)(1.59:q:3)(3.47:s:3)(3.67:q:2)
(3)TG−DTA
(Ar100ml/min、10℃/min昇温、サンプル量12.009mg)
50質量%減少温度209℃
【0066】
[評価例1〜7及び比較例1−1、1−2]モリブデン化合物の物性評価
上記製造実施例により得られた新規化合物No.37、38、公知化合物である化合物No.1、2、9、73、74及び以下に示す比較化合物1、2について、目視によって常温常圧における化合物の状態を観察し、固体化合物については微小融点測定装置を用いて融点を測定し、さらに各化合物の沸点を測定した。結果を表1に示す。
【0067】
比較化合物 1
MoF6
比較化合物 2
Mo(CO)6
【0068】
【表1】

【0069】
上記表1より、比較例1−2が固体であるのに対して、評価例1〜7は液体若しくはわずかな加温により液体になる低融点の化合物であることが確認できた。また、比較例1−1、1−2、評価例1〜5は沸点が低いことが確認できた。比較化合物1、2は沸点が低いが、比較化合物1は融点と沸点の差が小さく、安定的に液体状態で原料を供給することが困難であり、さらに成膜の際に反応副生成物としてフッ化水素が生成することによってデバイスを腐食してしまうという問題点があり、比較化合物2は比較化合物1よりもさらに融点と沸点の差が小さく、安定的に液体状態で原料を供給することが困難であることから化学気相成長用原料として不適である。本発明に係るモリブデンアミド化合物は構造中にフッ素原子を代表とするハロゲン原子を含まず、さらに融点と沸点に大きな温度差を有することから安定して液体状態を保つことができる点で化学気相成長用原料として好適であることが確認できた。
【0070】
[評価例8〜11]モリブデンアミド化合物のオゾン反応性評価
比較化合物2、化合物No.2、及び化合物No.37、38についてオゾン雰囲気下でTG−DTA測定を実施した。測定条件はオゾン4%を添加した酸素2000ml/min、10℃/min昇温で行った。モリブデン化合物とオゾンとの反応性の有無を、オゾンによるモリブデン化合物の酸化分解によって発生する重量減少を伴う発熱ピークの有無によって確認し、さらに反応が十分に終了したと考えられる300℃における残分量を確認した。尚、サンプル量は3.275mg〜8.447mgであった。この結果を表2に示す。
【0071】
【表2】

【0072】
表2より、本発明に係るモリブデンアミド化合物が比較化合物2と同等なオゾン反応性があり、さらに300℃時点での残分量と残分がMoO3であるとした場合の残分の計算値を比べた際に、本発明に係るモリブデンアミド化合物は該計算値との差が比較化合物2よりも少ないことがわかった。このことから、本発明に係るモリブデンアミド化合物は比較化合物2よりも歩留まり良く酸化モリブデンへ転化することが確認でき、本発明に係るモリブデンアミド化合物は化学気相成長法による酸化モリブデンを含有する薄膜の製造用原料として有用であることがわかった。
【0073】
[実施例1]ALD法による酸化モリブデン薄膜の製造
化合物No.2を化学気相成長用原料とし、図1に示す装置を用いて以下の条件及び工程のALD法により、シリコンウエハ上に酸化モリブデン薄膜を製造した。得られた薄膜について、蛍光X線による膜厚測定及びX線光電子分光法による組成比分析、X線回折による組成分析を行った。結果を表3に示す。
(条件)
反応温度(基板温度);240℃、反応性ガス;オゾンガス
(工程)
下記(1)〜(4)からなる一連の工程を1サイクルとして、50サイクル繰り返した。
(1)気化室温度70℃、気化室圧力70Paの条件で気化させた化学気相成長用原料の蒸気を導入し、系圧100Paで20秒間堆積させる。
(2)15秒間のアルゴンパージにより、未反応原料を除去する。
(3)反応性ガスを導入し、系圧力80Paで20秒間反応させる。
(4)15秒間のアルゴンパージにより、未反応原料を除去する。
【0074】
【表3】

【0075】
上記実施例1の結果から、本発明に係るモリブデンアミド化合物を化学気相成長用原料として用いることにより、該化合物が常温常圧で液体若しくはわずかな加温により液体になる低融点の化合物であることからプレカーサ輸送性及び供給性に優れ、さらに高い生産性で膜質の良い酸化モリブデン薄膜を製造できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物を含有してなる薄膜形成用原料を気化させて得たモリブデンアミド化合物を含有する蒸気を基体上に導入し、さらに酸化性ガスを導入することで分解及び/又は化学反応させて基体上に薄膜を形成する、酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法。
【化1】

【請求項2】
上記酸化性ガスがオゾン、酸素又は水を含むガスである請求項1に記載の酸化モリブデンを含有する薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の薄膜の製造方法に使用する下記一般式(I)で表される化合物を含有してなる、酸化モリブデンを含有する薄膜の形成用原料。
【化2】

【請求項4】
下記一般式(II)で表される化合物。
【化3】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−246531(P2012−246531A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−118760(P2011−118760)
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【出願人】(000000387)株式会社ADEKA (987)
【Fターム(参考)】