説明

金属錯体及びその製造方法

【課題】優れたガス分離性能を有する金属錯体の提供。
【解決手段】下記一般式(I)


(式中、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基またはハロゲン原子を示し、Xは炭素原子または窒素原子を示し、Yは水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アリール基等を示し、Xが窒素原子の場合にはYは存在しない。)で表されるジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属錯体及びその製造方法、並びに該金属錯体からなる分離材に関する。さらに詳しくは、特定のジカルボン酸化合物と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体及び分離材に関する。本発明の金属錯体は、二酸化炭素、水素、一酸化炭素、酸素、窒素、炭素数1〜4の炭化水素、希ガス、硫化水素、アンモニア、硫黄酸化物、窒素酸化物、シロキサン、水蒸気または有機蒸気を分離するための分離材として好ましく、特に、メタンと二酸化炭素、水素と二酸化炭素、窒素と二酸化炭素または空気とメタンなどの分離材として好ましい。
【背景技術】
【0002】
これまで、脱臭、排ガス処理などの分野で種々の吸着材が開発されている。活性炭はその代表例であり、活性炭の優れた吸着性能を利用して、空気浄化、脱硫、脱硝、有害物質除去など各種工業において広く使用されている。近年は半導体製造プロセスなどへ窒素の需要が増大しており、かかる窒素を製造する方法として、分子ふるい炭を使用して圧力スイング吸着法や温度スイング吸着法により空気から窒素を製造する方法が使用されている。また、分子ふるい炭は、メタノール分解ガスからの水素精製など各種ガス分離精製にも応用されている。
【0003】
圧力スイング吸着法や温度スイング吸着法により混合ガスを分離する際には、一般に、分離吸着材として分子ふるい炭やゼオライトなどを使用し、その平衡吸着量または吸着速度の差により分離を行っている(例えば、非特許文献1参照)。しかしながら、平衡吸着量の差によって混合ガスを分離する場合、これまでの吸着材では除去したいガスのみを選択的に吸着することができないため分離係数が小さくなり、装置の大型化は不可避であった。また、吸着速度の差によって混合ガスを分離する場合、ガスの種類によっては除去したいガスのみを吸着できるが、吸着と脱着を交互に行う必要があり、この場合も装置は依然として大型にならざるを得なかった。
【0004】
一方、より優れた吸着性能を与える吸着材として、外部刺激により動的構造変化を生じる高分子金属錯体が開発されている(非特許文献2、非特許文献3参照)。この新規な動的構造変化高分子金属錯体をガス吸着材として使用した場合、ある一定の圧力まではガスを吸着しないが、ある一定圧を越えるとガス吸着が始まるという特異な現象が観測されている。また、ガスの種類によって吸着開始圧が異なる現象が観測されている。
【0005】
この現象を、例えば圧力スイング吸着方式のガス分離装置における吸着材に応用した場合、非常に効率良いガス分離が可能となる。また、圧力変化に要する時間を短縮することができ、省エネルギーにも寄与する。さらに、ガス分離装置の小型化にも寄与し得るため、高純度ガスを製品として販売する際のコスト競争力を高めることができることは勿論、自社工場内部で高純度ガスを用いる場合であっても、高純度ガスを必要とする設備に要するコストを削減できるため、結局最終製品の製造コストを削減する効果を有する。
【0006】
動的構造変化高分子金属錯体を吸蔵材や分離材に適用した例として、(1)インターデジテイト型の集積構造を有する金属錯体(特許文献1参照)、(2)二次元格子積層型の集積構造を有する金属錯体(特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7参照)、(3)相互貫入型の集積構造を有する金属錯体(特許文献8参照)などが知られている。
【0007】
しかしながら、いずれの高分子金属錯体もある一定圧を超えないとガスを吸着しないので、混合ガス中の吸着除去したいガスの分圧が一定圧を下回ると吸着できず、高純度を達成するためには使用量の増加は避けられず、装置の小型化は困難な状況であった。
【0008】
2,7−ナフタレンジカルボン酸と亜鉛と4,4’−ビピリジルからなる高分子金属錯体は、IUPACの分類におけるI型の吸着プロファイルを示すが、二酸化炭素、窒素、酸素の混合気体の吸着試験において、二酸化炭素を選択的に吸着することが知られている(非特許文献4参照)。しかしながら、混合ガスの分離において、中心金属が分離性能に与える効果については何ら言及されていない。
【0009】
また、イソフタル酸誘導体、2,7−ナフタレンジカルボン酸誘導体または4,4’−ベンゾフェノンジカルボン酸誘導体と金属イオンと該金属イオンに二座配位可能な有機配位子から構成される高分子金属錯体は、不飽和有機分子と親和性を有しており、不飽和有機分子の分離に有効であることが知られている(特許文献9参照)。しかしながら、混合ガスの分離において、中心金属が分離性能に与える効果については何ら言及されていない。
【0010】
イソフタル酸とニッケルまたはカドミウムと4,4’−ビピリジルからなる高分子金属錯体が知られている(非特許文献5参照)。しかしながら、ガスの吸着挙動については何ら言及されていない。
【0011】
イソフタル酸とマンガンと4,4’−ビピリジルからなる高分子金属錯体が知られている(非特許文献6参照)。しかしながら、ガスの吸着挙動については何ら言及されていない。
【0012】
イソフタル酸と銅と4,4’−ビピリジルからなる高分子金属錯体が知られている(非特許文献7参照)。しかしながら、ガスの吸着挙動については何ら言及されていない。
【0013】
イソフタル酸と亜鉛またはカドミウムと4,4’−ビピリジルからなる高分子金属錯体が知られている(非特許文献8参照)。しかしながら、ガスの吸着挙動については何ら言及されていない。
【0014】
イソフタル酸と亜鉛と4,4’−ビピリジルからなる高分子金属錯体は、メタノール、エタノール、ベンゼン、水及び二酸化炭素を吸着することが知られている(非特許文献9参照)。しかしながら、混合ガスの分離性能については何ら言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2004−161675公報
【特許文献2】特開2003−275531公報
【特許文献3】特開2003−278997公報
【特許文献4】特開2005−232222公報
【特許文献5】特開2004−74026公報
【特許文献6】特開2005−232033公報
【特許文献7】特開2005−232034公報
【特許文献8】特開2003−342260公報
【特許文献9】特開2008−247884公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】竹内雍監修、「最新吸着技術便覧」第1版、エヌ・ティー・エス、84−163頁(1999年)
【非特許文献2】植村一広、北川進、未来材料、第2巻、44−51頁(2002年)
【非特許文献3】松田亮太郎、北川進、ペトロテック、第26巻、97〜104頁(2003年)
【非特許文献4】中川啓史、田中大輔、下村悟、北川進、第61回コロイドおよび界面化学討論会講演要旨集、P172
【非特許文献5】J.Tao、X.−M.Chen、R.−B.Huang、L.−S.Zheng、Journal of Solid State Chemist ry、第170巻、130−134頁(2003年)
【非特許文献6】C.Ma、C.Chen、Q.Liu、D.Liao、L.Li、 L.Sun、New Journal of Chemistry、第27巻、890−894頁(2003年)
【非特許文献7】Y.−H.Wen、J.−K.Cheng、Y.−L.Feng、 J.Zhang、Z.−J.Li、Y.−G.Yao、Inorganica Ch imica Acta、第358巻、3347−3354頁(2005年)
【非特許文献8】G.Tian、G.Zhu、Q.Fang、X.Guo、M.Xu e、J.Sun、S.Qiu、Journal of Molecular Str ucture、第787巻、45−49頁(2006年)
【非特許文献9】S.Horike、D.Tanaka、K.Nakagawa、S.Kitagawa、Chemical Communications、3395 −3397頁(2007年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
したがって、本発明の目的は、従来よりも高い混合ガス分離能を示し、且つ脱着に要するエネルギーが小さいガス分離材として使用できる金属錯体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは鋭意検討し、特定のジカルボン酸化合物と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体により、上記目的を達成することができることを見出し、本発明に至った。
【0019】
すなわち、本発明によれば、以下のものが提供される。
(1)下記一般式(I);
【0020】
【化1】

【0021】
(式中、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基またはハロゲン原子を示し、Xは炭素原子または窒素原子を示し、Yは水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、ホルミル基、アシロキシ基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、アミド基、ニトロ基またはハロゲン原子を示し、Xが窒素原子の場合にはYは存在しない。)で表されるジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属 (例えば、クロム、モリブデン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム及び銅)から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体。
(2)該二座配位可能な有機配位子が1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン、ピラジン、2,5−ジメチルピラジン、4,4’−ビピリジル、2,2’−ジメチル−4,4’−ビピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エチン、1,4−ビス(4−ピリジル)ブタジイン、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼン、3,6−ジ(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,2’−ビ−1,6−ナフチリジン、フェナジン、ジアザピレン、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エテン、4,4’−アゾピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エタン、1,2−ビス(4−ピリジル)−グリコール及びN−(4−ピリジル)イソニコチンアミドから選択される少なくとも1種である(1)に記載の金属錯体。
(3)該金属がマンガン、ニッケルまたは銅である(1)または(2)に記載の金属錯体。
(4)(1)〜(3)いずれかに記載の金属錯体からなる分離材。
(5)該分離材が、二酸化炭素、水素、一酸化炭素、酸素、窒素、炭素数1〜4の炭化水素、希ガス、硫化水素、アンモニア、硫黄酸化物、窒素酸化物、シロキサン、水蒸気または有機蒸気を分離するための分離材である(4)に記載の分離材。
(6)該分離材が、メタンと二酸化炭素、水素と二酸化炭素、窒素と二酸化炭素または空気とメタンを分離するための分離材である(5)に記載の分離材。
(7)ジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属塩(例えば、クロム塩、モリブデン塩、マンガン塩、鉄塩、ルテニウム塩、コバルト塩、ロジウム塩、ニッケル塩、パラジウム塩及び銅塩から選択される少なくとも1種の金属塩)と、該金属に二座配位可能な有機配位子とを溶媒中で反応させ、析出させる金属錯体の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、特定のジカルボン酸化合物から選択される2種類のジカルボン酸化合物と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体を提供することができる。
【0023】
本発明に用いる金属錯体は、混合ガスの分離において、高い混合ガス分離能を維持し、且つ脱着に要するエネルギーが小さい分離材として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】合成例1で得た金属錯体の粉末X線回折パターンである。
【図2】合成例2で得た金属錯体の粉末X線回折パターンである。
【図3】比較合成例1で得た金属錯体の粉末X線回折パターンである。
【図4】比較合成例2で得た金属錯体の粉末X線回折パターンである。
【図5】合成例1及び比較合成例1で得た金属錯体について、273K、0.1MPaにおける二酸化炭素とメタンの吸着速度を測定した結果である。
【図6】合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素及びメタンの273Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果である。
【図7】比較合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素及びメタンの273Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果である。
【図8】合成例1で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果である。
【図9】比較合成例1で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果である。
【図10】合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果である。
【図11】比較合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明に用いる金属錯体は、ジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる。
【0026】
金属錯体は、ジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属塩と、該金属に二座配位可能な有機配位子とを、常圧下、溶媒中で数時間から数日間反応させ、析出させて製造することができる。例えば、金属塩の水溶液または有機溶媒溶液と、ジカルボン酸化合物(I)及び二座配位可能な有機配位子を含有する有機溶媒溶液とを、常圧下で混合して反応させることにより得ることができる。
【0027】
本発明に用いられるジカルボン酸化合物は下記一般式(I);
【0028】
【化2】

【0029】
で表される。式中、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基またはハロゲン原子を示し、Xは炭素原子または窒素原子を示し、Yは水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、ホルミル基、アシロキシ基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、アミド基、ニトロ基またはハロゲン原子を示し、Xが窒素原子の場合にはYは存在しない。
【0030】
、R及びRについて、上記アルキル基の炭素原子数は1〜5が好ましい。アルキル基の例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基などの直鎖または分岐を有するアルキル基が、ハロゲン原子の例としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が、それぞれ挙げられる。該アルキル基が有していてもよい置換基の例としては、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基,n−ブトキシ基、イソブトキシ基、tert−ブトキシ基など)、アミノ基、ホルミル基、エポキシ基、アシロキシ基(アセトキシ基、n−プロパノイルオキシ基、n−ブタノイルオキシ基、ピバロイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基など)、アルコキシカルボニル基(メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル基など)、カルボン酸無水物基(−CO−O−CO−R基)(Rは炭素数1〜5のアルキル基である)などが挙げられる。アルキル基の置換基の数は、1〜3個が好ましく、1個がより好ましい。
【0031】
上記Yとしては、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、ホルミル基、アシロキシ基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、アミド基、ニトロ基またはハロゲン原子が挙げられる。
【0032】
Yについて、上記アルキル基の炭素原子数は1〜5が好ましい。アルキル基の例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基などの直鎖または分岐を有するアルキル基が、アリール基の例としては、フェニル基が、アラルキル基の例としては、ベンジル基が、アルコキシ基の例としては、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基,n−ブトキシ基、イソブトキシ基、tert−ブトキシ基が、アリールオキシ基の例としては、フェノキシ基が、アラルキルオキシ基の例としては、ベンジルオキシ基が、アシロキシ基の例としては、アセトキシ基、n−プロパノイルオキシ基、n−ブタノイルオキシ基、ピバロイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基が、アルコキシカルボニル基の例としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル基が、アミノ基の例としては、N,N−ジメチルアミノ基が、ハロゲン原子の例としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が、それぞれ挙げられる。また、該アルキル基が有していてもよい置換基の例としては、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基,n−ブトキシ基、イソブトキシ基、tert−ブトキシ基など)、アミノ基、ホルミル基、エポキシ基、アシロキシ基(アセトキシ基、n−プロパノイルオキシ基、n−ブタノイルオキシ基、ピバロイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基など)、アルコキシカルボニル基(メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル基など)、カルボン酸無水物基(−CO−O−CO−R基)(Rは炭素数1〜5のアルキル基である)などが挙げられる。アルキル基の置換基の数は、1〜3個が好ましく、1個がより好ましい。
【0033】
ジカルボン酸化合物(I)としては、イソフタル酸、3,5−ピリジンジカルボン酸、5−メトキシイソフタル酸、5−フルオロイソフタル酸、5−クロロイソフタル酸、5−ブロモイソフタル酸、5−ヨードイソフタル酸、5−ニトロイソフタル酸または5−ホルミルイソフタル酸が好ましい。
【0034】
ジカルボン酸化合物(I)と二座配位可能な有機配位子との混合比率は、ジカルボン酸化合物(I):二座配位可能な有機配位子=1:5〜8:1のモル比の範囲内が好ましく、1:3〜6:1のモル比の範囲内がより好ましい。これ以外の範囲で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下し、副反応も増えるために好ましくない。
【0035】
金属塩と二座配位可能な有機配位子の混合比率は、金属塩:二座配位可能な有機配位子=3:1〜1:3のモル比の範囲内が好ましく、2:1〜1:2のモル比の範囲内がより好ましい。これ以外の範囲では目的とする金属錯体の収率が低下し、また、未反応の原料が残留して得られた金属錯体の精製が困難になる。
【0036】
ジカルボン酸化合物(I)のモル濃度は、0.01〜5.0mol/Lが好ましく、0.05〜2.0mol/Lがより好ましい。これより低い濃度で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では溶解性が低下し、反応が円滑に進行しない。
【0037】
二座配位可能な有機配位子のモル濃度は、0.01〜5.0mol/Lが好ましく、0.05〜2.0mol/Lがより好ましい。これより低い濃度で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では溶解性が低下し、反応が円滑に進行しない。
【0038】
金属塩としては、クロム塩、モリブデン塩、マンガン塩、鉄塩、ルテニウム塩、コバルト塩、ロジウム塩、ニッケル塩、パラジウム塩及び銅塩から選択される金属塩を使用することができ、マンガン塩、ニッケル塩、銅塩が好ましく、マンガン塩がより好ましい。また、これらの金属塩としては、酢酸塩、ギ酸塩などの有機酸塩、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩などの無機酸塩を使用することができる。金属塩のモル濃度は、0.01〜5.0mol/Lが好ましく、0.05〜2.0mol/Lがより好ましい。これより低い濃度で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では未反応の金属塩が残留し、得られた金属錯体の精製が困難になる。
【0039】
溶媒としては、有機溶媒、水またはそれらの混合溶媒を使用することができる。具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ジエチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、塩化メチレン、クロロホルム、アセトン、酢酸エチル、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、水またはこれらの混合溶媒を使用することができる。反応温度としては、253〜423Kが好ましい。
【0040】
結晶性の良い金属錯体は、純度が高くて吸着性能が良い。反応が終了したことはガスクロマトグラフィーまたは高速液体クロマトグラフィーにより原料の残存量を定量することにより確認することができる。反応終了後、得られた混合液を吸引濾過に付して沈殿物を集め、有機溶媒による洗浄後、373K程度で数時間真空乾燥することにより、本発明の金属錯体を得ることができる。
【0041】
以上のようにして得られる本発明の金属錯体からなる分離材は、ジカルボン酸化合物(I)と金属イオン(例えば、マンガンイオン)からなる一次元鎖が、二座配位子により連結された二次元シートが形成されている。そして、これらの二次元シートが集積することにより、細孔(一次元チャンネル)を有する三次元構造をとる。
【0042】
金属錯体における三次元構造は、合成後の結晶においても変化できるため、その変化に伴って、細孔の構造や大きさも変化する。この構造が変化する条件は、吸着される物質の種類、吸着圧力、吸着温度に依存する。すなわち、細孔表面と物質の相互作用の差に加え(相互作用の強さは物質のLennard−Jonesポテンシャルの大きさに比例)、吸着する物質により構造変化の程度が異なるため、高い選択性が発現する。本発明では、カチオン性の強い中心金属を用いることで、構造変化を起こりにくくし、高い混合ガス分離能を発現させることができる。また、カチオン性の強い中心金属に配位子の電子が引き寄せられ、細孔表面の電荷密度が低下することにより、吸着熱が小さくなり、脱着に要するエネルギーは小さくなる。吸着された物質が脱着した後は、元の構造に戻るので、細孔の大きさも元に戻る。
【0043】
前記の選択吸着メカニズムは推定ではあるが、例え前記メカニズムに従っていない場合でも、本発明で規定する要件を満足するのであれば、本発明の技術的範囲に包含される。
【0044】
本発明の金属錯体は、各種ガスを選択的に吸着することができるので、二酸化炭素、水素、一酸化炭素、酸素、窒素、炭素数1〜4の炭化水素(メタン、エタン、エチレン、アセチレンなど)、希ガス(ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンなど)、硫化水素、アンモニア、硫黄酸化物、窒素酸化物、シロキサン(ヘキサメチルシクロトリシロキサン、オクタメチルシクロテトラシロキサンなど)、水蒸気または有機蒸気などを分離するための分離材として好ましく、特に、メタン中の二酸化炭素、水素中の二酸化炭素、窒素中の二酸化炭素または空気中のメタンなどを、圧力スイング吸着法や温度スイング吸着法により分離するのに適している。有機蒸気とは、常温、常圧で液体状の有機物質の気化ガスを意味する。このような有機物質としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類;トリメチルアミンなどのアミン類;アセトアルデヒドなどのアルデヒド類;炭素数5〜16の脂肪族炭化水素;ベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類;塩化メチル、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素などが挙げられる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下の実施例および比較例における分析および評価は次のようにして行った。
【0046】
(1)粉末X線回折パターンの測定
X線回折装置を用いて、回折角(2θ)=5〜50°の範囲を走査速度1°/分で走査し、対称反射法で測定した。測定条件の詳細を以下に示す。
<分析条件>
装置:株式会社リガク製RINT2400
X線源:CuKα(λ=1.5418Å) 40kV 200mA
ゴニオメーター:縦型ゴニオメーター
検出器:シンチレーションカウンター
ステップ幅:0.02°
スリット:発散スリット=0.5°
受光スリット=0.15mm
散乱スリット=0.5°
【0047】
(2)0.1MPaにおけるガス吸着速度の測定
三方コックとセプタムを装着したガラス製10mL二口フラスコを用意し、三方コックの一方の口に別の三方コックを介して100mLのシリンジをチューブで接続した。測定は、二口フラスコに試料を入れ、373K、4.0x10−3Paで3時間乾燥し、吸着水などを除去した後に、フラスコに装着している三方コックを閉じ、続いてシリンジ側の三方コックを通じてシリンジに100mLの混合ガスを導入し、最後にフラスコに装着している三方コックを開き、試料に混合ガスを吸着させた。このとき、吸着量はシリンジの目盛りの減少分から算出した(死容積はあらかじめヘリウムを用いて測定)。
【0048】
(3)吸脱着等温線の測定
高圧ガス吸着量測定装置を用いて容量法で測定を行った。このとき、測定に先立って試料を373K、50Paで10時間乾燥し、吸着水などを除去した。測定条件の詳細を以下に示す。
<分析条件>
装置:日本ベル株式会社製BELSORP−HP
平衡待ち時間:500秒
【0049】
(4)吸着熱の測定
高精度ガス/蒸気吸着量測定装置を用いて容量法で273K、283K及び293Kで吸脱着等温線の測定を行い、Clapeyron−Clausius式から吸着熱を算出した。このとき、測定に先立って試料を373K、10Paで8時間乾燥し、吸着水などを除去した。測定条件の詳細を以下に示す。
<分析条件>
装置:日本ベル株式会社製BELSORP−18PLUS
平衡待ち時間:500秒
【0050】
合成例1:
窒素雰囲気下、硝酸マンガン六水和物4.82g(17mmol)、イソフタル酸2.80g(17mmol)及び4,4’−ビピリジル2.65g(17mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド200mLに溶解させ、393Kで24時間攪拌した。吸引濾過の後、エタノールで3回洗浄を行い、373K、50Paで8時間乾燥し、目的の金属錯体5.67g(収率90%)を得た。得られた金属錯体の粉末X線回折パターンを図1に示す。
【0051】
合成例2:
窒素雰囲気下、硝酸マンガン六水和物4.82g(17mmol)、3,5−ピリジンジカルボン酸2.80g(17mmol)及び4,4’−ビピリジル2.65g(17mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド200mLに溶解させ、393Kで24時間攪拌した。吸引濾過の後、エタノールで3回洗浄を行い、373K、50Paで8時間乾燥し、目的の金属錯体4.86g(収率76%)を得た。得られた金属錯体の粉末X線回折パターンを図2に示す。
【0052】
比較合成例1:
窒素雰囲気下、硝酸亜鉛六水和物5.00g(17mmol)、イソフタル酸2.80g(17mmol)及び4,4’−ビピリジル2.65g(17mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド200mLに溶解させ、393Kで24時間攪拌した。吸引濾過の後、373K、50Paで8時間乾燥し、目的の金属錯体6.35g(収率98%)を得た。得られた金属錯体の粉末X線回折パターンを図3に示す。
【0053】
比較合成例2:
窒素雰囲気下、硝酸亜鉛六水和物5.00g(17mmol)、3,5−ピリジンジカルボン酸2.80g(17mmol)及び4,4’−ビピリジル2.65g(17mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド200mLに溶解させ、393Kで24時間攪拌した。吸引濾過の後、エタノールで3回洗浄し、373K、50Paで8時間乾燥し、目的の金属錯体5.17g(収率79%)を得た。得られた金属錯体の粉末X線回折パターンを図4に示す。
【0054】
実施例1:
合成例1で得た金属錯体について、273K、0.1MPaにおけるメタンと二酸化炭素の吸着速度を測定した結果を図5に示す。また、吸着開始10分後のメタンと二酸化炭素の吸着量の比を表1に示す。
【0055】
比較例1:
比較合成例1で得た金属錯体について、273K、0.1MPaにおけるメタンと二酸化炭素の吸着速度を測定した結果を図5に示す。また、吸着開始10分後のメタンと二酸化炭素の吸着量の比を表1に示す。
【0056】
図5、表1より、本発明の金属錯体は高い二酸化炭素選択吸着能を有するので、メタンと二酸化炭素の分離材として優れていることは明らかである。
【0057】
【表1】

【0058】
実施例2:
合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素及びメタンの273Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果を図6に示す。
【0059】
比較例2:
比較合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素及びメタンの273Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果を図7に示す。
【0060】
図6及び図7より、本発明の金属錯体は二酸化炭素を選択的に吸着するので、メタンと二酸化炭素の分離材として優れていることは明らかである。
【0061】
実施例3:
合成例1で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果を図8に示す。
【0062】
比較例3:
比較合成例1で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果を図9に示す。
【0063】
図8の二酸化炭素の吸着量が13.6mLの時の圧力値を用いて算出した二酸化炭素の吸着熱は29.3kcal/mol、図9の二酸化炭素の吸着量が19.4mLの時の圧力値を用いて算出した二酸化炭素の吸着熱は35.5kcal/molであり、本発明の金属錯体は二酸化炭素の吸着熱が小さいので、二酸化炭素の脱着に要するエネルギーが小さいことは明らかである。
【0064】
実施例4:
合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果を図10に示す。
【0065】
比較例4:
比較合成例2で得た金属錯体について、二酸化炭素の273K、283K及び293Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した結果を図11に示す。
【0066】
図10の二酸化炭素の吸着量が7.8mLの時の圧力値を用いて算出した二酸化炭素の吸着熱は21.3kcal/mol、図11の二酸化炭素の吸着量が8.8mLの時の圧力値を用いて算出した二酸化炭素の吸着熱は33.2kcal/molであり、本発明の金属錯体は二酸化炭素の吸着熱が小さいので、二酸化炭素の脱着に要するエネルギーが小さいことは明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I);
【化1】

(式中、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基またはハロゲン原子を示し、Xは炭素原子または窒素原子を示し、Yは水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、ホルミル基、アシロキシ基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、アミド基、ニトロ基またはハロゲン原子を示し、Xが窒素原子の場合にはYは存在しない。)で表されるジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体。
【請求項2】
該二座配位可能な有機配位子が1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン、ピラジン、2,5−ジメチルピラジン、4,4’−ビピリジル、2,2’−ジメチル−4,4’−ビピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エチン、1,4−ビス(4−ピリジル)ブタジイン、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼン、3,6−ジ(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,2’−ビ−1,6−ナフチリジン、フェナジン、ジアザピレン、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エテン、4,4’−アゾピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エタン、1,2−ビス(4−ピリジル)−グリコール及びN−(4−ピリジル)イソニコチンアミドから選択される少なくとも1種である請求項1に記載の金属錯体。
【請求項3】
該金属がマンガン、ニッケルまたは銅である請求項1または2に記載の金属錯体。
【請求項4】
請求項1〜3いずれかに記載の金属錯体からなる分離材。
【請求項5】
該分離材が、二酸化炭素、水素、一酸化炭素、酸素、窒素、炭素数1〜4の炭化水素、希ガス、硫化水素、アンモニア、硫黄酸化物、窒素酸化物、シロキサン、水蒸気または有機蒸気を分離するための分離材である請求項4に記載の分離材。
【請求項6】
該分離材が、メタンと二酸化炭素、水素と二酸化炭素、窒素と二酸化炭素または空気とメタンを分離するための分離材である請求項4に記載の分離材。
【請求項7】
ジカルボン酸化合物(I)と、6〜11族の第4〜5周期に属する金属から選択される少なくとも1種の金属塩と、該金属に二座配位可能な有機配位子とを溶媒中で反応させ、析出させる金属錯体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2011−51949(P2011−51949A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203825(P2009−203825)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】