説明

銅系摩擦部材

【課題】 高熱伝導率に起因するブレーキキャリパ側の温度上昇を抑え、ブレーキ液温の上昇によるベーパーロックやブーツ、ピストンシール等のゴム部品の熱劣化を防止することができる銅系摩擦部材を提供する。
【解決手段】 銅粉を主成分とする銅系焼結摩擦材とプレッシャプレートを備えた銅系摩擦部材において、銅系焼結摩擦材と表面にプレッシャプレートとの間に、化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層を形成したことを特徴とする銅系摩擦部材。前記ジルコニア粉末層と前記銅系焼結摩擦材との間に銅とニッケルの合金粉末層を形成したこと、及び/又は前記ジルコニア粉末層と前記プレッシャプレートとの間に銅とニッケルの合金粉末層を形成したことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は銅系摩擦部材に関し、詳細には、ブレーキキャリパ側の温度上昇を抑えた、熱害が防止できるブレーキ用の銅系摩擦部材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ブレーキ用摩擦材としては有機系材料が主として用いられているが、新幹線のように制動負荷が大きいブレーキの摩擦材には銅系焼結摩擦材が使用されている。そして、自動車や鉄道車両等の高速化に伴い、銅系焼結摩擦材の使用は今後更に増加することが予想される。
【0003】
ところで、摩擦部材の内、ディスクブレーキのパッドを例にその製造工程を説明すると、パッドの製造は、銅粉を主成分として、これに金属や非金属の各種粉末を加えて撹拌機で均質に混合した後、得られた粉粒状の摩擦材母材を予備成形金型内に投入し、所定の寸法・形状に近づけるため常温で圧縮成形する予備成形を行う。次いで、この予備成形工程により得られた予備成形品に対してプレッシャプレート(以下「P/P」と略記する)が適用される。即ち、摩擦材は当然のことながら摩擦特性を重視した配合からなるが、一般に機械的強度は低いため、銅系焼結摩擦材においても強度補強のために、鉄系材料からなるP/Pが接合される。このため、摩擦材とは別工程で製造するP/Pは、例えば鋼板を所定形状に打ち抜き加工し、得られた加工品の金属表面から油脂質を除去して脱脂した後、メッキ処理を施して製造される。一方、予備成形品は、上記のように製造されたP/Pを付加して組み立てた後、次に、焼結を行うと同時に、P/Pを一体化して本成形品とするため所定の圧力・温度で熱成形処理する焼結工程が行われる。その後、表面研磨処理や塗装処理等の仕上げ工程を行ってパッドが製造される。
【0004】
上記したように、銅系焼結摩擦材は、摩擦材の形成とは別にP/Pを製造しなければならないこと、加えてP/Pに例えば銅メッキ処理のような前処理を施さないとP/Pと摩擦材との充分な接合強度が確保できないこと、焼結・接合の工程に先立って摩擦材とP/Pとの位置決め等の工程が必要なことなどの理由から製造工程数が多く、生産性に問題があった。又、上記工程により製造しても、摩擦材とP/Pとは接合不良を生じる可能性があること、銅系材料の摩擦材と鉄系材料のP/Pとは熱膨張差があるため、制動時の摩擦熱によって熱変形や熱亀裂を生じることなどの心配があった。更に、銅系材料の摩擦材は熱伝導が良いため、摩擦熱がP/Pを介して容易にキャリパ側へ伝達し、ブレーキ液やゴム部品の温度が上昇して熱害を生じさせることなどの不都合を伴った。
【0005】
このような問題点が幾つも有るにもかかわらず、銅を基材とした銅系焼結摩擦材は、レジン系摩擦材に比較して耐熱性に優れているため、過酷な制動条件によって摩擦材が高温になっても高い摩擦係数を保持できるので、現在広く使用されている。
【0006】
また、銅粉を主成分として焼結により形成される銅系焼結摩擦材において、例えば主材の銅粉末に黒鉛、セラミックス、マイカ等の摩擦特性に必要な材料を混合したような、摩擦特性に優れた材料を重点分散配合して形成した第1の層と、前記第1の層に積層し、例えば主材の銅粉末に後の工程である焼結工程で焼結を促進し、焼結後の強度向上に寄与する燐銅粉末を混合・攪拌した、強度特性に優れた材料粉末を重点分散配合して形成した第2の層とからなり、さらに前記第2の層の表層に、例えば主材のジルコニア粉末に、ジルコニア粒子間に介在して焼結工程でのバインダーの働きをする燐銅粉末を混合・攪拌した、低熱伝導性を有し、かつ硬質な材料粉末を主成分とする第3の層を形成することにより、P/Pを使用しないブレーキ用摩擦部材が提案されている(特許文献1)。しかし、この技術は、P/Pを使用しないようにするためのものであるので、P/Pを使用することを前提とする従来の銅系焼結摩擦材には適用できないものである。
【特許文献1】特開平10−17854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記で説明したように、銅を基材としていることから熱伝導率が良いため、ブレーキ制動時に発生した摩擦熱がP/P、ピストンを介してブレーキキャリパ側に伝わり易く、急制動を連続して繰り返すような過酷な使用条件の場合、ブレーキ液温の上昇によるベーパーロックやブーツ、ピストンシール等のゴム部品の熱劣化等の熱害が懸念される。
【0008】
そこで、摩擦熱がブレーキキャリパ側に伝わるのを抑制する方法として、P/P表面に熱伝導率の悪い材料を溶射したり、P/Pとピストンの間に断熱シムを挿入したり、P/Pの材料(一般使用材料は低炭素鋼で表面に銅メッキ処理を施したものである)として熱伝導率の悪い材料、例えばFRP(繊維強化樹脂)やセラミックスを使用することが検討されている。
【0009】
しかし、溶射の場合は、工程増によるコストアップや、P/Pとの密着性が良くないことに起因する熱伝導抑制効果の持続性等に問題がある。また、断熱シムの挿入は、断熱シムの製造及び組み付け工程増によるコストアップの問題がある。P/P代替材料の場合、FRPでは強度、耐熱性低下、材料費・加工費増によるコストアップが問題になり、セラミックスでは焼結摩擦材との接着の信頼性や材料費・加工費増による大幅なコストアップが問題になる。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、銅(熱伝導率:約390W/m・K)を基材とした銅系焼結摩擦材の高熱伝導率に起因するブレーキキャリパ側の温度上昇を抑え、ブレーキ液温の上昇によるベーパーロックやブーツ、ピストンシール等のゴム部品の熱劣化を防止することのできる銅系摩擦部材、特にブレーキ用の銅系摩擦部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の目的を達成するために鋭意研究を行い、銅粉を主成分とする摩擦特性に優れた成形体層(銅系焼結摩擦材)とP/Pとの間に、銅よりも熱伝導率の小さい化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層を介在させて焼結すれば、ゴム部品やブレーキ液の温度上昇による熱害が生じないことを見出し、かかる知見に基づいて本発明を達成するに至った。
【0012】
すなわち、上記の目的を達成するために、本発明は下記の構成からなる。
(1)銅粉を主成分とする銅系焼結摩擦材とプレシャプレートを備えた銅系摩擦部材において、銅系焼結摩擦材とプレッシャプレートとの間に、化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層を形成したことを特徴とする銅系摩擦部材。
(2)前記ジルコニア粉末層と前記銅系焼結摩擦材との間に、銅とニッケルの合金粉末層を形成したことを特徴とする前記(1)記載の銅系摩擦部材。
(3)前記ジルコニア粉末層と前記プレッシャプレートとの間に、銅とニッケルの合金粉末層を形成したことを特徴とする前記(1)又は(2)記載の銅系摩擦部材。
【発明の効果】
【0013】
本発明の銅系摩擦部材は、銅系焼結摩擦材のP/P側に化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層を有し、さらに好ましくはジルコニア粉末層の上下に銅とニッケルの合金粉末層を有することを特徴とした銅系摩擦部材であって、特にブレーキ用の摩擦部材として好適に用いられるが、ブレーキ用以外の用途にも用いることができる。
そして、ジルコニアは非常に熱伝導率が小さい(約2W/m・K)ため、ブレーキ制動時に発生した摩擦熱がP/P側に伝わるのを抑制し熱害が防止できる。
しかも、ジルコニア粉末に銅と全率固溶体を作り、しかも銅より熱伝導率が小さいニッケル(熱伝導率:約90W/m・K)を主成分とする化学ニッケルメッキが施してあり、ジルコニア粉末層の上下に銅とニッケルの合金粉末層を有するため、表面に銅メッキを施したP/P及び銅系焼結摩擦材との接着性が低下しないという優れた効果を有する。なお、銅とニッケルは、どの組成比でも固溶する全率固溶体となることが知られている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る銅系摩擦部材をブレーキ用の摩擦部材に用いた場合の好適な実施の形態を図面を参照して詳細に説明する。
なお、本発明はこれらの実施の形態のみに限定されるものではない。
【0015】
本発明の実施の形態においては、例えば後記する実施例に示すように、銅粉末を含む配合材料Aを予備成形金型に投入し、層を形成し、その上に例えば30wt%Cu−Ni合金粉末Bと、平均粒径約350μmのジルコニア粉末に約10μmの厚さの化学ニッケルメッキを施した粉末Cと、30wt%Cu−Ni合金粉末Bを順次投入して予備成形を行って予備成形体を得た後、予備成形体の配合材料Aと反対側の面に、表面に銅メッキを施したP/Pを重ね合わせて焼結炉に設置し、焼結を行うことにより、P/Pの銅メッキ層の上にCu−Ni合金粉末B層、前記粉末C層、Cu−Ni合金粉末B層、その上にさらに配合材料A層(銅系焼結摩擦材)が積層し、配合材料A層が摩擦面となる構成を有する摩擦材を作ることが好ましい態様として挙げられる。前記粉末C層である配合材料C層は熱伝導性が低いので、摩擦によって生じた熱がP/Pに伝わる程度が低く抑えることができる。
【0016】
このような構成のブレーキ用の摩擦部材において、各層の構成を定めた理由、及び中間層を介在させた理由を説明すると、化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末にて配合材料C層を構成するのは、ジルコニア粉末のみでは配合材料C層の強度を確保できないためである。施した化学ニッケルメッキは、配合材料C層の結合強度を確保すると共に、銅系焼結摩擦材(配合材料A層)及び表面に銅メッキを施したP/Pとの結合強度を確保するものである。
【0017】
化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層(配合材料C層)と銅系焼結摩擦材(配合材料A層)との間に、銅とニッケルの合金粉末層(配合材料B層)を設けるのは、化学ニッケルメッキを介した結合をより確実にするためである。
化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層(配合材料C層)と表面に銅メッキを施したP/Pとの間に、銅とニッケルの合金粉末層(配合材料B層)を設けるのは、化学ニッケルメッキを介した結合をより確実にするためである。
【0018】
上記の実施の形態においては、図1に示すように銅系焼結摩擦材(配合材料A層)とP/Pとの間に、両面に配合材料B層を形成させた配合材料C層を介在させたブレーキ用の銅系摩擦部材1について説明したが、図2に示すように配合材料A層(銅系焼結摩擦材)と配合材料C層との間にのみ配合材料B層を介在させた場合、及び図3に示す配合材料A層(銅系焼結摩擦材)とP/Pの間に、配合材料C層だけを介在させた場合の両方とも、図1に示すブレーキ用の銅系摩擦部材と同様の優れた熱害防止性と接着性を有することがわかった。
【0019】
すなわち、ジルコニアは熱伝導率が非常に小さいため、ブレーキ制動時に発生した摩擦熱がP/P側に伝わるのを抑制する熱害が防止でき、しかもジルコニア粉末に銅と全率固溶体を作る化学ニッケルメッキが施してあり、かつジルコニア粉末層の上下に銅とニッケルの合金粉末層を有するため、P/P及び銅系焼結摩擦材との接着性は低下しないのである。
【実施例】
【0020】
実施例1
(A)ブレーキ用の摩擦部材の製造
1)原料
第1表に示す配合材料Aと、30wt%Cu−Ni合金粉末Bと、平均粒径約350μmのジルコニア粉末に約10μmの厚さの化学ニッケルメッキを施した粉末Cを用意した。
2)予備成形体の製造
配合材料Aを混合後、予備成形金型に投入し、均し・仮押しを行った。次にその上に粉末Bを均一に振り掛けるように投入した後に粉末Cを投入し、再び均し・仮押しを行った。続いて配合材料Bを再び均一に振り掛けるようにして投入した後、成形圧力400MPaで予備成形を行い予備成形体を得た。なお、粉末B及び粉末Cの使用量は、重量比で配合材料Aの1/20、1/10であった。
【0021】
3)焼結工程
上記予備成形体の配合材料Aと反対側の面と、表面に銅メッキを施したP/Pを重ね合わせて焼結炉に設置し、圧力約1MPa、温度800℃、保持時間2時間で焼結を行った。
4)製品
焼結工程により得られたブレーキ用の摩擦部材は、研磨などにより製品とするが、得られたものは図1に示すように、表面に銅メッキを施したP/P:2の銅メッキ側に、配合材料Bの層5、ジルコニア粉末に化学ニッケルメッキを施したものからなる配合材料Cの層6があり、さらに配合材料Bの層5があり、その隣に配合材料Aからなる銅系焼結摩擦材の層4がある構造となっている。
【0022】
【表1】

【0023】
(B)製品の摩擦試験
上記手順で得られた本発明品と配合材料Aだけで粉末B及びCを含まないで製造した比較品を用いて摩擦試験を行い、図1に示す摩擦材の厚さ10mmの中央の位置XとP/Pの厚さ6mmの中央の位置Yの温度を測定し、その結果を第2表に示す。
本発明品の位置Yの温度は、比較品の位置Yの温度に比べ、最大で80℃も低く、熱害防止に効果があることが確認された。本発明品の位置Xの温度は、比較品の位置Xの温度とほとんど変わらないが、本発明品においては粉末B及びCの存在により、位置Yの温度が比較品に比して低くなっていることが確認される。なお、前記摩擦試験は、慣性型ダイナモ試験機を用いた温度別摩耗試験による試験法によった。
【0024】
【表2】

【0025】
なお、第2表に示す各位置の温度測定における条件は下記のとおりである。
条件1:摩擦材制動初期温度120℃
条件2:摩擦材制動初期温度200℃
条件3:摩擦材制動初期温度250℃
条件4:摩擦材制動初期温度300℃
条件5:摩擦材制動初期温度350℃
【0026】
(C)接着強度試験
また、本発明品と比較品について、摩擦材とP/Pとの接着強度を測定したところ、45〜48MPaで大きな差はなかった。なお、接着強度試験は、JIS D4422試験法に従って行った。
【0027】
実施例2
これは、P/Pのメッキした側に第1層として配合材料Cの層があり、第2層として配合材料Bの層があり、第3層として配合材料Aの層(銅系焼結摩擦材)を設けたもので、その構造を図2に示す。P/Pのメッキした側に第1層として配合材料Bの層がない点が実施例1のブレーキ用の摩擦部材と相違している。
実施例3
これは、P/Pのメッキした側に第1層として配合材料Cの層があり、第2層として配合材料Aの層(銅系焼結摩擦材)を設けたもので、その構造を図3に示す。P/Pのメッキした側に第1層として配合材料Bの層、第3層として配合材料Bの層がない点が実施例1のブレーキ用の摩擦部材と相違している。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の銅系摩擦部材は、摩擦熱による熱害の低減、P/Pと銅系焼結摩擦材との良好な接着性、及び向上した耐摩耗性を有するので、高速走行する自動車や鉄道車両のブレーキ用摩擦部材として特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係るブレーキ用の銅系摩擦部材の一実施形態の概略構成及び温度測定位置を示す図である。
【図2】本発明に係るブレーキ用の銅系摩擦部材の別の実施形態の概略構成図である。
【図3】本発明に係るブレーキ用の銅系摩擦部材のさらに別の実施形態の概略構成図である。
【符号の説明】
【0030】
1 ブレーキ用の銅系摩擦部材
2 P/P
3 銅メッキ層
4 配合材料A層(銅系焼結摩擦材)
5 配合材料B層(銅とニッケルの合金粉末層)
6 配合材料C層(化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅粉を主成分とする銅系焼結摩擦材とプレシャプレートを備えた銅系摩擦部材において、銅系焼結摩擦材とプレッシャプレートとの間に、化学ニッケルメッキを施したジルコニア粉末層を形成したことを特徴とする銅系摩擦部材。
【請求項2】
前記ジルコニア粉末層と前記銅系焼結摩擦材との間に、銅とニッケルの合金粉末層を形成したことを特徴とする請求項1記載の銅系摩擦部材。
【請求項3】
前記ジルコニア粉末層と前記プレッシャプレートとの間に、銅とニッケルの合金粉末層を形成したことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の銅系摩擦部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−16670(P2006−16670A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−196347(P2004−196347)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000145541)株式会社曙ブレーキ中央技術研究所 (8)
【Fターム(参考)】