説明

鋼材の使用温度推定方法および高温機器の保守方法

【課題】 装置費用や保守費用を抑えて、火力発電プラントで用いられるボイラの伝熱管等、高温で使用される機器に用いられる鋼材の使用温度を推定する方法および高温で使用される機器の保守方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 一定の使用時間に使用した鋼材の評価部位に析出した析出物について、使用時間の経過に従い含有率が増加する増加型元素の含有率を測定し、前記使用時間および前記増加型元素の含有率を利用して、前記評価部位の使用温度を推定する鋼材の使用温度推定方法を提供する。また、この使用温度推定方法を利用した高温機器の保守方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火力発電プラントで用いられるボイラの伝熱管等、高温で使用される機器に用いられる鋼材の使用温度推定方法および高温で使用される機器の保守方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力発電プラント等で用いられる石炭焚きボイラなどは、複数の伝熱管で構成される伝熱管パネル内の水を加熱・蒸発させ、さらに加熱することで蒸気を高圧化させ、この高圧蒸気を蒸気タービンの駆動に用いて発電するものである。
火力発電プラントは高効率化および二酸化炭素低減のため、ボイラ蒸気温度および圧力がより一層高められてきている。
【0003】
図1は、ボイラの一例の全体概略構成を示すブロック図である。
ボイラ1には、鉛直方向に設置された火炉3と、火炉3の火炉壁5の下部に設置された燃焼装置7と、火炉3の出口に連結された煙道9と、火炉3の上部から煙道9にかけて設けられた過熱器11、再熱器13および節炭器15と、火炉3の上部に設けられた蒸気ドラム17とが備えられている。再熱器13下方の火炉壁5には、火炉3の内側に向かって突出し、燃焼ガスを迂回させるデフレクション・アーチ(ノーズ)18が形成されている。
【0004】
火炉壁5の内側には、多数の水管(図示せず)がそれぞれ上下方向に延設されている。各水管は、上下各端部が水ドラム17に接続されている。
燃焼装置7には、火炉壁5に取り付けられた複数の微粉炭バーナ19と、微粉炭バーナ19に微粉炭を供給する微粉炭供給手段21と、微粉炭バーナ19に燃焼用空気として二次空気を供給する空気供給手段23と、が備えられている。
【0005】
微粉炭供給手段21には、図示しない給炭機および計量器を経て供給された石炭を燃焼に適した大きさ(例えば、数μm〜数百μm)まで粉砕する微粉炭機25と、微粉炭機25で生成された微粉炭を図示しない空気源から供給される加圧された搬送空気によって微粉炭混合気として微粉炭バーナ19へ気流搬送する給炭管27とが備えられている。
【0006】
空気供給手段23には、空気を加圧して供給する図示しない押込通風機と、火炉3外壁に設けられた風箱29と、押込通風機と風箱29とを接続する空気管31とが備えられている。
空気管31を通過する二次空気は、回転再生式熱交換器33により煙道9を通過する燃焼排ガスと熱交換され、風箱29に供給される。
【0007】
このボイラ1で用いられている伝熱管は、蓄積データを用いて求めたメタル温度に基づいて設計されているが、実際に稼動中のメタル温度を計測する方法は少なく、設計温度と実メタル温度が適合しているかどうかは確認することができなかった。
特にデフレクション・アーチ18近傍部位では輻射熱の影響によって設計温度より高くなっている場合があり、使用時の温度を推定するのは困難であった。そのため、これらメタル温度が高くなった部位においてはクリープ寿命の低下が起こり、ひどい場合には墳破(損傷、破損)などトラブルの原因となることがあった。
【0008】
特許文献1には、伝熱管パネルの異常なメタル温度の上昇を簡便かつ低コストに検知する方法が開示されている。また、特許文献2には、タービン翼を対象とし、タービン翼本体にNi皮膜を形成し、その上に温度センサを固着させ、温度を計測する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2004−116810号公報
【特許文献2】特開2003−269105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1の温度計測方法は、排熱回収ボイラの吊り下げ型伝熱管という特定装置の特定部位のみを計測対象とし、汎用性がない。また、ボイラの運転中に、伝熱管パネルを連結した下部管寄せにおける上下方向変位とガス流れ方向変位をそれぞれ測定し、さらに前記下部管寄せの回転変位を測定するので、変位計測用の部材や変位計を別途設けなければならず、装置費用や保守費用が高くなる。
【0010】
また、特許文献2に記載の温度計測方法も、タービン翼に取り付けられた熱電対等の温度センサを用いて実記運転中にメタル温度を測定するものであるため、装置費用や保守費用が高くなる。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、装置費用や保守費用を抑えて、火力発電プラントで用いられるボイラの伝熱管等、高温で使用される機器に用いられる鋼材の使用温度を推定する方法および高温で使用される機器の保守方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明は、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明は、一定の使用時間に使用した鋼材の評価部位に析出した析出物について、使用時間の経過に従い含有率が増加する増加型元素の含有率を測定し、前記使用時間および前記増加型元素の含有率を利用して、前記評価部位の使用温度を推定する鋼材の使用温度推定方法を提供する。
本発明の鋼材の使用温度推定方法によれば、装置費用や保守費用などを低コストに抑えて、鋼材の使用温度を推定することができる。
【0013】
本発明の鋼材の使用温度推定方法において、前記析出物について、使用時間の経過に対して含有率が略一定の一定型元素の含有率を測定し、前記使用時間および前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差を利用して、前記評価部位の使用温度を推定してもよい。
この場合、より精度よく評価部位の使用温度を推定することができる。
【0014】
本発明の鋼材の使用温度推定方法において、前記鋼材の前記使用時間および前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差を、前記鋼材と略同質の対照用鋼材を特定温度で保持した際の保持時間および前記対照用鋼材中に析出した析出物における前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差の関係と対比し、前記鋼材の前記使用時間および前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差が前記関係を満たす場合に、前記評価部位の使用温度が前記特定温度であると推定することができる。
この場合、対照用鋼材を特定温度で保持した際の保持時間および前記対照用鋼材中に析出した析出物における前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差の関係を予め求めておくことにより、簡便に鋼材の使用温度を推定することができる。
【0015】
本発明の鋼材の使用温度推定方法は、特にフェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライトおよびパーライトの二相鋼ならびにマルテンサイト系ステンレス鋼のいずれかの使用温度を推定する場合に適用できる。なかでも、オーステナイト系ステンレス鋼の使用温度を推定する場合に好適に適用できる。
【0016】
本発明の鋼材の使用温度推定方法において、特に前記鋼材がオーステナイト系ステンレス鋼の場合、前記増加型元素は、Cr、Ni、Ti、Mo、W、C、N、NbおよびVからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であり、前記一定型元素は、Fe、Si、S、O、Al、As、Sb、SnおよびMnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である。
【0017】
本発明の鋼材の使用温度推定方法は、前記鋼材がボイラの伝熱管部材である場合に好適に適用でできる。
【0018】
また本発明は、前記本発明の鋼材の使用温度推定方法により、高温機器に使用される鋼材の評価部位の使用温度を推定し、推定された使用温度が許容値を超える場合に、前記評価部位の保護、交換もしくは材料の変更または前記高温機器の使用条件の変更を行う高温機器の保守方法を提供する。
本発明の高温機器の保守方法によれば、低コストで高温使用される機器の保守を行うことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高温で使用される鋼材を備えた装置の定期検査時等に、評価部位の析出物中の構成元素の含有率を測定することで、装置使用時のメタル温度を推定することができる。また、異常なメタル温度の上昇などの不適合がある部位を早期に発見し、保守を行うことにより、装置のトラブルを未然に防止することができる。また、装置自体に運転時の温度を測定するための測定用部材や測定装置を取り付けずに鋼材の使用温度を推定することができるので、装置費用や保守費用などを低コストに抑えて、鋼材の使用温度を推定することができ、また低コストで高温使用される機器の保守を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
本実施形態は、高温機器に使用される高強度耐熱鋼を、一定の使用時間において使用し、評価部位に析出した析出物を分析することにより、その使用温度を推定するものである。
具体的には、高温機器の定期点検の際に、温度が高いと予想される部位の鋼材の表面から少量のサンプルを削り取り、これを分析して析出物中の構成元素の含有率を求める。高温で使用される鋼材は、温度が高いほど析出物が析出しやすいという性質があり、本発明はこの性質を利用するものである。
【0021】
前記析出物の分析は、例えば抽出残渣分析により行うことができる。抽出残渣分析法は、例えば、評価部位より約1〜5g程度の塊状または切粉状のサンプルを採取し、採取したサンプルを析出物以外の母材成分のみを溶解する溶媒に入れ、母材成分を溶解し、析出物をフィルタで濾取し、この析出物を誘導欠乏プラズマ発光分析およびX線分析で分析することにより行われる。前記溶媒としては、テトラメチルアンモニウムクロライド1%+アセチルアセトン10%+メチルアルコール溶液等を用いることができる。
【0022】
ある温度で一定時間使用された鋼材に関して、抽出残渣分析により析出物中の構成元素の含有率を測定すると、各構成元素の含有率の経時的変化は、図2のような2つのパターン、すなわち時間の経過に従い含有率が増加するパターンAと、使用初期段階から含有率が略一定のパターンBとに分けられる。パターンAの元素を増加型元素、パターンBの元素を一定型元素と呼ぶことにする。
パターンAを示す増加型元素の含有率は、使用温度により異なった増加挙動を示す。このため、使用温度により、析出物における増加型元素の含有率と一定型元素の含有率の差は異なる。従って、使用温度を推定する鋼材と略同質の対照用鋼材を数通りの特定温度に保持する対照試験を行い、予め図3に示すように、各特定温度における保持時間および析出物中の増加型元素の含有率と一定型元素の含有率の差の関係を示す関係図を作成しておくことで、簡便にかつ低コストにメタル温度を推定することが出来る。
【0023】
温度を推定する対象となる高強度耐熱鋼としては特に限定されないが、例えば、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライトおよびパーライトの二相鋼ならびにマルテンサイト系ステンレス鋼などが挙げられる。また、高強度耐熱鋼が使用されている高温機器としては特に限定されないが、例えば火力発電プラントのボイラにおける伝熱管パネル、タービンへ蒸気を運ぶ主蒸気管および高温再熱蒸気管等が挙げられる。
【0024】
例えば、高強度耐熱鋼がオーステナイト系ステンレス鋼の場合、増加型元素としてはCr、Ni、Ti、Mo、W、C、N、NbおよびV等が挙げられ、一定型元素としてはFe、Si、S、O、Al、As、Sb、SnおよびMn等が挙げられる。増加型元素の中でも、Crはいずれの鋼種においても増加傾向が顕著であり、温度の推定に用いる増加型元素として好ましい。Feはいずれの鋼種においても略一定の値を示しており、一定型元素として好ましい。
【0025】
本実施形態の温度推定方法の対象となる使用時間としては、10時間以上10時間以下が好ましく、この範囲において特に実用的な精度で使用温度を推定することができる。また、通常、ボイラ等の高温機器の最初の定期点検は最低でも運転開始から1年以上経過してから行われるので、上記使用時間は10時間以上とすることができる。
【0026】
本実施形態で推定される使用温度の範囲は600℃以上750℃以下であるが、対象となる高温機器が例えば600℃クラスのボイラの場合は、使用温度が650℃以上であるか否かが判断できればよい。すなわち、対象機器の使用温度が設計上の許容値を超えているか否かが判断できればよい。
【0027】
上記方法で高温機器に用いられている高強度耐熱鋼の評価部位の使用温度を推定し、この推定温度が設計上の許容温度を越えていた場合は、推定温度に基づいて評価部位の寿命を計算し直す。求めた寿命によっては、評価部位を含む部材を保護材で保護したり、部材の交換もしくは材料の変更をしたり、前記高温機器の使用条件の変更を行うことにより、高温機器の保守を行う。
【0028】
(実施例)
オーステナイト系ステンレス鋼SUS310J1TBの試験片について、それぞれ650℃、700℃および750℃でクリープ破断試験を行い、所定時間において試験片の一部をサンプルとして削り取り、サンプル中の析出物におけるCr、Nb、FeおよびNiの含有率を抽出残渣分析により測定した。図4ないし図6に、各クリープ破断試験温度における析出物中の各元素の含有率の経時的変化を示す。
【0029】
図4ないし図6に示した結果から、いずれのクリープ破断試験温度においても析出物中のCr含有率は増加傾向にあり、Crは増加型元素と考えることができる。一方、Fe含有率はどのクリープ破断試験温度でもほぼ一定の値を示しているため、Feは一定型元素と考えることができる。
【0030】
そこで、まず、図4に示したクリープ破断試験温度が650℃の場合の析出物中のCr含有率に注目してみると、時間の経過とともに残渣量が直線的に増加していることが分かる。一方、図5および図6から分かるように、クリープ破断試験温度が700℃、750℃と高温になるほど、クリープ破断試験時間の長時間側で析出物中のCr含有率の増加傾向が小さくなっている。
【0031】
ここで、実際のボイラ等の高温機器の定期検査は最低でも運転開始から1年以上経過してから行われることを考慮し、約10時間以降に関して増加型元素であるCrの含有率と一定型元素であるFeの含有率の差(Cr−Fe)を求め、図7に示すような、各クリープ破断試験温度における試験時間およびCr含有率とFe含有率の差の関係を示す関係図を作成した。
【0032】
次に、4.5×10時間使用したボイラのオーステナイト系ステンレス鋼SUS310J1TBからなる部材の一部をサンプルとして削り取り、このサンプル中の析出物におけるCr含有率およびFe含有率を抽出残渣分析により測定し、Cr含有率とFe含有率の差(Cr−Fe)を求めた。この使用時間4.5×10時間におけるCr−Feの値を、図7の関係図中にプロットすると、600℃から650℃の領域に入っており、内挿により使用時のメタル温度は610℃と推定することが出来た。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】ボイラの全体概略構成の一例を示すブロック図である。
【図2】析出物中の構成元素の含有率の経時的変化パターンの例を示す図である。
【図3】特定温度における保持時間および析出物中の増加型元素の含有率と一定型元素の含有率の差の関係の一例を示す関係図である。
【図4】実施例において、クリープ破断試験温度650℃における析出物中の各元素の含有率の経時的変化を示す図である。
【図5】実施例において、クリープ破断試験温度700℃における析出物中の各元素の含有率の経時的変化を示す図である。
【図6】実施例において、クリープ破断試験温度750℃における析出物中の各元素の含有率の経時的変化を示す図である。
【図7】実施例において作成した、各クリープ破断試験温度における試験時間およびCr含有率とFe含有率の差の関係を示す関係図である。
【符号の説明】
【0034】
1 ボイラ
11 過熱器
13 再熱器
15 節炭器
18 デフレクション・アーチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一定の使用時間に使用した鋼材の評価部位に析出した析出物について、使用時間の経過に従い含有率が増加する増加型元素の含有率を測定し、
前記使用時間および前記増加型元素の含有率を利用して、前記評価部位の使用温度を推定する鋼材の使用温度推定方法。
【請求項2】
前記析出物について、使用時間の経過に対して含有率が略一定の一定型元素の含有率を測定し、
前記使用時間および前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差を利用して、前記評価部位の使用温度を推定する請求項1に記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項3】
前記鋼材の前記使用時間および前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差を、前記鋼材と略同質の対照用鋼材を特定温度で保持した際の保持時間および前記対照用鋼材中に析出した析出物における前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差の関係と対比し、
前記鋼材の前記使用時間および前記増加型元素の含有率と前記一定型元素の含有率の差が前記関係を満たす場合に、前記評価部位の使用温度が前記特定温度であると推定する請求項2に記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項4】
前記鋼材が、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライトおよびパーライトの二相鋼ならびにマルテンサイト系ステンレス鋼のいずれかである請求項1から請求項3のいずれかに記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項5】
前記鋼材が、オーステナイト系ステンレス鋼である請求項1から請求項3のいずれかに記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項6】
前記増加型元素が、Cr、Ni、Ti、Mo、W、C、N、NbおよびVからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である請求項1から請求項5のいずれかに記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項7】
前記一定型元素が、Fe、Si、S、O、Al、As、Sb、SnおよびMnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である請求項2から請求項6のいずれかに記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項8】
前記鋼材が、ボイラの伝熱管部材である請求項1から請求項7のいずれかに記載の鋼材の使用温度推定方法。
【請求項9】
請求項1から請求項9のいずれかに記載の鋼材の使用温度推定方法により高温機器に使用される鋼材の評価部位の使用温度を推定し、推定された使用温度が許容値を超える場合に、前記評価部位の保護、交換もしくは材料の変更または前記高温機器の使用条件の変更を行う高温機器の保守方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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