説明

電動機の駆動装置

【課題】モータの巻線抵抗やリアクタンスなどのモータ定数を使用せずにモータを駆動することができる電動機の駆動装置を提供する。
【解決手段】本発明の駆動装置は、インバータ10の三相出力電流をトルク電流および磁化電流に変換し、該トルク電流および磁化電流を制御するベクトル制御部11を備える。ベクトル制御部11は、トルク電流指令値とトルク電流との偏差に基づいてトルク電圧指令値を決定するトルク電圧制御部21と、磁化電流指令値と磁化電流との偏差に基づいて磁化電圧指令値を決定する磁化電圧制御部22と、インバータ10の出力電圧と目標出力電圧との偏差に基づいて磁化電流指令値を決定する目標磁化電流決定部26と、目標出力電圧を決定する目標出力電圧決定部27とを備える。目標出力電圧決定部27は、目標出力電圧と角速度との関係を示すV/ωパターンを記憶しており、該V/ωパターンに従って角速度から目標出力電圧を決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同期モータや誘導モータなどの電動機を駆動する駆動装置に関し、特にインバータの出力電流に基づいてベクトル制御を行なう駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から一般に用いられているモータの制御方法としては、指令周波数に対応する電圧を出力することにより、電動機磁束を一定に保つV/F制御や、インバータの出力電流を励磁電流とトルク電流に分解し、負荷に見合ったモータ電流を流せるように励磁電圧とトルク電圧を制御するベクトル制御が挙げられる。
【0003】
V/F制御は高速な演算を必要とせず、簡易な構成でモータを制御することが出来る。しかし、このV/F制御では、フィードバック情報が乏しいため、個々のモータの特性に合わせた高効率な制御は期待出来ない。また、モータロータの位置を検出しないため、同期機の場合はモータロータが脱調する可能性もある。
【0004】
一方、同期機の脱調を防止し、且つ、高価な位置センサを使用することなく同期機を制御することが出来る制御方式として、センサレスベクトル制御がある。このセンサレスベクトル制御の制御ブロックを図1に示す。インバータ110の出力電流は、電流検出器112により検出され、この検出された三相電流は、3/2相変換部117、静止/回転座標変換部118により、回転座標系上の二相電流Id,Iqに変換された後、磁化電圧制御部122およびトルク電圧制御部121に入力される。磁化電圧制御部122は、現在の磁化電流Idと磁化電流指令値Id*との偏差が0となるような磁化電圧指令値Vd*をPI演算により求める。トルク電圧制御部121は、現在のトルク電流Iqとトルク電流指令値Iq*との偏差が0となるようなトルク電圧指令値Vq*をPI演算により求める。
【0005】
目標トルク電流決定部124は、外部から入力された角速度指令値ω*と現在の角速度ωとの偏差が0となるようにPI演算を行なってトルク電流指令値Iq*を決定する。現在の角速度ωは、電圧指令値Vd*,Vq*およびフィードバック電流Id,Iqに基づき、軸誤差推定器129および微分器132によって求められる。磁化電流指令値Id*は、モータモデルを用いて算出された理想的な磁化電流である。電圧指令値Vd*,Vq*は、回転/静止座標変換部135および2/3相変換部136を経て固定座標系上の3相電圧指令値に変換された後、インバータ110に送られる。
【0006】
この図1に示すセンサレスベクトル制御は、位置センサを用いずに、フィードバックされたモータ電流からロータの位置を推定する制御方式である。この制御方式は、モータモデルに基づいて負荷の状態に見合った最適な制御をしているため、モータの効率を最大限に発揮させることが出来る。
【0007】
しかしながら、センサレスベクトル制御では、フィードバックされたモータ電流から電圧指令値を高速周期で演算する必要がある。また、モータモデルが必要なため、モータMの巻線抵抗やリアクタンス等の多くのモータ定数を制御に用いる必要がある。正確なモータ定数を把握するためには手間がかかる上、それら巻線抵抗およびリアクタンスの温度依存も考慮する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−341999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上述した従来の問題点に鑑みてなされたもので、従来のV/F制御だけではなし得なかった高効率化や最適トルク制御を実現しつつ、従来のセンサレスベクトル制御で必要とされたモータの巻線抵抗やリアクタンスなどのモータ定数を使用せずにモータを駆動することができる電動機の駆動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するために、本発明の一態様は、インバータと、該インバータの出力電流を検出する電流検出器と、該電流検出器により検出された出力電流をトルク電流および磁化電流に変換し、該トルク電流および磁化電流を制御するベクトル制御部とを備えた電動機の駆動装置であって、前記ベクトル制御部は、前記電流検出器により検出された三相電流を二相電流に変換する3/2相変換部と、前記3/2相変換部によって変換された静止座標系上の前記二相電流を回転座標系上のトルク電流および磁化電流に変換する静止/回転座標変換部と、トルク電流指令値と前記トルク電流との偏差に基づいてトルク電圧指令値を決定するトルク電圧制御部と、磁化電流指令値と前記磁化電流との偏差に基づいて磁化電圧指令値を決定する磁化電圧制御部と、回転座標系上の前記トルク電圧指令値および前記磁化電圧指令値を、静止座標系上のトルク電圧指令値および磁化電圧指令値に変換する回転/静止座標変換部と、前記回転/静止座標変換部によって変換された前記トルク電圧指令値および前記磁化電圧指令値を三相の電圧指令値に変換する2/3相変換部と、前記トルク電圧制御部および前記磁化電圧制御部により求められた前記トルク電圧指令値および前記磁化電圧指令値から前記電動機のロータの角速度を算出する速度演算部と、前記角速度と角速度指令値との偏差に基づいて前記トルク電流指令値を決定する目標トルク電流決定部と、前記インバータの出力電圧と目標出力電圧との偏差に基づいて前記磁化電流指令値を決定する目標磁化電流決定部と、前記目標出力電圧を決定する目標出力電圧決定部とを備え、前記目標出力電圧決定部は、前記目標出力電圧と前記角速度との関係を示すV/ωパターンを記憶しており、該V/ωパターンに従って、前記角速度から前記目標出力電圧を決定することを特徴とする。
【0011】
本発明の好ましい態様は、前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧と前記角速度との比が一定となる関係であることを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧と前記角速度との比が二次低減カーブで表される関係であることを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記目標出力電圧決定部は、前記目標出力電圧と前記角速度との関係を示す複数のV/ωパターンを記憶しており、該複数のV/ωパターンの中から選択された1つのV/ωパターンに従って、前記角速度から前記目標出力電圧を決定することを特徴とする。
【0012】
本発明の好ましい態様は、前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧が前記電動機の定格電圧に達した後は、前記目標出力電圧は前記定格電圧で一定に維持される関係であることを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧が前記インバータの定格出力電圧に達した後は、前記目標出力電圧は前記定格出力電圧で一定に維持される関係であることを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記目標磁化電流決定部は、前記角速度が所定の値以下の場合は、該目標磁化電流決定部に記憶されている下限値を前記磁化電流指令値として出力することを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記磁化電圧制御部は、前記角速度が所定の値以下の場合は、該磁化電圧制御部に記憶されている下限値を前記磁化電圧指令値として出力することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、目標出力電圧の決定には、電動機の定格電圧および定格周波数のみが必要となり、電動機の巻線抵抗やリアクタンスなどのモータ定数は不要である。さらには、目標出力電圧決定部に記憶されているV/ωパターンに従って目標出力電圧が決定されるので、複雑な演算が不要である。したがって、安定した電動機の駆動を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】従来のセンサレスベクトル制御の制御ブロックを示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る駆動装置を示すブロック図である。
【図3】図2に示すインバータを詳細に示す模式図である。
【図4】図4(a)および図4(b)は、同期モータの等価回路を示す図である。
【図5】インバータの出力電流Ioutおよび出力電圧Voutをベクトルで表した図である。
【図6】トルク電流の目標値を決定する制御ブロックを示す図である。
【図7】図7(a)は、最も運転効率がよい状態におけるdq軸上の電流ベクトルとMT軸上の電流ベクトルとの関係を示す図であり、図7(b)は図7(a)に示すIoutに対応するVoutをベクトルで表した図である。
【図8】図8(a)は、Id<0となる場合の電流ベクトルIout、Iq、It、Imの関係を示す図であり、図8(b)は、図8(a)に示す電流ベクトルIoutに対応する電圧ベクトルVoutを示す図である。
【図9】図9(a)は、Id>0となる場合の電流ベクトルIout、Iq、It、Imの関係を示す図であり、図9(b)は、図9(a)に示す電流ベクトルIoutに対応する電圧ベクトルVoutを示す図である。
【図10】磁化電流Imの目標値である磁化電流指令値Im*を決定する制御のブロックを示す図である。
【図11】図11(a)は、Vout-d/ωが一次関数で表される例を示す図であり、図11(b)は、Vout-d/ωが二次低減カーブで表される例を示す図である。
【図12】低周波数領域での磁化電流指令値をブーストさせる例を示す図である。
【図13】モータに接続された負荷にトルクメータが備わっている場合の、モータ効率低下の補償の例を示す図である。
【図14】トルク信号とバイアス電圧との関係を示すグラフである。
【図15】モータに接続される負荷がポンプであって、ポンプに連結される配管に流量計が備わっている場合の、モータ効率低下の補償の例を示す図である。
【図16】流量とバイアス電圧との関係を示すグラフである。
【図17】インバータを含めたシステム全体の効率の補償を行なう例を示す図である。
【図18】インバータの出力電流とバイアス電圧との関係を示すグラフである。
【図19】本発明の実施形態に係る駆動装置の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図2は、本発明の一実施形態に係る駆動装置を示すブロック図である。この駆動装置は、モータMを駆動するインバータ装置(電力変換装置)であり、図2に示すようにインバータ10およびベクトル制御部11を含む複数の要素から構成されている。すなわち、駆動装置は、モータMに供給される電圧を生成するインバータ10と、インバータ10への電圧指令値を決定するベクトル制御部11と、インバータ10からモータMに供給される電流を検出する電流検出器(電流計)12とを備えている。
【0016】
図3は、図2に示すインバータ10を詳細に示す模式図である。インバータ10は、電力変換部としてのインバータ回路10Aと、このインバータ回路10Aを駆動するゲートドライバ10Bとから基本的に構成されている。インバータ回路10Aでは、直流電力(例えば、商用電源を全波整流して得られる直流電源からの直流電力)が供給される正極ラインPと負極ラインNとの間に3組の上下アームが並列に接続されており、各相の上下アームにはスイッチング素子(IGBT)S1〜S6とダイオードD1〜D6とからなる逆並列回路が組み込まれている。記号C1はコンデンサである。これらスイッチング素子S1〜S6、ダイオードD1〜D6、およびコンデンサC1によりインバータ回路10Aが構成されている。ゲートドライバ10Bは、ベクトル制御部11から送られる電圧指令値に従った電圧が生成されるように、インバータ回路10Aのスイッチング素子S1〜S6を駆動する。
【0017】
電流検出器12は、インバータ10からモータMに供給される三相電流Iu,Iv,Iwを計測する。その計測値は、ゲイン調整器15によって増幅された後、ベクトル制御部11に入力される。なお、ゲイン調整器15は省略することもできる。なお、三相電流Iu,Iv,Iwの計測は、任意の2相の電流を計測し、式Iu+Iv+Iw=0から残りの電流を求めてもよい。ベクトル制御部11は、三相電流Iu,Iv,Iwおよび外部から入力される角速度指令値に基づいて三相電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*を生成する。さらに、ベクトル制御部11は、これら三相電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*に対応したPWM信号を生成し、このPWM信号をゲートドライバ10Bに送る。ゲートドライバ10Bは、三相電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*に対応するPWM信号に基づいてゲートドライブPWM信号を生成し、6個のスイッチング素子S1〜S6は、ゲートドライブPWM信号に基づいて動作(オン、オフ)される。このように、インバータ10はベクトル制御部11からの三相電圧指令値に基づいた電圧を生成し、これをモータMに印加する。
【0018】
ベクトル制御部11の基本的動作は次の通りである。電流検出器12によって検出されたインバータ10の三相出力電流は、回転座標系上の二相電流(ベクトル)に変換される。ここで、回転座標系の一方の軸を1次鎖交磁束の方向に一致させると、他方の軸は1次鎖交磁束に直交する。したがって、1次鎖交磁束に直交する軸上の電流ベクトルを制御することによって、モータMのトルクを制御することができる。すなわち、変換された二相電流とそれぞれの目標値との偏差がなくなるようにPI制御が行なわれ、二相の電圧指令値が求められる。求められた回転座標系上の二相の電圧指令値は、静止座標系上の三相の電圧指令値に変換される。そして、各相の電圧指令値に対応したPWM信号が生成され、このPWM信号はインバータ10のゲートドライバ10Bに送られる。ベクトル制御部11は、CPU(中央演算処理装置)または専用の処理装置から構成することができる。
【0019】
次に、図2を参照してベクトル制御部11について詳細に説明する。電流検出器12によって検出された三相電流Iu,Iv,Iwは3/2相変換部17に送られ、ここで静止座標系上の三相電流Iu,Iv,Iwは静止座標系上の二相電流に変換される。この静止座標系上の二相電流は静止/回転座標変換部18に送られ、ここで位相θに基づいて回転座標系上の二相電流、すなわち磁化電流Imおよびトルク電流Itに変換される。
【0020】
トルク電流Itおよび磁化電流Imは、トルク電圧制御部21および磁化電圧制御部22にそれぞれ送られる。トルク電圧制御部21には、目標トルク電流決定部24からトルク電流指令値It*が入力される。そして、トルク電圧制御部21は、トルク電流指令値It*と現在のトルク電流Itとの偏差が0となるようにPI演算を行ない、トルク電圧指令値Vt*を求める。目標トルク電流決定部24は速度制御部であり、ベクトル制御部11の外部から入力される角速度指令値ω*と、モータMの現在の角速度ωとの偏差が0となるようなトルク電流指令値It*をPI演算により求める。
【0021】
磁化電圧制御部22には、目標磁化電流決定部26から磁化電流指令値Im*が入力される。磁化電圧制御部22は、磁化電流指令値Im*と現在の磁化電流Imとの偏差が0となるようにPI演算を行ない、磁化電圧指令値Vm*を求める。目標磁化電流決定部26は、目標出力電圧決定部27(後で詳述する)から送られる目標出力電圧Vout-dと現在の出力電圧Vとの偏差が0となるような磁化電流指令値Im*をPI演算により求める。
【0022】
インバータ10の現在の出力電圧Vは、トルク電圧指令値Vt*および磁化電圧指令値Vm*から出力電圧算出部30によって求められる。また、トルク電圧指令値Vt*および磁化電圧指令値Vm*は速度演算部31にも送られ、ここでロータの現在の角速度ωが求められる。この角速度ωは、目標トルク電流決定部24、目標出力電圧決定部27、および積分器33に入力される。積分器33は、角速度ωを積分してロータの位相θを求める。この位相θは静止/回転座標変換部18および回転/静止座標変換部35に入力される。
【0023】
磁化電圧指令値Vm*およびトルク電圧指令値Vt*は、回転/静止座標変換部35に入力され、ここで回転座標系上の磁化電圧指令値Vm*およびトルク電圧指令値Vt*は、位相θに基づき静止座標系上のトルク電圧指令値および磁化電圧指令値に変換される。さらに2/3相変換部36により、静止座標系上のトルク電圧指令値および磁化電圧指令値は、三相(u相、v相、w相)の電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に変換される。インバータ10は、上述したように、電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に従って電圧を生成する。
【0024】
ここで、ベクトル制御部11が永久磁石型同期モータを制御する場合について説明する。
dq回転座標系において、ロータの永久磁石による磁束の方向をd軸とし、d軸に直交する軸をq軸とすると、同期モータの等価回路は図4(a)および図4(b)に示すようになる。図4(a)および図4(b)において、Rは巻線抵抗を表し、Ldはd軸方向のインダクタンスを表し、Lqはq軸方向のインダクタンスを表し、ωは角速度を表し、Eは誘起電圧を表している。
【0025】
図4(a)はd軸の方向に電流Idが流れたときの等価回路を示し、図4(b)はq軸の方向に電流Iqが流れたときの等価回路を示す。図4(a)および図4(b)により、電圧方程式は次のように表される。
Vd=Id・R+pLdId−ωLqIq (1)
Vq=Iq・R+pLqIq+ωLdId+E (2)
ここで、pは時間微分(d/dt)を表す。図4(a)および図4(b)に示す記号jは虚数単位を表している。干渉成分jωLqIq,jωLdIdをdq軸(モータ軸)上に表すと、ベクトルの方向が変換されて記号jがとれるので、記号jは式(1)および式(2)は表されていない。なお、式(1)および式(2)において、誘起電圧Eは、角速度ωと永久磁石による鎖交磁束Ψとの積である。
【0026】
ここで、インダクタンス成分(L)があるため、インバータ10の出力電流Ioutに対して、出力電圧Voutには位相遅れが生じる。図5はインバータ10の出力電流Ioutおよび出力電圧Voutをベクトルで表した図である。図5において、モータがある理想的な制御状態にあるときの出力電圧Vout-iの位相に一致する軸をT軸とし、そのT軸に垂直な軸をM軸とする。MT軸とdq軸との間には、位相差βが存在する。本実施形態では、T軸上の電圧Vt,電流It、およびM軸上の電圧Vm,電流Imを用いてモータのベクトル制御を行なう。
【0027】
MT軸はインバータ10を制御する軸になるため、本明細書ではインバータ軸と呼称する。位相差βを把握するには、Ψ,Ld,Lq等が必要になるため、詳細なモータ定数が必要となるが、本実施形態では、このような詳細なモータ定数がなくともIt,Imが制御できる手法を採用している。
【0028】
本実施形態では、T軸を基準軸として、T軸に電圧Vtを、M軸に電圧Vmをそれぞれ印加し、出力電流Ioutがq軸に一致するように制御する。このような制御を行なうことにより位相差βが不明であっても、出力電流Ioutをq軸に一致させることが出来るので、モータMの定数を必要としない。
【0029】
トルク電流Itの目標値を決定する制御ブロックを図6に示す。トルク電流の目標値、すなわちトルク電流指令値It*は、目標トルク電流決定部24によって生成される。この目標トルク電流決定部24には、角速度指令値ω*および現在の角速度ωが入力され、目標トルク電流決定部24はこれら2つの値ω*,ωの偏差を0とするためのトルク電流指令値It*を決定する。角速度指令値ω*は、モータMに要求される所望の角速度であり、ベクトル制御部11の外部から目標トルク電流決定部24に入力される。一方、現在の角速度ωは、速度演算部31によって与えられる。この速度演算部31は、ベクトル制御の結果得られるMT軸上の電圧指令値Vm*,Vt*の信号を処理することで推定角速度を求め、この求められた推定角速度が現在の角速度ωとして使用される。なお、速度演算部31は、トルク電圧指令値Vt*および磁化電圧指令値Vm*に基づいて角速度ωを算出できるものであれば、その形態は特に限定されない。例えば、速度演算部31は、PLL(Phase Locked Loop)回路や、その等価回帰演算を行なうものであってもよいし、電圧指令値と角速度との関係を予め関係式に表したものであってもよい。
【0030】
目標トルク電流決定部24は、角速度指令値ω*が現在の角速度ωよりも大きければ(すなわち、ω*>ωであれば)、トルクを増やして増速させるためにより大きなトルク電流指令値It*を出力する。一方、角速度指令値ω*が現在の角速度ωよりも小さければ(すなわち、ω*<ωであれば)、トルクを減らして減速させるためにより小さなトルク電流指令値It*を出力する。
【0031】
次に、磁化電流Imの目標値である磁化電流指令値Im*を決定するプロセスについて説明する。説明の簡略化のために、同期モータがSPMモータ(表面磁石型モータ、Surface Permanent Magnet motor)である場合を考える。SPMモータの場合は、インバータ10からの出力電流Ioutがd軸に垂直に流れるときが最も運転効率がよくなる。つまり、d軸上の電流Idが0となるようにインバータ10の出力電流を制御することが望ましい。図7(a)は、最も運転効率がよい状態におけるdq軸上の電流ベクトルとMT軸上の電流ベクトルとの関係を示している。
【0032】
一方、インバータ10の出力電圧Voutは、式(1)および式(2)より次のように求められる。
Vout(→)=Vd(→)+Vq(→) (3)
Vout=Id・R+pLdId−ωLqIq
+Iq・R+pLqIq+ωLdId+ωΨ (4)
ただし、記号(→)はベクトルを表している。
【0033】
モータMが安定して運転している場合、フィードバック電流は綺麗な正弦波となる。このとき、座標変換された電流It,Imはほとんど変化しないため、定常状態にあるといえる。よって、上記式(4)の微分項は無視することができるので、上記式(4)は、
Vout=Id・R−ωLqIq+Iq・R+ωLdId+ωΨ
=Id・R+Iq・R+ω(LdId−LqIq+Ψ) (5)
と表される。
さらに、ベクトルIoutは、ベクトルIdとベクトルIqとの合成であるので、上記式(5)は、
Vout=Iout・R+ω(LdId−LqIq+Ψ) (6)
と表される。
【0034】
図7(a)に示す状態においては、Id=0であるので、Iq=Ioutとなる。したがって、式(6)は次のように表される。
Vout=Iq・R−ωLqIq+ωΨ (7)
図7(b)は図7(a)に示すIoutに対応するVoutをベクトルで表した図である。図7(a)はIdが0となる理想状態を示しているため、このときの出力電圧を理想出力電圧Vout-iとする。そして、T軸は、この理想出力電圧Vout-iのベクトルの方向に一致する。
【0035】
図8(a)は、出力電流Ioutが電流Iqに対して位相進みである場合、つまり、Id<0となる場合のIout、Iq、Id、It、Imの関係を示している。トルク電流Itが、トルク電流指令値It*に基づいて図7(a)の場合と同じ大きさで制御されている条件下では、ベクトルIoutの先端は、ベクトルItの先端を通る、T軸に垂直な直線上にある。したがって、ベクトルIqは図7(a)に示す理想状態の時よりも小さくなる。このときの電圧Voutのベクトルは図8(b)に示すようになる。Id<0であるため、IdRは左向きのベクトルとなり、ωLdIdは下向きのベクトルとなる。これらのベクトルの存在とIqが小さくなることから、出力電圧Voutは、点線で示す理想出力電圧Vout-i(図7(b)参照)よりも小さくなる。このとき、M軸上の電流Imは、図7(a)に示す理想状態における電流Imよりも小さくなる。
【0036】
一方、図9(a)は、出力電流Ioutが電流Iqに対して位相遅れである場合、つまり、Id>0となる場合のIout、Iq、Id、It、Imの関係を示している。トルク電流Itが、トルク電流指令値It*に基づいて図7(a)の場合と同じ大きさで制御されている条件下では、Iqは図7(a)に示す理想状態の時よりも大きくなる。このときの電圧Voutのベクトルは図9(b)に示すようになる。Id>0であるため、IdRが右向きのベクトルとなり、ωLdIdは上向きのベクトルとなる。これらのベクトルの存在とIqが大きくなることから、出力電圧Voutは、点線で示す理想出力電圧Vout-i(図7(b)参照)よりも大きくなる。このとき、M軸上の電流Imは、図7(a)に示す理想状態における電流Imよりも大きくなる。
【0037】
図7(a)〜図9(b)から、磁化電流Imについて以下のことがわかる。ある理想的な出力電圧Vout-iに対して、実際の出力電圧Voutが小さい場合は、磁化電流Imを大きくして、出力電流Ioutの位相を遅らせることによって出力電圧Voutを理想出力電圧Vout-iに近づけることができる。一方、理想出力電圧Vout-iに対して、実際の出力電圧Voutが大きい場合は、磁化電流Imを小さくして、出力電流Ioutの位相を進めることによって出力電圧Voutを理想出力電圧Vout-iに近づけることができる。つまり、ある運転状態に対して目標となる出力電圧を定め、目標出力電圧と実際の出力電圧との偏差を求めることによって、磁化電流指令値Im*を決定することができる。
【0038】
上述したSPMモータでは、モータステータの巻線が生成する磁束は、永久磁石による磁気抵抗を均一に受ける。したがって、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqとは互いに等しくなる。一方、IPMモータ(埋込磁石型モータ、Interior Permanent Magnet motor)の場合は、d軸方向の磁束は永久磁石による磁気抵抗を受けるが、q軸方向の磁束は鉄心のみを通過する。したがって、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqとの間には差が存在する。このため、出力電流Ioutがq軸からある位相進みを持っている時が最も駆動効率が良くなる。しかしながら、この位相進みの角度は詳細なモータ定数がないと算出することができない。
【0039】
しかしながら、IPMモータの場合でも、図8(a)〜図9(b)に示した関係は成立する。すなわち、理想出力電圧Vout-iに対して、Imを大きくするとVoutは大きくなり、Imを小さくするとVoutが小さくなる。したがって、IPMモータにおいても、ある運転状態に対して目標となる出力電圧を定め、目標出力電圧と実際の出力電圧との偏差を求めることによって、磁化電流指令値Im*を決定することができる。
【0040】
誘導モータの場合には、同期モータと異なり、磁束発生のために多くの磁化電流Idを流す必要があり、これによって生じた磁束に直交するd軸に誘起電力Eが生じる。しかし、誘導モータの場合でも、図8(a)〜図9(b)に示した関係が同様に成立する。すなわち、理想出力電圧Vout-iに対して、Imを大きくするとVoutは大きくなり、Imを小さくするとVoutが小さくなる。したがって、ある運転状態に対して目標となる出力電圧を定め、目標出力電圧と実際の出力電圧との偏差を求めることによって、磁化電流指令値Im*を決定することができる。
【0041】
本実施形態では、理想出力電圧Vout-iに対応する目標出力電圧Vout-dが予め定められており、この目標出力電圧Vout-dと現在の出力電圧との偏差に基づいて、磁化電流の目標値Im*が決定される。ベクトル制御部11には、後に詳述するように、目標出力電圧Vout-dと角速度ωとの関係を示すV/ωパターンが記憶されており、ベクトル制御部11は、現在の角速度ωに対応する目標出力電圧Vout-dをV/ωパターンに従って決定し、さらに目標出力電圧Vout-dと現在の出力電圧Vとの偏差に基づいて、磁化電流の目標値を決定する。
【0042】
磁化電流Imの目標値である磁化電流指令値Im*を決定する制御のブロックを図10に示す。図10に示すように、磁化電流指令値Im*は、目標出力電圧Vout-dと、現在の出力電圧Vとを目標磁化電流決定部26に入力することで求められる。現在の出力電圧Vは、ベクトル制御の結果得られるMT軸上の電圧指令値Vm*,Vt*の信号を合成して得ることができる(V=√(Vm*+Vt*))。目標磁化電流決定部26は、目標出力電圧Vout-dと現在の出力電圧Vとの偏差が0となるような磁化電流指令値Im*を求める。すなわち、目標磁化電流決定部26は、Vout-d>Vであれば出力電流Ioutの位相を遅らせるようにより大きなIm*を出力し、Vout-d<Vであれば出力電流Ioutの位相を進ませるようにより小さなIm*を出力する。
【0043】
トルク電流指令値It*および磁化電流指令値Im*は、図2に示すように、トルク電圧制御部21および磁化電圧制御部22にそれぞれ入力される。そして、上述したように、トルク電圧制御部21は、現在のトルク電流Itとトルク電流指令値It*との偏差に基づいてトルク電圧指令値Vt*を算出する。磁化電圧制御部22は、現在の磁化電流Imと磁化電流指令値Im*との偏差に基づいて磁化電圧指令値Vm*を算出する。このようにして、インバータ軸であるMT軸上のベクトルを用いたベクトル制御が可能となる。
【0044】
目標出力電圧Vout-dは、目標出力電圧決定部27から出力され、目標磁化電流決定部26に入力される。目標出力電圧決定部27は、現在の角速度ωに基づいて目標出力電圧Vout-dを決定する。より具体的には、目標出力電圧決定部27には、目標出力電圧Vout-dと角速度ωとの関係を示すV/ωパターンが記憶されている。このV/ωパターンは、現在のロータの角速度ωに対応する目標出力電圧Vout-dを決定するための、角速度ωと目標出力電圧Vout-dとの対応関係を定義する。V/ωパターンは、目標出力電圧Vout-dと角速度ωとの関係を示す関数またはテーブルデータとして目標出力電圧決定部27に記憶されている。目標出力電圧決定部27は、V/ωパターンに基づいて、現在の角速度ωに対応する目標出力電圧Vout-dを決定する。なお、公知の式ω=2πFを用いて、角速度ωから周波数Fを求めることができるので、目標出力電圧Vout-dと周波数Fとの関係を示すV/Fパターンを目標出力電圧決定部27に記憶させてもよい。
【0045】
目標出力電圧Vout-dと角速度ωとの関係は、Vout-dとωとの比が一定となる関係でもよいし、負荷トルクがモータの回転速度の二乗に比例するポンプやファンなどを駆動する場合は、Vout-dとωとの比が、二乗低減トルク特性に沿った二乗低減カーブで表されてもよい。V/ωパターンは、従来のV/F制御と同様の手法に従って、モータMの定格電圧と定格周波数とから設定することができる。
【0046】
モータ効率を最大とするためには、目標出力電圧Vout-dは、理想的な出力電圧Vout-iに一致することが望ましい。しかしながら、目標出力電圧Vout-dが理想出力電圧Vout-iから大きく外れなければ、モータMの制御は可能である。本実施形態に係る駆動装置は、従来のV/F制御とは異なり、インバータ10の出力電流をベクトル制御部11にフィードバックすることで、ロータの脱調を回避することができる。また、出力電圧Vを目標磁化電流決定部26にフィードバックするため、単なるV/F制御よりも精度および効率のよい制御が可能になる。
【0047】
さらに、Vout-d/ωが一定となる一次関数を設定するには、図11(a)に示すように、モータMの定格電圧と定格周波数(または定格回転速度)とが分かれば十分であり、詳細なモータ定数は不要である。また、目標出力電圧Vout-dと角速度ωとの比を二乗低減カーブで表す場合でも、図11(b)に示すように、モータMの定格電圧と定格周波数が分かれば、低減分を任意に設定することができる。
【0048】
なお、本実施形態における駆動装置において、弱め界磁制御を行なうこともできる。すなわち、モータMの周波数(回転速度)が該モータMの定格周波数を超えたときは、インバータ10の出力電力がモータMの定格電圧に維持されるように磁化電流Imが下げられる。これにより、インバータ10の出力電圧を抑えつつ、モータMの回転速度を上昇させることができる。図11(a)および図11(b)に示すV/ωパターンでは、目標出力電圧Vout-dがモータMの定格電圧に達した後は、目標出力電圧Vout-dはモータMの定格電圧で一定に維持される。すなわち、モータMの定格周波数に対応する角速度以上の領域では、目標出力電圧Vout-dはモータMの定格電圧に維持される。なお、インバータ10の出力上限電圧(DCリンク電圧から算出される)がモータMの定格電圧よりも小さい場合は、モータMの定格周波数に対応する角速度以上の領域では、目標出力電圧Vout-dはインバータ10の出力上限電圧に維持される。
【0049】
ここで、目標出力電圧決定部27は、目標出力電圧Vout-dと角速度ωとの関係を示す複数のV/ωパターンを記憶してもよい。この場合は、図示しない入力部からの設定操作により、複数のV/ωパターンから1つのV/ωパターンが選択され、目標出力電圧決定部27は、選択されたV/ωパターンに従って、角速度ωから目標出力電圧Vout-dを決定する。例えば、目標出力電圧決定部27は、複数のV/ωパターンとして、Vout-d/ωが一定となるV/ωパターンと、Vout-d/ωが二乗低減カーブで表されるV/ωパターンとを記憶し、モータMに連結される負荷の種類によって適切なV/ωカーブを選択可能とすることができる。
【0050】
本実施形態では、低周波数領域でのトルクブーストを行なうことが可能である。一般に、モータの周波数(回転速度)が低い領域では、インバータ10の出力電流が小さくなるため、モータの制御が難しくなる。そこで、図12に示すように、モータMの角速度が所定の値以下の領域では、磁化電流指令値Im*の下限値を設けて、低周波数領域での磁化電流指令値Im*をブーストすることが好ましい。図12に示す例では、モータMのロータの角速度がω1以下であるとき、目標磁化電流決定部26は、予め記憶されている下限値を磁化電流指令値Im*として出力する。一方、角速度がω1よりも大きいときは、目標磁化電流決定部26は、PI制御の結果得られた磁化電流指令値Im*を出力する。このように、低周波数の領域において磁化電流指令値Im*を補償することにより、モータの低速領域でのトルクブーストを実現することができる。なお、図12において、磁化電流指令値Im*の下限値を示す線グラフが傾いている理由は、指令値Im*が大きいと過励磁になり効率が悪くなるためである。このような過励磁状態を避けて、適切な指令値で速やかな制御を行なうために、磁化電流指令値Im*の下限値を角速度の増加に従って減少させて指令値Im*を小さくしている。
【0051】
なお、磁化電流指令値Im*に代えて、磁化電圧指令値Vm*に下限値を設けてもよい。この場合も、図12の例と同様に、磁化電圧制御部22は、角速度が所定の値以下であるとき、予め記憶されている下限値を磁化電圧指令値Vm*として出力し、一方、角速度が所定の値よりも大きいときは、PI制御の結果得られた磁化電圧指令値Vm*を出力する。この場合も、図12に示す例と同じように、磁化電圧指令値Vm*の下限値を角速度の増加に従って減少させて、適切な指令値で早く制御できるようにしている。
【0052】
上述した低周波数領域でのトルクブーストは、磁化電流指令値Im*と磁化電圧指令値Vm*とのいずれかを選択して行なうようにしてもよい。より具体的には、磁化電流指令値Im*と磁化電圧指令値Vm*との両方に上記下限値を設け、磁化電流指令値Im*と磁化電圧指令値Vm*のいずれかの下限値を選択的に、目標磁化電流決定部26または磁化電圧制御部22から出力するようにしてもよい。磁化電圧指令値Vm*の下限値を選択した場合は、過電流を防止するために、磁化電流指令値Im*に上限値を設けて、過大な磁化電圧指令値Vm*に起因する過励磁での過電流保護を行うことが好ましい。
【0053】
本実施形態では、目標出力電圧決定部27において、角速度ωから目標出力電圧Vout-dが決定されるが、目標出力電圧決定部27から出力される目標出力電圧Vout-dが必ずしも理想出力電圧に一致するとは限らない。本発明では、目標出力電圧Vout-dと理想出力電圧との差によるモータ効率の低下を以下のように補償することもできる。
【0054】
図13は、モータMに接続された負荷41にトルクメータ42が備わっている場合の、モータ効率低下の補償の例を示す図である。ベクトル制御部11は、その詳細を省略して図示されており、目標出力電圧決定部27とその出力のみが記載されている。バイアス電圧決定部43には、角速度指令値ω*およびトルクメータ42から出力されるトルク信号が入力され、バイアス電圧決定部43からはバイアス電圧が出力される。バイアス電圧は、目標出力電圧決定部27の出力である目標出力電圧Vout-dに加算され、その結果得られた値は目標磁化電流決定部26(図2参照)に入力される。ここで、バイアス電圧は正の値だけでなく、負の値も取ることができる。
【0055】
バイアス電圧決定部43は、角速度指令値ω*に変化がない場合に、トルクメータ42で検出されるトルクが最大となるように、バイアス電圧を増減させる。図14は、トルク信号とバイアス電圧との関係を示すグラフである。図14に示す例では、トルク信号は、バイアス電圧が−10Vのときに最大となる。バイアス電圧決定部43は、バイアス電圧を増減させる前後のトルク信号を比較し、バイアス電圧の増減を決定する。角速度指令値ω*が変化したときは、バイアス電圧を0に戻す。このように、バイアス電圧決定部43は、角速度指令値ω*が変化するまで、トルクが最大となるようにバイアス電圧を増減させる。
【0056】
一般に、角速度指令値ω*の演算周期は、ベクトル制御の周期に比して長い。例えば、角速度指令値ω*は100ms間隔で演算されているのに対して、ベクトル制御の周期(目標出力電圧Vout-dの決定周期)が1msであれば、角速度指令値ω*が一定である間に、最低でも100回はバイアス電圧を増減させる機会が得られる。なお、バイアス電圧の増減はベクトル制御の周期と同じくしてもよいし、ベクトル制御の周期よりも長い周期で行なってもよい。例えば、上述の例において、バイアス電圧の増減を5ms毎に行なうようにしてもよい。
【0057】
図15は、モータMに接続される負荷がポンプPであって、ポンプPに連結される配管に流量計52が備わっている場合の、モータ効率低下の補償の例を示す図である。図16は、流量とバイアス電圧との関係を示すグラフである。図15に示す例が図13に示す例と異なる点は、バイアス電圧決定部43に入力される信号がトルク信号ではなく、流量計52から出力される流量信号である点と、バイアス電圧の増減が、流量が最大となるように行なわれる点である。その他の構成および動作は、図13に示す例と同様である。
【0058】
このように、モータMに接続された負荷の状態を検出するセンサ(トルクメータ42,流量計52)を用いて、その負荷状態が最大となるように、目標出力電圧Vout-dに加算するバイアス電圧を増減させることで、モータ効率をより高める制御を行なうことができる。
【0059】
また、モータ効率自体の補償ではなく、インバータの効率を高めるような制御を行ない、結果としてシステム全体の効率の補償を行なうこともできる。図13および図15に示した例は、モータの最高効率点を目指す制御であるが、モータの最高効率点での運転が、インバータ等を含めたシステム全体でも最も効率がよい運転とは限らない。そこで、モータの最大トルク点とは異なるが、インバータ出力電流が最小となるように目標出力電圧Vout-dに加算するバイアス電圧を増減して、インバータの効率を最大にする。
【0060】
図17は、このような例を示す図である。図18は、インバータの出力電流とバイアス電圧との関係を示すグラフである。図17に示す例が、図13および図15に示す例と異なる点は、バイアス電圧決定部43に入力される信号が、モータMに接続された負荷の状態を表す信号ではなく、インバータ10の出力電流を示す信号である点と、バイアス電圧の増減がインバータ10の出力電流が最小となるように行なわれる点である。インバータ10の出力電流は、インバータ10の出力電流を検出するセンサ12からの信号をバイアス電圧決定部43に入力してもよい。
【0061】
また、インバータの出力電流ではなく、出力電力が最小になるようにバイアス電圧を制御しても良い。インバータ10の出力電力は、インバータ10の出力電流および出力電圧から算出されるので、図17中に二点破線で示すようにインバータ10の出力電圧を検出するセンサ40を設けて、これら出力電流および出力電圧を検出するセンサ12,40からの信号をバイアス電圧決定部43に入力しても良い。また、インバータ10の出力電圧としては、センサ40を用いるのでなく、ベクトル制御部11で用いられる指令電圧値や出力電圧算出部30の出力を用いても良い。
【0062】
図19は、本発明の実施形態に係る駆動装置の変形例を示す図である。この変形例では、出力電圧は電圧指令値Vm*,Vt*から求められるのではなく、インバータ10の三相出力電圧が電圧検出器40によって直接検出される。検出された三相出力電圧は出力電圧算出部30に送られ、ここでインバータ10の出力電圧Vが求められる。得られた出力電圧Vは、上述の例と同様に、目標磁化電流決定部26に入力される。
【0063】
上述した実施形態は、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者が本発明を実施できることを目的として記載されたものである。上記実施形態の種々の変形例は、当業者であれば当然になしうることであり、本発明の技術的思想は他の実施形態にも適用しうることである。したがって、本発明は、記載された実施形態に限定されることはなく、特許請求の範囲によって定義される技術的思想に従った最も広い範囲に解釈されるものである。
【符号の説明】
【0064】
10 インバータ
11 ベクトル制御部
12 電流検出器
17 3/2相変換部
18 静止/回転座標変換部
21 トルク電圧制御部
22 磁化電圧制御部
24 目標トルク電流決定部
26 目標磁化電流決定部
27 目標出力電圧決定部
30 出力電圧算出部
31 速度演算部
33 積分器
35 回転/静止座標変換部
36 2/3相変換部
40 電圧検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータと、該インバータの出力電流を検出する電流検出器と、該電流検出器により検出された出力電流をトルク電流および磁化電流に変換し、該トルク電流および磁化電流を制御するベクトル制御部とを備えた電動機の駆動装置であって、
前記ベクトル制御部は、
前記電流検出器により検出された三相電流を二相電流に変換する3/2相変換部と、
前記3/2相変換部によって変換された静止座標系上の前記二相電流を回転座標系上のトルク電流および磁化電流に変換する静止/回転座標変換部と、
トルク電流指令値と前記トルク電流との偏差に基づいてトルク電圧指令値を決定するトルク電圧制御部と、
磁化電流指令値と前記磁化電流との偏差に基づいて磁化電圧指令値を決定する磁化電圧制御部と、
回転座標系上の前記トルク電圧指令値および前記磁化電圧指令値を、静止座標系上のトルク電圧指令値および磁化電圧指令値に変換する回転/静止座標変換部と、
前記回転/静止座標変換部によって変換された前記トルク電圧指令値および前記磁化電圧指令値を三相の電圧指令値に変換する2/3相変換部と、
前記トルク電圧制御部および前記磁化電圧制御部により求められた前記トルク電圧指令値および前記磁化電圧指令値から前記電動機のロータの角速度を算出する速度演算部と、
前記角速度と角速度指令値との偏差に基づいて前記トルク電流指令値を決定する目標トルク電流決定部と、
前記インバータの出力電圧と目標出力電圧との偏差に基づいて前記磁化電流指令値を決定する目標磁化電流決定部と、
前記目標出力電圧を決定する目標出力電圧決定部とを備え、
前記目標出力電圧決定部は、前記目標出力電圧と前記角速度との関係を示すV/ωパターンを記憶しており、該V/ωパターンに従って、前記角速度から前記目標出力電圧を決定することを特徴とする駆動装置。
【請求項2】
前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧と前記角速度との比が一定となる関係であることを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項3】
前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧と前記角速度との比が二次低減カーブで表される関係であることを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項4】
前記目標出力電圧決定部は、前記目標出力電圧と前記角速度との関係を示す複数のV/ωパターンを記憶しており、該複数のV/ωパターンの中から選択された1つのV/ωパターンに従って、前記角速度から前記目標出力電圧を決定することを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項5】
前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧が前記電動機の定格電圧に達した後は、前記目標出力電圧は前記定格電圧で一定に維持される関係であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の駆動装置。
【請求項6】
前記V/ωパターンによって示される前記目標出力電圧と前記角速度との関係は、前記目標出力電圧が前記インバータの定格出力電圧に達した後は、前記目標出力電圧は前記定格出力電圧で一定に維持される関係であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の駆動装置。
【請求項7】
前記目標磁化電流決定部は、前記角速度が所定の値以下の場合は、該目標磁化電流決定部に記憶されている下限値を前記磁化電流指令値として出力することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の駆動装置。
【請求項8】
前記磁化電圧制御部は、前記角速度が所定の値以下の場合は、該磁化電圧制御部に記憶されている下限値を前記磁化電圧指令値として出力することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2012−50285(P2012−50285A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−191918(P2010−191918)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】