説明

高分子の送達増強のための方法および組成物

本発明は、抗原結合性ポリペプチド等の大きな高分子(すなわち、10kDaを超えるもの)の、タイトジャンクションを横切る送達を増強する組成物および方法を提供する。そのような方法および組成物は、神経性障害を処置するために、治療用抗原結合性ポリペプチドを鼻腔内投与によってCNSに送達するのに特に有用である。一態様では、本発明は、イムノバインダー(例えば、scFv)等の1つまたは複数の抗原結合性ポリペプチド、および1つまたは複数の浸透増強剤(例えば、PzペプチドまたはFMOCペプチド)を含む組成物を提供する。特定の実施形態では、抗原結合性ポリペプチドは、浸透増強剤に共有結合している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願)
この出願は2008年7月10日に出願された米国仮出願番号第61/079586号の優先権を主張し、上記米国仮出願の内容は、参照によって本明細書に援用される。
【0002】
(発明の分野)
本開示は、生体膜を横切って分子を送達すること、具体的には、血液脳関門を横切って抗原結合性ポリペプチドを中枢神経系(CNS)に送達することを促進する組成物および方法に関する。
【背景技術】
【0003】
(発明の背景)
世界保健機構の2006年の報告によると、世界中の10億を超える人々が、神経性障害を患っており、そのような障害によって、毎年ほぼ680万人が死亡している。抗体等の治療用抗原結合性ペプチドを、過半数とはいかないまでも多数のこれらの神経性障害を処置するために使用することができた。しかし、そのような治療用抗原結合性ペプチドを使用した神経性障害の処置は、血液脳関門(BBB)を横切って薬物を送達することに関連する困難によって頻繁に妨害される。
【0004】
上皮細胞層を横切って分子を送達することを増強する化合物が発見されているが、それら化合物は一般に小分子の送達を増強することにおいてのみ有効であることが示されている。例えば、4−フェニルアゾベンジルオキシカルボニル−Pro−Leu−Gly−Proペプチドは、上皮細胞層を横切る小分子の輸送を増強することが示されているが、10kDa以上の高分子については浸透増強作用が実証されなかった(特許文献1;非特許文献1を参照されたい)。大いに研究されているにもかかわらず、現在、治療用抗原結合性ポリペプチドをCNSに送達するための好都合かつ効率的な方法はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第5,534,496号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yenら、J Control Release、1995年、36巻、25〜37頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、当該分野において、上皮層を横切って、特に、CNS障害を処置するためにCNSに、治療用抗原結合性ポリペプチドを特異的に送達することを増強する組成物および方法が依然として必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(発明の概要)
本発明は、少なくとも一部は、抗原結合性ポリペプチド(例えば、scFv)等の大きな高分子(すなわち、10kDaを超えるもの)を、特に鼻粘膜に投与した際に、CNSに特異的に送達することを増強可能な浸透増強剤(penetration enhancer)(例えば、PzペプチドまたはFMOCペプチド)の驚くべき発見に基づく。したがって、本発明は、上皮層を横切って抗原結合性ポリペプチド(例えば、scFv)等の大きな高分子(すなわち、10kDaを超えるもの)を送達することを増強する組成物および方法を提供する。そのような方法および組成物は、神経性障害を処置するために、鼻腔内投与によって抗原結合性ポリペプチド(例えばscFv)をCNSに好都合、効率的、かつ選択的に送達することを可能にするという点で特に有利である。
【0009】
一態様では、本発明は、イムノバインダー(immunobinder(例えば、scFv))等の1つまたは複数の抗原結合性ポリペプチド、および1つまたは複数の浸透増強剤(例えば、PzペプチドまたはFMOCペプチド)を含む組成物を提供する。特定の実施形態では、抗原結合性ポリペプチドは、浸透増強剤に共有結合している。
【0010】
ある特定の実施形態では、抗原結合性ポリペプチドは、TNFアルファ、アミロイドベータ、アミロイドベータ由来拡散性リガンド受容体、モノアミンオキシダーゼB、L−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンデカルボキシラーゼ、アセチルCoAカルボキシラーゼ、N−メチル−D−アスパルテート受容体(GRIN1としても公知である)、GRINA、GRIN2A、GRIN2B、GRIN2C、GRIN2D、GRIN3A、GRIN3B、ヒスタミンH1受容体、ムスカリン様受容体(CHRM1としても公知である)、CHRM2、CHRM3、CHRM4、ヒポクレチン受容体1、ヒポクレチン受容体2、5−ヒドロキシトリプタミン(HTR1Aとしても公知である)、ドーパミン受容体(DRD1としても公知である)、DRD2、DRD3、DRD4、DRD5、アドレナリンベータ1受容体、ノルエピネフリン輸送体(NET)、およびドーパミンD2受容体からなる群より選択される標的抗原、特にTNFアルファに特異的に結合する。
【0011】
他の実施形態では、抗原結合性ポリペプチドは、本明細書の表5、6および7に記載の1つまたは複数のアミノ酸配列と少なくとも80%、好ましくは85%、90%、95%、または99%の同一性または類似性を持つアミノ酸配列を含むscFvである。
【0012】
他の実施形態では、浸透増強剤によって、中枢神経系への抗原結合性ポリペプチドの選択的な鼻腔内送達が促進される。
【0013】
本発明の組成物は、これらに限定しないが、特に、片頭痛、うつ病、アルツハイマー病、パーキンソン病、精神分裂病、てんかん、脳卒中、髄膜炎、筋萎縮性側索硬化症、不眠症、髄膜炎、記憶障害、多発性硬化症、ナルコレプシー、脳卒中、外傷性脳損傷、およびストレスを含めた神経性傷害を処置または予防するか、またはその進行を遅延させるための医薬品(または医薬品の製造)に特に有用である。
【0014】
別の態様では、本発明は、1つまたは複数の抗原結合性ポリペプチド(例えば、scFv)、1つまたは複数の浸透増強剤(例えば、PzペプチドまたはFMOCペプチド)、および使用説明書を含むキットを提供する。
【0015】
(図面の説明)
本開示の特徴および利点は、以下の詳細な説明を以下の図面と一緒に読むとより良く理解される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、scFvを400μg鼻腔内投与した後の、(A)嗅球、(B)大脳、(C)小脳、および(D)脳幹におけるESBA105の濃度を追跡する経時的実験を示すグラフである。
【図2】図2は、ESBA105を鼻腔内(400μg/mL)または静脈内(40μg/mL)のいずれかに投与した後の、(A)嗅球、(B)大脳、(C)小脳、(D)脳幹、および(E)血清におけるESBA105の濃度、ならびに鼻腔内または静脈内のいずれかに同じ濃度(400μg/mL)のESBA105を投与した後の(F)血清におけるESBA105の濃度を比較したグラフである。
【図3】図3は、Pzペプチド有りまたは無しで鼻腔内投与した後の、異なる脳領域におけるESBA105の(A)Cmax(平均値±SEM、n=4)および(B)曝露(AUC)脳組織対血中濃度比を示すグラフである。
【図4】図4は、鼻腔内送達後のESBA105の鼻腔からCNSへの移動経路を示す図である。投与された化合物は鼻腔から血中に移動し得、血液脳関門を通って最終的に脳組織内に浸透し得る(下の経路)。あるいは、化合物は、嗅神経(N.olfactorius)軸索を介して(すなわち、細胞内的)かまたは神経周囲的(perineurnally)(すなわち、細胞外的)に、嗅球、続いて大脳に移動し得る。化合物は、同様に、三叉神経(N.trigeminus)を介して(神経周囲的、すなわち細胞外的に)脳幹、次いで小脳に移動し得る。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(詳細な説明)
(定義)
「浸透増強剤」という用語は、薬物が組織関門(例えば上皮)等の物理的な関門を横切って通過することを増強する任意の組成物を包含する。適切な浸透増強剤としては、4−フェニルアゾベンジルオキシカルボニル(Pz)、N−メチル、t−ブチルオキシカルボニル(t−Boc)、フルオロエニルメチルオキシカルボニル(FMOC)、およびカルボベンゾキシ(CBZ)等の保護基にN末端で連結された、Pro−Leu−Gly−Pro−Arg(配列番号28)、Pro−Leu−Gly−Pro−Lys(配列番号29)、Pro−Leu−Gly−Pro−Glu(配列番号30)、Pro−Leu−Gly−Pro−Asp(配列番号31)、Pro−Leu−Gly−Pro(配列番号32)、Pro−Leu−GlyおよびPro−Leuペプチドが挙げられるが、これらに限定されない(例えば、参照により本明細書に援用される米国特許第5,534,496号を参照されたい)。
【0018】
「Pzペプチド」という用語は、Pz基にN末端で連結されたPro−Leu−Gly−Pro−Arg(配列番号28)を指す(例えば、参照により本明細書に援用される米国特許第5,534,496号を参照されたい)。
【0019】
「FMOCペプチド」という用語は、FMOC基にN末端で連結されたPro−Leu−Gly−Pro−Arg(配列番号28)を指す(例えば、参照により本明細書に援用される米国特許第5,534,496号を参照されたい)。
【0020】
「選択的な鼻腔送達」という用語は、分子(例えば、抗原結合性ポリペプチド)を、その分子の濃度が患者の血清よりもCNSにおいて高くなるような条件下で、患者に鼻腔内適用することを指す。
【0021】
「抗原結合性ポリペプチド」という用語は、少なくともサイズが10kDaであるポリペプチドを指し、イムノバインダー、モノクローナル抗体(全長モノクローナル抗体を含む)、ポリクローナル抗体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)、キメラ抗体、CDR移植抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、単鎖抗体(scFv)、および抗体断片、ならびに、これらに限定されないが、CTLA−4、テンダミスタット(tendamistat)、フィブロネクチン(FN3)、ネオカルチノスタチン、CBM4−2、リポカリン、T細胞受容体、プロテインAドメイン(プロテインZ)、Im9、設計アンキリン反復タンパク質(DARPin)、設計TPRタンパク質、亜鉛フィンガー、pVIII、鳥類膵臓ポリペプチド、GCN4、WWドメイン、Src相同ドメイン3(SH3)、Src相同ドメイン2(SH2)、PDZドメイン、TEM−1βラクタマーゼ、GFP、チオレドキシン、ブドウ球菌ヌクレアーゼ、PHDフィンガー、CI−2、BPT1、APPI、HPSTI、エコチン(ecotin)、LACI−D1、LDTI、MTI−II、サソリ毒、昆虫デフェンシンAペプチド、EETI−II、Min−23、CBD、PBP、シトクロムb562、Ld1受容体ドメインA、γ−クリスタリン、ユビキチン、トランスフェリン、およびC型レクチン様ドメイン等の当該分野で公知の代替の足場に基づく抗原結合性ポリペプチドが挙げられる(例えば、Binz、2005年、Curr Opin Biotechnol.16巻、459〜69頁を参照されたい)。
【0022】
「イムノバインダー」という用語は、抗体の抗原結合部位の全部または一部、例えば、重鎖可変ドメインおよび/または軽鎖可変ドメインの全部または一部を含有する分子を指し、したがって、イムノバインダーは、標的抗原を特異的に認識する。イムノバインダーの非限定的な例として、完全長の免疫グロブリン分子およびscFv、さらに、これらに限定されないが、(i)Fab断片、すなわち、Vドメイン、Vドメイン、CドメインおよびC1ドメインからなる一価の断片;(ii)F(ab’)断片、すなわち、ヒンジ領域においてジスルフィド架橋によって連結されている2つのFab断片を含む二価の断片;(iii)本質的には、ヒンジ領域の一部を有するFabであるFab’断片(Fundamental Immunology(Paul編、第3版、1993年)を参照されたい);(iv)VドメインおよびC1ドメインからなるFd断片;(v)抗体の単腕(single arm)のVドメインおよびVドメインからなるFv断片;(vi)VドメインまたはVドメインからなるDab断片(Wardら(1989年)Nature、341巻:544〜546頁)、ラクダ抗体(例えば、Hamers−Castermanら、Nature、363巻:446〜448頁(1993年)、およびDumoulinら、Protein Science、11巻:500〜515頁(2002年)を参照されたい)またはサメ抗体(例えば、サメIg−NAR Nanobodies(登録商標))等の単一ドメイン抗体;ならびに(vii)単一の可変ドメインおよび2つの定常ドメインを含有する重鎖可変領域であるナノボディを含めた、抗体断片が挙げられる。
【0023】
本明細書で使用する場合、「抗体」という用語は、「免疫グロブリン」の同義語である。本発明による抗体は、免疫グロブリン全体であってもよく、または免疫グロブリンの少なくとも1つの可変ドメインを含むそれらの断片、例としては、単一の可変ドメイン、Fv(Skerra A.およびPluckthun, A.(1988年)Science 240巻:1038〜41頁)、scFv(Bird, R.E. ら(1988年)Science 242巻:423〜26頁;Huston, J.S.ら(1988年)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85巻:5879〜83頁)、Fab、(Fab’)2、もしくは当業者に周知のその他の断片であってもよい。
【0024】
「単鎖抗体」または「scFv」という用語は、リンカーによって接続されている抗体の重鎖可変領域(V)および抗体の軽鎖可変領域(V)を含む分子を指す。そのようなscFv分子は、一般的な構造:NH−V−リンカー−V−COOHまたはNH−V−リンカー−V−COOHを有し得る。
【0025】
本明細書で使用する「抗体のフレームワーク」という用語は、可変ドメイン(VLまたはVHのいずれか)の一部を指し、これはこの可変ドメインの抗原結合性ループの足場として働く(Kabat, E.A.ら(1991年)Sequences of proteins of immunological interest.、NIH Publication、91〜3242頁)。適切なフレームワークの例は、参照により本明細書に援用されるPCT/CH2009/000219およびPCT/CH2009/000222に開示されている。
【0026】
「リンカー」という用語は、2つのドメインを連結する直鎖のアミノ酸配列を指す。本発明のリンカーを、ドメインに遺伝子的および/または化学的に融合させることができる。ある特定の実施形態では、リンカーは、リンカー内に存在する2つのシステイン間で形成されたジスルフィド架橋によって形成されたループを含有する。そのようなリンカーの一般的な構造は、配列番号18および19に示す;配列番号16および17は、前記リンカーの例示的な実施形態である。さらに適切な最先端のリンカーはGGGGSアミノ酸配列の反復からなるか、またはその改変体である。本発明の好ましい実施形態では、(GGGGS)リンカー(配列番号36)またはその誘導体(例えば配列番号37に使用される)が使用されるが、1〜3回反復の改変体も可能である(Holligerら、(1993年)、Proc. Natl. Acad. Sci.、USA、90巻:6444〜6448頁)。本発明に使用することができる他のリンカーは、Alfthanら(1995年)、Protein Eng.、8巻:725〜731頁、Choiら(2001年)、Eur. J. Immunol.、31巻:94〜106頁、Huら(1996年)、Cancer Res.、56巻:3055〜3061頁、Kipriyanovら(1999年)、J. Mol. Biol.、293巻:41〜56頁、およびRooversら(2001年)、Cancer lmmunol. Immunother.、50巻:51〜59頁に記載されている。
【0027】
ポリペプチドのアミノ酸配列に関する「改変」または「改変する」という用語は、ポリペプチド配列内へのアミノ酸の付加、またはポリペプチド配列中の既存のアミノ酸の置換の両方を指す。ポリペプチドを改変するのに適したアミノ酸は、すべての公知の天然アミノ酸、非天然アミノ酸、およびそれらの機能性誘導体を含む(例えば、それらの全体が参照により本明細書に援用される米国特許第7,045,337号および第7,083,970号を参照されたい)。ある特定の実施形態では、この用語は、ポリペプチド配列からのアミノ酸の欠失を指す。
【0028】
「標的抗原」とは、抗体が特異的に結合する抗原決定基を含有する分子(例えば、1つまたは複数の膜貫通ドメイン、ポリペプチド、ペプチドまたは糖質を有する可溶性タンパク質または膜結合タンパク質)である。
【0029】
「神経性障害」という用語は、中枢神経系(すなわち、脳および脊髄)に影響を及ぼす恐れがある疾患および障害を含む。
【0030】
CNS障害という用語は、CNSにおいて顕在化する障害を指す。例として、CNS障害は、脳腫瘍または神経性障害であり得る。
【0031】
「有効量」という用語は、患者において疾患または障害(例えば神経性障害)を部分的、または完全に予防または抑止するのに十分な治療用(例えば、抗原結合性ポリペプチド)の量として定義する。有効量は、疾患または障害の重症度ならびに利用される本発明の特定の組成物の活性、投与経路、投与時間、利用される特定の化合物の排出速度、処置の持続時間、利用される特定の組成物と組み合わせて使用される他の薬物、化合物および/または材料、処置される患者の年齢、性別、体重、病状、全体的な健康および以前の病歴を含めた種々の薬物動態因子、そして医学分野で周知の同様な因子に依存する。
【0032】
「患者」という用語は、予防処置または治療処置のいずれかを受けるヒトおよび他の哺乳動物の被験体を含む。
【0033】
「特異的結合」、「選択的結合」、「選択的に結合する」、および「特異的に結合する」という用語は、所定の抗原上のエピトープへの抗原の結合を指す。典型的には、抗体は、およそ、約10−8M、10−9Mまたは10−10M未満等、およそ、約10−7M未満の親和性(K)で結合する。
【0034】
本明細書で使用する「同一性」とは、2つのポリペプチド、分子の間、または2つの核酸の間で一致する配列を指す。比較した2つの配列のどちらの位置も同じ塩基またはアミノ酸モノマーサブユニットによって占有されている場合(例えば、2つのDNA分子それぞれのある位置が、アデニンによって占有されている、または2つのポリペプチドそれぞれのある位置が、リジンによって占有されている場合)、それぞれの分子は、その位置において同一である。2つの配列間の「パーセント同一性」は、2つの配列に共有される一致する位置の数を、比較した位置の数で割った数×100の関数である。例えば、2つの配列の10個の位置のうち6個の位置が一致する場合、2つの配列は60%の同一性を有する。例として、DNA配列CTGACTとCAGGTTとは50%の同一性を共有する(全部で6個の位置のうち3個が一致する)。一般に、比較は最大の同一性が得られるように2つの配列をアライメントして行う。そのようなアライメントは、例えば、Alignプログラム(DNAstar,Inc.)等のコンピュータプログラムによって好都合に実行される、Needlemanら、(1970年)J. Mol. Biol.、48巻、443〜453頁の方法を使用してもたらすことができる。2つのアミノ酸配列間のパーセント同一性は、ALIGNプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている、E. MeyersおよびW. Miller、(Comput. Appl. Biosci.、4巻:11〜17頁(1988年))のアルゴリズムを使用して、PAM120ウェイト残基表、ギャップレングスペナルティ12およびギャップペナルティ4を使用して決定することもできる。さらに、2つのアミノ酸配列間のパーセント同一性は、GCGソフトウェアパッケージ(www.gcg.comで入手可能)内のGAPプログラムに組み込まれている、NeedlemanおよびWunsch(J. Mol. Biol.、48巻:444〜453頁(1970年))のアルゴリズムを使用して、Blossum62マトリックスまたはPAM250マトリックスのいずれか、ならびにギャップウェイト16、14、12、10、8、6または4およびレングスウェイト1、2、3、4、5または6を使用して決定することができる。
【0035】
「類似した」配列は、アライメントした際に、同一のアミノ酸残基および類似したアミノ酸残基を共有している配列であり、類似した残基は、アライメントした参照配列内の対応するアミノ酸残基への保存的置換である。この点に関して、参照配列内の残基の「保存的置換」は、対応する参照残基に物理的または機能的に類似している残基、例えば、類似したサイズ、形、電荷、共有結合または水素結合を形成する能力を含めた化学的性質などを有する残基による置換である。したがって、「保存的置換改変された」配列は、1つまたは複数の保存的置換が存在するという点で参照配列または野生型配列と異なる配列である。2つの配列間の「類似性の割合」は、2つの配列に共有される一致する残基または保存的置換を含有する位置の数を、比較した位置の数で割った数×100の関数である。例えば、2つの配列の10個の位置のうち6個が一致し、10個の位置のうち2個が保存的置換を含有する場合、その2つの配列は80%の正の類似性を有する。
【0036】
本明細書で使用する「保存的配列改変」という用語は、そのアミノ酸配列を含有する抗体の結合特性に負の影響を及ぼすかまたは変化を与えることのないアミノ酸改変を指すものとする。そのような保存的配列改変は、ヌクレオチドおよびアミノ酸の置換、付加および欠失を含む。例えば、改変は、部位特異的変異誘発およびPCR媒介変異誘発等の当該分野で公知の標準技法によって導入することができる。保存的アミノ酸置換は、アミノ酸残基が、類似した側鎖を有するアミノ酸残基で置き換わったものを含む。類似した側鎖を有するアミノ酸残基のファミリーは当該分野で定義されている。これらのファミリーとして、塩基性側鎖を持つアミノ酸(例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖を持つアミノ酸(例えば、アスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電の極性側鎖を持つアミノ酸(例えば、グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、チロシン、システイン、トリプトファン)、非極性側鎖を持つアミノ酸(例えば、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン)、ベータ分岐した側鎖を持つアミノ酸(例えば、トレオニン、バリン、イソロイシン)および芳香族側鎖を持つアミノ酸(例えば、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)が挙げられる。したがって、ヒト抗VEGF抗体内の予測される非必須アミノ酸残基は、同じ側鎖ファミリーからの別のアミノ酸残基で置き換えられることが好ましい。抗原結合性を除去しない、ヌクレオチドおよびアミノ酸の保存的置換を同定する方法は、当該分野で周知である(例えば、Brummellら、 Biochem.、32巻:1180〜1187頁(1993年);Kobayashiら、Protein Eng.、12巻(10号):879〜884頁(1999年);およびBurksら、Proc. Natl. Acad. Sci.、USA、94巻:412〜417頁(1997年)を参照されたい)。
【0037】
別段の定義がない限り、本明細書で使用するすべての科学技術用語は、本発明が属する分野の一般的な業者が通常理解する意味と同じ意味を有する。本明細書に記載するものに類似のまたはそれらと同等な方法および材料を、本発明を実施または試験する際に使用することができるが、適切な方法および材料を以下に記載する。対立が生じた場合には、定義を含む、本明細書が優先する。さらに、材料、方法および実施例は、例証のために限られ、本発明を限定するものではない。
【0038】
本発明の種々の態様を、以下のサブセクションにおいてさらに詳細に記載する。種々の実施形態を随意に組み合わせることができることが理解されるべきである。
【0039】
(改良した抗原結合性ポリペプチド組成物)
一態様では、本発明は、抗原結合性ポリペプチド(例えば、scFv)等の治療用ポリペプチドを、組織関門を横切って、より具体的には鼻粘膜を横切ってCNSに送達することを増強するための組成物を提供する。そのような組成物は、一般に、抗原結合性ポリペプチドおよび浸透増強剤を含む。これらの組成物は、中枢神経系への抗原結合性ポリペプチドの選択的鼻腔内送達が可能であるという点で特に有利である。今日、生物製品は、典型的には、全身投与され、したがって高用量の薬物および/またはそれを必要とする生物を薬物に供することが必要とされている;あるいは、生物製品は、頭側カニューレによって投与される可能性がある。したがって、本発明により、抗原結合性ポリペプチドを必要とする被験体の生活の質が著しく改善される。
【0040】
任意の抗原結合性ポリペプチドが、本発明の方法で使用するのに適している。ある特定の実施形態では、抗原結合性ポリペプチドはscFv等のイムノバインダーである。そのようなscFvは、その内容が参照によって本明細書に援用されるWO09/000098に記載されたもののような安定性および溶解性が高いフレームワーク領域を含むことが好ましい。特定の好ましい実施形態では、scFvは、表5、6および7に記載の1つまたは複数のアミノ酸配列に対して少なくとも80%(例えば、85%、90%、95%または99%)の類似性を持つアミノ酸配列を含む。最も好ましくは、scFvは、表5、6および7に記載の1つまたは複数のアミノ酸配列に対して少なくとも80%の同一性、好ましくは85%、90%、95%、または99%の同一性を持つアミノ酸配列を含む。
【0041】
好ましい実施形態では、前記scFvは、配列番号20、配列番号21、配列番号22、配列番号23、配列番号24、配列番号25、配列番号26、または配列番号27に対して少なくとも80%(例えば85%、90%、95%または99%)の類似性、より好ましくは少なくとも80%の同一性、さらにより好ましくは85%、90%、95%、または99%の同一性を有するフレームワーク配列を含む。
【0042】
別の実施形態では、前記scFvは、配列番号6、配列番号7、配列番号8、配列番号9、配列番号10、または配列番号35に対して少なくとも80%(例えば、85%、90%、95%または99%)の類似性、より好ましくは少なくとも80%の同一性、さらにより好ましくは85%、90%、95%または99%の同一性を持つアミノ酸配列を含むVHドメインを含む。それに加えてまたはその代わりに、前記scFvは、配列番号11、配列番号12、配列番号13、配列番号14、配列番号15、または配列番号34に対して少なくとも80%(例えば、85%、90%、95%または99%)の類似性、より好ましくは少なくとも80%の同一性、さらにより好ましくは85%、90%、95%または99%の同一性を持つアミノ酸配列を含むVLドメインを含む。一実施形態では、前記VHおよび/またはVLは、リンカーによって連結されて、一般的な構造NH2−VH−リンカー−VL−COOHまたはNH2−VL−リンカー−VH−COOHを有する分子を生じる。前記リンカー分子は、例えば、配列番号16、配列番号17、配列番号18、配列番号19、配列番号36および配列番号37からなる群から選択することができ、またはそれらに対して少なくとも80%の類似性を有する配列である。
【0043】
好ましい実施形態では、scFvは、配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、または配列番号33に対して少なくとも80%(例えば、85%、90%、95%または99%)の類似性、より好ましくは少なくとも80%の同一性、さらにより好ましくは85%、90%、95%または99%の同一性を持つアミノ酸配列を含む。
【0044】
任意の浸透増強剤を本発明の組成物に使用することができる。ある特定の実施形態では、浸透増強剤は、保護基に連結されたペプチドまたはペプチド模倣物である。本発明で使用するのに適したペプチドは、天然アミノ酸、天然ではないアミノ酸、D−アミノ酸、およびアミノ酸誘導体を含めた任意の公知のアミノ酸を含有し得る。特定の実施形態では、浸透増強剤は、4−フェニルアゾベンジルオキシカルボニル(Pz)、N−メチル、t−ブチルオキシカルボニル(t−Boc)、フルオロエニルメチルオキシカルボニル(FMOC)、およびカルボベンゾキシ(CBZ)等の保護基にN末端で連結されたPro−Leu−Gly−Pro−Arg(配列番号28)、Pro−Leu−Gly−Pro−Lys(配列番号29)、Pro−Leu−Gly−Pro−Glu(配列番号30)、Pro−Leu−Gly−Pro−Asp(配列番号31)、Pro−Leu−Gly−Pro(配列番号32)、Pro−Leu−GlyおよびPro−Leuからなる群から選択されるペプチドである(例えば、参照により本明細書に援用される米国特許第5,534,496号を参照されたい)。好ましい実施形態では、浸透増強剤は、Pz基またはFMOC基にN末端で連結されたPro−Leu−Gly−Pro−Arg(配列番号28)である(例えば、参照により本明細書に援用される米国特許第5,534,496号を参照されたい)。
【0045】
浸透増強剤および抗原結合性タンパク質が、単一の薬学的組成物で標的組織に一緒に送達(co−deliver)されてもよく、または浸透増強剤および抗原結合性タンパク質の送達が、別個の組成物で投与することによって時間的に隔てられてもよいことは、本発明の範囲内と考える。
【0046】
さらに、浸透増強剤が、抗原結合性タンパク質に結合体化されてもよいことも本発明の範囲内と考える。当該分野で公知の物理的または化学的な結合体化様式すべてが考えられる。化学基をアミノ酸、アミノ酸誘導体またはアミノ酸模倣物に結合体化するために、当該分野で公知の任意の適切な化学を利用することができる。リジン残基、システイン残基およびヒスチジン残基を含めた、抗原結合性タンパク質の任意のアミノ酸残基に結合体化することができる。
【0047】
ある特定の実施形態では、本発明の組成物は、上記の抗原結合性タンパク質と一緒に送達するのに適した追加の化合物を含んでもよい。そのような薬物として、小分子、向知性薬(nootropic)、ポリペプチド、およびオリゴヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されない。
【0048】
本発明の組成物は、これらに限定されないが、粘膜上皮(例えば鼻の上皮)および角膜組織を含めた任意の生体膜のタイトジャンクションを横切って、抗原結合性タンパク質を送達するために使用することができる。鼻の上皮に本発明の組成物を投与すると、抗原結合性タンパク質が、好ましくは血流に第一に入ることなくCNSに直接的かつ特異的に送達されるので、特に好ましい標的膜は鼻の上皮である。
【0049】
(CNS障害の処置)
本発明の組成物は、そのような組成物によって、鼻粘膜を介して抗原結合性ポリペプチドをCNSに直接的かつ選択的に送達することが可能になるので、CNS障害を処置または予防するか、および/またはその進行を遅延させるのに特に適している。本発明の組成物を使用して処置するのに適切な障害として、行動/認知症候群、頭痛障害(例えば、片頭痛、群発頭痛および緊張性頭痛)、てんかん、外傷性脳損傷、神経変性障害(例えば、副腎脳白質ジストロフィー)、アルコール症、アレキサンダー病、アルパーズ病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ルー・ゲーリグ病としても公知である)、毛細血管拡張性運動失調症、バッテン病(シュピールマイアー・フォークト・シェーグレン・バッテン病としても公知である)、ウシ海綿状脳症、キャナヴァン病、脳性麻痺、コケーン症候群、皮質基底核変性症、クロイツフェルト・ヤコブ病、家族性致死性不眠症、前頭側頭葉変性症、ハンチントン病、HIV関連痴呆、ケネディ症候群、クラッベ病、レヴィー小体痴呆、神経ボレリア症、マシャド・ジョセフ病(3型脊髄小脳性運動失調)、多系統萎縮症、多発性硬化症、ナルコレプシー、ニーマン・ピック病、パーキンソン病、ペリツェーウス‐メルツバッヒャー病、ピック病、原発性側索硬化症(Primary lateral sclerosis)、プリオン病、進行性核上性麻痺、レフサム病、サンドホフ病、シルダー病、悪性の貧血に続発する脊髄の亜急性連合変性症(Sub−acute combined degeneration)、脊髄小脳性運動失調症、脊髄性筋萎縮症、スティール・リチャードソン・オルスゼフスキー症候群、背側ろう、および中毒性脳症、脳血管障害(例えば、一過性脳虚血発作および脳卒中)、睡眠障害、脳性麻痺、感染症(例えば、脳炎、髄膜炎、および脊髄炎)、新生物(例えば脳および脊髄腫瘍)、運動障害(例えば、片側バリズム、チック障害、およびジル・ドゥ・ラ・トゥレット症候群)、CNSの脱髄性疾患(例えば、多発性硬化症、ギラン・バレ症候群、および慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー)、末梢神経の障害(例えば、ミオパチーおよび神経筋接合部)、精神状態の変化(例えば、脳症、昏迷、および昏睡)、言語障害、腫瘍随伴性神経学的症候群、および明白な生理学的原因がない機能的な神経学的症候群を有する症候群が挙げられるが、これらに限定されない。
【0050】
したがって、別の態様では、本発明は中枢神経系の疾患または障害を処置または予防する方法を提供し、その方法は、疾患または障害が処置または予防されるように、その処置を必要とする被験体の鼻粘膜に、抗原結合性ポリペプチド(例えば、scFv)および浸透増強剤(例えばPzペプチド)を含む組成物を有効量投与することを含む。
【0051】
さらに別の態様では、本発明は被験体の中枢神経系に抗原結合性ポリペプチドを選択的に送達する方法を提供し、その方法は、抗原結合性ポリペプチド(例えば、scFv)および浸透増強剤(例えばPzペプチド)を含む組成物を被験体の鼻粘膜と接触させることを含み、それによって抗原結合性ポリペプチドが直接的かつ選択的に中枢神経系に送達される。
【0052】
(標的抗原)
本発明の方法で使用される抗原結合性ポリペプチドは、1つまたは複数の特異的な標的抗原に結合し得る。適切な標的抗原としては、TNFアルファ(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000585.2)、アミロイドベータ(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000475.1)、アミロイドベータ由来拡散性リガンド受容体(例えば、WO/2004/031400を参照されたい)、モノアミンオキシダーゼB(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000889.3)、L−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンデカルボキシラーゼ(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000781.1)、アセチルCoAカルボキシラーゼ(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_942131.1)、N−メチル−D−アスパルテート受容体(aeceptor)(GRIN1としても公知である)(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000823.4)、GRINA(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000828.1)、GRIN2D(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000827.2)、GRIN2C(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000826.2)、GRIN3B(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_619635.1)、GRIN2A(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000824.1)、GRIN2B(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000825.2)、GRIN3A(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_597702.2)、ヒスタミンH1受容体(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000852.1)、ムスカリン様受容体(CHRM1としても公知である)(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000729.2)、CHRM2(NP_000730.1)、CHRM3(NP_000731.1)、CHRM4(NP_000732.2)、ヒポクレチン受容体1(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_001516.2)、ヒポクレチン受容体2(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_001517.2)、5−ヒドロキシトリプタミン(HTR1Aとしても公知である)(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000515.2)、ドーパミン受容体(DRD1としても公知である)(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000785.1)、DRD2(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000786.1)、DRD3(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000787.2)、DRD4(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000788.2)、DRD5(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000789.1)、ノルエピネフリン輸送体(NET)(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_001034.1)、アドレナリンベータ1受容体(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000675.1)およびドーパミンD2受容体(例えば、Genbankアクセッション番号:NP_000786.1)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0053】
(処方)
本発明の別の態様は、本発明の抗原結合性ポリペプチド/浸透増強剤組成物の薬学的処方に関係する。そのような処方は、典型的には1つまたは複数の抗原結合性ポリペプチド、1つまたは複数の浸透増強剤、および薬学的に許容できる担体を含む。本明細書で使用する「薬学的に許容できる担体」は、生理学的に適合する、任意かつ全ての溶媒、分散媒、コーティング剤、抗細菌剤および抗真菌剤、等張剤および吸収遅延剤等を含む。担体は、例えば、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、局所(例えば、眼、皮膚、または上皮層への)投与、吸入による投与、非経口投与、脊髄投与または上皮投与(例えば、注射または注入によって)に適することが好ましい。投与経路に応じて、抗原結合性ポリペプチド/浸透増強剤組成物は、化合物を不活性化する恐れがある、酸による作用および他の自然条件から化合物を保護するために、材料でコーティングすることができる。
【0054】
本発明の薬学的組成物は、1つまたは複数の薬学的に許容できる塩を含んでもよい。「薬学的に許容できる塩」とは、親化合物の望ましい生物活性を保持し、任意の望ましくない毒性作用を与えない塩を指す(例えば、Berge, S. M.ら(1977年)J.Pharm. Sci.、66巻:1〜19頁を参照されたい)。そのような塩の例として、酸付加塩および塩基付加塩が挙げられる。酸付加塩としては、例えば、塩酸、硝酸、リン酸、硫酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、亜リン酸等の無毒性無機酸由来の塩、ならびに例えば、脂肪族モノカルボン酸および脂肪族ジカルボン酸、フェニル置換アルカン酸、ヒドロキシアルカン酸、芳香族酸、脂肪族スルホン酸および芳香族スルホン酸等の無毒性有機酸由来の塩が挙げられる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム等のアルカリ土類金属由来の塩、ならびに例えば、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、N−メチルグルカミン、クロロプロカイン、コリン、ジエタノールアミン、エチレンジアミン、プロカイン等の無毒性有機アミンに由来する塩が挙げられる。
【0055】
本発明の薬学的組成物は、薬学的に許容できる抗酸化剤も含んでもよい。薬学的に許容できる抗酸化剤の例としては、(1)例えば、アスコルビン酸、塩酸システイン、重硫酸ナトリウム、メタ重亜硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム等の水溶性抗酸化剤;(2)例えば、パルミチン酸アスコルビル、ブチル化ヒドロキシアニソール(BHA)、ブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)、レシチン、没食子酸プロピル、アルファトコフェロール等の油溶性抗酸化剤;および(3)例えば、クエン酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ソルビトール、酒石酸、リン酸等の金属キレート剤が挙げられる。
【0056】
本発明の薬学的組成物に利用することができる適切な水性担体および非水性担体の例としては、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、およびその適切な混合物、オリーブ油等の植物油、ならびにオレイン酸エチル等の注射可能有機エステルが挙げられる。例えば、レシチン等のコーティング材料を使用することによって、分散液の場合は必要な粒子サイズを維持することによって、および界面活性剤を使用することによって、適切な流動性を維持することができる。
【0057】
これらの組成物は、保存料、加湿薬、乳化剤および分散剤等のアジュバントも含有してもよい。微生物の存在の予防は、上記の滅菌手順、ならびに種々の抗細菌剤および抗真菌剤、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、ソルビン酸等を含めることの両方によって確実にすることができる。また、例えば糖、塩化ナトリウム等の等張剤をこの組成物に含めることが望ましい場合もある。さらに、モノステアリン酸アルミニウムおよびゼラチン等の吸収を遅延させる薬剤を含めることによって、注射可能薬学的形態の持続的な吸収を導くことができる。
【0058】
薬学的に許容できる担体は、滅菌水溶液または滅菌分散液および滅菌注射可能溶液または滅菌注射可能分散液を即時調製するための滅菌粉末を含む。薬学的に活性な物質のためのそのような媒体および薬剤の使用は、当該分野で公知である。任意の従来の媒体または薬剤が活性化合物と適合しない場合を除いて、本発明の薬学的組成物へのその使用が考えられる。追加の活性化合物も組成物中に組み込むことができる。
【0059】
薬学的組成物は、典型的には、製造および保管の条件下で滅菌されていて、かつ安定でなければならない。この組成物は、溶液、マイクロエマルジョン、リポソーム、または高薬物濃度に適した他の規則的構造体として処方することができる。担体は、例えば、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、および液体ポリエチレングリコール等)、およびその適切な混合物を含有する溶媒または分散媒であってもよい。例えば、レシチン等のコーティングを使用することによって、分散液の場合は必要な粒子サイズを維持することによって、および界面活性剤を使用することによって、適切な流動性を維持することができる。多くの場合、等張剤、例えば、糖、マンニトール、ソルビトール等のポリアルコール、または塩化ナトリウムを組成物に含めることが好ましい。吸収を遅延させる薬剤、例えばモノステアリン酸塩およびゼラチンを組成物に含めることによって、注射可能組成物の持続的な吸収を導くことができる。
【0060】
滅菌注射可能溶液は、適切な溶媒中に、必要量の活性化合物と上記に列挙した成分の1つまたはそれらの組み合わせを必要に応じて一緒に組み込み、続いて微細濾過滅菌することによって調製することができる。一般に、分散液は、基本の分散媒および上記に列挙したものからの必要な他成分を含有する滅菌ビヒクルに活性化合物を組み込むことによって調製される。滅菌注射可能溶液を調製するための滅菌粉末の場合、好ましい調製方法は、あらかじめ滅菌ろ過したその溶液から、活性成分に任意の追加の所望の成分を加えた粉末が得られる、真空乾燥およびフリーズドライ(freeze−drying)(凍結乾燥(lyophilization))である。
【0061】
単回投与剤形を生成するための担体材料と組み合わせることができる活性成分の量は、処置される被験体および特定の投与様式によって変わる。単回投与剤形を生成するための、担体材料と組み合わせることができる活性成分の量は、一般に、治療効果を生じる組成物の量である。一般に、薬学的に許容できる担体と組み合わせて、100パーセント中、この量は約0.01パーセント〜約99パーセントの活性成分、好ましくは約0.1パーセント〜約70パーセント、最も好ましくは約1パーセント〜約30パーセントの活性成分の範囲である。
【0062】
最適な所望の応答(例えば、治療応答)をもたらすために投与レジメンを調節する。例えば、単回ボーラス投与してもよく、いくつかに分けた用量を徐々に投与してもよく、または治療状況の緊急性によって示される通りに、用量を比例的に低下または増加させてもよい。投与を容易にし、用量を均一にするために、非経口用組成物を単位用量剤形に処方することが特に有利である。本明細書で使用する単位用量剤形とは、処置される被験体に対する単位用量として適合させた物理的に別々の単位を指し、各単位は、必要な薬学的担体と共同して所望の治療効果を生じるように計算された所定量の活性化合物を含有する。本発明の単位用量剤形の仕様は、(a)活性化合物の独特な特性および実現すべき特定の治療効果、および(b)個体における感受性の処置のためのそのような活性化合物を化合する技術分野に固有の制限によって決定され、直接左右される。
【0063】
本発明の別の態様は、本発明の薬学的組成物の投与方法である。代表的な送達レジメンが経口非経口(皮下、筋肉内、および静脈内を含む)、直腸、頬側、舌下、肺、経皮、鼻腔内、および経口を含み得ることは本発明の範囲内と考える。好ましい送達レジメンはである。
【0064】
鼻腔内投与するために、固体または液体いずれかの担体を使用することができる。固体担体は、例えば、約20〜約500ミクロンの範囲の粒子サイズを有する粗い粉末を含み、そのような処方物は鼻道を通じて迅速に吸入されることによって投与される。液体担体が使用される場合、処方物はスプレー式点鼻薬または点鼻液として投与することができ、活性成分の油溶液または水溶液を含んでもよい。
【0065】
鼻腔内投与に適した処方物は、活性化合物を含有し、望ましくは0.5〜7ミクロンの範囲の直径を有する粒子がレシピエントの気管支樹内に送達されるようにもたらされる。一可能性として、そのような処方物は、吸入装置で使用するための穴があくカプセル、適切には、例えばゼラチンのカプセルで、あるいは、活性化合物、適切な液体または気体の噴霧剤、および場合によって界面活性剤および/または固体希釈剤等の他の成分を含む自己噴霧処方物としてのいずれかで好都合にもたらされ得る、細かく粉砕された粉末の形態である。適切な液体噴霧剤はプロパンおよびクロロフルオロカーボンを含み、適切な気体噴霧剤は二酸化炭素を含む。自己噴霧処方物は、活性化合物が溶液または懸濁物の液滴の形態で調剤される場合にも利用することができる。そのような自己噴霧処方物は、当該分野で公知の自己噴霧処方物に類似し、確立された手順によって調製することができる。自己噴霧処方物は、所望の噴霧特性を有する手動または自動いずれかの機能性バルブを備えた容器でもたらされることが適切であり、このバルブが、操作されるごとに固定量、例えば25〜100μlを送達する計量型のバルブであることが有利である。別の可能性として、活性化合物は、加速気流または超音波攪拌を利用して吸入用の細かい液滴ミストを生じるアトマイザーまたはネブライザー(nebuliser)で使用するための溶液または懸濁物の形態であってもよい。鼻腔内で保持可能にするために、調剤する際、そのような処方物は、望ましくは10〜200ミクロンの範囲の粒子直径を有するべきであり、これは、必要に応じて適切な粒子サイズの粉末を使用すること、または適切なバルブを選出することによって実現することができる。他の適切な処方物は、鼻に近づけて保持した容器から鼻道を通って迅速吸入することによって投与するための、20〜500ミクロンの範囲の粒子直径を有する粗い粉末、および水性または油性の溶液または懸濁物中、0.2〜5%w/vの活性化合物を含む点鼻液を含む。
【0066】
(組成物の使用)
本発明の組成物は、例えば、神経性障害を処置、予防するか、および/またはその進行を遅延させるための医薬品として使用することができる。したがって、本明細書で開示する組成物は、神経性障害の処置または予防に有用な医薬品の製造に使用することができる。
【0067】
好ましい実施形態では、そのような障害は、片頭痛、うつ病、アルツハイマー病、パーキンソン病、精神分裂病、てんかん、脳卒中、髄膜炎、筋萎縮性側索硬化症、不眠症、髄膜炎、記憶障害、多発性硬化症、ナルコレプシー、脳卒中、外傷性脳損傷、およびストレスからなる群より選択される。
【0068】
組成物は、鼻腔内送達用に処方されることが好ましい。
【実施例】
【0069】
(実施例)
本開示を以下の実施例によってさらに例示するが、さらに限定するものであると解釈されるべきではない。
【0070】
一般に、本発明の実行には、別段の指定がない限り、化学、分子生物学、組換えDNA技術、および免疫学(特に、例えば免疫グロブリンの技術)の従来の技法を利用する。例えば、Sambrook、FritschおよびManiatis、Molecular Cloning: Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989年);Antibody Engineering Protocols(Methods in Molecular Biology)、510頁、Paul, S.、Humana Pr(1996年);Antibody Engineering:A Practical Approach(Practical Approach Series、169頁), McCafferty編、Irl Pr(1996年);Antibodies:A Laboratory Manual、Harlowら、 C.S.H.L. Press, Pub.(1999年);Current Protocols in Molecular Biology、Ausubelら編、John Wiley & Sons(1992年)を参照されたい。例えば、Polytherics US6803438;EP1701741A2;EP1648518A2;W005065712A2;WO05007197A2;EP1496941A1;EP1222217B1;EP1210093A4;EP1461369A2;WO03089010A1;WO03059973A2;およびEP1210093A1);Genentech US20070092940A1およびEP1240337B1;およびESBATech U.S.S.N.60/899,907、PCT/CH2009/000225、PCT/CH2009/000222,PCT/CH2009/000222、WO06/131013およびWO03097697A2も参照されたい。
【0071】
(ESBA105の精製)
分子量26.3kDaの抗TNFアルファ単鎖抗体断片であるESBA105を、前述の通りEscherichia coli宿主細胞から精製した(Furrerら(2009年)Invest Opthalmol Vis Sci、50巻、771〜778頁;Ottigerら(2009年)Invest Opthalmol Vis Sci、50巻、779〜786頁)。簡単に述べると、ESBA105を、E.coli BL21(DE3)での組換え発現、封入体からのリフォールディング、続いてサイズ排除クロマトグラフィーによって作製した。動物試験のために、ESBA105を50mMのリン酸ナトリウム、150mMのNaCl(pH6.5)中、10mg/ml(鼻腔内投与用)または0.5mg/ml(静脈注射用)で処方した。LAL凝固アッセイで決定したエンドトキシン含有量は、インビボ実験に使用したすべての処方物中で0.1EUを下回った。
【0072】
(エバンスブルーの鼻腔内投与)
タンパク質をCNSにターゲティングするための最適条件を、0.9%NaCl中0.3%エバンスブルーを、鼻腔内経路を介してBalb/cマウスに投与することによって最初に決定した。次いで動物を、事前に決めた時点においてCO吸入によって屠殺し、その肺および胃を収集し、エバンスブルーの存在について視覚的に検査した。動物を仰臥位でのイソフルラン(Provet、Lyssach、Switzerland)による麻酔下に保ち、各鼻孔を、エバンスブルー2μlで、5分間隔で、合計40μlに達するまで(45分)処置することによって最適条件を得た(表1)。結果的に、本明細書に記載のすべての実施形態における、ESBA105の鼻腔内投与のためにこのプロトコルを使用した。
【0073】
(ESBA105の鼻腔内投与および静脈内投与)
すべての動物の前採取血液(prebleed)を、ESBA105を用いた鼻腔内または静脈内への投薬の10日前に採取した。イソフルラン(Provet、Lyssach、Switzerland)による麻酔下でESBA105の鼻腔内投与を行った。マウスを仰臥位に置き、合計40μl(400μg)のESBA105を、2μlの液滴をピペットで取り、各鼻孔に5分ごと、全部で45分間にわたって処置することによって投与した。鼻腔内PK試験のために、最初の鼻腔内点滴注入の1、2、4、6、8、10、12、および24時間後に、4匹の動物を屠殺した。一部の実験では、一過的、可逆的にタイトジャンクションの開口を誘発することによって傍細胞マーカーの輸送を容易にする浸透増強剤であるPzペプチド(4−フェニルアゾベンゾキシカルボニル−Pro−Leu−Gly−Pro−D−Arg;Bachem、Bubendorf、Switzerland)(YenおよびLee(1994年)Journal of Controlled Release、28巻、97〜109頁)3mMをESBA105処方物に加えた。最初の投与の1、2、および4時間後に4匹の動物を屠殺した。静脈内注射するために、マウスを拘束器(restrainer)に置き、40μg(80μl)のESBA105を尾静脈に注射した。静脈内用量は、400μgのESBA105の鼻腔内投与で、期間4時間にわたって観察された血中濃度−時間曲線下面積(AUC)に従って、全身曝露に最も近づくように選出した。各時点(1、2、および4時間)で2匹の動物を屠殺した。屠殺する際に、マウスをケタミン(Ketasol100、65mg/kg;Pharmacy、Schlieren、Switzerland)、キシラジン(Rompun、13mg/kg;Provet、Lyssach、Switzerland)およびアセプロマジン(Prequillan、2mg/kg;Arovet、Zollikon、Switzerland)の混合物を用いて深く麻酔した。血液試料を心臓穿刺によって採取した後、PBS20mlを用いてマウスを灌流した。脳を慎重に収集し、嗅球、視床および視床下部を含む大脳、小脳ならびに脳幹に解剖した。その組織を秤量し、ドライアイス上で凍結させ、分析するまで−80℃で保管した。
【0074】
(組織の調製)
分析のために組織を下記の通り調製した。溶解緩衝液(10mMのトリス、pH7.4、0.1%SDS、プロテイナーゼインヒビターカクテル(Roche Diagnostics、Rotkreuz、Switzerland))100μlを、脳組織15mgに加えた。組織を5秒間超音波処理し(8サイクル、強度100%)(Sonoplus、Bandelin、Berlin、Germany)、遠心分離し、その上清をELSAに基づくESBA105濃度の決定に供した。
【0075】
(血清および脳組織におけるESBA105の定量化)
ESBA105濃度を、各試料を直接ELSAにおいて3連で測定することにより決定した。96ウェルプレート(NUNC MaxiSorp;Omnilab、Mettmenstetten、Switzerland)を0.5μg/mlのヒトTNFアルファ(Peprotech、London、UK)を用いて、PBS中、4℃で一晩コーティングした。続くステップの各間に、マイクロプレートウォッシャー(ASYS Atlantis、Salzburg、Austria)を使用して、TBS−T(0.005%Tween20;Axon Lab、Baden−Daettwyl、Switzerland)用いてプレートを3回洗浄した。PBS/1%BSA/0.2%Tween20中で1.5時間インキュベートすることによって非特異的結合部位を飽和させた。各試料の前希釈物を、それぞれのマトリックス(嗅球、大脳、小脳、脳幹または血清)10%を含有する希釈緩衝液(PBS、0.1%BSA、0.2%Tween20)に調製した。希釈緩衝液/それぞれのマトリックス10%において、ESBA105の標準の参照希釈系列(50〜0.5ng/ml)を調製した。次いで、前希釈した試料および標準の参照希釈液をウェルに加え、プレートを室温で1.5時間インキュベートした。希釈緩衝液中に1:20,000希釈したビオチン化したアフィニティ精製したポリクローナルウサギ抗ESBA105抗体(AK3A、ESBATech、Schlieren、Switzerland)を用いて、結合したESBA105を検出した(1.5時間、室温)。今度は、AK3Aを、0.2ng/ml(希釈緩衝液)の濃度で、ポリ−西洋ワサビペルオキシダーゼストレプトアビジン(Stereospecific Detection Technologies、Baesweiler、Germany)を用いて検出した。POD(Roche Diagnostics、Rotkreuz、Switzerland)をペルオキシダーゼの基質として使用し、呈色反応を、2〜20分後に(呈色の強度による)、1MのHClを加えることによって停止させた。プレートリーダー(Sunrise;Tecan、Maennedorf、Switzerland)で450nmにおける吸光度を測定し、試料中のESBA105の濃度を、標準曲線からの多項回帰によって計算した(GraphPad Prism 4.03;GraphPad Software,Inc.、San Diego、CA)。ESBA105の定量下限濃度(LOQ)は、それぞれ、血清において5ng/mlおよび脳組織において33ng/mlであった。数学的評価およびグラフ表示のために、生じたシグナルが定量化の下限を下回った希釈していない試料をLOQに設定した。
【0076】
(実施例1)
(鼻腔内投与の様式)
本実施例は、鼻への低量投与がCNSへの特異的送達をもたらすことを実証する。CNSに薬物を効率的かつ特異的に送達するために、適用された物質が鼻腔内に残存する必要があるが、いくつかの研究により、鼻腔内に適用された物質は、呼吸および経口摂取によって呼吸器系および消化管に移動する可能性があることが示されている(Eylesら(1999年)Int J Pharm、189巻、75〜79頁;Klavinskisら(1999年)J Immunol、162巻、254〜262頁;Lundholmら(1999年)Vaccine、17巻、2036〜2042頁;Trolleら(2000年)Vaccine、18巻、2991〜2998頁)。いくつもの態様(例えば、麻酔、動物の体位、ならびに投与の量および頻度)が、鼻腔内に投与された化合物の滞留時間に影響を与え得ることが当業者には理解される。上記の鼻腔内投与プロトコルを使用して、エバンスブルーを、鼻腔内適用後に色素の投与後分布を査定するためのトレーサーとして使用した。エバンスブルー40〜50μlを、いくつかの異なる方法によって鼻腔内投与した。第1に、仰臥位に保持した、麻酔したマウスまたは機敏なマウスのいずれかに単一用量を与え、その結果、どちらの場合においても肺および胃の両方に色素が移動した。第2に、麻酔した動物に、たった3分の代わりに、仰臥位で30〜50分間単一用量を与えた。第3に、色素量を2つの別々の10μl用量で、5分間隔で投与した。これらのどちらの方法でも、エバンスブルーの肺および胃への移動は低下しなかった。最後に、仰臥位の麻酔した動物に、2μlという低量を適用し、その結果、肺におけるエバンスブルーの痕跡は最小限のみであり、胃における青色染色は全くなかった(表1)。
【0077】
(実施例2)
(ESBA105のCNSへの送達)
本実施例は、scFvの鼻腔内投与がscFvのCNSへの送達をもたらすことを実証する。ESBA105(配列番号1)は、TNFアルファに特異的に結合し、阻害する単鎖抗体である(例えば、参照によって本明細書に援用されるWO06/131013を参照されたい)。上記のプロトコルによって鼻腔内投与した後、ESBA105は、分析したすべての脳領域において著しい濃度に達し、時間とともに二峰性の分布を示した。小脳および脳幹において、最初に滴下した1時間後にESBA105の最大濃度(Cmax)に達し、嗅球および大脳における濃度はその1時間後にピークに達した。それからESBA105レベルはすべての脳領域において低下したが、嗅球、小脳、および脳幹において、6〜12時間後に再び上昇して明らかな第2の、より低いレベルの濃度ピークが生じ(図1)、これは、2つの異なる移動経路が存在する可能性があることを実証している。最高濃度を、嗅球および脳幹において測定した。嗅覚系(N.olfactorius)を通じて鼻腔につながっている嗅球において、濃度は9455ng/mlで最高に達した。末梢三叉神経系(N.trigeminus)を通じて鼻道につながっている脳幹では濃度はさらに高かった(11067ng/ml)(表2)。大脳におけるCmax(975ng/ml)は、少し遅く(2時間)、小脳または嗅球よりも、それぞれ約7〜10分の1低かった。これらの結果は、ESBA105はまず嗅球および脳幹に達し、そこから大脳および小脳に分布することを実証している。脳幹および小脳と同様に、血清ではESBA105を最初に投与した1時間後にCmaxに達し、5〜10時間の間に二度目のピークに達した。興味深いことに、最後の12時間の間、ESBA105レベルはほぼ一定のままであった(図1)。
【0078】
(実施例3)
(ESBA105のCNSへの送達は直接的である)
本実施例は、ESBA105の鼻腔内投与が血流を介してではなく、直接CNSへの送達をもたらすことを実証する。ESBA105が、直接BBBを通って鼻腔からCNSへ移動するのか、または全身吸収および続く脳へのBBB経由の送達によって間接的に移動するのかを決定するために、鼻腔内投与について上記の静脈内注射と並べて比較した。静脈内注射した後には、ESBA105の濃度が定量化の下限を下回った大脳を除いて、分析した領域すべてにおいて、ESBA105は相当の濃度に達した。しかし、鼻腔内投与後には、すべての脳領域において相当により高い薬物濃度を測定した(図2)。鼻腔内投薬したときの小脳および脳幹における最大ESBA105レベルは、静脈内注射後の最大ESBA105レベルよりも約10〜18倍高かった。さらに、嗅球におけるCmaxは、静脈内投与に対して鼻腔内投与については60倍を超えて高かった(表3)。驚くべきことに、投薬はどちらの経路についても同様の全身曝露を生じるように設定したにもかかわらず、鼻腔内投与後の血清濃度は明らかに低く(図2)、6006ng/mlに達した一方、静脈内注射後のCmaxは10倍を超えて高かった(63709ng/ml)(表3)。静脈内注射後、嗅球、小脳および脳幹における最大濃度(Cmax)および曝露(AUC)は同様の値に達し、それぞれ、Cmaxについては202ng/ml、257ng/ml、および174ng/mlであり、AUCについては448ng−h/ml、567ng−h/ml、および416ng−h/mlであった。脳組織において、静脈内注射2時間後にCmaxになり、4時間後にESBA105を検出しなかった。対照的に、鼻腔内投与後に、すべての脳領域において明らかにより高い濃度を測定した。最高値は嗅球で得られ(Cmax:12586ng/ml;AUC;23130ng−h/ml)、次いで脳幹(Cmax:3169ng/ml;AUC;7942ng−h/ml)、小脳(Cmax:2819ng/ml;AUC:5908ng−h/ml)および大脳(Cmax:1831ng/ml;AUC:2951ng−h/ml)であった。さらに、静脈内注射と対照的に、鼻腔内投与の4時間後に、すべての脳領域においてESBA105はなお検出可能な濃度であった。これらの結果は、ESBA105は、血液からBBBを横切ってCNSに浸透することができ、最も効率的な送達経路は鼻腔内投与によるものであることを実証している(表3)。
【0079】
(実施例4)
(PZペプチドは、ESBA105のBBBを横切る送達を改善する)
本実施例は、Pzペプチドが、scFvのCNSへの鼻腔内送達を著しく増強することを実証する。特に、Pzペプチドの、BBBを通って薬物を輸送するための浸透増強剤として機能する能力を、ESBA105に3mMのPzペプチドを加え、脳への輸送を査定することによって試験した。Pzペプチドの存在下で、嗅球、大脳および小脳において、ESBA105単独よりも早くCmaxに達した(最初の投薬後2時間に代わって1時間)(表4)。さらに、Pzペプチドを加えることにより、嗅球および大脳におけるCmaxが2〜3倍増加し(それぞれ、7309〜15786ng/mlおよび1133〜3417ng/ml)、一方脳幹におけるCmaxは変化がないままであった。Cmaxの組織対血中比は、嗅球および大脳において、ESBA105単独よりもESBA105とPzペプチドとを同時投与した方が明らかに高かった(図3A)。しかし、小脳、脳幹および血清への送達に対する影響は、あまりはっきりしなかった。要約すると、Pzペプチドによって、分子量が大きいタンパク質を、全身曝露を増加させることなく嗅球および大脳に送達することを増強することができる(図3)。したがって、治療への適用に関して、Pzペプチドによって、全身性副作用の危険性を増加させることなく薬物送達が増強され得る(表4)。
【0080】
【表1】

【0081】
【表2】

【0082】
【表3】

【0083】
【表4】

【0084】
【表5−1】

【0085】
【表5−2】

【0086】
【表5−3】

【0087】
【表6】

【0088】
【表7−1】

【0089】
【表7−2】

【0090】
【表7−3】

【0091】
【表8】

(等価物)
当業者であれば、本明細書に記載する本発明の特定の実施形態に対する多くの等価物を認識し、または日常的な実験のみを使用して、それらを究明することも可能である。そのような等価物は、以下の特許請求の範囲によって包含されることを意図する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗原結合性ポリペプチドおよび浸透増強剤を含む組成物。
【請求項2】
前記浸透増強剤がPzペプチドまたはFMOCペプチドである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記抗原結合性ポリペプチドがイムノバインダーである、前述の請求項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項4】
前記イムノバインダーがscFvである、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記抗原結合性ポリペプチドが、TNFアルファ、アミロイドベータ、アミロイドベータ由来拡散性リガンド受容体、モノアミンオキシダーゼB、L−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンデカルボキシラーゼ、アセチルCoAカルボキシラーゼ、N−メチル−D−アスパルテート受容体(GRIN1としても公知である)、GRINA、GRIN2D、GRIN2C、GRIN3B、GRIN2A、GRIN2B、GRIN3A、ヒスタミンH1受容体、ムスカリン様受容体(CHRM1としても公知である)、CHRM2、CHRM3、CHRM4、ヒポクレチン受容体1、ヒポクレチン受容体2、5−ヒドロキシトリプタミン(HTR1Aとしても公知である)、ドーパミン受容体(DRD1としても公知である)、DRD2、DRD3、DRD4、DRD5、アドレナリンベータ1受容体、ノルエピネフリン輸送体(NET)、およびドーパミンD2受容体からなる群より選択される標的抗原、特にTNFアルファに特異的に結合する、請求項1から4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
前記scFvが、配列番号20、配列番号21、配列番号22、配列番号23、配列番号24、配列番号25、配列番号26、または配列番号27と少なくとも80%の類似性を持つアミノ酸配列を含む、前述の請求項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記scFvが、配列番号6、配列番号7、配列番号8、配列番号9、配列番号10、または配列番号35と少なくとも80%の類似性を持つアミノ酸配列を含むVHドメインを含む、請求項5に記載の組成物。
【請求項8】
前記scFvが、配列番号11、配列番号12、配列番号13、配列番号14、配列番号15、または配列番号34と少なくとも80%の類似性を持つアミノ酸配列を含むVLドメインを含む、請求項5または7に記載の組成物。
【請求項9】
前記scFvが、配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、または配列番号33と少なくとも80%の類似性を持つアミノ酸配列を含む、請求項5、7または8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
前記scFvが、配列番号16、配列番号17、配列番号18、配列番号19、配列番号36または配列番号37と少なくとも80%の類似性を持つアミノ酸配列をさらに含む、請求項5、7または8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
前記抗原結合性ポリペプチドが、前記浸透増強剤に共有結合している、前述の請求項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項12】
前記浸透増強剤によって、前記抗原結合性ポリペプチドの中枢神経系への選択的鼻腔内送達が促進される、前述の請求項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項13】
抗原結合性ポリペプチド、浸透増強剤、および使用説明書を含むキット。
【請求項14】
医薬品として使用するための、請求項1から12のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項15】
前記医薬品が、神経性障害を処置、予防するかまたはその進行を遅延させるためのものである、請求項14に記載の組成物。
【請求項16】
神経性障害を処置、予防するかまたはその進行を遅延させるために有用な医薬品を製造するための、請求項1から12のいずれか一項に記載の組成物の使用。
【請求項17】
前記障害が、片頭痛、うつ病、アルツハイマー病、パーキンソン病、精神分裂病、てんかん、脳卒中、髄膜炎、筋萎縮性側索硬化症、不眠症、髄膜炎、記憶障害、多発性硬化症、ナルコレプシー、脳卒中、外傷性脳損傷、およびストレスからなる群より選択される、請求項15に記載の組成物または請求項16に記載の使用。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公表番号】特表2011−527289(P2011−527289A)
【公表日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−516941(P2011−516941)
【出願日】平成21年7月10日(2009.7.10)
【国際出願番号】PCT/CH2009/000248
【国際公開番号】WO2010/003268
【国際公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【出願人】(502233344)エスバテック、アン アルコン バイオメディカル リサーチ ユニット、エルエルシー (19)
【氏名又は名称原語表記】ESBATech, an Alcon Biomedical Research Unit, LLC
【Fターム(参考)】