説明

高速度工具鋼からなる工具の再生方法

【課題】簡易で経済性に優れ、新品時と同等のすくい面の硬度が得られる高速度工具鋼からなる工具の再生方法を提供する。
【解決手段】窒化処理およびセラミック被膜処理が施された高速度工具鋼からなる工具に関し、摩耗した刃のすくい面Fを再生する方法であって、(A)刃のすくい面Fにおけるセラミック膜2および窒化層1を除去する工程、次いで、(B)刃のすくい面F以外の部位におけるセラミック膜2を残したまま、工具全体を窒化処理雰囲気中に置き、刃のすくい面Fのみを窒化させる工程、を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホブ、ピニオン、エンドミル、ドリル、タップなど、高速度工具鋼からなる工具の再生方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼の表面に窒化処理を施して表面硬度を上げる手法は古くから行われているが、近年、高速度工具鋼からなる工具については、表面硬度をさらに上げるため、窒化処理を施した後にセラミック被膜処理を施す場合がある。このセラミック被膜処理によって形成されるセラミック膜(チタン系膜)は耐摩耗性に非常に優れるため、特にドライ加工用の工具に多用されている。セラミック膜の一般例としては、TiC、TiN、TiCN、TiAlN、などが挙げられる。
【0003】
なお、窒化処理およびセラミック被膜処理に関する先行技術としては例えば特許文献1が挙げられ、セラミック膜に関する先行技術としては例えば特許文献2が挙げられる。
【特許文献1】特開2004−131820号公報
【特許文献2】特開2001−234366号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
長期使用に伴って刃のすくい面が摩耗してきた場合には、特に高速度工具鋼からなる工具は高価であることから、使い捨てとせずに、摩耗した箇所を調整して再使用することが望ましい。図5は、例えば平歯車のホブ切りに使用されるホブHの外観斜視図であり、長期使用に伴い、各刃Gはその断面を拡大して示すように、主に刃のすくい面Fが摩耗することとなる。
【0005】
刃のすくい面Fが摩耗した場合におけるホブの再生方法の一例を図4に示す。図4は、図5で示した任意の刃Gを断面視した図であり、表層部が窒化処理によって窒化層1として形成され、表面にはセラミック被膜処理によってセラミック膜2が形成された様子を模式的に示している。図4(a)はすくい面Fが摩耗した状態を示しており、この状態から先ず図4(b)に示すように、摩耗箇所を除去すべく、すくい面Fにおけるセラミック膜2と窒化層1の除去を行う。次いで、図4(c)に示すように、逃げ面Jなどに残っているセラミック膜2を剥離させる。具体的には、この図4(c)の工程は、図6(c)に示すように、ホブH全体をセラミック膜剥離用の溶液に浸漬させることにより行う。次いで、図4(d)に示すように、刃Gの全体にセラミック被膜処理を施すことで、ホブHの再生を終了する。具体的には、この図4(d)の工程は、図6(b)に示すように、ホブHをPVD装置などのセラミック被膜処理装置内に入れることにより行う。
【0006】
しかしこの再生方法によれば、図4(d)の図から明らかなように、すくい面Fにおいては窒化層1が介在することなく直接セラミック膜2が形成されることになり、窒化層1が介在しない分、すくい面Fの硬度が低下するという問題がある。この問題は、一見、図4(c)の工程と図4(d)の工程との間に窒化処理の工程を入れれば解消されるかに思えるが、窒化処理を行うと、既に形成されている逃げ面J側の窒化層1が再度窒化処理されるという別の弊害を生むこととなる。所定の硬度に形成された窒化層1が再度窒化された場合、窒素量過多となって脆化しやすくなるという現象は周知であり、したがって、逃げ面Jにおける再度の窒化処理は刃Gの刃欠けを誘発しかねないことから、窒化処理を施すことなく図4(d)の工程を行っているわけである。なお、図4(c)の工程後、逃げ面Jに別途にマスキング処理などを施すことで、すくい面Fのみを窒化処理するということも考えられるが、この方法を実施することは極めて困難である。
【0007】
本発明は以上のような課題を解決するために創案されたものであり、簡易で経済性に優れ、新品時と同等のすくい面の硬度が得られる高速度工具鋼からなる工具の再生方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明は、窒化処理およびセラミック被膜処理が施された高速度工具鋼からなる工具に関し、摩耗した刃のすくい面を再生する方法であって、(A)刃のすくい面におけるセラミック膜および窒化層を除去する工程、次いで、(B)刃のすくい面以外の部位におけるセラミック膜を残したまま、工具全体を窒化処理雰囲気中に置き、刃のすくい面のみを窒化させる工程、を行うことを特徴とする高速度工具鋼からなる工具の再生方法とした。
【0009】
この再生方法によれば、先ず(A)の工程により、すくい面のみ、表面処理されていない高速度工具鋼の表面が露出する。この状態で、(B)の工程で、工具を窒化処理雰囲気中に置くと、すくい面以外の部位に残っている窒化層は、その表面に形成されているセラミック膜により再度の窒化が阻止される。したがって、工具はすくい面のみが窒化処理される。
【0010】
また、本発明は、前記(B)の工程の後に、(C)工具全体のセラミック膜を除去する工程、次いで、(D)工具全体をセラミック被膜処理雰囲気中に置くことにより、セラミック被膜処理を施す工程、を行うことを特徴とする高速度工具鋼からなる工具の再生方法とした。
【0011】
この再生方法によれば、再生後の工具の窒化層およびセラミック膜の形成態様が新品時のものと同等になる。これにより、工具の使用寿命を延ばすことができる。
【0012】
また、本発明は、前記(B)の工程の後に、(E)刃のすくい面以外の部位におけるセラミック膜を残したまま、工具全体をセラミック被膜処理雰囲気中に置くことにより、セラミック被膜処理を施す工程、を行うことを特徴とする高速度工具鋼からなる工具の再生方法とした。
【0013】
この再生方法によれば、再生後のすくい面における窒化層およびセラミック膜の形成態様が新品時のものと同等になり、ホブHの使用寿命を延ばすことができる。
【0014】
また、本発明は、前記(A)の工程は、研削加工により行われることを特徴とする高速度工具鋼からなる工具の再生方法とした。
【0015】
この再生方法によれば、簡易で確実にすくい面の窒化層を除去できる。
【0016】
また、本発明は、前記工具はホブであることを特徴とする高速度工具鋼からなる工具の再生方法とした。
【0017】
この再生方法によれば、ホブの使用寿命を延ばすことができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、簡易で経済性に優れ、新品時と同等のすくい面の硬度を得られる工具の再生方法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図5に示したホブHを再生する形態について説明する。図1は、本発明に係る再生方法の主要工程における、刃Gの窒化層1およびセラミック膜2の様子を示す説明図である。
【0020】
図1において、左端の図は刃Gのすくい面Fの中央部が摩耗した状態を示している。この状態から、本発明は、(A)刃のすくい面Fにおけるセラミック膜2および窒化層1を除去する工程、次いで、(B)刃のすくい面F以外の部位におけるセラミック膜2を残したまま、ホブH全体を窒化処理雰囲気中に置き、刃のすくい面Fのみを窒化させる工程、を行うことを主な特徴とする。
【0021】
(A)の工程により、すくい面Fのみ、表面処理されていない高速度工具鋼の表面が露出する。この状態で、つまり、すくい面F以外の部位におけるセラミック膜2を残したままの状態で、ホブHを窒化処理雰囲気中に置く。具体的には、図6(a)に示すように、ホブHを窒化処理装置内に入れる。セラミック膜2の厚みは、おおよそ3〜5ミクロン程度である。
【0022】
ここで、一般に、表面処理されていない高速度工具鋼のビッカース硬度は780Hv程度であり、窒化処理を施すことで1000Hv程度まで硬度を上げることができ、さらにTiAlNなどのセラミック被膜処理を施すことで3000Hv程度まで硬度を上げることができる。このようにセラミック膜を形成した場合の硬度は、窒化処理のみ施した場合の硬度よりも格段に大きな値であり、これは、セラミック膜における分子結合が窒化層のそれよりも密であることに起因するものと推察される。したがって、前記(B)の工程において、窒素はセラミック膜2を浸透しにくいことになり、逃げ面Jにおいて、セラミック膜2が窒化層1の再窒化を阻止する機能を担う。これにより、ホブHは、すくい面Fのみが窒化される。なお、厳密に言えば、すくい面Fと逃げ面Jとのコーナー部については再窒化されることになるのであるが、窒化層1の厚さはおよそ100ミクロン程度であり、その範囲は極めて小さいことから、本発明の効果に対してさほど影響を及ぼすものではない。
【0023】
以上のように、前記(A)、(B)の工程を行う再生方法によれば、逃げ面J等における再窒化を阻止しつつ、すくい面Fを窒化させることができる。これにより、例えば後の工程でセラミック被膜処理を施すことで、すくい面Fを新品時と同等の硬度まで上げることができる。(B)の工程は、単にホブHを窒化処理装置内に入れるだけで実現されるため、簡易で経済的である。
【0024】
(A)の工程としては、すくい面Fの表層を化学的処理で取り去ることも考えられるが、研削加工により窒化層1(およびセラミック膜2)を除去するようにすれば、簡易で確実に窒化層1(およびセラミック膜2)を除去できる。
【0025】
研削加工幅の寸法は、すくい面Fに再度窒化される箇所が残らないように、窒化層1の厚さ以上であることが必要である。ただし、研削加工幅の寸法を必要以上に大きくすると、研削対象の刃の大きさには限界があるので、再生できる回数が少なくなって不経済となるので留意する必要がある。
【0026】
本実施形態では、前記したように窒化層1の厚さはおよそ100ミクロン程度であるので、研削加工幅を0.1mm〜0.5mmの範囲とすることが好ましい。この中でより好ましい研削加工幅は0.3mmであり、窒化層1の確実な除去と再生回数の点での経済性が両立する研削加工幅となる。
【0027】
次に、(B)の工程後にセラミック被膜処理を施す場合について2つの例を示して説明する。図2は、図1で示した工程後にセラミック被膜処理を施す場合の第1例を示す説明図である。第1例では、(B)の工程の後に、(C)ホブH全体のセラミック膜2を除去する工程、次いで、(D)ホブH全体をセラミック被膜処理雰囲気中に置くことにより、セラミック被膜処理を施す工程を行う。
【0028】
(C)の工程は、図6(c)に示すように、ホブHをセラミック膜剥離用の溶液に浸漬させることにより行う。(D)の工程は、図6(b)に示すように、ホブHをセラミック被膜処理装置内に入れることにより行う。
【0029】
このように、(B)の工程後に(C)、(D)の工程を行う再生方法とすれば、刃Gにおける窒化層1およびセラミック膜2の形成態様が新品時のものと同等になる。これにより、ホブHの使用寿命を延ばすことができる。
【0030】
図3は、図1で示した工程後にセラミック被膜処理を施す場合の第2例を示す説明図である。この第2例では、(B)の工程の後に、(E)刃のすくい面F以外の部位におけるセラミック膜2を残したまま、ホブH全体をセラミック被膜処理雰囲気中に置くことにより、セラミック被膜処理を施す工程を行う。つまり、第1例では、(B)の工程後に残っている全てのセラミック膜2を一旦除去してから、セラミック被膜処理を行うものであったのに対し、第2例では、セラミック膜2を除去することなく、(B)の工程のすぐ後にセラミック被膜処理を行うものである。
【0031】
(E)の工程は、図6(b)に示すように、ホブHをセラミック被膜処理装置内に入れることにより行う。この第2例によっても、すくい面Fにおける窒化層1およびセラミック膜2の形成態様が新品時のものと同等になり、ホブHの使用寿命を延ばすことができる。この第2例は、セラミック膜2の除去工程が不要となるので、第1例よりも簡易で経済的な再生方法となる。ただし、逃げ面J等においては、セラミック膜2が重合して形成されることとなるので、刃Gの寸法管理等の点で留意する必要がある。
【0032】
「実施例」
セラミック膜2が窒化層1の再窒化を阻止する機能を持つことの検証として、図7に示すような比較試験を行った。(a)は、窒化処理やセラミック被膜処理を施していない新品状態のホブHの刃Gを10回窒化処理することにより、窒化層1を通常よりも窒素量過多として形成した場合である。(b)は、新品状態のホブHをセラミック被膜処理装置に入れてセラミック被膜処理(TiAlN)を行い、その後、すくい面Fを研削加工して逃げ面Jのみにセラミック膜2が形成されるようにして、これを(a)と同条件で10回窒化処理したものである。セラミック膜2の厚みは3〜5ミクロン程度である。これらそれぞれ窒化処理したホブHで、加工対象となるギヤの研磨バリ除去のショット処理を同回数行った。そのときの刃Gのエッジ部の様子を外観写真として図8に示す。図8の(a)、(b)はそれぞれ図7の(a)、(b)の結果である。
【0033】
(a)のようにセラミック膜2の形成されていないホブHを複数回にわたり窒化を重ねると、再窒化部がぜい弱化し、研磨バリの除去等のショット処理のみでも、エッジ部の微小な剥離が発生したのに対し、(b)の場合にはほとんどエッジ部の剥離が確認されなかった。これは、逃げ面Jにおいて、少なくとも窒素量過多となるような窒化層が形成されなかったことにより、エッジ部のぜい弱化が防止された結果であると推察される。以上のことから、セラミック膜2が窒素の透過を抑制し、窒化層1の再窒化を阻止する機能を有していることが容易に推測できる。
【0034】
以上、本発明について好適な実施形態を説明した。本発明は、ホブに限られず、ピニオン、エンドミル、ドリル、タップ、フライス等、すくい面(切削を営む主体となる面)を有する高速度工具鋼からなる工具であれば適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る再生方法の主要工程における、ホブ刃の窒化層およびセラミック膜の様子を示す説明図である。
【図2】図1で示した工程後にセラミック被膜処理を施す場合の第1例を示す説明図である。
【図3】図1で示した工程後にセラミック被膜処理を施す場合の第2例を示す説明図である。
【図4】従来のホブの再生方法を示す工程説明図である。
【図5】ホブの一例を示す外観斜視図である。
【図6】(a)〜(c)は、それぞれホブを、窒化処理装置内に入れた様子、セラミック被膜処理装置内に入れた様子、セラミック膜剥離用の溶液に浸漬した様子を示す説明図である。
【図7】セラミック膜が窒化層の再窒化を阻止する機能を持つことを検証するための比較試験の条件を示す図である。(a)は、窒化処理やセラミック被膜処理を施していない新品状態のホブの刃を10回窒化処理することにより、窒化層を通常よりも窒素量過多として形成した場合である。(b)は、新品状態のホブをセラミック被膜処理装置に入れてセラミック被膜処理を行い、その後、すくい面を研削加工して逃げ面のみにセラミック膜が形成されるようにして、これを(a)と同条件で10回窒化処理したものである。
【図8】刃のエッジ部の様子を外観写真として示したものである。(a)、(b)はそれぞれ図7の(a)、(b)に対応している。
【符号の説明】
【0036】
1 窒化層
2 セラミック膜
H ホブ(工具)
F 刃のすくい面
G 刃

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化処理およびセラミック被膜処理が施された高速度工具鋼からなる工具に関し、摩耗した刃のすくい面を再生する方法であって、
(A)刃のすくい面におけるセラミック膜および窒化層を除去する工程、
次いで、(B)刃のすくい面以外の部位におけるセラミック膜を残したまま、工具全体を窒化処理雰囲気中に置き、刃のすくい面のみを窒化させる工程、
を行うことを特徴とする高速度工具鋼からなる工具の再生方法。
【請求項2】
前記(B)の工程の後に、
(C)工具全体のセラミック膜を除去する工程、
次いで、(D)工具全体をセラミック被膜処理雰囲気中に置くことにより、セラミック被膜処理を施す工程、
を行うことを特徴とする請求項1に記載の高速度工具鋼からなる工具の再生方法。
【請求項3】
前記(B)の工程の後に、
(E)刃のすくい面以外の部位におけるセラミック膜を残したまま、工具全体をセラミック被膜処理雰囲気中に置くことにより、セラミック被膜処理を施す工程、
を行うことを特徴とする請求項1に記載の高速度工具鋼からなる工具の再生方法。
【請求項4】
前記(A)の工程は、研削加工により行われることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の高速度工具鋼からなる工具の再生方法。
【請求項5】
前記工具はホブであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の高速度工具鋼からなる工具の再生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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