説明

鯛類の疾病予防方法

【課題】養殖場内の養殖魚に発生するエドワジエラ症及び又はイリドウイルス病などの通常の抗生物質では排除ができないか、困難な養殖魚病を未然に予防する方法を提供する。
【解決手段】養殖場内の養殖魚に、梅干の製造過程で副製する梅酢の濃縮物(可溶性固形分含量が50%〜80%)を、養魚用飼料に0.01〜3%添加・配合して給与することによって、未だ製造・使用が認可されたものがなく、予防法も無かったエドワジエラ症を未然に予防し得る。又、投与には高価且つ労力を要するワクチン以外に有効な薬剤が無いイリドウイルス病を未然に予防し得る。本方法は、安全が高く、環境汚染もなく、且つエドワジエラ症およびイリドウイルス病予防に極めて効果の高い方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鯛類の養殖場で発生する、通常の抗生物質では排除ができないか、困難な養殖鯛類に発生する疾病の予防方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、真鯛、ブリ、シマアジ等の養殖技術が著しく向上し、大量に養殖魚が生産されるようになって来ている。これに合わせて、養殖魚に各種の魚病も発生し、ある種細菌性や黴等の疾病に対しては抗生物質の投与が効果を示し、対応が採られているものもある。
一方、養殖魚に発生し、近年被害が増大しているが、抗生物質では治療乃至排除できない魚病がある。中でも、鯛類、とりわけ養殖量の多い真鯛のエドワジエラ症の原因細菌であるエドワジエラ・タルダ(Edwardsiella
tarda)は、宿主動物の非特異的生体防御機能を担っている貪食細胞内でも生存するという厄介な性質を持っている魚病細菌であり、養殖真鯛が一度感染してしまうと完璧な治療方法が無いという厄介な魚病の一つである(若林久嗣、「エドワジエラ症」、魚介類の感染症・寄生虫病、株式会社厚生閣、東京、188−196頁、2004年)。
従って、僅かに知られた対エドワジエラ症予防方法としては、エドワジエラ・タルダに特異的に感染するバクテリオファージを薬剤とする方法(特開平2007−84492)、甘草の水抽出からグリチルリチンを晶析除去した母液を投与する方法(特開平2007−70240)程度であり、これらも含めてエドワジエラ・タルダに感染、発症した真鯛を始めとする各種魚種への治療に対し未だ製造、使用が認可された水産用医薬品は無いというのが実状である。
【0003】
更に又、養殖領域で発生し、伝染性を持っているために養殖産業において深刻な問題となっている魚病にイリドウイルス病がある。このイリドウイルス病は、特に夏季から秋季にかけて当歳魚に主に発生する魚病であって、水温25度前後が本ウイルスの増殖至的と観られている。本疾病に対しては細菌性疾病への対応に使用されている抗生物質はウイルスであるが故に有効ではない。そこで、唯一の対応薬剤として不活性ワクチンが使用されているが、ワクチンそのものが非常に高価であること、及び一匹宛の注射摂取を要するという多大な労力と費用を要する大きな問題点があって(特開2006−137724)、あまり施用されてはいないのが実状である。
従って、本イリドウイルス病に一度感染してしまうと、当該養殖場(圃)を餌止めを行わざるを得ないと云うのが実態である。この間は当然養殖魚は成長も停滞するので、感染するとその後の出荷計画にも多大な影響を及ぼす。本イリドウイルス病は、秋を過ぎて12月頃になると発生は見られなくなるので、目下のところは、餌止めが最適、最良の対応策となっている。
【0004】
梅干の生産過程において大量に複製する梅酢の利用方法としては、梅酢をイオン交換膜電気透析法により脱塩し濃縮したものに食塩を添加して梅塩を製造する方法(特開平11−42065号公報)、梅酢又はその濃縮物を入浴剤、調味料、化粧水として利用する方法(特開2001−226256号公報)、梅酢濃縮物を鶏に与えて、卵殻質の改善を図る方法(特開2005−73651号公報)などが知られているが、梅酢によって真鯛に発生するエドワジエラ症やイリドウイルス病が予防できることは全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−84492公報
【特許文献2】特開2007−70240公報
【特許文献3】特開平11−42065公報
【特許文献4】特開2001−226256公報
【特許文献5】特開2005−73651公報
【特許文献6】特開2006−137724公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「エドワジエラ症」株式会社厚生閣、188−196頁、2004年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
解決しようとする課題は、養殖場内の鯛類、執中、真鯛に発生するエドワジエラ症及び又はイリドウイルス病などの疾病は通常の抗生物質では排除ができないか、困難であり、この疾病を未然に予防する手段が無いことである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、養殖場内の養殖鯛類、例えば真鯛に脱塩梅酢を投与することによって、通常の抗生物質では排除ができないか又は困難であって、従来充分な解決策の無かったエドワジエラ症及びイリドウイルス病を未然に予防し得ることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成した。
即ち、本発明は、通常の抗生物質では排除ができないか又は困難であって、従来充分な解決策の無かった養殖場内の養殖鯛類に脱塩梅酢を投与することを特徴とする養殖鯛類のエドワジエラ症及びイリドウイルス病予防方法である。
又、本発明は、梅酢を含有する養魚用飼料が、可溶性固形分含量が50%〜80%である脱塩濃縮梅酢を0.01〜3重量%量添加した養殖魚用飼料であ養殖鯛類のエドワジエラ症及び又はイリドウイルス病予防方法であり、更には、5月頃から9月頃の間の当歳魚に梅酢含有養魚用飼料を給与することを特徴とする養殖鯛類のイリドウイルス病の予防方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の脱塩梅酢を含有する養魚用飼料を養殖場内の養殖鯛類に給与することによって、通常の抗生物質では排除ができないか又は困難であって、従来充分な解決策の無かったエドワジエラ症やイリドウイルス病の発症が抑えられ、養殖鯛類の生存率乃至致死率が顕著に改善される。脱塩梅酢を予め鯛に投与することによって、腸内細菌フローラが改善され、腸管において細菌による物理的競合によるバリアーが形成され、腸内細菌フローラが改善し、その結果、エドワジエラ症及び又はイリドウイルス病の発症が抑えられるものと考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明を実施するに当って特に有利に用いられる、脱塩梅酢は、梅干の生産時に副製される梅酢を、必要に応じて適宜遠心分離等で不溶性物質を除去した後、真空乃至減圧濃縮、過熱濃縮し、通常の電気透析処理して脱塩・濃縮して得られる脱塩濃縮梅酢である。この脱塩濃縮梅酢は、可溶性固形分含量が50%〜80%であり、水分含量20〜50重量%程度、特に20〜30%のものが扱いに便利である。これを通常の養殖魚用飼料に0.01〜3重両%量添加、混合して使用する。脱塩濃縮梅酢の例としては、固形分70%のものが商品名「梅BX70」の名前で和歌山県の株式会社紀州ほそ川から入手可能であり、使いやすい。勿論、濃縮タイプに限らず、所謂梅酢そのもの、その脱塩タイプ、脱塩、無脱塩の水分50%以上90%くらいの部分濃縮タイプであってもよい。
【0011】
本発明の典型的な態様においては、魚種及び魚齢によってばらつきはあるが、この脱塩濃縮梅酢を1日摂取量が、通常の市販養殖魚用飼料当たり梅酢固形分として0.01〜3重量%添加混合したものを養魚の時点から給与する。通常、飼料要求率としては、魚体重に対して、2〜3重量%給与する。通常不断給与する。
通常飼料に添加されるビタミン混合物、ビタミン・ミネラル混合物等と共に混和した、飼料添加物のような形で配合してもよい。
【0012】
イリドウイルス病に関しては、感染、罹病、発症が特に夏季から秋季にかけて当歳魚に主に発生するので、凡そ水温が23度から28度の5月頃から9月頃の間の当歳魚に梅酢含有飼料を給与することにより、大きな効果が得られる。
【0013】
本発明を適用できる魚は養殖可能な鯛類であり、真鯛、黒鯛、イシダイなどの養殖される鯛類であり、本発明は、エドワジエラ症及び又はイリドウイルス病など養殖場内の養殖鯛類に発生する、通常の抗生物質では排除ができないか、困難な養殖魚病に感染する可能性のある鯛類である限り広く適用可能であり、特に限定するものはない。
【0014】
即ち、本発明は、通常の抗生物質では排除ができないか又は困難であって、従来充分な解決策の無かった養殖場内の養殖鯛類のエドワジエラ症又はイリドウイルス病予防方法であって、該養殖場内の養殖鯛類に、梅酢を含有する養殖魚用飼料を投与することを特徴とする養殖鯛類の疾病予防方法に関する。
又、梅酢を含有する養魚用飼料が、可溶性固形分含量が50%〜80%である脱塩濃縮梅酢を0.01〜3重量%量添加した養殖魚用飼料である養殖鯛類の疾病予防方法に関する。
更には、5月頃から9月頃の間の当歳魚に梅酢含有養魚用飼料を給与することを特徴とする養殖鯛類のイリドウイルス病の予防方法に関する。
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
供試魚 0.3 %梅酢添加配合飼料で7.5ヶ月間飼育した梅真鯛3歳魚(平均尾叉長38.9 cm、平均体重1,253.0 g)および通常配合飼料で飼育した対照真鯛3歳魚(平均尾叉長44.1 cm、平均体重1,767.7 g)を供した。
供試菌株 三重県水産研究所から分与されたエドワジエラ・タルダ野生株(真鯛当歳魚由来;MEE0301)をTSブイヨンに懸濁し、真鯛1歳魚(平均尾叉長25.3 cm、平均体重341.8 g)に0.1 ml腹腔内注射接種してエドワジエラ症を発病させ、腎臓からTS寒天培地(2 %NaCl)へ釣菌し、分離された株をエドワジエラ・タルダ攻撃菌株とした。
【0016】
同居感染実験 2 t円形水槽(水量1.5 t)に梅真鯛11尾(右胸鰭をカットして標識)および対照真鯛11尾(左胸鰭をカットして標識)を収容し、砂ろ過海水で換水率を1回転/時とした。前述の攻撃菌株をTSブイヨンに懸濁し、0.1 mlずつ腹腔内注射接種した真鯛1歳魚(前述と同サイズ)10尾を水槽内に同居させ、感染源とした。なお、感染源とした真鯛1歳魚が死亡した後は、新たな真鯛1歳魚に前述の攻撃菌株を0.1 mlずつ腹腔内注射接種して水槽内に追加した。実験期間中は絶食し、死亡した梅真鯛および対照真鯛は速やかに取り上げ、腎臓からTS寒天培地(2 %NaCl)へ釣菌を行ってエドワジエラ症による死亡であることを確認し、64日間累積死亡率を追跡した。
【0017】
梅真鯛区には、日本配合飼料株式会社製まだい育成用飼料「鯛ハイウエーEPスター」に予め和歌山県株式会社紀州ほそ川製「梅BX70」(脱塩濃縮梅酢)を0.3 %添加混合したものを給餌、飼育した。一方、対照真鯛区には、「梅BX70」無添加飼料、即ち市販飼料そのままを給餌、飼育した。給餌方式は、5日給餌(朝1回)、2日休みの繰り返しで投与し、飽食給餌させた。
【0018】
まだい育成用飼料「鯛ハイウエーEPスター」の成分割合を表1に、原材料配合割合を表2に示した。脱塩濃縮梅酢「梅BX70」の成分組成を表3に示した。
その結果、対照マダイの累積死亡率は64日で100 %となったのに対し、梅マダイは9.1 %にとどまり、統計的にも有意差が認められた(p<0.01)。時間経過の累積死亡率をグラフ(表4)に示した。なお、実験期間中の平均水温は20.6〜28.1
℃であった。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
【表5】

【実施例2】
【0024】
実施例2
供試魚 0.3 %梅酢添加配合飼料で2ヶ月間飼育した梅真鯛当歳魚(平均尾叉長15.9 cm、平均体重83.3 g)および通常配合飼料で飼育した対照真鯛当歳魚(平均尾叉長15.8 cm、平均体重86.9 g)を供した。
供試ウイルス液 和歌山県内の養殖業者から当試験場へ持ち込まれたイリドウイルス病感染真鯛(当歳魚)から脾臓を取り出してマイクロテストチューブに入れ、10倍量のPBS(−)を添加して撹拌ペッスルで磨砕した。その後、3,000 rpm、5分間の遠心分離を行い、上清を0.45 μmのメンブレンフィルターでろ過して供試ウイルス液とした。
【0025】
同居感染実験 2 t円形水槽(水量1.5 t)に梅真鯛20尾(右胸鰭をカットして標識)および対照真鯛20尾(左胸鰭をカットして標識)を収容し、砂ろ過海水で換水率を1回転/時とした。前述のウイルス液を0.1 mlずつ腹腔内注射接種した真鯛当歳魚(平均尾叉長15.8 cm、平均体重86.9 g)10尾を水槽内に同居させ、感染源とした。なお、感染源とした真鯛当歳魚が死亡した後は、新たな真鯛当歳魚に前述のウイルス液を0.1 mlずつ腹腔内注射接種して水槽内に追加した。実験期間中は絶食し、死亡した梅真鯛および対照真鯛は速やかに取り上げ、脾臓のスタンプ標本を作製してギムザ染色を実施し、顕微鏡観察により異形肥大細胞を確認してイリドウイルス病による死亡であることを診断し、21日間累積死亡率を追跡した。

【0026】
梅真鯛区には、日本配合飼料株式会社製まだい育成用飼料「鯛ハイウエーEPスター」に予め和歌山県株式会社紀州ほそ川製「梅BX70」(脱塩濃縮梅酢)を0.3 %添加混合したものを給餌、飼育した。一方、対照区には、「梅BX70」無添加飼料、即ち市販飼料そのままを給餌、飼育した。給餌方式は、5日給餌(朝・夕2回)、2日休みの繰り返しで投与し、飽食給餌させた。

その結果、対照マダイの累積死亡率は21日で60 %となったのに対し、梅マダイは40 %にとどまり、統計的にも有意差が認められた(p<0.01)。時間経過の累積死亡率をグラフ(表5)に示した。なお、実験期間中の平均水温は24.9〜26.6 ℃であった。
【0027】
2トン円形水槽(水量1.5トン)に上記梅真鯛20尾(右胸鰭をカットして標識)及び対照真鯛20尾(左胸鰭をカットして標識)を収容し、砂ろ過海水で換水率を1回転/時とした。
上に調製したウイルス液0.1ml宛を、対象真鯛当歳魚10尾(平均尾叉長15.8cm、平均体重86.9g)に腹腔内注射摂取し、水槽内に放って感染源とした。尚、感染源とした魚が死亡した場合は新たな真鯛に上と同様にしてウイルス液を注射投与して感染させ、同数を水槽に放った。試験期間中は絶食し、死亡した梅真鯛及び対照真鯛は速やかに取り上げ、脾臓のスタンプ標本を作製してギムザ染色を実施し、顕微鏡観察により異形肥大細胞を確認してイリドウイルス病による死亡であることを診断し、21日間累積死亡率を追跡観察した。平成20年8月27日〜9月17日までの試験期間中の平均水温は24.9度〜26.6度(毎日午前10時測定)であった。
結果を表6に示した。
【0028】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
通常の抗生物質では排除ができないか又は困難であって、従来充分な解決策の無かった養殖場内の養殖魚の魚病予防方法であって、該養殖場内の養殖鯛類に、梅酢を含有する養殖魚用飼料を投与することを特徴とする養殖鯛類のエドワジエラ症及び又はイリドウイルス病予防方法。
【請求項2】
梅酢を含有する養魚用飼料が、可溶性固形分含量が50%〜80%である脱塩濃縮梅酢を0.01〜3重量%量添加した養殖魚用飼料である請求項1記載の養殖鯛類のエドワジエラ症及び又はイリドウイルス病予防方法。
【請求項3】
5月頃から9月頃の間の当歳魚に梅酢含有養魚用飼料を給与することを特徴とする請求項1又は2に記載のイリドウイルス病の予防方法。

【公開番号】特開2010−90106(P2010−90106A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−47108(P2009−47108)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(596033174)株式会社紀州ほそ川 (9)
【出願人】(507066493)有限会社岩谷水産 (3)
【Fターム(参考)】