説明

鳥害緩和コーティング種子およびその製造方法

【課題】 鳥害を受けにくく、過酸化カルシウム含有の従来のコーティング種子と同等以上の出芽・苗立ちおよび初期生育を確保できる直播栽培技術を開発すること。
【解決手段】 稲などの種子表面に、煤(カーボン)を含むコーティング層と、過酸化カルシウムを含むコーティング層と、を交互に繰り返し形成させてなるコーティング種子を提供する。煤で被覆することで種子表層の明度が土壌と同程度まで低下し、鳥害を回避または大幅に緩和することができ、また追加の資材コストも抑えることができる。さらに、従来資材に比べて、発芽および出芽が早まり、種子の流亡、浮き苗、転び苗が発生しにくく、苗立ち率も高まる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鳥害緩和コーティング種子およびその製造方法に関し、詳しくは、稲種子表面に煤を含むコーティング剤で被覆することにより、水稲直播栽培における鳥害を防止する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
水稲の省力、低コスト化さらに作業分散による規模拡大のために、直播栽培が注目されている。直播栽培は、大きく湛水直播方式と乾田直播方式とに分けられる。
【0003】
湛水直播栽培技術の一つとして、過酸化カルシウムを含有したコーティング資材(例えば「カルパー粉粒剤16」(北興化学工業))が開発され、播種後7〜10日間落水することで苗立ちを早めることができる播種後落水管理技術と共に、広く普及している。この過酸化カルシウム資材を種籾に粉衣して播種すると、土壌中の水分と反応して徐々に酸素を放出し、発芽中の種子に酸素を供給する。これにより、種子近傍が酸化状態となるため、出芽の抑制を緩和して水稲の発芽率を向上させ、土中に播種された場合でも出芽・苗立ちを向上させることができる、というものである。
【0004】
しかしながら、この過酸化カルシウムを含有した既存のコーティングを利用した種子では、種子表面の明度が高い(明るい)ため土壌との識別は容易であり、スズメやカラスなどの鳥害を受けやすいという問題がある。
【0005】
鳥害により一部まき直しや全面植え直しを強いられた結果、直播栽培をあきらめた農家も少なくない。雑草防除と鳥害回避(あるいは鳥害緩和)技術の確立は、今後直播栽培技術の普及・拡大を目指す上で避けて通れない状況となっている。
【0006】
一方で、水田に播かれた稲種子が発芽生育中に水中で浮かないように、鉄の重みを利用して比重を高めた鉄コーティング法(例えば特許文献1参照)も最近開発され、急速に利用拡大している。この技術による鉄コーティング種子は、前述のカルパーコーティング種子に比べて鳥害が生じにくいという利点があるものの、低温条件や種子が埋没する条件で明らかに出芽・苗立ちが低下することから、特に寒冷地では出芽・苗立ちが安定しにくいという問題がある(例えば非特許文献1参照)。
【0007】
また、食害回避効果については、鳥が忌避する300-400nmの光を吸収する非毒性の薬剤で種子を覆う技術(例えば特許文献2参照)や、水可溶性の色素及び不溶性の色素を用いてダイズ種皮及び子葉を自然界には存在しない赤色等に着色する技術(例えば特許文献3参照)などが公開されている。
【0008】
しかし、これらの技術は、鳥の慣れ(学習)によって効果が薄れてしまうという問題がある。一方、本発明は、種子の明度を落として土壌と識別しにくくし、鳥に発見されにくくするというカモフラージュ効果により、鳥と作物の物理的な距離を一定期間とるという点で、従来技術よりも優れている。
【0009】
今後、様々な用途でのコメの利用が期待される中で、大幅な省力・低コスト化が必須で、新たな播種技術の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−192458号公報
【特許文献2】米国特許第5885604号明細書
【特許文献3】特開昭57−94204号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】古畑ら、日本作物学会紀事、2009年、78巻、p.170-179
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
現在広く普及しているカルパーコーティング法では、その鳥害を受けやすい点から一部圃場・地域では鉄コーティング法に置き換わっている。しかしながら、近年湛水直播栽培が大きく伸びている地域は東北および北陸という寒冷地に区分される地域であり、出芽・苗立ちが遅れる点や除草の観点からも、全面的に鉄コーティング法に置き換わることは期待できない。
【0013】
一方、従来の過酸化カルシウムコーティング種子は、出芽・苗立ち向上効果やその安定性に関しては高い評価を得ているが、鳥害リスクが存在する中での安定性といった観点では、まだ解決されるべき課題が残されている。
【0014】
本発明は、鳥害遭遇のリスクが存在する中で、過酸化カルシウム含有の従来のコーティング種子と同等以上の出芽・苗立ちおよび初期生育を確保できる直播栽培技術の開発を目標とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、稲種子の周りに、従来の過酸化カルシウム資材による被覆層と、墨汁などの煤(カーボン)を含むコート剤による被覆層と、を交互に形成させることによる新たな種子コーティング法を開発し、本発明を完成させた。
【0016】
本発明の方法により製造されたコーティング種子は、墨汁に含まれる煤(カーボン)により着色されて種子表層の明度が低下し、播種後落水土壌と同程度の明るさとなるため、土壌に紛れて鳥害を受けにくくなる。また煤(カーボン)濃度を下げることによって資材コスト低減に貢献し、追加資材コストは数十円/10a程度となる。
さらに、従来資材コーティング種子に比べて、発芽および出芽が早まる傾向が認められる。しかも、従来資材に比べて浮きにくいため、種子の流亡や浮き苗、転び苗発生が生じにくい。また、一部雀害が確認された圃場において苗立ち率は既存コーティング資材に比べて高い。
【0017】
すなわち、請求項1に係る本発明は、種子表面を、煤を含むコーティング剤で被覆してなる、コーティング種子である。
請求項2に係る本発明は、煤を含むコーティング剤が墨汁希釈液である、請求項1に記載のコーティング種子である。
請求項3に係る本発明は、種子表面に、煤を含むコーティング層と、煤を含まないコーティング層と、を交互に繰り返し形成させてなる、請求項1又は2に記載のコーティング種子である。
請求項4に係る本発明は、種子が稲種子であり、かつ請求項1〜3のいずれかに記載のコーティング種子である。
請求項5に係る本発明は、煤を含まないコーティング層が過酸化カルシウムを含むものである、請求項3又は4に記載のコーティング種子である。
【0018】
請求項6に係る本発明は、種子表面を、煤を含むコーティング剤で被覆する工程と、煤を含まないコーティング剤で被覆する工程と、を交互に繰り返し行い、さらに当該種子表面に前記煤を含むコーティング剤で被覆した後、当該種子を乾燥させる工程を含む、請求項1〜5のいずれかに記載のコーティング種子の製造方法である。
請求項7に係る本発明は、煤を含むコーティング剤が墨汁希釈液であり、煤を含まないコーティング剤が過酸化カルシウムを含むものである、請求項6に記載のコーティング種子の製造方法である。
請求項8種子が稲種子である、請求項6又は7に記載のコーティング種子の製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、煤(カーボン)で被覆することで種子表層の明度が土壌と同程度まで低下し、鳥害を回避または大幅に緩和することができる。また、追加の資材コストも抑えることができる。さらに、従来資材に比べて、発芽および出芽が早まり、種子の流亡、浮き苗、転び苗が発生しにくく、苗立ち率も高まる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1で製造したコーティング種子を示す図である。(a)は本発明のコーティング種子を、(b)は従来の過酸化カルシウム資材のみでコーティングした種子を示す。
【図2】実施例2で測定した播種(落水)後日数の経過に伴う代かき土壌表層の明度の推移を示す図である。縦軸は明度(L値)を、横軸は播種後日数を、縦棒は標準誤差を示す。
【図3】実施例5で測定した異なる資材のコーティングが鳥害に及ぼす影響を示す図である。図中、白丸は本発明のコーティング種子を、黒丸は従来の過酸化カルシウム資材のみによるコーティング種子を、縦軸はポット当りの種子残存数(粒)を、横軸は播種後日数(日)を、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の鳥害緩和コーティング種子は、種子表面を、煤を含むコーティング剤で被覆してなることを特徴とする。
本発明において「種子」とは、鳥による食害(鳥害)を受け得る植物の種子を指し、好ましくは直播栽培される作物の種子であり、例えば稲(Oryza sativa)、大麦、小麦、大豆、トウモロコシなどの穀類種子、レタス、白菜、青梗菜などの野菜種子、花種子などが挙げられるが、特に好ましくは稲の種子である。
【0022】
本発明において「煤を含むコーティング剤」とは、煤(カーボン)を含み、かつ種子に付着して被覆し得るものであれば何れでも良く、他の造粒剤や補助添加剤などの成分を含むこともでき、液状、ゲル状、粉状などの形態も問わない。
その具体例としては書道用の墨汁又はその希釈液が挙げられる。墨汁希釈液の希釈溶媒としては、植物種子や環境に対して有害でなければ特に制限がなく、例えば水などが好適である。
【0023】
煤を含むコーティング剤に含まれる煤の濃度は、コーティング種子表面の明度が、種子を播く土壌表面の明度と同等(すなわちL表色系におけるL値が30程度)かそれより低く(暗く)なるように設定すれば良い。例えば、煤を含むコーティング剤として墨汁希釈液を用いる場合において、墨汁濃度を5%(容量比)(つまり20倍希釈)としたときに種子表面と土壌表面の明度が同等となる場合は、墨汁希釈液の濃度を5〜100%、好ましくは5〜20%、より好ましくは5〜10%(全て容量比)とすることができる。
【0024】
本発明の鳥害緩和コーティング種子は、種子表面に、煤を含むコーティング層と、煤を含まないコーティング層と、を交互に繰り返し形成させてなるものであっても良い。
ここで、本発明における「煤を含むコーティング層」とは、前述の煤を含むコーティング剤を用いて種子表面を被覆することにより形成されたコーティング層(被覆層)を指す。
【0025】
本発明の鳥害緩和コーティング種子における被覆層は、種子表面の明度を下げるために、最外層が前記の煤を含むコーティング剤により形成されている必要があるが、種子と最外層との間に他のコーティング剤(煤を含まないコーティング剤)による被覆層が存在していても良い。
特に煤を含むコーティング剤が水溶液である場合は、種子表面が撥水性であるため、煤を含むコーティング剤を種子表面に直接塗布せずに、従来のコーティング資材などによる被覆層の上に、煤を含む被覆層を形成させるのが好ましい。
なお、最外層に含まれる煤による着色効果を妨げないものであれば、その外側にさらに他のコーティング剤による被覆層を形成させることも可能である。
【0026】
「煤を含まないコーティング剤」としては、煤(カーボン)を含まず、かつ種子に付着して被覆し得るものであれば何れでも良く、液状、ゲル状、粉状などの形態も問わない。
その具体例としては、現在湛水直播栽培技術において広く利用されている、前述の過酸化カルシウムを含む造粒剤(例えば「カルパー粉粒剤16」(北興化学工業))などが挙げられる。
【0027】
また、本発明における「煤を含まないコーティング層」とは、前述の煤を含まないコーティング剤を用いて種子表面を被覆することにより形成されたコーティング層(被覆層)を指す。
【0028】
本発明の鳥害緩和コーティング種子の製造方法は、
(a)種子表面を、煤を含むコーティング剤で被覆する工程と、煤を含まないコーティング剤で被覆する工程と、を交互に繰り返し行い、さらに当該種子表面を前記煤を含むコーティング剤で被覆することを特徴とする被覆工程(コーティング工程)と、
(b)当該種子を乾燥させることを特徴とする乾燥工程と、
を含むものである。
【0029】
本発明の製造方法において用いる種子は、稲種子を用いる場合、予め浸漬・催芽処理を行い鳩胸状態とし、十分に水切りしたものを使用することが好ましい。
【0030】
本発明の製造方法における(a)被覆工程は、攪拌が容易な容器あるいはコーティングマシン(コーティングパン)を利用して造粒すること以外、方法は特に限定されない。
【0031】
液状のコーティング剤を用いて種子を被覆する方法としては、例えば、煤を含むと含まないとに関わらず、容器の中で種子を攪拌しながら、種子にコーティング剤を噴霧し、種子の表面を均一に湿らせる方法とすることができる。ここで、一時に多量に噴霧すると種子やコーティング剤が団子状になりやすいため、種子表面を湿らせる程度に少量ずつ噴霧すると良い。
【0032】
ゲル状のコーティング剤を用いて種子を被覆する方法としては、例えば、煤を含むと含まないとに関わらず、容器の中で種子を攪拌しながら、コーティング剤を添加する方法とすることができる。
【0033】
また、粉状のコーティング剤を用いて種子を被覆する方法としては、例えば、煤を含むと含まないとに関わらず、容器の中で種子を攪拌しながら、種子にコーティング剤を少量ずつ振りかける方法とすることができる。ここで、一度に投入する被覆層一層分のコーティング剤の量としては、コーティング剤が全て種子表面に均一に付着し、容器の底に余分なコーティング剤がたまって塊状にならない程度の量とするのが好ましい。
【0034】
本発明の(a)被覆工程では、煤を含むコーティング剤による被覆工程と、煤を含まないコーティング剤による被覆工程と、を交互に繰り返し行うことにより、煤を含むコーティング剤のみで種子を被覆した場合に比べて、煤を含むコーティング剤を均一且つしっかりと種子表面に付着させることができる。
さらに、煤を含まないコーティング剤として、例えば過酸化カルシウムを含むコーティング剤を使用する場合には、発芽率や、出芽・苗立ちの向上といった効果も併せて得ることができる。
【0035】
なお、上記の被覆工程の繰り返し回数は特に限定されないが、例えば煤を含むコーティング層の数を5〜20層、好ましくは10〜20層とすると、造粒の容易さや、得られるコーティング種子の強度、扱い易さなどの点で有利である。
【0036】
本発明の製造方法における(a)被覆工程では、最後に煤を含むコーティング剤により最外層を形成させることにより、種子を効率よく着色することができる。しかし前述のように、煤による着色効果を妨げない場合は、その外側を他のコーティング剤を用いてさらに被覆することもできる。
【0037】
本発明の製造方法において、煤を含むコーティング剤の使用量は、造粒のし易さや、得られるコーティング種子の強度、扱い易さ、併用する煤を含まないコーティング剤の種類などにより適宜調節することができる。具体的には、煤を含むコーティング剤が液状である場合の(a)被覆工程全体での使用量は、乾燥種子1kg当り300 mL以下、好ましくは150 mL〜300 mLとすることができる。また、煤を含むコーティング剤が粉体やゲル状である場合の(a)被覆工程全体での使用量は、例えば乾燥種子1kg当り1〜2 kgとすることができる。
【0038】
本発明の製造方法において、煤を含まないコーティング剤の使用量は、造粒のし易さや、得られるコーティング種子の強度、扱い易さなどを考慮して適宜調節することができ、基本的には当該コーティング剤の通常の使用量とすれば良い。例えば、煤を含まないコーティング剤として過酸化カルシウムを含む「カルパー粉粒剤16」(北興化学工業)を用いる場合の(a)被覆工程全体での使用量は、質量比で乾燥種子の1〜2倍、特に1倍とするのが好ましい。
【0039】
なお、本発明の(a)被覆工程が終了した後は、コーティングに使用した容器を直ちに洗浄する。使用後の容器を放置すると、コーティング剤が固化して除去することが難しくなるためである。
【0040】
本発明の製造方法では、上記の(a)被覆工程に続いて、(b)コーティング種子の乾燥工程を行う。
(b)乾燥工程における乾燥方法は特に限定されず、常温での通風乾燥など何れの手段によっても良いが、コーティング種子同士が付着して塊状にならないように注意する。具体的な手段としては、例えば30分間〜数時間網箱やむしろなどに広げて陰干しする方法が挙げられる。
【0041】
このようにして製造された本発明の鳥害緩和コーティング種子は、製造当日に播種できない場合は、ビニール袋等に密封し、10℃以下の涼しい場所で保管して早めに播種するのが好ましい。
【実施例】
【0042】
以下に実施例、および比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。
【0043】
[実施例1]コーティング種子の製造
稲種子として、品種名「コシヒカリ」の催芽種子(10℃の水道水に5日間浸漬後30℃で鳩胸状態とした種子)を十分に水切りしたものを用いて、本発明のコーティング種子を製造した。
【0044】
すなわち、種子3kgをカルパーコーティングマシン(YCT15、ヤンマー製)の中で攪拌しながら、市販の墨汁を水道水で20倍希釈した5%(v/v)濃度の墨液を噴霧して種子の表面を均一に湿らせた後、過酸化カルシウム資材「カルパー粉粒剤16」(北興化学工業)を少量ずつ振りかける。この作業を15回繰り返し、種子表面に墨液による被覆層と過酸化カルシウム資材による被覆層とを交互に形成させることにより造粒した。
【0045】
乾籾重の等倍量(3kg)の過酸化カルシウム資材全部を均一にコーティングした後、最後に5%墨液を噴霧して着色の仕上げを行った。なお、最終的に使用した墨液の量は900 mL以下であった。
コーティングした種子は1時間程度網箱に広げて陰干しした後、以下の測定に用いた。
また、対照として、乾籾重の等倍量の過酸化カルシウム資材のみでコーティング種子を製造した。
【0046】
完成したコーティング種子を図1に示す。図1中、(a)は上記の方法で得られた本発明のコーティング種子を、(b)は対照の過酸化カルシウム資材のみでコーティングした種子を、それぞれ示す。
【0047】
[実施例2]墨液の希釈率の検討
実施例1において墨液の希釈率を0〜100倍に変化させて製造したコーティング種子表面と、水田土壌表層について明度を測定した。
【0048】
水田土壌としては、播種後落水管理法による直播栽培において代かき土壌を播種後落水した場合を想定し、土壌表層の明度の推移を測定した。
すなわち、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター 北陸研究センター内の水田土壌(細粒強グライ土)を風乾砕土後にコンテナに入れて代かきし、その土壌を500 mlのディスポカップに充填した。数時間後に表面水を除去し、17℃とした恒温器に静置し、この日を落水(播種)後0日として、落水後0,2,4,6,8,10日目にそれぞれの表層土壌をサンプリングし、測定に用いた。
【0049】
また、対照のコーティング種子として、墨液を用いない既存の過酸化カルシウム資材(カルパー粉粒剤16)によるコーティング種子(表1の「既存」)と、鉄コーティング種子(表1の「鉄」)を用いた。この鉄コーティング種子とは、種子3kgをカルパーコーティングマシン(YCT15、ヤンマー製)の中で攪拌しながら、乾籾重の等倍量(3kg)の鉄コーティング資材(還元鉄90%、焼石膏10%)全部を均一にコーティングすることにより造粒したものである。
【0050】
本実施例において明度の測定は、分光測色計(MINOLTA製、CM−3500d)を用いて3反復で色差(L表色系)を測定することにより行った。Lは明るさを示し、値が大きければより明るいと判断する。
結果を表1及び図2に示す。図2中、縦軸は明度(L値)を、横軸は播種(落水)後日数を、縦棒は標準誤差を、それぞれ示す。
【0051】
【表1】

【0052】
表1及び図2から、播種後落水土壌の明るさは約30であり、本発明の鳥害緩和コーティング種子において墨液濃度5%とした場合の種子表面の明るさとほぼ同じ明るさとなることが分かった。土壌表層の明度は、明らかに乾いた(白乾)状態とならない限り変動はしない。
表1から、種子表面の明度を下げる目的で添加する墨液は、5%程度の希釈率でも十分にコーティング種子表面の明度を下げることが可能であり、鳥害緩和に一定の効果があることが知られている鉄コーティング種子とほぼ同等の明度となることが分かった。
【0053】
よって、墨液濃度が5%以上であれば、本発明のコーティング種子表面の明るさは播種後落水土壌と同等あるいはそれより暗くなり、鳥による食害を受けにくくなる効果が期待できると考えられる。
【0054】
[実施例3]野外コンテナにおける出芽・苗立ち促進効果の検討
実施例1で作製したコーティング種子を用いて、発芽試験及び野外コンテナでの出芽・苗立ち試験を行った。
対照として、墨液を用いない既存の過酸化カルシウム資材(カルパー粉粒剤16)によるコーティング種子を用いた。
【0055】
<発芽試験>
実施例1で作製したコーティング種子100粒を湿った濾紙をしいたシャーレ内に入れ、20℃・暗条件として1週間静置し、毎日発芽数を調査した。発芽速度は、播種粒数をN、播種後日数をt、日別の発芽数をnとして、下記の[数1]により求めた。
[数1]
発芽速度(/日)=Σn/Σ(t・n)
【0056】
<出芽・苗立ち試験:コンテナ>
2010年5月6日に代かき土壌をコンテナに充填し、翌5月7日に播種深0.5 cmにピンセット播種、播種後21日間は湛水管理とし、毎日出芽・苗立ち数を調査した。
なお、「出芽」とは、土中に播種された後、発芽時に最初に出現する器官である鞘葉が地表に出現した状態を、「苗立ち」とは、出芽した後、不完全葉の後に第1本葉が抽出、展開した状態を、指す。
【0057】
出芽速度は、播種粒数をN、播種後日数をt、日別の出芽数をnとして、下記の[数2]により求めた。
[数2]
出芽速度(/日)=Σn/Σ(t・n)
また、播種後21日目に、出芽した個体全てをサンプリングした後に乾燥して、地上部乾物重を求めた。
【0058】
結果を表2に示す。
【0059】
【表2】

【0060】
表2から、本発明の鳥害緩和資材によるコーティング種子は、従来の過酸化カルシウム資材によるコーティング種子に比べて、発芽および出芽が早まる傾向が認められた。
【0061】
[実施例4]圃場における出芽・苗立ち促進効果の検討
稲種子として品種名「あきたこまち」及び「コシヒカリ」を用いたこと以外は、実施例1と同様に作製した本発明のコーティング種子を用いて、圃場での出芽・苗立ち試験を行った。
また、対照区として、乾籾重の等倍量の過酸化カルシウム資材(カルパー粉粒剤16)のみでコーティングした(既存過酸化カルシウム資材)。
【0062】
<出芽・苗立ち試験:圃場>
2010年の5月7日に独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター 北陸研究センター(新潟県上越市稲田)内の圃場で代かきを行い、同日中に、エアーアシスト条播機で播種量を乾籾で3 kg/10 aに設定して播種した。播種後の水管理は、播種当日から数日間落水した後に湛水管理とした。
播種後30日目に、50×50 cmの枠を区内6箇所(6反復)に設置して、枠内全ての苗立ち個体をサンプリングして、1 m当たりの苗立ち本数、白化茎長、草丈、葉齢および茎葉部乾物重を調査し、推定苗立ち率を算出した。
【0063】
なお、「白化茎長」とは、土中に埋まった幼植物の白い部分(播種深の目安となる)を指す。また、「推定苗立ち率」は、苗立ち本数を1 m当たりの平均播種粒数で除して求めた。
結果を表3に示す。
【0064】
【表3】

【0065】
本発明の鳥害緩和資材によるコーティング種子は、従来資材に比べて浮きにくいため、種子の流亡や浮き苗、転び苗が発生しにくい。本発明のコーティング種子にも一部雀害が確認されたが、苗立ち率は既存過酸化カルシウム資材に比べて高かった(表3)。
【0066】
[実施例5]野外ポットにおける鳥のついばみによる被害を軽減する効果の検討
実施例1で作製したコーティング種子を用いて、野外ポットでの鳥害試験を行った。
対照として、墨液を用いない既存の過酸化カルシウム資材(カルパー粉粒剤16)によるコーティング種子を用いた。
【0067】
すなわち、水稲圃場畦畔に設置した1/5000 aワグネルポット内に土壌を充填し、代かきを行った。翌日(2010年10月27日)に表面排水した後、コーティング種子100粒を播種した。播種は、ワグネルポット内の土壌に種子表面が見える程度に種子を埋め込むことにより行った。その後、7日後まで定期的に土壌ごと種子を回収して、残存粒数を調査した。
【0068】
試験結果を図3に示す。図中、白丸は本発明の鳥害緩和資材によるコーティング種子を、黒丸は対照である既存過酸化カルシウム資材によるコーティング種子を、縦軸はポット当りの残存粒数(粒)を、横軸は播種後日数(日)を、それぞれ示す。
【0069】
収穫時期でまわりに十分な食べ物(収穫時にこぼれた籾)があり、播種直後から雀の飛来は確認されたものの、警戒したためか明らかな鳥害遭遇時期は5日目以降であった。対照の従来コーティング種子では、鳥害に遭い始めると1〜2日で種子はなくなったが、本発明のコーティング種子では、調査期間中鳥害は全く受けなかった。
この結果から、本発明の鳥害緩和資材は、既存の過酸化カルシウム資材と比べて、実際に鳥のついばみによる被害を受け難くする効果があることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、稲作などの播種作業において、省力化と安定した初期生育との同時に実現する技術の確立によって、農作業の省力化と資材投入量の削減を実現する技術の開発に寄与する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
種子表面を、煤を含むコーティング剤で被覆してなる、コーティング種子。
【請求項2】
煤を含むコーティング剤が墨汁希釈液である、請求項1に記載のコーティング種子。
【請求項3】
種子表面に、煤を含むコーティング層と、煤を含まないコーティング層と、を交互に繰り返し形成させてなる、請求項1又は2に記載のコーティング種子。
【請求項4】
種子が稲種子であり、かつ請求項1〜3のいずれかに記載のコーティング種子。
【請求項5】
煤を含まないコーティング層が過酸化カルシウムを含むものである、請求項3又は4に記載のコーティング種子。
【請求項6】
種子表面を、煤を含むコーティング剤で被覆する工程と、煤を含まないコーティング剤で被覆する工程と、を交互に繰り返し行い、さらに当該種子表面に前記煤を含むコーティング剤で被覆した後、当該種子を乾燥させる工程を含む、請求項1〜5のいずれかに記載のコーティング種子の製造方法。
【請求項7】
煤を含むコーティング剤が墨汁希釈液であり、煤を含まないコーティング剤が過酸化カルシウムを含むものである、請求項6に記載のコーティング種子の製造方法。
【請求項8】
種子が稲種子である、請求項6又は7に記載のコーティング種子の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−100618(P2012−100618A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−253669(P2010−253669)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、農林水産省、超低コスト土地利用型作物生産技術の開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】