説明

HAN/HNベースモノプロペラントとこれを用いた高温ガス発生方法

【課題】毒性が低く取り扱いが容易であり取り扱い時に防護服等で身を固める必要性を大幅に低減又は無くすことができ、かつヒドラジンに匹敵する燃焼特性を有する1液推進薬(モノプロペラント)とこれを用いた高温ガス発生方法を提供する。
【解決手段】ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)、ヒドラジウムナイトレート(HN)及び水を含むHAN/HN混合系の酸化剤と燃料成分とからなるHAN/HNベースモノプロペラント1を、所定温度に予熱した触媒10に直接噴霧して高温ガスを発生させる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、液体ロケット、小型スラスタ、タービン用ガスジェネレータ、等に用いる1液推進薬(モノプロペラント)とこれを用いた高温ガス発生方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
1液推進薬(モノプロペラント)は、1液のみで機能を果たす推進剤であり、[特許文献1][非特許文献1][非特許文献2]等に開示されている。
また、関連する固体推進薬は、[特許文献2][特許文献3][特許文献4]に、ハイブリッド推進薬は、[特許文献5]等に開示されている。
【0003】
【非特許文献1】
ジョージP.サットン、ロケット推進工学、山海堂、第8章 液体推進薬
【非特許文献2】
E.W.Schmidt,”HYDRAZINE AND ITS DERIVATIVES−PREPARATION,PROPERTIES,APPLICATIONS−”,A WILEY−INTERSCIENCE PUBLICATION,JOHN WILEY & SONS,P515−528
【0004】
【特許文献1】
特開平11−22555号公報
【特許文献2】
特開平11−1386号公報
【特許文献3】
特表2001−506216号公報
【特許文献4】
特表2002−517376号公報
【特許文献5】
特開2002−20191号公報
【0005】
[特許文献1]の「一液推進方法および一液推進装置」は、一液推進薬により推力を得るに際し、一液推進薬としてヒドロキシンアンモニウムナイトレートと燃料を含む混合液を用い、混合液のうち一部を触媒により分解して高温ガスを発生させると共に、混合液のうち残部を燃焼空間内に直接噴射し、直接噴射した混合液を燃焼空間内で高温ガスにより点火燃焼させて推力を得る、ものである。
【0006】
[特許文献2]の「固体推進薬」は、酸化剤成分である硝酸ヒドロキシンアンモニウムと燃料成分である炭化水素系高分子ないしはゴム質材料からなるバインダーと適宜の補助剤を混合してなる、ものである。
【0007】
[特許文献3]の「固溶体乗物エアバッククリーンガス発生器の推進薬」は、a)ポリアルキルアンモニウムバインダーと、b)硝酸アンモニウム、及び第1添加剤の融点だけでなく該硝酸アンモニウムの融点よりも十分に低い温度で液体である共晶溶融物を生成する該第1添加剤からなる酸化剤混合物とからなる、ものである。
[特許文献4]の「含水組成物をベースとするガス発生用固体発火燃料」は、ゲル化効果を有する少なくとも1種の有機結合剤と、この結合剤によって吸収される液相の少なくとも1種の主酸化剤系とからなる、燃焼時に固体残留物を生じないガスを発生する発火組成物において、ゲル化効果を有する有機結合剤がポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルセルロースおよびキサンタンガムからなる群の中から選択され、液相の主酸化剤系が水と硝酸ヒドロキシルアンモニウムとの混合物からなる、ものである。
【0008】
[特許文献5]の「液体酸化剤及びハイブリッド推進薬」は、硝酸ヒドロキシルアンモニウムと、ヒドラジニウムニトロフォルメイト、アンモニウムジニトラミド、硝酸アンモニウム、及び過酸化水素からなる群より選択された1種類以上の酸化剤とを含有する、ものである。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
[非特許文献1]に開示されているように、1液推進薬(モノプロペラント)として、ヒドラジン、過酸化水素、酸化エチレン、及びニトロメタンが従来から試験的に用いられている。しかし、化学的、熱的に安定で貯蔵性が良く、かつ分解/反応しやすく良好な燃焼特性を有することから、現在ではヒドラジンのみが実用され、その他は今日では使われていない。
【0010】
ヒドラジン(N)の触媒反応は、中間生成物を無視すると、式(1)で示すことができる。
3N→4(1−x)NH+(1+2x)N+6xH・・・(1)
【0011】
式(1)において、xはアンモニアの解離度であり、解離度xに応じて、ヒドラジンは、断熱反応温度900〜1600K、特性排気速度1200〜1350m/s、比推力200〜230s、等の優れた燃焼特性を有する。
【0012】
しかし、ヒドラジンは毒性が強く、取り扱い時には防護服等で身を固める必要があり、取り扱い性が悪い問題点があった。
【0013】
一方、[非特許文献1]には、HN(hydrazinium nitrate:硝酸ヒドラジン)及びHN−HO混合薬が1液推進薬として例示されている。
【0014】
HN(硝酸ヒドラジン)は、ロケットエンジンの残留物の1つとして発見されたものであり、非常に安定性が高く、大気圧下では、電気加熱線によっても燃焼しない特性を有する。
【0015】
また、表1に示すように、HN単体では、爆轟(デトネーション)が起こり得るが、HN−HO混合薬は、HNが75%未満では爆轟は起こらないことが知られている。
【0016】
【表1】



【0017】
更に、図5に示すように、HN−HO−HYDRAZINE系の推進薬は、水の量が40%以下の性能の高い領域において、爆轟性があり、かつヒドラジンを含むため取り扱い性も悪い問題点があった。
【0018】
本発明は、上述した従来の状況に鑑みて成されたものある。すなわち、本発明の目的は、毒性が低く取り扱いが容易であり取り扱い時に防護服等で身を固める必要性を大幅に低減又は無くすことができ、かつヒドラジンに匹敵する燃焼特性を有する1液推進薬(モノプロペラント)とこれを用いた高温ガス発生方法を提供することにある。
【0019】
【課題を解決するための手段】
本発明によれば、ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)、ヒドラジウムナイトレート(HN)及び水を含むHAN/HN混合系の酸化剤と燃料成分とからなる、ことを特徴とするHAN/HNベースモノプロペラントが提供される。
【0020】
HANのみでは応答性(圧力の立ち上がり特性)が悪く、インジェクションから推力発生若しくはガス発生までに時間がかかる。また、HN−HO−HYDRAZINE系では爆轟性があり、特に性能の高い水の量が40%以下の領域では爆轟する。
これに対して、本発明の構成では、両成分を含むため、応答性が高いことが後述する試験結果で確認された。また、HANの安定性が非常に高いため、爆轟性のないモノプロペラントが得られる。さらに、本発明のモノプロペラントは、毒性の高いヒドラジンを含まないので、取り扱いが容易であり防護服等の必要性を大幅に低減又は無くすことができる。
【0021】
本発明の好ましい実施形態によれば、HANとHNの合計含有量が20%以上、90%未満であり、水の含有量が10%以上、50%以下である。
【0022】
HAN−HO混合薬は、HANが90%未満では爆轟は起こらないので、HANの一部をHNに置き換えてもその合計含有量が20%以上、90%未満であり、爆轟は起こらない。従って、水の含有量を10%以上、50%以下にすることで、性能が高く爆轟性のないモノプロペラントが得られる。
【0023】
また、前記燃料成分は、トリエタノールアンモニウムナイトレート(TEAN)又はアルコール類を含む炭化水素系燃料である。
【0024】
TEANを燃料成分とすることで、燃焼効率が高く応答性に優れた1液推進薬とすることができる。またアルコール類を含む炭化水素系燃料を燃料成分とすることで、取り扱い性のよい低コストの1液推進薬とすることができる。
【0025】
また、本発明によれば、ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)、ヒドラジウムナイトレート(HN)及び水を含むHAN/HN混合系の酸化剤と燃料成分とからなるHAN/HNベースモノプロペラントを、触媒に直接噴霧して高温ガスを発生させる、ことを特徴とする高温ガス発生方法が提供される。
【0026】
この方法によれば、HAN/HNベースモノプロペラントが、毒性の高いヒドラジンを含まないので、取り扱いが容易であり取り扱い時に防護服等で身を固める必要がない。
また、このモノプロペラントは応答性がよく、かつ性能の高い水の量が10〜50%の範囲で爆轟性がないので、触媒に直接噴霧するだけで高い応答性で高温ガスを発生させることができる。
【0027】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記触媒は、イリジウム系触媒であり、これを50℃以上、300℃以下に予熱する。
イリジウム系触媒は入手が容易であり、これを50℃以上、300℃以下に予熱するだけで、反応遅れ時間の短い高い応答性で高温ガスを発生させることができることが、後述する試験結果により確認された。
【0028】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の好ましい実施形態を図面を参照して説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0029】
図1は、本発明の方法を実施するための試験装置の構成図である。この図において、1は1液推進薬(モノプロペラント)、2は加圧ガスタンク、4は推進薬タンク、6a,6bは電磁弁、7a,7bは手動開閉弁、8はスラスタ、9a,9bはヒータ、10は触媒、Pは圧力計測器、Tは温度計測器である。
【0030】
加圧ガスタンク2は、1液推進薬1と反応しない不活性ガス(例えば、N,Ar,He)を例えば1〜3Mpaの圧力で内蔵し、手動開閉弁7aを介して推進薬タンク4内の1液推進薬1を加圧し、手動開閉弁7bを介して電磁弁6a,6bへ加圧状態の1液推進薬1を供給する。
【0031】
電磁弁6a,6bは、この例では直列に配置され、図示しない制御装置により、2つの電磁弁の連動により、周期的に短時間だけ両方を開くパルスモードを可能にしている。ヒータ9aは、電磁弁6a,6b内の推進薬を予熱し、所定の温度に保持する。
【0032】
スラスタ8は、内蔵する触媒10により、1液推進薬1を反応/分解させ高温ガスを発生させる。ヒータ9bは、触媒10を予熱し、所定の温度に保持する。
【0033】
本発明の1液推進薬(モノプロペラント)1は、HAN/HN混合系の酸化剤と燃料成分とからなる。
酸化剤は、ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)、ヒドラジウムナイトレート(HN)及び水を含む。また、HANとHNの合計含有量が20%以上、90%未満であり、水の含有量が10%以上、50%以下であるのがよい。
燃料成分は、好ましくはトリエタノールアンモニウムナイトレート(TEAN)であるが、炭化水素系燃料であってもよい。
【0034】
触媒10は、イリジウム系触媒であるのが好ましいが、本発明はこれに限定されず、その他の周知の触媒、例えばPt,Pd等を用いることができる。
【0035】
図2は、本発明の方法に用いるスラスターの一例を示す構成図である。この図において、触媒10は、25−30MESHの細かい粒子からなる触媒(SHELL NO.405)と、14−18MESHの粗い粒子からなる触媒(SHELL NO.405)との2層になっている。また、11は噴射装置であり、1液推進薬1を微細な液滴の状態で触媒に直接噴霧するようになっている。
【0036】
上述した装置を用い、本発明の方法では、HAN/HNベースモノプロペラント1を、所定温度に予熱した触媒に直接噴霧して高温ガスを発生させる。
この方法により、微細な液滴状態の1液推進薬(モノプロペラント)1を触媒層で補足して蒸発させるとともに、1液推進薬1を反応/分解させ高温ガスを発生させることができる。
【0037】
【実施例】
以下、上述した装置を用いた試験結果を説明する。
【0038】
この試験では、1液推進薬(モノプロペラント)として、HN/HAN/TEAN/HOの重量比率が16/47/20/17のもの(Type:A)と20/40/20/20のもの(Type:B)の2種を試験した。また、触媒10としてイリジウム系触媒を用い、初期触媒温度を200℃に保持した。
【0039】
図3は、本発明の実施例を示すパルスモード試験結果である。この試験は、2つの電磁弁6a,6bの連動により、周期的に0.1sec/ON、0.9sec/ONを繰返し、その応答性を試験したものである。0.1sec/ONによる推進薬の供給量は0.04g/パルスである。またこの図において、横軸は時間、縦軸は電磁弁6a,6bのON/OFFとこれに対応するスラスタ内の圧力変化を示している。
この図から、スラスタ内の圧力変化は、電磁弁6a,6bのON/OFFに正確に追従しており、応答性が非常に高いことが確認された。
【0040】
図4は、本発明の実施例を示す反応遅れ試験結果である。この図において、横軸は触媒温度、縦軸は反応遅れ時間である。また、図中の■は従来例(HAN−TEAN)、○は本発明の上述したType:Aである。
この図から、100℃以上の予熱温度において、本発明の1液推進薬の反応遅れ時間は、従来例よりも1桁(10倍)以上短く、応答性に優れていることがわかる。
【0041】
上述したように、本発明の1液推進薬は、従来例よりも応答性が非常に高いことが試験結果で確認された。また、HNの安定性が非常に高いため、水の含有量が反応性の高い10%以上、50%以下の範囲で爆轟性のないモノプロペラントが得られる。さらに、本発明のモノプロペラントは、毒性の高いヒドラジンを含まないので、取り扱いが容易であり防護服等の必要性を大幅に低減又は無くすことができる。
【0042】
また、本発明の1液推進薬は、その組成から、以下の燃焼特性を有することが試算できる。
燃焼温度:約900〜2400K、
比推力:180〜260s
従って、本発明の1液推進薬は、ヒドラジンに匹敵する燃焼特性を有するといえる。
【0043】
なお、本発明は上述した実施例及び実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できることは勿論である。
【0044】
【発明の効果】
上述したように、本発明のHAN/HNベースモノプロペラントとこれを用いた高温ガス発生方法は、毒性が低く取り扱いが容易であり取り扱い時に防護服等で身を固める必要性を大幅に低減又は無くすことができ、かつヒドラジンに匹敵する燃焼特性を有する、等の優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法を実施するための試験装置の構成図である。
【図2】本発明の方法に用いるスラスターの一例を示す構成図である。
【図3】本発明の実施例を示すパルスモード試験結果である。
【図4】本発明の実施例を示す反応遅れ試験結果である。
【図5】HN−HO−HYDRAZINE系推進薬の爆轟特性を示す図である。
【符号の説明】
1 1液推進薬(モノプロペラント)、
2 加圧ガスタンク、4 推進薬タンク、
6a,6b 電磁弁、7a,7b 手動開閉弁、
8 スラスタ、9a,9b ヒータ、10 触媒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)、ヒドラジウムナイトレート(HN)及び水を含むHAN/HN混合系の酸化剤と燃料成分とからなる、ことを特徴とするHAN/HNベースモノプロペラント。
【請求項2】
HANとHNの合計含有量が20%以上、90%未満であり、水の含有量が10%以上、50%以下である、ことを特徴とする請求項1に記載のHAN/HNベースモノプロペラント。
【請求項3】
前記燃料成分は、トリエタノールアンモニウムナイトレート(TEAN)又はアルコール類を含む炭化水素系燃料である、ことを特徴とする請求項1に記載のHAN/HNベースモノプロペラント。
【請求項4】
ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)、ヒドラジウムナイトレート(HN)及び水を含むHAN/HN混合系の酸化剤と燃料成分とからなるHAN/HNベースモノプロペラントを、触媒に直接噴霧して高温ガスを発生させる、ことを特徴とする高温ガス発生方法。
【請求項5】
前記触媒は、イリジウム系触媒であり、これを50℃以上、300℃以下に予熱する、ことを特徴とする請求項4に記載の高温ガス発生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2004−331425(P2004−331425A)
【公開日】平成16年11月25日(2004.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−126278(P2003−126278)
【出願日】平成15年5月1日(2003.5.1)
【出願人】(000000099)石川島播磨重工業株式会社 (5,014)
【出願人】(000173429)細谷火工株式会社 (14)
【出願人】(500302552)株式会社アイ・エイチ・アイ・エアロスペース (298)
【出願人】(591232118)
【Fターム(参考)】