説明

アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤

【課題】新規なイオンチャンネル阻害剤及び神経伝達過敏症の治療剤を提供することである。
【解決手段】アセチルコリン受容体のクラスター形成を阻害する化合物がイオンチャンネル阻害剤の有効成分となることを新規に見出し、本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤、イオンチャンネル阻害剤及び神経伝達過敏症の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
筋肉の収縮は,神経筋接合部 (neuromuscular junction; NMJ) において運動神経終末のシナプス小胞体内から放出されたアセチルコリン (acetylcholine; ACh) が筋細胞膜上に存在するニコチン性アセチルコリン受容体 (nicotinic acetylcholine receptor; nAChR) に結合することにより始まる。
nAChR は、カチオンチャネルとしての作用を持ち、リガンドであるACh の結合により細胞外のナトリウムイオン(Na+ )が細胞内へ通過できるようになる。さらに、Na+ の通過は筋細胞膜の脱分極を起こす。また、筋細胞膜の横行小管 (transverse tubules; t-tubules) に存在するジヒドロピリジン受容体 (dihydropyridine receptor: DHPR) は膜電位変化を感知し、共役しているリアノジン受容体 (ryanodine receptor: RyR) の開口を促す。その結果、筋小胞体 (sarcoplasmic reticulum; SR) に貯蔵されていたカルシウムイオン( Ca2+ )を放出し、筋細胞の細胞質内 Ca2+ 濃度を上昇させ,アクチン・ミオシン相互作用による筋収縮を引き起こす 。
【0003】
脱神経状態の nAChR は、筋膜全体に拡散した状態で存在する。NMJ 形成時にnAChR は神経筋接合部シナプス後膜上で高密度に集合し、nAChR クラスターと呼ばれる集合体を形成する。この時、nAChR クラスター形成を誘発させるアグリン (agrin) が運動神経終末から放出され、筋細胞膜上にある低分子リポタンパク受容体関連タンパク4 (Low density lipoprotein receptor-related protein 4; Lrp4)−筋特異的チロシンキナーゼ (muscle specific tyrosine kinase; MuSK) 複合体に結合し、筋細胞内のDok-7 による自己リン酸化作用を受け、MuSK をリン酸化する。
筋収縮における筋細胞膜の脱分極から筋収縮までの一連の流れを興奮収縮連関 (excitation-contraction coupling; E-C coupling) といい、主にDHPR,RyR,SR が関与している。DHPR は、膜脱分極に応答して開口するL型電位依存性 Ca2+ チャネル (voltage-gated calcium channel; VGCC) のことであり、電位センサーとしての役割を担っている。
【0004】
一方、カルシウムイオンは細胞内情報伝達物質の一つとして知られており、細胞内でのカルシウムイオン濃度の変化が引き金となって、様々な生理機能が発現することが知られている。細胞内カルシウムイオン濃度が上昇する要因として、細胞外からのカルシウムイオンの流入が挙げられる。その流入の入り口の一つに相当するのが電位依存性カルシウムチャンネルである。電位依存性カルシウムチャンネルは、細胞膜電位の脱分極により開き、電気化学的勾配に従って細胞外のカルシウムイオンを選択的に流入させる。電位依存性カルシウムチャンネルは、現在、N型、L型、P/Q型、R型、およびT型に分類されている。
L型及びT型カルシウムチャンネルは多種多様の組織に存在しているが、L型は特に平滑筋および心筋細胞に多く存在することが知られている。一方、N型、P/Q型およびR型カルシウムチャンネルは主として、神経系に存在しており、種々の神経伝達物質の放出に関与している。この神経伝達物質は通常、神経終末のシナプス小胞に貯蔵されているが、情報伝達により神経の活動電位がシナプス前線維を伝導し神経終末に達すると、電位依存性カルシウムチャンネルが活性化され、神経終末にカルシウムイオンが流入する。これにより、シナプス小胞がシナプス前膜に融合し、神経伝達物質が放出される。放出された神経伝達物質はシナプス後膜の受容体に作用し、シナプス伝達に関与する。
【0005】
以上のことから、N型カルシウムチャンネル阻害剤は神経伝達物質の大量放出によって引き起こされる種々の疾患に有用であるため、例えば、脳梗塞、一過性脳虚血発作、心臓手術後の脳脊髄障害、脊髄血管障害、ストレス性高血圧、神経症、てんかん、喘息、頻尿、眼疾患(緑内障、糖尿病性網膜症、黄斑変性症、網膜血管閉塞症等)等の予防および/または治療、または痛みの予防および/または治療剤(例えば、急性痛、慢性痛、術後痛、癌性疼痛、神経痛、感染性疼痛等の痛み)としても有用である。
【0006】
上記カルシウムチャンネル阻害剤は、複数知られている。例えば、ベシル酸アムロジピン、ベニジピン塩酸塩、塩酸ジルチアゼム、ベラパミル塩酸塩等が挙げられる。
しかし、これらの阻害剤は、アセチルコリン受容体のクラスター形成の阻害を意図したものではない。
【0007】
さらに、カルシウムチャンネル阻害剤に関する文献が多数存在する(例えば、特許文献1、2)。
しかしながら、上記文献では、アセチルコリン受容体のクラスター形成の阻害能を有する化合物等は開示又は示唆されていない。
【0008】
加えて、上記公知のカルシウムチャンネル阻害剤を長期間患者に投与することにより、治療効果の低減、副作用の発生等が問題になっている。さらには、薬の効果には個人差が生じることも知られている。
【0009】
以上の現状により、新たなイオンチャンネル阻害剤、さらには神経伝達過敏症の治療剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−269903
【特許文献2】特開2006−056805
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、上記した問題を解決することを解決すべき課題とした。より詳しくは、新規なイオンチャンネル阻害剤及び神経伝達過敏症の治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために、アセチルコリン受容体のクラスター形成を阻害する化合物がイオンチャンネル阻害剤の有効成分となることを新規に見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.以下の少なくとも1以上を有効成分とするアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)タクロリムス
(2)シクロスポリン
(3)ラパマイシン
(4)プレドニゾロン
(5)ニフェジピン
(6)ルテニウムレッド
(7)抗DHFR抗体
(8)抗RyR抗体
(9)SC2型アグリン又は改変型SC2型アグリン
(10)z0型アグリン又は改変型z0型アグリン
2.以下の少なくとも1以上を有効成分とする前項1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)タクロリムス
(2)シクロスポリン
(3)ラパマイシン
(4)プレドニゾロン
3.以下の少なくとも1以上を有効成分とする前項1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)ニフェジピン
(2)ルテニウムレッド
(3)抗DHFR抗体
(4)抗RyR抗体
4.以下の少なくとも1以上を有効成分とする前項1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)SC2型アグリン
(2)SC2型アグリンと90%以上のアミノ酸相同性を有しかつSC2型アグリンと実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能を有する改変型SC2型アグリン
(3)z0型アグリン
(4)z0型アグリンと90%以上のアミノ酸相同性を有しかつSC2型アグリンと実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能を有する改変型z0型アグリン
5.イオンチャンネル阻害剤である前項1〜4のいずれか1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
6.神経伝達過敏症の治療剤である前項1〜4のいずれか1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
7.以下の工程を含むイオンチャンネル阻害活性を有する物質のスクリーニング方法;
(1)候補阻害物質をアセチルコリン受容体が発現している細胞中に添加する工程、
(2)該細胞中のアセチルコリン受容体クラスター形成能を指標として、候補阻害物質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害活性を測定する工程。
【発明の効果】
【0014】
本発明者らは、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤、イオンチャンネル阻害剤、及び神経伝達過敏症の治療剤を提供した。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】各種のアグリン転写物のcDNA配列の比較図。
【図2】各種のアグリンのカルボキシ(C)末端アミノ酸配列の比較図。図中のY部位(KSRK)は二重の下線で示し、z8挿入部位(ELTNEIPA)は下線で示し、z11挿入部位(PETLDSRALFS)は、点下線で示す。各囲みは、各アグリン特有のアミノ酸配列を示す(例:アミノ酸配列EHWQPRAETは、SC2(short C-terminal variant-2)アグリンの特有の配列である)。
【図3】各種のアグリンmRNAの選択的スプライシングの模式図。図中の各ボックスは、エキソンを示す。
【図4】各種のアグリンのドメイン構造を示す模式図{最上位のアグリンは、フルアグリン(全長アグリン)であり、それ以外はミニアグリンを示す}。
【図5】nifedipineによるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図6】抗DHFR抗体によるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図7】ruthenium redによるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図8】抗RyR 抗体によるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図9】シクロスポリンA(Cyclosprin A; CyA) によるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図10】プレドニゾロン(PSL)によるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図11】FK506によるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図12】ラパマイシンによるnAChRクラスター形成阻害の結果。
【図13】Nifedipine、抗DHFR抗体、ruthenium red又は抗RyR 抗体によるMuSK リン酸化抑制の結果。
【図14】FK506、シクロスポリンA、ラパマイシン又はプレドニゾロンによるMuSK リン酸化抑制の結果。
【図15】Nifedipine又は抗DHFR抗体による細胞内Ca2+濃度低下作用の結果。
【図16】Ruthenium red又は抗RyR 抗体による細胞内Ca2+濃度低下作用の結果。
【図17】FK506又はシクロスポリンAによる細胞内Ca2+濃度低下作用の結果。
【図18】ラパマイシン又はプレドニゾロンによる細胞内Ca2+濃度低下作用の結果。
【図19】nAChRクラスター形成の観察と評価結果。図中の矢印は、nAChRクラスターが形成されていることを示す。
【図20】z0型アグリン、SC2型アグリンのnAChRのクラスター形成阻害活性の評価。図中の矢印は、nAChRクラスターが形成されていることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(MuSK)
MuSKは分子量110 kDaの膜貫通型リン酸化酵素で、筋膜上でnAChRと隣接している。このMuSKはアグリンの刺激によりリン酸化され、このリン酸化が下流に位置するラプシンを介してnAChRのクラスター形成を促進する。nAChRのクラスター形成を引き起こすアグリン-MuSK-ラプシン-nAChRシグナル伝達経路は様々なレベルの調節を受けていることが推測されているが、未だ解明されていない。
【0017】
(RyR)
RyR (リアノジン受容体)はDHPR と共役して存在することが知られており、分子量565 (約5000アミノ酸残基)の4量体構造をしている。RyR 全体の20% がチャネル活性に関与し、残りの部分は生理学的調節因子との結合部位をもつ。生理学的調節因子には、Ca2+,ATP,カルモジュリン,FKBP12 が知られている。
【0018】
(ジヒドロピリジン受容体)
ジヒドロピリジン受容体(DHPR)は、横行小管(T管)膜の最深部にある筋小胞体末端膨大部と連結するタンパク質で、電位センサーとして機能し、リアノジン受容体と興奮収縮連関の単位を構成する。すなわち、神経から放出されたアセチルコリンを筋アセチルコリン受容体が受容すると、ナトリウムイオンが筋内に流入し、活動電位が発生する。この活動電位によってT管が脱分極すると、DHPR体から筋小胞体にあるリアノジン受容体にシグナルが伝わり、カルシウムイオンが放出されて筋収縮が起きる。
【0019】
(アグリン)
アグリンは225 kDaのタンパク質をコアに持つヘパラン硫酸プロテオグリカンの一種であり、アミノ (N) 末端部と中央部に複数の推定糖鎖付加部位を持つ。アグリンは約40個のエクソンにコードされており、mRNAはオルタナティブ・スプライシングを受けて異なる翻訳開始点が生じる。このため49アミノ酸からなるshort N-terminal (SN) と、150アミノ酸からなるlong N-terminal (LN) の2種類のN末端を持つアグリンが産生される 。
さらにLNは、分泌に必須のシグナル配列 (signal sequence; SS) とラミニン結合領域であるN-terminal agrin domain (NtA) とを持つ分泌型、およびtransmembrane segment (TM) を持つ膜貫通型とに分けられる。
一方、C末端側にはX,Y,およびZのオルタナティブ・スプライシングによる可変部位が3箇所ある。Y部位への4個のアミノ酸挿入は、α-ジストログリカン (α-dystroglycan; a-DG) との親和性を高めると言われている。Z部位には、アミノ酸挿入がないz0 型に加えて、8、11、19個のアミノ酸が挿入されたz8,z11,z19型があり、z+型と総称されている (Ferns, M. J., Campanelli, J. T., Hoch, W., Scheller, R. H., and Hall, Z. (1993). The ability of agrin to cluster AChRs depends on alternative splicing and on cell surface)。
【0020】
本発明者らは、上記既知の標準型C末端をもつz0,z8,z19型とは異なり、標準型よりも短いC末端をコードすることが推定される2種類のバリアントを新たに見出した。これらをSC1 (Short C-terminal variant-1)、SC2 (Short C-terminal variant-2) 型アグリンと命名した(参照:図1、2、3、4)。
なお、オルタナティブ・スプライシングの様式を下記表1に示す。アグリン分子の多様性は,N末端,X部位,Y部位,Z部位,およびC末端の少なくとも5か所で生じる可変的な領域数の掛け算によって創出されていると考えられる。
さらに、本発明者らは、すでに、SC2型アグリン及びz0型アグリンが、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害活性を持つことを、見出している(参照:図19、20)。
【0021】
【表1】

【0022】
また、本発明では、「改変型SC2型アグリン」及び「改変型z0型アグリン」も対象とする。
改変型SC2型アグリンとは、SC2型アグリンと90%以上のアミノ酸相同性を有しかつSC2型アグリンと実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能を有する。
また、改変型z0型アグリンとは、z0型アグリンと90%以上のアミノ酸相同性を有しかつSC2型アグリンと実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能を有する。
なお、「実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能」とは、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害作用を有することを意味し、その程度がSC2型アグリン又はz0型アグリンと比較して強くても弱くてもよい。
【0023】
「アミノ酸配列相同性」とは、通常、アミノ酸配列の全体で90%以上、好ましくは93%、より好ましくは98%以上であることが適当である。
例えば、SC2型アグリン又はz0型アグリンのアミノ酸配列において、例えば1〜20個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、さらにより好ましくは1個〜5個、またさらに好ましくは1個〜3個、最も好ましくは1個のアミノ酸の変異、例えば欠失、置換、付加または挿入といった変異を有するアミノ酸配列で表されるペプチドが例示できる。
【0024】
上記変異を導入する手段は自体公知であり、例えば、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、プライマー伸長法またはポリメラーゼ連鎖反応(以下、PCRと略称する)などを単独でまたは適宜組合せて使用できる。例えば成書に記載の方法(サムブルック(Sambrook)ら編、「モレキュラークローニング,ア ラボラトリーマニュアル 第2版」、1989年、コールドスプリングハーバーラボラトリー;村松正實編、「ラボマニュアル遺伝子工学」、1988年、丸善株式会社)に準じて、あるいはそれらの方法を改変して実施することができ、ウルマーの技術(ウルマー(Ulmer, K.M.)、「サイエンス(Science)」、1983年、第219巻、p.666-671)を利用することもできる。ペプチドの場合、変異の導入において、当該ペプチドの基本的な性質(物性、機能、生理活性または免疫学的活性等)を変化させないという観点からは、例えば、同族アミノ酸(極性アミノ酸、非極性アミノ酸、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、陽性荷電アミノ酸、陰性荷電アミノ酸および芳香族アミノ酸等)の間での相互の置換は容易に想定される。
【0025】
(イオンチャンネル阻害活性を有する物質のスクリーニング方法)
本発明のスクリーニング方法では、少なくとも以下の工程を含む。
(1)候補阻害物質をアセチルコリン受容体が発現している細胞中に添加する工程、
前記細胞は、該細胞中にアセチルコリン受容体が発現できる細胞であれば特に限定されない。
(2)該細胞中のアセチルコリン受容体クラスター形成能を指標として、候補阻害物質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害活性を測定する工程。
候補阻害物質を添加した細胞中のアセチルコリン受容体クラスター形成能が、該候補阻害物質を添加していない細胞(コントロール細胞又はアグリンを添加した細胞)のアセチルコリン受容体クラスター形成能と比較をする。
なお、候補阻害物質を添加した細胞中のアセチルコリン受容体クラスター形成能が低い場合には、該候補阻害物質は、アセチルコリン受容体クラスター形成能阻害活性を阻害する物質である。
また、アセチルコリン受容体クラスター形成能の測定方法は、下記実施例1を参照することができる。
【0026】
(候補阻害物質)
上記スクリーニングで使用する候補阻害物質としては任意の物質を使用することができる。候補阻害物質の種類は特に限定されず、個々の低分子合成化合物特にsiRNAでもよいし、天然物抽出物中に存在する化合物でもよく、合成ペプチドでもよい。あるいは、候補阻害物質はまた、化合物ライブラリー、ファージディスプレーライブラリーもしくはコンビナトリアルライブラリーでもよい。候補阻害物質は、好ましくは低分子化合物であり、低分子化合物の化合物ライブラリーが好ましい。化合物ライブラリーの構築は当業者に公知であり、また市販の化合物ライブラリーを使用することもできる。
【0027】
(アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤)
本発明の「アセチルコリン受容体クラスター形成能阻害剤」とは、アセチルコリン受容体クラスター形成を抑制、阻害及び/又は低下させる機能を有する。
本発明の阻害剤の特徴は、従来のアセチルコリン産生量を減少させる薬剤とは明らかにメカニズムが異なる。従来のアセチルコリン産生量を減少させる薬剤では、患者の体内中のアセチルコリン産生量を減少させることができても、アセチルコリン受容体が多ければ(クラスターが形成されていれば)、アセチルコリンがアセチルコリン受容体(ニコチン性アセチルコリン受容体)に結合でき、受容体に内蔵されるカチオンチャネルが開口し、過剰の興奮性シナプス後電位が生じた。
しかし、本発明の阻害剤は、従来の上記薬剤とはメカニズムが異なり、アセチルコリン受容体クラスターの形成能を阻害させるので、アセチルコリン産生量が多い患者においても、アセチルコリンが効率的にアセチルコリン受容体に結合することができないので、受容体に内蔵されるカチオンチャネルがわずかしか開口せず、興奮性シナプス後電位を抑えることできる。
同様に、本発明の阻害剤は、上記述べたように、従来のイオンチャンネル阻害剤とは明らかにメカニズムが異なる。従来のイオンチャンネル阻害剤は、カルシウムイオンチャンネルを遮断し、細胞内へのカルシウムイオンの流入を阻止するものである。
さらに、本発明の阻害剤を、従来のアセチルコリン産生量を減少させる薬剤若しくは従来のイオンチャンネル阻害剤と併用又は組み合わせることにより、優れた効果、特に従来の薬剤では効果がない患者に有用であると考えられる。
【0028】
(アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤の組成)
本発明のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤の「組成」は、有効成分として、少なくとも以下のいずれか1を含む:
ニフェジピン、ルテニウムレッド(Ruthenium Red)、抗DHFR抗体、抗RyR抗体、タクロリムス、シクロスポリン、ラパマイシン、プレドニゾロン、SC2型アグリン、z0型アグリン。
さらに、抗DHFR抗体、抗RyR 抗体を有効成分とする場合には、それぞれの補体も含めることが好ましい。
【0029】
(ニフェジピン:nifedipine)
カルシウム拮抗薬であり、冠状血管拡張、血管平滑筋の収縮に関するCaイオンの細胞内への流入を阻害する。また、DHPR 阻害効果を有する。
【0030】
(ルテニウムレッド:Ruthenium Red)
カプサイシン誘導性のカチオンチャンネルの開口を押さえる経膜的Ca2+輸送ブロッカーである。また、RyR阻害効果を有する。
【0031】
(抗DHPR抗体)
ジヒドロピリジン受容体(DHPR)を特異的に認識する抗体。該抗体は、多くの業者から製造・販売されている。
【0032】
(抗RyR抗体)
リアノジン受容体(RyR)を特異的に認識する抗体。該抗体は、多くの業者から製造・販売されている。
【0033】
(タクロリムス:FK506)
肝・腎・骨髄移植時の拒絶反応抑制に用いられる免疫抑制剤である。ヘルパーT細胞においてFK506結合タンパク質と複合体を形成してカルシニューリンの活性化を阻害し、細胞内情報伝達系を抑制してインターロイキン-2などのサイトカインの産生を抑える。
【0034】
(シクロスポリンA:CyA)
アミノ酸11個からなる疎水性の環状ポリペプチドの免疫抑制剤である。肝・腎・骨髄移植時の拒絶反応抑制や再生不良性貧血、ネフローゼ症候群などに用いられる。T細胞において細胞質内のシクロフィリンと複合体を形成してカルシニューリンの活性化を阻害し、インターロイキン-2などのサイトカインの産生を抑える。
【0035】
(ラパマイシン:rapamycin)
ラパマイシンは、ストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)によって産生される大環状トリエン系の抗生物質であり、さらに細胞内のシグナルトランスダクションを遮断することによって、免疫抑制効果も有する。
【0036】
{プレドニゾロン:PSL(prednisolone)}
合成副腎皮質ホルモン製剤であり、リウマチなどの炎症症状や、気管支喘息などのアレルギー症状を抑える抗炎症薬。
【0037】
(イオンチャンネル阻害剤)
本発明の「アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤」は、下記実施例1の結果により、細胞質内 Ca2+ 濃度を低下させることを確認している。
すなわち、本発明のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤は、「イオンチャンネル阻害剤」、特に「カルシウムイオンチャンネル阻害剤」としての効果も有する。
【0038】
(神経伝達過敏症)
本発明の「神経伝達過敏症」とは、脳から筋など効果器へ至る神経伝達の過敏により、症状を発現する。例えば、癲癇、眼瞼痙攣、筋痙攣、頸椎症/腰椎症/糖尿病に伴うクランプ、脳血管障害に伴う痙縮、パーキンソン病に伴う固縮、筋緊張生頭痛等に関する疾病である。
【0039】
(神経伝達過敏症の治療剤)
カルシウムイオンチャンネル阻害剤は、神経伝達物質の大量放出によって引き起こされる種々の疾患である神経伝達過敏症に有用であることが知られている。
よって、本発明のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤は、「神経伝達過敏症の治療剤」としての効果も有する。
【0040】
本発明のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤は、上記記載の有効成分及び/又は上記記載のスクリーニング方法により得られたアセチルコリン受容体クラスター形成阻害物質を含む。
さらに、治療等(予防も含む)の目的に応じて、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、腸溶剤、液剤、注射剤(液剤、懸濁剤)または遺伝子療法に用いる形態などの各種の形態に、常法にしたがって調製することができる。
加えて、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤および賦形剤も含むことができる。その他、安定化剤、殺菌剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、界面活性剤、およびpH調整剤等を適宜使用することもできる。
【0041】
本発明のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤の投与量または摂取量については、本発明の効果が得られるものであれば特に限定されるものではなく、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無等)、および担当医師の判断等に応じて適宜選択される。本発明の促進剤は、1日1〜数回に分けて投与または摂取することができ、数日または数週間に1回の割合で間欠的に投与または摂取してもよい。
【0042】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。しかし、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
(アセチルコリン受容体のクラスター形成能及び細胞質内 Ca2+ 濃度の確認)
本実施例では、 ニフェジピン(nifedipine)、ルテニウムレッド(ruthenium red)、抗DHPR 抗体、抗RyR 抗体、タクロリムス(FK506)、シクロスポリンA(CyA)、ラパマイシン(rapamycin)及びプレドニゾロン(PSL)による nAChR クラスター形成への影響の確認並びにアグリンによる nAChR クラスター形成時に活性化される MuSK のリン酸化への影響を確認した。さらには、それらの化合物が細胞質内 Ca2+ 濃度 (intracellular calcium concentration; [Ca2+]i)を減少させるかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0044】
(1)細胞の培養
マウス筋芽細胞由来培養細胞株C2C12を American Type Culture Collectionより購入、使用した。継代培養にはDulbecco's Modified Eagle Medium (DMEM; GIBCO BRL,Grand Island,NY,USA) に10%ウシ胎児血清 (fetal bovine serum; FBS; GIBCO BRL) ペニシリン 100 units/mL (GIBCO BRL) 及びストレプトマイシン 100 μg/mL (GIBCO BRL) を加えて使用した。
継代時には培養液を吸引除去後、付着細胞をリン酸緩衝生理食塩水 {phosphate buffered saline (−); PBS (−)}で洗浄し、0.25%トリプシン,1 mMエチレンジアミン四酢酸を含むMg2+, Ca2+ 不含HBSS (GIBCO BRL) を加え、CO2 インキュベーター (37 °C,5% CO2; BNA-111; TABAI ESPEC, 大阪) 内で5分間反応させた。剥離した細胞を回収後、1500 rpm,20 °Cで5分遠心した (Himac CF7D2; HITACHI, 東京)。上清を吸引除去した後、新たな培養液に浮遊させ、細胞数を 1 × 103 cells / ml に調製し、そのうち10 mlを培養フラスコに播種し、CO2 インキュベーター (37 °C,5% CO2) で培養した培養液は3日ごとに交換し、1週間で継代した。上記培養に加えて、C2C12細胞の分化誘導を行った。継代後3日目に培養液を除去し、分化誘導用の2% 馬血清 (horse serum; HS+GIBCO BRL) を含むDMEMを加えて、5日間,CO2インキュベーター (37 °C,5% CO2) で培養し、分化誘導させた。
【0045】
(2)Collagen IVコーティング
組織培養用6ウェルプレート(IWAKI) の各ウェルにカバーガラスを置いた。Collagen IV(日本BD;Becton, Dickinson and Company,USA) を4 °Cで24時間かけて解凍し、0.05 N KCl (Wako,Japan) で100 μg/mLに調節後、カバーガラス上に500 μL ずつ添加した。室温で1時間コートさせた後、PBS(−) で3回洗浄した。
【0046】
(3)nAChRクラスター形成の観察と評価
C2C12細胞を5 × 103 cells/mlに調製し、collagenIV コーティングカバーガラスを置いた組織培養用6ウェルプレートの各ウェルに1.5 mlずつ播種し、CO2 インキュベーター (37 °C,5% CO2) で培養した。3日後に2% HS-DMEMに交換し、5日間培養して分化させた。myotubeが確認されたウェルに0.2% BSA/PBS(−) に溶解した組み換え型アグリン (Rat C-terminal agrin; R&D SYSTEMS,Minneapolis,MN,USA) を添加してnAChR クラスター形成を誘導した。
nAChR クラスター形成への影響を見るためにnifedipine (SIGMA)、ruthenium red (SIGMA) を14 時間、FK506 (SIGMA)、シクロスポリンA (CyA;SIGMA)、ラパマイシン(SIGMA)、プレドニゾロン (SIGMA) を24 時間処置した。
それぞれの反応時間後に培養上清を除去し、PBS(−)で洗浄後、3.7% ホルムアルデヒド (16% ultrapure formaldehyde methanol free; Polysciences, Eppelheim, Germany)-PBS(−) を加え、細胞を室温で10分間固定した。1% BSA-PBS(−)で1分間ずつ3回洗浄した後、蛍光標識された a-ブンガロトキシン (a-bungarotoxin; a-BuTX, Alexa Fluor 488 conjugate; Molecular Probes, Eugene, OR, USA) を最終濃度100 nMになるように添加し、遮光して室温で1時間反応させた。1% BSA-PBS(−)で5分間ずつ2回洗浄した後、Fluoromount TM (コスモバイオ) を用いてプレパラートを作成した。蛍光観察には20倍対物レンズ、正立型顕微鏡 (BX51; OLYMPUS, 東京) を使用した。画像の取り込みには、DP71デジタルカメラ (OLYMPUS) と専用ソフトウェア (DP ControllerとDP Manager; OLYMPUS) を使用した。また,抗体実験ではC2C12細胞を5 × 103 cells/mlに調製し、組織培養用96ウェルプレート (IWAKI) の各ウェルに0.2 mlずつ播種し、CO2 インキュベーター (37 °C,5% CO2) で培養した。3日後に2% HS-DMEMに交換し、5日間培養して分化させた。
myotubeが確認されたウェルに条件により1 nM 組換え型アグリン を24時間処置し、新しく10% rabbit serum complement {Complement (Low-Tox-M) Rabbit;CEDARLANE Laboratories,Canada} -DMEMに代えた後、抗KLH抗体 (clone KLH-60,SIGMA)、抗nAChR抗体 (clone mAb 35,SIGMA)、抗DHPR抗体 (clone 1A,SIGMA)、抗RyR抗体 (clone 34C,SIGMA) のいずれかを加えた。24時間後、同様の染色を行った。観察には20倍対物レンズ、NIBAフィルターを装着した倒立型顕微鏡 (IX 71; OLYMPUS, 東京) を使用し,画像取り込みは上と同様のソフトを用いた。
評価方法は,Alexa-488のシグナルが長径10 μm以上の集合体を nAChR クラスターと定義して数えた。各ウェルにつき10視野ずつ撮影し、1視野あたりの nAChR クラスター数を計算した。1視野あたりの平均値を算出した。有意差検定は Tukey-Kramer 検定により,有意水準を5% とした。
【0047】
(4)イムノブロット解析
C2C12細胞を5 × 103 cells/mlに調製し、組織培養用10 cm dish (IWAKI) に10 mlずつ播種し、CO2 インキュベーター (37 °C,5% CO2) で培養した。3日後に2% HS-DMEMに交換し、5日間培養して分化させた。myotubeが確認されたウェルに1 nM組換え型アグリンと、nifedipine又はruthenium redを14時間、FK506,シクロスポリンA (CyA),ラパマイシン又はプレドニゾロンを24時間処置した。
それぞれの反応時間後に、Tris-buffered saline (TBS) で洗浄し、さらに0.02% EDTAではがした。剥離した細胞を回収後、1500 rpm,20 °Cで5分間遠心した。上清を吸引除去した後、lysis buffer (TBS 200 mM,TritonX-100 1%,PMSF 0.5 mM,leupeptin 1 μg/mL,pepstatin A 1 μg/mL,EDTA 1 mM,sodium orthovanadate 0.05 M)に溶解し、ソニケーションをした後、2時間,4°Cでローテーターにて放置した。その後、1500 rpm,4°Cで30分間遠心し、イムノブロットのサンプルとした。これを等量の2 × サンプルBuffer (Tris Base 282 mM,Tris-HCl 212 mM,146 nM lithium dodecyl sulfate,2.18 M Glycerol,1.02 mM EDTA,100 mM DTT,0.44 mM Serva Blue G250,0.35 mM Phenol Red,pH 8.4; Invitrogen) と混合し、95 °Cで5分加熱した。
各サンプル5-15 μL (50 ng -3μg) を4-12%SDSポリアクリルゲル電気泳動 (NuPAGE 4-12% Bis-Tris GelおよびNuPAGE MOPS SDS Running Buffer; Invitrogen) にて、200 Vで50分泳動した。泳動後のタンパク質はPVDFメンブレン (Invitrogen) に30 Vで60分かけて転写した。転写後のメンブレンは、3% BSAを含むトリス緩衝生理食塩水 (TBS; 20 mM Tris,150 mM NaCl, pH 7.5) に浸して室温で1時間ブロッキングした。
続いて0.05% Tween 20 (Bio-Rad Laboratories, CA, USA) を含むTBS (TTBS) でメンブレンを10分間ずつ3回洗浄した後、マウス抗phosphotyrosine-kinase 抗体(SIGMA,4G10 + SIGMA,PY-20 1:1 混合)を1% BSA-TTBS で500倍希釈した溶液を用いて1次抗体反応を行った。37 °Cで振蕩しながら5時間反応させ、メンブレンを10分ずつ3回洗浄した後、HRP標識ヤギ抗マウスIgG抗体 (MP Biomdicals, Inc.-Cappel Products, Costa Mesa, CA, USA) を5,000倍希釈した溶液で2次抗体反応を行った。室温で1.5時間反応させた後、メンブレンを10分間ずつ3回洗浄し、ECL Plus (GE Healthcare UK Ltd. Buckinghamshire, England) 試薬と室温で5分反応させた。
シグナルの検出には,LAS-4000UVmini (Fujifilm, 東京) を使用した。検出方法はchemiluminescence,露出方法はprecisionに設定した。
なお、MuSK の検出も同様の方法で行った。1次抗体反応は、ヤギ抗 MuSK 抗体(Santacruz, N-19+Santacruz, C-19, 1:1混合) を1 % BSA-TTBS で500倍希釈した溶液を12時間反応させた。2次抗体反応は、HRP標識抗ヤギIgG 抗体 (MP Biomdicals, Inc.-Cappel Products, Costa Mesa, CA, USA) を5,000倍希釈した溶液を用いて90分反応させた。検出方法は 上記方法と同じである.
【0048】
(5) [Ca2+]i 測定
C2C12細胞を5 × 103 cells/mlに調製し、組織培養用96ウェルプレート (IWAKI) の各ウェルに0.2 mlずつ播種し、CO2 インキュベーター (37 °C,5% CO2) で培養した。3日後に2% HS-DMEMに交換し、5日間培養して分化させた。myotubeが確認されたウェルにnifedipine又は ruthenium redを測定1分前に、FK506,シクロスポリンA,ラパマイシン,プレドニゾロンのいずれか1、又は抗DHPR抗体と補体、 抗RyR抗体と補体を測定24時間前に処置した。補体は、非働化させたものとしていないものの2 条件で実験を行った。HEPES Buffer solution (HBS;140mM NaCl,5 mM KCl,0.5 mM MgCl2,20 mM HEPES,10 mM glucose, 1 mM CaCl2, pH 7.3)で2回洗浄した後、50 μMに調製した fluo-3,AM を37 ℃のインキュベーター内で1時間反応させた。その後、HBSで2回洗浄後、30分間遮光しながら室温でインキュベートした。新しいHBS 50 μLに代えた後,Fluoroskan Ascent FL (Labsystems, Helsinki, Finland) で測定した。室温で 8 ウェルずつ蛍光強度を (励起波長 : 485 nm, 基底波長 : 530 nm) にして測定を行った。測定時のインターバルを1.35秒とし、校正のために1ウェルあたり20μL 1% Nonidet P-40 (NP40; Nacalai tesque, 京都) によりFmax 値を,20μL 0.1M Ethylene Glycol - (β -Aminoethyl Ether) -N,N,N',N'-tetraacetic acid (EGTA; SIGMA) によりFmin 値を得た。細胞内Ca2+ 濃度は下記表に記載の式により計算した。なお、評価には、条件ごとに [Ca2+]i 増加によるピーク値の平均を算出し、有意差検定は Tukey-Kramer 検定により,有意水準を5% とした。
【0049】
【表2】

【0050】
(6)nAChR クラスター形成の評価と観察結果
nifedipine,ruthenium red,抗DHPR抗体及び抗RyR抗体において、アグリン 誘導 nAChR クラスター形成への影響を確認した。
分化誘導させたC2C12細胞にnAChR クラスター形成を誘導するための組み換え型 アグリンと 50μM または 100μM nifedipine を同時に添加した。14 時間反応後、Alexa-488 で蛍光標識された α-BuTX を用いて nAChR を視覚化し、CFM にて観察した。
nAChR クラスターは nAChR が集合し、長径 10μm 以上の集合体と定義した。その結果、アグリン(−) に比べ アグリン単独添加により有意に nAChR クラスター形成は増加した(参照:図5)。
また、nifedipine は50μMでは6.7±0.6 個、100μM では3.5±0.6 個となり、両濃度において nAChR クラスター形成を有意に減少させ、濃度依存的に阻害した(参照:図5)。
抗DHPR 抗体では、10% ウサギ血清と共に用い補体により抗体活性を起こすものと、非働化し補体活性を無くしたものとに分けて行った。抗DHPR 抗体と同時に 1 nM アグリンを加え、24 時間反応させて観察した。なお、ネガティブコントロールに抗KLH 抗体を、ポジティブコントロールに 抗nAChR 抗体を使用した。
補体を同時に添加した 抗DHPR 抗体は、抗KLH 抗体に比べ、 nAChR クラスター形成を有意に減少させていた(参照:図6)。さらに、非働化させた補体と共に処置した 抗DHPR 抗体と比較しても、補体を添加した 抗DHPR 抗体は有意に nAChR クラスターを減少させた。
DHPR 阻害実験と同様に、分化させた C2C12 細胞に 1 nM アグリン と RyR 阻害剤である 10μM / 50μM ruthenium red を 14 時間処置し、nAChR クラスターの観察を行った。50 μM ruthenium red は、有意にnAChR クラスター形成を減少させた(参照:図7)。
次に、RyR を阻害する抗RyR 抗体においても抗DHPR抗体同様、nAChR クラスター形成阻害能を確認した。
抗RyR 抗体は、抗DHPR 抗体と同じ濃度で処置し、抗KLH 抗体をネガティブコントロール、抗nAChR 抗体をポジティブコントロールとして実験した。その結果、非働化させていない補体と共に添加した 抗RyR 抗体により、アグリン誘導性 nAChR クラスター形成は有意に減少したが、非働化させた補体と共に添加した 抗RyR 抗体では、抗KLH 抗体処理とは差はなかった(参照:図8)。
次に、免疫抑制剤 (10μg/mL FK506,5μM シクロスポリンA,10μg/mL ラパマイシン,1μg/mL プレドニゾロン) においてもnAChR クラスター形成阻害能を確認した。
分化誘導させた C2C12 細胞にnAChR クラスター形成を誘導させるための アグリンと免疫抑制剤を同時に処置した。24 時間後、nAChR を蛍光染色し観察、評価した。
その結果、シクロスポリンA (6.9±0.9 個/field) は、アグリン単独処置 (14.4±1.6個/field) に比べ nAChR クラスターを有意に減少させた (参照:図9)。
また、プレドニゾロン (6.0±0.4個/field) は、アグリン単独処置 (10.9±0.9個/field) に比べ、 nAChR クラスターを有意に減少させた (参照:図10)。
FK506は、アグリン単独処置と比べ、nAChR クラスターをわずかに減少させた (参照:図11)。
ラパマイシンは、アグリン単独処置と比べ、nAChRクラスターの減少作用を確認できなかった(参照:図12)。
【0051】
(7)MuSK リン酸化への影響の確認
アグリンシグナル中の MuSK におけるリン酸化を確認した。分化誘導させたC2C12 細胞に組み換え型アグリン とnifedipine,ruthenium red,抗DHPR 抗体, 抗RyR 抗体又は免疫抑制剤 (FK506,シクロスポリンA,ラパマイシン,プレドニゾロン) のいずれかを加えた。
Nifedipine と ruthenium red は処置14時間後にタンパク質を回収し、抗DHPR 抗体,抗RyR 抗体,免疫抑制剤は処置24時間後にタンパク質を回収した。該タンパク質を用いて、Western Blot によりリン酸化チロシンキナーゼ検出抗体によりMuSK のリン酸化をまず確認し、続けてMuSK を確認した。
50 μM 若しくは 100 μM nifedipine と 1 nM アグリンを14時間処置したC2C12 では、アグリン 単独処置に比べ MuSK のリン酸化を抑制した(参照:図13A)。
また、抗DHPR 抗体は アグリンと共に処理し、非働化補体あるいは非働化していない補体と共に、24 時間反応させた。コントロールには抗KLH 抗体を用い、前記同様補体と非働化補体に分けて処理した。抗KLH 抗体を処理した条件と抗DHPR 抗体を非働化した補体と共に処理した条件との間に差は見られなかった。一方、抗DHPR 抗体を補体存在下で反応させた条件では、他の条件と比較して、 MuSK リン酸化は抑制されていた (参照:図13B)。
10 μM 又は50 μM ruthenium red においても、nifedipine 同様に反応させてMuSK リン酸化の確認を行った。10 μM / 50 μM ruthenium redとアグリン処置したC2C12は、共に アグリン単独処置と比較して、MuSK リン酸化を同程度抑制した(参照:図13C)。
抗RyR 抗体は抗DHPR 抗体と同様の方法で確認した。コントロールを 抗KLH 抗体とした結果、MuSK リン酸化はコントロールに比べ、非働化した補体を加えた 抗RyR 抗体では差を見ることはできず、非働化していない補体と共に処置した 抗RyR 抗体では有意に抑制された(参照:図13D)。
次に、免疫抑制剤を用いて MuSK リン酸化への影響を確認した。免疫抑制剤には、10 μg/mL FK506、5 μM シクロスポリンA、10 μg/mL ラパマイシン及び1 μg/mL プレドニゾロンを使用し、コントロールには薬剤溶解時と等濃度のエタノールを用いた。いずれも、C2C12 に免疫抑制剤単独又はアグリン存在下で免疫抑制剤を 24時間反応させた。
FK506 及びラパマイシンでは、アグリン存在下では、アグリン 単独処置と同程度のバンドの濃さになった(参照:図14A、C)。
一方、シクロスポリンA及び プレドニゾロンは、アグリン の有無に関係なく、MuSK リン酸化を抑制した (参照:図14B、D)。
【0052】
(8) [Ca2+]i 測定結果
分化したC2C12 に50 μM / 100 μM nifedipine,10 μM / 50 μM ruthenium redをACh 添加直前、抗DHPR 抗体,抗RyR 抗体,10 μg/mL FK506,5 μM シクロスポリンA,10 μg/mL ラパマイシン,1 μg/mL プレドニゾロンはACh 添加24 時間前にそれぞれ処置して [Ca2+]i の変化を測定した。コントロールには、抗体以外の薬剤では薬剤溶解時と等しい濃度に希釈したエタノールを、抗DHPR 抗体、抗RyR 抗体では 抗KLH 抗体を用いた。抗体を処理したものに関しては、抗体の補体依存性を調べるために補体と非働化させた補体を加えた。
Nifedipine は、コントロールと比較して 50 μM nifedipineで処理した場合、ACh 添加による [Ca2+]i 上昇を平均 120 nM 低下させ、100 μM nifedipine 処置時には [Ca2+]i を平均200 nM 低下させた (参照:図15A、B)。
Ruthenium red は、コントロールと比較して、10 μM ruthenium red ではACh 添加による [Ca2+]i を平均25 nM低下させ、50 μM ruthenium red では平均80 nM 低下させた(参照:図16A、B)。
抗DHPR抗体では、非働化させた補体存在下では抗KLH 抗体との間に [Ca2+]iの変化は見られなかった(参照:図15C、D)。しかし、補体存在下では 抗DHPR 抗体処置時に ACh添加による [Ca2+]i を平均 250 nM 低下させた。
抗RyR 抗体では、抗DHPR抗体と同様の作用を示し、非働化させた補体存在下では抗KLH 抗体との間に [Ca2+]iの変化は見られなく、補体存在下では [Ca2+]i を平均 180 nM 低下させた(参照:図16C、D)。 両抗体は、[Ca2+]i の低下作用に関して補体存在下で有意差に差が見られた。
免疫抑制剤での[Ca2+]i測定結果果では、24時間暴露したFK506 は、コントロールと比較して、ACh 添加による [Ca2+]iを40 nM 低下させた(参照:図17A、B)。
同じ時間暴露したシクロスポリンA では、[Ca2+]i を160 nM 低下させた(参照:図17C、D)。
また、ラパマイシンはACh 添加による [Ca2+]i を 3 nM 低下させた(参照:図18A、B)。
プレドニゾロンは 、ACh 添加による [Ca2+]i を130 nM 低下させた(参照:図18C、D)。
【0053】
(総論)
nifedipine及びruthenium red は、濃度依存的に nAChR クラスター形成を抑制し、抗DHPR 抗体及び抗RyR 抗体は補体依存的にnAChR クラスター形成を抑制した。
また、nifedipine及びruthenium red、補体存在下における 抗DHPR 抗体及び抗RyR 抗体は、MuSK リン酸化を抑制した。
Nifedipine及びruthenium red は、濃度依存的に [Ca2+]i 上昇を抑制し、抗DHPR 抗体及び抗RyR 抗体は補体依存的に [Ca2+]i 上昇を抑制した。
FK506,シクロスポリンA及びプレドニゾロンはnAChR クラスター形成を抑制した。
シクロスポリンA及びプレドニゾロンは MuSK リン酸化を抑制した。
シクロスポリンA及びプレドニゾロン は [Ca2+]i 上昇を抑制した。
これにより、上記化合物又は抗体を有効成分として含む組成物は、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤、さらにはイオンチャンネル阻害剤となる。
【実施例2】
【0054】
(各アグリンのアセチルコリン受容体クラスター形成能の評価)
SC2型アグリン又はz0型アグリンのアセチルコリン受容体クラスター形成阻害活性を確認した。詳細は、以下の通りである。
【0055】
(nACRクラスター形成の確認方法)
C2C12細胞を5×104cells/mlに調製し、組織培養用6ウエルプレート (IWAKI) の各ウエルに2 mlずつ播種し、CO2インキュベーター (37℃,5% CO2) で培養した。24時間後に2% HS-DMEMに交換し、4日間培養して分化させた。myotubeが確認されたウエルに0.2% BSA-PBS(−) に溶解した組換え型アグリン (Rat C-terminal Agrin; R&D SYSTEMS, Minneapolis, MN, USA) 単独、COS-7細胞の培養上清に分泌された各種ミニ・アグリン単独、又は組換え型アグリン (R&D SYSTEMS) とCOS-7細胞の培養上清に分泌された各種ミニ・アグリンとの混合物を添加した。コントロールとして、それぞれの溶解希釈液を添加した。
添加15時間後に培養上清を除去し、PBS(−)で洗浄後、3.7%ホルムアルデヒド (16% ultrapure formaldehyde methanol free; Polysciences, Eppelheim, Germany)-PBSを加え、細胞を室温で10分間固定した。1% BSA-PBS(−)で1分間ずつ3回洗浄した後、蛍光標識されたa-ブンガロトキシンを最終濃度100 nMになるように添加し、遮光して室温で1時間反応させた。1% BSA-PBS(−)で5分間ずつ2回洗浄した後Propong Gold antifade regent (Molecular Probes) を添加して封入した。蛍光観察には、20倍対物レンズ、NIBAフィルターを装着した倒立型顕微鏡 (IX 71; OLYMPUS, 東京) を使用した。画像の取り込みには、DP71デジタルカメラ (OLYMPUS) と専用ソフトウェア (DP ControllerとDP Manager; OLYMPUS) を使用した。評価方法は、Alexa 488のシグナルが直径10 μm以上のもをnAChRクラスターと定義して数えた。各ウエルにつき5視野ずつ撮影し、視野毎にmyotube 1本あたりのnAChRクラスター数を計算し、1ウエルあたりの平均値を算出した。ベクターのみの導入(mock-trasfection)で得られた値を100%として、それに対する各サンプルの割合を百分率に換算した。有意差検定はTukey-Kramer検定により、有意水準を1%とした。
【0056】
(各アグリンのアセチルコリン受容体クラスター形成能の評価)
COS-7細胞培養上清から回収したミニ・アグリンバリアントを分化誘導したC2C12細胞に添加した。添加15時間後にAlexa 488で蛍光標識されたα-BuTX を用いてnAChRの視覚化を試みた。クラスターはnAChRが集合した直径10μm以上の集合体と定義した。組換え型アグリン、z8型、及びz19型のミニ・アグリンを添加したC2C12細胞では、nAChRのクラスター形成が明瞭に観察された(図19A)。myotubeあたりのクラスター数は、ベクターのみの導入(mock-transfection)の値を100%とした場合、それぞれ835±21% (n=4),911±64% (n=4),859±103% (n=4) の値を示した(図19B)。これに対して、z0,SC2型のミニ・アグリンを添加したC2C12細胞では、ベクターのみ導入した (mock-transfectionした) COS-7細胞の上清と同様、nAChRのクラスター形成はほとんど観察されなかった(図19A)。myotubeあたりのクラスター数は、mock-transfectionと比べて、それぞれ89±21% (n=4)、106±30% (n=4) であった(図19B)。
次に、z0,SC2型のnAChRのクラスター形成阻害活性を検討した。mock-transfectionと組換え型アグリンとの混合物を添加した値686±77% (n=4) と比較して、z0型と組換え型アグリンとの混合物、及びSC2型と組換え型アグリンとの混合物ではそれぞれ430±24% (n=4)、498±55% (n=4) の値を示し、nAChRクラスター形成の有意な減少を確認した (p<0.01; 図20)。
【0057】
(総論)
z0型アグリン及びSC2型アグリンは、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害活性を有することを確認した。これにより、z0型アグリン及び/又はSC2型アグリンを有効成分として含む組成物は、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤、さらにはイオンチャンネル阻害剤となる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明者らは、アセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤、イオンチャンネル阻害剤、及び神経伝達過敏症の治療剤の提供を可能とした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の少なくとも1以上を有効成分とするアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)タクロリムス
(2)シクロスポリン
(3)ラパマイシン
(4)プレドニゾロン
(5)ニフェジピン
(6)ルテニウムレッド
(7)抗DHFR抗体
(8)抗RyR抗体
(9)SC2型アグリン又は改変型SC2型アグリン
(10)z0型アグリン又は改変型z0型アグリン
【請求項2】
以下の少なくとも1以上を有効成分とする請求項1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)タクロリムス
(2)シクロスポリン
(3)ラパマイシン
(4)プレドニゾロン
【請求項3】
以下の少なくとも1以上を有効成分とする請求項1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)ニフェジピン
(2)ルテニウムレッド
(3)抗DHFR抗体
(4)抗RyR抗体
【請求項4】
以下の少なくとも1以上を有効成分とする請求項1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
(1)SC2型アグリン
(2)SC2型アグリンと90%以上のアミノ酸相同性を有しかつSC2型アグリンと実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能を有する改変型SC2型アグリン
(3)z0型アグリン
(4)z0型アグリンと90%以上のアミノ酸相同性を有しかつSC2型アグリンと実質的同質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害能を有する改変型z0型アグリン
【請求項5】
イオンチャンネル阻害剤である請求項1〜4のいずれか1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
【請求項6】
神経伝達過敏症の治療剤である請求項1〜4のいずれか1に記載のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害剤。
【請求項7】
以下の工程を含むイオンチャンネル阻害活性を有する物質のスクリーニング方法;
(1)候補阻害物質をアセチルコリン受容体が発現している細胞中に添加する工程、
(2)該細胞中のアセチルコリン受容体クラスター形成能を指標として、候補阻害物質のアセチルコリン受容体クラスター形成阻害活性を測定する工程。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2011−173794(P2011−173794A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36740(P2010−36740)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】