説明

アーク溶接装置およびアーク溶接システム

【課題】溶接状態に応じて速やかに短絡を開放することで、溶接が不安定になることを防止しスパッタの発生を抑制することができるアーク溶接装置およびアーク溶接システムを提供する。
【解決手段】今回の短絡発生期間の長さを検出し、検出した短絡発生期間の長さが大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させ、検出した短絡発生期間の長さが小さくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接装置および該アーク溶接装置を備えたアーク溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極を用いたガスシールドアーク溶接において、スパッタを抑制し安定した溶接を行うための溶接方法が従来から多く提案されている。
アーク溶接装置の制御方法において、応答速度を向上させて安定した溶接状態を早く回復することを目的として、一回のアーク発生期間の長さを検出し、検出したアーク発生期間の長さに比例して、次のアーク発生期間における溶接電源の出力電圧を低減し、一回のアーク発生期間の長さに逆比例して次のアーク発生期間における溶接電流を増加させるものがあった(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4028075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら従来の溶接制御方法では、図4に示す溶接電流と溶接電圧の波形のように、溶接中の短絡を開放する溶接電流(図4の破線部)は、その増加率が毎回一定であるため、溶接状態に適切な短絡電流波形ではない場合がある。そのため正常に短絡開放できずに異常短絡が発生し、溶接が不安定となる問題があった。
また入熱の不足や、溶接が不安定になる場合への対応を考慮して、短絡電流の増加率を予め大きな値に設定することによってスパッタが多く発生してしまう場合があった。
本発明はこのような問題点に鑑みてなされたものであり、溶接状態に応じて速やかに短絡を開放することで、溶接が不安定になることを防止しスパッタの発生を抑制することができるアーク溶接装置およびアーク溶接システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記問題を解決するため、本発明は、次のようにしたのである。
請求項1に記載の発明は、消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、今回の短絡発生期間の長さを検出し、検出した短絡発生期間の長さが大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させ、前記検出した短絡発生期間の長さが小さくなるにつれ前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させることを特徴とする。
また請求項2に記載の発明は、前記検出した短絡発生期間の長さから前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を決定するためのパラメータを予め記憶していることを特徴とする。
【0006】
請求項3に記載の発明は、消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、今回の短絡発生期間の長さを検出し、検出した短絡発生期間の長さが所定の閾値より大きい場合、次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させ、前記検出した短絡発生期間の長さが所定の閾値より小さい場合、前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させることを特徴とする。
また請求項4に記載の発明は、前記所定の閾値を予め記憶していることを特徴とする。
【0007】
請求項5に記載の発明は、消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、今回のアーク発生期間の長さを検出し、検出したアーク発生期間の長さが大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、前記検出したアーク発生期間の長さが小さくなるにつれ前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とする。
また請求項6に記載の発明は、前記検出したアーク発生期間の長さから前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を決定するためのパラメータを予め記憶していることを特徴とする。
【0008】
請求項7に記載の発明は、消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、今回のアーク発生期間の長さを検出し、検出したアーク発生期間の長さが所定の閾値より大きい場合、次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、前記検出したアーク発生期間の長さが所定の閾値より小さい場合、前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とする。
また請求項8に記載の発明は、前記所定の閾値を予め記憶していることを特徴とする。
【0009】
請求項9に記載の発明は、消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、今回の短絡発生期間とアーク発生期間における溶接電圧の平均値を求め、前記溶接電圧平均値が大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、前記溶接電圧平均値が小さくなるにつれ前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とする。
また請求項10に記載の発明は、前記溶接電圧平均値から前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を決定するためのパラメータを予め記憶していることを特徴とする。
【0010】
請求項11に記載の発明は、消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、今回の短絡発生期間とアーク発生期間における溶接電圧の平均値を求め、前記溶接電圧平均値が所定の閾値より大きい場合、次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、前記溶接電圧平均値が所定の閾値より小さい場合、前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とする。
また請求項12に記載の発明は、前記所定の閾値を予め記憶していることを特徴とする。
【0011】
請求項13に記載の発明は、請求項1乃至12のいずれか1項に記載されたアーク溶接装置と、前記消耗電極の先端部を前記被溶接部材に対して相対的に移動させるロボットを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、溶接状態に応じて次回の短絡発生期間における溶接電流の増加率を変化させることにより、速やかに短絡を開放して溶接が不安定になることを防止できるとともに、スパッタの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係るアーク溶接装置の構成を示す図
【図2】本発明のアーク溶接装置に係る溶接電流と溶接電圧の波形を示した図
【図3】本発明に係るアーク溶接システムの構成を示す図
【図4】従来技術に係る溶接電流と溶接電圧の波形を示した図
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の具体的実施例について、図に基づいて説明する。
図1は本発明を実施するアーク溶接装置の構成を示す図である。アーク溶接電源1には交流の商用電源2から電力が供給される。商用電源はアーク溶接電源1内の一次整流回路3の入力側に接続される。
一次整流回路3は入力された交流を整流してスイッチング部5へと出力する。スイッチング部5は、溶接制御部4から与えられる溶接電流指令値、溶接電圧指令値と実際の溶接電流値、溶接電圧値とが一致するよう、一次整流回路3の出力に対してPWM制御を行う。なお溶接電流値は電流検出器9で検出され、溶接電圧値は電圧検出器10で検出される。
溶接制御部4は電流検出器9、電圧検出器10からのフィードバックを受けて溶接電流値、溶接電圧値を制御する。さらに溶接ワイヤ14の送給を行う送給装置15を制御して溶接ワイヤを所定速度でワークWへ向けて送給させる。
【0015】
スイッチング部5の出力は主変圧器6の一次側に接続され、主変圧器6の二次側は二次整流回路7の入力側に接続されている。この二次整流回路7の一方の出力側には直流リアクトル8を経由して出力端子11が接続され、二次整流回路7の他方の出力側には出力端子12が接続されている。
2つの出力端子の一方は溶接トーチ13を介して溶接ワイヤ14に接続され、他方はワークWに接続されている。
【0016】
16は、アーク溶接電源1に指令を与えたり、アーク溶接電源1から出力される溶接状態をモニタしたりする外部コントローラである。溶接を行う際には、外部コントローラ16がアーク溶接電源1に溶接電圧、溶接電流の指令を与える。外部コントローラ16がアーク溶接電源1に与える溶接電圧、溶接電流の指令は溶接作業中の電圧値、電流値の絶対値の平均のような大まかなもので、アーク溶接電源1は外部コントローラ16からの指令に従って溶接ワイヤ〜ワーク間に溶接電流、溶接電圧を与え、これをμs〜ms単位で適切に制御することにより溶接ワイヤ14の先端部を溶融させて溶接を行う。
【0017】
短絡が発生すると、アーク溶接電源1は溶接電流指令による定電流制御を行い、短絡を解除(開放)し、アークが発生すると、アーク溶接電源1は溶接電流指令による定電圧制御を行い溶接ワイヤを溶融させ、安定して短絡状態とアーク状態とが繰り返されるように制御する。
溶接中の溶接電流波形パターンの形状などを決定する各種パラメータは予めアーク溶接電源1内の記憶部17に記憶されている。記憶部17は具体的には不揮発性メモリなどによって構成される。前述のスイッチング部5内での処理により、溶接電圧、溶接電流の波形を波形パターンに沿って様々に変化させることができる。
なお図1ではアークを保護するためのシールドガスを溶接ワイヤ先端部へ供給する部分については省略している。
【0018】
本発明では短絡期間の長さやアーク期間の長さ、または溶接電圧の平均値を計測し、その値によって次の短絡期間での溶接電流の増加率を変化させる。
本発明では電圧検出器10の検出値を利用して溶接制御部4にて短絡発生期間かアーク発生期間かを判断している。具体的には電圧値が所定値以下の間を短絡発生期間(短絡期間)と判断し、所定値を超えている間をアーク発生期間(アーク期間)と判断する。この所定値についてもパラメータとして記憶部17に記憶することができる。短絡期間とアーク期間が切り替わる度に溶接制御部4内のタイマ(図示せず)によって計時をスタート/ストップすることで毎回の短絡期間の長さ、アーク期間の長さを取得することができる。
また電圧検出器10の検出値を所定のサンプリング時間ごとに取得して累積し、累積した値を1回分の短絡期間の長さとアーク期間の長さとの和で除することにより、短絡期間およびアーク期間の1周期における実際の平均電圧値を取得することができる。
図2は本発明のアーク溶接装置による溶接電流と溶接電圧の時間変化の様子を説明するための模式図である。
図2において、Ts1、Ts2、Ts3が短絡期間を表し、Ta1、Ta2、Ta3がアーク期間を表している。前述のように、溶接作業中には短絡状態とアーク状態とをμs〜ms単位の短い周期で繰り返す。図2は溶接作業中の溶接電流、溶接電圧の一部を抜き出したものである。ΔIs1、ΔIs2、ΔIs3は、それぞれTs1、Ts2、Ts3における溶接電流の単位時間あたりの増加率を表している。本発明においては短絡期間における溶接電流を直線的に増加させるよう指令するものとする。
【実施例1】
【0019】
本発明の第1実施例について説明する。
第1実施例では、溶接制御部4が短絡期間の長さを測定し、短絡期間が長くなると次回の短絡期間における短絡電流の増加率を大きくするようスイッチング部5へ指令を出力する。逆に短絡期間が短くなると、次回の短絡期間における短絡電流の増加率を小さくするようスイッチング部5へ指令を出力する。つまり短絡期間が長くなるとワークへの入熱量が小さくなり、異常短絡になりやすいので、これを抑制して溶接を安定させようとするものである。
図2を例にとると、短絡期間Ts2における短絡電流の増加率ΔIs2は、短絡期間Ts1の長さに連動して変化し、短絡期間Ts3における短絡電流の増加率ΔIs3は、短絡期間Ts2の長さに連動して変化する。
【0020】
短絡電流の増加率の決定方法の具体例を説明する。
短絡電流の増加率の最低値を予め定めておき、その最低値に実際の短絡期間の長さに応じた値を加えたものを次回の短絡期間における短絡電流の増加率とする。
短絡電流の増加率をΔIs[A/ms]、短絡電流の増加率の最低値をΔIs_min[A/ms]、実際の短絡期間の長さをts[ms]とした場合、次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式1)のようにして決定する。
【0021】
ΔIs = ΔIs_min+(Bs1・ts) ・・・(式1)
【0022】
ここでBs1[A/ms]は短絡期間の長さに関する重み付け係数で、正の定数である。ΔIs_min、Bs1については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またΔIs_min、Bs1をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。なお、(式1)によって求めたΔIsが大きすぎて不適切な場合には短絡電流の増加率を予め設定した規定値にするといった構成にしておいてもよい。
【0023】
また短絡電流の増加率の別の決定方法として、短絡電流の増加率の基準値、短絡期間の基準値を予め定めておき、短絡期間の基準値と実際の短絡期間の長さとの差によって、短絡電流の増加率の基準値を増減させた値を次回の短絡期間における短絡電流の増加率としてもよい。
短絡電流の増加率の基準値をΔIs_ref[A/ms]、短絡期間の基準値をTs[ms]、
実際の短絡期間の長さをts[ms]とした場合、次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式2)のようにして決定する。
【0024】
ΔIs = ΔIs_ref+Bs2・(ts−Ts) ・・・(式2)
【0025】
ここでBs2[A/ms]は(式1)のBs1と同様、短絡期間の長さに関する重み付け係数で、正の定数である。ΔIs_ref、Bs2については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またΔIs_ref、Bs2をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。
【0026】
(式2)によれば、実際の短絡時間tsが基準値Tsより長い場合にはΔIsはΔIs_refより大きい値となり、基準値Tsより短い場合にはΔIsはΔIs_refより小さい値となる。すなわちTsは、短絡電流の増加率を基準値より大きくするか、小さくするかの閾値のような働きをする。なお、(式2)によって求めたΔIsが大きすぎたり小さすぎたりして不適切な場合には短絡電流の増加率を予め設定した規定値にするといった構成にしておいてもよい。
【0027】
短絡電流の増加率のさらに別の決定方法として、(式1)(式2)のように短絡電流の増加率を無段階で求めるのではなく、短絡期間の長さについて複数の閾値Ts_th1、Ts_th2、Ts_th3、Ts_th4、・・・(ただし0< Ts_th1 < Ts_th2 < Ts_th3 < Ts_th4 < ・・・)を設定し、実際の短絡期間の長さts[ms]に応じて次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式3)のようにして決定してもよい。
【0028】
0 < ts < Ts_th1 の場合 ΔIs = As1
Ts_th1 ≦ ts < Ts_th2 の場合 ΔIs = As2
Ts_th2 ≦ ts < Ts_th3 の場合 ΔIs = As3 ・・・(式3)
Ts_th3 ≦ ts < Ts_th4 の場合 ΔIs = As4
(ここで、0< As1 < As2 < As3 < As4 )
【0029】
Ts_th1〜Ts_th4、As1〜As4については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またTs_th1〜Ts_th4、As1〜As4をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。なお(式3)ではΔIsを4段階で変化させているが、段階の数は一例に過ぎないことは言うまでもない。
【0030】
このように、短絡期間が長くなるにつれ、次回の短絡期間にて短絡電流の増加率を大きくして速やかに短絡を開放することで、短絡開放時の異常短絡を抑制し溶接が不安定になることを防止し、スパッタの発生を抑制することができる。
【実施例2】
【0031】
続いて、本発明の別の実施例について説明する。
第1実施例では、短絡期間の長さを測定し、短絡期間の長さに応じて次回の短絡期間における短絡電流の増加率を変化させていたが、第2実施例では、溶接制御部4がアーク期間の長さを測定し、アーク期間が長くなると次回の短絡期間における短絡電流の増加率を小さくするようスイッチング部5へ指令を出力する。逆にアーク期間が短くなると、次回の短絡期間における短絡電流の増加率を大きくするようスイッチング部5へ指令を出力する。つまりアーク期間が短くなるとワークへの入熱量が小さくなり、異常短絡になりやすいので、これを抑制して溶接を安定させようとするものである。
図2を例にとると、短絡期間Ts2における短絡電流の増加率ΔIs2は、アーク期間Ta1の長さに連動して変化し、短絡期間Ts3における短絡電流の増加率ΔIs3は、アーク期間Ta2の長さに連動して変化する。
【0032】
短絡電流の増加率の決定方法の具体例を説明する。
短絡電流の増加率の最大値を予め定めておき、その最大値から実際のアーク期間の長さに応じた値を減じたものを次回の短絡期間における短絡電流の増加率とする。
短絡電流の増加率をΔIs[A/ms]、短絡電流の増加率の最大値をΔIs_max[A/ms]、実際のアーク期間の長さをta[ms]とした場合、次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式4)のようにして決定する。
【0033】
ΔIs = ΔIs_max−(Ba1・ta) ・・・(式4)
【0034】
ここでBa1[A/ms]はアーク期間の長さに関する重み付け係数で、正の定数である。ΔIs_max、Ba1については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またΔIs_max、Ba1をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。なお、(式4)によって求めたΔIsが小さすぎて不適切な場合には短絡電流の増加率を予め設定した規定値にするといった構成にしておいてもよい。
【0035】
また短絡電流の増加率の別の決定方法として、短絡電流の増加率の基準値、アーク期間の基準値を予め定めておき、アーク期間の基準値と実際のアーク期間の長さとの差によって、短絡電流の増加率の基準値を増減させた値を次回の短絡期間における短絡電流の増加率としてもよい。
短絡電流の増加率の基準値をΔIs_ref[A/ms]、アーク期間の基準値をTa[ms]、
実際のアーク期間の長さをta[ms]とした場合、次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式5)のようにして決定する。
【0036】
ΔIs = ΔIs_ref−Ba2・(ta−Ta) ・・・(式5)
【0037】
ここでBa2[A/ms]は(式4)のBa1と同様、アーク期間の長さに関する重み付け係数で、正の定数である。ΔIs_ref、Ba2については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またΔIs_ref、Ba2をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。
【0038】
(式5)によれば、実際のアーク時間taが基準値Taより長い場合にはΔIsはΔIs_refより小さい値となり、基準値Taより短い場合にはΔIsはΔIs_refより大きい値となる。すなわちTaは、短絡電流の増加率を基準値より大きくするか、小さくするかの閾値のような働きをする。なお、(式5)によって求めたΔIsが小さすぎたり大きすぎたりして不適切な場合には短絡電流の増加率を予め設定した規定値にするといった構成にしておいてもよい。
【0039】
短絡電流の増加率のさらに別の決定方法として、(式4)(式5)のように短絡電流の増加率を無段階で求めるのではなく、アーク期間の長さについて複数の閾値Ta_th1、Ta_th2、Ta_th3、Ta_th4、・・・(ただし0 < Ta_th1 < Ta_th2 < Ta_th3 < Ta_th4 < ・・・)を設定し、実際のアーク期間の長さta[ms]に応じて次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式6)のようにして決定してもよい。
【0040】
0 < ta < Ta_th1 の場合 ΔIs = Aa1
Ta_th1 ≦ ta < Ta_th2 の場合 ΔIs = Aa2
Ta_th2 ≦ ta < Ta_th3 の場合 ΔIs = Aa3 ・・・(式6)
Ta_th3 ≦ ta < Ta_th4 の場合 ΔIs = Aa4
(ここで、Aa1 > Aa2 > Aa3 > Aa4 > 0)
【0041】
Ta_th1〜Ta_th4、Aa1〜Aa4については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またTa_th1〜Ta_th4、Aa1〜Aa4をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。なお(式6)ではΔIsを4段階で変化させているが、段階の数は一例に過ぎないことは言うまでもない。
【0042】
このように、アーク期間が短くなるにつれ、次回の短絡期間にて短絡電流の増加率を大きくして速やかに短絡を開放することで、短絡開放時の異常短絡を抑制し溶接が不安定になることを防止し、スパッタの発生を抑制することができる。
【実施例3】
【0043】
さらに別の実施例について説明する。
第1、第2実施例では、短絡期間の長さやアーク期間の長さを測定し、それぞれの長さ応じて次回の短絡期間における短絡電流の増加率を変化させていたが、第3実施例では、溶接制御部4が短絡期間およびアーク期間での平均溶接電圧値を測定し、平均電圧値が大きくなると次回の短絡期間における短絡電流の増加率を小さくするようスイッチング部5へ指令を出力する。逆に短絡期間およびアーク期間での平均溶接電圧値が小さくなると、次回の短絡期間における短絡電流の増加率を大きくするようスイッチング部5へ指令を出力する。つまり平均電圧値が小さくなるとワークへの入熱量が小さくなり異常短絡になりやすいので、これを抑制して溶接を安定させようとするものである。
図2を例にとると、短絡期間Ts2における短絡電流の増加率ΔIs2は、短絡期間Ts1およびアーク期間Ta1での平均溶接電圧値V1に連動して変化し、短絡期間Ts3における短絡電流の増加率ΔIs3は、短絡期間Ts2およびアーク期間Ta2での平均溶接電圧値V2に連動して変化する。
図2では、一点鎖線にて示された水平な線分にて平均溶接電圧値V1、V2、V3を表している。
【0044】
短絡電流の増加率の決定方法の具体例を説明する。
短絡電流の増加率の最大値を予め定めておき、その最大値から実際の短絡期間およびアーク期間での平均溶接電圧値に応じた値を減じたものを次回の短絡期間における短絡電流の増加率とする。
短絡電流の増加率をΔIs[A/ms]、短絡電流の増加率の最大値をΔIs_max[A/ms]、実際の短絡期間およびアーク期間での平均溶接電圧値をva[V]とした場合、次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式7)のようにして決定する。
【0045】
ΔIs = ΔIs_max−(Bv1・va) ・・・(式7)
【0046】
ここでBv1[A/(ms・V)]は短絡期間の長さに関する重み付け係数で、正の定数である。ΔIs_max、Bv1については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またΔIs_max、Bv1をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。なお、(式7)によって求めたΔIsが小さすぎて不適切な場合には短絡電流の増加率を予め設定した規定値にするといった構成にしておいてもよい。
【0047】
また短絡電流の増加率の別の決定方法として、短絡電流の増加率の基準値、短絡期間およびアーク期間での平均溶接電圧値の基準値を予め定めておき、平均溶接電圧値の基準値と実際の平均溶接電圧値との差によって、短絡電流の増加率の基準値を増減させた値を次回の短絡期間における短絡電流の増加率としてもよい。
短絡電流の増加率の基準値をΔIs_ref[A/ms]、平均溶接電圧値の基準値をVa[ms]、実際の短絡期間およびアーク期間での平均溶接電圧値をva[V]とした場合、次回の短絡期間における短絡電流の増加率ΔIsを(式8)のようにして決定する。
【0048】
ΔIs = ΔIs_ref−Bv2・(va−Va) ・・・(式8)
【0049】
ここでBv2[A/(ms・V)]は(式7)のBv1と同様、平均溶接電圧値に関する重み付け係数で、正の定数である。ΔIs_ref、Bv2については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またΔIs_ref、Bv2をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。
【0050】
(式8)によれば、実際の平均溶接電圧値vaが基準値Vaより大きい場合にはΔIsはΔIs_refより小さい値となり、基準値Vaより小さい場合にはΔIsはΔIs_refより大きい値となる。すなわちVaは、短絡電流の増加率を基準値より大きくするか、小さくするかの閾値のような働きをする。なお、(式8)によって求めたΔIsが小さすぎたり大きすぎたりして不適切な場合には短絡電流の増加率を予め設定した規定値にするといった構成にしておいてもよい。
【0051】
短絡電流の増加率のさらに別の決定方法として、(式7)(式8)のように短絡電流の増加率を無段階で求めるのではなく、平均溶接電圧値について複数の閾値Vth1、Vth2、Vth3、Vth4、・・・(ただし0 < Vth1 < Vth2 < Vth3 < Vth4 < ・・・)を設定し、実際の平均溶接電圧値va[V]に応じて次回の短絡期間における短絡電流の増加率aを(式9)のようにして決定してもよい。
【0052】
0 < va < Vth1 の場合 ΔIs = Av1
Vth1 ≦ va < Vth2 の場合 ΔIs = Av2
Vth2 ≦ va < Vth3 の場合 ΔIs = Av3 ・・・(式9)
Vth3 ≦ va < Vth4 の場合 ΔIs = Av4
(ここで、 Av1 > Av2 > Av3 > Av4 >0)
【0053】
Vth1〜Vth4、Av1〜Av4については予め実験を行うなどして適切な値を決定しておく。またVth1〜Vth4、Av1〜Av4をパラメータとして記憶部17に記憶しておき、溶接条件の変更に伴い必要に応じて変更できるようにしてもよい。なお(式9)ではΔIsを4段階で変化させているが、段階の数は一例に過ぎないことは言うまでもない。
【0054】
このように、平均電圧値が小さくなるにつれ、次回の短絡期間にて短絡電流の増加率を大きくして速やかに短絡を開放することで、短絡開放時の異常短絡を抑制し溶接が不安定になることを防止し、スパッタの発生を抑制することができる。
【実施例4】
【0055】
図3は、実施例1〜3にて説明したアーク溶接装置1を、先端に溶接トーチ13を取り付けたロボット20と組み合わせて構成したアーク溶接システムを示す模式図である。
送給装置15はロボット20に搭載され、溶接ワイヤ供給部19に内蔵された溶接ワイヤ14をロボット先端部の溶接トーチ13へと送給する。
また図1における外部コントローラ16は、図3においてはロボットコントローラとして機能する。すなわちロボット20を制御して先端部の溶接トーチ13の位置と姿勢を様々に変化させ、溶接トーチ13の先端がワークWに対して所望の溶接線を描くよう移動させて溶接を行うことができる。さらにアーク溶接電源1に溶接に関する指令を与えたり溶接状況をモニタリングしたりする。
なお図1では省略していたが、図3ではシールドガスがガスボンベ18から溶接トーチ13へと供給される。
図3に示すようなアーク溶接システムによれば、短絡期間の長さ、アーク期間の長さ、または短絡期間およびアーク期間における溶接電圧値の平均値に応じて、次回の短絡期間における短絡電流の増加率を変動させることで、溶接が不安定になることを防止し、スパッタの発生を抑制することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 アーク溶接電源
2 商用電源
3 一次整流回路
4 溶接制御部
5 スイッチング部
6 主変圧器
7 二次整流回路
8 直流リアクトル
9 電流検出器
10 電圧検出器
11 出力端子
12 出力端子
13 溶接トーチ
14 溶接ワイヤ(コンジットケーブル)
15 送給装置
16 外部コントローラ(ロボットコントローラ)
17 記憶部
18 ガスボンベ
19 溶接ワイヤ供給部
20 ロボット
W ワーク
ΔIs1、ΔIs2、ΔIs3 短絡電流の増加率
Ts1、Ts2、Ts3 短絡期間
Ta1、Ta2、Ta3 アーク期間
V1、V2、V3 平均溶接電圧値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、
今回の短絡発生期間の長さを検出し、
検出した短絡発生期間の長さが大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させ、
前記検出した短絡発生期間の長さが小さくなるにつれ前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項2】
前記検出した短絡発生期間の長さから前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を決定するためのパラメータを予め記憶していることを特徴とする請求項1記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、
今回の短絡発生期間の長さを検出し、
検出した短絡発生期間の長さが所定の閾値より大きい場合、次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させ、
前記検出した短絡発生期間の長さが所定の閾値より小さい場合、前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項4】
前記所定の閾値を予め記憶していることを特徴とする請求項3記載のアーク溶接装置。
【請求項5】
消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、
今回のアーク発生期間の長さを検出し、
検出したアーク発生期間の長さが大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、
前記検出したアーク発生期間の長さが小さくなるにつれ前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項6】
前記検出したアーク発生期間の長さから前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を決定するためのパラメータを予め記憶していることを特徴とする請求項5記載のアーク溶接装置。
【請求項7】
消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、
今回のアーク発生期間の長さを検出し、
検出したアーク発生期間の長さが所定の閾値より大きい場合、次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、
前記検出したアーク発生期間の長さが所定の閾値より小さい場合、前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項8】
前記所定の閾値を予め記憶していることを特徴とする請求項7記載のアーク溶接装置。
【請求項9】
消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、
今回の短絡発生期間およびアーク発生期間における溶接電圧の平均値を求め、
前記溶接電圧平均値が大きくなるにつれ次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、
前記溶接電圧平均値が小さくなるにつれ前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項10】
前記溶接電圧平均値から前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を決定するためのパラメータを予め記憶していることを特徴とする請求項9記載のアーク溶接装置。
【請求項11】
消耗電極と被溶接部材との間で短絡状態とアーク状態とを繰り返し発生させながら溶接を行うアーク溶接装置であって、
今回の短絡発生期間およびアーク発生期間における溶接電圧の平均値を求め、
前記溶接電圧平均値が所定の閾値より大きい場合、次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を減少させ、
前記溶接電圧平均値が所定の閾値より小さい場合、前記次回の短絡発生期間における短絡電流の増加率を増加させることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項12】
前記所定の閾値を予め記憶していることを特徴とする請求項11記載のアーク溶接装置。
【請求項13】
請求項1乃至12のいずれか1項に記載されたアーク溶接装置と、
前記消耗電極の先端部を前記被溶接部材に対して相対的に移動させるロボットを備えたことを特徴とするアーク溶接システム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−76131(P2012−76131A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−224843(P2010−224843)
【出願日】平成22年10月4日(2010.10.4)
【出願人】(000006622)株式会社安川電機 (2,482)
【Fターム(参考)】