説明

イネ科植物病害に対して防除能を有する糸状菌、これを利用した防除剤、防除方法、および生物資材

イネ科種子伝染性病害の防除において、耐性菌出現の恐れのない、環境に対してより安全性の高い安定した防除技術を確立することを目的とし、イネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害に対して防除能を有する糸状菌、これを有効成分として用いる防除剤、防除方法および生物資材の提供に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ科植物伝染性病害に対し、防除能を有する微生物、これを有効成分として用いる防除剤、防除方法および生物資材に関する。詳しくは、イネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害に対して防除能を有する糸状菌、これを有効成分として用いる防除剤、防除方法および生物資材に関する。
【背景技術】
【0002】
イネ科植物育苗中に発生する病害としては、糸状菌によって起こるイネばか苗病、ごま葉枯病、いもち病など、また細菌によって起こるイネもみ枯細菌病、苗立枯細菌病、褐条病など細菌病が挙げられる。これら病害の防除には種子消毒剤、土壌混和剤、土壌潅注剤、緑化後の茎葉散布剤などが有効であるとされ、化学薬剤が単独あるいは組み合わせによって使用されている。糸状菌による病害については効果の高いEBI剤、細菌に対してはオキソリニック酸剤や水酸化第二銅剤などが使用されている。しかし、一部にはこれら薬剤に対する感受性の低下した耐性菌の出現により安定した効果が期待できない場面も生じている。また、化学農薬は使用済み廃液の処理が必要となっており、これにかかる作業者の負担、およびコストが問題となっている。
【0003】
このようなことから、近年、化学農薬からより環境への負荷が低いと想定される微生物を利用した生物防除の研究が進み、一部は実用化されるに至っている。上述のイネ種子伝染性病害の防除においても、イネもみ枯細菌病に有効な非病原性のシュードモナス・グルメが特許文献1に、病原性を欠失したエルビニア・カルトボーラーがイネ苗立枯細菌病の防除に有効なことが特許文献2に開示されている。また、イネもみ枯細菌病、苗立枯細菌病、イネばか苗病に有効なシュードモナス属菌が特許文献3に、イネもみ枯細菌病、苗立枯細菌病に有効なシュードモナス・オーレオファシエンスが非特許文献1に記載されている。
一方、糸状菌性病害であるイネばか苗病、いもち病などに有効なトリコデルマ属に属する微生物が特許文献4に、また、細菌性病害である苗立枯細菌病に有効なトリコデルマ属に属する微生物が特許文献5に開示されている。
しかし、一般に微生物を利用した生物防除が具体化する中で、低投下量で有効な、環境に対する負荷の軽い防除剤が望まれているが、これらの微生物を利用した生物農薬にも化学農薬に匹敵する糸状菌病から細菌病までを防除し、安定した効果を満足させることは難しかった。
【特許文献1】特開平4−295407号公報
【特許文献2】特開平6−87716号公報
【特許文献3】特開平9−124427号公報
【特許文献4】特開平11−225745号公報
【特許文献5】特開平11−253151号公報
【非特許文献1】「平成11年度生物農薬連絡試験成績」(日本植物防疫協会、平成12年1月)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者は、上述のような現状に鑑み、イネ科種子伝染性病害の防除において、耐性菌出現のおそれの少ない、環境に対してより安全性の高い安定した防除技術を確立することを課題として研究した結果、イネ科植物育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害に対して防除能を有する特定の糸状菌を見出し本発明に到った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、イネ科植物育苗時に発生する糸状菌性および細菌性病害に対して防除能を有する、Penicillium属およびその完全世代であるTalaromyces属、Eupenicillium属に属し、イネ科種子伝染性病害に有効な糸状菌に関する。すなわち、
(1)Penicillium属またはその完全世代であるTalaromyces属、Eupenicillium属に属し、イネ科植物伝染性病害に対して防除能を有する糸状菌。
(2)糸状菌がPenicillium verruculosumである前記(1)に記載の糸状菌。
(3)糸状菌がPenicillium aculeatumである前記(1)に記載の糸状菌。
(4)糸状菌がEupenicillium reticulisporumである前記(1)に記載の糸状菌。
(5)Penicillium sp.B-453(FERM BP-08517)。
(6)Talaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)。
(7)Eupenicillium reticulisporum B-408(FERM BP-08515)。
(8)前記(1)〜(7)のいずれかに記載の糸状菌のうち少なくとも1菌株を有効成分とするイネ科植物病害防除剤。
(9)防除剤はイネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害の両方に対して防除能を有する前記(8)に記載のイネ科植物病害防除剤。
(10)前記(8)または(9)に記載のイネ科植物病害防除剤を使用したイネ科植物病害防除方法。
(11)前記(8)または(9)に記載のイネ科植物病害防除剤により処理した生物資材。
(12)生物資材は、イネ科植物育苗培養土である前記(11)に記載の生物資材。
(13)前記(8)または(9)に記載の防除剤により処理された植物種子。
【発明の効果】
【0006】
環境や人畜に安全で防除効果の高い生物農薬を提供でき、減農薬有機栽培に貢献できる。本発明の拮抗菌を利用した微生物農薬はイネにおける病害の発生により、農家が受ける経済的損失を軽減する。化学農薬と同等の防除効果を得ることができ、また特定の薬剤が効果を消失している耐性菌にも有効であることが期待できる。また、化学農薬の代替えとして用いることにより、環境中へ化学物質の放出を減少させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において用いるイネ科植物育苗時に発生する糸状菌性または細菌性病害に対して防除能を有する糸状菌は、ペニシリウム(Penicillium)属に属する糸状菌であり、およびこの完全世代であるタラロミセス(Talaromyces)属、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属、に属する微生物が挙げられる。
【0008】
ペニシリウム(Penicillium)属に属する微生物として、好ましくはペニシリウム ベルクロサム(Penicillium verruculosum)、ペニシリウム アクレアタム(Penicillium aculeatum)、より好ましくはペニシリウムエスピーB-453(Penicillium sp.B-453)が例示される。尚、本菌株は2003年10月20日、日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6の独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(FERM BP−08517)。
【0009】
また、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属に属する微生物として、好ましくはユウペニシリウム レティクリスポラムB-408(Eupenicillium reticulisporum B-408)が例示される。尚、本菌株は2003年10月20日、日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6の独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(FERM BP−08515)。
【0010】
また、タラロミセス(Talaromyces)属に属する微生物として、好ましくはタラロミセスエスピーB-422(Talaromyces sp.B-422)が例示される。尚、本菌株は2003年10月20日、日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6の独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(FERM BP−08516)。
【0011】
例えば、タラロミセスエスピーB-422は、イネの苗から分離されたものであるが、PDA培地でよく生育し、Penicillium属様の分生胞子と裸子嚢殻を形成し、分生胞子は1細胞性で短楕円形、連鎖状に形成する。子嚢胞子は楕円形で表面は粗面から刺状である。
【0012】
ユウペニシリウム レティクリスポラムB-408も同じくイネの苗から分離したものであり、PDA培地でよく生育し、Penicillium属様の分生胞子を形成し、分生胞子は1細胞性で球形および亜球形、連鎖状に形成する。
【0013】
ペニシリウムエスピーB-453も同じくイネの苗から分離したものであり、PDA培地でよく生育し、Penicillium属様の分生胞子を形成し、分生胞子は1細胞性で球形および亜球形、連鎖状に形成する。
【0014】
これらの微生物は培地上での性質、形態的性質、生理学的性質がそれぞれ同種の菌と同様の性質を示したため上記の通り同定されたものであり、後述するようにイネ科植物育苗時に発生する糸状菌性または細菌性病害に対して非常に優れた防除能を有している。
また、これらの微生物は、ふすまなどの資材での培養、固体培地での静置培養、液体培養等の公知の手段で増殖させたものを用いればよく、特に培地の種類、培養条件などに制限されるものではない。
【0015】
本発明においては、上記の糸状菌の使用量は製剤の剤型、適用方法、適用作物や場所、適用すべき病害の種類などに応じて適宜選定されるが、糸状菌の胞子濃度が1×102〜1011/ml程度、好ましくは1×104〜108/mlの範囲で使用するのが望ましい。
【0016】
本発明のイネ科植物病害防除剤は、これら微生物の培養液あるいは懸濁液を有効成分とし、これらをそのまま用いてもよく、あるいは微生物を例えば固体または液体の担体と混合し、必要に応じて通常用いられる添加剤、その他助剤を加えて製剤として調製する。
【0017】
本発明のイネ科植物病害防除剤を利用した防除方法は、イネ科植物種子に粉衣、塗沫、あるいは吹付けすることにより行うことができる。また、イネ科植物の種子をこれら微生物の懸濁液に浸漬すること、あるいはこれらの微生物を含む懸濁液あるいは菌体を土壌に潅注、混和すること、または圃場においてイネ科植物自体に散布し茎葉処理することにより施用することができる。
【0018】
また、本発明のイネ科植物病害防除剤は、他の植物病害防除剤との混用を妨げない。例えば、殺虫剤、殺線虫剤、殺ダニ剤、除草剤、植物生長促進剤、共力剤などと混合し、または混合せず同時に併用することもできる。
【0019】
本発明のイネ科植物病害防除剤は、イネ科植物に発生する病害に対して有効であり、その有効な病害としてイネ苗立枯細菌病(Burkholderia plantarii)、イネもみ枯細菌病(Burkholderia glumae)、イネ褐条病(Acidodovorax avenae)、イネ内頴褐変病(Erwinia herboicola)、イネ葉鞘褐変病(Pseudomonas fuscovaginae)、およびイネ白葉枯病(Xanthomonas campestris pv.oryzae)、また、イネいもち病(Pyricularia oryzae)、イネばか苗病(Gibberella fujikuroi)、イネごま葉枯病等(Cochliobolus miyabeanus)を例示することができるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
さらに、本発明の生物資材としては、本発明の防除剤で処理したイネ科植物育苗培養土、育苗媒体(ロックウール等)、イネ科植物育苗容器などが例示される。
以下、本発明を製剤例及び試験例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【試験例1:イネばか苗病に対する防除効果】
【0021】
イネばか苗病に自然感染したイネ罹病種子(品種:短銀坊主)を用いて本病害に対する種子処理によるPenicillium sp.B-453(FERM BP-08517)、Eupenicillium sp.B-408(FERM BP-08515)、Talaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)の防除効果を調べた。各菌株はPDA培地で25℃、10日間培養後、滅菌水に胞子を懸濁し、所定濃度の胞子液を調製した。ばか苗病罹病種子を拮抗菌胞子液に浴比1:1で24時間浸漬し、次いで30℃3日間浸種(浴比1:1)を行なった後、市販の育苗用粒状培土(商品名:くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に1箱当たり乾籾5g相当を播種した(1区3反復)。その後、出芽器中30℃で3日間出芽させ、それ以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の発病苗率を調査し、防除価を求めた。結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【試験例2:イネ苗立枯細菌病に対する防除効果】
【0023】
イネ苗立枯細菌病菌を開花期接種した罹病種子(品種:日本晴)を用いて本病害に対する種子処理によるTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)の防除効果を調べた。本菌株の培養方法、種子処理方法は試験例1と同様である。
市販の育苗用粒状培土(商品名:くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に1箱当たり乾籾10g相当を播種した(1区3反復)。播種14日後に各試験区を以下の発病指数を用いて発病状況を調査した。結果を表2に示す。
[発病指数]
0:無発病、1:白化苗の発生が見られるが枯死苗はない、2:枯死苗25%以下、3:枯死苗25〜50%、4:枯死苗50〜80%、5:枯死苗80%以上(ほとんど全てが枯死)
【0024】
【表2】

【試験例3:イネもみ枯細菌病に対する防除効果】
【0025】
イネもみ枯細菌病菌を減圧接種した罹病種子(品種:日本晴)を用いて本病害に対する種子処理によるTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)の防除効果を調べた。本菌株の培養方法、種子処理方法は試験例1と同様である。
市販の育苗用粒状培土(商品名:くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に箱当たり乾籾10g相当を播種した(1区3反復)。播種14日後に各試験区を以下の発病指数を用いて発病状況を調査した。結果を表3に示す。
[発病指数]
0:無発病、1:褐変、部分枯死苗の発生が見られるが枯死苗はない、2:枯死苗25%以下、3:枯死苗25〜50%、4:枯死苗50〜80%、5:枯死苗80%以上(ほとんど全てが枯死)
【0026】
【表3】

【試験例4:イネ褐条病に対する防除効果】
【0027】
イネ褐条病菌を減圧接種した罹病種子(品種:日本晴)を用いて本病害に対して種子処理によるEupenicillium sp.B-408(FERM BP-08515)の防除効果を調べた。本菌株の培養方法、種子処理方法は試験例1と同様である。
市販の育苗用粒状培土(商品名:くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に箱当たり乾籾10g相当を播種した(1区3反復)。その後出芽器中で32℃3日間出芽させ、以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の発病苗率を調査し、防除価を求めた。結果を表4に示す。
【0028】
【表4】

【試験例5:イネいもち病に対する防除効果】
【0029】
イネいもち病に自然感染した罹病種子(品種:ササニシキ)を用いて本病害に対する種子処理によるTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)の防除効果を調べた。本菌株の培養方法、種子処理方法は試験例1と同様である。
市販の育苗用粒状培土(商品名:くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に箱当たり乾籾10g相当を播種した(反復なし)。その後出芽器中で32℃4日間出芽させ、以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の発病苗率を調査し、防除価を求めた。結果を表5に示す。
【0030】
【表5】

【寄託生物材料への言及】
【0031】
(1)
イ 当該生物材料を寄託した寄託機関の名称及び住所
独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)
ロ イの寄託機関に生物材料を寄託した日付
2003年10月20日(原寄託日)
ハ イの寄託機関が寄託について付した受託番号
FERM BP−08517
(2)
イ 当該生物材料を寄託した寄託機関の名称及び住所
独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)
ロ イの寄託機関に生物材料を寄託した日付
2003年10月20日(原寄託日)
ハ イの寄託機関が寄託について付した受託番号
FERM BP−08515
(3)
イ 当該生物材料を寄託した寄託機関の名称及び住所
独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)
ロ イの寄託機関に生物材料を寄託した日付
2003年10月20日(原寄託日)
ハ イの寄託機関が寄託について付した受託番号
FERM BP−08516



【特許請求の範囲】
【請求項1】
Penicillium属またはその完全世代であるTalaromyces属、Eupenicillium属に属し、イネ科植物伝染性病害に対して防除能を有する糸状菌。
【請求項2】
糸状菌が、Penicillium verruculosumである請求項1に記載の糸状菌。
【請求項3】
糸状菌が、Penicillium aculeatumである請求項1に記載の糸状菌。
【請求項4】
糸状菌が、Eupenicillium reticulisporumである請求項1に記載の糸状菌。
【請求項5】
Penicillium sp.B-453(FERM BP-08517)。
【請求項6】
Talaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)。
【請求項7】
Eupenicillium reticulisporumB-408(FERM BP-08515)。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の糸状菌のうち少なくとも1菌株を有効成分とするイネ科植物病害防除剤。
【請求項9】
防除剤はイネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害の両方に対して防除能を有する請求項8に記載のイネ科植物病害防除剤。
【請求項10】
請求項8または9に記載のイネ科植物病害防除剤を使用したイネ科植物病害防除方法。
【請求項11】
請求項8または9に記載のイネ科植物病害防除剤により処理した生物資材。
【請求項12】
生物資材は、イネ科植物育苗培養土である請求項11に記載の生物資材。
【請求項13】
請求項8または9に記載の防除剤により処理された植物種子。

【国際公開番号】WO2005/040358
【国際公開日】平成17年5月6日(2005.5.6)
【発行日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515047(P2005−515047)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016088
【国際出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】