説明

キノコのビタミンD含有量を増加させる方法

【課題】 ビタミンD含有量の高い人工栽培キノコが、容易に入手できる方法を提供すること。
【解決手段】 キノコの菌糸に刺激を与えて原基を形成させ、原基形成後子実体の収穫まで、照度が300乃至900ルクス、好ましくは400乃至800ルクスの可視光を照射し続けることを特徴とするキノコのビタミンD含有量を増加させる方法を実施する。ここで、原基を形成させるための刺激は、照度が300乃至900ルクスの可視光の照射であってもよい。可視光の波長は400乃至780nmであることが好ましい。また、この方法は、特に、担子菌類同担子菌亜網に属するキノコに適する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノコの人工栽培において、ビタミンD含有量を増加させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年においては、流通過程にのっているキノコは、大部分が室内で人工栽培されたものである。室内でのキノコの人工栽培では、10乃至100ルクス程度の弱い光が照射されるのみである。従って、人工栽培されたキノコのビタミンD含有量は少ない。そこで、キノコのビタミンD含有量を増加させる方法が提案されてきた。
【0003】
例えば特許文献1には、成育中の子実体もしくは収穫後の生キノコに、波長290乃至350nmの紫外線を照射することを特徴とするキノコの処理方法が記載されている。この方法では、紫外線照射によるキノコ菌の死滅を避けるために、特定波長の紫外線を、短時間、間歇的に照射する必要がある。
【0004】
【特許文献1】特開2000−157045
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、キノコ菌の生育に悪影響を与えることがある紫外線を使用することなく、キノコのビタミンD含有量を増加させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明は、キノコの菌糸に刺激を与えて原基を形成させ、原基形成後子実体の収穫まで、照度が300乃至900ルクスの可視光を照射し続けることを特徴とするキノコのビタミンD含有量を増加させる方法に関する。
【0008】
上記本発明の方法は、下記(1)乃至(4)の中のいずれか一つ以上の態様で行われる方法を包含する。
(1)原基を形成させるための刺激が、照度が300乃至900ルクスの可視光の照射である上記の方法、換言すれば、キノコの菌糸に、照度が300乃至900ルクスの可視光を照射し、原基を形成させ、その後、子実体の収穫まで照度が300乃至900ルクスの可視光の照射を続けることを特徴とするキノコのビタミンD含有量を増加させる方法、
(2)可視光として、波長400乃至780nmの範囲内のものを用いる上記の方法、
(3)可視光の照度が、400乃至800ルクスである上記の方法、及び
(4)キノコが、担子菌類同担子菌亜網に属するものであり、好ましくはヒダナシタケ目サルノコシカケ科グリフォラ属に属するものである上記の方法。
【0009】
また、本発明は、シイタケ、エリンギ、マイタケ及びアンニンコウからなる群から選択されるキノコに適する方法であり、エリンギ、マイタケ及びアンニンコウからなる群から選択されるキノコに更に適する方法であり、マイタケ又はアンニンコウに更により適する方法であり、アンニンコウに特に適する方法である。ここで、「アンニンコウ」とは、学名がグリフォラ・ガルガル(Grifola gargal)であるキノコ及び学名がグリフォラ・ソルドゥレンタ(Grifola sordulenta)であるキノコを指す。また、マイタケは、アンニンコウ同様、グリフォラ属に属するキノコであり、その学名を、グリフォラ・フロンドーサ(Grifola frondosa)という。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ビタミンD含有量の高い人工栽培キノコが、容易に入手できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明を、その実施のための最良の形態に基づいて説明する。
【0012】
キノコの人工栽培、例えば菌床栽培においては、先ず、おが屑等の培地基材と、米ぬか、フスマ、ビール粕等の栄養材と、水を含む培地に種菌を接種し、菌糸を増殖させる。ここで、培地基材と栄養材との比率(容量比)は、栄養材1に対して培地基材が、通常は4乃至11であり、好ましくは5乃至9である。また、含水率は、通常は60乃至70%である。
【0013】
上記成分を混合してなる培地は、培養ビンや培養袋に入れられ、高圧下で滅菌され、冷却された後に使用される。
【0014】
菌糸の増殖の際の環境条件は、キノコの種類によって多少異なるが、温度は、通常は18乃至30℃、好ましくは18乃至25℃で、相対湿度は、通常は50乃至80%、好ましくは60乃至70%で、実質的に暗黒状態である。
【0015】
本発明においては、菌糸が培地中に蔓延したら、菌糸に刺激を与えて原基を形成させる。原基を形成させるための刺激は、特に限定されないが、例を挙げると、光の照射、温度変化、物理的衝撃等がある。
【0016】
菌糸に刺激を与えるタイミングは、原基形成の好適期、例えば培地中に菌糸が蔓延し、菌糸の存在により培地が白く見えるようになったときである。培地中に菌糸が蔓延し、原基形成の好適期となったか否かは、培地中の菌糸の状態を観察することにより判断することができる。なお、アンニンコウの場合には、菌糸の増殖の際には芳香が放たれ、培地中に菌糸が蔓延するとこの芳香が急激に低下するので、芳香が低下したら、菌糸に刺激を与えるとよい。
【0017】
原基が形成されたら、子実体の収穫まで、照度が300乃至900ルクスの可視光を照射し続ける。これにより、キノコのビタミンD含有量が、飛躍的に増加する。
【0018】
ここで、可視光とは、波長が380乃至780nmの光をいうが、近紫外線を含まない、波長が400乃至780nmの光を使用することが好ましい。
【0019】
照度は300乃至900ルクスであるが、400乃至800ルクスであることが好ましく、500乃至750ルクスであることがより好ましい。
【0020】
なお、本発明の方法を実施する際の、具体的には原基の形成から収穫までの、上記波長や照度以外の培養条件は、通常採用されている条件と同様でよい。例えば、温度は、通常は10乃至30℃、好ましくは15乃至25℃で、相対湿度は、通常は80乃至100%、好ましくは90乃至100%である。
【0021】
子実体の収穫時期は、通常は、その大きさや色により判断する。なお、アンニンコウでは、例えば、培地1kgあたり80乃至120gとなったら収穫するとよい。
【0022】
本発明の方法において、原基を形成させるための刺激として、照度が300乃至900ルクスの可視光の照射を選択することができる。この場合には、培地中に菌糸が蔓延したら、照度が300乃至900ルクスの可視光の照射を開始し、その後、子実体の収穫まで、照度が300乃至900ルクスの可視光の照射を継続する。
【0023】
本発明の方法は、人工栽培されているキノコの何れにも適用することができるが、担子菌類同担子菌亜網に属するキノコに特に適する。担子菌類同担子菌亜網には、ヒダナシタケ目、ハラタケ目、フクキン目が包含される。ヒダナシタケ目のサルノコシカケ科グリフォラ属には、マイタケ及びアンニンコウが属し、また、ハラタケ目のキシメジ科ヒラタケ属にはエリンギが属し、ハラタケ目のキシメジ科シイタケ属にはシイタケが属する。
【0024】
本発明の方法は、特に、ヒダナシタケ目のサルノコシカケ科グリフォラ属のキノコに適し、特にアンニンコウに適する。
【0025】
以下に、実施例により、本発明を具体的に説明する。
【実施例1】
【0026】
(シイタケ、エリンギ及びマイタケの人工栽培)
1.培地の調製
培地基材として広葉樹のおが屑を用い、栄養材として米ぬか及びフスマを用い、これらを、培養基材:栄養材=5:1(容量比)で混合した。これに水分を加え、含水率を65%とした。このように調製した培地を内容量2.5kgの培養袋に入れ、120℃にて120分間、高圧滅菌した。この培養袋は、上方が開口となっており、また、その本体部上方には孔があけられており、その孔には不織布製フィルターが取り付けられていた。このフィルターは、気体を通すが雑菌類の通過は基本的に阻止できるものである。
【0027】
2.菌糸の培養
培地が冷めた後、培養袋の口を通じて培地に種菌を接種し、培養袋の開口を閉じた。温度25℃、相対湿度60%、炭酸ガス濃度1,000ppm、実質的に暗黒の条件下で培養を行なった。
【0028】
3.可視光の照射
菌糸が順調に増殖したので、種菌の接種から、シイタケについては80日後、エリンギ及びマイタケについては60日後に、刺激として可視光を照射し、原基を形成させた。その後、収穫まで、可視光の照射を継続した。
【0029】
使用した光源は、白色蛍光ランプで、その波長は380乃至750nm、主として400乃至700nmであったが、フィルターを用い、波長400nm未満はカットした。可視光は、培養袋を並べた棚の上から照射した。なお、棚の段数は4であり、ここでは、上から順に、x段目と呼称する。照度は、培養棚の位置によって多少ばらつきがあり、一段目と三段目の照度は、それぞれ、表1に示す範囲内であった。また、比較のために、遮光ネットをかけた状態での培養も行なった。遮光ネット下の照度は、表1に示す範囲内であった。なお、可視光を照射しつつ培養した際の培養条件は、15℃、相対湿度90%以上であった。
【0030】
可視光の照射により、原基が形成され、それが子実体へと成長したので、種菌の接種から、シイタケについては94日後、エリンギ及びマイタケについては70日後に収穫した。なお、実験に使用した培養袋は、各条件につき10個であった。
【0031】
4.含水率の測定
収穫したキノコの一部を、45℃に一昼夜放置し、その後70℃に1時間放置し、更に105℃に4時間放置することによって乾燥させた。乾燥前後の重量を比較することにより、生キノコの含水率を求めた。結果を表1に示す。
【0032】
5.ビタミンD含有量の測定
収穫したキノコのビタミンD含有量を、HPLC法によって測定した。具体的には、次のようにして測定した。
【0033】
収穫したキノコの一部を、45℃に一昼夜放置し、その後70℃に1時間放置して、乾燥キノコ試料を得た。乾燥キノコ試料2gに、1%(w/v)塩化ナトリウム水溶液3ml、3%(w/v)ピロガロールのエタノール溶液10ml及び60%(w/v)水酸化カリウム水溶液2mlを加え、70℃の水浴中で60分間加温し、その後常温に放置して鹸化させた。冷却後、1%(w/v)塩化ナトリウム水溶液19ml及び酢酸エチル−n−へキサン混液(1:9、v/v)15mlを加えて振とうさせ、遠心分離を行い、酢酸エチル−n−へキサン層を分取した。溶媒を減圧留去し、残留物をへキサン−2−プロパノール混液(99:1、v/v)に溶解させた。これを、ビタミンD分取試料とした。
【0034】
この試料を、HPLC(島津製作所製、SPD−10AV VP)にかけ、ビタミンD画分を分取した。なお、使用したカラムは、ケムコ社製LiChrosorb Si 60(250mm×4.6mm i.d.)であり、移動相は、へキサン−2−プロパノール混液(99:1、v/v)であり、流速は1.5ml/分であった。また、ビタミンDの溶出は、波長265nmの吸収で判定した。
【0035】
得られたビタミンD画分を、HPLC(島津製作所製、SPD−20A)にかけ、ビタミンDを定量した。なお、使用したカラムは、ワイエムシィ社製YMC−Pack ODS−AL(250mm×4.6mm i.d.)であり、移動相は、アセトニトリル−水混液(9:1、v/v)であり、流速は1.5ml/分であった。また、ビタミンDの溶出は、波長265nmの吸収で判定した。
【0036】
結果を表1に示す。表1から明らかなように、シイタケ、エリンギ及びマイタケの何れも、菌糸が培地中に蔓延し、原基形成の好適期となったときから収穫まで、可視光を平均で約600ルクスの照度で照射し続けたことにより、ビタミンD含有量が飛躍的に増加した。
【0037】
【表1】

【実施例2】
【0038】
(アンニンコウの人工栽培)
1.培地の調製
実施例1と同様の方法で、培地を調製した。
【0039】
2.菌糸の培養
培地が冷めた後、培養袋の口を通じて培地に種菌を接種し、培養袋の開口を閉じた。温度20℃、相対湿度60%、炭酸ガス濃度1,000ppm、実質的に暗黒の条件下で培養を行なった。
【0040】
3.可視光の照射
菌糸が順調に増殖したので、種菌の接種から60日後に、刺激として可視光を照射し、原基を形成させた。その後、収穫まで、可視光の照射を継続した。可視光の照射条件及び培養条件は、実施例1と同様であった。
【0041】
可視光の照射により、原基が形成され、それが子実体へと成長したので、種菌の接種から94乃至96日後に収穫した。なお、実験に使用した培養袋は、各条件につき10個であった。
【0042】
4.平均収量の測定と、子実体の形状の観察
各培養袋から収穫されたキノコの重量を測定した。また、形状を観察した。結果を表2に示す。
【0043】
5.含水率の測定
実施例1と同様の方法で、生キノコの含水率を求めた。結果を表3に示す。
【0044】
6.ビタミンD含有量の測定
収穫したキノコのビタミンD含有量を、実施例1と同様の方法で測定した。結果を表3に示す。
【0045】
7.エルゴステロール含有量の測定
収穫したキノコのエルゴステロール含有量を測定した。具体的には、次のようにして測定した。なお、エルゴステロールは、ビタミンDの前駆体の一種である。
【0046】
乾燥キノコ試料2gを、シクロヘキサン1mlを用いる抽出処理に供した。抽出処理後のシクロヘキサンに、10%(w/v)水酸化カリウムのメタノール溶液4mlを加え、超音波処理を15分間行い、70℃の水浴中で90分間加温し、その後45分間常温に放置し、鹸化させた。冷却後、蒸留水1ml及びシクロヘキサン2mlを加え、十分に撹拌した後、遠心分離を行なった。上層のシクロヘキサン層を分取し、40℃、窒素気流下で濃縮乾固させた。これを、エルゴステロール分析用試料とした。
【0047】
この試料を、HPLC(島津製作所製、L−6A)にかけ、エルゴステロールを定量した。なお、使用したカラムは、信和化工社製STR ODS−II(150mm×4.6mm i.d.)であり、移動相は、メタノールであった。また、エルゴステロールの溶出は、波長272nmの吸収で判定した。結果を表3に示す。
【0048】
表2から明らかなように、本発明の方法を実施して得られるアンニンコウは、収量が十分で且つ形状も満足のいくものであった。また、表3から明らかなように、可視光の照度が異なっても、キノコのエルゴステロール含有量に大差はないが、ビタミンD含有量は、本発明で規定する照度で可視光を照射し続けたことにより、飛躍的に増加した。
【0049】
【表2】

【0050】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
キノコの菌糸に刺激を与えて原基を形成させ、原基形成後子実体の収穫まで、照度が300乃至900ルクスの可視光を照射し続けることを特徴とするキノコのビタミンD含有量を増加させる方法。
【請求項2】
原基を形成させるための刺激が、照度が300乃至900ルクスの可視光の照射である、請求項1に記載のキノコのビタミンD含有量を増加させる方法。
【請求項3】
可視光の波長が400乃至780nmである、請求項1又は2に記載のキノコのビタミンD含有量を増加させる方法。
【請求項4】
可視光の照度が400乃至800ルクスである、請求項1乃至3のいずれか一項に記載のキノコのビタミンD含有量を増加させる方法。
【請求項5】
キノコが、担子菌類同担子菌亜網に属するものである、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のキノコのビタミンD含有量を増加させる方法。
【請求項6】
キノコが、ヒダナシタケ目サルノコシカケ科グリフォラ属に属するものである、請求項5に記載のキノコのビタミンD含有量を増加させる方法。

【公開番号】特開2008−173041(P2008−173041A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−8411(P2007−8411)
【出願日】平成19年1月17日(2007.1.17)
【出願人】(000141381)株式会社岩出菌学研究所 (14)
【出願人】(508021093)
【Fターム(参考)】