説明

コーティング前処理方法、ダイヤモンド被膜のコーティング方法、および脱膜処理方法

【課題】ブラスト処理が困難な凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切に表層部を除去して内部の略均一な組織を露出させ、高い付着強度でダイヤモンド被膜をコーティングできるようにする。
【解決手段】ステップS1のコーティング前処理では、酸素プラズマにより基材12の表面を酸化させるとともに、超音波洗浄でその酸化物を除去するため、本焼結の際に形成される焼結肌が適切に除去され、その上に形成されるダイヤモンド被膜18の付着強度が向上する。ステップS1−1の酸化処理では、基材12に負のバイアス電圧を印加するため、基材12の表面に沿って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、アスペクト比の大きな穴内面16に対しても適切に酸化処理が施され、穴内面16を含む基材12の表面全域において焼結肌が短時間で適切に除去される。同様の処理でダイヤモンド被膜18の脱膜処理を行うこともできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコーティング前処理方法、ダイヤモンド被膜のコーティング方法、および脱膜処理方法に係り、特に、凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切にコーティング前処理やダイヤモンド被膜のコーティング、或いは脱膜処理を行うことができる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
所定の基材の表面にダイヤモンド被膜等の被膜をコーティングすることが広く行われている(特許文献1参照)。また、特許文献2には、マイクロ波によるプラズマ生成技術に関し、金属等の導電性ターゲットに負のバイアス電圧を印加することにより、そのターゲットの表面に沿ってマイクロ波を伝搬させ、高密度の表面波励起プラズマを略均一に生成して、ターゲット全体に略均一にプラズマ粒子を衝突させるようにする技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−152423号公報
【特許文献2】特開2004−47207号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記特許文献2の技術によれば、負のバイアス電圧を印加することにより導電性部材の表面に沿って高密度の表面波励起プラズマを略均一に生成できるため、例えば凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比(穴径に対する穴深さの比)の大きな穴内面などを有する基材に対しても、その基材に負のバイアス電圧を印加しつつマイクロ波による表面波励起により基材の表面形状に沿って所定のプラズマを生成し、DLC(ダイヤモンド状カーボン)等の所定の被膜をコーティングすることにより、それ等の複雑な表面や穴内面などに対しても被膜を略均一に成膜できる。
【0005】
しかしながら、基材として使用される超硬合金に穴や複雑形状の加工を行う場合、放電加工が用いられることがあるが、放電加工後の表面は、WC粒子やCoが溶けて混ざり合い、内部とは異なる組織となっているため、この表面上にそのまま後処理として被膜をコーティングすると十分な密着性が得られない場合がある。また、超硬合金を本焼結する前に穴や複雑形状を成形した場合、本焼結後の表面は、Coが析出したりCoが少なくWC粒子のみが肥大化しているなど不均一な組織の焼結肌となっているため、この場合にもそのまま後処理として被膜をコーティングすると十分な密着性が得られないことがある。何れの場合も、ブラスト処理等により表層部分を除去し、内部の略均一な組織を露出させることにより、所定の密着性が得られるようになるが、上記のように凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などの表層部分をブラスト処理で綺麗に除去することは困難で、十分な密着性(付着強度)を有する被膜を設けることができなかった。同様に、仮にそのような凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などにダイヤモンド被膜等をコーティングすることができたとしても、再コーティングなどのためにその被膜を除去することができず、基材を再使用することができない。
【0006】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、ブラスト処理が困難な凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切に表層部を除去して内部の略均一な組織を露出させることができるコーティング前処理方法や脱膜処理方法、或いはそのコーティング前処理を行うことにより高い付着強度でダイヤモンド被膜をコーティングできるコーティング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる目的を達成するために、第1発明は、導電性を有する所定の基材の表面に被膜をコーティングする際の前処理方法であって、(a) 前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起によりその基材の表面形状に沿って酸素プラズマを生成し、その酸素プラズマによりその基材の表面を酸化させる酸化工程と、(b) その酸化工程で前記基材の表面に形成された酸化物を除去する酸化物除去工程と、を有することを特徴とする。
【0008】
第2発明は、第1発明のコーティング前処理方法において、前記基材は超硬合金にて構成されており、前記被膜としてダイヤモンド被膜をコーティングする際の前処理として行われることを特徴とする。
【0009】
第3発明は、第1発明または第2発明のコーティング前処理方法において、前記酸化工程は電磁波を使用した表面波励起プラズマCVD( Chemical Vapor Deposition;化学気相蒸着)装置を用いて行われ、前記酸化物除去工程は超音波洗浄法によって行われることを特徴とする。
【0010】
第4発明は、導電性を有する所定の基材の表面にダイヤモンド被膜をコーティングする方法であって、(a) 前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起によりその基材の表面形状に沿って酸素プラズマを生成し、その酸素プラズマによりその基材の表面を酸化させる酸化工程と、(b) その酸化工程で前記基材の表面に形成された酸化物を除去する酸化物除去工程と、(c) 前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起によりその基材の表面形状に沿って炭素プラズマを生成し、その炭素プラズマによりその基材の表面にダイヤモンド被膜をコーティングするコーティング工程と、を有することを特徴とするダイヤモンド被膜のコーティング方法。
【0011】
第5発明は、導電性を有する所定の基材の表面にコーティングされたダイヤモンド被膜またはDLC(Diamond Like Carbon ;ダイヤモンド状カーボン)被膜を除去する脱膜処理方法であって、(a) 前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起によりその基材の表面に沿って酸素プラズマを生成し、その酸素プラズマにより前記ダイヤモンド被膜またはDLC被膜を酸化させる酸化工程と、(b) その酸化工程で前記基材の表面に形成された酸化物を除去する酸化物除去工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1発明のコーティング前処理方法では、酸化工程で基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により酸素プラズマを生成して基材の表面を酸化させ、酸化物除去工程でその酸化物を除去するようにしたので、例えば超硬合金製基材の場合、WC粒子やCoが溶けて混ざり合い、内部とは異なる組織となっている放電加工面や、Coが析出したりCoが少なくWC粒子のみが肥大化しているなど不均一な組織の焼結肌などを除去できるなど、基材の表層部を除去して内部の略均一な組織を露出させることができ、その上に形成される被膜の付着強度が向上する。その場合に、酸化工程では基材に負のバイアス電圧を印加するため、電磁波による表面波励起により基材の表面に沿って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、例えば凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切に酸化処理が施される。これにより、そのような複雑な表面や穴内面などの表層部分についても、短時間で適切に除去して内部の略均一な組織を露出させることが可能で、その上に十分な付着強度で被膜を設けることができる。また、このようなコーティング前処理では、ブラスト処理に比べて基材の面粗さが向上し、その上に形成される被膜についても優れた面粗さが得られるようになる。
【0013】
第2発明は、基材として超硬合金が用いられ、被膜としてダイヤモンド被膜をコーティングする場合で、ダイヤモンド被膜の密着性に大きく影響するCoの析出等が酸化による前処理で適切に除去されることにより、ダイヤモンド被膜を高い付着強度でコーティングすることができる。
【0014】
第3発明では、酸化工程が電磁波を使用した表面波励起プラズマCVD装置を用いて行われ、酸化物除去工程が超音波洗浄法によって行われるため、酸化工程および酸化物除去工程を適切に行うことができる。特に、酸化物除去工程では超音波洗浄法で酸化物を除去するため、凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても表面の酸化物を短時間で適切に除去することができる。
【0015】
第4発明はダイヤモンド被膜のコーティング方法で、ダイヤモンド被膜のコーティングに先立って第1発明のコーティング前処理と同じ処理(酸化工程および酸化物除去工程)が行われるため、例えば凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても、その表層部分を短時間で適切に除去して内部の略均一な組織を露出させることが可能で、その上に高い付着強度でダイヤモンド被膜をコーティングすることができる。また、ダイヤモンド被膜のコーティングに際しても、基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により基材の表面形状に沿って炭素プラズマを生成し、その炭素プラズマによりダイヤモンド被膜をコーティングするため、上記のように凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切にダイヤモンド被膜をコーティングすることができる。すなわち、上記複雑な表面や穴内面などを有する基材であって、その表面が放電加工面や焼結肌などであっても、その表層部分を適切に除去して高い付着強度でそれ等の表面にダイヤモンド被膜をコーティングすることができるのである。しかも、上記コーティング前処理(酸化工程および酸化物除去工程)では、ブラスト処理に比べて基材の面粗さが向上し、その上に形成されるダイヤモンド被膜についても優れた面粗さが得られるようになる。
【0016】
第5発明の脱膜処理方法は、ダイヤモンド被膜またはDLC被膜を除去するためのもので、酸化工程でそれ等のダイヤモンド被膜、DLC被膜が酸素プラズマによって酸化され、酸化物除去工程で超音波洗浄法等によりその酸化物が除去されることにより、基材の表面からそれ等のダイヤモンド被膜やDLC被膜が適切に除去される。また、酸化工程では基材に負のバイアス電圧を印加するため、電磁波による表面波励起により基材の表面に沿って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、例えば凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切に酸化処理が施される。これにより、そのような複雑な表面や穴内面などのダイヤモンド被膜やDLC被膜についても短時間で適切に除去することができ、この基材にダイヤモンド被膜等をコーティングして再使用することができる。しかも、このような酸素プラズマによる脱膜処理によれば、ブラスト処理に比べて基材の面粗さが向上し、その上に形成されるダイヤモンド被膜等についても優れた面粗さが得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明方法を用いてダイヤモンド被膜がコーティングされた円筒部品の一例を説明する図で、(a) は円筒部品の斜視図、(b) はダイヤモンド被膜がコーティングされた表層部分の拡大断面図である。
【図2】図1の円筒部品にダイヤモンド被膜をコーティングする際の手順を説明するフローチャートである。
【図3】図1の円筒部品のダイヤモンド被膜を除去する脱膜処理の手順を説明するフローチャートである。
【図4】図2のダイヤモンドコーティング処理や図3の脱膜処理に好適に用いられる表面波励起プラズマCVD装置を説明する概略構成図である。
【図5】図2のダイヤモンドコーティング方法を含む複数のコーティング方法について、ダイヤモンド被膜の密着性を調べた結果を説明する図である。
【図6】図5のケース1の場合のダイヤモンド被膜の状態を示す図で、(a) は円筒部品を切断して穴内面を示す写真であり、(b) はダイヤモンド被膜が設けられた穴内面の表層部分の断面の写真である。
【図7】図5のケース2の場合のダイヤモンド被膜の状態を示す図で、ダイヤモンド被膜が設けられた穴内面の表層部分の断面の写真である。
【図8】図5のケース3の場合の穴内面の表層部分の断面の写真である。
【図9】表面状態が異なる複数種類の基材に対して異なる前処理を行ってダイヤモンド被膜をコーティングした場合の密着性を調べた結果を説明する図である。
【図10】図3の脱膜処理と従来のブラスト処理による脱膜とを行い、脱膜の状態を調べた結果を説明する図である。
【図11】図10のケース1の場合の脱膜の状態を示す図で、円筒部品を切断して穴内面を示す写真である。
【図12】ダイヤモンド被膜をコーティングする際に用いられる従来のプラズマCVD装置の一例を説明する概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のコーティング前処理方法は、凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などを有する基材に所定の被膜をコーティングする場合に好適に適用される。例えばアスペクト比が10以上の穴内面や円筒部品、ハニカム構造を有する部材、多孔質材料、ブラスト等に使用されるノズル、線引きダイスなどに所定の被膜をコーティングする際に好適に用いられる。多孔質材料の表面にボロンドープダイヤモンド被膜をコーティングして電極を製造する場合にも適用できる。但し、ブラスト処理などでも表層部を除去できる単純な表面形状やアスペクト比が10未満の穴内面に対して所定の被膜をコーティングする際の前処理として本発明方法を用いることも可能である。第5発明の脱膜処理も同様で、凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などを有する基材の表面にコーティングされたダイヤモンド被膜或いはDLC被膜を除去する場合に好適に適用されるが、ブラスト処理などでも被膜を除去できる単純な表面形状やアスペクト比が小さな穴内面等におけるダイヤモンド被膜やDLC被膜の脱膜に適用することも可能である。
【0019】
基材が超硬合金の場合、穴や複雑形状の加工を行う場合に放電加工を用いると、その放電加工後の表面はWC粒子やCoが溶けて混ざり合っている一方、超硬合金を本焼結する前に穴や複雑形状を成形した場合、本焼結後の表面はCoが析出したりCoが少なくWC粒子のみが肥大化している焼結肌となっているため、本発明のコーティング前処理方法によりそれ等の表層部分を除去することにより、特にダイヤモンド被膜をコーティングする場合に優れた密着性が得られるようになるが、放電加工面や焼結肌以外でも、本発明のコーティング前処理が行われることにより、酸化により表層部が除去されて被膜の密着性が向上する。
【0020】
本発明のコーティング前処理方法は、超硬合金の基材に対してダイヤモンド被膜をコーティングする場合に好適に適用されるが、超硬合金以外の材料製の基材であっても本発明方法による酸化で表層部分が除去されることにより被膜の密着性を向上させることができる。また、コーティングする被膜はダイヤモンド被膜に限られず、TiNやTiAlN等の化合物被膜、或いはその他の種々の被膜をコーティングすることが可能である。被膜をコーティングする際も、例えば基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により基材の表面に沿って所定のプラズマを略均一に生成することが可能で、凹凸の大きい複雑な表面やアスペクト比の大きな穴内面などに対しても適切に所定の被膜をコーティングすることができる。
【0021】
コーティング前処理を行う際に基材に印加する負のバイアス電圧は、基材の大きさや導電率等によって異なるが、例えば超硬合金製基材の場合、−50V〜−1000V程度の範囲内が適当である。ダイヤモンド被膜やDLC被膜を除去する第5発明の脱膜処理についても同様である。
【0022】
第3発明では、酸化工程が電磁波を使用した表面波励起プラズマCVD装置を用いて行われ、酸化物除去工程が超音波洗浄法によって行われるが、第1発明や第2発明の実施に際しては、例えば酸化工程については誘導結合プラズマやホローカソードプラズマ等を用いることができる。表面波励起プラズマCVD装置は、ECR(Electron Cyclotron Resonance)励起用の永久磁石或いは電磁コイルを備えることが望ましいが、それ等の永久磁石や電磁コイルを備えていないものでも良い。
【0023】
第5発明の脱膜処理は、ダイヤモンド被膜やDLC被膜のコーティングをやり直したり、摩耗により寿命に達したダイヤモンド被膜やDLC被膜を除去して再コーティングしたりする際に好適に適用され、実質的に第1発明のコーティング前処理と同様の処理を行うものである。但し、ダイヤモンド被膜やDLC被膜、或いはその他の被膜の再コーティングを前提とするものではなく、単にダイヤモンド被膜やDLC被膜を除去するだけでも良い。
【0024】
上記コーティング前処理や脱膜処理における酸化工程、或いはコーティング工程で、電磁波による表面波励起により基材の表面形状に沿って酸素プラズマ或いは炭素プラズマを生成する際には、周波数が0.03GHz〜30GHz程度の範囲内の電磁波が好適に用いられ、例えば2.45GHz等のマイクロ波が適当である。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明方法(第1発明〜第4発明)を用いて製造された円筒部品10を示す図で、(a) は斜視図、(b) はダイヤモンド被膜18が設けられた表層部分の拡大断面図である。この円筒部品10は、内径dに対する軸方向長さLの比(L/d)であるアスペクト比が10以上の円筒形状を成しており、超硬合金製の基材12の外周面14および穴内面16の総てにダイヤモンド被膜18をコーティングしたものである。ダイヤモンド被膜18は、粒径が1μm以下の微結晶多層構造を成しており、全体の膜厚Tdは5〜20μm程度である。本実施例では、円筒部品10の内径d=4mm、軸方向長さL=100mmで、アスペクト比は25であり、ダイヤモンド被膜18の膜厚Tdは約7μmである。但し、図1は必ずしも正確な寸法割合で図示したものではない。
【0026】
図2は、上記円筒部品10のダイヤモンド被膜18をコーティングする際の手順を説明するフローチャートで、図3は、円筒部品10の基材12の外周面14および穴内面16からダイヤモンド被膜18を除去する際の手順を説明するフローチャートで、何れも図4に示す表面波励起プラズマCVD装置30を用いて行われる。図4の表面波励起プラズマCVD装置30は、反応炉32、マイクロ波発生装置34、原料ガス供給装置36、真空ポンプ38、およびECR励起用の電磁コイル40を備えて構成されている。円筒状の反応炉32内にはテーブル42が設けられ、ダイヤモンド被膜18をコーティングすべき基材12が所定の姿勢でセット(配置)されるとともに、テーブル42に接続されたバイアス電源44により基材12に所定の大きさの負のバイアス電圧が印加される。マイクロ波発生装置34は、例えば2.45GHz等のマイクロ波(電磁波)を発生する装置で、このマイクロ波が反応炉32内へ投入されることにより基材12が加熱されるとともに、表面波励起により基材12の表面に沿って所定のプラズマPが生成される。反応炉32の下端部、すなわちマイクロ波発生装置34からマイクロ波が投入される部分には、石英板等の誘電体35が設けられており、その誘電体35上にテーブル42が配設されている。
【0027】
原料ガス供給装置36は、メタン(CH4 )や水素(H2 )、酸素(O2 )、アルゴン(Ar)などの原料ガスを反応炉32内に供給するためのもので、それ等のガスボンベや流量を制御する流量制御弁、流量計などを備えて構成されている。真空ポンプ38は、反応炉32内の気体を吸引して減圧するためのもので、圧力計46によって検出される反応炉32内の圧力値が予め定められた所定の圧力値になるように、真空ポンプ38のモータ電流などがフィードバック制御される。
【0028】
このような表面波励起プラズマCVD装置30によれば、テーブル42に接続されたバイアス電源44により基材12に所定の大きさの負のバイアス電圧を印加しつつ、マイクロ波発生装置34により反応炉32内にマイクロ波が投入されることにより、表面波励起により基材12の表面に沿ってその表面の近傍に高密度(例えば1011/cm3 程度以上)のプラズマPが略均一に生成される。表面波は、基材12の外周面14だけでなく貫通穴内にも穴内面16に沿って侵入するため、その穴内面16の表面近傍にも外周面14と同様に高密度のプラズマPが生成される。これに対し、図12に示すプラズマCVD装置100は、ダイヤモンド被膜のコーティング等に用いられる従来装置の一例で、マイクロ波により反応炉32内の中央部分にプラズマPが生成されるだけであるため、基材12の外周面14にはコーティング処理等を適切に行うことができるものの、貫通穴の穴内面16までコーティング処理等を行うことはできなかった。
【0029】
図2に戻って、ステップS1は基材12に対してコーティング前処理を行うステップである。基材12は、超硬合金を本焼結する前に貫通穴を成形し、その後に本焼結を行ったもので、外周面14および穴内面16の表面は、何れもCoが析出したりCoが少なくWC粒子のみが肥大化しているなど不均一な組織の焼結肌(図7参照)となっている。この焼結肌は、例えば5μm程度の厚さで存在しており、ステップS1のコーティング前処理は、その焼結肌部分を除去して内部の略均一の組織を露出させ、基材12に対するダイヤモンド被膜18の密着性を向上させるためのものである。
【0030】
ステップS1のコーティング前処理は、ステップS1−1のMVP酸素プラズマによる酸化処理、およびステップS1−2の超音波洗浄処理から成る。「MVP」はMicrowave-sheath Voltage combination Plasma (マイクロ波−シース電圧協働プラズマ)の略で、基材12に負のバイアス電圧を印加しつつマイクロ波による表面波励起により基材12の表面に沿って高密度のプラズマを生成する処理を意味し、前記表面波励起プラズマCVD装置30を用いて行うことができる。したがって、このステップS1−1のMVP酸素プラズマによる酸化処理は、表面波励起プラズマCVD装置30の反応炉32内に基材12をセットして行われる。具体的には、酸素の濃度が1%〜50%の範囲内で定められた設定値となるように酸素およびアルゴンの流量調節を行うとともに、基材12に印加される負のバイアス電圧が−50V〜−1000Vの範囲内で定められた設定値となるようにバイアス電源44を調節し、基材12の表面温度が400℃〜1000℃の範囲内で定められた設定温度になるようにマイクロ波発生装置34を調節し、反応炉32内のガス圧が10Pa〜1×104 Paの範囲内で定められた設定圧になるように真空ポンプ38を作動させ、その状態を焼結肌部分のCo等の酸化に必要な予め定められた所定時間だけ継続する。これにより、アスペクト比が大きい基材12の貫通穴の穴内面16を含む表面全域に亘って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、その酸素プラズマや酸素によって外周面14や穴内面16の表面の焼結肌部分に存在するCo等が酸化される。このステップS1−1は酸化工程である。
【0031】
ステップS1−2の超音波洗浄は、ステップS1−1で基材12の外周面14および穴内面16の表面に形成された酸化物を除去するためのもので、表面波励起プラズマCVD装置30の反応炉32から基材12を取り出して、超音波洗浄装置を用いて行われる。この超音波洗浄によれば、アスペクト比が大きい基材12の貫通穴内の穴内面16を含む表面全域に亘って、酸化物が短時間で適切に除去される。これにより、本焼結後の基材12の外周面14や穴内面16の表面に存在する焼結肌部分が除去され、内部の略均一な組織が表面に露出させられる。このステップS1−2は酸化物除去工程である。
【0032】
ステップS2は、MVPダイヤモンドコーティングにより微結晶多層構造のダイヤモンド被膜18を基材12の表面に形成するステップで、基材12を再び表面波励起プラズマCVD装置30の反応炉32内にセットして行われる。このステップS2のMVPダイヤモンドコーティングは、ステップS2−1の種結晶生成処理およびステップS2−2の結晶成長処理を交互に繰り返すことによって行なわれる。ステップS2−1の種結晶生成処理は、ダイヤモンドの結晶成長を抑制して種結晶を生成するためのものである。具体的には、メタンの水素に対する濃度が10%〜30%の範囲内で定められた設定値となるようにメタンおよび水素の流量調節を行うとともに、基材12に印加される負のバイアス電圧が−50V〜−1000Vの範囲内で定められた設定値となるようにバイアス電源44を調節し、基材12の表面温度が700℃〜900℃の範囲内で定められた設定温度になるようにマイクロ波発生装置34を調節し、反応炉32内のガス圧が2.7×102 Pa〜2.7×103 Paの範囲内で定められた設定圧になるように真空ポンプ38を作動させ、その状態を0.1時間〜2時間継続する。これにより、アスペクト比が大きい基材12の貫通穴の穴内面16を含む表面全域に亘って高密度の炭素プラズマが略均一に生成され、ダイヤモンドの結晶成長の起点となる多数の種結晶が穴内面16を含む基材12の表面全域に略均一に付着させられる。また、ステップS2−3に続いて行う2回目以降の種結晶生成処理では、ステップS2−2の結晶成長処理で結晶成長させられた多数のダイヤモンド結晶粒子から成るダイヤモンド層の表面上に、新たに生成された種結晶が層状に付着させられる。
【0033】
ステップS2−2の結晶成長処理では、上記ステップS2−1の種結晶生成処理で付着された種結晶を結晶成長させる。具体的には、メタンの水素に対する濃度が1%〜4%の範囲内で定められた設定値になるようにメタンおよび水素の流量調節を行うとともに、基材12に印加される負のバイアス電圧が−50V〜−1000Vの範囲内で定められた設定値となるようにバイアス電源44を調節し、基材12の表面温度が800℃〜900℃の範囲内で定められた設定温度になるようにマイクロ波発生装置34を調節し、反応炉32内のガス圧が1.3×103 Pa〜6.7×103 Paの範囲内で定められた設定圧になるように真空ポンプ38を作動させ、その状態を、1層のダイヤモンド層の膜厚Tcが1μm以下の所定の設定膜厚となるように予め定められた所定時間だけ継続する。この場合も、アスペクト比が大きい基材12の貫通穴の穴内面16を含む表面全域に亘って高密度の炭素プラズマが略均一に生成され、穴内面16を含む基材12の表面全域で略均一にダイヤモンド層が形成される。膜厚Tcが1μm以下の所定の設定膜厚となるように結晶成長時間が定められることにより、一般には結晶粒径(最大径寸法)もその設定膜厚と略同じ寸法となる。
【0034】
ステップS2−2に続いてステップS2−3を実行し、ダイヤモンド被膜18が予め定められた目的とする膜厚Tdに達したか否かを判断する。具体的には、ステップS2−1の種結晶生成処理およびステップS2−2の結晶成長処理の処理回数が、ダイヤモンド被膜12の全体の膜厚Tdと各ダイヤモンド層の膜厚Tcとに応じて定められた設定回数(Td/Tc)に達したか否かを判断する。そして、その設定回数に達するまではステップS2−1およびS2−2を繰り返し実行し、設定回数に達したらコーティング前処理を含む一連のコーティング処理を終了する。
【0035】
このような本実施例のダイヤモンド被膜18のコーティング処理では、ステップS1のコーティング前処理で、基材12に負のバイアス電圧を印加しつつマイクロ波による表面波励起により酸素プラズマを生成して基材12の表面を酸化させるとともに、超音波洗浄でその酸化物を除去するようにしたので、本焼結の際に形成される焼結肌を適切に除去して内部の略均一な組織を露出させることができ、その上に形成されるダイヤモンド被膜18の付着強度が向上する。その場合に、ステップS1−1の酸化処理では、基材12に負のバイアス電圧を印加するため、マイクロ波による表面波励起により基材12の表面に沿って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、アスペクト比の大きな貫通穴の穴内面16に対しても適切に酸化処理が施される。これにより、穴内面16を含む基材12の表面全域において焼結肌が短時間で適切に除去され、内部の略均一な組織を露出させることが可能で、その上に十分な付着強度でダイヤモンド被膜18を設けることができる。
【0036】
また、本実施例は超硬合金製の基材12の表面にダイヤモンド被膜18をコーティングする場合で、ダイヤモンド被膜18の密着性に大きく影響するCoの析出等がステップS1の酸化による前処理で適切に除去されることにより、ダイヤモンド被膜18を高い付着強度でコーティングすることができる。しかも、上記コーティング前処理(ステップS1)では、ブラスト処理に比べて基材12の面粗さが向上し、その上に形成されるダイヤモンド被膜18についても優れた面粗さが得られるようになる。
【0037】
また、本実施例ではステップS1−1の酸化処理が表面波励起プラズマCVD装置30を用いて行われ、その酸化物を除去する酸化物除去処理がステップS1−2の超音波洗浄によって行われるため、それ等の酸化処理および酸化物除去処理を適切に行うことができる。特に、ステップS1−2では超音波洗浄で酸化物を除去するため、アスペクト比の大きな穴内面16に対しても表面の酸化物を短時間で適切に除去することができる。
【0038】
また、ステップS2のMVPダイヤモンドコーティングに際しても、基材12に負のバイアス電圧を印加しつつマイクロ波による表面波励起により基材12の表面形状に沿って炭素プラズマを生成し、その炭素プラズマによりダイヤモンド被膜18をコーティングするため、アスペクト比の大きな貫通穴の穴内面16に対しても適切にダイヤモンド被膜18をコーティングすることができる。すなわち、アスペクト比の大きな貫通穴を有する基材12であって、その穴内面16を含む基材12の表面全域が焼結肌であっても、前記ステップS1のコーティング前処理で穴内面16を含めて表層部分が適切に除去されることにより、穴内面16を含む表面全域に高い付着強度でダイヤモンド被膜18をコーティングすることができる。
【0039】
一方、上記ダイヤモンド被膜18の摩耗などで同じ基材12に対してダイヤモンド被膜18を再コーティングするため、その基材12の外周面14および穴内面16からダイヤモンド被膜18を除去する際には、図3のフローチャートに従って脱膜処理が行われる。図3のステップR1およびR2は、実質的に前記ステップS1−1、S1−2と同様の処理を行うもので、ステップR1のMVP酸素プラズマによる酸化処理では、表面波励起プラズマCVD装置30の反応炉32内に基材12をセットして、酸素の濃度が1%〜50%の範囲内で定められた設定値となるように酸素およびアルゴンの流量調節を行うとともに、基材12に印加される負のバイアス電圧が−50V〜−1000Vの範囲内で定められた設定値となるようにバイアス電源44を調節し、基材12の表面温度が400℃〜1000℃の範囲内で定められた設定温度になるようにマイクロ波発生装置34を調節し、反応炉32内のガス圧が10Pa〜1×104 Paの範囲内で定められた設定圧になるように真空ポンプ38を作動させ、その状態をダイヤモンド被膜18の酸化に必要な予め定められた所定時間だけ継続する。これにより、アスペクト比が大きい基材12の貫通穴の穴内面16を含む表面全域に亘って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、その酸素プラズマや酸素によって外周面14や穴内面16のダイヤモンド被膜18が酸化される。このステップR1は酸化工程である。
【0040】
また、ステップR2の超音波洗浄は、ステップR1で基材12の外周面14および穴内面16の表面に形成された酸化物を除去するためのもので、表面波励起プラズマCVD装置30の反応炉32から基材12を取り出して、超音波洗浄装置を用いて行われる。この超音波洗浄によれば、アスペクト比が大きい基材12の貫通穴内の穴内面16を含む表面全域に亘って、酸化物が短時間で適切に除去される。これにより、基材12の外周面14や穴内面16にコーティングされたダイヤモンド被膜18が除去され、内部の略均一な組織が表面に露出させられる。このステップR2は酸化物除去工程である。
【0041】
このような脱膜処理方法によれば、ステップR1でダイヤモンド被膜18が酸素プラズマによって酸化され、ステップR2の超音波洗浄によりその酸化物が除去されることにより、基材12の表面からダイヤモンド被膜18が適切に除去される。また、ステップR1の酸化処理では、基材12に負のバイアス電圧を印加するため、マイクロ波による表面波励起により基材12の表面に沿って高密度の酸素プラズマが略均一に生成され、アスペクト比の大きな貫通穴の穴内面16に対しても適切に酸化処理が施される。これにより、穴内面16を含む基材12の表面全域においてダイヤモンド被膜18が短時間で適切に除去され、内部の略均一な組織を露出させることが可能で、この基材12の表面に新たなダイヤモンド被膜18等をコーティングして再使用することができる。しかも、このような酸素プラズマによる脱膜処理によれば、ブラスト処理に比べて基材12の面粗さが向上し、その上に形成されるダイヤモンド被膜18等についても優れた面粗さが得られるようになる。
【0042】
また、本実施例ではステップR1の酸化処理が表面波励起プラズマCVD装置30を用いて行われ、その酸化物を除去する酸化物除去処理がステップR2の超音波洗浄によって行われるため、それ等の酸化処理および酸化物除去処理を適切に行うことができる。特に、ステップR2では超音波洗浄で酸化物を除去するため、アスペクト比の大きな穴内面16に対しても表面の酸化物を短時間で適切に除去することができる。
【0043】
なお、ダイヤモンド被膜18の摩耗などで同じ基材12に対してダイヤモンド被膜18を再コーティングする際に、前記図2のフローチャートに従ってコーティング処理を行うことも可能で、その場合はステップS1のコーティング前処理を脱膜処理と見做すことができる。
【0044】
次に、図5に示すように前記円筒部品10においてダイヤモンド被膜18をコーティングする際の前処理およびコーティング方法が異なる3種類のケース1〜3について、マイクロブラスト照射による耐剥離性試験によりダイヤモンド被膜18の密着性を調べた結果を説明する。マイクロブラストの照射条件は、ノズルから対象物までの距離が5mmで、照射圧力は5kg/cm-2であり、使用メディアはSiC#800で、剥離までの時間および剥離面積から耐剥離性すなわち密着性を判断した。
【0045】
図5のケース1は、本発明方法に従うコーティング前処理とMVPダイヤモンドコーティングとの組合せ、すなわち前記図2のフローチャートに従ってダイヤモンド被膜18をコーティングした場合で、ブラスト試験で1分間剥離が認められず、優れた密着性が得られた。図6は、この時の円筒部品10のダイヤモンド被膜18を示す図で、(a) は円筒部品10を軸方向に切断して穴内面16を示す写真であり、(b) はダイヤモンド被膜18が設けられた穴内面16の表層部分の断面の写真である。図6の(a) では、切断面が灰色であるのに対して穴内面16は黒色であり、ダイヤモンド被膜18が綺麗にコーティングされていることが判る。図5の密着性の欄の「(○)」は、良好な密着性を意味する。
【0046】
図5のケース2は、前処理無しでMVPダイヤモンドコーティングによりダイヤモンド被膜18をコーティングした場合で、貫通穴の穴内面16までダイヤモンド被膜18をコーティングできたが、ブラスト試験で2秒で剥離し、その剥離面積も大きい。図7は、この時の円筒部品10のダイヤモンド被膜18が設けられた穴内面16の表層部分の断面の写真で、基材12の表層部分には本焼結の際に生じた焼結肌がそのまま残っており、この焼結肌に起因してダイヤモンド被膜18の密着性が阻害される。図5の密着性の欄の「(△)」は、ダイヤモンド被膜18をコーティングできるものの密着性が十分でないことを意味する。
【0047】
図5のケース3は、本発明のコーティング前処理と通常のダイヤモンドコーティングとの組合せ、すなわち前記図2のフローチャートのステップS2では、図12のプラズマCVD装置100を用いてダイヤモンド被膜18をコーティングした場合で、ダイヤモンド被膜18をコーティングする際のプラズマが円筒部品10の貫通穴内に入り込まず、穴内面16にダイヤモンド被膜18をコーティングできなかった。図8は、この時の円筒部品10の穴内面16の表層部分の断面の写真で、コーティング前処理により焼結肌が完全に除去されているものの、ダイヤモンド被膜18が存在しない。図5の密着性の欄の「(×)」は、ダイヤモンド被膜18をコーティングできなかったことを意味する。
【0048】
図9は、表面状態が異なる複数種類の基材(超硬合金)に対して異なる前処理を行って、2種類の膜厚(8μmおよび20μm)のダイヤモンド被膜をコーティングした場合の密着性を調べた結果を説明する図である。ケース1〜7は何れも平坦な表面に対してダイヤモンド被膜をコーティングする場合で、負のバイアス電圧を印加するMVPは行っておらず、酸素プラズマによる前処理の効果を確認するためのものである。ダイヤモンド被膜についても、MVPを行うことなく図12の従来のプラズマCVD装置100を用いたプラズマCVD法によりコーティングを行った。密着性は、前記図5の場合と同じ照射条件によるマイクロブラスト照射によって判断した。密着性の欄の「(○)」は良好な密着性を意味し、「(△)」はダイヤモンド被膜をコーティングできるものの密着性が十分でないことを意味し、「(×)」はダイヤモンド被膜が極めて簡単に剥離したことを意味する。
【0049】
図9のケース1は、焼結肌へ直接ダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合も極めて簡単に剥離した。20μmの場合に、炉から出した時点で自発的に大規模な剥離が発生したのは、ダイヤモンドコーティングは大きな残留圧縮応力を被膜内に有するため、この応力によって自発的に剥離が生じたものと考えられる。ケース2は、焼結肌へブラスト処理を行った上でダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合もダイヤモンド被膜をコーティングできるが、膜厚が8μmの場合は40秒のマイクロブラストで剥離が生じ、必ずしも十分な密着性が得られないのに対し、膜厚が20μmの場合には、1分間のマイクロブラストでも剥離が生じることはなく、極めて優れた密着性が得られた。ケース3は、焼結肌へ酸素プラズマによる前処理、すなわち酸化および超音波洗浄による酸化物除去処理を行った上で、ダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合も1分間のマイクロブラストで剥離が生じることはなく、極めて優れた密着性が得られた。
【0050】
図9のケース4は、通常の研削面すなわち超硬合金の内部の略均一な組織が表面に露出している状態で、前処理を行うことなくダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合も1分間のマイクロブラストで剥離が生じることはなく、極めて優れた密着性が得られた。
【0051】
図9のケース5は、放電加工面へ直接ダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合も、前記ケース1の場合と同様に極めて簡単に剥離した。ケース6は、放電加工面へブラスト処理を行った上でダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合もダイヤモンド被膜をコーティングできるが、膜厚が8μmの場合は50秒のマイクロブラストで剥離が生じ、必ずしも十分な密着性が得られないのに対し、膜厚が20μmの場合には、1分間のマイクロブラストでも剥離が生じることはなく、極めて優れた密着性が得られた。ケース7は、放電加工面へ酸素プラズマによる前処理、すなわち酸化および超音波洗浄による酸化物除去処理を行った上で、ダイヤモンドコーティングを行った場合で、膜厚が8μm、20μmの何れの場合も1分間のマイクロブラストで剥離が生じることはなく、極めて優れた密着性が得られた。
【0052】
これ等の結果から、焼結肌および放電加工面の何れの場合も、酸素プラズマによる前処理を行うことにより、ケース4の通常の研削面にダイヤモンドコーティングを行う場合と同程度の密着性が得られることが判る。すなわち、酸素プラズマによる前処理を行えば、研削面と同程度に超硬合金の内部の略均一な組織が表面に露出させられ、その表面に対してダイヤモンド被膜を極めて高い密着性でコーティングできるものと考えられる。
【0053】
図10は、ダイヤモンド被膜18がコーティングされた前記円筒部品10に対し、前記図3のフローチャートに従う本発明方法の脱膜処理(ケース1)と、従来のブラストによる脱膜処理(ケース2)とを行って、脱膜の効果を調べた結果を説明する図である。ケース1では、外周面14および穴内面16の何れについても全域に亘って綺麗にダイヤモンド被膜18を除去することができたのに対し、ケース2では、外周面14については脱膜できるものの、穴内面16についてはダイヤモンド被膜18を殆ど除去することができなかった。図11は、ケース1の場合に、円筒部品10を軸方向に切断して穴内面16を示す写真で、前記図6の(a) に示す穴内面16はダイヤモンド被膜18のコーティングで黒色を呈していたのに対し、図11では穴内面16が切断面と同じ灰色となっており、ダイヤモンド被膜18が綺麗に除去されていることが判る。なお、図10の被膜の状態の欄の「(○)」はダイヤモンド被膜18を適切に除去できたことを意味し、「×」はダイヤモンド被膜18が残っていることを意味する。
【0054】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0055】
10:円筒部品 12:基材 18:ダイヤモンド被膜 30:表面波励起プラズマCVD装置 44:バイアス電源
ステップS1−1、R1:酸化工程
ステップS1−2、R2:酸化物除去工程
ステップS2:コーティング工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性を有する所定の基材の表面に被膜をコーティングする際の前処理方法であって、
前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により該基材の表面形状に沿って酸素プラズマを生成し、該酸素プラズマにより該基材の表面を酸化させる酸化工程と、
該酸化工程で前記基材の表面に形成された酸化物を除去する酸化物除去工程と、
を有することを特徴とするコーティング前処理方法。
【請求項2】
前記基材は超硬合金にて構成されており、前記被膜としてダイヤモンド被膜をコーティングする際の前処理として行われる
ことを特徴とする請求項1に記載のコーティング前処理方法。
【請求項3】
前記酸化工程は電磁波を使用した表面波励起プラズマCVD装置を用いて行われ、前記酸化物除去工程は超音波洗浄法によって行われる
ことを特徴とする請求項1または2に記載のコーティング前処理方法。
【請求項4】
導電性を有する所定の基材の表面にダイヤモンド被膜をコーティングする方法であって、
前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により該基材の表面形状に沿って酸素プラズマを生成し、該酸素プラズマにより該基材の表面を酸化させる酸化工程と、
該酸化工程で前記基材の表面に形成された酸化物を除去する酸化物除去工程と、
前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により該基材の表面形状に沿って炭素プラズマを生成し、該炭素プラズマにより該基材の表面にダイヤモンド被膜をコーティングするコーティング工程と、
を有することを特徴とするダイヤモンド被膜のコーティング方法。
【請求項5】
導電性を有する所定の基材の表面にコーティングされたダイヤモンド被膜またはDLC被膜を除去する脱膜処理方法であって、
前記基材に負のバイアス電圧を印加しつつ電磁波による表面波励起により該基材の表面形状に沿って酸素プラズマを生成し、該酸素プラズマにより前記ダイヤモンド被膜またはDLC被膜を酸化させる酸化工程と、
該酸化工程で前記基材の表面に形成された酸化物を除去する酸化物除去工程と、
を有することを特徴とする脱膜処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−162857(P2011−162857A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28277(P2010−28277)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】