説明

ジメチルグリシンの製造方法

【課題】より簡便に効果的にジメチルグリシンを製造する方法を提供する。
【解決手段】グリシンからサルコシン、サルコシンからジメチルグリシンへの二段階のメチル化反応によるジメチルグリシン合成のための代謝経路に関連する外来遺伝子を、微生物に導入することによる。更に、ジメチルグリシンの合成にメチル基供与体として使われるS-アデノシルメチオニン(SAM)の合成系を並行して強化することで、より大量のジメチルグリシンを生合成することができる。本発明の製造方法により、植物バイオマス由来の単純な炭素源からジメチルグリシンを微生物内で高密度に蓄積することができ、さらには淡水などの低浸透圧条件下でジメチルグリシンを排出させ、容易に分離・回収することができる。さらには、使用した微生物を繰り返し利用することで、ジメチルグリシンを連続して高生産することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を利用することを特徴とするジメチルグリシンの製造方法に関する。具体的には、ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養することによるジメチルグリシンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジメチルグリシン(dimethylglycine: DMG)は、アミノ酸であるグリシンの誘導体であり、ビタミンB15ともいわれている。ジメチルグリシンは、穀類など多くの植物中に微量で存在し、ビタミンEと同様に抗酸化作用を有するといわれており、代謝を促進し、疲労回復等に効果があるともいわれ、海外ではサプリメントにも用いられている。特許文献1(特開2003−176261号公報)には、化学合成技術を利用することによりジメチルグリシンを製造する方法が開示されているが、精製、濃縮工程など複雑な工程を要するうえ、高純度のジメチルグリシンを得る簡便な方法とはいいがたい。
【0003】
上述のごとく、ジメチルグリシンはグリシンの誘導体であるが、他のグリシン誘導体として、グリシンベタイン(トリメチル化グリシン)が挙げられる。グリシンベタインは、細胞のミトコンドリア内でコリンからベタインアルデヒドの二段階酸化経路により生合成されるが、産生量は微量である。別の生合成経路では、古細菌のメタン細菌、好気性従属真正細菌、嫌気性光栄養細菌、シアノバクテリアなどにおいて、グリシンから一連のメチル化反応によってグリシンベタインが合成されることが知られている。係る生合成経路では、グリシンサルコシンメチル基転移酵素(glycine-sarcosine methyltransferase:GSMT)が、グリシンをサルコシンに、サルコシンをジメチルグリシンに変換するメチル化反応を触媒し、ジメチルグリシンメチル基転移酵素(dimethylglycine methyltransferase :DMT)が、ジメチルグリシンからグリシンベタインに変換するメチル化反応を触媒する。また、サルコシングリシンメチル基転移酵素(SDMT)が、サルコシンをジメチルグリシンに、ジメチルグリシンをグリシンベタインに変換することも公知である(特許文献2:特開2004−129593号公報)。しかしながら、ジメチルグリシンは例えば容易にベタインに変換されてしまうなど生体内において分解されやすい物質と考えられていたことから、微生物の培養を介して直接ジメチルグリシンを生産させようという試みはこれまでまったく検討されてこなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−176261号公報
【特許文献2】特開2004−129593号公報、特許第4075562号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、より簡便に効果的にジメチルグリシンを製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養することで、容易にジメチルグリシンを製造しうることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養し、ジメチルグリシンを生合成させる、ジメチルグリシンの製造方法。
2.以下の工程を含む、前項1に記載の製造方法。
1)ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養し、微生物中でジメチルグリシンを生合成させる工程;
2)前記微生物中で生合成したジメチルグリシンを微生物から排出させ、回収する工程。
3.前記1)の微生物の培養が、高浸透圧条件で行われ、前記工程2)の排出が、低浸透圧条件で行われる前項1又は2に記載の製造方法。
4.高浸透圧条件が、塩化ナトリウム濃度(NaCl)で換算した場合に0.43〜4 Mであり、低浸透圧条件が、同様に塩化ナトリウム濃度で換算した場合に0〜0.34 Mであることを特徴とする、前項3に記載の製造方法。
5.微生物の培養が、2.5〜50mMのメチオニン存在下で行われることを特徴とする、前項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
6.微生物が、当該微生物が本来産生しうる適合溶質の生合成能を低下又は欠失させたものである前項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
7.微生物が、ハロモナス属に属する微生物であることを特徴とする、前項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
8.ハロモナス属に属する微生物が、Halomonas elongataに属する微生物であることを特徴とする、前項7に記載の製造方法。
9.微生物が本来産生しうる適合溶質が、エクトインであることを特徴とする、前項6〜8のいずれかに記載の製造方法。
10.微生物が本来産生しうる適合溶質の生合成能を低下又は欠失させることが、前記微生物のゲノム上に存在するエクトイン生合成オペロンのうち、エクトイン生合成に特異的な遺伝子の一部若しくは全部を除去することである、前項6〜9のいずれかに記載の製造方法。
11.ジメチルグリシンが、グリシンからサルコシンを合成する経路を介して生合成されることを特徴とする、前項1〜10のいずれかに記載の製造方法。
12.ジメチルグリシンが、少なくともグルコース、グリセロール及び/又はキシロースを炭素源として生合成されることを特徴とする、前項11に記載の製造方法。
13.ジメチルグリシンの生合成に関連する外来遺伝子が、少なくともグリシンサルコシンメチル基転移酵素(GSMT)に関連する遺伝子である、前項1〜12のいずれかに記載の製造方法。
14.ジメチルグリシンの生合成に関連する外来遺伝子が、さらにS-アデノシルメチオニン(SAM)合成酵素に関連する遺伝子である、前項13に記載の製造方法。
15.外来遺伝子の導入が、ハロモナス属に属する微生物のゲノム上に存在するエクトイン生合成オペロンのうち、浸透圧応答性プロモーターの制御下にある領域に、前項13に記載の遺伝子を導入することによる、前項13に記載の製造方法。
16.外来遺伝子の導入が、ハロモナス属に属する微生物のゲノム上に存在するエクトイン生合成オペロンのうち、浸透圧応答性プロモーターの制御下にある領域に、さらに前項14に記載の遺伝子を導入することによる、前項14に記載の製造方法。
17.浸透圧応答性プロモーターが、ハロモナス属に属する微生物のゲノム上に存在するエクトインの生合成オペロンの上流配列(UectA)中に含まれることを特徴とする、前項15又は16に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のジメチルグリシンの製造方法により、ジメチルグリシンを微生物内に生合成させ、ジメチルグリシンを連続して高生産することができ、安定的に供給可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】ジメチルグリシンのグリシンメチル化による生合成経路を示す図である。(実施例1)
【図2】GMST関連遺伝子の塩基配列を示す図である。(配列番号1,5)(実施例1)
【図3】SAMS関連遺伝子の塩基配列を示す図である。(配列番号2,6)(実施例1)
【図4】mCerry関連遺伝子の塩基配列を示す図である。(配列番号3,7)(実施例1)
【図5】DMT関連遺伝子の塩基配列を示す図である。(配列番号4,8)(実施例1)
【図6】ectA-U領域の塩基配列を示す図である。(配列番号9,11)(実施例1)
【図7】ectC-D領域の塩基配列を示す図である。(配列番号10,12)(実施例1)
【図8】野生型H. elongataのゲノム上に有するエクトイン生合成オペロン(ectABC)の上流配列(ectA-U)を示す図である。図8に示す配列部分は、配列番号11の1096-1227部分に該当する。ectA-Uには、適合溶質の産生に必要なプロモーター領域が含まれる。(実施例1)
【図9】作製した各組換型ハロモナス菌株におけるエクトイン生合成オペロン領域のゲノム構造を示す図である。(実施例1)
【図10】組換えハロモナス株における導入した人口オペロンの発現確認結果を示す図である。(実験例1−1)
【図11】組換えハロモナス株におけるジメチルグリシン又はグリシンベタインの生産をHPLCにより確認した結果を示す図である。(実験例1−2)
【図12】各濃度のメチオニン存在下での組換えハロモナス株(KA1.2)におけるジメチルグリシンの生産を確認した結果を示す図である。(実施例2)
【図13】二段階浸透圧培養法による組換えハロモナス株(KA1.2)におけるジメチルグリシンの生産を確認した結果を示す図である。(実施例3)
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養することによりジメチルグリシンを生合成させることを特徴とするジメチルグリシンの製造方法に関する。
【0011】
本明細書において、ジメチルグリシンの製造方法は以下の1)及び2)工程を含む。
1)ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養し、微生物中でジメチルグリシンを生合成させる工程;
2)前記微生物中で生合成したジメチルグリシンを微生物から排出させ、回収する工程。
【0012】
グリシンからサルコシンを合成する経路を介してメジメチルグリシンを生合成する場合には、グリシンからのメチル基転移反応にメチル基転移酵素を必要とする。グリシンからサルコシンへ、サルコシンからジメチルグリシンへのメチル化反応に必須のメチル基転移酵素は、グリシンサルコシンメチル基転移酵素(GSMT)である(図1参照)。また、グリシンへのメチル基供与体として、S-アデノシルメチオニン(SAM)が挙げられる(図1参照)。メチオニンにアデノシン三リン酸(ATP)とSAM合成酵素(SAMS)が作用してSAMが生合成される。本発明のジメチルグリシンの製造方法によれば、植物バイオマス由来の主要な炭素源である、グルコース、グリセロール及び/又はキシロースなどの豊富で単純な炭素源を利用し、これより産生される必須アミノ酸のグリシンを介して、微生物内にジメチルグリシンを生合成し、高密度に蓄積することができる。
【0013】
本明細書において、「ジメチルグリシンの生合成に関連する外来遺伝子」は、少なくともGSMTに関連する遺伝子(以下、単に「GSMT関連遺伝子」ともいう。)が挙げられる。さらに、SAMSに関連する遺伝子(以下、単に「SAMS関連遺伝子」ともいう。)を含んでいてもよい。しかしながら、ジメチルグリシンメチル基転移酵素(DMT)に関連する遺伝子は含まないのが好適である。微生物がジメチルグリシンを生合成した場合でも、ジメチルグリシンがさらにメチル化されてグリシンベタインに変換されることで、ジメチルグリシンの生合成量が抑制されてしまうからである。
【0014】
本明細書において、GSMT関連遺伝子は、以下に示すA)〜D)より選択されるいずれかの塩基配列からなる。
A)配列表の配列番号1に示す塩基配列;
B)前記A)に記載の塩基配列のうち、1若しくは数個の塩基が置換、欠失、挿入又は付加といった変異された配列からなる塩基配列;
C)前記A)又はB)に記載の塩基配列に対して縮重し、GSMTが有するアミノ酸配列をコードする塩基配列;
D)前記A)〜C)のいずれかに記載の塩基配列と、80%以上の相同性を有する塩基配列。
【0015】
本明細書において、SAMS関連遺伝子は、以下に示すa)〜d)より選択されるいずれかの塩基配列からなる。
a)配列表の配列番号2に示す塩基配列;
b)前記a)に記載の塩基配列のうち、1若しくは数個の塩基が置換、欠失、挿入又は付加といった変異された塩基配列;
c)前記a)又はb)に記載の塩基配列に対して縮重し、SAM合成酵素が有するアミノ酸配列をコードする塩基配列;
d)前記a)〜c)のいずれかに記載の塩基配列と、80%以上の相同性を有する塩基配列。
【0016】
なお、上記配列表の配列番号1及び2に示す塩基配列は、ハロモナス属(Halomonas)でのGSMTやSAMS発現用にコドンの使用頻度を改変した合成遺伝子であり、ハロモナス属以外の微生物を用いてGSMTやSAMSを発現させる場合には、用いる微生物等に応じて適宜最適化した配列の遺伝子を構築し、使用することができる。
【0017】
各酵素遺伝子の塩基配列のうち、「1若しくは数個の塩基が置換、欠失、挿入又は付加」の変異を生じさせる方法としては、PCR法、エラープローンPCR法、DNAシャッフリング法やキメラ酵素を作製する手法等の公知の方法を利用することができる。これらの手法を用いて得られた各酵素遺伝子の塩基配列によりコードされる各アミノ酸配列を有する酵素の比活性や安定性の評価を行うことで、本願に適した高活性酵素又は高安定性酵素を選抜することができる。この場合において、「1若しくは数個の塩基が置換、欠失、挿入又は付加」とは、1〜15個程度の塩基が置換、欠失、挿入又は付加していてもよいことを意味する。
【0018】
本明細書において「微生物」とは、上述の遺伝子を導入することにより、ジメチルグリシンを産生可能な微生物であればよく、特に限定されない。微生物について、特に好ましくは、高浸透圧条件下で適合溶質を生合成・蓄積しうる微生物であり、例えば好塩性菌が挙げられる。好塩性菌の種類としては、至適塩濃度により、低度好塩性菌、中度好塩性菌、高度好塩性菌等が挙げられる。本発明に使用可能な微生物としては、好ましくは中度好塩性菌であり、具体的にはハロモナス属(Halomonas)、クロモハロバクター属(Chromohalobacter)、アクロモバクター属(Achromobacter)、アシディフィラム属(Acidiphilium)、アルカニボラクス属(Alcanivorax)、アミコラトプシス属(Amycolatopsis)、バチルス属(Bacillus)、ヘルミニイモナス属(Herminiimonas)、ハイフォモナス属(Hyphomonas)、キトコッカス属(Kytococcus)、マリノバクター属(Marinobacter)、マリノモナス属(Marinomonas)、マイコバクテリウム属(Mycobacterium)、ニトロソプミルス属(Nitrosopumilus)、ノカルジア属(Nocardia)、オクロバクテリウム属(Ochrobactrum)、パエニバチルス属(Paenibacillus)、リゾビウム属(Rhizobium)、ロドコッカス属(Rhodococcus)、サッカロモノスポラ属(Saccharopolyspora)、サッカロポリスポラ属(Saccharopolyspora)、スフィンゴピキシス属(Sphingopyxis)、 スチグマテラ属(Stigmatella)、ストレプトマイセス属(Streptomyces)などに属する微生物等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0019】
上記のうち、特に好適には、ハロモナス属に属する微生物が挙げられる。ハロモナス属に属する微生物としては、H. elongataH. boliviensisH. campisalisH. halmophilaH. halophilaH. halodenitrificansH. variabilis が挙げられ、入手可能な菌株としては、H. boliviensis DSM 15516TH. campisalis ATCC 700597、H. elongata ATTC 33173TH. elongata DSM 142、H. elongata DSM 2581TH. elongata OUT30018、H. halmophila CCM 2833TH. halophila CCM 3662TH. halodenitrificans DSM 735TH. variabilis DSM 3051Tが挙げられる。また、クロモハロバクター属に属する微生物としては、C. marismortui及びC. salexigensが挙げられ、入手可能な菌株としては、C. marismortui ATCC 17056及びC. salexigens DSM 3043Tが挙げられる。上記のうち、エクトイン生合成遺伝子を有する全ゲノム解読済みの菌株としてはH. elongata DSM 2581T及びC. salexigens DSM 3043が挙げられる。その他、エクトイン生合成遺伝子を有する全ゲノム解読済みの菌株としては、例えばAchromobacter xylosoxidans A8、Acidiphilium cryptum JF-5、Acidiphilium multivorum AIU301、Alcanivorax borkumensis SK2、Amycolatopsis mediterranei U32、Bacillus clausii KSM-K16、Bacillus pseudofirmus OF4、Bordetella avium 197N、Brachybacterium faecium DSM 4810、Herminiimonas arsenicoxydansHyphomonas neptunium ATCC 15444、Kytococcus sedentarius DSM 20547、Marinobacter aquaeolei VT8、Marinomonas sp. MWYL1、Mycobacterium gilvum PYR-GCK、Mycobacterium smegmatis str. MC2 155、Mycobacterium sp. JLS、Mycobacterium sp. KMS、Mycobacterium sp. MCS、Mycobacterium vanbaalenii PYR-1、Nitrosopumilus maritimus SCM1、Nocardia farcinica IFM 10152、Ochrobactrum anthropi ATCC 49188、Paenibacillus sp. Y412MC10、Rhizobium leguminosarum bv. viciae 3841、Rhodococcus equi 103S、Rhodococcus opacus B4、Saccharomonospora viridis DSM 43017、Saccharopolyspora erythraea NRRL 2338、Sphingopyxis alaskensis RB2256、Stigmatella aurantiaca DW4/3-1、Streptomyces avermitilis MA-4680、Streptomyces griseus subsp. griseus NBRC 13350、Streptomyces scabiei 87.22等が挙げられる。その他、エクトインを産生しうる微生物として、Brevibacterium epidermis DSM 20659Brevibacterium linensBrevibacterium sp. strain JCM 6894、Kocuria varians CCM3316、Nesterenkonia halobia DSM 20541TNocardiopsis sp. A5-1、Streptomyces coelicolor A3、Streptomyces griseolus DSM 40067TBacillus alcalophilus DSM 485TBacillus agaradhaerens DSM 8721TBacillus clarkii DSM 8720T Bacillus halodurans DSM 497TBacillus mojavensis DSM 9205TBacillus pseudalcaliphilus DSM 8725TBacillus pseudofirmus DSM 8715TGracilibacillus halotolerans DSM 11805THalobacillus halophilus DSMZ 2266THalobacillus trueperi DSM 10404TMarinococcus halophilus DSM 20408TMarinococcus sp. M52、Salimicrobium albus DSM 20748TSporosarcina pasteurii DSM 33TSporosarcina psycrophila DSM 3TVirgibacillus marismortui DSM 12325TVirgibacillus pantothenticus DSM 26、Virgibacillus salexigens DSM 11438、Rhodovibrio salinarum BN 40、Rhodovulum sulfidophilum DSM 1374THalorhodospira abdelmalekii DSM 2110THalorhodospira halochloris DSM 1059THalorhodospira halophila DSM 244TPantoea agglomerans strain CPA-2、Pseudomonas halophila DSM 3050TPseudomonas halosaccharolytica CCM 2851、Thioalkalibacter halophilus DSMZ 19224、Vibrio alginolyticus DSM 2171TVibrio cholerae O139 strain MO10、Vibrio costicola CCM 2811、Vibrio fischeri DSM 507、Vibrio fischeri DSM 7151、Vibrio harveyi DSM 2165、Vibrio harveyi DSM 6904、Vibrio parahaemolyticus RIMD2210633等が挙げられる。
【0020】
本発明において使用可能な微生物は、上記列挙した各微生物が本来産生しうる適合溶質の生合成能を低下又は欠失させたものであってもよい。本明細書において「本来産生しうる適合溶質」とは、高浸透圧条件下で適合溶質を生合成・蓄積しうる微生物が、本来産生しうる適合溶質であればよく、特に当該微生物内に高密度に蓄積される適合溶質が好ましい。例えばハロモナス属に属する微生物では、エクトイン、ヒドロキシエクトイン、N-γ-アセチルジアミノ酪酸などが挙げられ、特に好ましくはエクトインである。アクチノポリスポラ(Actinopolyspora)属に属する微生物では、トレハロースなどが挙げられ、バシラス(Bacillus)属に属する微生物では、プロリン、グルタミン酸、グルタミンなどが挙げられる。
【0021】
本明細書において「本来産生しうる適合溶質の生合成能を低下又は欠失」とは、当該適合溶質の生合成能が通常の場合より低い量に抑制されていること、又は全く生合成されないことをいう。この場合において、当該適合溶質の生合成能は低いほうが、ジメチルグリシンを高密度に生合成することができる。従って、当該適合溶質の生合成能は、野生型を100%とした場合に、60%以下、好ましくは、40%以下、より好ましくは20%以下に低下しているのか好ましく、生合成能が欠失しているのが最も好ましい。当該適合溶質の生合成能を低下又は欠失させるための手段として、当該適合溶質を生合成するのに必須の酵素をコードする遺伝子のコード領域内の変異導入による酵素活性の低下又は欠失させることができればよい。当該遺伝子のコード領域内の変異導入は、微生物のゲノム上に存在する適合溶質生合成に特異的な遺伝子の一部又は全部を欠損させることが考えられる。「本来産生しうる適合溶質生合成に特異的な遺伝子」としては、例えば当該適合溶質を生合成するのに必須の酵素関連遺伝子が挙げられる。当該適合溶質の生合成において複数の酵素が必須の場合は、それらの酵素のうちいずれか1種以上又は全ての酵素関連遺伝子の一部又は全部を欠損させてもよい。生合成に特異的な遺伝子の一部又は全部を欠損させる方法は、遺伝子組み換えの手法等、公知の方法によることができる。例えば、目的遺伝子の部分配列を改変し、正常に機能する酵素を産生しないようにした変異型遺伝子を作製し、当該変異型遺伝子を含むDNA、或いは遺伝子の一部又は全部を欠損させたDNAで、微生物のゲノム上の遺伝子と相同組換えを起こさせることにより、ゲノム上の目的遺伝子の一部又は全部を欠損させることが出来る。このような相同組換えを利用した遺伝子置換は、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol.97, p.6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(J. Bacteriol. Vol.184, p.5200-5203 (2002))と組合わせた方法(WO2005/010175号参照)等を参照することができる。さらに、ハロモナス属に属する菌株の遺伝子操作に参考となる公知文献としては、Journal of Bacteriology Vol.184, p.3078-3085 (2002)が挙げられる。
【0022】
例えば、ハロモナス属に属する微生物では、「本来産生しうる適合溶質」としてのエクトインの生合成能を低下又は欠失させて、ジメチルグリシンの生合成に関連する外来遺伝子を導入することで、高浸透圧条件下でジメチルグリシンを生合成することができる。エクトインの生合成能を低下又は欠失させるためには、ハロモナス属に属する微生物のゲノムにおいて、エクトインの生合成オペロンのうち上流配列(ectA-U)中に含まれる浸透圧応答性プロモーターを残しておけば、エクトイン生合成に特異的な遺伝子の一部又は全部を欠損させてもよい。エクトイン生合成に特異的な遺伝子として、L-アスパラギン酸-β-セミアルデヒドからエクトインへの代謝に必要な酵素関連遺伝子が挙げられる。当該必要な酵素として、L-ジアミノ酪酸アミノ基転移酵素及び/又はL-ジアミノ酪酸アセチル基転移酵素が挙げられる(Biotechnology Advances 28 (2010) 782-801参照)。これらの酵素は、EctA、EctB、EctCで表すことができ、これらに関連する遺伝子を各々ectA、ectB、ectCで表すことができる(図2参照)。本明細書において、「エクトインの生合成能を低下又は欠失」は、エクトインの生合成オペロンのうち、ectA、ectB、ectCから選択される1種又は複数の遺伝子の、一部又は全部を欠損させることにより、達成することができる(図3(b)参照)。この場合において、エクトインの生合成能は低いほうがジメチルグリシンを高密度に生合成することができる。従って、エクトインの生合成能は、野生型を100%とした場合に、60%以下、好ましくは40%以下、より好ましくは20%以下に低下しているのか好ましく、生合成能が欠失しているのが最も好ましい。
【0023】
本発明の微生物が、ハロモナス属に属する微生物、具体的にはH. elongataの場合は、ジメチルグリシンを生合成させるために、エクトインの産生系に必要な浸透圧応答性プロモーターの下流領域に、少なくともGSMT関連遺伝子を導入することができる。GSMT関連遺伝子を、エクトインの産生系に必要な浸透圧応答性プロモーターの下流領域に導入することにより、ジメチルグリシン産生用のオペロンを構築することができる。当該ジメチルグリシン産生用のオペロンは、SAM合成酵素関連遺伝子を含むポリシストロン性オペロンであってもよい。
【0024】
本明細書において「浸透圧応答性プロモーター」とは、微生物が「本来産生しうる適合溶質」の産生系に必要な浸透圧応答性プロモーターが挙げられる。具体的には、例えばハロモナス属に属するH. elongataではエクトインの産生系に必要な浸透圧応答性プロモーターが挙げられる。H. elongataの場合は、浸透圧応答性プロモーターは、当該微生物のゲノム上に存在するエクトインの生合成オペロンの上流配列 (ectA-U) 中に含まれる。
【0025】
本明細書において、微生物として高浸透圧条件下で適合溶質を生合成・蓄積しうる微生物を用いて、ジメチルグリシンを生合成する場合は、ジメチルグリシンの製造方法の工程1)及び2)において、前記1)の微生物の培養が、高浸透圧条件で行われ、前記工程2)の排出が、低浸透圧条件で行われるのが好適である。浸透圧調整に使用可能な溶質としては、塩化ナトリウム(NaCl)、マンニトール、ソルビトール、ショ糖、ポリエチレングリコール等を使用することができる。高浸透圧条件の培養に際しては、例えば、海水(3% NaCl相当)やかん水(濃縮海水)などの海洋資源を利用することもできる。例えば好塩性微生物により、海水を利用した発酵生産を行うことができる。
【0026】
本明細書において「高浸透圧条件」とは、NaCl濃度で換算した場合に、0.43〜4 M程度の条件とすることができ、例えば0.43〜3.6 Mであり、好ましくは0.75〜3.6 Mであり、より好ましくは1.0〜3.2 Mであり、さらに好ましくは約2.0〜2.6 Mである。
高浸透圧条件で培養するために、浸透圧条件を変えて培養することもできる。例えば最初に0.34〜0.51 M(約2〜3%)の条件で菌株を培養して細胞をあらかじめ増殖させておき、次に0.68〜3.6 M(約4〜21%)の条件で培養するなどのように二段階の浸透圧条件で行うこともできる(二段階浸透圧培養)。より好適には、0.43〜0.51 M(約2.5〜3%)の条件で培養し、次に0.85〜1.7 M(約5〜10%)の条件で培養することができる。最も好適には、3%のNaCl濃度条件で当該組換型菌株を培養して細胞をあらかじめ増殖させておき、続いて8%のNaCl濃度条件下で継続して培養することができる。
【0027】
本明細書において「低浸透圧条件」とは、ジメチルグリシンの製造方法の工程1)の微生物の培養が行われる高浸透圧条件より、低い浸透圧条件のことである。工程1)で選択した高浸透圧条件に比べ、工程2)では工程1)で選択した条件より相対的に低い浸透圧条件を適宜選択することができる。「低浸透圧条件」とは工程1)の浸透圧条件より低濃度の溶質条件に調整すれば良いが、好ましくはNaCl濃度で換算した場合に0〜0.5 M程度の条件とすることができ、より好ましくは、0〜0.34 Mとすることができ、例えば水の条件であってもよい。ただし、本発明の製造方法に使用する微生物を製造において複数回使用することを考慮すると、微生物が破裂しない程度の低浸透圧条件であることが好適である。そのような条件としては、0.02〜0.06 Mである。
【0028】
本発明の微生物を培養するに際し、培地としてM63培地(炭素源として、0.2〜1%、好ましくは0.2〜0.5%のグルコース、グリセロール及び/又はキシロースを添加)を基本として使用するのが好ましく、必要に応じて2×又は4×ダイゴIMK培地及びNaClを適当量添加した培地を使用することができる。さらに、S-アデノシルメチオニン(S-adenosylmethionine:SAM)の前駆体となるメチオニンを培地に添加することでより効果的にジメチルグリシンを生産することができる。メチオニンの添加濃度は、使用する微生物や培地に応じて適宜選択することができ、特に限定されないが、例えば2.5〜50mM、好ましくは2.5〜25mM、特に好ましくは2.5〜10mM添加することで、効果的にジメチルグリシンを生産しうる。
【実施例】
【0029】
本発明の理解を深めるために、以下に実施例及び実験例を示して具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではないことは明らかである。
【0030】
(実施例1)ジメチルグリシン生合成のための組換型ハロモナス菌株の作製
本実施例では、中度好塩性細菌が高浸透圧条件下で適合溶質のエクトインを高密度に生合成する機構を活用し、エクトインに替わりジメチルグリシンを高密度に生合成する組換型ハロモナス菌株を作製した。
【0031】
1)使用菌株(以下の実施例、実験例でも同様)
エクトイン生合成オペロンを欠損したH. elongata KA1株(以下、「ハロモナス菌(KA1株)」)を使用した。即ち、ハロモナス菌(KA1株)は、エクトイン非産生株である。ハロモナス菌の培養は37℃で行い、3% NaClを含むM63培地(炭素源として0.4%グルコースを含む)を用いた。
【0032】
2)ジメチルグリシン生合成のための遺伝子の設計
ハロモナス菌(KA1株)に、グリシンを出発物質としたジメチルグリシン生合成能力を付与するのに必要な酵素(GMST)に関連する各遺伝子は、耐塩性シアノバクテリアAphanothece halophyticaにおいて同定された酵素のアミノ酸配列をもとに設計した。GSMT関連遺伝子及びDMT関連遺伝子については、それらのコドン使用頻度をハロモナス菌(KA1株)での発現用に最適化した人工遺伝子HeGSMT(配列番号1)を設計して使用した。さらに、SAMの供給に機能するSAM合成酵素(SAMS)については、ハロモナス菌ゲノム上にコードされたSAMS関連遺伝子(配列番号2)をサブクローニングして使用した。また、遺伝子発現量を解析するためのレポーターとして赤色蛍光タンパク質をコードしたmCherry遺伝子(赤色蛍光タンパク質レポーター遺伝子)(配列番号3)を使用した。さらに、図1に示すジメチルグリシンメチル基転移酵素(DMT)関連遺伝子を、ハロモナス菌(KA1株)での発現用に最適化した人工遺伝子HeDMT(配列番号4)も設計し、使用した。各遺伝子について、遺伝子組換え操作等のために制限酵素認識部位を付加したものは、各々配列番号5〜8に示した(図2〜5参照)。
【0033】
3)相同組換用プラスミドの構築
ハロモナス菌が高浸透圧条件下で適合溶質のエクトインを高密度に生合成する機構を活用し、ハロモナス菌(KA1株)を用いて、エクトインの替わりにジメチルグリシンを高密度に生合成する組換型ハロモナス菌株を作製するためのプラスミドを構築した。プラスミドは、必要な相同組換領域として、エクトイン生合成オペロン(ectABC)の上流配列(ectA-U)(配列番号9)及び下流配列(ectC-D)(配列番号10)をゲノムPCR法によりクローン化し、赤色蛍光タンパク質(mCherry)をコードしたレポーター遺伝子(配列番号3)と連結して、pK18mobsacB-(ectA-U)-(mCherry)-(ectC-D)プラスミドとした。ectA-U及びectC-Dについて、制限酵素認識部位を付加したものは、各々配列番号9及び10に示した(図6、7参照)。エクトイン生合成オペロン(ectABC)の上流配列(ectA-U)には、エクトインの産生に必要なプロモーター領域が含まれる(図8参照)。
【0034】
pK18mobsacB-(ectA-U)-(mCherry)-(ectC-D)プラスミドのmCherryの下流に、HeGSMT及びSAMS関連遺伝子をポリシストロン性のオペロンとして挿入し、pK18mobsacB-(ectA-U)-(mCherry)-(GSMT)-(SAMS)-(ectC-D)プラスミドを構築した。対照として、mCherry遺伝子単独発現のプラスミドや、HeDMTを含むプラスミドを構築した。
【0035】
4)組換型ハロモナス菌株の作製
上記3)で構築した各種オペロンを含む上述の各種相同組換用プラスミドを、接合伝達法によりハロモナス菌(KA1株)へ導入した。そして、導入した相同組換用プラスミドDNAとハロモナス菌ゲノム上の標的DNAの相同領域配列(ectA-U又はectC-D)間で起きる二段階の相同組換反応により、目的遺伝子(X)を標的領域、即ち高浸透圧条件に応答して発現が誘導される適合溶質エクトインの生合成オペロン(ectABC)のプロモーター領域を含むectA-U配列の下流に挿入した組換型ハロモナス菌株を作製した。
【0036】
ハロモナス菌野生型株及び組換型ハロモナス菌株におけるエクトイン生合成オペロン領域のゲノム構造を図9に示した。図9に示したエクトイン非生産性のハロモナス菌株(KA1株)は、野生型のハロモナス菌がゲノム上に有する適合溶質エクトインの生合成オペロン(ectABC)のうち、ectAの第2コドンからectCの最終コドンの領域を欠損したゲノム構造を有しており、ectABCオペロンのプロモーター領域を含むectA-U配列とectABCオペロンのターミネーター領域を含むectC-Dを保持している。
(a)野生型株:エクトイン生合成オペロン(ectABC)を有する野生型株
(b)△ectABC(KA1株):ectABCを欠損した株
(c)△ectABC::mCherry株(KA1.1株):ectABCを欠損し、ectABCオペロンのプロモーター領域を含むectA-U配列の下流にmCherryを挿入した株
(d)△ectABC::mCherry-GSMT-SAMS株(KA1.2株):ectABCを欠損し、ectABCオペロンプロモーター領域を含むectA-U配列の下流にmCherry、HeGSMT、及びSAM合成酵素遺伝子(SAMS) を挿入した株
(e)△ectABC::mCherry-GSMT-SAMS-DMT株(KA1.3株):ectABCを欠損し、ectABCオペロンのプロモーター領域を含むectA-U配列の下流にmCherry、HeGSMT、HeDMT、及びSAM合成酵素遺伝子(SAMS) を挿入した株
(f)△ectABC::mCherry-GSMT-DMT株(KA1.4株):ectABCを欠損し、ectABCオペロンのプロモーター領域を含むectA-U配列の下流にmCherry、HeGSMT、及びHeDMTを挿入した株
【0037】
上記のうち、H. elongataよりエクトインの生合成オペロン(ectABC)領域を欠損させた△ectABC(KA1株)を、H. elongata KA1として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566 茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター中央第6)に寄託申請し、平成23年3月31日に受領され、受託番号FERM P-22094で受託されている。
【0038】
(実験例1−1)発現解析
本実験例では、実施例1で作製した組換型ハロモナス菌株に導入したジメチルグリシン生合成オペロンの発現解析を行った。導入した人工オペロンの発現を確認するため、人工オペロンに挿入したmCherryレポーター遺伝子の発現により細胞内生産されたmCherry赤色蛍光タンパク質の蛍光シグナルを検出した。その結果、mCherryレポーター遺伝子を導入したKA1.1株 KA1.2株 KA1.3株 KA1.4株において、mCherry蛍光タンパク質の蓄積が確認された(図10)。以上により、KA1.2株においては、ジメチルグリシン生合成オペロンが発現していることが示された。
【0039】
(実験例1−2)組換型ハロモナス菌株によるジメチルグリシンの検出
本実験例では、実施例1で作製した各組換型ハロモナス菌株において、導入したジメチルグリシン生合成オペロンが機能的に発現しているかを検証するため、3% NaClを含むM63培地(炭素源として0.4%グルコースを含む)で各種ハロモナス菌株を培養した。各種ハロモナス菌株から超純水による低浸透圧処理により抽出された適合溶質成分(ジメチルグリシン、グリシンベタイン、エクトイン)をHPLCにより分析した。
【0040】
HPLCの分析手法は、Clinical Chemistry 44:9, 1937-1941 (1998)を参照した。具体的には、細胞抽出液中のカルボニル基を有するジメチルグリシン、グリシンベタインやエクトインを含む化合物を4-ブロモフェナシルブロミドでラベル化して行った。HPLC分析カラムは、SupelcosilTM LC-SCX, 5μm, 25 cm×4.6 cm (Supelco Inc.)を使用し、カラム温度28℃、流速1.5 mL/min、UV検出器の波長254 nmの条件により検出した。溶媒は22 mMコリンを添加した90%アセトニトリル溶液を使用した。
【0041】
その結果、(a)野生型ハロモナス菌株ではエクトインのみが顕著量検出されたのに対し、エクトイン生合成遺伝子を欠損したハロモナス菌株((b)〜(f))ではエクトインが検出されなかった。その一方で、ジメチルグリシン生合成オペロンを導入した組換型ハロモナス菌株((d)△ect::mCherry-GSMT-SAMS株:KA1.2株)では、ジメチルグリシンが顕著量検出された(図11)。
【0042】
それに対して、コントロールの(c)△ect::mCherry株KA1.1株)ではエクトイン及びジメチルグリシンは顕著量検出されなかった。HeDMTを含む組換型ハロモナス菌株(e)△ect::mCherry-GSMT-SAMS-DMT株(KA1.3株)及び(f)△ect::mCherry-GSMT-DMT株(KA1.4株)では、エクトイン及びジメチルグリシンは顕著量検出されなかったが、グリシンベタインは顕著量検出された(図11)。上記により、ectABCオペロンプロモーター領域を含むectA-U配列の下流にmCherry、HeGSMT、及びSAM合成酵素遺伝子(SAMS) を挿入した株(KA1.2株)が、ジメチルグリシンの産生に優れた菌株であることが確認できた。
【0043】
(実施例2)組換型ハロモナス菌株によるジメチルグリシンの生産
本実施例では、実施例1で作製した組換型ハロモナス菌株(△ect::mCherry-GSMT-SAMS株:KA1.2株)を、3% NaCl 及び0.4%グルコースを単一炭素源として含むM63培地に2.5mM、5mM、10mMの各濃度のメチオニンを添加した条件で培養し、SAMの前駆体となるメチオニン(Met)の添加がジメチルグリシン生産性に及ぼす影響を確認した。
【0044】
その結果、各濃度のメチオニンを添加した条件では新鮮細胞重量当たりのジメチルグリシン生産量が増加し、5mMのメチオニンの添加によりメチオニン非添加条件に比較して約2倍近くジメチルグリシン生産性が向上した(図12)。
【0045】
(実施例3)高塩濃度条件での二段階浸透圧培養によるジメチルグリシン生産
本実施例では、実施例1で作製した組換型ハロモナス菌株(△ect::mCherry-GSMT-SAMS株:KA1.2株)を、高塩濃度条件での二段階浸透圧培養によるジメチルグリシンの高生産プロセスの検討を行った。まず3%のNaCl濃度条件で当該組換型菌株を培養して細胞をあらかじめ増殖させておき、続いて8%のNaCl濃度条件下で継続して培養する二段階浸透圧培養によるジメチルグリシンの高生産プロセスの検討を行った。5mMのメチオニンを添加した条件で培養し系についても確認した。培養は37℃で行い、培地はNaCl濃度を3%又は8%に増量した0.4%グルコースを単一炭素源として含むM63培地5 mLを使用した。分析は実施例2と同手法にて行った。
【0046】
その結果を図13に示した。M63培地に3%のNaClを添加した条件下で24時間培養し、次に8%のNaClを添加した条件下で24時間培養した組換型ハロモナス菌株より、314.5mg/kgFWのジメチルグリシン抽出液が得られた。その一方で、M63培地に3%のNaClを添加した条件下で24時間培養し、次に8%のNaCl及び5mMのメチオニンを添加した条件下で24時間培養した組換型ハロモナス菌株より、685.2mg/kgFWのジメチルグリシン抽出液が得られた。
【0047】
上記の結果、二段階浸透圧培養により、ジメチルグリシン産生能が向上し、さらに5mMのメチオニンを添加した系では、より産生能が向上していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上詳述したように本発明の方法により、ジメチルグリシンを微生物内で生合成することができ、ジメチルグリシンを大量に安定的に供給することが可能となる。
【0049】
グリシンからサルコシン、サルコシンからジメチルグリシンへの二段階のメチル化反応によるジメチルグリシン合成のための代謝経路を、例えばハロモナス菌のような微生物に導入する本発明の製造方法により、豊富な炭素源から生合成する必須アミノ酸のグリシンを出発物質として、微生物内にジメチルグリシンを生合成し、高密度に蓄積させることができる。更に、ジメチルグリシンの合成にメチル基供与体として使われるS-アデノシルメチオニン(SAM)の合成系を並行して強化することで、より大量のジメチルグリシンを生合成することができる。
【0050】
本発明の製造方法により、例えば植物バイオマス由来の単純な炭素源からジメチルグリシンを微生物内で高密度に蓄積することができる。高浸透圧条件の培養に際しては、海水(3% NaCl相当)やかん水(濃縮海水)などの海洋資源を利用することができる。低浸透圧条件の培養に際しては淡水などを用いてジメチルグリシンを排出させ、容易に分離・回収することができる。例えば好塩性微生物により、海水を利用した発酵生産を行うことができ、海洋資源を有効活用することができる。さらには、使用した微生物を繰り返し利用することで、ジメチルグリシンを連続して高生産することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養し、ジメチルグリシンを生合成させる、ジメチルグリシンの製造方法。
【請求項2】
以下の工程を含む、請求項1に記載の製造方法。
1)ジメチルグリシン生合成に関連する外来遺伝子を導入した微生物を培養し、微生物中でジメチルグリシンを生合成させる工程;
2)前記微生物中で生合成したジメチルグリシンを微生物から排出させ、回収する工程。
【請求項3】
前記1)の微生物の培養が、高浸透圧条件で行われ、前記工程2)の排出が、低浸透圧条件で行われる請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
高浸透圧条件が、塩化ナトリウム濃度(NaCl)で換算した場合に0.43〜4 Mであり、低浸透圧条件が、同様に塩化ナトリウム濃度で換算した場合に0〜0.34 Mであることを特徴とする、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
微生物の培養が、2.5〜50mMのメチオニン存在下で行われることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
微生物が、当該微生物が本来産生しうる適合溶質の生合成能を低下又は欠失させたものである請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
微生物が、ハロモナス属に属する微生物であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
ハロモナス属に属する微生物が、Halomonas elongataに属する微生物であることを特徴とする、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
微生物が本来産生しうる適合溶質が、エクトインであることを特徴とする、請求項6〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
微生物が本来産生しうる適合溶質の生合成能を低下又は欠失させることが、前記微生物のゲノム上に存在するエクトイン生合成オペロンのうち、エクトイン生合成に特異的な遺伝子の一部若しくは全部を除去することである、請求項6〜9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
ジメチルグリシンが、グリシンからサルコシンを合成する経路を介して生合成されることを特徴とする、請求項1〜10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
ジメチルグリシンが、少なくともグルコース、グリセロール及び/又はキシロースを炭素源として生合成されることを特徴とする、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
ジメチルグリシンの生合成に関連する外来遺伝子が、少なくともグリシンサルコシンメチル基転移酵素(GSMT)に関連する遺伝子である、請求項1〜12のいずれかに記載の製造方法。
【請求項14】
ジメチルグリシンの生合成に関連する外来遺伝子が、さらにS-アデノシルメチオニン(SAM)合成酵素に関連する遺伝子である、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
外来遺伝子の導入が、ハロモナス属に属する微生物のゲノム上に存在するエクトイン生合成オペロンのうち、浸透圧応答性プロモーターの制御下にある領域に、請求項13に記載の遺伝子を導入することによる、請求項13に記載の製造方法。
【請求項16】
外来遺伝子の導入が、ハロモナス属に属する微生物のゲノム上に存在するエクトイン生合成オペロンのうち、浸透圧応答性プロモーターの制御下にある領域に、さらに請求項14に記載の遺伝子を導入することによる、請求項14に記載の製造方法。
【請求項17】
浸透圧応答性プロモーターが、ハロモナス属に属する微生物のゲノム上に存在するエクトインの生合成オペロンの上流配列(UectA)中に含まれることを特徴とする、請求項15又は16に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−24096(P2012−24096A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2011−201192(P2011−201192)
【出願日】平成23年9月14日(2011.9.14)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】