説明

ステンレス鋼の表面処理方法及びその方法を用いた電磁ポンプなどの流体機器

【課題】ステンレス鋼特に快削性担保のための硫黄の含有の多いSUS303,SUS430等の硫黄系快削ステンレス鋼を用いるが、該ステンレス鋼の表面を加工して含有する硫黄の溶出を抑えることを目的とする。
【解決手段】ステンレス鋼の表面処理として、ステンレス鋼の表面にショットブラスト加工を施す。それから、ステンレス鋼の表面に不動態処理を施す。これにより、表面に硫黄が少なくなり、且つ保護膜が作られるため、液体内に硫黄の溶出が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ステンレス鋼特にSUS303,SUS430Fを代表鋼種とする硫黄系快削ステンレス鋼からイオンの溶出を防止する表面処理方法及びその方法を用いて製造した電磁ポンプ等の流体機器に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、錆にくい鋼であるため、食器,流し台等の家庭用品,酒,ビール等の貯蔵タンク,工業用の液体のタンクなど広く使用されている。鉄にCrを添加すると表面に緻密なCr水酸化物の不動態被膜を作り、それが鋼を環境から保護する働きをするため耐食性は大きい。一般にCrを約11%以上含む鋼をステンレス鋼と呼んでいる。
【0003】
ステンレス鋼には、Crのみを重要合金元素とするCr系と、CrとNiの両方を多量に含むCr−Ni系の2種類がある。そして、それぞれにおいて、硫黄系快削ステンレス鋼が存在し、その代表鋼種はSUS303とSUS430Fである。その他、電磁ステンレス鋼や更に快削性を改善した鋼種が市販されている。
【0004】
前記ステンレス鋼のSUS303は、Crが17.00〜19.00(wt%)、Niが8.00〜10.00(wt%)を含有すると共にSが0.15(wt%)程度含有する。SUS304は、Crが18.00〜20.00、Ni8.00〜10.50(wt%)を含有すると共にSが0.030(wt%)以下となっている。
【0005】
SUS303は、SUS304に比較して切削加工しやすく、自動旋盤等へ適用できる。最近はこのような自動旋盤用材は環境規制から鉛含有材の使用は難しくなってきており、硫黄系快削材に主力を移してきている。これに比して、SUS304は、Sの含有量が少ない難削材であって、切削くずの排出性が悪く、また加工速度が遅く、且つ材料単価も高価であるため、部材費が格段に上昇する。
【0006】
当然ながら、SUS303を用いて接液部品を製作すると、硫黄等のイオンが液体中に溶出し、例えば、石油バーナ機器では問題は無いが、家庭用燃料電池システムに用いる場合、イオンの溶出があると、触媒等にダメージを与えてしまう不都合があった。
【0007】
現在、ステンレス鋼の表面処理として、特許文献1,特許文献2をあげることができる。前記特許文献1にあっては、有機酸でステンレス鋼部材を洗浄することで、Cr主体の不動態被膜を形成させ、Feの溶出を抑制した食品製造用及び食品貯蔵運搬用ステンレス鋼材を提供している。
【特許文献1】特願2003−131050
【特許文献2】特願2005−182259
【0008】
前記特許文献2にあっては、電力を直接的駆動源とする自動車、小規模の発電システムなどに用いられる固体高分子型燃料電池セパレータ部材にあって、当該部材のフラット性を高め、その表面の電気的接触抵抗を低くするための表面処理を施したことにある。その具体的な製造方法は、イオン溶出が極小な導電性化合物を超硬粒子に被覆した粒子を用いて、低い投射圧力でステンレス鋼表面に衝突させることで、その表面にイオン溶出が極小な導電性化合物が埋め込まれ、且つ形状がフラットとするものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
電磁ポンプにおいて、切削加工のしやすさや、価格の面からSUS303等の硫黄系快削ステンレス鋼が採用されているが、前記段落0006に記述したように含有する硫黄などのイオンが溶出する不都合があり、これを解決しなければ家庭用燃料電池システムに採用することはできない。
【0010】
そこで、この発明は、ステンレス鋼特に快削性担保のための、硫黄(S)の成分の多い、SUS303等の硫黄系快削ステンレス鋼を用いるが、表面を加工して硫黄などの液体内への溶出を少なくすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明に係るステンレス鋼の表面処理方法は、ステンレス鋼の表面にショットブラスト加工を施すと共に、不動態処理することにある(請求項1)。これにより、ステンレス鋼の表面に塑性流動層が生じると共に、該表面の硫黄が除去されて減少させることができる。そして更に表面に不動態処理されることから、微細な硫黄を除去すると共に、保護膜の形成によって、含有する金属等特に硫黄の溶出が確実に抑えられると共に耐食性が得られるものである。
【0012】
前記ステンレス鋼はSUS303ならびにSUS430Fを代表鋼種とする硫黄系快削ステンレス鋼である(請求項2)。硫黄(S)が比較的多く、快削性が良い材質である。
【0013】
前記ショットブラストによる吹き付けられる粒子の種類として、ジルコニアが用いられるのが好ましく(請求項3)、その粒子の径は0.3mm程又はそれ以下であることが好ましい(請求項4)。
【0014】
また、この発明に係る電磁ポンプ等の流体機器は、前記請求項1より成る表面処理方法を使用して、表面処理を施したステンレス鋼を用い、液体が流れる部位を製造したことにある(請求項5)。特に電磁ポンプのピストン、プランジャ、継手等の接液部に前記の表面処理方法を施したことにある(請求項6)。これにより、電磁ポンプを液体の移送時ならびに液体滞留時に特に硫黄のイオンの溶出が抑えられる。なお、流体機器としては、電磁ポンプばかりでなく、電磁弁や配管等であっても良い。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、この発明によれば、ショットブラストによる表面の塑性流動層が生じて、金属特に硫黄が減少させることができる。また、表面に保護膜が作られるため、金属特に硫黄がイオンとして溶出することが確実に防がれる(請求項1)。
【0016】
さらに、ステンレス鋼としてSUS303,SUS430F等が採用でき切削加工性を維持できる利点と、材料単価の高騰を抑えることができる(請求項2)。
【0017】
さらにまた、電磁ポンプ等の流体機器を請求項1より成る表面処理方法を施したステンレス鋼を用い、液体が流れる部位を製造したことから、含有する金属等のイオンを溶出させることを抑えられ、家庭用の燃料電池システムの機器部位として採用できる。特に、電磁ポンプの接液部品に前記の表面処理することはすこぶる有効である。金属等のイオンの溶出が抑えられ、家庭用の燃料電池システム内の液体移送手段として優れた効果を発揮することができる(請求項5,6)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、この発明に実施例を図面にもとづいて説明する。
【実施例1】
【0019】
図1,図2において、この発明の表面処理方法を用いたステンレス鋼の電子顕微鏡写真と、無処理のステンレス鋼の電子顕微鏡写真が開示されている。ここで用いられているステンレス鋼はSUS303で、まず下記の条件によりショットブラスト加工が施される。
【0020】
吹き付けされる粒子は、ジルコニアで、その径は0.3mm程又はそれ以下で、吹き付け時間は5秒程である。これにより図1を見るごとく、表面付近では硫黄の元素の粒子(黒い点で示される)がなくなっている。
【0021】
その理由として、表面が粒子により打たれることにより、その際に、硫黄の元素Sが叩き出されたものと思われる。なお最も表面には塑性流動層が見られる。
【0022】
ショットブラスト加工が終わると、不動態処理が施される。例えば、濃硝酸に浸せきする方法が用いられる。このように、ショットブラスト加工の後に、不動態処理が施されることから、液体中に硫黄の溶出が抑えられる。
【0023】
図3は、表面処理を施したステンレス鋼をEDSマッピング分析した特性線図で、SiとSは微小に存在するが、Sはほとんど検出されず、分布もみられない。
【0024】
図4及び図5は、溶出試験の結果の表で、2つの分析方法で行われている。第1の方法は、誘動結合高周波プラズマ発光分析装置(ICP)により、第2の方法は、イオンクロマト分析器(IP)による。ICP分析結果は図4で、A1がわずかに溶出しているにすぎない。IP分析結果は図5で、NH,SOがわずかに溶出しているにすぎない。この結果から、家庭用燃料電池システム内における液体の移送手段として採用できるものである。
【実施例2】
【0025】
図6において、この発明(実施例1)の表面処理方法によるステンレス鋼(SUS303,SUS430F)を用いて、電磁ポンプ11のピストン37とプランジャ51等に用いた例が示されている。このピストン37とプランジャ51等の接液部から、液体の移送時に、硫黄の溶出が抑えられた。なお、電磁ポンプ11を以下簡単に説明する。
【0026】
電磁ポンプ11は、定容積形電磁ポンプで、鉄などの磁性材で製造されたケース12内にパルス電流が印加されるコイル13を備え、このコイル13は樹脂製のボビン14に電線が巻装されて構成され、ボビン14の中心を貫通して形成された貫通孔には、非磁性材より成るガイドパイプ16が嵌挿されている。
【0027】
このガイドパイプ16の図6の下側に磁性材より成る下磁極筒18、上側に磁性材より成る上磁極筒19がそれぞれ接続され、内部に下記するプランジャ51の駆動空間20が構成されている。前記下磁極筒18の下側の開口には、吸入通路23が接続されている。
【0028】
下磁極筒18はその中心で軸方向に形成の大径孔26とこれに連なる小径孔27とで構成され、該小径孔27は下記する吸入弁30の弁座32となっている。
【0029】
吸入弁30は、円錐弁で、ステンレス鋼(SUS303)で作られ、前記のようにショットブラスト加工と不動態処理がなされ、前記スプリング受31と前記弁座32との間に介在のスプリング34により、弁座32に着座されている。
【0030】
シリンダ36は、円筒形の部材で、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)前記下磁極筒18に形成の大径孔26内に嵌合され、その先端が前記吸入弁30に至っている。
【0031】
ピストン37は、SUS303で製造され、前記のようにショットブラスト加工と不動態処理がなされ、中心で軸方向に貫通孔38を持つ円筒体で、前記シリンダ36に摺動自在に挿入され、下記するプランジャ51の往復動に従動される。このピストン37の下端である先端に吐出弁39が装着されている。この吐出弁39は、PEEKで作られ、スプリング43により弁座41に着座されている。
【0032】
前記シリンダ36の図面上の上端に、リテーナとクッション49が取付られ、下記するプランジャ51の下方動を規制し、且つ騒音と振動を防いでいる。前記クッション49は、弾性材のフッ素ゴムが用いられ、移送の流体にイオンが溶出することがないようにしている。
【0033】
プランジャ51は、SUS430F等の磁性材により作られ、前記のようにショットブラスト加工と不動態処理がなされ、前記プランジャの駆動空間20内に、前記シリンダ36の下端との間に設けられた戻しスプリング52により反シリンダ側に押圧されて配されている。このプランジャ51は、内部に通孔53が形成され、該通孔53を用いて前記ピストン37が嵌着されている。従って、プランジャ51の往復動がピストン37に伝えられると共にピストン37の貫通孔38、通孔53を通ってポンプ室45からの流体が流され、プランジャの駆動空間20内に至る。
【0034】
またプランジャ51の上端(下流側端)には閉止弁54が配され、コイル13への無通電時にこの閉止弁54が弁座56に着座され、弁孔55を閉じている。この閉止弁54と弁座56とでプランジャ51の反ピストン側への動きの規制と共に、ポンプ停止時にプランジャの駆動空間20から流体の流出や逆に流体の流入を阻止している。
【0035】
このプランジャ51は、前記コイル13に通電されて励磁されると、戻しスプリング52に抗してシリンダ側に変位し、その下端(上流側端)が前記クッション49に至る。前記コイル13が消励されると、戻しスプリング52の力により戻され、その上端の閉止弁54が弁座56に着座される。
【0036】
プランジャの駆動空間20は、前述したごとく、ガイドパイプ16と上磁極筒19と下磁極筒18、シリンダ36により構成され、前記吐出弁39より後流側にあり、そして前記プランジャの駆動空間20にプランジャ51の内部に形成の通孔53を介して吐出流体が流入される。またプランジャの駆動空間20は、上磁極筒19の上端に形成のシート孔55を持つ弁座56を介して下記する吐出通路59に連通している。
【0037】
吐出通路59は、この内部に流体の流れ方向に対向するようにスプリング65付勢の逆流防止弁61が設けられ、前記弁座56に着座されている。この逆流防止弁61により閉止弁54の開時にプランジャの駆動空間20への逆流が防がれる。逆流防止弁61は順方向への流体の流れを許し、プランジャ駆動空間20との圧力差により開閉する。
【0038】
上述の構成において、コイル13に例えば5HZのパルス電流を流すと、オン時にコイル13が励磁されると、下磁極筒18、上磁極筒19、プランジャ51が磁化され、プランジャ51が戻しスプリング52に抗して下方へ動き、その下端がシリンダ36に設けられたクッション49に当接し、下方動が止められる。このプランジャ51の動きは、ピストン37に伝えられ、該ピストン37は下方へ従動し、ポンプ室45は図の状態からデッドスペースが無きまで縮小する。これによりポンプ室45内の圧力が上昇し、圧力差から吐出弁39を開いて流体がプランジャ駆動空間20内へ吐出される。
【0039】
パルス電流がオフとなると、下磁極筒18、上磁極筒19、プランジャ51が消磁され、プランジャ51は、戻しスプリング52により、上方へ動き、プランジャ駆動空間20内が圧縮されることにより圧力が高まり、該プランジャ駆動空間20内の流体が前記吐出通路59側との圧力差により前記逆流防止弁61を開成し、前記吐出通路59に流出する。そして開止弁54が弁座56に当接して、プランジャ駆動空間20内の圧縮行程が停止される。その際に、ポンプ室45内の容積が拡大する。これにより、ポンプ室45内の圧力が低下し、圧力差から吸入弁30を開いて流体が吸入される。
【0040】
そして、パルス電流が再びオンとなると、プランジャ51及びピストン37が下方動しポンプ室45内の加圧作用が開始される。このような作用が繰り返され、ポンプ作用が行われる。
【0041】
なお、前記したピストン37、プランジャ51のみならず吸入弁30がステンレス鋼(SUS303)で作られ、前記のようにショットブラスト加工と不動態処理がなされているが、その他に弁座41,56などもステンレス鋼(SUS303)により作られ、前記した表面処理がなされている。さらに、切削加工品以外のスプリング52及びガイドパイプ16もSUS340又はSUS304で作られ、濃硝酸に浸せきの不動態処理が施されている。このように、液体との接液部に本発明の表面処理がなされることで、特に硫黄の溶出が抑えられる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】この発明に係るステンレス鋼に表面処理を施した状態における断面の電子顕微鏡写真である。
【図2】無処理のステンレス鋼の断面の電子顕微鏡写真である。
【図3】EDSマッピング分析結果の特性線図である。
【図4】ICP分析結果の表である。
【図5】IC分析結果の表である。
【図6】表面処理を施したピストン,プランジャを用いた電磁ポンプの断面図である。
【符号の説明】
【0043】
11 電磁ポンプ
12 ケース
13 コイル
16 ガイドパイプ
20 プランジャの駆動空間
23 吸入通路
24 吸入継手
30 吸入弁
32 弁座
36 シリンダ
37 ピストン
39 吐出弁
41 弁座
45 ポンプ室
49 クッション
51 プランジャ
52 戻しスプリング
54 閉止弁
56 弁座
59 吐出通路
61 逆流防止弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の表面にショットブラスト加工を施すと共に、不動態処理を施したことを特徴とするステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項2】
前記ステンレス鋼は、SUS303,SUS430F等を代表鋼種とする硫黄系快削ステンレス鋼であることを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項3】
前記ショットブラストによる吹き付けられる粒子の種類として、ジルコニアであることを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項4】
前記ショットブラストによる吹き付けられる粒子の径は0.3mm又はそれ以下とすることを特徴とする請求項3記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項5】
前記請求項1より成る表面処理方法を使用して、表面処理を施したステンレス鋼を用い、液体が流れる部位を製造したことを特徴とする電磁ポンプ等の流体機器。
【請求項6】
流体機器である電磁ポンプにおいては、接液部に前記請求項1の表面処理方法を施したことを特徴とする請求項5記載の電磁ポンプ等の流体機器。

【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−214725(P2008−214725A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56850(P2007−56850)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(000228693)日本コントロール工業株式会社 (13)
【Fターム(参考)】